「全員揃ったようね。」
アースラ内部の一番広いブリーフィングルームに揃ったメンバーをぐるりと見渡し、プレシアが言葉を漏らす。
「で、どーすんだよ? アタシ達で前線に突撃すんのか?」
「それを決めるのは、はやての仕事よ。私の仕事は、ここまでアースラを運んで、中心街と住宅地にアンチテレポートを設置するところまでね。」
プレシアの視線を受け、グリフィスとフィーを伴い前に出て行くはやて。課員の視線を受け、ひとつうなずく。
「プレシアさん。悪いんやけど、今の戦況を教えて欲しい。」
「了解。と言っても、全体的に押されている、としか言えないわね。」
戦況をモニターに表示しながら、ざっくりそう言い切るプレシア。その言葉に、軽く眉をひとつ動かすだけにとどめるはやて。
「基本的に、こういった一定ラインより上の戦闘能力を持つ大物量に対抗するのは本局の仕事だから、どうしても分が悪いわね。」
プレシアの言葉通り、もともと本局と地上は、軍と警察の役割を分担していた面がある。なぜなら根本的な話として、普通は犯罪組織がここまで露骨に手を組んで、しかもこれほどの物量で喧嘩を売ってくる、などということは本来ありえない。特に犯罪組織や秘密結社の場合、敵の敵はやはり敵であることが普通だ。彼らにとって時空管理局は共通の敵だが、普通に手を組んだぐらいでは勝ち目は無いし、ライバルが管理局にやられてくれれば、結果的には自分たちにプラスになる。ゆえに、わざわざリスクを犯してまで手を組んで、次元世界最大規模の武装組織に喧嘩を売るメリットがないのだ。
それに、いくら兵器としては極端に安価で高性能だと言ったところで、小型ガジェットもレトロタイプも、一つの組織が持てる量としては限界がある。更に言えば、地球のように質量兵器が発達している世界の場合、歩兵に対してはどちらも圧倒的な強さを持ち合わせるが、AMFと言うアドバンテージが無意味になる分、戦車相手だとやや分が悪くなり、航空機に喧嘩を売られると惨敗する程度の性能しかない。火力はともかく、機動性と装甲にはどうしても限界があるからだ。ぶっちゃけた話、地球の戦車や航空機相手だと、Cランクぐらいの航空魔導師のほうが有利なぐらいである。
そう言った諸々の事情まで考え合わせれば、たとえスカリエッティやクアットロがどれほど上手に煽ったところで、普通はこの状況にはなりえない。せいぜい、その手のアングラ組織が得意とするテロ活動やゲリラ的な攻撃を暴発させるのがいいところだ。圧倒的といったところで、今展開している程度の物量なら、もう三隻程度次元航行船が出てこれば、普通にひっくり返ってしまう。そして、十年前ならいざ知らず、相互理解がある程度進んだ今となっては、クラナガンがこういう事態に見舞われた場合、地上本部が本局に救援要請を出すことを躊躇う理由は特になく、本局もまた、戦力を出し渋る理由がない。
故に、こういった事態に対する対策は予算の壁もあり、本局が体制を整えるまでの時間稼ぎ以上のことは考えていなかったのだが、ここに来て余計な内紛で足を引っ張られ、初動が大きく遅れてしまう形になったのだ。
「まあ、そこのところは置いておくとして、いくつか補足事項を伝えておく必要があるわね。」
「補足事項?」
「ええ。聖王のゆりかごとヴィヴィオの関係と、ギンガがどういうやり方で捕まったかを、ね。」
真剣な表情で告げるプレシアに一つうなずき、先を促すはやて。
「まずはギンガの話だけど、先に確認しておくわ。スバル、あなたの体の事について、この場で話してしまってもいいかしら?」
「うん。優兄ほど鋭くは無くても、多分この場にいる人は気がついてると思う。」
「そうでしょうね。カリーナ、ギンガとスバルについて、何か気が付いているかしら?」
「詳細は分かりませんが、なにがしかの機械的な肉体改造を受けている事は、気の流れから大体推測しています。」
「じゃあ、私がなにを言いたいかは、理解しているのでしょう?」
プレシアの言葉に、一つ頷くカリーナ。どうやら他のメンバーも、言われるまでも無く同程度の推測はしていたらしい。
「ギンガとスバルは、戦闘機人よ。それも、クイント・ナカジマのクローンを素体とした、ナンバーズとは別の技術系統で改造された、ね。詳しい出自は知らないし、掘りかえす気もないけれど。」
「スバルが戦闘機人である事と、何か関係があるのですか!?」
「ギンガはね、スカリエッティの技術によって、外部から洗脳に近い形で支配されてしまっているの。この事が無ければ、わざわざ人のプライバシーに触れるつもりは無かったわ。」
色を失って問い詰めようとするティアナに、淡々と答えを返すプレシア。プレシアの返事に、思わず息をのむティアナ。
「幸い、運よく六課の敷地内で拉致してくれたから、データは十分に取れてる。相手がどんなやり方をしたかは解析済みだから、マッハキャリバーを多少いじるだけで対策は終わるわ。そうね、三分もあれば十分かしら。」
「では、スバルが敵に回ると言う事は……。」
「その心配は無いわ。むしろ、問題なのは……。」
「ギン姉が、敵に回る可能性、ですか?」
「そう。厄介な事に、単なるジャミングだけで潰せるかどうかが分からない上に、連れ去られてからそれなりの時間が経っているから、どんな処置を施されているか分からない。はっきり言って、どう転がるかは私の口からは何とも言えないところね。」
プレシアの言葉に、表情が凍りつくスバル。
「ただ、これだけは断言してあげる。」
固まってしまったスバルに対して、真剣な表情で言葉を継ぐプレシア。
「ロボトミー手術でも受けていない限り、私が必ず元に戻してあげるわ。腕一本ぐらいなら、後遺症どころか傷跡一つ残さずに治してあげる。だから、あなた達の手で取り返してきなさい。」
「はい!」
その力強い言葉に対し、同じように力強い返事を返すスバル。他のメンバーも真剣に頷く。
「次に、ヴィヴィオと聖王のゆりかごの件についてだけど……。」
「そっちも、なんか不味い事があるん?」
「ええ、いろいろとね。」
はやての質問に、ため息交じりに返事を返すプレシア。そのまま、聖王のゆりかごについての概要を説明する。
「聖王のゆりかごは、古代ベルカ諸王時代に建造された、聖王専用の機動要塞ね。ベルカ崩壊の引き金の一つでもあるらしいのだけど、どういう経緯でベルカが崩壊したのか、と言う資料がいまだにバラバラだから、詳細ははっきりしていないわ。」
「それとヴィヴィオとの関係は?」
「簡単よ。ゆりかごの能力を最大限生かすためには、聖王がその王座に座って、聖王の鎧と言う機能を起動させることが条件なの。そして、ヴィヴィオはその聖王のクローンで、ゆりかごを起動するためにレリックを埋め込まれている。レリックはどうやら、その補助のために何代かの聖王の記憶と経験をコピーした、いわゆるバックアップシステムのようなものらしいわ。もちろん、それだけではないでしょうけど。」
「レリックを埋め込むって、そんな事……。」
「あの狂人なら、驚くようなことではないわ。本当ならヴィヴィオの体から摘出したかったのだけど、もはや体の一部になってしまっていて、迂闊に手を出せなかったの。他に捕虜にしたクローン達はそこまででは無かったから、あの子が聖王のクローンである事が大きいんでしょうね。」
忌々しそうに吐き捨てるプレシア。その怒りのオーラに微妙に顔を引きつらせつつ、とりあえず話を軌道修正する事にするはやて。
「それで、聖王のゆりかごの能力、言うんはどんなもんなんです?」
「現状で一番問題になるのは、縛めの霧と同質の超広域高濃度AMFと、ガジェットドローンの量産能力ね。言っておくけど、ゆりかごが生産するオリジナルのガジェットドローンは、スカリエッティが作った劣化版とは基礎性能が段違いよ。」
「……難儀やな、それは……。」
「まあ、AMFは気にしなくてもいいわ。十秒あれば、余裕で波長解析と全局員のA2MFのアップグレードができるから。」
「となると、結局は物量が問題、言う訳か……。」
プレシアの説明を聞き、思わず唸ってしまう。資材をどこから調達してくるのか、などと言う疑問はあるが、ロストロギアはエネルギー保存の法則も質量保存の法則も、平気で無視してくることが多い。突っ込むだけ無駄だろう。
「外にいる人間にはそうね。ただ、内部を攻略するとなると話が変わってくる。」
「え?」
「聖王の鎧は、聖王が一度見た魔法を、強化した上で再現する機能がある。気功にまで応用されるかどうかは分からないけど、少なくとも訓練で使った魔法は、全部飛んでくると思っていいわね。」
「そういう情報は、もっとはように下さい……。」
「私たちだって万能じゃないし、無限書庫といえども全ての資料がそろっている訳じゃないわ。この程度の情報でさえ、裏付けが取れたものが全部出揃ったのは、一昨日ぐらい。レポートにまとめたものが送られて来たのが昨日の晩よ。それに、レポート自体は隊長全員に送ってあるわ。」
プレシアの反論に、返事に詰まる。忙しすぎて、今朝の時点で送られてきたレポート類はほとんど目を通していない。まあ、どちらにせよ、昨日の今日で何か対策がとれるかと言われると厳しい以上、この件に関しては全く情報なしで立ち向かう羽目にならなかった事を、幸運だと思うしかない。
「ゆりかごに関してはもう一つ、詳細不明だけど危険な機能があるようだけど、これに関してはゆりかごそのものを破壊するしか無く、そのための手札がこちらにちゃんとあるから、現状では気にする必要は無いわ。」
「危険な機能って?」
「詳細は不明だけど、ベルカ崩壊の引き金の一つとなったものらしいわね。聖王の乗ったゆりかごが月に至る事で起動するらしい事と、起動シークエンスに入ってしまうとゆりかごからは簡単に止められないらしい、と言う事しか分かっていないわ。」
それは確かに、破壊するしかない。だが、あのサイズのロストロギアを破壊するとなると、アルカンシェルぐらいしかなさそうなのだが、あれは大気圏内で使えるようなものではない。かといって、大気圏外に出てしまうと今度はタイムリミットが厳しすぎる。そこら辺はどうなのか、という疑問が無いでもない。
「ちゃんと、このアースラに大気圏内であの手の大型兵器を粉砕する手段を組み込んであるから、そこは心配いらないわ。とりあえず、今この場で必要となりそうな補足説明は全部したから、ここからははやての仕事よ。」
いろいろなことにおいて内心穏やかではなかろうプレシアが、その本心を抑えてはやてを立てる。その態度と冷え切った目の色に内心震えながらも、ここでひるむわけにはいかないと頭をフル回転させる。ここで下手を打つと、プレシアと優喜がどう動くかが分からない。ぶっちゃけた話、自分の評価や出世よりも、むしろそっちのほうが重要だ。
「そうやなあ。ゆりかごをどうにかするにしても、スカリエッティとかマスタングを仕留めるにしても、まずは数を減らすことからスタートやな。グリフィス君、一番劣勢なあたりは?」
「南口と北東部ですね。この二カ所は位置関係の問題で、元々兵力に不安がある事に加え、六課隊舎方面からの援軍が到着していません。」
「ほな、そこにはなのはちゃんとフェイトちゃんに行ってもらおうか。超大型が多いところにシグナムとヴィータ、アバンテ、カリーナに行ってもらって、後のメンバーは二期生から順番に、数が多いところに一チームずつ送り込む。優喜君と竜司さん、フォル君は各自の判断で遊撃に回ってもらって、シャマルはリインとユニゾンして、外周部の廃棄区画を除いたクラナガン全域を隔離結界および物理・魔法防御結界でガード。結構ハードやけど頼むで。私とアースラは大きいのが必要そうな所に適宜出張って行く事にするわ。スバルは出撃前にマッハキャリバーの機能追加。」
全員に指示が行きわたったところで、この場で必要な最後の言葉を紡ぐ。
「基本的にこの手の物量戦は、長引けば長引くほどこっちが有利や。無理に殲滅する事を考えんと、出来るだけ自分らが生き残ってかつ、犠牲者を減らす事を優先してや。優先順位は民間人の命と財産、一般局員の命、自分らの生存。敵を仕留めるんはずっと下や。その事を踏まえて、今から状況開始や!」
はやての号令に一斉に敬礼を返し、指示された持ち場に一気に移動を開始する課員一同。平均年齢十三歳、ヴォルケンリッターを除く最年長が十九歳という若い力は、そのエネルギーを無粋な鉄の塊にぶつけるために、ついに行動を開始するのであった。
「なんだ、こいつら!」
「この動き、今までのガジェットドールやレトロタイプとは、段違いだ!」
本局武装隊の第一陣が到着した最前線では、新たな異変が起こっていた。
「くそっ! こいつらのせいで雑魚を減らせない!」
「ガワだけテスタロッサ執務官に似せてるのかと思ったら、戦闘パターンも近いってか!?」
新たに表れた正体不明の敵性体。それは、シルエットだけを見れば、フェイトそっくりであった。ところどころにくっきりとパーティングラインが入っている事と顔が遮光器土偶である事、そして動くたびにキュインと言う機械音がする事を除けば、ほぼフェイトそのものであると言っていい。少なくとも、気功を嗜んでいない人間が立ち止まってじっとしている後ろ姿を見て、一目で見抜くのは厳しい。
流石に本物のフェイトと比べると、攻撃力も速度も段違いに劣りはする。だが、その見事なマニューバと遠近両面に置いて隙の無い攻撃能力は、ランクA程度の本局局員にたいし、単独で片手間に小物を破壊すると言う行動を許さない程度の能力を、十分以上に持ち合わせている。海の局員ですら、一対一ではやや押され気味になる相手が現れたことで、一度は盛り返して押し戻した戦線が、またしても押し戻され始める。
「倒しても倒してもきりが無い!」
「だが、こいつらを討ち漏らしたら、陸の連中の被害が大きくなる!」
「全く、どうしてこうもいやらしいものを用意できるんだか!」
連携攻撃で二体連続で仕留めたところで、少し離れた所にいるフェイトもどきが、大技の準備に入っていた。
「サンダー!」
「させるかよ!」
フェイトの声で足元の地上局員に何やらぶっ放そうとしていたフェイトもどきを叩き潰したところで、
「ディバインバスター!」
フェイトもどきを迎撃した本局局員が、横から飛んできた熱線砲の直撃を受けて地面にたたきつけられる。
「コルト!」
「くそ、やっぱりテスタロッサ執務官だけじゃなかったか!」
視線を向けた先には、予想通り顔だけ遮光器土偶になったなのはのそっくりさんが居た。それも大量に。
「だが、本物に比べれば段違いにぬるい!」
「こちら本局武装隊! 悪いがそちらの援護は厳しい! こいつらはどうにかするから、第二陣が来るまでしばらく持ちこたえてくれ!」
『こちら地上部隊! 了解した! 現在広報部が中心街の駆逐とアンチテレポートの設置を終えたと連絡があった! お互い、次の援軍が来るまで凌ぎきろう!』
互いに相手を励まし合い、打てる手全てを打って可能な限り時間を稼ぐ。本局の援軍に関しては、本来なら送り込める全部隊を一気に送り込みたかったのだが、全ての戦力を同時に投入できるまで待っていては、地上部隊が壊滅しかねなかった。そのため、とりあえず待機中だった部隊を全部投入し、次の巡回任務に出撃したもののうち、任務に過剰な負荷がかからない限界まで呼び戻して第二陣として投入する、と言う、結果的に戦力の逐次投入の愚を犯すやり方しか選べなかったのだ。
「本物の弾幕はもっと絶望的だ!」
「本物のバレルロールは、もっと切れ味が鋭いぜ!」
ペアを組んでいる局員の一方が五十程度の弾幕をすり抜けて本体を叩き、もう一方がなのはもどきの援護をするためにマニューバを行いながら切りこんできたフェイトもどきを粉砕する。なんだかんだと言って連携戦闘を成立させているあたりが手ごわいが、本局の武装局員だって無能ではない。広報部の連中の実力こそやや疑ってはいるものの、なのはとフェイトの実力と、そのトレーニング内容に関しては熟知して可能な範囲で参考にしているのだ。シミュレーターとはいえ、本物のデータを使った戦闘も、何度も経験している。ガワだけの偽物に、そう簡単に負けてやるほどお人よしではない。
「超大型が一機、攻撃圏内に到着!」
「総員、超大型の攻撃に注意しろ! 直撃を食らったらアウトだ!」
「少しでも手が空いた人間は、あれの攻撃が地上部隊に向かないように牽制しろ! 無理に仕留めようとするな! あくまでも牽制だけだ!」
流石に本局武装隊といえど、超大型のレトロタイプを仕留めるのは骨が折れる。超大型を単独で仕留められるのはなのは達や一期生、優喜や竜司と言った例外だけで、本局の精鋭部隊ですら、四人一組の一チームは最低限必要だ。猛者ぞろいの本局戦技教導隊でも、タイマンでレトロタイプを落とせる人材は数えるほどしかおらず、広報部のトップクラスのように秒殺となるとさらに数は限られる。
こいつの相手は次の援軍が来てからか、地上部隊に多めに試験配備された現在最終調整中の新兵器が到着してからの事だ。それまでは徹底的に時間を稼ぐしかない。まともにどつき倒そうとするのであれば、今この場にいる本局武装隊全員でかからねば、分厚い装甲に阻まれてなかなかダメージを稼げないのだ。
「ここが踏ん張りどころだ! 時空管理局がまだ腐っていないところを見せつけるぞ!」
隊員に激を飛ばし、率先して切りこんで行く小隊長。劣勢にあってなお、前線の局員たちの士気は衰えていなかった。
「せい!」
最後の超大型をハチの巣にして、この場の掃除を終えるゼスト。彼らが居るあたりは、比較的最初の段階でアースラが一度掃除した場所だ。プレシアが結界を張り、傀儡兵を置いて行ったために、ある程度の時間稼ぎは問題無く出来ていたのだが、中心部の掃討を終え、他所の援護に動こうとしたところで、ここの傀儡兵が全滅したとの連絡を受け、急きょ穴埋めに走る事になったのだ。
「流石に、あのでかいのは硬いわね。」
「簡単に倒せる部隊は、それほど多くなさそうね。」
カートリッジをリボルバーナックルに再装填しながらのクイントの言葉に、呼び出した虫を送還し終えたメガーヌが応える。この二人のコメントが、そのまま管理局のレトロタイプに対する評価である。
それほどの頻度ではないとはいえ、流石に十年前から優喜と訓練をしているだけあって、グランガイツ隊は強い。その実力は広報部、教導隊に次ぐレベルであり、弱点らしい弱点と言えば航空魔導師が少ない事ぐらいだ。ゼスト、クイント、メガーヌの三人は超大型のレトロタイプを単独で仕留めるだけの実力を持ち、他の隊員もツーマンセルからスリーマンセルの小単位で普通に叩き潰せる。
少なくとも十年前の管理局ならば、このレベルの部隊が地上に存在すれば、最低でも隊員の半分、悪くすれば部隊をまるまる全て本局に引き抜かれていた可能性が高いが、ここ数年はそんな事はしない。地上が疲弊すれば本局の仕事が増えるし、地上との余計な軋轢を増やせば、そのまま自分達に返ってくる。それに、さすがに首都防衛隊を弱体化させてしまうと、本局の戦力の充実というメリットを食いつぶしてお釣りが出るほどのデメリットが生じてしまう。
そう言ったもろもろもあって、グランガイツ隊は多少人員が入れ替わりながら、いまだに本局でも類をみないほど充実した戦力を維持している。ある意味、彼らはグレアムとレジアスの改革の象徴と言っていいだろう。
「……。」
「隊長?」
「少し面倒な話が出てきた。」
「面倒な話?」
「今までに報告が無かったタイプの機種が出てきたらしい。機体の構造や設計思想から、どうやらレトロタイプの流れを組むものではないか、との事だ。」
敵の新型、と言う単語に、表情を引き締める一同。隊員を代表して、メガーヌが質問を投げかける。
「その新型は、一体どういう性質のものですか?」
「そうだな。簡単に言うなら、高町一等空尉とテスタロッサ執務官のデッドコピー、と言う感じらしい。」
「……機械でそれを再現した、と言う事ですか?」
「らしいな。とは言え、トータルの実力はせいぜいA+かAA程度。機械の体ゆえのスタミナとタフネス以外は、火力・戦技ともに本物の足元にも及ばないレベルだとの事だ。」
「とは言え、あの二人の戦闘データを一定ラインで再現可能な性能、と言う事は、数が多くなれば相当な脅威です。」
メガーヌの言葉に、重々しく頷くゼスト。グランガイツ隊にとって、所詮いいところAA程度の機械兵器が、どれほどの数束になってかかってきたところで物の数ではないが、一般的な部隊はそうではない。今まで大した連携も取らず、シンプルな戦闘ルーチンで仕掛けて来ていた連中が、急に高度なコンビネーションで攻めてくるのようになると言うのは、相当な脅威である。
「どの程度の力量を再現しているのか、がポイントね。」
「詳細なデータは、ありますか?」
「そんなものが無くとも、すぐに自分の目で確かめられる。」
「……なるほど。敵も相当焦っているようですね。」
「総員、直ちに戦闘態勢に入れ!」
目視で存在を認識できる距離に飛んできた連中を一睨みし、己の槍を構えるゼスト。とうの昔にカートリッジの再装填は終えており、いつでも全力戦闘が可能な態勢は整えてある。
「さて、どれほどのものか、確かめさせてもらうぞ!」
迫りくるフェイトもどきの群れに自分から突撃し、カートリッジすら使わずに瞬く間に三体を仕留める。遅れて出てきたなのはもどきが放った砲撃を、手近な距離に近付いてきていた適当なフェイトもどきを槍で押し出し、盾にして防ぐ。そのまま皿に槍を一振り、衝撃波で砲撃を放った個体を粉砕する。
その様子は、まさしく無双。確かに高度なコンビネーションを行っては居る。ゼストを持ってして、肝を冷やす状況が無かったとは言わない。だが、それでも、この戦場で初めて姿を見せた戦闘機械が、ゼスト・グランガイツを傷つける姿など、どう頑張ったところで想像することすらできない。
グランガイツ隊の獅子奮迅の活躍により、新型の第一陣は何一つ成果を上げずに全滅する。だが、その当然ともいえる結果に対し、ゼストの顔は決して明るいとはいえなかった。
「……ナカジマ、アルピーノ。どう思う?」
「拙いですね。」
「現状でも、一般的な地上部隊が同数の相手にぶつかれば、一方的に制圧される程度の戦闘能力は持っています。このまま順当に進化し続ければ、私達ですら危なくなります。」
二人の言葉に、苦い顔で頷く。機械と言うやつは、開発されるまでこそ長いが、一度ものになってしまえば一般人の想像をはるかに超えた速度で進化する。流石に出力や素材の限界を考えると、ゼストが生きている間に本物のなのはやフェイトの戦闘能力に到達することはあり得ないだろうが、普通にAAAからSランク程度の力量を持つ「人間サイズの」機械なら、そう遠くないうちに達成すると考えておいた方がいいだろう。
連携戦闘にしても、今現在は動きが完璧すぎて逆に対処しやすい上に、どうにも突発事態に対する反応が悪いのでどうとでもひっかけられるのだが、AIの成熟が進めばアドリブに対してどんどん強くなっていくのは目に見えている。いくら偶然の要素が排除できないと言ったところで、戦闘における行動パターンなどと言うものは、想定できる数こそ人間の頭で把握できないほど膨大ではあっても、所詮種類は有限でしかない。二十一世紀初頭の地球において、チェスや将棋でプロがコンピューターに勝てなくなってきている、と言う事がいずれ戦闘に置いても起こり始めるだけの事だ。
もっとも、なのはやフェイトのように、正面からの戦闘に関しては、どんなに正確にパターンを予測したところで、攻撃を防ぎようが無いので無意味、と言う存在が現れるところが、人間と言う生き物の奥の深いところでもある。どんなに進化したところで、おそらく何でもかんでもコンピューターだけでできるようになる事は無いだろう。残念ながら、陸海問わず、一般的な武装局員に対しては何の慰めにもなってはいないが。
「この状況を乗り越えたら、こいつらに対する抜本的な対策を検討する必要がありそうだな。」
「またしても、時の庭園に対する依存度が高くなりますね。」
「仕方があるまい。今の管理局には、こういったとがった研究に向いた人員がほとんどいない。そういう連中は大概倫理規定に派手に引っかかって、とうの昔に塀の中だからな。せいぜい見込みがあるとすれば、広報にいるフィニーノか本局のアテンザぐらいだろう。」
「いっそのこと、時の庭園が管理局の一部署になってくれれば問題ないんだけど……。」
クイントのため息交じりの言葉に、苦い顔を崩さぬまま、首を左右に振るゼスト。あくまでも外部機関であるからこそ、という成果も多く、何より研究予算が基本的にプレシアのポケットマネーで賄われている。ぶっちゃけた話、時の庭園の収入は、管理局をはじめとしたいくつかの組織からの正式な依頼より、プレシアが空き時間で完成させた趣味の研究による収入の方が圧倒的に多いのだ。すでにひ孫ぐらいの世代まで無茶ができるほどの資産を持っていることもあり、テスタロッサ一家は金に対してほとんど執着を持っていない。それゆえ、管理局に対しては明らかに赤字と言っていい値段で研究成果を譲ってくれているが、これが管理局の部署として組み込まれてしまえば、そう言う訳にはいかなくなるだろう。
プレシアも、もう七十の大台に乗る高齢者だ。一応後継者として月村すずかが育っているが、いつまでも今のようにはいかない。こういう状況になった時のために、プレシアほどとまでは言わないが、せめてシャーリーぐらい突飛な発想を実現できる人材が、もっと大勢内部に欲しいところである。
「……何にせよ、技術周りに関しては、俺達が考えたところでどうなる事でもない。俺達は訓練内容や戦術の方で対応できるように、次の連中からもせいぜいデータを取る事にしよう。」
「そうですね。」
新たな敵影を確認し、思考を切り替えて戦闘態勢に入る。次の集団に対して突っ込んで行こうと構えを取ったところで、視界内にいる新型が、全て一気に破壊される。
「援軍か? ……いや、あり得ないな。」
「所属不明の不審人物を捕捉。こちらにまっすぐに向かってきています。」
「不審人物か。外見は?」
「マスクとローブで全身を隠しているため、詳細な外見は不明。体格はほぼ隊長と同じ。おそらくデバイスだと思われる、槍のようなものを持っています。」
「……報告にあった、ヴァールハイトとかいう男か。」
ゼストのつぶやきを肯定するように、竜司ほどではないが相当が体のいい大男が、超大型レトロタイプの残骸の上に現れる。
「想像はつくが、一応問おう。何者だ?」
「貴様の影だ。」
「……報告にあった、俺のコピー、ということで間違いないな?」
「その質問に対する答えは、肯定であり否定でもある。」
「なるほど、な。」
一応礼儀の問題で戦闘態勢を解きながら、いつでも槍を振るえるように心を引き締めるゼスト。どうやら相手も同じようで、構えこそ取ってはいないが、いつでも戦闘態勢に入れるように身構えている。
「ゼスト・グランガイツ、貴様に問いたい事がある。」
「何だ?」
「これが、貴様が理想とした世界か? 貴様が理想とした管理局か?」
「否。」
「ならば、何故俺が存在するのだ? 何故、エクリプス事件のような犯罪が起こる?」
ヴァールハイトの言葉に、何一つ回答を返さないゼスト。返せないのではない、返さないのだ。
(若いな。)
目の前の、自身の写し身を見たゼストの感想は、その一言に尽きる。現状をよしとするつもりは、ゼスト自身にも無い。旧弊は大体一掃できたが、組織の腐敗防止と言う観点ではまだ緒に就いたところだし、何より治安維持一つとっても満足いくものとは言い難い。
だが、それらは元来、一朝一夕で出来るものではない。そういった改革を性急に進めようとするとどうなるのか。今回の大事件は、ある意味その答えのようなものである。それに、どんなに優れた個人でも、どれほど実力のある組織でも、できる事は限られている。どれほど力を尽くそうと、掌からこぼれおちる物の方が遥かに多い。それを言い訳に努力をしないのは愚の骨頂だが、それでも所詮組織の一人でしかないゼストが、どれほど頑張ったところで組織に対しても社会に対しても、与えられる影響は微々たるものだ。
それに、汚れ仕事に手を出していない大規模組織、などと言うものは存在しない。特に治安維持組織など、綺麗事だけでは犯罪者に対抗することなど出来ない。法を犯す相手に対して、律義に法を守って対応できる状況ばかりではないのだから当然だ。第一、一般市民の武装を許可していないくせに、拳銃程度に限定されるとは言え、自分達は質量兵器の携行も許されていると言うダブルスタンダードぶりを見ても、最初から綺麗なだけの組織とは言い難い。また、その程度の面の皮の厚さと汚れっぷりも無しで平和を守る、などと言う事が出来るのは、子供向けのヒーロー番組ぐらいなものだ。世界はそこまで綺麗でも優しくもない。
目の前の男は多分、そんな事は分かっている。分かっていて、それでも現状が許せずに、己の基となった男に問いかけたのだろう。ゆえに、ゼストは彼を、若いと評したのだ。
「何故答えない?」
「わざわざ俺が答えずとも、貴様自身が理解しているからだ。違うか?」
「……俺は、貴様を認めない。」
ゼストの答えを聞き、貯め込んでいた怒りを衝動に任せて吐き出す。
「いつもそうだ! 貴様らが手をこまねいている間に、いつも一番弱い者が踏みつけられる! 誰からも望まれぬ形で命を与えられ、誰からもその存在を認識される事無く、誰からも顧みられない者が、いつも全てを押し付けられる!」
「ならば、貴様は何をしてきたのだ?」
「知れた事! 貴様らが目をそらし続けてきた、世界に存在すら認められる事がかなわなかった者達を、貴様らになり替わり守り続けてきた!」
「大層な事を言うが、そこまで言うのであれば、全てを救えたのだろうな?」
ゼストの言葉に、怒りの目を向けるヴァールハイト。それに構わず、若者を窘めるように言葉を続けるゼスト。
「所詮、個人の手が届く範囲など知れている。見える範囲など知れている。全てを救うことなど、誰にも出来ん。」
「黙れ!」
「貴様の言う方向で時空管理局を弾劾したいのであれば、せめて、フェイト・テスタロッサがやり遂げた程度の事を実現してから言え!」
多忙な仕事の合間を縫って、いくつもの孤児院に自給自足できるだけの手段を与え、大勢の孤児を立ち直らせ、自分で生きていく力を与えてきたフェイト。その功績と影響力は、もはやただのアイドル、ただの執務官のレベルを超えている。彼女に助けられ、生きるための手段を与えられた子供の中には、すでに社会で頭角を現しているものも少なくない。たとえ、一個人が持ちうるレベルではない財産と技術力、そして人脈がバックにあったとはいえ、たかが執務官でしかない、それも始めた時は少女と言っていい歳の人間が成し遂げた成果とは思えないものである。
しかも、彼女はその活動と並行して、ヴァールハイトが言うところの弱き者を守るために、執務官として最前線で奮闘してきた人物でもある。その彼女が何も言わないのだから、どう言い繕ったところでただ個人で暴れ回っていただけにすぎないヴァールハイトでは分が悪い。
「やはり、俺は貴様を認めない!」
「ならば、もはや言葉は不要。己が力で語れ。」
「言われるまでもない!」
出してきた結論に、内心で苦笑するゼスト。違う個性でありながら、結局根っこは不器用な武人でしかない当り、つくづく自分が度し難い愚か者である、と思い知ったからだ。
目の前のもう一人の自分は、彼自身が悩み、あがき、そして置き去りにしたものを再び突き付けてくる。正直なところ、ゼスト・グランガイツは、今の自分がヴァールハイトより正しいと、胸を張って言う自信など無い。だが、それはこの若者も同じ事なのだろう。ゆえに、結論を出すために槍に頼らざるを得ない。全くもって、お互いに度し難いほど不器用で愚かな事だ。
「我はゼスト・グランガイツ!」
「我はヴァールハイト!」
「「弱きものの槍なり!」」
仰々しく芝居がかった名乗りまで同じであるあたり、やはりどこまで行っても自分のコピーなのだろう。そんなくだらない思考は、槍を構えた瞬間にどこかに消える。管理局の暗部、その一つの結末を彩る戦いの火蓋が、今まさに切って落とされたのであった。
「どうやら、勝敗は決したようじゃな。」
「まだ、始まって大して時間は立っていないと思うが?」
「まだ第一陣とは言え、本局の武装隊が援軍に来るまでに廃棄区域すら制圧できなんだ時点で、もはや大勢は決しておる。バージョンFとバージョンNを最初の段階で投入できなんだのが痛かったのう。」
「そう言えば、初期段階であれが動いていなかったのは、どういう理由だ?」
「単純じゃ。AIの除外設定とチェックに手間取りすぎた、それだけのことよ。」
老人の言葉に、納得するしかないフィアット。残念ながら、己の判断だけで高度なコンビネーションを行う新機軸のAIは、新機軸であるがゆえに調整がややこしい。従来のインテリジェントデバイスのAIよりこの手の戦闘機械に使う分には高性能、かつ安価と言う都合のいい特徴を実現した物ではあるが、テスト機の動作チェックを終え、量産に入ったのが八月ごろの事。それゆえに不具合に関するデータが少なく、調整周りのノウハウもほとんど無い。
今回調整に手間取ったのも、実際に物量攻めができるほどの数を実戦投入しようとしたことで初めて出てきた問題点があり、それの解消に予想外に手こずったのが原因だ。
「そろそろ、身の振り方を決めておいた方がええ。」
「身の振り方か。お前はどうする?」
「そうじゃのう。基本的にはここを引き払う予定ではあるがの、確実に諜報部のが張りついとるのが問題じゃ。」
「この状況で管理局に、そんな余裕があるのか?」
「諜報部の特殊部隊なんぞ、前線や乱戦ではさほど役には立たんよ。それに、儂やスカリエッティを逃してしまえば、今頑張っておる苦労が水の泡じゃ。大規模な集団戦で使い物にならんものを前線に投入するぐらいなら、首謀者を捕縛できるように準備をさせておく方が、まだしも有益じゃろうて。」
マスタングの返答にため息をつく。確かに諜報部の特殊部隊と言うのは、性質としては暗殺者に近い。地上部隊の平均よりはるかに力量はあるが、正面からの大規模な戦闘に向く類の物ではなく、どちらかと言えば不意打ちからスタートする類のステルス性とピンポイントアタックに特化した攻撃手段がメインだ。その類の相手との戦闘経験はそれなりにあるフィアットだが、マスタングを連れてとなるとかなり分が悪く、さらに複数いるとなると最悪と言っていい。
「何か、手を考えてあるのか?」
「手、と言うほどの物でも無いがの。とりあえず、今生産ラインをフル稼働中じゃから、後十五分もすれば、諜報部の連中を足止めする程度の数は用意できるじゃろうて。」
「つまりは?」
「時間との勝負、じゃな。」
全く、面倒な事になった。つくづくそう思うしかないフィアット。どこで歯車が狂ったのか、今となっては分からない。今までも、一見して八方塞がりとしか思えない状況には幾度となく追い込まれてきたが、今度ばかりは突破口を見つける事は出来なさそうだ。
「あらあら、予想以上に情けない事になってるじゃない。」
突撃ステージクレイドルから変形した聖王のゆりかご内部。状況の推移を確認していたクアットロは、明らかに折角の物量を生かしきれていない進攻状況に冷笑を浮かべていた。
「さすがに廃棄区域の一か所ぐらいは制圧できると思っていたのに、そもそもたかが人間ごときの、それも平均ランクDの部隊一つ全滅させる事が出来ないなんて、情けないわね。そうは思いませんか、陛下?」
自らがさらってきた幼女にそう声をかけながら、なにがしかの機械を操作している。とは言え、機械につながれた彼女は現在意識が無いため、当然クアットロの言葉に対して返事を返すことなど出来ない。
「まあ、所詮はたかが人間が作った、頑丈であることぐらいしか取りえの無い機械。役に立たなくても驚くようなことではないのだけど。」
マスタングをこき下ろしながら最後の操作を終え、実行キーを押すクアットロ。その瞬間、装置から膨大な魔力が発生し、ヴィヴィオの体の中に流れ込んで行く。
「さあ、陛下。ドクターの最高傑作として愚かな人間どもの上に君臨し、偉大なるジェイル・スカリエッティの名を世界中に響き渡らせるのです!」
魔力を浴びて変化するヴィヴィオを見守りながら、己の望みを高らかに宣言するクアットロであった。
あとがき
ヴァールハイトが思った以上に青臭くなってしまった……。いろいろ修正したけど、うまい話の進め方が思いつかなくて挫折。
まだまだ精進が足りません……。