「ほんまにやらかすとはなあ……。」
ティアナからの通信に指示を出すと、ため息交じりに他の隊員の状況を確認する。今現在の仕事内容や所在地を考えると、休暇で街に出ている新人たち以外に現場急行をやりやすいのは優喜、竜司、ヴィータの三人。念のためになのはとフェイト、フォルク、リィンフォースにも出動要請をかけておくにしても、取り急ぎ現地に送り込むとしたら、優喜と竜司だろう。ヴィータ一人では新人たちと保護対象、両方の面倒をみるにはやや荷が重い。それに、地味な理由だが、現地に到着する時間が、この二人の方が早い。
ヴィータには、エリオ達を回収して、途中で合流してもらった方が無難だろう。現在位置から考えても、そっちの方が効率がいい。わざわざ総力をぶつけるほどの状況でもなかろうし、シグナムやシャマル、二期生、三期生はそのまま仕事を続けてもらうとして、移動に難があるフォルクのために、ヴァイスを出動させる方がよさそうだ。
ここまでの内容を一瞬で決め、通信機を忙しく操作する。まずは隊員の移動のために飛行許可を本局および地上本部から取っておくと、一番最初に動いてもらいたい人物に連絡を取る。うまい具合に、現在ムーンライトミッド店にて竜司と一緒に作業中のため、すぐにでも出動できる。それに、美穂とトーマ、リリィの三人もお手伝い中で、今日の作業は特に優喜の手が必須という訳でもないとのこと。正直、びっくりするほどタイミングがいい。紫苑が店番をしている、というのもありがたいところだ。
「優喜君、悪いんやけど、竜司さんと一緒にちょっと出動してほしいねん。……うん、緊急事態や。ただ、あんまり大ごとにするような状況でもなさそうやから、出来るだけ他の子らの仕事に穴をあけへんようにしたいねん。……うん、合流したらすぐ動いて。……了解、頼むわ。」
これで、一分以内に優喜と竜司は現場に到着することだろう。
「エリオ、キャロ。休暇中申し訳ないんやけど、緊急出動や。今からヴィータをそっちに回すから、一緒にティアナとスバルに合流してほしいねん。……そうや、途中から合流や。多分、廃棄区域につながっとる適当な地下通路に入れば、後は事件の方がティアナ達のとこに案内してくれるはずや。……悪いけど、頼むで。」
「はやてちゃん、フィーは行かなくてもいいのですか?」
「フィーは私と一緒にお留守番や。状況がややこしなったら、私が直接出なあかんなるから、それまで待っとって。」
「了解なのです。」
フィーが納得したのを見ると、次に収録を終えてこちらに戻る最中であったヴィータに指示を出す。こちらは説明なしでも大体の事を理解してくれたようで、何も言わずにさっさと移動先を変える。フォルクは隊舎に居るので、後はなのはとフェイトに指示を出せば終わりだ。
「なのはちゃん、フェイトちゃん、収録ごくろうさん。今どんなもん? ……そっか、ちょうどええ感じやな。……うん、出動要請。ただ、もう優喜君と竜司さんが向かっとるし、二人はそんなに急がんでもええ。……そそ。終わってから向かってくれたらええわ。その頃には結構状況が動いとるから、収録終わったら連絡ちょうだい。」
なのは達に出動予約を入れ、後は隊舎で待機中のフォルクとリィンフォースを動かせば終わりだ。
「フォル君、リィン、出動や。ヴァイスはヘリの準備よろしく!」
館内通信で指示を出し、ようやく初動の準備が終わるはやてであった。
現状維持で待機。その指示の意味は割とすぐに分かった。
「ガジェットの反応確認。」
「確かにこれだと、下手に動けないよね。」
中々の数のガジェットが出現している。これがなのはかフェイト、もしくは優喜(というよりブレイブソウル)、シャマルあたりなら、とっとと転移魔法を起動して少女を安全地帯に運び込むこともできるのだが、生憎と新人四人は全員、その方面の術には疎い。キャロは訓練すれば使えるようになりそうだが、残りの三人はそもそも適性があまりない。ティアナは覚えられなくもなさそうだが、こういう状況で実用的に運用できるレベルには絶対届かない。
「とりあえず、光学迷彩をかけておくから、アンタももうちょっとこっちに。」
「うん。」
熱源探知をかけられれば一発でばれる類の物だが、ガジェットドローンは、意外と探知能力が低い。コストの問題か、赤外線探知を持っていない機体の方が多く、光学迷彩を張られるだけで、普通に敵を見失うケースも珍しくは無かったりする。
「それにしても、ガジェットにレリックか……。」
「間違いなく、スカリエッティ陣営でしょうね。」
「でも、ナンバーズの子たちの趣味とは、違うやり方のような気がするんだけど……。」
「向こうも一枚岩じゃない、ってことじゃないの?」
いまいち釈然としない様子のスバルに、同じく引っかかるものを感じながらも答えを返すティアナ。
「……! レトロタイプの反応確認!」
「レトロタイプ? あれってスカリエッティ陣営じゃ無かったよね?」
「裏でつながってるか、どこかで情報を確認して割り込んできたかのどちらかでしょ。それに、糸を引いてるのはスカリエッティでも、直接動いている連中は別組織かもしれないわ。」
「あ~、ありそうだよね。あの陰険メガネ、そう言うの好きそうだし。」
その言葉に頷くティアナ。実は、まさしくスバルが指摘したように、陰険メガネことクアットロが、自分達とは直接つながりのない組織を煽って、スカリエッティの手と予算を使わせずに事を起こしているのだが、流石にそこまで確信を持っての言葉ではないため、自分が正解を当てたとは思っていないスバル。言うまでもなく、これがクアットロの独断専行で、他のメンバーは後のフォローのために、嫌々この作戦に付き合っている、などという事は想像の埒外である。
「さて、あたし達がどの段階ではめられたのか、って言うのは検証しておきましょうか?」
「ん~、誘導された、って言うのとはちょっと違う気がするんだよね。丁度いいところにあたしとティアが来たから、とりあえず作戦を開始した、って感じ?」
「あたし達があっちこっちで絡まれたのは偶然かしら?」
「そこが微妙なところだよね。休暇で隊舎の外に出て自由行動、って言うのは、別段隠してはいないけど広報のページに乗せてる訳でも無かったよね?」
スバルの指摘通り、混乱防止のために、広報部の公式ページには、所属タレントの毎日の動向など掲載されていない。それでも熱心なファンはどこからともなく情報を聞きつけ、ファンクラブの非公式連絡網で重要なメンバーにだけ教えているらしいが、一般人に筒抜け、というほど甘い情報統制もしていない。
「その割には、広がるの早かったのが気になるんだけど、ティアはどう思う?」
「あたしもそこは気になってたけど、誘導するって観点でみた場合、あまりにも効率が悪くて正確さに欠けるのが気になるのよね。」
「本命は別で、とりあえずうまくいけばもうけもの、程度で仕掛けるだけ仕掛けた、ってところかな?」
「もしくは、最初からこんな手段は考えてもいなくて、本命としている別の手段を使おうと思っていたところ、都合よくのこのこあたし達がここに来たから、これ幸いと仕掛けてきた、と言ったところかしら?」
割と答えに近いところを見抜かれている、策士のようで案外単純なクアットロ。言葉で相手の精神を揺さぶって罠にかける事を得意としてはいるが、意外と搦め手から何かを仕掛けると言うのは下手だったりする。
「とりあえず、今は目の前の問題を片付けようか。」
「今更どういう経緯ではめられたのか、なんぞ検証して反省しても価値は無い。」
「あ、竜岡師範、穂神さん。」
「援軍って?」
「うむ。第一陣は、俺達だ。」
竜司の漢気あふれるにやり笑いに、思わず勝利を確信するスバルとティアナ。そんな二人を苦笑しながら見守る優喜。
「さて、どうしたものか。」
「転移魔法とやらで、その子だけを隊舎に避難させればいいのではないのか?」
「それができれば、苦労はしていません。」
「そのようだな。」
ティアナの反論に、ブレイブソウルが同意を示す。
「どういう事だ?」
「そっちの二人は、単純に資質が転移魔法に向いていないだけだが、私の場合は少々事情が違う。」
「む?」
「結界、でしょ?」
「友の言う通りだ。私の能力では、この結界を破壊するのは難しい。電子的な防御なら十倍硬くても紙同然だが、純粋に魔法的な結界の解除能力は、さすがに風の癒し手や司書長殿に比べれば数段劣る。それでもなのは達に比べれば上だが、なのはの場合、純粋にバスターか何かで力技で粉砕できるから、結局私が対処するより早い、という事が多々ある。」
結界、という言葉に怪訝な顔をする竜司。それらしきものの存在を、一切感じ取れていないからだ。
「六課関係者だけ、素通しにする隔離結界を張ってるらしい。多分、物量差を利用しての各個撃破でも考えてるんでしょ。」
「そんなところだろうな。あと、負傷者を逃がさないようにするためと、枷となるこの幼子を避難させないための、檻の役目もあるのだろう。」
「ふむ……。」
相手の意図を理解して、地味に顔をしかめる竜司。各個撃破、という手段に文句を言う気はないが、幼子を平気で巻き込むやり口には、流石にどうにも寛容になれない。
「優喜、消去系で消せんのか?」
「ちょっと範囲が広すぎるし、結界のコアになってる部分と距離がありすぎる。単独行動で潰しに行ってもいいけど、相手が痺れを切らしてここに襲撃をかけた、とかそういう状況で結界が消えたらまずい。」
「なるほどな。結局、一番ましな手はこの子を連れて黒幕を粉砕することか。」
「そうなるね。」
優喜の言葉に、深々とため息をつく一同。面倒だ、という感情以上に、小さな子供を自分達の問題に巻き込んだ事が憂鬱である。たとえそれが、スカリエッティサイドの子供であっても。
「どっちにしても地下道に侵入しなきゃいけないんだったら、とりあえず陣形を決めようか。」
「俺が殿をやる。優喜、お前が前に立て。」
「了解。二人はその子を守ってて。」
優喜の指示に頷く二人。内心、多分ほとんど出番はないんだろうな、などと考える。事実、ヴィータ達と合流するまでは、スバルとティアナにはこれと言った出番は無かった。
「シュテルンフォルム!」
『シュテルンフォルム。』
微妙にややこしい回避動作を取るガジェットドールを、プレシアの魔改造によって追加された形態の一つ、シュテルンフォルムによりまとめて粉砕する。このフォルムは、トゲ付き鉄球を鎖でつないで振り回す、モーニングスターと呼ばれる武器の姿をとっている。古き良き時代のアニメを見ている人間には「ガ○ダムハンマー」とか「こんぺいとう一号」などと説明した方が、どんな姿をしているか理解してもらいやすいだろう。ロケット噴射により、かなりの勢いで相手を薙ぎ払うあたりが、無駄に気が効いている。
実際のところ、見た目のあれさとは裏腹に、モルゲンフォルムはヴィータにとってのかゆい所に手が届くシステムだ。改造前のグラーフアイゼンは、中距離に居る集団をまとめて薙ぎ払えるようなリーチのある攻撃手段は無かった。ラケーテンハンマーでぐるぐる回りながら肉薄して、一体ずつ薙ぎ払って潰していくか、シュワルベフリーゲンでちまちま削っていくかの選択肢しかなかった。当然どちらもリスクがあった訳で、いちいち敵集団に飛びこまずともそれなり以上の火力でなぎ倒せる新フォルムは、ヴィータの気質とも相まって、十分すぎるほど活躍しているようだ。
「がっくりしてた割には、普通に使ってますよね。」
「付いちまったもんはしょうがねえんだから、せいぜい有効活用しねーとな。」
「そう言うものですか……。」
開き直ったヴィータの言葉に微妙な表情をしながらも、トゲ付き鉄球の洗礼を逃れたガジェットを切り裂く。見ると、キャロも、小型のガジェットドローンを殴り倒し終えたところだった。
「そろそろ、向こうの連中と合流しそうだな。」
ヴィータのその言葉が終わるかどうか、というタイミングで、彼らに狙いをつけていたガジェットドールが、どこからともなく飛んできたレトロタイプに巻き込まれて、まとめて全部機能停止する。
「予想通りか。」
「ヴィータ、お疲れ様。」
「疲れるってほどは暴れてねーぞ。」
ヴィータの言葉に、苦笑するしかない新人たち。どうやら、戦力のほとんどが優喜達の方に集中していたらしく、彼女の言葉通り、援軍側には大して敵戦力が回ってきてはいなかった。
もっとも、スバル達にしても、出てきた端から優喜と竜司が秒殺で殲滅してしまうため、正直全く出番が無かった。やっていた事と言えばせいぜい、保護されたとたんに意識を失った少女の様子を、何かまずい問題が起こっていないか観察していたぐらいである。攻撃の性質上、どうしてもある程度の隙ができがちなヴィータと違い、優喜も竜司も護衛対象のもとに敵を漏らすようなぬるい制圧の仕方はしていない。
とはいえ、ヴィータがエリオやキャロに向かうガジェットを撃ち漏らしていたのは、わざとやっている部分が大きい。始末しようと思えば、全て問題なく迎撃出来たのだが、あえてわざと後ろに通し、二人のとっさの対応力を鍛えていたのだ。無論、対応しきれずピンチになっても、すぐにフォローできる程度の余力は残してある。実際のところは、その備えが必要なほど、エリオもキャロも弱くは無かった訳だが。
「しっかし、オメーらがこっちに来てるんだったら、あたしらが出張る意味あんのか?」
「物量次第じゃ、護衛対象まで抜けてくるかもしれないからね。単に殲滅するってだけなら、はやてもわざわざ何人も出撃させないでしょ?」
「まあ、そーだろうな。」
優喜の説明に、微妙に納得がいかないながらも納得して見せるヴィータ。
「なのは達も収録が終わったらこっちに来るらしいし、さっさと合流できるように、向こうさんが誘い込みたい場所にとっとと移動してしまおう。」
「そーだな。この面子だったら、無理に結界を破って引きかえすより、殲滅して現況を叩いた方が安全で早いだろーな。」
「そう言う事だ。」
優喜達の言葉に頷くと、あえてガジェットの数が多い道を選んで移動を始めようとする。ますます出番がなくなりそうだと内心で苦笑しつつ、極悪ともいえる戦闘能力を持つ先輩方について行こうとして、唐突に動きを止めるティアナ。ナンバーズの姿を確認したからだ。
「竜岡師範、穂神さん、ヴィータ副長……。」
「ん。お迎えらしいね。」
「どうする?」
「ぶっ飛ばすか?」
「相手の出方次第、ってところかな?」
優喜の言葉に一つ頷き、警戒を解かずに相手の出方を待つ。
「陛下を、返していただきにまいりました。」
現れた三人のナンバーズのうち、男女どちらともつかない容姿の、比較的小柄な人物が前に出て、比較的感情の起伏に乏しい声でそう告げた。ナンバーズNo.8、オットーだ。
「陛下ってのは、この子の事?」
「はい。聖王陛下です。」
「だとしたら、君たちではなく、聖王教会が保護すべきなんじゃない?」
「管理局や聖王教会に預けると、何をされるか分からない、と教えられています。」
長い黒髪の、メリハリがきいたボディラインを持ちながら、どちらかというと清楚な印象が前に出る女性が、優喜の突っ込みを受けて、これまた感情の起伏にやや乏しい口調で答えを返す。ナンバーズNo.12、ディード。資料によると、つい最近オットーと同時に調整が終わったところ、とのこと。なので、一緒に現れたNo.7・セッテともども、PVではともかく六課の前に直接顔を出すのはこれが初めてだ。二人揃って感情の起伏に乏しい口調なのは、稼働時間の短さによる経験不足が原因だろう。
「なるほどね。それを君達に教えたのは、誰?」
「クアットロ姉さまです。」
「それ、信用できる?」
「……。」
優喜の質問に、思わず沈黙してしまうナンバーズ三人。その沈黙が、何よりも答えを雄弁に語っている。この手の交渉は優喜に任せ、高みの見物を決め込んでいた竜司とヴィータが、相手の反応に思わず生温かい目を向けてしまう。明らかに稼働してからの日数がそれほどでもなく、絶対的に経験不足であると思われる彼女達をして、それほど信用できないと思われているクアットロ。その信用の無さは、ある種天晴れとしか言いようがない。
「そもそも、この子が君達のところに居たとして、僕達をはめるためにわざわざレリック入りのトランクを縛り付けて放置するような相手に、はいそうですか、って返せるわけがないよね。」
「……次は、お姉さまにこのような真似をさせないよう、我ら姉妹一同が体を張って……。」
「こっちに居れば、それをする必要すらないじゃないか。」
たたみこむような優喜のその言葉に、どんどん反論できなくなって言葉に詰まるナンバーズ。三人揃って他人との話し合いに向かないため、詭弁を弄して切り抜けたり、相手の論旨に突っ込みを入れたりというやり方が思い付かない。これが仮にトーレだった場合、セッテと同じ武骨者であっても、もう少しあれこれ突っ込みかえしたりもできるのだが、流石に今回の最後発組では、子供に言う事を聞かせることですら荷が勝ちすぎるだろう。海千山千のおっさんどもと渡り合ってきた優喜を相手にするには、力が足りないどころの騒ぎではない。
「それにさ。君達のところって、あまり食事の事情はよくないんでしょ?」
たまに仕事先でこっそり遭遇するチンクやセイン、ディエチから、毎回のように愚痴られる内容を追及する。特に最近料理の腕を上げてきたセインにとって、食材自体のまずさや料理できる人手の少なさは、そろそろ許容できる範囲を超えつつあるらしい。
「このぐらいの年の子供にとって、食事はとても大切なことだ。僕達が保護すれば、ちゃんと栄養課まで考えた、愛情たっぷりのご飯やおやつを、十分なだけ用意してあげられるよ。」
「おやつ、というのは、高町なのはが作るのですか?」
「そうなるだろうね。お菓子作りに関して、なのはを上回る人材は、うちにはいないから。」
「「「……。」」」
優喜のこの台詞が、ぐらついていた彼女達の決意を固めてしまったらしい。ただし、管理局側の思惑とは正反対の方向で。
「子供にとっての食事の重要性は、言われるまでもなく十分理解していますが……。」
「たとえ陛下といえども……。」
「一人だけ、毎日うまいものを満足するまで食べる、という事は許さない! 高町なのは特製のスイーツまでとなると、なおのこと!」
どうやら、優喜が説得に持ち出した言葉は、見事に藪蛇だったらしい。戦闘以外の事にほとんど興味を示していないとチンクが嘆いていたセッテですら、まずい食事に対する我慢は限界だったようだ。今までで一番感情のこもった悲痛な声で、戦闘理由を告げてくる。そもそも、セッテがスイーツにこだわりがあったなど、意外性がありすぎる。
稼働してから日が浅い彼女達がここまで感情的になるのだから、スカリエッティ陣営の食事事情は余程悪いのであろう。多分、それが当たり前なら、彼女達はこんな風にはならなかったに違いない。そう考えると、なのはの差し入れというのは、地味に相手に揺さぶりをかけていたようだ。
「決裂したようだが、どうする?」
「責任とって、僕が全員相手するよ。」
「分かった。ならば、先に行くぞ。」
「ん。」
手を上げて竜司達を見送り、突破を阻止しようとしたセッテを妨害する。
「さて、ついでだから、前々から気になってたことも、一緒に済ませようか。」
「前々から気になっていた事?」
「ん。君達の戦闘スタイルが、あまりにもなってないからね。少しばかり、稽古をつけてあげよう。」
にっと笑って上から目線でそんな事を言ってのける優喜に、感情が乏しい彼女達も流石にイラッと来たようだ。何故戦闘になったのか、その理由も忘れて全力で勝負を挑みに行く。三人がかりで五分ほどみっちり稽古をつけられた上に、ちょっとしたお仕置きまで食らって、割とあっさり撤退させられるセッテ達であった。
「どうやら、ここがゴールらしいな。」
「みてーだな。」
廃棄区域のほぼ中央部。廃墟ビルに囲まれた、比較的開けた広場に出てきた竜司達は、フード付きのマントで正体を隠した三人組と、ユニゾンデバイスと思われる、フィーと同じぐらいのサイズの赤毛の少女の存在により、目的地に到着した事を悟った。はっきりとした距離や位置は分からないが、他にも数名の人間が、この場に待機している。
「思ったより早かったようだな。」
「所詮はガラクタと新規稼働組、と言ったところか。」
中肉中背の黒ずくめと、竜司には一歩劣るがかなりの巨漢が、ヴィータやティアナ以外の新人にとって、聞き覚えのある声で会話を始めた。その声を聞き、目つきが鋭くなるヴィータと、驚きで固まるティアナ以外の新人組。
「フェイトが言ってたハーヴェイってのは、オメーのことか。ってことは、そっちのでかいのはゼストの旦那のクローンか?」
「ああ。だが、偽者と呼ばれるのは心外だ。ヴァールヘイトでも呼べ。」
「真実ねえ。全く、面倒くせ―話だぜ。この分だと、そっちの女も、あたし達の知り合いってところか?」
「ご名答。一応、マドレって呼ばれてるかな。」
ヴィータの問いかけに、楽しそうに答える女。その声は、ルーテシアの母・メガーヌとそっくりであった。エリオが完全に固まり、キャロが「そんな」と呟く。
「本気で、冗談きついぜ、おい。」
「こうなって来ると、他に誰のクローンが居てもおかしくなさそうだな。」
あまりにやり辛い状況に、思わず愚痴がこぼれるヴィータとフォルク。実力的にも、心情的にも非常にやり辛い。
「で、そっちの融合騎は、スカリエッティが復元したのか?」
「あたしは古代ベルカ純正の融合騎だ!」
「そっか。まだ生き残ってたんだな。」
ユニゾンデバイスの少女の返答に、思わずしんみりとした声でつぶやく。古代ベルカ純正のユニゾンデバイスは、融合事故や戦死などで、今やほとんど現存していない。リインフォース以外で知っている純正ユニゾンデバイスの生き残りがブレイブソウルだけというのは、いろいろな意味で切なかったため、ついつい妙な喜びに押されてしんみりとした声を出してしまったのだ。
「で、わざわざ藪をつついて蛇を出すような真似をして、一体何がしたかったの?」
後ろから聞こえてきた優喜の声に、思ったより早く追いつかれたな、などと、奇しくも目の前の相手と同じような事を考える竜司。ぶっちゃけ、現在行われているやり取りに関して、竜司は基本的に蚊帳の外である。
「何、と言われても困るが……。」
「今回はただ、メガネちゃんに付き合っただけよ。もともと、男二人と違って、私は明確にこれがしたい、って言うのは特にないし。」
何とも刹那的な事をほざくマドレに、言葉を失う一同。彼女の台詞の裏側に、何ともいえぬ諦めのようなものが漂っているのを、敏感に察してしまったのだ。互いに何も言えない空気に沈黙していると、マドレの口元が「私にそんな事言わせるんだ」と、楽しげに動く。傍で何かを聞いていたユニゾンデバイスが、その内容に顔を引きつらせる。
「それにしても、いいのかしら?」
「何が?」
「私達なんかにまごまごしてて。特にそっちのヴォルケンリッター。」
「どーいう意味だ!?」
「別に。ただ……。」
そこで思わせぶりに言葉を切ると、意味ありげに空を見上げる。そして
「また、大切なものを守れないかもしれないわよ?」
その言葉と同時に、現場上空にヘリが到着し、唐突に虚空を切り裂いて灰色の砲撃が飛んでくる。
「なっ!?」
「ヴィータ、落ち着いて!」
「心配せずとも、落ちてはいない。」
どう見ても直撃したように見えた砲撃だが、煙が消えた後には無傷のヘリと、それを守るように盾を構える、硬さに定評のある男の姿が。
「やっとお出ましか……。」
「いつから気が付いていた?」
「最初から。竜司の索敵範囲外?」
「うむ。わざと放置していたのか?」
「ちょっと距離があったからね。それに、わざわざ相手に必要以上の情報を与える気もなかったし。」
優喜の索敵範囲の広さは異常だ。そんな重要な情報を、わざわざ相手に与える必要などない。しかも、索敵範囲は広いが、攻撃可能距離はそれほど広くないという情報も、同時に相手に渡ってしまうのである。
「ユーキ! 分かってたならなんで防ごうとしねーんだ!」
「フォルクがいるんだから、僕がわざわざ防がなくてもいいでしょ?」
しれっと言ってのけた優喜に、思わず納得してしまうヴィータ。確かに先ほどの砲撃、ヘリを落としたりビルを粉砕したりするには十分すぎるほどの威力があるが、フォルクの盾をぶち抜けるかと言えば絶対不可能としか言えない程度の物である。
「しかし、今のはなんだったんだ? 高町一等空尉のディバインバスターとほぼ同じ構成だったみたいだが、それにしちゃ、えらく軽かったぞ?」
「フォルク。多分それが答えだよ。」
「どういう意味だ?」
フォルクが問い返すより早く、同じ場所からもう一度砲撃が飛んでくる。もう一度盾を構えて防ごうとするより先に、誰かがフォルクの前に割り込んで砲撃を撃つ。同じタイミングで、黒い影が砲撃をさかのぼるように飛び込んで行く。
「ディバインバスター!」
余程急いで飛んできたのか、ドラマの収録衣装のままユニゾンもしていないなのはが放った、カートリッジも使っていないディバインバスターは、飛んできた砲撃を正面から迎え撃ち、あっという間に押しかえす。
相手の砲撃を蹴散らして飛んでいくディバインバスターを、さらに二発の砲撃が迎撃し、完全に打ち消し合う。
「カートリッジなしの砲撃で、私の砲撃三発分ですか。あなた、本当に人間ですか?」
砲撃がぶつかり合った衝撃で舞い散った粉じんの向こうから、呆れたような声が聞こえてくる。もはや驚く気にもならないが、その声はなのはそっくりであった。それと同時に、弾き飛ばされたのか自分から距離を取ったのか、粉じんを突きぬけてフェイトが飛んで戻ってくる。
「流石はオリジナル、と言ったところか。」
「だけど、お前達を倒せば、僕は自由に飛べる!」
続いてはやての声が、そして最後にフェイトの声が聞こえてくる。
「まあ、クロノにゼストさんにメガーヌさんがいるんだから、居ないはずがないよね。」
「最強の駒をコピーするのは、この手の同キャラ対戦の基本だからな。」
今更動揺する気もない優喜と竜司の言葉を尻目に、何重かの意味で深刻な現状に、思わず絶句するしかない広報六課のメンバー。物語は、クライマックスに向けて少しずつ動き始めた。
「……防衛システム……?」
煙の向こうから現れた三人の姿を見て、どことなく呆然とした口調でつぶやくリインフォース。その言葉に、怪訝な顔を見せるヴィータとフォルク。相手の姿が、防衛システムとどうやってもつながらなかったのだ。
三人の姿は、予想通りなのは、フェイト、はやてによく似ていた。ただし、全てが同じだった訳ではない。三人とも髪型と髪の色が微妙に違う。一番かけ離れているのがフェイトの偽物で、素晴らしいブロンドの本物と違い、空を写し取ったかのような青髪になっている。だが、それ以上に本物と偽物を区別しているのが、目の色と目つきである。どうにも三人とも目つきが悪く、妙な色になっているのだ。多分漫画やアニメになった場合、ハイライトが消されて、瞳全体が妙な光を灯す、といった感じに表現されるであろう。そんな目をしているのだ。
「防衛システムって……。」
「闇の書時代のか? だけど、それはジョニーが居るじゃねーか。」
「……残滓を全部、集め切れた訳じゃないから……。」
「そうなのか?」
「ジョニーの存在が強すぎて、細かいものは分からなかった。」
妙に説得力のある言葉に、思わずそうかもしれないと納得する二人。確かに、ジョニーがいればそっちに目が行って、細かい破片なんざ気がつかないかもしれない。別にリインフォースが、見た目だけでそう言う事を言っている訳ではないと分かってはいるが、イメージとしてはどうしてもそうなる。
「お久しぶりです、管理人格。」
「……あのときはごめんなさい……。」
「気にする必要はない。」
「あの時は、ああするしかなかった事ぐらい、私たちにも分かっています。」
「僕たちだって、マスターを殺したかったわけじゃない。」
特に恨んでいる訳ではないらしい三人の言葉に、どう反応を返していいのかが分からないリインフォース。何も言えなくなってしまった彼女の代わりに、話を進める事にするフォルク。
「マスターを殺したかったわけじゃない、とか言いながら、俺達を倒すとか物騒な事を言っている気がするが、それは矛盾しないか?」
「あくまでも、防衛システムだった頃の意志だ。今は切り離されて独立している以上、我らがオリジナルを倒し、我ら自身を勝ち取りたいと思う事は、別に不自然な事でもあるまい?」
「もはや見た目も言動も完全に別物である以上、わざわざ本物に喧嘩を売らなくてもよかろうに。」
「そういう問題ではない。」
面倒くさそうな竜司の言葉に、すげなく言い切る偽はやて。
「あの、すみません……。」
「どうした、自称凡人?」
「自称でなくて、正真正銘凡人なんだけど……。」
自称と言われて納得いかない顔をしていたティアナだが、気にしていては話が進まない。そう割り切り、言いがかりをつけられた事は言ったん横に置いて、気になっていた事を質問する事にする。
「結局のところ、どういうこと?」
「何、簡単な話だ。そこの偽物三人は、なのは達のクローンに、防衛システムの残滓を埋め込んで自我を持たせたものだ、という事だろう?」
「偽物呼ばわりは気に食わないが、そこのデバイスの説明でおおむねあっているな。」
「私達はプロジェクトF・フェイズ2と呼ばれる、管理局内の極秘計画によって作られた、一定以上の実力を持つ魔導師のコピー品、そのなれの果てです。」
ブレイブソウルの説明を、偽はやてと偽なのはが引き継ぐ。
「同朋がどれだけ作られたか、そこは我々にも分からない。だが、そのほとんどが自我もリンカーコアも持つことが無かった、いわゆる失敗作扱いで廃棄された、ということは確かだ。」
「俺達も、リンカーコアはともかく、自我というやつはドクター・スカリエッティに保護されるまでは持ち合わせていなかった。要するに、ただの生ける屍だった訳だ。」
「まだ幼い段階で彼に引き取られることになった弟たちは、早い段階からの教育を受けた結果、私達と違いちゃんとした自我を確立し、手厚く保護してくれる孤児院に預けられているわ。」
「なるほど、それでか。」
妙に何かを納得して見せるブレイブソウルに、いぶかしげな視線が集中する。
「一体何を納得している? というか、我のどこを見て言っている?」
「勘が鋭いな。友よ、なのはとはやての偽物については、髪と目以外に区別できる場所があったぞ。」
「どうせ碌でもない事を言うつもりなんだろうけど、一応聞いておくよ。どこ?」
「ああ。偽なのはは本物よりバストが二センチ小さくてウェストが一センチ太い。結果としてカップ値が一つ小さい。逆に偽はやては本物よりバストが一センチ大きくてウェストが一センチ細い。結果としてカップ値が一つ大きくなっている。」
ブレイブソウルの一言に、思わずあわてて胸元をかばう偽フェイト以外の女性陣(コピー)。広報部サイドは、どうせ細かい数字まで彼女に把握されているため、今更そう言う態度に出る事はない。
「だが、偽なのはよ。」
「偽なのはと呼ぶのはやめていただけますか?」
「では、何と呼べばいい?」
ブレイブソウルの問いかけに、胸元をかばいながら少し考え込む。
「そうですね。特に名前は決まっていませんが、闇の書防衛システムの流儀に基づき、星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)とでも名乗りましょうか。」
「ならばボクは、雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)だ!」
「では、我は闇統べる王(ロード・ディアーチェ)と言うことにしておこう。」
「中……。」
「中二くさい、とか言わないでくださいね。あくまでも、闇の書の防衛システムがつけた名前です。」
ブレイブソウルの言葉をさえぎり、きっぱり言ってのける星光の殲滅者。どうやら、なんとなくこの駄目デバイスの反応や言動を先読みできるようになってきたらしい。
「まあ、それはどうでもいいさ、シュテル・ザ・デストラクター。とりあえず、私が言いたいことは、だ。」
言おうとしたことをぶった切られても、まったく気にする様子もなく自分の言いたいことを言い続ける。この無駄に強い心臓がうらやましい、と思う人間はいくらでもいるだろう。
「君の胸は、少なくともはやてよりは大きい。すなわち、この世界の女子の大半、その平均より二段階程度大きい、ということだ。ウェストのほうも普通に細いほうに分類される。別に、本物より胸が小さくて腹が出ているからといって、コンプレックスを抱くほどではないぞ。そもそも、なのはのそれは、わが友を押し倒して散々揉ませているのだから、大きくなって当然だ。」
「「余計なお世話です!!」」
ブレイブソウルの余計な一言に、思わずつられて胸を隠しながら、星光の殲滅者とハモって抗議してしまうなのは。今までの微妙に緊迫した空気が、あっという間に台無しだ。
「ブレイブソウル、エリオやキャロがいるところでそういう台詞は……。」
「ふむ。私としたことが配慮を欠いたようだな。すまない。」
真っ赤な顔のフェイトにたしなめられ、素直に謝罪するブレイブソウルだが、知る必要もなく知りたくもなかった情報をしっかりインプットされてしまい、非常に気まずい思いをしてしまうその場の一同。分かっていないのは注意するときのだしにされたエリオとキャロ、あとは雷刃の襲撃者だけで、表面上とは言え平然としているのは優喜と竜司、ヴィータの三人と赤毛のユニゾンデバイスぐらい。見た目に反してうぶなのか、ハーヴェイやヴァールヘイトまで顔を赤くして、表情の選択に苦慮している。
「フェイトさん、なのはさんって優喜さんにおっぱい揉んでもらってるんですか?」
「キャ、キャロ……。」
空気を読んでか読まずにか、無邪気に素朴な疑問として余計な事を聞こうとするキャロを、慌ててエリオが窘める。ぶっちゃけ、二人とも子供を作るための行為に関して、詳細な事は何一つ知らないのだが、少なくともエリオの側は、それを堂々と聞くのはまずい事らしいと言う事は理解しているようだ。男が女の乳を揉むのは、特別な関係でなければ褒められたことではない、という事ぐらいは知っている、というのもある。
「てーか、優喜ってのはあの女顔だろ? あのなりで、やる事はきっちりやってんのかよ?」
今まで、怒涛のように話が進んでいたため口をはさめなかったユニゾンデバイスが、呆れたように感想を漏らす。それなりに長い時間生きているからか、今更性行為の話ぐらいで照れたりする気はないらしい。
「ふむ。とりあえずその話については、後できっちり事細かく説明する事にしよう。」
「「ブレイブソウル!」」
「性教育は重要だぞ?」
「性教育?」
「キャロ。内容が何であれ、ブレイブソウルだと、なんだか偏った事を教えてきそうだから、ここはスルーの方がいいと思うよ。」
エリオに見切られて、思わず沈黙してしまうブレイブソウル。どんどんどんどん状況がグダグダになっていく。もはやこの時点で、エリオ達が受けたショックも何もかもが綺麗に消え去っている。その時、すでに極限までグダグダになった状況を、さらに混沌とさせる行動をとるものが。
「おい、そこのデカイの!」
「む?」
「お前に聞きたい事がある!」
「何の用だ?」
「登っていいか!?」
グダグダになって注意が散漫になっているうちに、いつの間にか竜司の傍に来ていた雷刃の襲撃者。その彼女が、空気も何もかもを無視して、これまた反応に困る事を言い放つ。
「登る?」
「ああ! その電信柱のようなでかい体を、よじ登らせろ!!」
フェイトと同じサイズのでかい胸を張って、堂々と要求を突き付けてくる。因みにフェイトと竜司の身長差は約四十センチ強。つまり、雷刃の襲撃者との身長差も同じである。
「何故ゆえに?」
「そこに柱があるからだ!!」
ビシ、と指を突き付けて、答えになっていない答えを返す。
「ねえ……。」
「……なんだ、自称凡人。」
「あの子ってもしかして、ビキニ着せて海に連れて行くとまずいタイプなんじゃないかしら……。」
「なんだか、トップレスになっても、胸張って堂々と、上流された! とか叫んで普通に遊び続けそうだよね。」
ティアナとスバルの指摘に、頭を抱えながらも同意せざるを得ない星光の殲滅者と闇統べる王。
「むしろ、そうなった場合面倒くさがって全裸になってもおかしくありませんね……。」
「そうだな。あれは頭が緩い、というか、精神年齢がエリオ・モンディアルよりも低い上に思考ルーチンが男に近いから、関西弁で言うところのフルチン、というやつに全く抵抗がないからな……。」
「やめてー! 私と同じ顔と身体でそう言う事をするのはやめてー!」
二人の言葉に、思わず真剣に切実な悲鳴をあげてしまうフェイト。
「安心しろ。流石にちゃんと見張る。」
「行動を阻止できるかどうかは、別問題ですが……。」
「そもそも、今の行動を阻止できてない時点で、どうやっても止められないんじゃね?」
「いやー!!」
とりあえず、少なくとも一点だけはオリジナルに勝てるジャンルがあったらしいコピー達。だが、そのやり方で勝利しても、嬉しくもなんともない。その後、空気を読まないブレイブソウルと雷刃の襲撃者のコンビにより、無駄にあちらこちらに飛び火することになるのであった。
「……なあ、そろそろ真面目な話に戻していいか?」
「……そうですね。いい加減押し問答を続けていないで、戻ってきなさい。」
ブレイブソウルの余計な爆弾から始まった、一連のグダグダ。それをどうにか打ち切って、真面目な話に戻そうとするヴィータと星光の殲滅者。
「それで、真面目な話というのは?」
「オメーら、この場合はハーヴェイとかそっちも含むんだが、オメーらは、どこまで改造とかされてる?」
「それを聞いてどうするのです? 倫理的な問題については、あなた達が今更口を挟む筋合いはありませんよ?」
「そんな事は分かってる。あたしが気にしてんのは、プレシアさんの反応だ。」
「そうだね。別段、実際に君達を作った連中やスカリエッティがどうなろうと知ったこっちゃないけど、今更プレシアさんに余計なことで手を汚してほしくない。」
優喜の言葉を、鼻で笑うヴァールヘイト。
「ぬるい事を言っているな。」
「相手はもう七十前だ。いい加減穏やかに平穏に生きる権利ぐらいあるさ。」
その言葉に、もう一つ鼻を鳴らす。
「いいだろう。」
「我々が受けたのは、ロボトミー手術からの回復処置を含む、いくつかの人体改造だ。具体的なところまで知らないが。」
「そちらの残滓どもは、それに加えて夜天の書の闇の残りかすを憑依させる処置も取られているな。」
「うわあ……。」
「最悪だな、おい……。」
施された処置を聞き、プレシアの反応を想像して顔をしかめる隊長陣。何が問題なのか今一つ理解できず、きょとんとした顔をする竜司と新人たち。
「あなた方がどう思おうと勝手ですが、ドクター・スカリエッティの処置が無ければ、私達は自我を持つどころか、今現在生きていたかどうかすら怪しいのですよ。」
「まあ、その処置も、完璧だった訳じゃないけどね。」
星光の殲滅者の言葉を、マドレが補足する。
「ロボトミーからの回復処置とか、生命維持のための改造処置だけだったらよかったんだけど……。」
「優喜、あきらかにそうでない物も混ざってる感じ?」
「かなりね。」
気配を確認し、ため息交じりにそう答える優喜。とりあえず、犯罪にならない種類の、だが確実に人として終わるだけのダメージを与えうる報復を考える必要がありそうだ。
「とりあえず、聞きたい事は終わったから、そろそろ状況にけりをつけようか。」
「そうだな。」
優喜の言葉に合わせて、竜司が体内の気を活性化させる。エネルギーを練り上げ、攻撃に移るかと思われたその時。
「ふん!」
唐突に、地面に向かって腕を突っ込んだ。そのまま、地中から何かを引きずり出す。
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
「セイン!?」
「ちょっと待て! 物質を透過するはずのディープダイバーを、どうやって捕まえた!?」
「幽霊を掴む要領だが、問題でもあったのか?」
あっさりそう言いきると、竜司に頭を掴まれたまま半端に地面に埋まった状態のセインを、そのまま一気に引きずり出す。万力のような力で頭を掴まれてしまったためか、ISが途中で解けて、石の中に居る状態になってしまったようだ。
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
一定ラインを超える強靭さを誇るナンバーズのボディスーツだが、流石に石の中に埋められた揚句に引きずり出されて、無傷で済むほど丈夫でもない。運よく際どいところこそ隠れては居るが、あちらこちらが派手に避けて、見るも無残な状況になっている。
「それで、何をしに来た?」
「と、とりあえずレリックの回収をするポーズだけしに……。」
「ふむ。」
「竜司さん、その娘悪い娘じゃないから、解放してあげて?」
「分かった。」
フェイトの要請に従い、適当な場所に放り出す。結構な勢いで地面にたたきつけられそうになり、あわててディープダイバーを発動させてダメージを回避するセイン。その扱いを見ていると、キャッチアンドリリースという単語を連想する。
「ん?」
「どうしたの、竜司?」
「メモらしいものが落ちている。どうやら、奴が残して行ったらしい。」
中身を確認して、苦笑しながら優喜に内容を見せる。
「なるほどね。」
「確かに、悪い奴ではないらしいな。」
「まあ、そうでなきゃ、慣れ合いみたいな真似はしてないよ。」
竜司の言葉に苦笑しながら、メモの内容をメールで共有する。中々にアレな展開に行動を起こし損ねていた残りの連中に、クアットロから最後の指示が飛ぶ。その様子を見ていた優喜が、こっそり術を編みあげ始める。
「……本当にいいのだな、クアットロ。」
何事かを念押しし、しぶしぶと言う感じで魔法を発動させる闇統べる王。納得いかない、という顔つきのまま、一応術のチャージに入る星光の殲滅者。
「本当にやるのですか?」
「どうせクアットロの事だ。やらねばもっと余計な事をするだけであろう?」
「なんかカッコ悪いぞ?」
「言うな……。」
闇統べる王の態度に何か感じる物があったのか、釈然としない顔のまま、これまた魔法の準備に入る雷刃の襲撃者。最初の術の時点で、すでに迂闊に阻止のために攻撃を入れたら、そのまま暴発しかねない状態になっている。
「中々の出力だけど、一応消しとく?」
「不要。」
「了解。」
竜司の言葉に従い、当初の予定どおりに術を練り上げ、なのはに念話で指示を出す。予想はしていたようではあるが、やっぱりあれを生身で防げるのかこのデカブツは、と、呆れた視線を向けてしまう新人たち。まあそもそも、ユニゾンなしのスターライトブレイカーフルチャージを生身で止め、無傷でしのぎきる優喜、それ以上の防御力を誇ると言うのだから、あの程度の出力なら、どうという事は無いのだろう。
「ここに居れば巻き込まれる。引きあげるぞ、マドレ。」
「先に戻ってて。私はちょっと、用事があるから。」
「何を言っているんだ!? 君の防御力では!?」
「あの子たちには悪いけど、正直、誰かがダメージを受けるイメージがわかないのよね~、困った事に。」
「「っ!」」
確かに、正面からではなのはかフェイト、どちらか一方にすら勝ち目はない、とはハーヴェイ自身が言った言葉だ。だが、この出力の、しかも物理破壊設定の攻撃を受けて死なない、という意味ではない。
「とにかく、先に戻ってて。心配しなくてもちゃんと生きて戻る当てはあるから。」
「……分かった。」
「……死ぬなよ。」
心配性の男どもにウィンクをすると、とっとと送り出す。どうやら、事前に彼女から何事か言われていたらしく、ユニゾンデバイスはこの場に居残りのようだ。
「用事、とか言っていたが、どういうつもりだ?」
「とりあえず、まずはあれの結果を見てからにしましょう?」
「そーだな。ま、リュージが言う以上、全く問題はねーんだろうけど、一応あれをしのげる札があるんだったら準備しとけよ。」
「分かってるって。」
一応念のため、とある虫の召喚準備に入るマドレ。その様子を心配そうに見つめながら、おずおずと声をかけるユニゾンデバイス。
「なあ、本当にいいのか?」
「ちゃんと許可は取ってあるし、それにメガネちゃんが独断で暴走し始めちゃってるから、ね。」
「だったら……。」
「それでもいいんだけど、ね……。」
二人が何やら意味ありげな言葉をかわしているうちに、発射をためらっていた防衛システムの残滓達が、ついに意を決して術を発射する。
「すまんが、これ以上発射を伸ばす事は出来ん!」
「諦めて、攻撃を受けてください。」
「発射!」
三人から、まっとうな生身の魔導師が撃てるであろう最高峰の規模の魔法が、ついに広報六課の出張組に対して発射される。渋っていたのは、子供を巻き込むためであろう。発射を引き延ばしていたのは、マドレとユニゾンデバイスが避難していないことが原因に違いない。なんだかんだと言って、根っこの部分は意外と善良なようだ。
「ふん!」
砲撃の形を取って撃ちだされた魔法を、防御姿勢も取らずに正面から突っ込んで行って体で受け止め、抱き潰そうとする竜司。仮に地面に着弾した場合、その衝撃で廃棄区域全体を更地にしてお釣りが来る威力だ。出力自体はユニゾンなしのスターライトブレイカー、そのフルチャージには及ばないものの、発射までのチャージ時間は大幅に早い。この場合、むしろスターライトブレイカーの破壊力がおかしいのだ。
「……ぬるい!」
砲撃を完全に押しかえし、抱き潰して消滅させる。その際の衝撃で、周囲の廃ビルがいくつか崩壊するが、この出力の攻撃で出た被害としては驚くほど小さい。
「嘘だ……。」
「冗談、ですよね……。」
「……まったく、過剰戦力にもほどがあるのではないか?」
「俺に言うな。」
残滓達の言葉に、憮然とした顔で答える無傷の竜司。流石にそれなりのスタミナは消耗したらしいが、戦闘能力に問題が出るほどではないようだ。つくづく、無駄に規格外な男である。
「……撤退する!」
まともにやってもダメージを与えられない、という事実の前に、早々に撤退を決める闇統べる王。それを阻止するでもなく見送る一同。このまま戦闘を続ければ捕縛できなくもないだろうが、流れ弾がいまだに目を覚まさない幼女に当らない保証がない。いくらこの場の面子が規格外でも、事故というのは起こるときには起こる。
「なのは。」
「了解。」
三人が転移魔法で消えたのを確認した後、優喜に促されてカートリッジをロード、捕捉した気配をロックして、今まで使う機会が無かった改良型の砲撃バリエーションを発射する。
「ディバイン・ハウンド・バスター!」
レイジングハートから発射された砲撃は、転移が発動せずにあたふたしながらシルバーカーテンで隠れてこそこそ逃げようとしていたクアットロを、正確に追尾する。
「なんですの、この砲撃は!?」
戦闘機人の身体能力を利用して、必死になって隠れていたビルの屋上を三角飛びの要領で飛び降りながら、悲鳴のような声で毒づく。クアットロの複雑な動きを正確に追尾し、かすったはずの建屋に一切ダメージを与えずにぴったりとついてくる。どんなに引き離そうとしても、どんなに複雑な動きをしても、どれだけ遮蔽物を利用してもきっちりと後をつける砲撃にしびれを切らし、ついに結界を解除して一般人を巻き込もうとする。
「なっ!?」
だが、クアットロのもくろみは完全に外れる。いきなり砲撃にさらされ、呆然としていた通行人の体を、この砲撃は一切のダメージを与えずに通り抜けたのだ。あまりの光景に呆然としているうちに、回避できるタイミングを失う。破れかぶれで転移を再度起動させたと同時に、猟犬の性質を与えられたディバインバスターは、見事にクアットロの体を貫いたのであった。
「命中確認。挙動は設定どおり。」
「またえぐい魔法を……。」
「カートリッジ二発も使う割には威力低いし、連射も効かないんだけどね。」
「十分だと思うぞ……。」
設定した目標以外に一切の被害を出さない砲撃。高町なのははこの日、砲撃魔法の新たな可能性を世に知らしめたのだが、当人は割とどうでもよさそうだ。
「それで、用事って?」
「陛下と一緒に、この子も保護してほしいの。」
「え?」
「あのメガネちゃん、多分次はもっと取り返しのつかない事をすると思うの。私達はともかく、たまたま保護されただけのこの子を、犯罪者にはしたくないから。」
マドレの言葉に、どうしたものかと顔を見合わせるなのはとフェイト。
「後、もう一つ理由があるの。」
「なんですか?」
「この子、自分のロードを探してるんだけど、私達のところには相性のいい人間がいなくて。ユニゾン適性もそうなんだけど、炎が得意な魔導師もベルカ騎士も居ないから。」
「炎か。」
「確かに、うってつけの奴が一人いるな。」
ヴィータの言葉に、パッと顔を輝かせるユニゾンデバイス。
「本当か!? 本当にあたしのロードにふさわしい奴がいるのか!?」
「ユニゾンしてみねーと分かんねーけど、あたしらの将となら、適性が合えば相性が抜群だな。」
「そうだと思って、この話をあなた達に持ちかけたの。」
「分かった。こいつは今回、この場に居ただけだから、悪いようにはしねー。」
「ありがとう。」
ふんわり微笑んで礼を言うと、立ち去ろうと転移魔法を発動する準備に入る。
「オメーはいいのか?」
「私にもいろいろあるのよ。分かってくれるとは思うけど、向こうに居る子のほとんどは、単に巡り合わせの問題であそこに居るだけの、根っこは善良な子たち。どうせメガネちゃんがやろうとしてる事なんて失敗するとは思うけど、その後で他の子たちにとって、少しでもましな結果になるように頑張らないといけないの。」
「……そっか……。」
「どうせ、私には戸籍もないし、個人的な好き嫌いを押し通すために、後ろ暗い事も結構しているもの。だから、最後までわがままを通すわ。」
そう言って、今度こそ立ち去ろうとしたマドレに、優喜が声をかける。
「ねえ。」
「なあに?」
「その体……。」
「分かってる。そっちでどうにかできる?」
「……たぶん、無理。」
「でしょう?」
意味ありげな言葉の応酬の後、今度こそ転移魔法を発動させる。
「じゃあね、アギト。」
「またな。」
次会う時が、最後だろう。そんな予感を感じながらも軽い口調であいさつを済ませる。こうして、広報六課の隊舎には新たな滞在者が増えたのであった。
あとがき
なんか、長い上にえらくグダグダになった……。
とりあえず、セッテが食欲魔人になったのは仕様です。決して、書いてるうちに暴走した訳ではありません。てか、本当にこいつら、一体どんな食生活してるんだろうか? 何食べても湿気た薄い塩味の歯ごたえがないせんべいの味しかしないとか……。