第九話 上に立つ者の覚悟
黒の騎士団に贈られた潜水艦の中で、ゼロことルルーシュは黒の騎士団の再編成の発表を行っていた。
そこにマグヌスファミリアの一行も同席させて貰うことになり、エトランジュは椅子に座って人事の発表を聞いている。
まず軍事総責任者に入ったばかりの藤堂 鏡志郎、情報全般・広報・諜報の総責任者にディートハルト・リートが任命された。
その際に民族にこだわるわけではないが、なぜブリタニア人に?と疑問の声を上げた千葉に対し、ルルーシュはならば自分はどうなのか、と尋ね返した。
「理由?・・・では、私はどうなる?・・・知っての通り、私も日本人ではない。必要なのは結果を出せる能力だ。人種も過去も手段も関係ない。
最初に言っておこう・・・ブリタニアを倒すには、日本人だけでは無理だと」
その言葉にプライドを刺激された数人の日本人が抗議の声を上げようとするが、それは桐原が制した。
「ゼロの言うとおりじゃ・・・もともと今残る日本人だけでは、全員が玉砕したとしてもブリタニアを倒すことは不可能。
日本解放が成っても、次から次へと再奪還を企てられては消耗戦になるだけ。それでは日本解放の意味がなかろう?」
「う・・・しかし!」
「何のためにエトランジュ女王陛下がこうしてブリタニアの植民地を回り、味方を増やそうとしているのか考えてみよ。
戦は元凶を断たねば終わらぬが、そのためには多くの人間の力を束ねる必要があると知っておられるからじゃ。
真に日本解放を目指すのであれば、その日本人だけで成せるという傲慢を捨てよ」
「桐原公のおっしゃる通りだ。日本人としての誇りは大事だが、そのために大局を見誤るような真似はやめたほうがいい」
藤堂にまで言われて団員達は押し黙る。そこへエトランジュが控えめに口を挟んだ。
「ブリタニア人の方に大きな不信感がおありになるのは解ります。
しかし、EUにはブリタニア系の方々も多く、ブリタニアのやり方に反発なさって亡命してきた方も多いのです。
皆様の誇り高さは尊敬いたしますが、どうかこれだけは忘れないで下さい。ブリタニア人だからといって、差別主義や覇権主義を是としているわけではないということを」
理屈は解る。だが、感情はそれについていけないのだと表情で語る日本人達の前に、エトランジュは続ける。
「信用とはするものではなく積み上げていくものだと、お父様はおっしゃいました。
ディートハルトさんには大変なことだと思いますが、今後とも黒の騎士団にいっそうの努力を持って貢献して頂かなくてはならないことと思います。
しかし、その代わり貴方がたも成果を挙げたのならどうかその手を取ってさしあげて頂けませんでしょうか?」
ブリタニア人が他国で信用を積み上げていくのは並大抵なものではないと、エトランジュは説いた。
生まれのせいでナンバーズが差別されてしまうのなら、逆に他国でブリタニア人がそうなってしまうのはある意味で等価交換と言えるのだが、とばっちりであることは確かである。
「そうだな、黒の騎士団に貢献するのなら、仲間だよな。実際、こいつが持ってきた情報は正しかったんだろ?ならいいじゃねえか」
新入団員にしてコーネリア襲撃の際エトランジュに協力した加藤の台詞に数人が同調し、ディートハルトは思っていたほど悪意を向けられずに済んだ。
ディートハルトはそのきっかけを作ってくれた幼い女王を観察したが、見る限りごく普通の少女である。そう、小さな幸せをこそ望んでいる、王族というには違和感を覚えるほどの。
(マグヌスファミリアの女王、か。こんな駒まで得ていたとは、さすがゼロというべきか)
小国であることを武器にして各国のレジスタンス達を束ねているという作戦を全く予想もしていなかったから、意外すぎて驚く。
だがその長だという少女は一度話をした際、大した才能はないと判断した。
ただ本人もそれを自覚しているのか、口を出すにしても失敗のない言い方をするあたりユーフェミアとは違うと感心した。
(ゼロとは違った意味で、人心をまとめることが得意なようだ。この二人の組み合わせは、存外に相性がいいのかもしれないな)
ゼロが圧倒的なカリスマで人の上に立つなら、エトランジュはあくまでも相手と同じ目線を持つタイプだろう。
上の事情を理解し、下の心情を知ることが出来る彼女は、トップに立つよりむしろ中間管理職に向いている人間だ。
そして副指令に扇 要、技術開発担当にラクシャータと無難かつ的確な人事が行われ、最後にゼロ直轄の部隊であるゼロ番隊の隊長に紅月 カレンが任命される。
「親衛隊・・・ゼロの!」
嬉しそうにその役職を拝命するカレンに、エトランジュが祝福の言葉を贈る。
「よかったですね、カレンさん」
「はい!私、頑張ります!」
「ああ、期待している。そして一番隊隊長・・・」
こうしてひと通りの人事発表が終わると、ルルーシュは最後にエトランジュを紹介する。
「知っている者もいるだろうが、この方はEUのマグヌスファミリア王国の亡命政府を束ねるエトランジュ女王陛下だ。
現在対ブリタニア戦線の構築に当たっていて、既に四ヶ国のレジスタンス組織と同盟を組むことに成功している」
おお、と小さな歓喜の声が上がり、エトランジュは照れたように笑った。
「マグヌスファミリアの使者なら、インド軍区にもいるわよぉ~。
今回の件には関係してないけど、日本には女王様が来てるからよろしくって言われたわ」
ラクシャータがのんびりした声で言うと、エトランジュはああ、と手を叩く。
「インド軍区でしたら、アーバイン伯父様ですね。インドの方もいろいろとおありのようだと聞いておりますが」
「中華とEUの思惑を警戒して、上層部も二の足踏んでるのよね~。ま、持てるカードは多い方がいいってんで、貴女と同じ客分として滞在してるわ」
どこも考えることは同じのようだ。
しかしそれでも話を聞いて貰えるところまでいったのだから、それでよしとしようではないか。
「いいか、よく聞け。この戦いはブリタニアを倒すまでは終わらない!
それには日本人だけでなく、ブリタニアに虐げられている全ての者達の力を結集しなくてはならない!
それはブリタニアから不当な迫害を受けているブリタニア人も同様だ!エトランジュ様はそれに真っ先に気づいたからこそ、こうして先んじて活動を続けてこられた。
そして日本人は果敢にブリタニアに抵抗し、また我ら黒の騎士団の理念に共感しているからこそ、手を組みたいと申し出てこられた。
人種、国、そのようなもので人を区別してはならない!確かにスパイなどの動きは警戒せねばならないが、残念ながら日本人でも同胞を売る者はいる」
そのとおりだ、と数人が頷く。かつてブリタニア人にそそのかされ、同胞を売った日本人がどれほどいたことか。
密告により壊滅させられたレジスタンスも多い。
「しかし、逆にブリタニア人でも日本人を助ける者はいる。
事実ホッカイドウやオキナワなど、トウキョウ租界から遠く離れた地域では微力ながら援助を行っているブリタニア人がいるという。
人は人を虐げるだけではない、ともに手を取り合い助け合える生き物なのだ!」
しかし、とルルーシュは大仰に肩を落とし、そして言った。
「残念ながら今入った情報では、その良心に従い日本人と手を取り合おうとした者達の出入りを制限する動きが出たそうだ。
コーネリアは現在、意識不明の重体・・・・残ったユーフェミアを護衛するために租界の守りを固めたようだが、スパイを探すと称して租界とゲットーの警備を強化し、物資の制限を行うようだ」
「なんだと・・・それじゃあ他の住民の生活はどうなるんだ!」
扇が怒りの声を上げるが、ルルーシュはもちろんそのまま捨ておくつもりはないと言った。
「既にトウキョウ近隣のゲットーに住む者達は、内密に北はホッカイドウ、南はオキナワなどの租界から遠い場所へ移住する手配を行っている。
そして彼らにはこれから日本奪回のための準備や食料を作る仕事をして貰う」
戦争をするには軍人だけいればいいというものではない。
食料を作って維持し、また弾薬製造や後方支援などの機能が働いてこそ軍隊として成り立つのだ。
ルルーシュはトウキョウ租界に目を光らせている隙を利用して、そのための人手を駆り集め、日本奪還の準備を始めようというのである。
ユーフェミアがスザクを騎士にして日本人の支持を集めようとしても、既にゲットーから物資を途絶えさせた後では人気取りにすらならない。
名誉ブリタニア人達も日本人の生活が困窮した状態を見れば、スザクを騎士にしたのはただのそれらをごまかすための策だと受け取り、自分達も同じように出世出来るとは思わないだろう。
結果ユーフェミアは日本人の支持を得られず、ブリタニア人達からも名誉とはいえしょせんはイレブンを選任騎士にした愚かな皇女というレッテルを貼られ、双方から信頼を失うはめになるのだ。
「一度に大量に移動すれば気づかれるから、ゲットーに住む者達の移住は極秘に行う。
既にカンサイ地方、チュウブ地方のゲットーの整備に入り、仕事や食事のあっせんの準備に入っている。
それまで東京近隣の日本人の生活物資については、協力を申し出てきたブリタニア人から提供して貰う予定だ」
「よくブリタニア人が協力してくれたな」
「実は日本にも、カレンさんのようにハーフの方がおられまして・・こっそりとゲットーに住む妻子に援助をしているブリタニア人の方がそれなりにいるのですよ」
エトランジュが説明したところによると、日本に限らずブリタニアの植民地ではブリタニア人とそのエリア民との間に生まれた子供がいる。
心ない者は相手と子供を捨てたりするのだが、ほとんどは租界で名誉ブリタニア人として雇い入れて保護し、あるいはゲットーに住まわせて援助を行ったりしているらしい。
「カレンさんのように素性を隠して純ブリタニア人として籍に入れている方もいるようですが、それはむしろ少数です。
私が知る限り、貴族の方がそうなさっているのを見るのは初めてでびっくりしました」
エトランジュが同盟を結ぶために多数のエリアを見て回ったが、貴族が素性を隠してとはいえ実子としてハーフの子供を育てているのを見るのは初めてだと告げると、カレンはフンと肩をそびやかした。
「まさか!あいつは本妻に子供がいないからって、私をやむなく引き取っただけです。
お母さんもあいつに逆らえなくて、でも私の将来を思って私をシュタットフェルト伯爵家に預けたの」
「はあ・・・複雑な事情がおありのようですね」
エトランジュは何やらカレンに家庭の事情があると感じ取ったが、口には出さなかった。代わりにアルカディアが首をひねりながら言った。
「でもさあ、ルチア先生が言ってたよね?ブリタニアは血統を重んじるから、ハーフを籍に入れるくらいならどこかよその貴族の家から養子を貰うって」
ルチアとはエトランジュの母の親友で、マグヌスファミリアで語学教師をしている元ブリタニア貴族の女性だ。
現在は対ブリタニア戦線の構築のため、亡命してきたブリタニア人やハーフのグループを取りまとめている。
「ほら、貴族でも二男三男とかは家を継げないでしょ?だから子供がいないならそういう子を養子にして家を継がせるってパターン・・・ま、これはブリタニアに限ったことじゃないと思うけど」
「そう言われれば、確かに・・・」
扇達も顔を見合せてカレンを見る。
「で、でもならどうして私を・・・」
「たぶんですけど、単純に貴女の将来を思って引き取ったんだと思いますよ?
クォーターでもエリア民の血が混じっているという理由で希望先に就職出来なかった方もいるくらいで・・・」
エトランジュがゆっくりとそう告げると、カレンは信じられないといった様子だ。
「父親から何か言われたのか?お前はただの家を継ぐ道具だというようなことでも」
黙って話を聞いていたルルーシュが尋ねると、カレンはいいえ、と小さく首を横に振った。
「私をシュタットフェルト家に引き取った後、母と一緒にあの家に住まわせてから本国からあまり戻ってきてないので・・・話もあまりしたことがありません」
「それなら、直接真意をお伺いなさるのはいかがですか?喧嘩ならその後で充分ではありませんか」
エトランジュが穏やかにそう提案すると、カレンはでも、と尻ごみする。
「ブリタニアと日本との戦争と、貴女のご家庭の事情は無関係です。
どうして自分を引き取ったのか知る権利が貴女にはありますし、嫌うのはそれからでもよろしいのではないでしょうか?
それに、えっと・・・“親の心は子供は知らない”ままで後で悔いるのも・・・酷い言い方ですが、死んだ親と話し合いは出来ませんよ」
「そ、それは・・・」
カレンが思い返したのは、実母のことだった。
母は自分をシュタットフェルトに売って名誉ブリタニア人としての生活の安定を望んだのだと思いこみ、長年母を軽蔑して過ごしていたが、実際は自分を見守るために屈辱を受けてなおシュタットフェルト家にいただけだった。
『カレン・・・そばにいるからね』
あの時ほんの少しでも母の真意を聞いていたら自分もあんな態度に出ることはなく、母もリフレインなどという忌まわしい薬に依存する事はなかったかもしれない。
あの件は今も、カレンの胸の奥で深い傷となって血を流していた。
「エトランジュ様のおっしゃる通り、一度話し合ってきた方がいい。
何、どうなろうとしょせん親子喧嘩、どこの国でもある話じゃ」
四聖剣の最年長・仙波が軽く笑いながら同意すると、他の年かさの者達も頷き合う。
「・・・まだ決心がつかないので、改めて決めたいと思います。
でも、皆さん・・・ありがとうございます」
カレンは涙を拭きながらそう言うと、ルルーシュがどこか羨ましそうな声音で言った。
「君の気持ちは解る。だがこれだけは言っておく・・・君が父親と和解したとしても、私は君が我々と戦ってくれることを信じている」
「ゼロ・・・はい、もちろんです!」
カレンは感極まった泣き声でそう応じ、列へと戻る。千葉がその背中を抱きよせて、撫でさすっていた。
「えっと、その・・・空気を読まずに申し訳ないのですが、話を戻します。
そういう方々からも家族の生活を心配しているので、黒の騎士団を通じて援助を行えるのならと協力して下さるそうです。
コーネリアの件があまりにうまくいき過ぎたせいでしょうね、ブリタニア軍は内部に裏切り者がいることを前提として動いているため、ブリタニア人のゲットーへの立ち入りが禁止されたと聞きました」
「あー・・・そういうことか」
ブリタニア人の協力者が多い理由に納得の声が上がると、同時に租界への立ち入りが出来なくなったことを知って眉をひそめた。
「それじゃあ、俺達も租界へは入れなくなるってことか。活動に支障は?」
扇が不安そうに尋ねると、ルルーシュは心配無用とマントを翻す。
「トウキョウ租界で活動しやすいエトランジュ様達が諜報活動をして下さる。
今のところはコーネリアが意識不明の重体のため、指揮者がいない状態だ・・・あのユーフェミアではせいぜい現状維持が精いっぱい、思いきった行動はとれまい」
独裁政治というのは物事をスピーディーに進められる利点があるが、指揮する者がいなくなると逆に何も出来なくなるという欠点がある。
しかも今回のように死亡したわけではなく、ただ一時的に退場というパターンだといずれ指揮者が復帰することを考えると、後で責任を追求されることを恐れて余計に思いきった行動が取り辛くなるのだ。
その意味では殺してしまって後から有能な総督に赴任されるより、こちらの方が好都合かもしれない。
お陰で思うように日本奪還の準備が進められるのだから。
「なるほど、充分な準備を整えておく好機というわけだな。補給が続かなければ戦いどころではないから、それも重要なことだ。
我々もこの間に自らを鍛え、日本解放の決戦に備えよう」
「「「「承知!!」」」」
藤堂の言葉に四聖剣が呼応すると、最後にルルーシュがまとめた。
「当分は補給ルートの構築に力を入れることに重点を絞って活動する!
地方を中心に動くことになるので、各地に散らばるレジスタンス組織とも連携をとっていきたい」
こうして地方での活動について話し合いが終わると、次は枢木 スザクが議題に上がった。
「枢木スザク・・・彼は日本人の恭順派にとって旗印になりかねません。私は暗殺を進言します」
ディートハルトがさっそく過激な手段を提案すると、アルカディアも露骨に嫌な顔でそれに同調する。
「私もそっちのほうがいいと思うわ。あいつぶっちゃけ超ウザい」
ルルーシュの親友であるとエトランジュから聞いて知ってはいたが、そんなことは彼女にはどうでもいいことだ。自分が何をしているかも解っていない人間が半端に上の地位に居座られると、実に面倒なのである。
ブリタニアだけが害を被るならともかく、どう考えても日本人の方に被害がいっている。
「なるほどねぇ。反対派にはゼロってスターがいるけど、恭順派にはいなかったからね」
ラクシャータがそう指摘すると、ディートハルトは続ける。
「人は主義主張だけでは動きません。ブリタニア側に象徴たる人物が現れた今、最も現実的な手段として暗殺という手があると」
「反対だ!そのような卑怯なやり方では日本人の支持は得られない」
藤堂がそう反対するが、アルカディアは飄々としたものだ。
「幸いユーフェミア皇女の騎士になるというからブリタニア人の方にも妬まれてるし、いいチャンスよ。
幸い租界は日本人の出入りを禁じてるもの、今の状況なら暗殺してもそっちの線が濃いってなって、表向きは“黒の騎士団の仕業”と発表されて実態はろくな捜査もされずに終わるわよ」
スザクが藤堂の弟子だと知っての発言に、血も涙もない。
ブリタニアのニュースを真面目に信じる人間など、純粋なブリタニア人だけだ。日本人達にユーフェミアの騎士になったためにブリタニア人の妬みを買い、暗殺されたのだとゲットーに伝達して回ればどちらを信じるのか。
いや、ブリタニア人ですら租界とゲットーの境界を厳重に管理している状況ではそう思う可能性が高いというアルカディアに、報道人のディートハルトはそのとおり、と満足げに頷いた。
「アルカディア様の言う通りです。私のほうでその情報をさりげなく世間に流布すれば、効果はさらにあるでしょう」
「しかし、俺達黒の騎士団は武器を持たない者は殺さない。暗殺って彼が武器を持っていないプライベートを狙うってことでしょ!」
「上の地位にいるってことは武器を持つ持たない、プライベート云々は関係ない、常に戦場にいるつもりでいるのが普通なの。
エディやゼロ、桐原公達にしてもそれは同じ・・・いつ暗殺されるか、いつ捕まって連行されるか、そんな恐怖を隣人として過ごしている」
扇の反対の弁を、ルカディアははっ、と顎を上げて切り捨てた。
「上の地位だけで、それは武器を持ったことになるの。ましてやあの男は白兜のパイロットとして、仲間を殺してる・・・命を奪った以上、いつ命を奪われても仕方ないの。
貴方も副指令という地位を持ったのなら肝に銘じておいたほうがいいわ・・・それが出来ないなら、その地位は他の人に譲った方がいい」
「っつ・・・!」
扇は思わず肩を震わせたが、反論の言葉が見つからずにそれ以上は何も言わなかった。
「キョウトの方でも、枢木 スザクの件は騎士団に一任するとのことだしね。で、どうするのゼロ?」
「枢木 スザクは殺さない。このままユーフェミアの騎士になって貰おう」
さらりと告げられた返答にざわめきが上がると、ルルーシュは仮面の下でニヤリと笑みを浮かべた。
「このまま日本人達の生活が圧迫されれば、自然とその矛先は為政者であるユーフェミアとその騎士となった枢木に向かう。
日本人達に衣・食・提供する我々と恭順派のどちらを支持するか、火を見るより明らかだ・・・暗殺などするまでもない」
「つまり、枢木 スザクを逆の意味での旗頭とするのですね?」
「そのとおりです、エトランジュ様。
それに、暗殺といっても今コーネリアの件で警戒も厳重だ・・・成功したとしてもこちらに被害が来るのでは割に合いません」
殺すより生かして利用しようというルルーシュに、藤堂は内心複雑ではあったが殺されるよりはいいと考え、口は出さなかった。
「それに、ブリタニア人がこの件でユーフェミアに多少なりと不信感を抱き始めているらしい。コーネリアが不在の今、奴らの間に争いの種を蒔く機会にもなる」
「なるほど・・・では枢木 スザクの件は、暗殺せずこのまま放置ということで」
エトランジュがそうまとめて会議が終わると、一同はそれぞれの仕事に入るべく散っていく。
エトランジュ達も協力してくれるブリタニア人との交渉に赴くべく部屋を出ようとすると、ルルーシュが引きとめた。
「ああ、エトランジュ様とアルカディア様。少しお話があるので私の部屋までご足労願いたいのですが」
「今から、ですか?解りました」
ギアス絡みのことだろうか、と思いつつルルーシュの後について彼の部屋に入ると、ルルーシュは仮面を取って机に置く。
「いきなりで申し訳ないのですが、ご存じのとおり租界とゲットーの間で警備網が敷かれ、私も少々移動が困難になりました」
「ええ、私もアルカディア従姉様のギアスがなければここまで来るのが難しかったくらいですものね。
今はブリタニアの兵士達がゲットーと租界の境界を警邏しているだけのようですが、いずれは監視カメラなどの配備が行われるかもしれません」
「そうなると、ギアスだけでは頻繁な行き来をするのは危険が伴います。
それに地方での活動を行うことが増えますし、私も表向きは学生をやっている上に妹がいるので、正直困っているのです」
「・・・なーんか、嫌な予感がするんだけど」
アルカディアが頬を引きつらせて言うと、ルルーシュが勘がよろしいですね、と笑顔になって言った。
「そこで、アルカディア様に私の身代わりになって活動して頂けないかと思いまして」
「いやだ」
やっぱりか、とアルカディアはムンクのようになって即断ったが、ルルーシュは拒否を許さぬ声音でなおも迫った。
「エトランジュ様では身長差や役割から無理・・・ジークフリード将軍もエトランジュ様の護衛があるし、クライス護衛官もナイトメアの演習のために藤堂らと行動を共にしています」
「絶対やりたくない!何で私なのよ、C.Cに頼めばいいじゃない!」
「C.CはEUや中華との交渉に出向かせていますし、何より彼女にギアスは効かないから貴女しかいないのです」
「ギアスがって・・・どういうことよ」
「エトランジュ様のギアスを使い、私の思考を貴女に転送すれば何が起きてもすぐに対処出来ますから。ゆえに、ギアスのことを知っている貴女にしか頼めないのです」
つまりはゼロの仮面を被って腹話術師の人形になれというわけである。
アルカディアは納得はしたが、心底から嫌そうな顔で唸っている。
「私は科学者なんだけど・・・何でこんなことばっかり・・・」
断れないと解っているだけに、陰に込もった声である。
何が悲しくてこんなセンス皆無の服とマントと仮面を被り、オーバーアクションでフハハ笑いをして日本各地を回らなければならないのか。
「ア、アルカディア従姉様・・・その、私も一緒に回りますから、元気出して・・・」
「ありがとう、エディ・・・ふ、ふふ・・・」
やけっぱちのように笑いながらアルカディアはゼロの仮面をひったくると、やや乱暴にくるくると回す。
「いーわよ、やってやろうじゃない!命がけってほどでもないようだしね!あは、あははははは!!!!」
悪趣味と己で評したそれを着る羽目になるとは思わなかったアルカディアはひとしきり笑うと、そこまで嫌がらなくてもと不思議そうにしているルルーシュに向かって要求する。
「それじゃ、報酬としてハッキングの方法の伝授と最新型のパソコン一台ちょうだいね。
それから、コルセット一つ用意して」
「コルセット?何に使うんです」
首を傾げるルルーシュに、アルカディアはふふ、とどんよりと背後に夜叉を背負って叫んだ。
「私が使うに決まってんでしょ!あんた男のくせに何でそんな無駄に細いわけふざけんじゃないわよ!!」
魂の叫びにエトランジュがおろおろしているのと見ながら、ルルーシュは何故にそんなに怒るのかとさらに首を傾げながら、とりあえずコルセットと最新型パソコンの手配を行うのだった。
それより少し前、ブリタニア政庁では荘厳な儀式が行われていた。
神聖ブリタニア皇国第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアの選任騎士の叙任式である。
コーネリアの入院は秘事とされ、表向きには現在彼女はイシカワで軍事行動のため不在ということになっている。
「名誉ブリタニア人とはいえ、イレヴンが騎士に上がるとは・・・」
「テレビ放送も許可したとか」
「どうやって取り入ったのやら」
「そこはほれ、ユーフェミア様も年頃だから」
貴族達の嘲るような声が、ひそひそと会場中で囁かれる。
そしてその声は、中継を見ている者の口からも放たれていた。
「マジかよ!」
「ありえねぇーだろ、こんなの!」
「しかも少佐だって、イレヴンが」
アッシュフォード学園でその様子を見ていた者の中にも、不満そうな者がいる。
そんな声など聞こえないかのように、儀式は粛々と進んでいく。
「枢木スザク、汝、ここに騎士の制約を立て、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか?」
「イエス、ユアハイネス」
「汝、我欲にして大いなる正義のために剣となり盾となることを望むか?」
「イエス、ユアハイネス」
「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、汝、枢木スザクを騎士として認めます。
勇気、誠実、謙譲、忠誠、礼節、献身を具備し、日々、己とその信念に忠実であれ」
ユーフェミアが剣をスザクに掲げてそれをスザクが拝領し、叙任式は滞りなく終了する。
最後の言葉の後、常ならば拍手が会場を満たすはずなのだが、誰も手を叩かない。不気味なほど静まり返る会場。
だが、飄々とした風情のロイドが意図をつかませない顔でパチパチと手を叩き始めると、ダールトンもそれに続く。
そして三つ、四つと拍手は増え、大きく響き渡る。
スザクはそれを嬉しそうに受け、ユーフェミアの横に立つ。
華やかな騎士叙任は、大々的に日本各地で放映された。
神聖ブリタニア帝国始まって以来初となる、名誉ブリタニア人の騎士の誕生である。
(これで一歩、ブリタニアを変えることが出来た。これからユーフェミア様のために頑張っていけば、きっと・・・!)
拍手を受けながら、スザクはそう信じて疑わなかった。
このままブリタニアのために戦えば、いずれはその働きを認められて日本人が不当に扱われなくなると。
しかし、ブリタニアのために戦うイコール日本人や他のナンバーズ、およびこれから侵略する国々の者達を殺すということに、彼はまるで気付いていなかった。
主たるユーフェミアも、気づかないことこそが罪であるということに気づかぬまま二人で新たな一歩を踏み出せたと信じて微笑みを浮かべていた。