第十話 鳥籠姫からの電話
コーネリアがテロの襲撃に遭って以降、ブリタニア軍は裏切り者を探すべく、必死になって調査を続けていた。
裏切り者などブリタニア軍の内部にいないのだから見つからないのが当然だが、そんなことは知らないブリタニア軍はその痕跡がいっこうに見つからず苛立ちばかりが募っていき、巡り巡って最下層の者達へと向かっていく。
「租界の仕事、当分来なくていいって言われたよ・・・明日からどうやって食っていけばいいんだ」
「当分は貯金でやっていくしかないけど・・・でもそれまでに仕事なんて」
ゲットーではトウキョウ租界の許可が降りない限り、勝手に商売などを始められない。
そして租界からの物資を止められては、ようやっと認められた商売もすることが出来ない。
しかもゲットーからゲットーの移住にも許可がいるのだが、それも緊急措置だとかで止められ、彼らは進退極まっていた。
租界は租界で、安い賃金で働かせられる労働者の数が制限されてしまったため、工事などに遅れが出てしまっていた。
結果辛うじて認められた労働者達にしわ寄せが来てしまい、サービス残業を強いられるようになってしまう。
ユーフェミアは姉コーネリアが不在の今形式的なトップとしての仕事が山積し、また新たなテロの標的になるかもしれないというダールトンの判断で政庁から出られない状況になっていた。
コーネリアが重傷を負ったのはスザクが情報を流したのではという噂が立ったが、その前に幾度となく黒の騎士団に黒星を与えているという実績があるため、ユーフェミアの後見があることもあり、それはすぐに消えた。
ユーフェミアはスザクに学校に行くようにと勧めたが、コーネリアがテロに遭い緊急入院との報を聞いてスザクも不安になり、彼女の傍にいて護衛する方を選択した。
そのため二人はゲットーの様子を知ることが出来ず、まさかトウキョウ租界とゲットー内部で不満と怒りが生まれているなど考えもしなかったのだ。
それでもユーフェミアは何とかして日本人の権利を守ろうと政務に励もうとしたが、周囲は彼女に余計なことをして欲しくないとばかりに重要な書類は回さず、ただ判子を押すことのみを求められた。
ただそれは悪意からだけではなく、ダールトンなどは下手なことをして失敗し、彼女の評判を落とすまいとする善意からのものだった。
ユーフェミアは自分を心配するが故と言う臣下の思いを無視出来ず、ただ姉の回復を待ち現状を維持する方を選んでしまった。
「ダールトン、お姉様を襲ったレジスタンス組織の情報は集まりましたか?」
「いいえ、あの時援軍が到着するより前に逃げましたので、影も形も見当たりませんでした。
あのタイミングの良さからも、内部にスパイがいる可能性が高いですな」
「スパイ・・・その情報もまだ?」
「例の純血派のこともありますし、厳重に調べておりますが・・・そちらも見つかりません。面目次第もございませぬ」
深々と頭を下げて謝罪するダールトンに、ユーフェミアは首を横に振る。
「貴方のせいではありません。でも、殲滅はいけませんよダールトン。このままでは問題は解決しないと思うのです」
あの時の指揮官の言葉と玉砕した夫妻の言葉が、耳にこびりついて離れない。
ユーフェミアはどうしてテロという手段で自分達を倒そうとするのか、聞いてみたかった。自分は戦いたくない、話せば解る筈だと伝えたいのだ。
「それは確かに一理ありますが、甘い顔をすればイレヴンはつけ上がります。
コーネリア殿下を倒したとイレヴンどもにバレれば、テロ活動は更に・・・」
「でも、ダールトン。お姉様を倒した組織がまた捕えていないなら、どうしてそれを大々的に報じないのでしょう?
藤堂中佐が黒の騎士団に奪回されて以降、目立った動きはないのでしょう?」
「そういえば・・・黒の騎士団は相変わらず正義の味方と称してリフレインの取り締まりや犯罪組織を潰して回ってはおりますが、我が軍に対する攻撃はしておりませんな」
ダールトンもユーフェミアの指摘に考え込むように顎に手を当てる。
言われてみれば彼らは殆どが逃亡に成功した以上、コーネリアが最低でも大けがをしたことだけは確実であることを知っているはずである。
しかしそれを日本全土に報じることもせず、不気味なほどの沈黙を保っていた。
「黒の騎士団は、この件に関係していないのではないでしょうか。ゆえにコーネリア殿下の件も知らないのでは・・・」
「それも考えられるが、ならそのコーネリア様を襲撃した組織が何の目的で総督を襲ったのかという疑問が出来る・・・」
スザクの説にうむぅ、とダールトンも唸る。
コーネリアを殺す目的があったのは解るが、日本解放戦線と名乗っていたレジスタンスはささいな功績でもさもそれが素晴らしいかのように頻繁に報じていたというのに、これはおかしい。
黒の騎士団がそれを報じない理由は、地方のレジスタンス組織が活発化し、それによりブリタニア軍に出動の大義名分を与えることを防ぐためだった。
現在黒の騎士団は後方支援組織の構築に向けて地方で活動しているため、ブリタニア軍に出撃されると非常にまずいのである。
「我がブリタニアに忠誠を誓う名誉ブリタニア人を黒の騎士団に送り込もうとしたのですが、巧妙な組織で中枢に入り込めていないようです。
せめて黒の騎士団が関係しているか否か、確認したいものだが・・・」
ダールトンらが送り込んだスパイは中枢に入り込むことに成功したが最後、ブリタニア軍によりC.Cが拷問に近い人体実験を受けていたことを知りブリタニアは敵と認識したマオによって即座に発見され、ルルーシュによってギアスをかけられていたりする。
C.Cと末長く暮らす未来を得るためにはブリタニア軍が邪魔だと考え、エトランジュに恩義を感じていることもあったマオは、制御出来るようになったギアスを使って大層な成果を上げていた。
「・・・そういえば、シュナイゼル兄様がエリア11へ来られるとのことです。お兄様のお知恵をお借りしたほうがいいかもしれません・・・ご訪問の目的は?」
「宰相としてエリア11、特に式根島基地の視察と伺っておりますが・・・コーネリア殿下の件は」
ダールトンは半ば決まった答えをいちおう確認すると、ユーフェミアは小さく頷く。
「お伝えしないわけにはいかないでしょう。宰相閣下がお越しになるというのに、総督の出迎えがないというのは明らかにおかしいですもの」
「そうですな。では、シュナイゼル殿下がご到着の際に内密にお伝えいたしましょう」
シュナイゼルに借りを作ってしまうことになるが、この場合は仕方ないとダールトンは判断した。
ユーフェミアは優しすぎる・・・それだけならいいが、夢を見て現実を直視しない傾向があるのだ。
それはこれまで過保護だった自分達の失態だが、だからといって今彼女を嵐の渦中に放り込むわけにもいかない。
現にユーフェミアは異母兄が来るならきっと打開策が見つかると単純に考えているようだが、皇族同士が争うのが当然の中で政務について知恵を借りることがどういうことか、いまいち解っていない。単純に異母兄の力を借りる程度の認識だった。
しかし、皇帝に最も近いとされるシュナイゼルの保護に入れるなら、そう悪いことでもないのかもしれない。
帝国随一の切れ者で温厚な彼なら、ユーフェミアを粗略に扱うことはしないだろう、とダールトンは思った。
「事情が事情ですので、シュナイゼル殿下のご訪問の発表は控えた方がよろしいですな。
式根島の基地に数日滞在した後、トウキョウ租界の視察に回られるとのことで・・・」
「わたくしが副総督としてシュナイゼル兄様を案内するということですね」
「テロリストどもについては、引き続き我々が捜査を続けます。
政務の方はシュナイゼル殿下がお越しになった際、会議を開くことに致しましょう」
「解りましたわ。でも、くれぐれも手荒な行為は慎んでくださいね、ダールトン」
「イエス、ユア ハイネス。出来る限りは事を荒立てぬように致します」
ユーフェミアがそれだけ釘を刺すと、ダールトンは敬礼して部屋を出る。
ユーフェミアはドアが閉じるのを見計らって、大きく息を吐きながらスザクに言った。
「ゲットーにはブリタニア人が入れないようにしてサイタマやシンジュクのようにならないようにしたけど・・・みんな大丈夫かしら」
「軍は動いてないってロイドさんが言ってたから、大丈夫だよ。
テロリストもそこまで馬鹿じゃないから、このあたりのゲットーに潜伏する事はしないと思うし」
まさかそのブリタニア人の立ち入り禁止令が彼らの生活を別の意味で脅かしていると考えもしていないお前にだけは馬鹿と言われたくないと、ルルーシュやアルカディアあたりなら嫌そうな顔で言うだろう。
「ゲットーの様子を見に行きたいけど、コーネリア様があんなことになった以上、君から離れる気はないんだ。
学校のみんなも、騎士になったなら仕方ないって言ってくれたし」
スザクがユーフェミアの騎士になったことを祝ってパーティーを企画してくれたアッシュフォード学園の生徒会メンバーだが、スザクがさっそくに護衛しなくてはいけなくなったからと言うと残念そうにしつつも仕方ないと笑ってくれた。
「学校ですか、羨ましいですわ。私も学校に通っていましたけど、友達なんて一人もいなくて・・・」
取り巻きは掃いて捨てるほどいた。でも、それはいつも自分の機嫌を取ることに終始したものだったから、むしろ寂しい気持ちにしかならなかった。
「ああいうのは、友達じゃないと思うの。わたくしが欲しかったのは、お互いに言いたいことが言えるような、楽しい関係」
「ユフィ・・・」
「幼い頃、ルルーシュとナナリーとはよくお話しして遊んだものです。
どちらがルルーシュのお嫁さんになるかで喧嘩したこともあって・・・」
もし、あの兄妹が生きて自分とずっと暮らしていたなら・・・きっと仲の良い幸せな関係を築けたのに。
もしも今も生きているのなら・・・また、会いたい。
「スザク、その・・・あのね」
「何だい、ユフィ」
「ルルーシュは・・・本当に死んだのよ、ね?」
「!!・・・うん、そうだよユフィ」
(ごめん、ユフィ・・・・本当のことを言えなくて)
本当は真実を伝えたいが、親友から堅く口止めされている以上、勝手に告げるわけにはいかなかった。
そうですか、とがっかりした表情の優しい主を見て、スザクは大きく溜息をつく。
だがすぐにユーフェミアは笑顔になって、スザクにデスクに置かれている電話を差し出して言った。
「そうだわスザク。ずっと学校に行っていないのだから、みんな心配しているかもしれないわ。
電話を貸してあげるから、たまには連絡して安心させて差し上げなさいな」
「え・・・いいの?」
「ええ、もちろんよ。そうだ、ダールトンにも言って、携帯を用意して貰うわね」
ユーフェミアの心遣いに嬉しくなったスザクは、嬉しそうに笑みを浮かべて電話を受け取った。
(そうだ、ルルーシュにユフィにだけなら事実を話してもいいか聞いてみよう。
あれだけ仲が良かったんだ、ユフィなら絶対秘密にしてくれるって言えば、きっと)
こんなに優しい主なら、きっと大丈夫。
スザクはそう信じて、ためらくことなくルルーシュの携帯番号をプッシュした。
日本列島の各地方では、内密に移住してきたトウキョウ近辺のゲットー住民達が続々と到着していた。
「こちらスミダゲットーの住民、約230名です。皆さん、こちらの指示に従って移動して下さーい!」
「カツシカからは百名だ!わしが代表だから、連絡はわしに頼む」
「あ、これが住民リストですね。確かに預かりました」
黒の騎士団は七年前の戦争で比較的被害の少なかった地域を選び、その中でも廃工場となった場所を選んで極秘に基地を造っていた。
まだまだ完全ではないが、それを今から集まった住民達に完成させて頂きたいと伝えると、住民達からは歓声の声が上がる。
「もちろん、飯は出るよな?!」
「よかった、これで子供にご飯が食べさせてあげられるわ!」
「むろんだ、諸君!喜んで頂けて何より!!」
黒いマントを翻しながら住民達の前に姿を現したのは、誰あろうゼロだった。
つい先ほどスマゲットーでリフレインの取引をしていた組織を潰し、その足でここヒョウゴへやって来たのである。
もちろん中身は内心嫌で嫌でたまらないアルカディアなのだが、開き直った彼女は本人以上にハイテンションである。人、それをヤケという。
「ゼロ!ゼロだ!」
「今回、貴方がたにして頂く仕事は二点・・・まずは工場の完成だ。
これだけの人数が揃えば、ひと月ほどで完成するだろう」
「任せろ!わしはこれでも、危険物取扱者、ボイラー整備士、電気工事士、自動車整備士、潜水士、鉄骨製作管理技術者の資格を持ってるからな」
カツシカゲットーの代表の頼もしい台詞に、周囲からはおお、と期待の声が上がる。
「それは実に頼もしい。私もここに常駐するわけにはいかないので、多才な方がこうして協力して頂けるのは力強い限りだ」
「ゼロはここにずっといては下さらないのですか?」
「他にも我が黒の騎士団の後援基地を増設する予定なので、ここばかりという訳にもいかないのだ・・・だが、もちろん安全は保障する」
女性の不安そうな声にそう応じると、アルカディアはこの基地の用途、さらに給料や住居について説明する。
「ここは今は部品製造の工場だが、ゆくゆくはカンサイにおける中心基地にする予定だ。
住居は幸い壊れていない周囲のマンションを用意したので、そちらを割り振って頂きたい。
なお、子供を持つ者のために保育園を準備したいので、保育者の資格を持つ方はぜひご協力を願いたい」
すると数人の女性が挙手をし、特技をアピールし始めた。
「あ、私ベビーシッターの資格なら持ってます!」
「あたし資格こそ取れなかったけど、戦争前は短大で保母の勉強してました」
「よっしゃ、ならそっちのほうも後で話をまとめよう!」
「応!」
ヒョウゴの工場が密集している地域に集まって来た住民達は、さっそくてきぱきと住居の割り振りを行い、仕事について語っている。
ゼロに扮したアルカディアも計画書などを手渡して会議を行っていると、ひょっこりと現れた白人の少女に周囲の住民が一斉にびくっと震えた。
「な、何でブリタニア人が・・・」
「あ、初めましてこんにちは。ブリタニア人ではありませんよ、私はエリア16にされた国の者です」
さすがに大勢に己の身分を明らかにせず、エトランジュは日本語でそう言ってペコリと頭を下げた。
「日本語・・・味方、か」
「ええ、驚かせてしまって申し訳ありません。
私は黒の騎士団に協力させて頂いておりまして、今食料の搬入をしているところなのでそれをお知らせに上がりました」
「そっか、それはありがとう!飯は大事だからな」
うんうん、と周囲から同意の頷きが起こると、エトランジュはただ、と申し訳なさそうな顔になった。
「残念なことに、まだまだ食糧の分配がぎりぎりで・・・当分は効率化のために食堂で一斉に取って貰う形になります。
無駄なく食料を分配するには、これしか思い浮かばなくて・・・」
つまりは周囲に定食屋などは作れないので、決まった食堂で決まったメニューをみんなで食べて欲しいということである。
確かに限られた食料を効率よく分配するには最善の方法だが、不満そうになってしまうのは仕方ない。
「農業のほうにもお手伝いをお願いした方々がおられますが、すぐに作物が実るわけではございません。
少なくとも自給が出来るようになるまで、我慢して頂けませんか?」
「それもそうだな・・・食えるだけでもマシだ」
「シンジュクじゃテロリストが多いからっていうんで、最近じゃ食糧だってロクに来なかったものねえ」
そのくせ普通の一般民の引っ越しすら安易に認めないのだから、どうしようもない。
住民達が納得すると、エトランジュは頭を下げて礼を言った。
「ありがとうございます!余裕があるようでしたら、皆様でご相談の上うまくメニューを作成して下さい。
アレルギーなどをお持ちの方については栄養士の方に既にお願いしておりますので、そちらの方へ。
あと、何かございましたら設置した・・・そう、“目の箱”に入れて頂きたいのですが」
「目の箱・・・?ああ、目安箱ね。了解了解」
クスクスと苦笑した声に、間違えたエトランジュがわたわたと慌てると、すっかり場が和んでいた。
だが、それもゼロが辞去する旨を伝えるまでのことだった。
「ゼロ、期待してるからな!」
「ブリタニアを倒せ!」
「俺達にも出来ることがあるって、証明してやろう!」
「おおおーー!!」
拳を突き上げて叫ぶ日本人達に、ゼロに扮したアルカディアが手を上げる。
「そのとおりだ!一人一人の力は小さくとも、それを束ねれば大きな力となる!それはこれまでの人間の歴史が証明してきた!
一人一人は確かに非力だ、だが決して無力ではない!!己が力を信じよ、仲間を信じよ!!
そうすれば、道は必ず拓かれるのだ!!」
「そうだ!ゼロの言うとおりだ!」
「ゼロ!ゼロ!」
「俺達もやってやろう!」
ゼロコールが、ヒョウゴ区に響き渡る。
それを背にしてアルカディアとエトランジュが去り車に乗り込むと、先に待っていたクライスが腹を抱えて爆笑していた。
「くっくっく・・・マジ最高お前」
「クラ、次に向かう徳島で生き埋めにされたくないなら、今すぐ黙ろうか?」
低い声でそう脅すアルカディアに、今のこいつなら確実にやると確信したクライスはぴたりと口を閉じて車を発進させた。
しばらく走るとぐったりとした顔のアルカディアが、苛立ったように仮面を外す。
「疲れた・・・このテンションで日本を回るかと思うと、目まいがするわ」
「でも、なかなかお上手でしたよアルカディア従姉様」
「うん、それフォローになってないからエディ」
アルカディアはマントを脱ぎ棄てて車のクーラーのスイッチを入れると、エトランジュが差し出したスポーツ飲料の水筒を受け取ってがぶ飲みする。
「この日本の湿度の中、よくこんなもん着る気になったもんねゼロも・・・」
「素材は通気性がいいですけど、確かにフィットし過ぎてますよねこの衣装」
「全くだわ・・・コルセットもきついし」
アルカディアはぶつぶつと言いながら前開きのコルセットを外し、ぽいっと後部の荷物入れに放り投げる。
「ゼロは租界から動けませんが、代わりに様々な計画を考案して下さっております。
うまくいけば今年中にも日本奪還が成るかもしれないとのことなので、もう少しの辛抱です」
ルルーシュはトウキョウ租界から動きにくくなった分、移動する時間がなくなったためにアッシュフォード学園で授業に出ることに専念し、授業中に計画を考えて学園が終わるとそれをまとめてエトランジュに伝えていた。
以前は直接彼が指揮しなければ収まらなかったのでたいそうな負担だったのだが、アルカディアの身代わりのお陰で睡眠時間も確保出来るようになり、実に助かっていた。
最新型パソコンとハッキングの伝授では安い報酬といえよう。
「ここまでやったんだから、ほんと頼むわよ、ゼロ・・・」
アルカディアの怨みがましい言葉をかき消すように、定期連絡をしていたエトランジュがおずおずと言った。
「アルカディア従姉様・・・どうしましょう。今ゼロから連絡が」
「どんな?」
「ユーフェミア皇女と枢木 スザクが政庁を出て式根島に向かうと情報があったそうです。
何でもこの日本に今度は帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアが来て、式根島の基地を視察するのでその案内をするためだとか・・・数日かけて」
その固有名詞を聞いた瞬間、アルカディアの顔から表情が消えた。
「・・・あそこって確か、神根島の隣にあったわよねえ?」
日本に到着する際、あそこの目をごまかすのに苦労したことを思い出した一同に、苦々しさが蘇る。
「・・・徳島基地の建設については別の団員に任せるので、至急戻るようにとゼロが」
「その方がいいわね・・・あんなところ数日も視察してどうするってのよ」
あるとしたら、その隣に存在する無人島・・・神根島だ。
「予定を変更して、トウキョウ租界へ帰還します」
エトランジュの指示に、クライスは車をUターンさせた。
車が加速し、コウベの美しい海を堪能する間もなく彼らはヒョウゴから立ち去ったのだった。
その一時間ほど前、アッシュフォード学園のクラブハウス内で、ルルーシュは妹と気分を晴らそうと誘ったシャーリーとティータイムを楽しんでいた。
「お兄様、最近お出かけなさらないようですけど、ご用事のほうはよろしいのですか?」
「ああ、ひと段落ついたので当分はお前といようと思っているよ。たまには家族サービスをしないと、嫌われてしまいそうだ」
「まあ、お兄様ったら。何があっても、私がお兄様を嫌ったりなんてありませんのに」
クスクスと笑い合う兄妹に、シャーリーは水入らずの邪魔をするのもとはばかったが、ルルーシュはそんなシャーリーに手作りのクッキーを勧める。
「どうしたんだい、シャーリー。ほら、君の好きなジンジャークッキーを焼いてみたんだ。気に入ってくれるといいんだが」
「お兄様のクッキーは本当においしいんですよ、シャーリーさん」
「ルルは料理上手だもんね。遠慮なく頂くね」
料理人と比較してもいいほど料理のうまいルルーシュに、シャーリーは内心で複雑な気分だったが、実に美味なクッキーを食べながらほっとしたように紅茶を飲む。
「本当においしいよ、ルル。私も作ってみたいなあ」
「なら、今度一緒に作ってみるかい?君のお父さんに持っていってあげるといい」
「本当?ありがとうルル!」
和やかな空気の中、ルルーシュのポケットの携帯電話が鳴り響いた。
ルルーシュが携帯を取り出して着信欄を見てみると、そこには“非通知”の文字が表示されている。
「誰だ?非通知とは・・・」
眉をひそめながら電話に出ると、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。
「久しぶりだね、僕だよ枢木 スザク!」
「何だ、スザクか。どうしたんだいきなり?」
「うん、僕も騎士になって以降、仕事でそっちにいけなくなったから・・・その、ユーフェミア皇女がご好意で電話を貸してくれるって言うから、君の声が聞きたくなったんだ」
「な、何だと?!まさか、今その場にいるんじゃないだろうな?!」
いきなりのイレギュラーにルルーシュが席を立ち上がる勢いで驚くと幸いスザクの声が聞こえないシャーリーは事情をが解らず目を丸くし、耳の良いナナリーは会話が聞こえてやはりびっくりした様子だ。
「実は、そうなんだ・・・あのさ、その・・・やっぱり、まずいかな?」
「当たり前だ!あれほど言うなって頼んだだろうが!!」
スザクがさっきから自分の名前を呼ばないあたりいちおうは気を使ったのだろうが、電話をしてきた時点で台無しである。
(こいつはどこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ!このイレギュラーの塊が!)
一人で電話をして来るならともかく、ユーフェミアがいる場でかけてくるなど何の嫌がらせだろう。
これだから深く物を考えない体力バカが、と内心で吐き捨てると、とにかく通話を打ち切るべくスザクに言った。
「とにかく、その件は他言無用だ!お前とは後で話をじっくりするからな…切るぞ」
「でも、彼女も気にしてて・・・絶対に言わないと思うから」
「意図して言わなくても、天然で周囲に悟られる行動をするのが彼女なんだ!今現在がまさにそれだと気づけ、この体力バカが!!」
本気で怒鳴るルルーシュにシャーリーが黒の騎士団絡みかと焦るが、ナナリーには正確に意味が通じたらしい。
ナナリーがおずおずとたしなめにかかる。
「お兄様、スザクさんも悪気があったわけではないのですから、落ち着いて下さいな。シャーリーさんも驚いておいでですわ」
「あ、ああ・・・そうだな済まない」
「シャーリーがいるのか・・・ごめん、そこまで気が回らなかった」
スザクはルルーシュが怒っている理由が“事情を知らない者がいる時に、皇族であることが知られてしまうような電話をしてきたこと”だと勘違いして謝罪する。
だがその場にいたのは、スザクに劣らぬ天然成分の皇女、ユーフェミアだった。
しかし同時に感の鋭い彼女は、自分の推理が正しかったことを確信してスザクから受話器を強引に奪い取る。
「ちょ、ユフィ?!」
「ルルーシュ?!ルルーシュなのでしょう?!」
「・・・どなたかと勘違いなさっておいでではありませんか?」
「やっぱり、ルルーシュね!私よ!よかった・・・生きてた」
涙を流しながら喜ぶユーフェミアに、ルルーシュはぎり、と歯を噛みしめる
(俺達がどんな苦労をして隠れ住んでいるか想像もせず・・・・この、世間知らずが!!)
これ以上しらばっくれると、何を言い出すか知れたものではない。ナナリーだけならともかく、シャーリーにこれ以上余計な事を知ってほしくないルルーシュは、観念した。
「・・・バレたのなら仕方ないな。だが、今友人がいる。下手なことは言わないでくれ」
「解っているわ・・・ごめんなさい、つい興奮して」
ユーフェミアが謝罪すると、ルルーシュは前髪を苛立ったようにかき上げた。
「君の活躍は見ているよ。頑張っているようで何よりだ」
その頑張りを無にする勢いで日本人の支持を集めているくせに、ルルーシュはしゃあしゃあと言ってのける。
「だが、俺には構わないでくれ・・・もう、あそこには関わりたくないんだ。このまま二人で静かに暮らしていきたい」
「ルルーシュ・・・そう、そうかもしれないわね。ごめんなさい、私今、心細くて・・・貴方が生きてるって解った時、嬉しくて仕方なかったの」
「心細いって、何かあったのかい?」
コーネリアのことだとすぐに解ったルルーシュだが、それを隠して尋ねると、ユーフェミアは涙を拭いながら答えた。
「ええ、実はお姉様がちょっと入院してて・・・スザクが学校に通えなくなったのも、そのせいなの」
「そうか・・・大丈夫だ、きっとすぐに回復するさ。強い方だからな」
「そう、そうですわね!ありがとう励ましてくれて・・・昔と変わらず、ルルーシュは優しいのね」
その姉を半殺しの目に遭わせたのは自分だと知らないまま、ユーフェミアは無邪気に笑う。
「不安だったけど、貴方のお陰で元気が出て来たわ。
もうすぐシュナイゼル兄様がこちらに御来訪なさるので、そのお出迎えのために式根島まで行くの。
視察が数日かかるけど・・・終わったらその、一度だけでいいから会いに行ってもいいかしら?」
(シュナイゼルが日本に?式根島といえば、確かギアスの遺跡がある島の隣にある島だったな・・・)
思いがけずいい情報が手に入ったが、ユーフェミアのお願いにルルーシュは溜息をついた。
「それは無理だ・・・今は君も微妙な立場なのだろう?せめて姉上が回復するまで、不用意な行動は控えた方がいい」
「そう、ですわね・・・貴方がいてくれたらと思ったの。無理なことを言って、ごめんなさい」
「いいんだ・・・君と話せて、楽しかった。だが、もう連絡はやめて欲しい。
君には悪いが、もうあそこには関わらないと決めているんだ」
「解ったわ・・・安心して、お姉様にもシュナイゼル兄様にも、絶対に言わないって約束するから。
あのね、ルルーシュ」
「何だい?」
「今日はお話ししてくれて、ありがとう。私、この国を良くするために頑張るから。
だから、ずっと見守っていて下さいね」
「ああ、ずっと見ているよユフィ。無理をせずに頑張ってくれ」
「ええ、ルルーシュも身体に気をつけて」
ピッ、と通話を終了ボタンを押して通話を切ると、ナナリーが何か言いたそうな顔でこちらを見ている。
「本国にいた頃の友人だよ、ナナリー。あとで思い出話をしようか」
「やっぱり・・・!はい、お兄様」
嬉しそうな笑みを浮かべるナナリーに、シャーリーがおずおずと尋ねた。
「スザクくんの知り合いから、電話があったの?女の子みたいだったけど」
どうやら通話の相手がユーフェミア皇女だとは思いもしなかったが、漏れ聞こえてきた声が女性だということには気づいたらしい。
ルルーシュはシャーリーの悶々とした気分を察するどころではなく、ああ、と頷いた。
「スザクが仕事で知り合った子で、携帯を持っていないスザクのために電話を貸してくれたらしい。
今度会えないかと言われたが、ちょっと事情で会いたくなくてね」
「そ、そうなんだ・・・残念だね」
内心でほっとしたシャーリーだが、ルルーシュの表情が笑っているように見えて実はそうではないことに気付いた。
彼がゼロをしている理由は、もしかしたらその事情が原因なのかもしれないとぼんやり考えながら、シャーリーはあえて笑顔で紅茶を新しく淹れ直してルルーシュに勧める。
「ほらルル、喉乾いたでしょ?紅茶飲む?」
「シャーリー・・・ありがとう、頂くよ」
ルルーシュは席に座り直してカップを手にして紅茶を飲むと、ささくれだった気分が落ち着いて行くのを感じた。
自分とナナリーの箱庭・・・ここだけは絶対に死守しなくては。
ユーフェミアには悪いが、彼女はあまりにも考えがなさ過ぎる。
約束を破るとは思わないが、うっかりシュナイゼル辺りに自分達の生存を漏らしてしまうかもしれない。
(クロヴィスのように始末、するか・・・それとも)
ルルーシュは悩んだが、ふと思った。
(いっそ、一度会って自分の生存のことを忘れさせるか?そうするのが一番安全だ)
ついでにスザクにも、自分の生存をユーフェミアに知らせるなとギアスをかけるべきだろうか。
親友にだけはギアスを使いたくはなかったが、こんなことは二度とごめんだ。
この組織作りの大事な時に余計な心労を抱え込んでしまったルルーシュは、ひたすら悩み続けるのだった。
「ユフィ、その、ごめん!悪気はなくて!」
通話を切ったユーフェミアに、スザクはパンと両手を合わせてユーフェミアに謝罪したが、ユーフェミアはにっこりと笑って首を横に振った。
「いいのよ、スザクはルルーシュとの約束を守っただけですもの。貴方は悪くないわ。
それに、ルルーシュを説得してくれようとしたんですもの・・・お礼を言うのは私のほうだわ、ありがとう」
「ユフィ・・・」
二人が見つめあっていると、そこへノックの音が響き渡る。
「ユーフェミア殿下、ゼロの情報が入りました。入室してもよろしいですか?」
「ダールトン・・・ええ、どうぞ」
慌ててユーフェミアが受話器を置くと、失礼しますとダールトンが入室してきた。
何故か泣いた様子のユーフェミアを見てダールトンは眉根を寄せたが、当の本人は先ほどの憂鬱が消えたかのようにニコニコしているのでどうしたものかと一瞬途方に暮れた。
「ダールトン、ゼロがどうかしたのですか?」
「は、ゼロがカンサイ地方のスマゲットーにて現れたとの情報です。
リフレインの密売を行っていた組織を壊滅し、その主導をしていたハーマウ男爵を殺害して姿を消したようです」
「ハーマウ男爵が?貴族でありながら、なんということを!」
ユーフェミアが憤慨すると、貴族にあるまじき所業にダールトンも頷く。
「ハーマウ男爵家については、こちらで厳正なる処分を下しておきます。ユーフェミア様にはそのご許可を頂きたく」
「はい、解りましたわ。こんなことが続くから、日本人の方々が反発してしまうのです。
黒の騎士団ばかりが摘発しているようでは、ブリタニア全体が嫌われてしまいますわ」
「は、それもそうですなユーフェミア様。以後こちらでも犯罪組織を壊滅するよう努めます」
「早くこのエリアを住みよい国にするためにも、わたくしも頑張らなくては・・・さあダールトン、お姉様が不在の今、お仕事がたくさんあります。書類を持ってきて下さいな」
ダールトンが先ほどとは打って変わって元気が出てきたユーフェミアに驚くが、副総督の自覚が出て来たのだろうと内心で喜ぶ。
「イエス、ユア ハイネス。ユーフェミア副総督閣下、すぐにお持ちいたします」
ダールトンが退出すると、ユーフェミアは先ほどの報告を思い返していた。
(ゼロがカンサイに・・・でも、ルルーシュは学園にお友達といるって・・・やっぱり、わたくしの思い過ごしなのかしら)
ユーフェミアはそう考えたが、心のどこかでやはりという疑念がある。
いつか会って真意を問いたいと願いながら、ユーフェミアは仕事をするために椅子に座って書類を待つのだった。