「うわあ!」
「があ!」
クラナガン西口。ゆりかご改め聖鎧王クレイドルが暴れているこの一帯では、局員たちがひと山いくら、と言う勢いで吹っ飛ばされていた。聖鎧王、などと言う名前のくせにやたら悪役くさい外見が、この状況をとても引き立てている。
「ストライクカノン隊、どうにかならんのか!?」
「無茶を言うな! あのサイズにダメージが通るような出力は無いぞ!」
流石に超大型建造物が人型になっただけの事はあり、量産試作品のストライクカノンでは、外壁をぶち抜けるほどの出力は出せないようだ。どう小さく見積もっても、全長が百メートルやそこらで効かないのだからしょうがない。
「とにかく火線を集中させるしかねえ!」
「こんな時に、火力がある連中が全員出払ってるって!」
あまりの状況の悪さに愚痴りながら、必死になって攻撃を集中させる。故意かそれとも設計ミスか、今のところクレイドルの攻撃力はゆりかごだった時に比べて一段下がっており、派手に吹っ飛ばされてはいるが死者は出ていない。だが、それは裏を返せば、戦闘能力は無いが守る必要はある怪我人が大量生産されていると言う事でもあり、むしろ先ほどより状況が悪くなっている部分もある。
その上、クレイドル相手にダメージを出せそうな人員のうち、代表格の高町なのははまだクレイドル内部から脱出しておらず、フェイト・テスタロッサは諸悪の根源を護送中である。八神はやても劣勢に陥っていた別の区域で戦っており、こちらに戻ってくるまでまだ時間がかかるとのことである。遊撃としてあちらこちらに分散しているヴォルケンリッターも同じ事だ。
「アースラは何をやっているんだ!?」
「奥の手の準備中だとさ!」
現状唯一の艦艇戦力であるアースラは、散発的な砲撃以外にこれと言った行動をしていない。大きな砲撃をするためには、まずは負傷者を全員回収しなければいけないため、現状ではどうしても効果が薄い副砲を適当に撃ちこむ以上の事は出来ない。後はせいぜい、全滅した訳ではないガジェットドローンを、精密射撃でちまちま潰している程度だ。
「! 来るぞ!」
「総員、散開!」
小隊長の声に反応し、あわてて大きく散開する局員たち。その直後、クレイドルの目から発射された持続型のビームが、その隙間をなぞるように走る。
「危ねえ!」
「今のはやばかった……。」
いい加減攻撃パターンは見切りつつあるものの、それでも当れば終わりでそれほど大ぶりと言う訳でもない攻撃は、地上の局員達にとっては肝が冷える。今回はかわし切れたが、次も回避できるとは限らない。しかも、見切りつつあると言えるのは今の攻撃だけだ。流石に他に攻撃手段が無い、などと言う事はまずない以上、その別の攻撃、と言うやつがどんなものなのかによっては、またただでは済まないのは間違いない。
などと、余計な事を考えたのが良くなかったらしい。クレイドルが拳を持ち上げ、パンチのモーションに入る。危険を感じて射線上から逃げようとするも、パンチのモーションだけでは射線など分からない。しかも、複数の小隊がうろうろしているのだから、逃げ場所もそれほど多くは無い。ストライクカノン隊が陣取っている位置に、撃ちだされた拳が飛び込んできた。
クレイドルがパンチのモーションで撃ち出したのは、衝撃波とかそんなちゃちなものではない。その攻撃を日本人が見れば、口をそろえてこういうだろう。ロケットパンチ、と。
「な、なんだ!?」
「く、来るな!」
無慈悲に打ち出されたそれを見て、流石にパニックを起こして逃げ惑うストライクカノン隊。十メートルを超えるサイズの鉄拳が、彼らを容赦なく襲うのであった。
「痛い! 痛いよママ!」
「ヴィヴィオ! ヴィヴィオ!」
聖王のゆりかごの王の間改め、聖鎧王クレイドルのコクピット。機械と一体化したヴィヴィオは、ひっきりなしに叩き込まれる攻撃を受け、ずっと痛みを訴え続けていた。正直、はっきり言って内部の空気はよろしくない。いっそ、まがまがしいと言ってしまっていいほどだ。
「レイジングハート、何か分からない!?」
『残念ながら、私のハッキングツールではシステムに割り込みをかける能力はありません。』
「だったら、外に連絡は!?」
『出力を上げれば、可能です。』
「じゃあ、フェイトちゃんと連絡を取って!」
『分かりました。』
主の焦りがにじんだ要請を受け、手早くフェイトと連絡を取る。
『なのは、どうしたの?』
ツーコールほどで、望む相手が応答してくれる。
「フェイトちゃん、そこにスカリエッティは居る!?」
『うん、居るけど……。』
「聞きたい事があるから、ちょっと話をさせて!」
珍しいほど焦りをあらわにし、どこか殺気立っているなのはの様子に内心で首をかしげつつも、どうやら相当抜き差しならない問題が発生しているらしいと判断して、即座にスカリエッティに通信を回す。
『大体察しはつくが、聞きたい事、とは一体何かね?』
「この、聖鎧王クレイドルとやらについて教えて!」
『具体的には?』
「ヴィヴィオを、どうやって切り離せばいいの!?」
『どういうこと?』
なのはの聞き捨てならない一言に、怪訝な顔をしたフェイトが割り込んでくる。そのフェイトに応えるように、スカリエッティがなのはの問いを確認する。
『要するに、クレイドルと一体化したヴィヴィオを、元通り切り離したい、と言う事でいいのかね?』
「そうだよ。」
『一体化!?』
「ごめん、フェイトちゃん。詳しい話は後でするから。」
『あ、説明はいいよ。今聞いても何もできないし。護送中に、スカリエッティから詳しい事を聞くよ。話を続けて。』
あまりに物騒な単語が出てきたために、思わず驚いて声を出してしまっただけで、もとより口を挟むつもりは無かったのだ。続きを促す事でその態度を明確にし、とりあえずこの場引っ込んでおくフェイト。その意を酌み、話を元に戻すスカリエッティ。
『聖鎧王クレイドルは、聖王の鎧のシステムを改造した、聖王専用の戦闘用システムでね。本来はメガフュージョンによりゆりかごと一体化、人型となったそれを自在に動かす事で生身と同じように戦う機能だ。』
「詳細はいいよ。結論だけお願い。」
『本来なら、ヴィヴィオの意志で自由にフュージョンを解くことができるのだが、今回はテストと言う事もあって、戦闘は自動プログラムによって行われ、特定の条件を満たすまでは解除されないようになっている。』
「その条件は?」
『戦場に出ている管理局員の全滅か、外部から一定以上のダメージを受ける事。先に警告しておくが、君がいる位置から集束砲など撃とうものなら、娘の身の安全は保証しかねる。同じように、現状で外に出るための砲撃を撃つ事もお勧めしない。内部からのダメージが、ヴィヴィオに対してどのようなノックバックを起こすか判断できないのでね。』
しれっとなのはに出来そうな事を潰してくれるスカリエッティに、思わず殺気がこもった視線を向けてしまう。
「とりあえず、詳細は分かったよ。プレシアさん、何とかなりそう?」
『ヴィータ待ち、と言ったところかしら。ただ、相手の頑丈さが分からないから、どの程度のダメージが発生するかが予測できないのがちょっとつらいわね。』
『何やら、面白い事を考えているようだね。ならば、全部壊すぐらいの勢いでやればいいだろう。全壊してもヴィヴィオと中にいる人間だけは、無事に安全圏に転送されるように設計してある。』
『あなたがそんな人道に配慮した設計をするなんて、天変地異の前触れかしら?』
『君が娘のクローンを別の個人として尊重し、愛情を注いでいる事に比べれば、別段おかしなことでもないだろう?」
「挑発し合っている暇があったら、他に出来る事が無いか探してください!」
売り言葉に買い言葉、みたいな感じで毒のこもった会話を始めたマッド二人を、一喝して黙らせる。無論、なのはもどうにかして外に出られないかを検討するつもりではあるが、状況的にプレシアの奥の手の方が早いだろう。
「ヴィヴィオ、プレシアおばあちゃんが何とかしてくれるみたいだから、もう少しだけ痛いの我慢してね!」
「……本当に?」
「おばあちゃんを、信じよう。」
そう言って、ヴィヴィオが一体化したゆりかごのコアを、そっと優しく抱きしめるなのはであった。
「グレート世界征服ロボの砲撃が来ます! フォートレス隊はガードユニットを今から指定した位置に最大出力で配置してください! ストライクカノン隊はフォートレス隊のガードユニットを確認後、相手の砲撃に合わせてトリガー式散弾砲を発射!」
「了解した!」
南口の対グレート世界征服ロボ戦は、意外な状況を展開していた。
「次はどこを撃てばいい、広報の!」
「一拍置いて、展開された子機を撃ち落としてください! ムーンセイバーは子機の殲滅を確認後、大技を一発!」
「了解! どのあたりを狙えばいい?」
「胴体のど真ん中を! アクアセイバーは三時の方向に展開しているガジェットを牽制! 地上169部隊は、アクアセイバーが足止めをしているガジェットに総攻撃をお願いします!」
美穂から送られてくるデータをもとに、ティアナが状況に合わせて指示を出しているのだ。ここに至るまで、今一つ連携や部隊行動がかみ合っていなかったこの戦場が、ティアナの指示によりうまくかみ合い始めたようで、急速に状況が好転して行く。
無論、階級も経験年数もこの場では下から数えた方が早いティアナが、ただ指示を出したところで受け入れられる訳が無い。なので、グレート世界征服ロボが出てくる前に、先輩である二期生女子グループ・ムーンセイバーズに協力してもらい、ちょっとずつ実績を積み重ねていったのである。元々広報部はこういう上下関係は緩い上、今回ははやてがティアナの指示を聞くようにと命令を出した事もあり、二期生たちは随分協力的である。最終的に、ティアナは指揮官として育てる事を聞かされていた事も大きいだろう。
結果として、協力的な先輩方のおかげで遅滞なく的確に指示を出す事が出来、地上部隊の信頼を得られたのである。無論、竜岡式によって鍛えられた体力と感覚周りが、もともと高い素質を示していた状況判断能力を底上げし、鍛錬により彼我の力量を的確に把握出来るようになっていた事が最も大きな要因なのは間違いない。今まで足を引っ張っていた余計な劣等感とその裏返しである妙なプライドも、デビュー後の一連の出来事で一皮むけた事によりなりを潜め、偏見なく冷静に素直に状況を見る事が出来るようになったことも大きい。
この戦場でティアナは、急速にその実力を伸ばしていた。
「集束砲行きます! データを送るので、射線上から退避してください!」
「了解した!」
「でかいのぶちかましてやれ!」
地上部隊の声援を受け、グレート世界征服ロボに容赦なくスターライトブレイカーを叩き込むティアナ。先ほど対ナンバーズ戦で一発発射している事や、この戦闘でも普通の射撃や砲撃を何発も撃っている事を考えると、広報部に来る前の体力では明らかに持たなかっただろう。
指示を出す権限をもらったとはいえ、所詮下っ端であるティアナが、戦況を見て指示を出すだけ、などと言う楽をさせてもらえる訳が無い。あちらこちら動き回りながら攻撃し、バインドを使い、状況によっては幻影も出してと八面六臂の奮闘をしている。並の局員の体力と魔力回復量では、とうの昔にダウンしているであろうことは想像に難くない。
とは言えど、流石に腐っても全長三十メートル。超大型ロストロギアが変形した聖鎧王クレイドルに比べれば劣るとはいえ、ティアナが撃てる程度のスターライトブレイカーでは、中破させることすら難しい。ストライクカノンでも、ノーダメージでこそないものの、ほとんど効果的なダメージは出ていない。いくら兵器として人型は効率が悪いと言っても、このサイズとそれに応じた装甲を持っていれば、歩兵に出来ることなどほとんど無い。それは、広報部や教導隊などの例外を除けば、魔導師でも同じ事である。
「キャロ、準備の方は!?」
「そろそろいけます!」
「了解、お願いね!」
「はい! 来て、ヴォルテール!」
そんな状況で満を持して登場した、キャロの召喚師としての切り札、真龍ヴォルテール。全長こそ十五メートルほどとグレート世界征服ロボよりかなり小柄ではあるが、その戦闘能力は余裕で相手を上回る。種族としては地上最強と呼ばれている真龍族、その実力を今、見せつける時が来たのだ。
「キャロが召喚師らしい事してるところ、久しぶりに見た気がする……。」
「そこ、それを言っちゃダメ!」
キャロの護衛をしていたエリオが、召喚に合わせて距離をとりつつ、思わずそんな余計な事を言ってしまう。それを聞き咎めて窘めるティアナだが、幸か不幸かヴォルテールの召喚に集中していたキャロの耳には届かなかったようだ。なお、スバルとギンガは治療中で出撃を止められ、この場にはいない。
「ヴォルテール、行って!」
(了解!)
キャロの指示に従い、真正面からぶちかましを叩き込むヴォルテール。その一撃に大いに揺さぶられ、見た目に分かるほどの損傷を受けるグレート世界征服ロボ。たたらを踏んで体勢を立て直し、反撃しようとしたところで尻尾の一撃。その一撃で、小規模ながらも砲撃を食らい続け、ダメージが蓄積していた右足がもげ、ドラム缶が転がる。この一連の状況に巻き込まれ、大量にガジェットドローンが下敷きになって粉砕されているが、正直誰も気にしていない。
「ヴォルテール、先に砲門を潰して!」
(分かった!)
キャロの頼みを聞き、悪あがきとばかりにランダムに砲撃をしようとしていた砲門を叩き潰す。さらに日本のマジックアームを噛みちぎり、左足を鉤爪で切り落として完全に動きを封じる。そのまま露出部分から雷撃のブレスを内部に叩き込み、完全に中身を破壊してのける。原形を残したままエネルギー反応が途絶え、動く気配が全くなくなるグレート世界征服ロボ。こうなってしまえば、もはや全長二十メートルほどの、単なるドラム缶でしかない。
クレイドルと違ってあっさりけりがついたグレート世界征服ロボだが、間違っても弱かった訳ではない。広報部のメンバーが対応に来るまでに、それ相応の被害は出ているし、彼らでもそこまで余裕があった訳ではない。少なくとも、例の世界に居る同等サイズの魔法生物と互角ぐらいには強かった訳で、本来ならストライクカノン隊とフォートレス隊がいたところで、絶対に勝てる相手では無かったのだ。
ただ単純に、キャロが召喚したヴォルテールが、広報部の基準で見ても規格外だっただけの話である。何しろヴォルテールは、と言うより真龍族は、その気になれば一対一で千五百メートルクラスの古代竜と戦って勝てるのである。無論絶対に勝てる、と言う訳ではないが、それでも十五メートルほどの生物が百倍でかい相手に普通に勝てると言うだけでも、どれほど規格外か分かろうものである。
もっとも、それを言い出せば、もっと小さいのにほぼ百パーセント勝てる優喜や竜司、なのはとフェイトなどは規格外を通り越している訳だが。
(ねえ、キャロ、キャロ。)
「何、ヴォルテール?」
(これ、押していい? 押していい?)
器用に前足を使って立てたドラム缶の上に乗って、そんな事を聞いてくる。それを見て、少し考え込むようなしぐさをするキャロ。周りを見ると、ほとんどガジェットドローンは片付いており、わざわざヴォルテールを暴れさせる必要はなさそうだ。
「OK、許可!」
状況を確認して、親指をびしっと立てて許可を出すキャロ、それを見て嬉しそうに尻尾を振り、ドラム缶を押し始めるヴォルテール。
(ど、ドラム缶、お、押す……。)
「押してもいいんだぜ、懐かしいドラム缶をよ!」
妙なネタをやり始めるヴォルテールとキャロを、呆れたように眺めるエリオとティアナ。こうしてマスタングの最後っ屁は、ヴォルテールと言う規格外の召喚獣によって、割と不発気味に終わったのであった。
「シールドチャージ!」
そんな掛け声とともに、飛んできたロケットパンチを体当たりで弾き飛ばす人影。それを見た時、自分達が助かった事を理解する。
「済まない、遅くなった!」
「ヴォルケンリッター!」
「ここから先は、俺が止める!」
盾を構えた男前が、りりしい顔で言ってのける。フォルク・ウォーゲン、正面からの攻撃に対しては、管理局最強の防御力を誇る男。彼に防げないのであれば、生身の局員は誰にも防げないであろう。そんな彼に、後から来た人影が声をかける。
「フォルク、向こうはもういいのか?」
「ああ。カリーナとアバンテが来てくれたから、シャマルに送ってもらってこっちに来た。」
「そうか。亀裂の方は?」
「探知可能な範囲は潰した。後は、これが終わった後大規模な儀式で広域精密探査をかけなきゃ、多分分からないだろうな。」
シグナムの問いにざっと回答を返し、クレイドルを睨みつける。
「それで、俺はあれの攻撃を止めればいいんだな?」
「そう言う事になるな。あと、まだ中に高町がいるとの事と、あれのコアにはヴィヴィオがとりこまれているらしい。ダメージを共有するとの事だから、こちらの準備が整うまで、あれに対する直接攻撃は中止。我らはガジェットドローンを叩く。」
「分かった。せいぜい死なないように止め切るさ。」
「ああ、頼むぞ。」
シグナムの言葉に頷くと、一緒に連れてきた元防衛システムの方に指示を出すために向き直る。
「そう言う訳だから、思うところはあるだろうけど、しばらくシグナムの指示に従って雑魚を潰してほしい。」
「分かった。」
「報酬の件、忘れないでくださいね。」
「さあ、大活躍ずるぞ!」
シグナムの指示を聞け、という言葉に渋るかと思えば、やけにやる気満々の三人。どうやら、そんな事が気にならないくらい報酬と言うやつに心が動かされているらしい。
「そう言えば、ヴィータは?」
「奴は別の役割があるらしい。今、アースラでミーティングをしている。」
「別の役割ねえ。」
「碌な事を考えていない予感はするが、今更それを言っても始まらん。あまりうだうだ駄弁っている暇もないから、さっさと始めるぞ!」
「了解、状況開始!」
フォルクの掛け声とともに、それぞれの役割のために動きだす。やけに張り切って暴れ回るディアーチェ達を横目に、盾を構えてどっしりと腰を落とすフォルク。現在確認されている攻撃はロケットパンチと目からビーム。予想ではあと一つぐらい、まだ使っていない大技があるだろうとのこと。先ほどのロケットパンチの重さを考えるに、もう一つの武装とやらが必殺技の立ち位置なら相当厳しい。
そんな事を考えていると、まずは目からビームが飛んでくる。
「ワイドシールド!」
防御範囲を広げ、盾を構えて受け止める。
「ふん!」
なかなか重い一撃だが、フルドライブを使うまでもない。並はおろかランクSでも防御力が低めだと普通に撃墜されかねない威力はあるが、なのはがカートリッジを二発以上撃発したバスターと比較すれば、やや劣るぐらいだ。言うまでもなく、この場合おかしいのはなのはの砲撃であって、クレイドルの攻撃力が低い訳ではない。
「とりあえず、これならしばらくは抑え込めるな。」
とりあえずその旨を連絡し、飛んでくる攻撃を次々と受け止める。相手の攻撃を常に正面にとらえる必要があるため、ひたすら動き回らなければいけないのが地味に面倒と言えば面倒だ。
「しかし、あまりいい気配じゃないな、あれ。」
何発目かの目からビームを受け止め、ロケットパンチを体当たりで撃墜したところでぽつりとこぼす。気功が出来て、こういう種類の気配を識別できるのが、現状この場にはフォルクしかいない。そのため、この違和感が妥当かどうか、確かめるすべがない。
『エネルギー反応増大! フォルク、大技が来るわよ!』
「了解!」
『アート・オブ・ディフェンスを使いなさい! 普通に受け止めるのは、命にかかわるわ!』
「分かりました! アイギス、フルドライブ!」
プレシアの警告を素直に聞き入れ、シェルターフォームを起動する。初めて使ってから何度も改良を加え、すでに初級防御魔法の組み合わせなどとは言えない領域に達したそれを、来るべき大技に備えて発動する。
「カートリッジフルロード! アート! オブ! ディフェンス!」
トリガーワードと同時に、聖鎧王クレイドルの胸部から恐ろしい出力の熱線砲が発射される。やはり初期段階での必殺技と言えばブレストファイヤー、と言うのはスカリエッティも支持するお約束だったようだ。たとえ次元航行船といえども、無防備に食らえば装甲を一瞬で溶解させられそうな熱量が、容赦なくフォルクを襲う。
「ぐう!」
凄まじい熱量と衝撃に、思わずフォルクが唸る。射線上にあった石も砂も一瞬にして溶け、溶岩のように流れ始める。この威力は危険だ。一般に使われている火炎無効だの耐熱だのと言う術式ごときでは、どう逆立ちしても防ぎきれはしない。この手のエネルギー攻撃に極端に強い優喜や竜司ならともかく、自分でこれではなのはでも耐えきれるかどうかはあやしい。しかも、思ったより攻撃時間が長い。このままでは押し切られる。
(負けて……、たまるものか!)
気合を入れてアイギスを片手で持ち、術を維持したままカートリッジをリロード。さらに魔力を乗せてバリアを強化し、カートリッジを撃発する時間を稼ぐ。
「カートリッジ、ロード! ジュエルジェネレーター、出力全開!」
カートリッジを撃発して冷却系を強化。さらにコロイド状に耐火・冷却・耐熱・物理防御を織り上げ、重ね合わせ、二百以上の層を作り上げる。その間も、途絶える気配すら見せずに熱線砲を浴びせ続けるクレイドル。永遠にも思える十数秒が過ぎ、唐突に熱線砲が止まる。
当然だ。いくらなんでも一瞬で地面すら溶解させるような熱線砲を、そんな長時間照射することなど、たとえ古代ベルカの技術の粋を凝らしたロストロギアといえども不可能である。そんな真似をすれば、自身が吐き出した熱で自身が溶けかねない。耐熱耐火と言っても、限度はあるのだ。
「何とか……、凌ぎきったか……。」
地面に膝をつきそうになる体に喝を入れ、必死に盾を構え続ける。もう一発今のが来たら、さすがにしのぎきることなど出来ないだろう。ある種の絶望を感じつつも、せめて目から発射されるビームぐらいは防いでみせる、と気合を入れ直す。そこに、アースラからの通信が入る。
『準備完了。シグナム、フォルク、十五秒ほどアレの動きを止めて。』
「「十五秒って、どうやって!?」」
『何でもいいから大きな攻撃を当てて、姿勢を崩せばいいわ。相手は自動プログラムであの図体、その程度の事でも面白いぐらい動きが止まるはずよ。』
プレシアの無茶振りに、思わず顔をしかめるフォルク。ここしばらく、大物相手の攻撃手段を充実させたシグナムならまだしも、基本的にザフィーラの型番違いみたいな能力の自分には、そんな大きな攻撃手段など存在しない。その戸惑いを察したのか、こともなげにプレシアが告げる。
『フォルク、リミットブレイクを使いなさい。』
「あれは、まだ使いこなせていませんよ!?」
『使いこなせてなくても、一発当てるぐらいはできるでしょう?』
プレシアにそう言われては、ごちゃごちゃ反論することなど出来ない。体力的にも際どいところだが、やるだけの事はやるしかない。
「ディアーチェ! アレの動きを止める! 大技よろしく!」
「了解した。シュテル、レヴィ、やるぞ!」
「了解です。」
「あいつを倒して、僕は飛ぶ!」
フォルクの指示を受け、自分達の最大火力による同時攻撃を敢行する三人。その様子を確認しながら、深呼吸をひとつ。今だ使いこなせていない最終形態。それをぶっつけ本番で発動させる。
「アイギス、リミットブレイク!」
フォルクの呼びかけに応え、盾の形状をさらに変化させるアイギス。巨大なラウンドシールドからカイトシールドに計上が変化したのを確認したフォルクは、盾の表面にスライドさせて剣を固定する。そのまま盾と一体化した剣を頭上に掲げ、膨大な魔力を全身にいきわたらせる。まだ準備段階だと言うのにとんでもない負荷がかかり、思わず膝をつきそうになって必死にこらえる。
「メテオ! ストライク!」
負荷にうめきながら発したトリガーワードと同時に、フォルクの足元に巨大な魔法陣が展開される。その魔力によりふわりと体が浮き上がり、同時に固定された剣を中心に盾が二つに割れ、翼のような形状に変化する。ある程度フォルクの体が浮き上がったあたりで、魔法陣から二頭の炎の竜が現れ、彼にまきつくように飛び上がる。
それらの前動作が終わったところで、急激に飛行速度が加速し、メテオストライクと言う名にふさわしい巨大な火の玉となって、凄まじいスピードでクレイドルの胸元に直撃する。シグナムのブラッディハウリング、ディアーチェ達のトリプルブレイカーに続いての大技に、完全にバランスを崩して動きが止まるクレイドル。
「よし、上手く行った!」
十分な距離を取り、適当な位置に着地して、相手の状態を確認する。着地に失敗して地面に胴体着陸をする羽目になったが、今までの蓄積ダメージを考えればしょうがないだろう。どうにか着地を終えて体勢を立て直し、プレシアが準備していた奥の手と言うやつを見て、思わず絶句する。
「……なんだありゃ……?」
その光景を見た時、プレシアとスカリエッティ、どちらの方がよりマッドなのかよく分からなくなったフォルクであった。
時間は少しさかのぼる。
「……ちょっとまて。」
「何かしら?」
「本気か? いやむしろ、正気か?」
「こういう事をする時は、私はいつだって本気よ。それに、自分が正気かどうかなんて、知ったこっちゃないわ。」
聞かされた概要に絶句し、うめくように言葉を絞り出すヴィータ。そもそも、自分が出撃できない状態になっていたら、どうするつもりだったのだろうか?
「因みに、あなたが出撃できないようなら、艦首をドリルに変形させた上でフィールドを張って全速で突撃を叩き込む予定だったから、安心して。」
「安心できねえよ!」
こちらの思考を呼んでのプレシアの言葉に、思わず全力で突っ込みを入れるヴィータ。これだから、マッドサイエンティストと言うやつは性質が悪い。
「そもそも、いつの間にアイゼンにそんな機能を仕込んでたんだよ!?」
「いつでも仕込めるじゃないの。」
「いや、そりゃそうだけどよ……。」
「ここまで来たんだから、ぶつくさ言わないの! そろそろプログラムの最終チェックに入るから、準備しなさい!」
「分かったよ。」
今更何をどう突っ込んだところで話にならない。そう悟って準備のために外に出ていくヴィータ。だが、納得がいっているのかと言うと言っていない訳で、思わず余計な事を呟いてしまう。
「それにしても、何であたしなんだよ……。」
「あら、あなたは鉄槌の騎士でしょ? ハンマーの扱いで、あなたを超える人材なんていないでしょう?」
「限度ってもんはあるぞ……。」
プレシアの言葉に、疲れたようにつぶやくヴィータ。もはや何も言わずに外に出ていく。それを見送った後、プログラムチェックが完了した事を確認してクレイドルへと距離を詰め、大技を止め終わったばかりのフォルクと雑魚の殲滅を終えたシグナムに通信を入れる。
「準備完了。シグナム、フォルク、十五秒ほどアレの動きを止めて。」
『『十五秒って、どうやって!?』』
「何でもいいから大きな攻撃を当てて、姿勢を崩せばいいわ。相手は自動プログラムであの図体、その程度の事でも面白いぐらい動きが止まるはずよ。」
無茶振りを無茶振りだと思わずに言い切るプレシア。その言葉に絶句している様子があるフォルクに対して、とりあえず極論じみた一言をぶつける。
「フォルク、リミットブレイクを使いなさい。」
『あれは、まだ使いこなせていませんよ!?』
「使いこなせてなくても、一発当てるぐらいはできるでしょう?」
この言葉にフォルクが黙ったのを確認すると、乗組員全員に通達をする。
「総員耐ショック防御! 荷物と道具とかがあるなら、今のうちに固定しなさい! 慣性制御はちゃんとかけてあるけど、内部がどうなるかはやってみないと分からないわ!」
「耐ショック防御完了!」
「ヴィータ?」
『了解! アイゼン、リミットブレイク!』
ヴィータの呼びかけに応え、即座に変形を終了するグラーフアイゼン。彼女の右手が巨大化したのを確認すると、最終段階に入る
「アースラハンマー起動!」
プレシアがそのスイッチを押しこむと、外では一大スペクタクルな光景が展開され始める。
「……本気で変形しやがった……。」
思わず呆れと感動が混ざった声でつぶやくヴィータ。それもそのはず。彼女の目の前には、見事にハンマーへと変形を完了したアースラの姿が。ゆりかごには大幅に劣るとはいえ、あれだけ巨大な構造物が変形するのに、わずか三秒ほどしか時間がかかっていない事も、ヴィータを呆れさせたポイントである。
「まあいい。もうどうにでもなれ!」
いろいろと振り切って、ハンマーの柄をつかむ。そのまま体に染みついた動きでハンマーを振りあげると、クレイドルの頭部にめがけて思いっきり振り下ろす。
「ぶっ飛べ、アースラハンマー!!」
L型次元航行船の質量が十分に乗った一撃が、クレイドルを襲う。鉄槌の騎士の手による熟練の技で、その質量と出力全てが効率よく破壊力に変換される。
振り下ろした後には半壊したクレイドルと、中から追い出されたなのはとヴィヴィオの姿があった。
「……正気か?」
アースラハンマーの一部始終をしっかり確認してしまったインプレッサが、いろいろ複雑な感情をこめて漏らす。会議室の状況を見ると、平常運転なのはグレアム一派の高官たちだけで、それ以外の人間はあまりの光景に唖然としていた。
「間違いなく正気だろうね。」
「いや、あの魔女ではなく、あれを許可した君達がだ。」
「あの状況で、アルカンシェルを使うよりはマシだろう?」
しれっと言ってのけたグレアムに、思わず頭を抱えそうになる。
「確かに! 確かに外した時の被害は砲撃系の兵器よりはるかにましだろう! だが、いくらなんでもあれは無いのではないか!?」
「そう言う事は、用意したプレシア君に言いたまえ。」
「許可を出したのは君達だろうが!」
インプレッサの魂の底からの突っ込みに、哀れなものを見るような目を向ける二人。別段彼の事を蔑んでいるとかではなく、単純にこの程度の事でうろたえていると、これからやっていけなくなるのに、という気持ちがこもっている。
「しかし、これだけ見事な質量兵器を見たのは、初めてだな。」
「ああ。ここまで純粋な質量兵器など、そう簡単にお目にかかる事は出来ないだろうね。」
「外した時の影響、どの程度の物だと思う?」
「大規模なビルが崩落したぐらいのレベルだろうね。街の一ブロック全部を壊滅させる、と言うのは不可能だろう。」
「それでいて、直接打撃を受けた相手には十分に致命的なダメージを与える、か。扱いは難しいが、今回のような状況ではアルカンシェルより安全だな。」
「ネックとなるのは、振り下ろす動作をヴィータに依存している点、か。まあ、そこら辺はそのうちどうにかするだろう。」
次元世界の常識をブレイクしたアースラハンマーを、そんな風に評論してのけるグレアムとレジアス。なお、内心では資料にあったドリル突撃の方も見てみたかった、などとのんきな事を考えているのはここだけの話である。
「お? クレイドルがまだ動くようだが?」
「ふむ。現場はなかなか大変そうだね。」
「まだ切られていない札は、何かあったか?」
「なのは君のブラスター3がまだだったと思うよ。」
「なら、どうにかするだろう。それはそれとして、インプレッサ。この書類、書式と内容はこんなものでいいか?」
「……そうだな。これで話を通そう。」
あくまでも平常運転で書類の処理を進めていくレジアスに、ため息をつきながら仕事に戻るインプレッサ。ハンマーごときに驚いている時間はない。プレシアと優喜にいろんな意味で鍛えあげられた老人二人は、あくまでも普段と変わらないのであった。
「ママ~! 痛かったよ、怖かったよ、ママ~!」
「大丈夫、もう大丈夫だからね、ヴィヴィオ!」
ようやくいろいろなことから解放され、なのはにしがみついて泣きじゃくるヴィヴィオ。そんな娘を優しく抱きしめるなのは。外見的には背丈で追い抜かれ、バストサイズで追いつかれてはいるが、所詮中身は六歳児。経験まで言い出せば赤子と大差ないレベルである。見た目がどうあれ、なのはとヴィヴィオはあくまでも親子だ。
「なのは、ヴィヴィオ、大丈夫か?」
「私は大丈夫。特にダメージとかも貰ってないし。」
ヴィータの問いかけに、軽く手を振って健在をアピールするなのは。
「ただ、ヴィヴィオはこの後、いろいろ検査とか必要だとは思うよ。」
「だろうな。その姿、元には戻れねーのか?」
「プレシアさんと相談、ってところ。流石に私は、こっち方面はからっきしだし、それにロストロギアが絡んでるから。」
「そーだな。素人が余計な事をするのはよくねーよな。」
「うん。……もしかしたら、封印術式をきっちり組み込んだ非殺傷の砲撃なら、ガードを突破してレリックを封印できるかも、って言うのはあるんだけど……。」
なのはの恐ろしい発言に、表情が凍りつくヴィータ。それを見て、慌てて言葉をつぎたすなのは。
「やらないよ!? 取り込まれてる時の解決手段がそれしか無かったならともかく、今やる気は全然ないよ!?」
「……ま、そーだよな。普通そーだよな。」
「やるつもりは全然ないけど、とりあえず可能性として確認だけはしておいた方がいいかな、って思ったんだ。」
「確かにな。やるやらないは別として、手段の検討だけはしておかねーとな。」
ようやくヴィータが納得した事を確認し、胸の中で泣きじゃくっているヴィヴィオの様子を確認する。
「どうしよう、寝ちゃってるよ……。」
「まあ、いろいろあったからな。」
子供であるヴィヴィオにとっては、心身両面でハードだった今日一日。いろんな意味で許容量をオーバーしても、しょうがないと言えばしょうがない。
「あれ?」
「どうした?」
「ねえ、ヴィータちゃん。クレイドル、まだ動いてる気がするんだけど?」
「……まじいな。あれでもまだ機能が死んでなかったか。」
流石に、もう一発アースラハンマーを叩き込むのは不可能だ。グラーフアイゼンにもアースラにも、いろいろガタがきている。この手の機能は、最初の一発はいろいろ問題が発生するものである。
「と、言うか、いろいろおかしいよ。なんだか、嫌な気配がする!」
「古代ベルカってのは、あの手の怨霊と縁が切れないらしいね。」
「優喜君!?」
クレイドルが発する怨念を察知して慄いていると、今まで行方不明だった優喜が声をかけてくる。驚いて振り向き、その姿に思わず絶句するなのはとヴィータ。何しろ全身血まみれな上に、右腕で大儀そうにクアットロを引きずっていたのだから。そのクアットロが、時折明らかにやばそうな感じでビクン、ビクン、と痙攣しているのが怖い。
「ちょっと、大丈夫なのか!?」
「そんなぼろぼろの体で、なにしてるの優喜君!」
「まだ仕事が残ってたからね。」
「仕事って、そいつの事か?」
「ん。目を覚ましてすぐに、性懲りもなく余計な事をしようとしてたからね。とりあえずお仕置きしておいた。」
仮にドゥーエやディードが聞いていたら、いろいろ微妙な反応を見せてくれそうな一言を告げる優喜。それを聞いて、思わずまたかと遠い目をするヴィータとは対照的に、クアットロの事などどうでもいいとばかりに優喜の状態を必死に診察するなのは。ちなみにクアットロのお仕置きについては命に別状はなく、狂ったリ現実逃避したりとかは絶対出来ない上にやたら地獄を見せられる程度には徹底したらしい。
「優喜君! どう見ても一週間ぐらいは絶対安静だと思うんだけど!?」
「だろうね。回復周りもほとんど死んでるし、肉体コントロールも血を止めるので精いっぱいだ。」
「だったら、さっさとアースラか時の庭園に戻って、治療を受けて安静に!」
「言ったでしょ。まだ、仕事が残ってるって。」
そう言って、半壊しながらもついに立ちあがったクレイドルを睨みつける。
「なのは。」
「……何?」
「ユニゾンしてブラスター3起動。フルチャージのスターライトブレイカーを非殺傷・非物理破壊で。封印術式と退魔プログラムを組み込んだ上で、限界まで絞り込んで。」
唐突に物騒な事を言い出した優喜に、表情が凍りつく二人。
「いきなり物騒だな、おい。」
「それで無いと駄目?」
「一発で終わらせるとなると、ね。」
優喜の言葉に頷くと、ヴィヴィオをそっと安全圏に横たえる。
「レイジングハート、ユニゾンイン! ブラスター3起動!」
『ブラスター3。』
「チャージ開始!」
なのはの宣言と同時に、戦場にばらまかれた使用済み魔力がものすごい勢いで容赦なく集められて行く。今回の事件ではカリーナが一発、ティアナが二発撃っているスターライトブレイカーだが、本家のそれは戦艦の大砲とおもちゃの豆鉄砲ぐらいの差がある、と言う事を証明するかのような出力である。
物理破壊設定の場合、拡散モードでたたきつければ南極ぐらいの面積をクレーターに代えてなおお釣りが来、集束モードなら地球と火星と月を一直線に並べてまとめてコアを貫通させる事が出来る威力の、もはや利用価値の無い戦略兵器と化したなのはの必殺技。生涯見ることなど無いだろうと思っていたそれがチャージされる様を、畏れの混じった表情で見守るヴィータ。
「これぐらい絞り込めばいける?」
「もうちょっと、かな。出来そう?」
「やってみる。目標はどこに?」
「正確にやらなきゃいけないからね。レイジングハート、ブレイブソウル。僕の思考をスキャンしてポイント設定。出来る?」
「出来なくはないが、こちらの状態も考えて振って欲しいところだな。」
『全くです。』
そんな物騒な砲撃をチャージしながら、恋人に対して冷静な態度で確認事項を進めていくなのは。砲撃の威力に恐れることなく、淡々と必要な情報を示してく優喜。そんな二人の様子に、呆れればいいのか感心すればいいのか判断に苦しむヴィータ。よくよく考えれば、事前に許可が下りていたとはいえ、こんな物騒なものを個人の判断で使うとか、本当に大丈夫なのかと心配になる話だ。
「ユーキ! クレイドルが何かやろうとしてるぞ!」
「来ると思ったよ。なのは、例のポイントを抜けるように射線を取って、あいつの砲撃を正面から迎撃して。」
「了解! 正真正銘、全力全開の……。」
優喜の指示に従って射線を微調整し、相手の砲撃の真正面に立つ。
「スターライト・ブレイカー!」
極度に絞り込まれた集束砲が、半壊したが故に撃つ事が出来たクレイドルの砲撃を蹴散らして突き進む。そのまま正確に指定されたポイントに直撃したところで、レイジングハート経由で与えられた優喜の指示通り、トリガーワードで炸裂させる。なにがしかの断末魔の声とともに、ゆっくりと倒れていくクレイドル。
「やっぱり、エネルギー量的にぎりぎりだったか。」
「あれでぎりぎりって、どんなレベルだよ……。」
「霊力と違って、魔力はあの手の怨念を払う場合、ものすごく効率が悪いからね。今回は夜天の書の時と違って、それ専用の調整もやって無かった訳だし。」
夜天の書の闇と同様、たくさん血を吸った歴史ゆえに大量に抱え込んでいた怨霊。それを抑え込む主人格ともいえる聖王の意識が消えた上、名状しがたいものが大量に表れて瘴気をばら撒いていたという二重の条件により、彼らがむやみやたらと活性化してしまったのである。怨霊の強さは夜天の書も似たようなものだったのだが、向こうは最初からその前提で準備を進めていたのに対し、今回は突発事態だ。それゆえに、対処方法がやけに大掛かりになってしまったのである。
「何にしても、全部終わった、な……。」
そこまで言って、前のめりに倒れる優喜。流石に限界を超えたらしい。
「ゆ、優喜君!?」
「メディック、メディーック!」
唐突に倒れた優喜にあわてて、大急ぎで人を呼ぶなのはとヴィータ。こうして、一連の事件は幕を閉じたのであった。