「全く持って、胸糞が悪い!」
「レジアス。気持ちは分かるが、少しは落ち着け。」
「分かっておるさ! 儂がここで荒れたところで、百害あって一利もない事など!」
自壊した犯人の言動その他も含めた報告書を見たレジアスが、珍しいほど感情的になっている。
「だがな、この報告を見て、誰も見ていない場所でまで冷静さを装えるほど、儂は情を捨てきれん!」
「私だって、君と気持ちは変わらんさ。だからこそ、冷静に黒幕を追いつめる算段を立てねばならないのだよ?」
「そんな事、言われずとも分かっている!」
「まあ、私も一人でこれを見ていれば、冷静な態度など取り繕えなかっただろうがね。」
ため息交じりのグレアムの言葉に、険しい顔のまま粗っぽく椅子に座るレジアス。
「いずれこうなると分かっていて、それでも対策が後手に回るとは、情けなくて被害者にあわせる顔が無いぞ……。」
「基本的な戦力を魔導師に頼っている以上、すぐに対策がとれる訳ではなかったからね。」
「まったく、魔導師に頼らぬ安定した戦力が欲しかったのは分かるが、戦力確保に関してあの脳みそどもがしでかした事は、例外なくすべて裏目に出ているぞ。」
「だが、見たところ、昔の君の主張のように単純な質量兵器を充実させたからと言って、簡単に仕留められるような相手でもなさそうだよ。」
グレアムの指摘に、苦い顔を隠さぬままうなずくレジアス。その程度でダメージが通るようなら、いくら戦力としては劣る地上部隊のメンバーといえども、たった二人に三部隊も壊滅させらる事は無かっただろう。魔導師ランクこそ低いが、中には武術の達人も数人は居たのだから。
「プレシアが開発中の装備は、どのぐらいで使い物になる?」
「そうだね、試作の試作が今月中ぐらい、それから教導隊で動作テストを行って仕様変更、プロトタイプにこぎつけるのが順当に行って月末ごろ。先行量産機となると、年内に間に合えばいい方だろうね。」
「海や地上本部の連中には悪いが、出来た分は片っ端から辺境部隊に優先的に配備だな。正直、広報部だけでは手が足りん。」
「それでも、最低限実戦で使えるレベルまで訓練する事も考えると、辺境全域に行きわたって運用可能になるまでに二年はかかる。このタイムラグをどうカバーするか、頭が痛い問題だよ。」
「冗談抜きで、非魔導師を戦力にする手段も開発せねばならんな。」
「世論がいろいろと沸騰しそうだがね。」
苦笑交じりのグレアムの言葉に、同じく苦笑交じりに頷いて見せるレジアス。
「とにかく、まずは少しでも被害を減らす手段を講じるところからスタートだな。連中が何組いるかは分からんが、ドゥーエのおかげで元になっている連中は絞れてきた。そっちを叩いて行けば、必然的に活動も抑制されるだろう。」
「フェイト君が、明日にでも最初の一カ所目に潜入するとの事だ。」
「そうか。」
「後は、優喜には悪いが、消耗品の防御系統と行動封じの類を大量に用意してもらおう。優喜達の交戦記録を見る限りでは、現状は一定ラインを超える出力の魔法攻撃は通じるようだし、援軍が到着するまで時間を稼げれば問題ないだろう。」
「そうだな。儂らが現状打てる手など、それがいいところだろうな。」
グレアムの提案を受け入れ、実行リストに書き込む。後は息の長い計画で、少しずつ全体の底上げをするしかない。二人は今期かせいぜい来期には引退予定故、そこから先はリンディ達に丸投げになるが、まあうまい事やるだろう。
「今期が正念場だ。次の世代にバトンを渡すために、何が何でも道筋だけはつけるぞ。」
「ああ。最高評議会がやらかした事は、私達の代でかたをつけないとな。」
次元世界のために、最悪捨て石になってでも古い世代の負の遺産を片付ける。海と陸の英雄は、決意も新たに行動を開始するのであった。
「ドゥーエの情報通り、か……。」
指定された施設に潜入したフェイトは、地下の設備を見てそうつぶやく。並んでいる設備はどれもこれも、明らかに人造生命体関係のやばいものばかりであり、中には胎児がぷかぷか浮いているような、全力で違法と分かるものすらある。ぶっちゃけこの映像だけでも、余裕で検挙できるレベルだ。
「バルディッシュ、データ送信は?」
『現在継続中。ジャミングおよび傍受なし。』
「了解。それにしても、静かだ……。」
事前にいろいろ小細工して警備システムを殺してあるとはいえ、ここまで機械の作動音以外の音が無いと、不気味を通り越して不信感が募る。夜中とはいえ、結構明かりがついていた割には、警備員以外の気配を感じないのもおかしい。
『サー、また何か余計なものを引き当てたのではないですか?』
「バルディッシュまでそれを言うの……?」
『統計上の事実です。』
「統計って……。」
『これまでの潜入捜査に置いて、三回に一回は発見しなくてもいいものを発見したり、不慮の事故で一度に殲滅する必要のないものを殲滅したり、他の組織の工作員と遭遇したりと余計なトラブルに巻き込まれています。』
緊急出動まで含めると七割オーバーというバルディッシュの言葉に、反論できずにがっくり来るフェイト。周りから引きが悪いだの間が悪いだのと言われ続けて、そのたびに必死になって否定していたが、いい加減そろそろ現実を直視するべきかもしれない。
アイドル活動の合間をぬっての執務官の仕事なのに、フェイトのスコアは群を抜いている。その裏には、語り尽くせぬほど、引きが悪いにもほどがあるエピソードが隠されている。フェイトの特別手当が、芸能活動による収入を差し引いてもはやてのそれに匹敵しているのは、ひとえにその引きの悪さを必死になって帳尻合わせし続けた結果である。
「……本当におかしい。」
『同意します。』
「バルディッシュ、施設のマップ確認。」
『了解。』
事前にブレイブソウルのハッキングツールによってハッキングされていた施設内部のマップ。それを展開し、現在位置と照らし合わせる。
「この壁の向こう、ラボだよね?」
『九十八パーセントの確率で。』
「現在のエネルギーライン、確認できる?」
『少々お待ちください。』
数秒間、バルディッシュのデバイスコアが明滅する。
『壁の向こうの設備、現在全てアクティブ状態です。』
「……気配がしないのに、アクティブ状態か……。」
不自然と言えば不自然だが、絶対に怪しいとまでは言いきれない。フェイトの探知範囲外で休憩をしている可能性もあるし、何かの実験で設備を起動したとして、必ずしも四六時中張り付いている必要がある訳でもない。
「直接、中を確かめるしかないね。」
『同意します。』
マップを頭に叩き込んで表示を消し、慎重に気配を探りながら動き出す。優喜なら、このぐらいの規模の設備は外からでも丸裸に出来るが、残念ながらなのはやフェイトの感覚系は、竜司とどっこいかちょっとまし程度の物でしかない。流石に、いくらなんでも無造作にすたすた歩くのはリスクが大きすぎる。
「ここだね。バルディッシュ。」
『ロック解除。』
マスターコードを使って、あっさりラボのロックを解除する。ここまで、こういった場面で一度も引っかからなかったあたり、ブレイブソウルのハッキングツールさまさまである。
「さて、何が出るか……。」
密閉されたラボの扉を開けると、中から猛烈な臭気が漏れだしてきた。澱んだ血の匂い。それも一人分やそこらではない。
「どういう……事……?」
空けた扉の隙間から見える光景に、思わず呆然とつぶやくフェイト。執務官なんて仕事をしていると、こういう光景に出くわすことも一度や二度ではない。そのため、血の臭いには慣れてしまった彼女だが、こういった光景を見て完全に平静を保てるほど平気になった訳ではない。吐いたり思考が停止したり冷静さを欠いたりはしないものの、それと血だまりに沈むミンチ手前の死体を見て何も感じない事とは別問題である。
そもそも、この研究施設で行われたであろう実験、それを示唆する胎児の浮かんでいる培養ポットなどに対して、フェイトはずっと強い怒りと不快感を感じていたのだ。執務官になった当初と比べると、こういう人間の闇の部分に触れる事も増えたが、それで人間という生き物に絶望を感じたり、自身も汚い事を平気で行えるほど感性は摩耗していない。
ゆえに、こういうときに真っ先に意識が向くのは、これをやった悪党を、どうやって追い詰めて懺悔させるべきか、という事柄である。
「バルディッシュ、状況解析!」
『ブレイクインパルスによる破損に酷似。』
「ブレイクインパルス?」
意外な魔法を告げられて、一瞬思考が空回りする。使える人間は珍しくないが、実際に使われる事はあまりない類の魔法。あり得ないと分かりつつ、真っ先に長い付き合いの若い提督が思い浮かぶ。
「……っ! 戦闘反応!?」
『二時の方向、数は全部で六。』
アックスフォームと並ぶ新フォーム・ブレードフォームのバルディッシュを、御神流では背負いと呼ばれる、武器を隠す意図が強い形で背中に固定し、気配を感じた方向に一気に飛ぶ。障害物が多い地形を飛ぶスピードではないが、御神流免許皆伝を受けたフェイトにとって、これぐらいは飛び辛い地形に入らない。
戦闘反応を察知して三秒後、フェイトは新たな惨劇の現場に到着した。
「……さっきのラボも、あなたがやったんだ?」
「抵抗されたからな。」
おかしな仮面をつけたローブの男が、聞き覚えのある声で告げる。その背格好、髪の色と髪型、声、使うデバイス、全てが先ほど頭をよぎった人物と重なる。
「クロノ……? いや、違うか……。という事は……。」
「察したようだが、私はクロノ・ハラオウンではない。」
「うん、分かってる。気配の種類が違うし、クロノにこんな悪趣味な真似は出来ない。それにそもそも、今はミッドチルダをはさんで反対の距離にある場所で外交行事に出席中だから、こんなところでこんな真似をする時間的余裕はないし。」
そう言いながら、影から襲いかかろうとしていた刺青の男を、特殊素材のワイヤーで絡め取って無力化する。彼らが使う特殊能力「ゼロ・エフェクト」に反応して強度を上げる捕縛用のワイヤーだが、優喜がブレイブソウルのデータをもとに即席で作り上げたものであるため、せいぜい時間稼ぎにしか使えないであろう代物だ。
もっとも、この男を問い詰めるぐらいの時間なら、余裕で稼いでくれるだろう。
「それで、あなたは誰?」
「……そうだな。ハーヴェイとでも呼べ。」
心底どうでもよさそうに、フェイトの質問に答える。
「もう一つ、これは質問じゃなくて確認だけど……。」
「私の正体ぐらい、察しがついているだろう?」
「じゃあ、最後。何の意図があってこんな事を?」
「私の連れが、こういう悪趣味な研究を嫌っていてね。彼女にも時間が無いから、少々強硬手段に出させてもらった。」
仮面のおかげで表情は読めないが、嘘はついていないらしい。とはいえ、動機がどうであろうと、そして、この研究所の連中が極刑クラスの犯罪者であろうと、彼、もしくは彼らが行った行為は、明確に犯罪行為である。そもそも、局員の資格を持っているか、特別に許可を受けたもの以外は、犯罪捜査も逮捕も認められていない。法の番人である以上、フェイトは彼らの行いを見逃すわけにはいかない。
「理由がどうであれ、あなたの行為は犯罪だ。ハーヴェイ、あなたを逮捕します。」
「出来るものならな。」
フェイトの台詞が終わるか終らない彼のタイミングで、転移魔法を発動させるハーヴェイ。だが……
(なっ!?)
魔法陣が出るより速く、フェイトの刺突がハーヴェイの左肩をとらえる。呆然とする暇も与えず、頭を薙ぐように鞘ごとふるわれた左の小太刀を、勘に従って頭を下げることでぎりぎり回避し、キャンセルされかかった転移魔法を、強引に発動させる。
「……逃がしたか。」
一つため息をついて、本命を本格的に捕縛しにかかる。ゼロ・エフェクトを吸収する布を巻きつけ、エターナルコフィンと同種の封印術がこめられたビー玉を砕く。今日の潜入捜査に合わせて急ごしらえされたもので、封印術はともかく、それ以外の物はまだ、本格的な実用に耐える代物ではない。だがむしろ、たった二日で解析から始めた結果としては、上出来を通り越して異常ともいえる成果物である。
「とりあえず、向こうのラボのデータを回収して、警備員を任意同行で連れて帰れば終わりかな?」
『同意します。』
面倒な後始末にため息をつきながら、やるべき事を定める。三回に一回がこのタイミングか、などとたそがれるしかないフェイトであった。
「あれが、フェイト・テスタロッサか……。」
辛うじて逃げ切る事に成功したハーヴェイが、畏怖とも感心ともつかない感情をにじませながらつぶやく。
「オリジナルに遭遇したのか?」
「ああ。」
「どうだった?」
「残滓どもにこう言うしかないな。どうやったところで、正面からでは絶対に勝てない、と。」
ハーヴェイの言葉に、驚きの表情を向ける残りの二人。
「……そこまでか?」
「ああ。正直に言おう。正面からなら、ここに居る三人に残滓ども全員を合わせて挑んだところで、多分勝利する事は出来ないな。」
「……どんな化け物よ……?」
「二十メートルほどの距離を、転移魔法の発動より早く詰めてきた。相手は法に従っての通達を行い、こちらはかなりのフライングを行ったと言うのに、だ。」
「よく、逃げてこれたな。」
「運が良かっただけだ。戦闘を続けていれば、よくてあと三手で詰んでいただろう。」
その説明に、顔を引きつらせていた女がため息をつき、呆れたように言葉を継ぐ。
「一体、何をどうすればそんな化け物になるのやら……。」
「考えてみれば、あの高町なのはの相棒だ。驚くには値せんだろうな。」
「……それもそうね。」
「高町なのはは、十二やそこらであれだったからな……。」
かつて、まだ三脳が健在だった頃、加減した集束砲だけで巨大なクレーターを穿って見せた高町なのは。他にも広報六課には、その集束砲を正面から受け止めて見せたと言うフォルク・ウォーゲンなど、一般の基準で見れば化け物としか言いようがない戦力が集まっている。頭数が少ないと言う弱点はあるが、真っ向勝負でどうにかできる相手ではない。
「我らのオリジナルも、それぐらい強いのか?」
「そこは分からないが、予想より強い可能性はあるな。」
「それは楽しみだ。」
ハーヴェイの返答に、実に嬉しそうに答える男。正直なところ、なのはがクレーターを穿った例の事件、その映像資料から推測するに、彼らのオリジナルは全員、トータルの力量では当時のフェイトにも届いてはいないだろうが、それでも彼女が使った妙な技能を多少なりとも身につけているのであれば、予想以上に強いと考えておくにこしたことはない。
(全く、面倒な事だ。)
あまり歯ごたえが無い相手と戦っても、単なる弱い者いじめになって気分がよくないとはいえ、敵など弱いに越したことはない。目の前の二人と違って、これと言ってやりたいとこだわっている事もないハーヴェイは、脳裏に刻み込まれたフェイトの姿を振り払いながら、二日ほど前に保護した古代の遺産が眠っている培養ポットを見るともなしに眺めるのであった。
「なるほど、そんな事があったんだ。」
「うん。予想はしてたけど、予想外だったよ。」
「まあ、そうだろうね。」
潜入捜査の翌日。無事に次のコンサート会場までの移動も済み、予備で取っていた日程が丸一日浮いた。そのため、救助されてからずっと沈みがちだった少年・トーマと、そんな彼につきっきりで引きこもっていた美穂を連れ出すため、丸一日オフを取った。郊外に遊びに来ていた優喜達は、紫苑と子供たちが体を動かして遊んでいるのを眺めながら、フェイトの報告を聞いていた。竜司とフォルクは、別の場所で駄弁りながら見守っている。
盛り場を避けて郊外に出てきたのは、美穂がまだ人ごみに顔を出す覚悟までは決まっていなかった事と、トーマがにぎやかな場所を嫌がった事が理由である。流石に事件からまださほど経っていない。親子連れなどを目撃した日には、やりきれないにもほどがあるだろう。
「それで、新しい事は何か分かったの?」
「新装備については、もう少しやり合ってみないと、はっきりした事は分からない。感染周りは、過去のウィルスの例とかその類を無限書庫から引っ張り出して来てるから、活動の抑制についてはある程度あたりが付いた、とは言ってた。ただ、これも実際に感染して発症した、出来るだけ協力的な患者がいないと今以上の事は分からないらしい。」
潜入捜査で回収してきたデータについて、遠慮がちに質問してくるなのはに対し、少しばかり微妙な表情を張り付けて正直に答える優喜。
「そっか。」
「ねえ、優喜。」
「なに?」
「ハーヴェイや、その仲間が感染している可能性は?」
「無いとは言わないけど、多分感染しても発症はしないと思う。」
資料のサルベージにより、エクリプスという名前が判明した例のウィルス。その性質については大分はっきりしてきた。その結果、感染と発症について、大きな勘違いをしている事が発覚したのが昨日の事。まだ説明していなかったそれについて、とりあえず二人には説明しておく事にする優喜。
「例のウィルス、エクリプスって言うらしいんだけど、あれね。感染力自体は、意外と強かったみたいなんだ。」
「え?」
「しかも、既存のウィルス検査には非常に出にくいらしくて、発症してなかったらまず発見は出来ないって言ってた。」
「それ、大丈夫なの……?」
「キャリアになっても、特に危険はないよ。感染力は強いけど特定のトリガーを使わないと発症しないらしいし、適性が無くてトリガーを使わない状態だったら、すぐに体外に排除されるんだって。」
軍用である以上、そう簡単に発症するシステムにはなっていない、という当初の予測事態は間違っていなかったらしい。人為的な手段でトリガーを起動するシステムになっている、というのは、軍事的には理想的であろう。
「適性が無い状態で感染して、排除される前にそのトリガーを起動したらどうなるの?」
「一瞬でミンチらしい。もっとも、気脈操作である程度コントロールがきくのも分かったから、僕や竜司はそれほど問題ないと思う。なのは達はちょっと微妙なラインだから、君達の方がよっぽど注意が必要なぐらいだよ。」
「そっか……。」
「私達もちゃんと注意するから、優喜君も大丈夫とか言って油断しないでね。」
「分かってる。」
優喜の返事に頷くと、続きを促すなのはとフェイト。それを受けて、ある実験について黙ったまま、さらに分かった事を続ける。
「現状で厄介なのは、むしろ適性があって感染してる状態かもしれない。」
「えっ?」
「適性があると、何年たっても体外に排出されずに、発症しない状態でウィルスの数だけ増えるらいいんだ。」
「それってつまり……。」
「そう。知らずにトリガーと接触して、分からずに発症させる手順を踏んでしまえば、末路はあれだ。」
その説明に、顔が引きつるのを止められないなのはとフェイト。今までの説明では、現状キャリアかどうかを調べる手段はないと言う事だ。気をつけると言ったて、注意のしようが無い。
「トリガーについては、何か分かってるの?」
「大体は。ただ、いろいろなパターンがありすぎて、一口で説明するのは難しい。それに、まだフェイトが押収してきた資料を解析してる段階だから、分かってない事がものすごく多い。」
「……まあ、そうだよね。押収してきた資料、ものすごい量だったし……。」
「だから、とり急ぎ、感染周りを調べたのが、今説明した内容。初期症状とかそう言った部分は、もう少しかかりそうだよ。」
「母さんでも、そんなに?」
「プレシアさんは今、新兵器の立ち上げに手を割かれてるからね。すずかとリニスさんも頑張ってるけど、年季が違うし。」
ジュエルシードのコピー品を使った、地上部隊の底上げを目的とした新兵器。現状では感染をどうにかするよりも、発症者から身を守る方が、どうしても優先度が高い。そのため、エクリプス感染者をどうにかする研究は、どうしても遅れがちになる。
「それはそうと、あれは何をしてるのかな?」
「え?」
優喜が示した先には、トーマがどこかに行こうとして、美穂とキャロになだめられている様子が。道を竜司がふさいでいるため、そう簡単に突破する事は出来ないだろうが、それでもただならぬ雰囲気だ。
「どうしたの?」
「あ、フェイトさん……。」
「それが、トーマくんが……。」
困り果てた様子の美穂とキャロに、本格的に何かあったらしいと踏んで、トーマと目線を合わせて、詰問口調にならないように注意しながら話を聞きだす。
「トーマ、どうしたの?」
「誰かが助けを、助けを呼んでるんです!」
「えっ?」
「声が聞こえるんです!」
トーマの言葉に、周囲にサーチャーを飛ばしつつ気配を探るフェイト。だが、フェイトが結論を出す前に、優喜が割り込んでくる。
「声ってのは、女の子の、だよね?」
「はい!」
「やっぱりそうか……。」
優喜の言葉に、驚きの視線が集中する。
「優喜、どういうこと……?」
「怒られそうな真似をしたから、説明は後で。」
「えっ?」
「フェイト、確かこのあたりに、捜査予定の研究施設があったよね?」
優喜の台詞に戸惑いながら、ざっと地図を頭に浮かべて一つ頷く。郊外の一言でかたをつけたが、このあたりは最寄りの集落から、徒歩で優に一日以上の距離が離れている。行きはフリードを含めた高速飛行手段を使って飛んできているし、帰りはゲートを開けばタイムラグなしですぐに戻れるので気にしていなかったが、実はあまり表ざたにしたくない種類の研究施設を作るには、格好の立地条件だったりする。
なぜわざわざこんなところまでピクニックにきているのかというと、単純に空の旅をトーマに体験させて、少しでも気晴らしをさせてあげられればいいな、と考えたからである。
「令状は取ってる?」
「うん。」
「だったら、今から踏み込もう。」
「えっ?」
いきなりの提案に、ひどく戸惑った声を上げてしまう。白昼堂々、今現在人が多数いる研究所に踏み込むなど、流石に乱暴にすぎるのではないか?
「今踏み込めば、確実に現場を押さえられる。上手くいけば、少なくともこの件の裏で好き放題やってる連中のうち一つは根元から潰せるし、データが集まれば、それだけ被害を減らせる。」
「……分かった。強制捜査の令状を取るよ。」
「お願い。」
そこまで言われてしまっては、拒絶など出来るはずもない。レジアスに直接連絡を取り、強制捜査の令状を申請。司法当局も一連の事件を憂慮していたからか、連絡を取ってから五分という恐ろしい早さで令状が下りる。
「令状が取れた。」
「確かめたい事があるから、僕も行くよ。みんなは先に戻ってて。」
「了解。無茶はしないでね。」
「優君、昨日も無茶をしてるんだから、あれ以上は絶対駄目よ?」
優喜の言葉に従い、撤収準備を始める。その様子に、何か物言いたげなトーマを見て、彼に目線を合わせる優喜。
「気持ちは分かる。けど、連れて行く訳にはいかない。」
「どうして!?」
「はっきり言ってしまえば、足手まといだから。それなりの訓練を受けて、ある程度の戦闘能力があったなのは達だって、君と大差ない年の頃に出た初陣で、危うく死にかけたんだ。そう言う事を何もしていないトーマが付いてきても、助かった命を無駄に捨てる事になるだけ。」
はっきり言い切った優喜をきつい目で睨みつけ、だがなのは達を引き合いに出されては反論もできず、悔しさに拳を震わすことしかできない。
「悔しいなら、強くなりたいなら、いくらでも鍛えてあげる。だから、ここは我慢して。」
「……本当に?」
「ん。本当に。」
「本当に、鍛えてくれる? 強くなれる?」
「頑張れば、強くなれるよ。」
優喜の言葉に頷いたトーマは、はらはらしながら見守っていた美穂のもとに行くと、その手をぎゅっと握る。
「じゃあ、行ってくるよ。」
「そんなにかからないと思うから。」
「竜司、なのは、フォルク。後は任せたよ。」
そう言って戦闘モードに入った優喜達は、生き物とは思えない速度で飛び立った。
「その子は?」
「リリィ、だってさ。いろいろあって、今ちょっと声を出せないっぽい。」
「そっか。」
二時間後。優喜とフェイトが連れて帰ってきた、トーマと変わらぬ年の頃の女の子を囲み、手が空いている隊長陣は、いろいろと報告を聞くこととなった。保護した場所が場所だけに、検査ついでに話は時の庭園でしている。余程気になっていたのか、美穂とトーマも、無関係ではないからと押し切って、一緒に話に参加していた。
「じゃあ、全部説明してもらうよ、優喜君。」
「まずは、優喜とトーマだけリリィの声が聞こえた理由、からかな?」
なのはとフェイトの尋問に、苦笑しながら結論から告げる事にする優喜。
「その答えは簡単。僕とトーマが、エクリプスのキャリアだからだ。」
「「えっ?」」
「正確に言うと、僕は実験も兼ねて、気を通してコントロールできるようにしたエクリプスウィルスを、わざと自分の体に取り込んだんだよ。」
優喜が白状した内容に、瞬く間に目がつり上がるなのはとフェイト。正直、その迫力は海千山千のプレシアをして、思わず一歩引くほどであった。
「優喜君!」
「どうしてそう言う、致命的な方向で危ない事をするの!?」
「僕が一番適任だったら、だよ。竜司じゃ、この種の繊細なコントロールは出来ない。」
「うむ。単に排除するだけならともかく、生かさず殺さずコントロールするなどという真似は、さすがに俺では無理だからな。」
「でも!」
「安心していいよ。確認したい事が済んだから、とうにウィルスは排出してる。」
「それに、今回いろいろやったおかげで、優喜の分はワクチンを作れたからな。」
今にも噛みつきそうななのはとフェイトをなだめ、話を戻そうとする優喜。だが、まだ納得がいっていない二人は、そんな言葉には騙されない。
「紫苑さん!」
「優喜に何か言ってよ!」
「私は、昨日十分にお説教したから。」
二人に負けず劣らず怖い気配を纏いながら、それでも笑顔を浮かべる紫苑に、話を聞いていた美穂とトーマが思わずひく。普段穏やかで優しいだけに、その笑顔が非常に怖い。心臓が弱い人間だったら、発作でぽっくり逝きかねない。
「あ、あの。それで、確かめたい事、って……。」
「二つあってね。トーマがキャリアかどうかと、トリガーと接触した時にどういう反応を起こすか。」
「それで、何か分かったの?」
「多分皆は気がついてなかっただろうけど、トーマの目が、少しだけ変質してた。僕の中のウィルスも、声が聞こえた時に活性化してたよ。」
優喜の台詞に、顔つきが変わるプレシア。
「リリィがトリガーだ、というのは間違いないの?」
「うん。救助した時も、ずいぶんとウィルスが騒いでたからね。うっとうしいからあの時に体外へ排除したけど、『声』を聞くための波長は把握したから、一応リリィの声の聞き取りは出来るよ。」
「相変わらず、感覚周りは化け物を超えてるわね……。」
「それしか売りが無いからね。」
それしか売りが無い、という言葉に突っ込みを入れそうになる一同。竜司ですら、流石に感覚周りだけというのは異論があるらしいのが面白い。
「リリィ。本当に、優喜の体の中に、ウィルスはないの?」
「……。」
優喜の体の中から、すでに反応が消えている事を確認して、小さく頷くリリィ。
「トーマの方は、まだ体の中に?」
「……。」
フェイトの質問に、眉をひそめながら首をかしげる。反応を見るための行為を行えばはっきり分かるのだが、それをするとトーマを苦しめかねない。
「トーマ、少し痛いけど、我慢できる?」
「やらなきゃ駄目なこと?」
「駄目ではないけど、知っておいた方がいいかな、ぐらい。」
「じゃあ、我慢する。」
優喜の問いかけに、表情を引き締めて一つ頷く。話の内容はよく分からないが、どうやら非常に重要なことらしい。自分が単なる居候の無駄飯ぐらいで、それなのに彼らは邪険に扱うでもなくひどく気にかけてくれる。その事を幼いながらも理解していたトーマは、恩人たちのために実験台になる事を進んで受け入れた。すでに自身に直接かかわってきているらしい、という事を理解していたのも、決意を後押しした理由である。
「リリィ、お願い。」
「……。」
「反応を見る程度に、軽くでいいんだ。危なそうだったら、こっちでどうにかするよ。」
「……。」
「うん。当てはあるから。ごめんね、無理にやらせて。」
優喜の言葉に、小さく首を左右に振るリリィ。彼らは、先ほどまで居た研究所の人間とは違う。自分達を助けるために、何とかするために、やるべきことをやろうとしているのだ。ならば、自身に関わる研究による悲劇を少しでも減らすために、全面的に協力するべきだろう。
「(ごめんね。)」
いきなり聞こえてきた声に、思わずびくっとするトーマ。次の瞬間、片目の色が変化する。少し、という範囲では済まない程度の痛みが襲い、我慢しきれずにその場で膝をつく。
「トーマ!?」
「トーマくん、大丈夫!?」
予想よりはるかに大きな反応に思わず駆け寄るフェイトと、一緒に膝をつきながらとっさに支える美穂。
「これではっきりしたね。」
「だが、どうするつもりだ?」
「そこが問題。治療するにもこれから研究ってことになるし、何より現状、放っておいても取り立てて問題が出る訳じゃないんだよね。」
「でもね、優喜。リリィの行動の自由を考えるのであれば、早い段階で発症者の治療手段か、せめて病状の進行を押さえる手段は開発しないと、迂闊に外も出歩けないわよ?」
プレシアの言葉に一つ頷くと、確認事項をぶつける。
「プレシアさん、当ては?」
「発症段階から追跡すれば、二週間から一カ月あれば活性化率を押さえる手段は開発できると思うけど……。」
「そう言えば、リリィが迂闊に外も出歩けない理由は何だ?」
「いつトリガーとしての機能が暴発して、適性が無い、もしくはリリィと相性が悪い感染者を発症させて殺してしまうかが分からないのが問題なのよ。さっきの研究所の文献と、今までの資料とをもとに判断するんだったら、誰か一人を発症者にしてしまえば、リリィ自身のそういう機能はその相手だけに固定されるから、この問題自体は解決するんだけど……。」
それは、一人の自由のために、一人を生贄にするということである。そんな手段を取れるようなら、彼らは今、ここにはいないだろう。
「それで、そんな物騒なものを作ってた連中は、どんな言い訳をしているんだ?」
「感染者の治療のために、違法研究に手を出していた、だって。」
「俺の頭でも、無理のある言い分にしか聞こえんのは気のせいか?」
「うん。実際のところ、優喜がやったあれこれを見て、『我々が作ろうとしていたような化け物が、自然界に存在しているだと!?』なんてことを言ってたから、多分その言い逃れは通じないと思うよ。」
「録音してあるのか?」
「ばっちり。というか、どんな事をしようとしてたか、リアルタイムで司法に送信してたから。」
フェイトの言葉に、やれやれと言う感じで互いの顔を見るなのは達。流石に、そこまでやれば言い訳の余地もなく、元締めの一つであるこの企業は崩壊する事であろう。全ての社員が関係している訳ではないと言ったところで、致命的なレベルのイメージダウンは避けられない。
「となると、問題は、だ。」
「確実に、僕達にちょっかいをかけに来る連中がいる、って事だね。」
「今更証拠隠滅など不可能、という事は考えなかろうな。」
「多分ね。まあ、私達はそういう恨みは今まで腐るほど買ってきてるから、それ自体はいいとして……。」
「こっちの坊主たちも、確実に狙われるだろうな。」
優喜達の言葉の意味を知り、うつむいて唇をかむトーマとリリィ。助けてもらった上に厄介事を押し付ける結果になり、挙句の果てに居るだけで邪魔をすることになる。
「……二人とも、その顔は駄目……。」
トーマとリリィをぎゅっと抱きしめて、美穂が小さな声で窘める。その言葉にはっと顔を上げると、悲しそうな顔の美穂と目があってしまう。
「……トーマくんもリリィちゃんも、何も悪くない……。……だから、その顔は駄目……。」
「でも……。」
「……。」
美穂の言葉に、それでも顔を上げる事が出来ない二人。何か出来る事はないか、何かいい手段はないか。自分達の手で、何もかもを奪って行った連中に意趣返しするにはどうすればいい? そんな事を考え続けるうちに、ひらめくものが。
「俺達が、囮になれば……。」
「それは駄目。」
「どうして!」
「何人来るか分からないし、流れ弾で死ぬかもしれない程度には、二人の体は子供そのものなんだよ?」
「だけど、俺達が囮になって人のいない場所に行けば、少なくともここに居る人たちだけで!」
「まあ、言わんとしてる事は分かる。だけど、多分関係ないとも思う。」
ため息交じりに却下を繰り返す優喜と、彼を睨みつけながら一歩も引かないトーマ。その様子に呆れながら話を切り上げるため、プレシアが横から割って入る。
「とりあえず、話は一旦終わりにしましょう。トーマ、リリィ、検査をするから、ついてきてちょうだい。」
「……はい。」
「……。」
不承不承という感じでプレシアについて行く二人を見送り、面倒くさそうに今まで沈黙を保っていた己のデバイスに声をかける。
「ブレイブソウル。」
「何かな?」
「スケープドールを用意して。」
「あの少年たちにか?」
「子供ってのは、突飛な事をするもんだ。」
「違いない。」
呆れを含んだ声で返事をすると、亜空間収納から人形を三つ取り出すブレイブソウル。トーマとリリィ、そして美穂の髪の毛を人形にくくりつけ、手早く術を起動させながら、傍らで母性愛あふれる心配そうな表情で二人が立ち去った方向を見つめている美穂に声をかける。
「美穂、どうせ君も余計な事を考えてるだろうから、渡せるだけ渡しておくよ。」
「えっ?」
「これだけあれば、仮に連中の二、三人に襲われても、一分やそこらは時間が稼げるはず。本当はこんな事を頼みたくはないけど、あの子たちが無茶をやらかしたら、僕達が行くまで何が何でも時間を稼いで。」
「……うん……!」
大量のビー玉が入った袋といくつかのアクセサリ、そして簡易デバイスとペーパーナイフのようなものを渡された美穂は、決意のこもった目で優喜と竜司を見つめ、一つ頷く。エクリプスウィルスを巡る面倒事は、そろそろ終わりに近づいていくのであった。
「ごめん、リリィ。」
「(気にしないで。)」
翌日。時の庭園から首尾よく抜け出したトーマとリリィは、なのは達がリハーサルを行っている町はずれの特設会場近くまで来ていた。一晩経って却って気持ちが高ぶってしまったこともあり、自分達がどれほど無謀で効率の悪い真似をしているかに気がつかず、無鉄砲に飛び出してしまったのだ。
「……あれだけ言われたのに……。」
「「!!」」
茂みに隠れてこそこそ動いていたら、後ろから聞き慣れた声で話しかけられる。恐る恐る振り向くと、綺麗な空色の髪をなびかせた、不思議な印象の綺麗な少女が。
「ど、どうしてここに?」
「……優喜さん達が、どうせこうなるだろうって……。」
「……?」
「……無理を言って、最悪の時の備えをいろいろ貸してもらう形で許可をもらったの……。」
美穂の言葉に、じゃあどうして自分達は駄目なのか、という不満が思わず顔に出る二人。それを見た美穂が、ため息交じりに答えを返す。
「……そもそも、いざという時に助けを呼ぶための連絡手段も用意してない、身を守る手段の段取りもしない子供に、許可を出せるわけがないよ……。」
「……ごめんなさい……。」
「……。」
「……会場に戻ろう……。」
二人の無茶にとことんまで付き合う覚悟はしている美穂だが、どこが安全かと言って、なのは達のそば以上の安全圏など存在しない事ぐらいは、嫌というほど理解している。美穂を巻き込む形になって頭が冷えたらしく、実に素直に従う二人。最初から怒られるのは覚悟の上だが、こんな風に要らぬ迷惑を重ねてしまうのは痛い。
「へえ、戻れると思ってたんだ。」
「てか、頭の悪いチビどもだな。」
マーフィーの法則、というものがある。世の中、最悪の事態は最悪のタイミングで訪れ、最悪の結果というのは必ず想定を超える、というものだ。見ると、もう二組がリハーサル会場に襲撃をかけている。うち一人がディバインバスターに撃ち抜かれ、魔力を分断するはずのゼロ・エフェクトを無効化されて、あっさり撃ち落とされていた。流石にその様子を見た目の前の二人も、顔色を変えて何やら話しあっている。
「流石はイロモノの総大将、か。」
「単純魔力砲で魔法に対する絶対防御を抜いてくるとか、本当に魔導師、いや人間か?」
「……なのはさんも、あなた達に言われたくはないと思う……。」
逃げられる隙が見つからない以上、やるべき事は時間稼ぎだ。そう腹をくくった美穂が、注意をひきつけるために余計な突っ込みを入れる。どうせ、最初からこの町の人間も含めて皆殺しにする予定に違いない以上、二人を見捨てたところで末路は変わらない。
「違いない。」
「見かけによらず言うねえ、お嬢ちゃん。」
恐怖に震えながらも、殺害対象の子供をかばって毅然とした態度を取る少女に、凶悪な顔でにやりと笑って見せる男。なぶり殺す趣味は持っていないが、少しぐらいチャンスを与えるのもいいだろう。そう考えて、得物を使った広範囲攻撃ではなく、あえて近接戦闘を挑んでみせる。
その驕りに付け込み、美穂は己の取りうる手段を全力で振るう。無造作につかみかかってきた相手の腕を取り、生身の小娘がやったとは思えないほど派手に投げ飛ばす。おかしなスピンがかかった飛ばされ方をした男Aは、そのまま錐揉みを続けながら男Bに衝突する。相手の力を利用する、合気道に近い技能だ。
ここで背中を向けて逃げるのは愚か者のする事。かといって距離を詰めても、自分からどうにかできる種類の攻撃手段は持っていない。気功による増幅強化なしですら、大魔導師プレシアを凌駕するほどの出力・容量・展開速度・並列処理能力を示すリンカーコアを持っているとはいえ、一切訓練を積んでいない身の上では、そもそもどうやれば魔法が発動するか自体分からない。
ならば取りうる手段は、保護対象である子供達をかばいながら、出来るだけ相手を正面にとらえたまま距離をあける事である。逃げるのが目的ではない。援軍と合流する時間を短くするためだ。
「流石に今のは度肝を抜かれたな。」
「魔力もなにも無しで、あんな派手な投げ技が使えるとは、奥が深いねえ。」
「……褒めてもらっても、なにも出せない……。」
ペーパーナイフを取り出しながら、出来るだけとぼけて聞こえるようにと、軽い口調で余計な事を言ってのける。
「中々の度胸だ、と言いたいところだが……。」
「そんなにがたがた震えて、蚊の鳴くような声で強がっても様にならねえぜ。」
「……対人恐怖症は、今に始まった事じゃない……。」
事実を伝えながらも、少しずつ少しずつ距離を稼ぐ。
「頑張ってる嬢ちゃんに敬意を表して、もう少しだけ付き合ってやるよ。」
「援軍が来るまで、せいぜいがんばりな。」
先ほど投げ飛ばされた男Aが再び前に出る。男が右手のおかしなデザインの剣を振るうと、ビー玉がいくつか割れる音とともに、激しい痛みが美穂を襲う。持たされた使い捨ての特殊防御のおかげで、とりあえずスケープドールにはダメージが入っていないらしい。それを確認した美穂が、ペーパーナイフを構えなおして相手の攻撃を睨む。
避けてはいけない。避ければトーマ達に当たる。相手の感じから言って、二人を射線上から外したところで、彼らを狙うような真似は多分しないだろうが、リスクは避けるに越したことはない。
二発目の斬撃。辛うじてペーパーナイフで切り裂く。振り下ろす速度は速いが、その挙動は素人のそれだ。美穂とて、伊達に竜司の朝練に付き合ってきた訳ではないのだ。集中すれば、対応できないほどではない。じわじわとリハーサル会場まで引きながら、必死になって斬撃を迎撃する。
「一般人に、予想以上に粘られたな。」
「丁度いいタイミングだし、まとめて一気に屠るか。」
時間にして三十秒ほど。彼らと遭遇してからのカウントなら一分程度。永遠とも思えるほど長いその時間は、彼らのそんな言葉で唐突に終わりを告げた。男達の宣言に、思わず息をのむトーマとリリィ。このままでは、美穂が殺されてしまう。自分達が死ぬのは自業自得だが、本来隠れていれば無事で済むはずだった美穂には、何の責任もない。たった数日だが、実の家族のように接してくれ、命がけで自分達を守ってくれる彼女に対し、何もできない悔しさがトーマの心を貫く。
「(トーマ!)」
「リリィ……!」
トーマの怒りが、悔しさが、リリィの心の中に流れ込む。この時ばかりは、今まで忌避してきた自身の力、それが使えるようになりたいと切実に思う。
「リリィ! 君はなんとかってウィルスを活性化できるんだよね!?」
「(……! それは駄目!)」
「失敗すればミンチになるのは知ってる! でも、このまま、またあいつらにいいようにされるのは嫌なんだ!」
「(……でも!)」
それでも尻ごみするリリィを強引に抱きしめ、言葉と念話両方で気持ちをぶつける。その間に、持っていたペーパーナイフを投げつけ、発動した一発目の広域破壊攻撃を潰す。それを見た男たちが、直射型の貫通砲撃のチャージに入る。
「リリィ! 俺にチャンスをくれ!」
トーマの肌のぬくもりと真摯な言葉、そして発症が始まった事を示すその片目を見て腹を決める。リアクト反応と呼ばれるそれが出ている以上、今までの適合者よりははるかに成功率が高いはずだ。
「(トーマ、我慢してね!)」
「なんでも来いだ!」
『契約(エンゲージ)!』
リリィが己の力を解放した瞬間、二人は文字通り一つとなった。
「美穂さん、伏せて!」
トーマの言葉に、とっさにその場に伏せる美穂。その背中の上を何やら恐ろしいエネルギーが飛んで行き、男の片割れを飲み込んだ。
「ちっ、エンゲージしやがったか!」
首から下の右半分を消し飛ばされながら、思わず悪態をつく男A。頭が残っているからか、すでに再生が始まっている。
「だが、今ならまだ仕留められる!」
チャージした砲撃をトーマに向け、トリガーを引く男B。発射されるかされないかの刹那、立ち上がった美穂が両腕を広げ、トーマの前に立ちはだかる。予想外に頑張りすぎた美穂の対応に、泣きそうな顔になりながら悲鳴を上げるトーマ。光が彼女を飲み込むと思われたその瞬間……。
「アート! オブ! ディフェンス!!」
伝説の金属より硬い盾が、彼女達の前に割り込んできた。
「……フォルク、さん……?」
「悪い、遅くなった。」
衝撃が収まった後、そこには盾の代名詞たる教会騎士が、その威容で男達を威圧しながら立っていた。
「本当なら、優喜達がこっちに来る予定だったんだが、別口の集団に足止めを食らってね。情けない話、俺だと完全に止め切れない可能性が高かったから、向こうを任せてこっちに来た。」
力が抜けてその場に膝をつく美穂から視線を外し、再び襲撃者を睨みつける。
「いろいろ警戒して切り札を切ったけど、どうやら必要なかったみたいだな。」
「ちっ。引きあげるぞ!」
「逃がすと思ったか?」
盾を円盤のように振り回し、何事もなかったかのように一撃でノックアウトするフォルク。流れるような動作で使い捨ての凍結封印具を発動。背後では、フェイトに三枚に下ろされた後竜司の手によって粉砕された戦艦の乗組員たちを、優喜が片っ端から無力化、捕縛している。
「そっちも終わったようだな。」
「ああ。美穂が世話になった。」
「いや。結局俺は一発防いだだけだからな。それにしてもトーマ、そのイカした格好はなんだ?」
「えっ?」
必死すぎて、自分の姿までは気が回らなかったトーマ。腰が抜けたままの美穂が、ポケットからコンパクトを取りだして鏡を見せたことで、ようやく自分がどんな格好になっているのかを知る。
「わ! 何これ!?」
「発症した結果、ってやつだろうね。資料通りだとすれば、リリィがユニゾンデバイスのような役割をしてるはず。」
「これじゃあ、どう見ても連中と同じだよね……。」
「末路まで同じになってもらっては困る。時の庭園に戻るぞ。」
「う、うん……。」
「事後処理はこっちでやっておく。」
強引にトーマを抱えあげる竜司と、いまだに足がいう事を聞かない美穂を背負う優喜。
「美穂、頑張ったね。」
「……私、ちゃんと出来てたかな……?」
「生き残れたんだ。誰にも文句は言わせないよ。」
優喜の言葉に安心し、最後の気力とともに意識を手放す美穂。この後、美穂はトーマとリリィ両方に必要以上に懐かれ、ある種のありがたくない三角関係に巻き込まれるのだが、それは後の話である。
あとがき
かなり強引にForceの決着をつけることになってしまいました。資料チェックとしてコミックを確認すると、トーマの年齢がどう計算しても合わないという事実が発覚。とりあえず年号を合わせる事にして、原作よりトーマを一歳若くする事にしました。
竜司と優喜に制圧された別の集団が何かは、御想像にお任せします。原作が完結していないので、トーマとリリィ以外のForce組および関連イベントはこれ以降発生しません。しいて言うなら、裏でこっそりエクリプスの制御方法やら感染治療法やらに目途がつき、急速に事件が収束していくと言う設定があるぐらいです。
あとアイシスファンの皆様ごめんなさい。どう頑張っても、彼女を割り込ませるスペースがありませんでした。後、役割分担と時期の問題で、スバルの仕事のほとんどを美穂が持って行く形になりましたが、一応今後トーマはスバルに、スゥちゃんスゥちゃん言ってなつく予定なので、大目に見てやってください。