SIDE:ギーシュ
トリスタニアの城下町にやってきた僕たちは、ブルドンネ街から一本入った通りを歩く。
時刻は夕方に差しかかったばかり。
ブルドンネ街がトリスタニアの表の顔なら、このチクトンネ街は裏の顔である。いかがわしい酒場や賭博場なんかが並んでいる。
「いや、まさかここだったとは」
「ギーシュ、知ってるの?」
キュルケが聞いてきた。
ここに来たのは僕、モンモランシー、タバサ、キュルケだった。ロングビルは仕事があるのでと言って断った。
「どういう店なの?」
キュルケに続けてモンモランシーが聞いてきた。
久々に話しかけられたので嬉しくなり素直に答えてしまった。
「女の子が、可愛らしい格好でお酒を運んで……」
「いかがわしい店じゃないの!」
「面白そうじゃない」
キュルケが店に入っていく。
それに続いてなぜここにサイトがいるのか答えてくれなかったタバサも入っていった。
「待ってよ」
モンモランシーも入っていき僕は取り残された。
「待ってくれ、置いてかないでくれ!」
SIDE:モンモランシー
「いらっしゃいませ」
探していた人物はすぐに見つかった。
「この店は始めてですか? 貴族のお嬢様達。随分とお美しい方々だ。店の女の子が霞んでしまいます。私はこの店のボーイでございます。貴族のお嬢様達にふさわしい綺麗な席に案内いたしましょう」
流れる言葉と共に席に案内された。
サイトはまるで私たちと面識のないような振る舞いをしている。
「なにをしてるんだね君は?」
ギーシュが不満げに問いかけた。
「貴方のような格好のよろしい貴族様に話しかけられるのは喜ばしいですが、私は貴方を存じません。失礼ですが、他人の空似だと思います」
ギーシュはあっけにとられていた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「この店で一番美味しいものを」
タバサが答える。
「畏まりました。可愛いお嬢様」
見事な一礼をして去っていくサイトを私たちは眺めていた。
「あれって、サイトよね?」
「そうみたいね。あのおかしな剣もってるし」
私の問にキュルケが答える。
確かに腰に剣を帯びている。
誰もその剣のことを注意しないのはこの辺りが治安が悪いからだろうか?
いや、サイトのことだ。無理を言って認めさせたのだろう。
「まるで別人のような言葉遣いだね」
バカ(ギーシュ)の言葉に私は頷いた。
SIDE:キュルケ
彼の行動。別人のように接する態度。つまりは、知らない振りをしろと言いたいのだろう。
「お待たせしました」
「随分と早いのね」
「早い、安い、うまいがモットーなので」
「そういえば、女の子の格好はいつぞや君がシエスタに着させていた格好じゃないか!?」
「おや? それは偶然ですね。ここの店のウリでございます」
あくまでも他人行儀。いつもの軽口の方がやはり彼らしいのだ。
「ちょっとサイト、いつまでそうするつもりよ?」
「そうだ。薄気味悪いからやめてくれたまえ」
「そう申されましても、私はただのボーイの平民です。貴族様達に無礼はできません」
では、仕事があるのでと一礼してサイトは厨房に行ってしまった。
「もう、なんなの?!」
「おいしい」
タバサは気にする様子もなくご飯を食べていた。
それを見たらなんだか馬鹿らしくなった。
SIDE:サイト・ヒラガ
ルイズがキュルケ達とカチあわなくて良かった。
「ルイズ、そのまま厨房にいろ。今キュルケ達が来た」
「なんですって?」
「俺が上手く誤魔化しとくからここにいろよ?」
「わかったわ、任務については答えないこと」
「わかってる」
俺はキュルケ達のいたところに向かう。
丁度、ギーシュが何かをたずねようとしたようだ。
その時、店に新たな客が現れた。
貴族は、貴族を呼び寄せるのか客はまたしても貴族だった。
「いらっしゃいませ。貴族様、どうぞ我が『魅惑の妖精』亭で心のお疲れを落として行ってください」
セーラー服にしばらく感嘆の言葉を漏らしていた王軍の士官らしき貴族達は早々にキュルケ達に目をつけたようだ。
「あそこに貴族の子がいるじゃないか! ぼくたちと釣り合いがとれる女性は、やはり杖を下げていないとな!」
「そうとも! 王軍の士官さまがやっと陛下にいただいた非番だぜ? 平民の酌では慰めにならぬというものだ。きみ」
店中に聞こえる程のデカイ声を出していた。
必死ですね、貴族様。
キュルケは気にした様子もなくワインを飲んでいた。
ギーシュのアホは気が気でない様子。モンモランシーも似たような様子。
タバサは……、食い過ぎだ。
そのうちに声をかける人物が決まったらしい。
一人の貴族が立ち上がる。二十歳を少し超えたばかりの、なかなかの男前であると思うが、口ひげを生やすのって貴族の嗜みなのか?
ホモ野郎もそうだったが、貴族の考えることはわからん。
「我々はナヴァール連隊所属の士官です。恐れながら美の化身と思しき貴女を我らの食卓へとご案内したいのですが」
キュルケはそちらのほうを眺めもせずに答える。
「失礼、友人たちと楽しい時間を過ごしているところですの」
士官から野次が飛んだが、ヒゲの男はしつこくキュルケをさそう。
潔く諦めるという選択肢はないらしい。
キュルケは見事に相手に喧嘩を売り、相手は酔った勢いでその喧嘩を買った。
「すいませんが貴族様達、お店の中で暴れるのは勘弁していただけますか? お客様同士の揉め事はお客様同士で解決してください」
「わかってるわよ」
キュルケはそう言ってタバサと共に店を出て行った。
勝負はあっという間についた。野次馬根性で店にいる客は全て外の様子を見ているのだ。
タバサが杖を振ると士官が吹き飛び決着はついたのだった。
戻ってきたタバサを見て、店の客たちは驚きのうめきを漏らした。
「すごいですね、貴族のお嬢様」
店内が拍手につつまれたが、タバサは気にした風もなく本のページをめくる。
「じゃあ、乾杯しましょ」
ギーシュが首をひねりながらキュルケにたずねる。
「なあキュルケ……」
「なあに?」
「きみたちは、いったいどうしてそんなに仲がいいんだ? まるで姉妹のようじゃないか」
「気が合うのよ」
俺は側で話を盗み聞きしていた。
キュルケとタバサの出会い。勘違いの決闘。そしてそれ以降、友達となったこと。
うむ、仲良きかな。女同士の友情ですな。
「ふぁあああああああ」
とキュルケは大きくあくびをした。せっかくの話も台無しだ。
「飲んでしゃべったら、眠くなっちゃったわ」
「宜しければお泊りになりますか? 貴族様には合わないかもしれませんが、二階は宿になっております」
そうするわ、と短く言ってタバサを引き連れて二階に行ってしまった。
金払えよ?
「そちらの貴族様達はどうなされますか? ああ、お部屋は余っていますので一人一部屋でよろしいですか?」
「そうねぇ、今から学院に向かうのも面倒だし泊まるわ」
「僕もそうするよ」
二人も二階に上がっていった。
入れ違いのタイミングで店の中に、先ほどタバサに吹っ飛ばされた貴族たちが顔を見せた。
「どうなされました?」
「先ほどのレディたちはどこに行かれた?」
「上で寝ております」
士官たちは顔を見合わせた。
「逃げられたか」
「御用であればお呼びしてきますが?」
にっこりと貴族は笑みを浮かべた。
「そうしてくれたまえ」
俺は一礼して部屋に戻る。
「よう、相棒、寂しかったぜ」
「そんな君にお知らせだ。出番だデルフ」
「よしきた!」
俺はデルフを持って下に降りる。
「どうした?」
「いえ、それが、実は彼女たちは私の知り合いでして」
「ほう、是非とも我ら、先ほどのお礼を申し上げたいと思ってな。しかし、我らだけでは十分なお礼ができそうもないので、ほら、かのように一個中隊引っ張ってきた。無駄にならずにすんだよ」
ニヤリと俺は笑う。何百人かいるが、こっちは七万と戦うハメになるんだ。
「私で良ければお相手いたしましょう。友のために」
「はっはっは、勇敢な平民だ。ご遠慮なさらずに、せいぜい暴れていただきたい!」
「畏まりました」
と大げさに一礼した。
何百人いようとここは街中で狭い通りである。
一度に攻撃できるのも四人程度。
俺は偉そうな奴から倒していった。
どうやら指揮官らしく、何人か倒したら兵隊はそいつらを担いで逃げていった。
「楽勝だったな、相棒」
「相手にとって場所が悪すぎた。派手な魔法も使えない。平民だと油断した。勝って当然」
「へぇ~、考えてるねぇ。さすが相棒だぜ」
それでもさすが軍隊である。二時間ほど粘られた。
店に戻るとキュルケがいた。
「どうしたの?」
「一つ貸しだ」
SIDE:アンリエッタ
私は高等法院のリッシュモンと会談を行っている最中であった。
高等法院とは、王国の司法をつかさどる機関である。
ここには特権階級の揉めごと……、裁判が持ち込まれる。
劇場で行われる歌劇や文学作品などの検閲、平民たちの生活を賄う市場などの取り締まりをも行う。その政策をめぐり、行政を担う王政府と対立することもしばしばであった。
アニエスに気づいた私は、唇の端に微笑を浮かべ、リッシュモンに会談の打ち切りを伝えた。
「しかしですな、陛下……。これ以上税率を上げては、平民どもから怨嗟の声があがりますぞ。乱など起こっては、外国と戦どころの話ではないでしょう」
「今は非常時です。国民には窮乏をしいることになりましょうが……」
「戦列艦五十隻の建造費! 二万の傭兵! 数十もの諸侯に配る一万五千の国軍兵の武装費! それらと同盟軍の将兵たちを食わせるための糧食費! どこからかき集めれば、このような金を調達できるのですかな? 遠征軍の建設など、お諦めくだされ」
「しかしですな、陛下。かつてハルケギニアの王たちは、幾度となく連合してアルビオンを攻めましたが……、そのたびに敗北を喫しております。空を越えて遠征することは、ご想像以上に難事なのですぞ」
そんなことは知っている。そして、税率を上げているのはネズミを駆り出すためのものだ。
「知っておりますわ。しかし、これは我らがなさねばならぬこと。財務卿からは『これらの戦費の調達は不可能ではない』との報告が届いております。あなたがたは以前のような贅沢ができなくなるからって、ご不満なのでしょう? わたくしのように、率先して倹約に努めてはいかがかしら?」
私は、リッシュモンが身につけた豪華な衣装を見て皮肉な調子で言った。
節約に関しては元から私が考えていたがマザリーニ枢機卿も同じことを考えたらしく、ならば上に立つ姫様から行動しては、といってくれた。
それに、財務卿から、最近十万エキューに近い額が入ったとも聞いている。
一体どこの誰が手形に変えたかわからないが、今は戦時である。ありがたく使わせてもらう。
「わたくしは近衛の騎士に、杖を彩る銀の鎖飾りを禁止しました。上に立つ者が模範を示さねばなりませぬ。貴族も平民も王家もありませぬ。今は団結のときなのです、リッシュモン殿」
リッシュモンは頭をかいた。
「これは一本取られましたな。わかりました、陛下。しかしながら高等法院の参事官たちの大勢は、遠征軍の編成には賛成できかねる、という方向でまとまりつつあります。そこは現実としてご了承いただきたい」
「意見の調整は、枢機卿とわたくしの仕事ですわ。わたくしたちには、法院の参事官たちを説得できる自信があるのです」
話を終えたのでリッシュモンは頭を下げて、退室の意向を告げた。
「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン、参上つかまつりました」
「調査はお済みになりまして?」
「はい」
報告書を読む。やはり、この国に裏切り者がいるのだ。マザリーニ枢機卿からも同じく裏切り者がいると口頭で伝えてきた。その考えはどうやらペンフレンドからの入れ知恵らしい。
ペンフレンドの謎を知りたく問いただしたが、はぐらかされた。
良い人でも見つかったのだろうか?
いけないわ。それどころじゃなかった。
「あなたはよくやってくれたわ。お礼を申し上げます」
「私は、陛下にこの一身を捧げております。陛下は卑しき身分の私に、姓と地位をお与えくださいました」
「わたくしはもう、魔法を使う人間が信用できないのです。一部の古いお友達を除いて……」
頭に思い浮かぶ人物。ルイズ、裏切り者ワルド、愛しいウェールズ様、そして……。
「あなたはタルブで、貴族におとらぬ戦果を上げました。したがってあなたを貴族にすることに、なんの異議が挟めましょうか」
「もったいないお言葉でございます」
私が新設したのが……、このアニエスが率いる銃士隊であった。
その名のとおり、魔法の代わりに新式のマスケット銃と剣を装備する部隊である。
隊員はメイジ不足ゆえに平民のみ……、それも女である。
私の身辺を警護するという名目で、女性のみで構成された。
私はアニエスの、功績が特別で貴族にしたわけではない。
そして、これを特例にするつもりはない。
有能なれば平民といえどどんどん登用し、国力を高めるつもりであった。
いつしかサイトさんから言われたことを実現しているに過ぎない。そして、いずれはサイトさんを引き入れるつもりだ。
「誇りをお持ちなさい。胸を張って歩きなさい。自分は貴族なのだと、鏡の前で己に言い聞かせなさい。そうすれば、おのずから品位など身につきましょう」
「御意」
サイトさん、私はやりますわ。
裏切り者の男には証拠がない。
だからあぶり出す。
そのためにもアニエス達の協力は必須。
「あなたはただ事前の計画どおり、男の行動を追ってくださればよいのです。わたくしの見立てが正しければ、明日、犯人であれば必ずや尻尾を出すでしょう。その場所をつきとめ、フクロウで知らせなさい」
「泳がすおつもりですか?」
私は不敵な笑みを浮かべた。
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今までの二話分くらいの量です。
多いぞ!
という意見が多い場合、元の量に戻します。
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