SIDE:サイト・ヒラガ
「さて、休暇は終わりだ。帰るぞ」
「えー」
裏切りのアニエス。もうしばらく滞在するって言ったのに!
手紙を出していやがったか。アニエスをダメ人間にしようとぬるま湯に大分浸からせていたのにしっかり者ですな。
そろそろ、学院の奴らも気になるし、タバサフラグのためにも帰らないと。
タバサ、タバサっと……。
彼女にお兄ちゃんと呼ばせるんだ!
「先日、お前の生存を伝える報告をしたら、急いで連れて帰ってこいとのことだ」
アニエスは銃士隊の隊長の顔になっている。こりゃ帰還ですな。
「知らせちゃったのね。この薄情者!」
「サイトだって、手紙書いてただろ」
バレてた。
アンリエッタが帰ってこいと言えばアニエスとルイズは帰るしかない。
当然、俺が残るという選択肢はない。
無理に居座ればバカ女王が本気で連れ戻しに来るだろうし。
「お別れだね。短い間だったけど、楽しかった」
にこっと笑って、テファが言った。
本当は彼女を連れて行きたかったが、今はまだ早い。
「テファ、俺と一緒に来いよ」
「なに、口説いてるの?」
「私、行けない」
テファは悲しそうに言った。
子供たちを置いて行けないのだ。
俺より、子供たちのほうが大切なのね?
ま、その内、子供たちの居場所とテファの居場所を作って迎にくるぜ。
「ちぇ、助けが必要ならすぐに呼べ。それに、テファを必ず迎にくる。それまで待っててくれ」
「今、舌打ちしたわ! ティファニア。気を付けなさい。何か企んでるわ」
ルイズがまくし立てるが俺は気にしない。
物凄く、後ろ髪をひかれる思いだったが、テファとお別れのあいさつをする。
「あは、ありがとう。わたし、あなたに会えてよかった。じゃ、元気でね」
「テファも元気で。またな」
嬉しそうな笑顔を浮かべたテファとお別れをした。
グスッ、あのおっぱいがしばらく見れなくなるのか。
ロサイスにつくと、異様な風体の巨船の姿があった。
「迎えにフネを寄越すと言っていたが……、ヴュセンタール号とはな。驚いた」
「無駄金使いすぎですねぇ」
「何を言う。それだけサイト殿は重要人物ということだ。よかったな」
アニエスは嬉しそうに俺に言ってきた、なんだか隠し事してる顔に見える。
軍艦に乗り込むと艦長が迎えてくれた。
「ヒリガル・サイトーン殿ですかな?」
「サイトです……」
艦長は俺を胡散臭そうな顔で見つめた。
そりゃ、詳細を聞かされずに軍艦まで出して迎えた奴が平民の少年だったらそうなるか。
「本艦を代表して、歓迎申し上げる。あなたがたの航海の安全を保障します」
「そりゃどうも」
部屋に案内するためについた士官は、興味深々に俺に聞いてきた。
「いったいどんな手柄をあげたんですか? 国賓待遇じゃありませんか。驚きましたよ」
まあ、五万の敵軍をアレだけむちゃくちゃにかき回したからな~。
こいつが知らないってことは軍の上層部連中くらいしか知らんのか?
しかし、カリーヌさんが随分と噂を広めてたな。
『平民の賢者』から『平民の英雄』にジョブチェンジする勢いな噂でした。
「手柄は何かしらんが、空の旅を楽しむことにする」
士官は意味ワカンネ。みたいな顔を一瞬したが、部屋に案内して去っていった。
「誰もあんたがアルビオン軍を壊滅状態にしたなんて信じないでしょうね」
ルイズはカリーヌさんから聞いているらしく、真相を知っていた。
「私も話半分に聞いていたがラ・ヴァリエール家が直々に噂を広めているのでなんともいえん。ただ、サイト殿は我が国の英雄であることはかわりない」
「しらんね。人違いか見間違えだろ」
「ふ、黒髪で大剣を背中に腰に剣をつけた人物が戦地に向かっていくのを随分と目撃されているようだったが?」
そういや、詳しい道のりがわからなかったから何人にも道を聞いたな。
駄目メイドがそれを聞いて物凄い勢いで身体をすり寄せて話していた。
ルイズも反対側で身体を俺に預けている。
大人のアニエスは熱っぽい視線を向けているだけだった。
シュバリエになるのは構わんが、アホが図に乗るから嫌がらせしてやるか。
SIDE:アンリエッタ
王宮の執務室で、私は客人の到着を待ちわびていた。
このときのために、今日は午後の予定をすべてキャンセルしたのである。
「ラ・ロシェールまで、竜籠をまわしたというのに……」
サイトさんが渋った?
それとも駄々をこねたのかしら?
大人でも敵わない才気を見せる一方、どこか子どもっぽいところがあると思う。
入り口に控えた衛士に「まだですか?」と尋ねた。
私は先ほどから、同じ質問を何度も繰り返していた。
「アニエスさまは、いまだお見えになりません」
つい癖で爪を噛んでしまう。私はどうしたというのだろう?
気がつくとサイトさんのことばかり考えていた。
ホーキンス将軍からも烈風カリンからも彼は英雄だと聞かされている。
たった一人の剣士によって大軍が壊滅状態に追い込まれた。
この噂は今や軍の上層部のみならず平民の間にも届いている。
噂の元凶は烈風カリン、つまりルイズの母親である。
正体を知って驚いたが、噂を流しているという事実の方が驚いた。
彼女曰く、私たちは真実を伝える。それが「鋼鉄の規律」である。とのこと。
彼女の手柄にしてしまっては規律違反だと言う事だろう。
「銃士隊隊長アニエスさまご一行、ご到着!」
「すぐに通してください!」
私は立ち上がり、自ら一行を迎え入れた。
「ただいま戻りました」
執務室に入ってきたアニエスは、深く一礼する。
背後に控えたルイズと不貞腐れた顔のサイト。
それを見て、私は笑顔を浮かべた。
久しぶりの、心からの笑顔だと思う。
「お捜しになられていた、ミス・ヴァリエールの使い魔の少年をお連れしました」
SIDE:サイト・ヒラガ
シエスタは悲しそうに学院に帰っていったな。ラ・ロシェールで別れたが、別れ際に誰にも見つからないようにキスされたことは黙っていよう。
テファの事は秘密にしておこうと言ったが、ルイズが聞くはずもなかった。
まあ、しばらくは隠居生活になるだろうが、必ず迎に行くから待っててくれ。
ついでにげろしゃぶ、じゃなかった。シェフィールドの事をルイズが伝えていた。
俺は沈黙を貫いている。
アンリエッタはルイズの他にも虚無がいることに驚いていた。
しばらくルイズと虚無のことを話していたがついに俺に話が回ってきそうだ。
「安心して、ルイズ。わたくしがいる以上、あなたに指一本たりとも触れさせません。……で、あるならば、なおさら必要がありそうですわね」
「必要?」
アンリエッタが俺の前に来る。何だその目は。久々に合ったアンリエッタ。
元気そうでなによりだね。早く帰らせろ。
「あなたは英雄です。祖国を、トリステインを救ってくださった英雄です」
「……」
俺は無表情で聞く。
「ありがとうございます。何度お礼を言っても足りません。本当にありがとうございます」
王冠をかぶった頭を、アンリエッタは何度も下げた。しかし、俺は反応を見せない。
冷たい態度を変えない。
アニエスがそれを見てなにか言いたそうだったが、さすがに女王の前でいきなり身分の低い者が発言しては失礼だと思っているのか、黙っていた。
乳の谷間が見えるから続けたまえ。
「これを受け取ってくださいまし」
「紙?」
ルイズが俺に渡された一枚の羊皮紙を覗き込む。
文字の読める俺は心底嫌な顔をした。
「近衛騎士隊隊長の任命状ですって!?」
「そうです。タルブでの戦に始まり、過去、あなたは非公式に何度も私を助けてくださいました。それだけで、あなたを貴族にする理由は十分だというのに……、こたびはアルビオンで大活躍。あなたが我が国にもたらした貢献は、古今に類を見ないほどのものです。あなたは、歴史に残るべき英雄です」
確かに、軍艦で迎えに来るとかアニエスを使って捜索するなど、VIP待遇だったが、俺はそんなものでは心が揺らがない。
というわけで、渡された紙を破り捨てた。
「なんてことを!」
アニエスが叫ぶ。
重要書類を破り捨てるのは結構気持ちのいいものだ。
「どうして俺が貴族にならなきゃならん?」
「お願いできないでしょうか? ヒラガサイト殿」
泣きそうな顔でアンリエッタが聞いてくる。
俺は無表情で答える。冷たい男を貫くのさ。
「答えはノー、イヤだ。断るね」
「な、なんですって? いや、私の使い魔だからいいのか? いえ、断るにしてもやりかったってものがあるでしょ!」
混乱しているルイズは可愛かった。アニエスは殺すぞこの野郎という目で見てる。
「しらんね。それに、お守りはルイズだけで十分だ。近衛騎士隊隊長だって? アニエスさんがいるだろ」
「だからって、破り捨てるなんて失礼よ!」
アンリエッタはにっこりと笑った。いや、笑わないでくれ。何を考えてる?
「わかりました。近衛騎士隊隊長就任は、しばらく保留にしましょう。でも、あなたの〝シュヴァリエ〟の称号授与は、すでに各庁にふれを出してしまいました。断られたら、わたくしは恥をかいてしまうことになります」
「そっちも断る。てめーが恥をかこうが俺の知った事ではない」
SIDE:アニエス
なんて奴だ。いっそ強制的に就任させればよかったか。
シュヴァリエの称号は私の推薦だ。
いや、女王陛下もそれを見越していて各庁にふれを出していたのだ。それすらも断るか。
変わった人間だと思っていたがここまでとは。
「何が不満だ?」
「は? 俺は手柄を立てた覚えがない。それに手柄を立てたとしても貴族になるつもりはないね」
五万の大軍を相手にしたことを自分でないと嘘をつくか。何を考えているんだ?
こうなったら搦め手でサイトを意地でもシュヴァリエにしてやろう。
「ほう、出世すればティファニア嬢に居場所を与えられるぞ?」
「ゲルマニアで土地を買うくらいの金はある」
「領土の購入は貴族になると同等だが? それにゲルマニア? 聞き捨てならん。亡命する気ならば私は止めなければならない」
「誰が俺が買うと言った? 代役を立てれば問題ない」
平然と違法行為を言ってのける。
凄腕の剣士でありながら聡明な頭の持ち主だと忘れてしまっていた。
『平民の賢者』を相手にするとなるとこちらは分が悪いな。
「それは違法行為だ。逮捕するぞ」
「証拠もなければ行動すらしていない。よって逮捕することはできない。職権濫用だ。貴族になった途端権力を振るいますか?」
カチンと来た。ああ、絶対にサイトを貴族にしてやる。
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マックからの書き込みです。
メインPCが壊れてしまい、危うくデータを失うところでした。
バックアップをとっておいてよかった。
みなさんも気をつけてください。
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