「あれ? ブレイブソウル?」
「はやてか。わざわざ時の庭園に出向いてくるとは珍しいが、どうした?」
「どうしたって、シュベルトクロイツの調整やけど?」
「シャーリーでは無理なのか?」
「夜天の書が噛むデリケートな部分の調整やから、念のために安全を考えてこっちで、ってシャーリー自身が言うとったからなあ。」
はやての言葉に納得する。流石に、いかにシャーリーが年から見れば凄腕でも、ロストロギアを扱うにはまだまだ足りないのであろう。
「そっちこそ、ここでアウトフレーム展開してるとか、ものすごい珍しいやん。」
「追加機能のちょっとしたチェックだ。本来なら友にやらせるのが一番なのだが、あれは今、別件で手がふさがっていてな。セットアップせねば分からない部分もあるから、私が代りにやっているのだ。」
「ふーん、なるほどなあ。具体的にはどんな機能?」
「主に、例のウィルスに対する対策だな。夜天の書からサルベージしたデータをもとに、すぐに再現できる範囲でいろいろ対策を取った。本来なら、全てのデバイスに並行展開するべきなのだろうが、そこまでの時間もないし、まだテスト段階だからな。元々あの手のウィルス類に強い我が友が、とりあえずの実験台になるのが一番だろう。」
「……それを、ようプレシアさんとかすずかちゃんとかが飲んだなあ。」
「結局は、友も前線に出るからな。ならば、実験台とはいえ、何の対策もしないよりはましだろう。」
ブレイブソウルの身も蓋もない意見に、苦笑せざるを得ないはやて。実際のところ、例の相手と直接戦う可能性がある人間の中では、感染のリスクは近接戦以外ほとんどできず、基本的に普通に生身の人間である優喜が一番高い。詳細が分かっていない例の連中相手に、新人たちを戦闘に参加させるにはリスクが高すぎる以上、彼にしわ寄せがいくのはしょうがない。
もっとも、いわゆる細菌兵器の類とは違うため、そう簡単に感染するように出来ていないのは、書からサルベージしたデータの時点で分かっている。強化人間を作るというコンセプトを考えれば、血液感染程度のレベルで感染するようでは使い物にならない。特定の手段なら確実に感染し、それ以外の感染経路では絶対感染、発症しない、という形にしなければ、戦場で敵味方関係なく、際限なく超人兵士が生まれてしまう。相手も強化してしまうような兵器は欠陥品だ。
「ん?」
「電話か?」
「あ、アリサちゃんからや。」
「デバイスで通信すればよかろうに、わざわざ携帯を使うのか。」
「大学におったら、そうもいかへんやん。」
はやての反論に苦笑しながら納得し、携帯電話の操作をなんとなく観察する。はやての携帯電話は、日本で急速に普及率が高くなったスマートフォンではなく、そろそろ五年ぐらいは使っている旧型の折り畳み式だ。その操作を見ているうちに、ふと余計なことを思いついたブレイブソウルは、相手がはやてだという気安さも手伝って、電話が終わったタイミングでその余計な事を口にする。
「どうでもいい事を考えたのだが。」
「どうでもええんやったら、口にせんでもええんちゃう?」
「まあ、聞け。仮に、携帯電話の外見・サイズが人間と同じだったとする。」
「でかい携帯電話やな。」
「その場合、起動するときと電源を切る時の操作は、左の乳首を長押しする事になるのか?」
間違っても女性型のデバイスが考えるようなことではない台詞を、真顔で大真面目に口にするブレイブソウル。その斜め上の言動に、思わず真剣に考えるはやて。
「そもそも、電話を取る・切るのボタンを乳首にあてはめた理由は何?」
「決まっているだろう。配置的に、他の位置に来る理由が無い。」
「……まあ、そうやな。」
「で、どう思う?」
「……深い命題や。」
おっぱい星人のはやてとしては、真面目に考えるに足る命題である。言うまでもなく、自分が年頃の女性であり、自身の見た目が平均よりかなり上、程度には魅力的であるという意識はそこにはない。
「とりあえず、公衆の面前で電話を取るのが非常に難しくなる構造なんは、間違いあらへんな。」
「ああ。それに、メールの内容を口頭で読み上げられると言う羞恥プレイにも耐える必要がありそうだ。」
「携帯電話って、サービスの内容とか通信方式とかが、結構頻繁にころころ変わるんやけど、擬人化してしもたらそこら辺はどうなるんやろな?」
「それは興味深い疑問だ。大体どれぐらいの周期で変わる?」
「サービスとか料金形態は、毎年のように新しいのになってるで。通信方式は、大体五年ごとぐらい?」
はやての説明に、ふむ、と一つ唸る。
「となると、十年もたてば、通信方式の問題で、携帯電話としては役に立たなくなる可能性が高い訳か。」
「そうやね。まあ、それ以前に、新型の携帯電話にしか対応してないサービスとか出てくるし、電子機器の性能向上は早いから、五年もすれば対応できへんサービスが結構出てくるやろうな。」
「何とも世知辛い話だ。」
「ほんまやで。パソコンとちごて、携帯電話はがっつり基盤になってるから、そう簡単に延命もできへんやろうしな。」
「まあ、人の姿になった時点で、生き物の性質で、自己進化する可能性は否定できないが、な。」
ブレイブソウルの言葉に、現実に存在する訳ではない人型の携帯電話に対して、そうであってくれればいいななどと割と真剣に考えるはやて。ブレイブソウルを筆頭に、単なる道具と割り切れない物が周りに結構存在することもあり、意外とそう言う面では夢見がちなところがある。
「しかし、毎月使用料がかかる彼女か~。」
「彼女限定なのか? そもそも、人型として作るのであれば、性別を感じさせない構造にしそうだが?」
「まあ確かに、女の子型は公衆道徳の問題でアウトやろうけど、最初からそういう構造で作ってるんやったらともかく、付喪神的に人の姿を取る、っちゅうんやったら大概女の子やろうな。」
「そういうものか?」
「そういうもんやね。昔話でも、物に命が宿る場合、明確に性別が分かるパターンって、女の子の場合が多いし。」
はやての言葉に納得し、さらに爆弾を落とす。
「そうだとすると、ベッドの上で男女の営みを行っている時に、勢い余って左の乳首を長押ししてしまうと、行為の真っ最中に電源が落ちると言うことか。」
「そもそも、携帯電話とそういうことするのってどうなんやろう、とは思うけど?」
「私の経験から言わせてもらえば、だ。相手が生き物だろうがそうでなかろうが、人の姿と心を持っている相手と恋愛感情を持ってしまえば、いつまでも肉体関係を持たずにプラトニックのままで、というのは簡単な話ではない。私の歴代の友のうち、最後まで肉体関係を持たずに果てた相手は半分ぐらいだったからな。特に外見がフェイトやすずかのレベルだったら、落ちん男はそうはいない。」
「そのレベルの巨乳美人やったら、正直私でも電源スイッチ長押ししてみたいわ。」
「何の話をしてるのよ……。」
まるで男子中高生のような頭の悪い会話に、思わず呆れて突っ込んでしまうプレシア。
「聞いての通り、携帯電話の話題や。」
「そもそも持ち歩けない時点で、携帯電話としてどうなの?」
「そこはそれ、常に一緒に寄り添って移動してくれれば。」
「場所を取るじゃない……。」
そもそも人型だと、普通の携帯電話以上に持って入れない場所が多すぎる。
「それに、携帯電話が別行動とか、普通に仕事を放棄してるんじゃない?」
「あかんか、残念や。」
「根本的な仕様に問題がありすぎるわ。」
「でも、可愛い女の子型の携帯電話に、あなたに携帯してほしい、とか、あなた以外に携帯される気はない、とか言われたら、物凄くぐっとけえへん?」
「はやて、一度脳の検査をしてもいいかしら?」
「冗談を真に受けんといてほしいんやけど……。」
はやての言葉に、呆れてため息をつくプレシア。今までの会話の流れが流れだけに、どこまで本気なのかが分からなかったのだ。
「とりあえず、メンテナンスの話をしていいかしら?」
「どうぞ。」
「所詮単なる戯言だ。気にせずに連絡事項を頼む。」
「はいはい。」
いろいろ面倒になって、とっとと気分を切り替えるプレシア。
「まず、シュベルトクロイツの方は、特に問題なく終わったわ。今回は単なる定期メンテナンスだし、レイジングハートやバルディッシュと違って、特に酷使している訳でもないしね。」
「お手数をおかけします。」
「これが仕事だから、気にしないの。それで、ブレイブソウル。新機能に不具合は?」
「現状では特にないな。後は友が実際に使ってみない事には、私の口からは何とも言えん。」
「でしょうね。正直なところ、これ以上の対策はサンプルが無いと厳しいわね。」
プレシアの言葉に頷く二人。
「書の情報をもとに、自力でサンプルを培養すると言うのは?」
「出来なくはないけど、時間が足りないわ。それに、正常に、というとおかしいけど、予定通りの動作をするかどうかを検証できない、という問題もある。」
「そうやね。予定通りの性質を発揮したら、それこそ手が後ろに回る訳やし。」
「治療や予防の研究のために患者を作る、なんて、本末転倒もいいところよ。」
「ならば、ツアーの間に襲撃者を撃退して、腕の一本でも回収してこればいい訳だな?」
「腕、まではいらないわ。髪の毛で十分よ。」
プレシアの言葉に一つ頷くブレイブソウル。
「それで、もう一つの機能の方は?」
「それこそ、友に実際に使ってもらわねば、何とも言えない。上手くいけば、切れる札が大幅に増えるのだが……。」
「はっきり言って、相当無茶をやっているってことは自覚しておきなさい。下手をすれば、あなたが自壊する可能性もあるのよ?」
「それならそれで構わないさ。私も大概長く生きすぎているし、後何百年かは、本来の役割も必要なさそうだ。それに、魔女殿かすずかなら、私と同等のコピー品を作るのも大して難しくはないだろう?」
「出来なくはないけど、余計な仕事を増やしてほしくないから却下、ね。」
その言葉にふっと笑うと、一つ手を上げて転送装置の方へ向かう。
「どこ行くん?」
「友の手伝いをしてくるよ。用事も終わった事だし、いつまでも魔女殿の邪魔をするのもよろしくない。」
「せやな。私も仕事に戻るわ。」
ブレイブソウルに便乗して、はやても時の庭園を出ていく事にする。
「二人とも、今回の件ではくれぐれも無茶はしない事。いいわね?」
「これでも、自分の限界ぐらいはわかっとるつもりやで。」
「道具は、使われる事が本懐だ。」
二人の対照的な発言に、小さくため息をつくプレシア。普段の言動からは分かり辛いが、ブレイブソウルは地味に、自分がデバイスとしては役に立っていない事を気にしている。それゆえ優喜のあれこれについてひそかにデータを集め、裏でこそこそいろいろ研究しては、こっそりプレシアに自身のバージョンアップをさせている。そのデータが、竜岡式で鍛えられた他の六課の魔導師達に対して物凄く役に立ってはいるのだが、肝心の持ち主に対する貢献は、どこまで行っても基本的には工具兼店番以上の物ではない。
部屋を出ていく二人を見送った後、もう一度ため息をつき、面倒事を投げ捨てるようにつぶやく。
「まあ、それなりにわきまえているでしょう。」
人格や記憶が連続している存在としては、関係者の中では一番年上だ。優喜と違って、必要以上の無茶はしないだろう。とりあえずそう割り切って、自身の仕事に戻るプレシアであった。
「あれ? 美穂ちゃん?」
「……キャロちゃん?」
「何でここに?」
「……捕まったの……。」
ツアー初日。開場前のリハーサルに顔を出したキャロは、控室で顔見知りのスタイリストさんに散髪されている美穂に、目を丸くしながら状況を確認する。
「綺麗な女の子が、こんな伸びるに任せて放置してるような髪型のままで居るのは、私たちに対する挑戦だと判断しました!」
「あ、あははは……。」
いつになく情熱的なスタイリストさんに、思わず乾いた笑いを上げて引くキャロ。無邪気でパワフルな彼女といえど、思わず引いてしまう事はあるのだ。
「本当にもったいないんですよ! 明らかにちゃんと手入れしてないのに、こんなに艶のある手触りのいい髪をしてるなんて……。」
手際よく髪形を整えながら、女として見過ごせない部分について文句を言う。ある意味年齢以上に女であったために引きこもりになった美穂と違い、実年齢よりも子供っぽいキャロにはそこら辺は理解できない。
「……手入れするのにも、お金がかかるから……。」
「女の子の美容関係は、必要経費です!」
「……そう言うのは、家族みんなが食うに困らなくなってから……。」
「だよね。服とか髪は少々傷んでても死にはしないけど、食べなきゃ生きて行けないもんね。」
そう相槌をうって、そこで違和感に気がつく。美穂が返事をしている事に対してではない。それも驚きだが、多分、こういう押しの強いタイプに無言を貫けるほど、美穂は心臓が強くない。というか、押しの強い人間にここまで連れてこられるぐらいだからこそ、引きこもりになったのだ。なので、違和感の正体は多分、そこではない。
「そんなに、おうちの財政状況は逼迫してたんですか?」
「……ずっと、お腹いっぱい食べるのを我慢してもらってきた……。」
「竜司さん、痩せてるもんね……。」
「……この部隊だと食事はタダだから、少し嬉しい……。」
「いくら食べても怒られないのって、いいよね。」
と、そこまで話をして、ようやく違和感の正体に気がつくキャロ。
「ねえ、美穂ちゃん。」
「……ん……?」
「ミッドチルダ語、いつの間に覚えたの?」
「……先週はずっと暇だったから、毎日、一日中言葉の練習をしてた……。」
「一週間で覚えられるんだ、すごい。」
キャロが日本語を覚えた時は、一週間どころか一年でも片言でしか話せず、必要な時は通訳魔法でごまかしたものだ。なんだかんだ言って、それでも二年で小学校程度の読み書き会話は出来るようになったが、相当苦労した記憶はある。
「……まだ、日常会話が、出来るだけ……。」
「それでもすごいよ。」
「……それに、読み書きも、絵本とお店のメニューが読める程度……。」
「ミッドチルダ語の識字率はそれほど高くありませんから、その程度でも平均よりは上ですよ。」
複数の世界から人間がやってくる都合上、ミッドチルダ語は使用人口がとても多い。管理世界の人間だけでなく、管理外世界から飛ばされてきて、帰る手段が無くてそのまま移住するケースもあるのだから、使用人口が増えるのは当然である。
が、残念ながら、そう言った移住者みんながみんな、ちゃんと読み書きをおぼえている訳ではない。特に二十代を折り返してから後ろとなると、新しい言葉を覚えるのはそう簡単なことではない。それに、辺境の貧しい地域となると、学校も碌にない事も珍しくなく、尊重ぐらいしか読み書きができないと言うこともざらだ。結果として、生活に必須である、数字とメニューを読み書きできる程度しか文字や単語を覚えない、もしくはそれ未満のレベルの人間が大多数を占める事になるのだ。
「それにしても、美穂さんはキャロさん相手には、意外とよくしゃべるんですね。」
「……お友達、のつもり、だから……。」
「ちゃんと、お友達認定してくれてたんだ……。」
この一週間、多忙な優喜達の代わりに、比較的手が空いている事が多いリインフォースやフィーと組んで、暇を見つけては引きこもりがちの美穂を引っ張り出し、出来るだけ知らない人がいない場所に連れ出した甲斐があったというものだ。少々強引に連れ出す事が多かったため、どう思われているのかをリインフォースなどはひどく心配していたが、少なくとも失敗はしていなかったらしい。
事実、優喜達を除けば、美穂がまともに会話を出来るのは、初日に相手をしてくれた三人だけだ。まだまだ大きな声を出せるほどではないが、少なくともそれほど身構えずに接しているのは、傍目に見てもよく分かる。今も、キャロの顔を見たとたんにわずかに顔がほころび、それまでガチガチだったからだから余計な力が抜けたのだから、十分に気を許していると言っていいだろう。むしろ、なのはやフェイトのような、今後の付き合いで避けては通れない相手よりも仲がいい。
「それで、美穂ちゃんは何で捕まっちゃったの?」
「……飲み物を、買おうと思って……。」
美穂は、優喜から結構な金額の小遣いをもらっている。ルームサービスや対面販売はハードルが高くても、自販機なら問題が無いからだ。流石に野外には自販機の類はほとんどないが、ホテル内部には飲み物や軽食の物が多少はあるのだ。本人は恐縮していたが、どうせ現状では使い道が少ないミッドチルダのお金、この程度でも使ってくれた方が優喜達にとってはありがたい。
日本よりはるかに治安が悪いといえど、管理局員、それも精鋭部隊が寝泊まりしているホテルにわざわざ襲撃をかける物好きはそういない。それに、治安が悪いと言っても、普通に大通りを歩けないほどでもない。なので、ホテルの内部に限り、単独で自由に動いていい事にしている。が、今回は美穂にとってはそれが裏目に出て、そろそろスタッフルームに詰めに行こうとしていたスタイリストさんに見つかり、強制連行されてしまったのである。
「そっか。でも、綺麗になったよ。」
「それが私の仕事ですから。じゃあ、ちょうどいいので、次はキャロさんをやってしまいましょうか。」
「あ、お願いしま~す。」
ざっと足元を掃除して、キャロにクロスをつける。前髪を切って、ちょっと毛先を整えただけなので、それほどの量の髪の毛は落ちていない。
「……そう言えば、優喜さんは……?」
「さっき、緊急出動で出て行ったよ。私達はお留守番。」
「……そっか……。」
緊急出動という物々しい単語に、かなり大きな不安を感じる。
(無事だと、いいけど……。)
大丈夫だと思いつつも、どうしても心配してしまう。結局美穂は、不安を抱えたままリインフォースと一緒に昼を食べる事になるのであった。
「後手に回るのが治安維持組織の宿命とはいえ、これはきついものがあるね……。」
「起こってしまった事はしょうがあるまい。まずは生存者を救助するぞ。」
「そうだね。なのはもフェイトも落ち込んでないで、ね。」
「……うん……。」
「……分かってる……。」
壊滅した集落を見ながら、険しい顔でやるべき事を決める。緊急支援要請を受けて押っ取り刀で駆け付けた時には、すでに犯行がほぼ終わりかけていた。いかに管理局最速のフェイトといえども、日本列島を三回縦断するより長い距離を移動となると、早く到着するにも限界はある。要請を受けてから到着までに三分という、驚異的を通り越して狂っていると言われても反論できない速度で現場に到着したものの、すでに管理局の守備隊は全滅しており、鉱山は完全に崩落、集落も七割は破壊されていた。転送魔法で移動したとしても、転送そのもののタイムラグや座標ずれの事を考えると、これ以上早く到着する事は厳しかっただろうから、あの時点で移動にかかった時間としては、これが最速である。
どうにか住民の全滅だけは防いだものの、管理局地方守備隊の部隊三つが全滅、そのうち二つが全員殉職し、その上犯人は拘束した瞬間に自壊、いくつかのサンプル以外には何一つ得るものが無かったという、完全な敗北で終わってしまった。瀕死の重傷ながらかろうじて生き延びた守備隊の隊員によると、緊急支援要請をした時点ですでに集落の三割は壊滅していたそうで、たまたま現場に居合わせたのでなければこの結果は防げなかっただろう。むしろ、これまでの襲撃と違い、多少でも生存者がいるだけ上出来だと言っていい。
が、それが慰めになるほど、なのはもフェイトも割り切れない。最初に到着して交戦したフェイトや丁度いいタイミングで合流し、二人組の片側を完全に制圧しきった竜司、、相手を無力化する決定打を放った優喜はまだ仕事をしただけましな方で、速度の問題で到着した時には全て終わっていたなのはなどは、何もできなかった悔しさで、いつになく口数が少ない。
「二人はとりあえず、まずは治療結界を張ってシャマルに連絡。それが終わったら合流して。僕達は危険そうなところから順番に助けてくる。」
「うん。」
「分かった。」
「他の人も、動ける人は手伝って!」
優喜の呼びかけに、辛うじてかすり傷程度だった人間が立ちあがる。そのまま、迷いもせずに瓦礫の山に向かう彼の後に付き従い、生身で持てる範囲のガラクタをかき分け、まだぎりぎり死んでいない人間を治療結界に運び込む。時折、冷たくなった亡骸を見て泣き崩れる人が出てくるが、優喜も竜司もその時間も惜しいとばかりに黙々と瓦礫を撤去し、生存者を引っ張り出す。
要救助者を半分ほど救助したあたりで、現地から三番目に近い場所に居た部隊が到着。優喜の指示に従って救助活動を開始する。むせかえるほどの血の臭いの中、それでも少なくない数の負傷者を助け出し、次々に治療を施す。最終的にさらに二つの部隊が到着した事により、救助そのものは一時間強で完了した。
「……優喜、その子は?」
「鉱山の瓦礫に、半分埋まりかけてた。見た感じ外傷はないけど、いろいろと余計なものを見せられたらしい。」
「子供は、この坊主以外の生き残りはいないな。」
「さっき生き残った人に確認したけど、この子の身内はいないみたい。」
「そっか……。」
竜司と優喜の言葉に、小さくうつむくフェイト。彼のような子供を出さないために執務官になったと言うのに、現実は何もできていない。
「テスタロッサ執務官、生存者の確認、終了しました!」
今後の対応の打ち合わせをしていると、中年の局員が報告に来てくれる。
「ありがとうございます。申し訳ありません、我々が後手に回ったばかりに……。」
「いえ。状況から察するに、その場に居たのでもなければ、誰が来ても同じ結果だったでしょう。」
「それでも、己の無力が身にしみます……。」
「飢饉や疫病の発生の時は、このような光景に出くわすのはしょっちゅうです。あまり思い詰めないでください。」
地上の、それも辺境の部隊の局員としては珍しく、フェイトの肩を持つ中年。あまりに珍しいその光景と台詞に、思わずまじまじと彼を見つめてしまう竜司以外の三人。
「どうかしましたか?」
「いえ。こういうときは罵倒されることが多かったもので……。」
「別に、辺境部隊全員が、広報部を嫌っている訳ではありませんよ。それに、我々だって己を知っています。あなた方を罵倒すると言う事は、自分の無力から目をそらしている事に他なりません。それでは、いつまでたっても成長はありませんから。」
『貴殿のような人材が、辺境部隊に居るとは喜ばしい事だ。』
唐突にレジアスの通信が割り込んでくる。どうやら、シャマルが行っていた事後報告と一緒に、フェイトと辺境部隊の局員のやり取りを聞いていたらしい。直通で報告するような事なのか、という疑問はあるが、流石に今回の一連の事件は、そろそろ被害が見過ごせなくなってきていたため、次に起こった事件でなのは達が出撃する事があれば、直接報告するように言われていたらしい。
『今回の件は、我々上層部の力不足が原因だ。被害を受けた方々には、どれほど頭を下げても足りない。』
そう言って、通信越しとはいえ、実際に頭を下げて見せるレジアスに、大いに慌てる辺境部隊局員と住民たち。地上の英雄の持つ風格と、それにもかかわらず誠実であろうとする態度にうたれてか、誰も罵声を上げようとはしない。
『我ら管理局を恨んでくれてもいい。憎んでくれてもかまわない。どんな言葉も、甘んじて受けよう。だが、直接現場に出た彼ら、彼女らに怒りや憎しみをぶつけるのだけは勘弁してほしい。皆、尽くせる最善を尽くしての結果だし、常に一番大きなリスクを背負うのも彼らだ。それで被害を押さえられなかったのは、我ら上層部が、被害を押さえられるだけの対応を怠った結果だ。』
「ゲイズ中将……。」
『こんなふざけた真似をした連中を許すつもりはない。地獄の果てまででも追いかけて、やらかした事を後悔させてやる。が、申し訳ないのだが、まだ現時点ではそのための準備に手間取っている。もうしばらくは諸君らに負担をかけることにはなるだろうが、今だけ、今だけでいい。踏みとどまってくれ。念のために、動かせる高ランク魔導師を、可能な限りそちらをはじめとした地方支部に回すようにする。』
「了解いたしました!」
雲の上の人物に直接声をかけられ、あまつさえ頭をさげられて気合が入る辺境部隊の隊員達。
『被害にあわれた方々にも、管理局として可能な限りの支援を約束する。今後の身の振り方についても、いくらでも相談に乗ろう。さしあたっては、三日分程度の食料と簡易住居を、今日中にそちらに運び込むよう手配をかけておいた。身内を亡くされた方がに対し、この程度の事しかできなくて非常に心苦しいが……。』
苦い顔のレジアスに対し、一つ頭を下げて返事に代える住民代表。
『それでは、今回の一連の事件について、いろいろ決めねばならん事がある。誠に申し訳ないのだが、今回の通信はここで終わらせていただきたい。』
「後の事は、お任せください。」
『頼んだぞ。必要な事は何でも言ってくれ。可能な限り対応する。』
そう言い置いて、レジアスが通信を切る。しばしの沈黙の後、代表でフェイトが口を開く。
「この後は、どうするの?」
「そうですね。まずはがれきを撤去して、回収できるだけの財産を回収するところからスタートでしょう。」
「この子を受け入れる余裕がある人は……。」
「ちょっとの間面倒をみるぐらいならともかく、大人になるまでというのは無理だな……。」
「だったら、私の方で受け入れ先を探すよ。とりあえず、今日はこれから他の仕事があるから、この子を連れて私達はいったん帰投する。」
フェイトの言葉に一つ頷くと、敬礼をして送り出す地上部隊一同。
「コンサート、頑張ってください!」
「ありがとう。申し訳ないけど、あとはお願いね。」
敬礼に対して敬礼で答え、旅の扉を開いて一足飛びで帰還する。最初からそうしていればよかったのでは、という話もあるが、シャマルならともかく、なのはとフェイトの技量では、よく知らない場所にゲートを開く能力はない。そして、シャマルは本日は六課隊舎に詰めていた。
「シャマルさんがいない時の、長距離高速移動手段が六課の課題かな……。」
「ヘリよりなのはやフェイトの方が速いからねえ……。」
今後、今回みたいに出先で長距離を緊急出動する機会は、確実に増えるであろう。そう言った時、アースラが使える場合はともかく、巡業先では大人数を一気にフェイト以上の速度で運ぶ手段がない。また、別々の場所に急行する事になった場合、やはり足が足りない。新しく出てきた欠点に、真剣に頭を抱えるなのは達であった。
「検査、どうだった?」
帰って来てすぐに時の庭園に引っ込んだ優喜と竜司に、心配そうに質問する美穂。妙な病原菌を持った相手とやり合った、という話だけを教えられていたため、心配で気が気でなかったのだ。こういうとき、表面上は落ち着いて見せている紫苑を、とても尊敬してしまう。今も、一時的にとはいえ優喜達が抜けた穴を埋めるために、裏方としていろいろと動き回っている。
「僕達は何ともない。元々、そう簡単に感染するようなウィルスじゃない、って言うのは分かっていたからね。」
「そっか……。」
「心配せずとも、友については仮に直接血管にウィルスを流し込まれても、私がどうにかして見せるさ。」
突然どこからともなく声をかけられ、思わず怯えてあたりを見回す美穂。そんな様子に苦笑しながら、自己紹介がまだだった事を思い出すブレイブソウル。
「そう言えば、自己紹介をしていなかったな。私はブレイブソウル、竜岡優喜のデバイスだ。以後よろしく。」
胸元からぷかりと浮かんで見せると、そのままアウトフレームを展開して自己紹介を始める。その様子に、完全に固まってしまう美穂。
「そう固まらなくてもいいではないか。 私は別段、取って食ったりはしないぞ?」
「……。」
ブレイブソウルの言葉に答えず、その場で座り込んでしまう美穂。心の準備なしに知らない人間といきなり会うのは、彼女にとっては非常にハードルが高かったらしい。まだ一応顔ぐらいは知っていたスタイリストさんはともかく、完全に初対面の上、確実に人間ではないブレイブソウルは、流石にハードルが高いでは済まないのも仕方がないだろう。
「……デバイス……?」
ようやく再起動した美穂が、震える声で恐る恐る質問する。
「ああ。私はデバイス、ただの道具だ。」
デバイスが何か、ぐらいは美穂も説明を受けている。とはいえ、その種類は多岐にわたり、中にはリインフォースやフィーのように、単なる道具とくくるには問題がある存在も居る。どうやら、目の前に浮かんでいる球も、そう言った単なる道具とくくれないタイプのようだ。
「……デバイスってことは、ずっと優喜さんと一緒に……?」
「常に一緒ではないがな。私は特殊なデバイスだから、店番などを頼まれることもあるし、メンテナンスの時はさすがに別行動をせざるを得ない。」
「もっとも、余計な事を言って置き去りにされる事の方が、圧倒的に多いんだけどね。」
「友よ、それを言うのはあまりにも情が無い!」
「事実だし。」
優喜と気安い様子で漫才のような会話を続けるブレイブソウルに、どういう態度で接すればいいかを決めかねる美穂。いまだに腰は抜けたままだ。
「因みに、美穂と話をしてる時は、基本的に同席してなかったから。」
「ああ。余計な事を吹き込むから、だとか、汚染されてはまずい、だとか、失礼な事を言って部屋に置き去りだ。友はもう少し、私という相棒を大事にするべきだ。」
「何で?」
「何とご無体な発言!?」
なかなかに容赦のない優喜の発言に、心の中で血の涙を流しながら絶叫するブレイブソウル。そろそろ美穂にも、このデバイスがどういう人格なのか、なんとなく理解出来てきた。
多分、有事はそれなりに頼りになるが、平時はとてつもなくうざいのだろう。
「というか、汚染されたらまずい、ってのは事実でしょ?」
「イジメカッコワルイ!」
「また、懐かしいネタを。それに、紫苑とかは君が多少セクハラしても冗談で流すけど、美穂にそう言う事をやられると冗談ですまないから。」
「うむ。こいつは気が弱いからな。」
「イジメカッコワルイ!」
「もうそれはいいから。」
いつの間にか近くに来ていた竜司に、ブレイブソウルが吠える。とはいえ、言われてもしょうがない事ぐらいは美穂にも分かる。多分、ストッパーがいなければ、際限なくくだらない事を言うのだろう。
「立てるか?」
「……多分。」
竜司の手を取り、おぼつかない足取りで立ち上がる。ふらついてしがみつく美穂を、揺るぐ気配もなく受け止める竜司。思いっきり胸を押し付けるような形になってしまったが、まだまだ成長過程の彼女のそれは、大きさと形はともかく、柔らかさという点ではまだまだいまいちだ。そっち方面でまで男を魅了しようとするなら、少なくともあと五年は欲しい。服の上からという悪条件も重なってか、美穂的には少々悲しい事に、竜司も大して意識した様子を見せない。
「それはそれとして、だ。」
「美穂に、お願いしたい事が出来た。」
「え?」
「僕達が、男の子を一人連れて帰ったのは知ってるよね?」
優喜の言葉に一つ頷く。
「可能な限り、でいいから、その子の面倒を見てあげてほしいんだ。」
「……私に、出来るかな……?」
「ヤマトナデシコの子たちより年下だから、そんなに身構えなくても大丈夫だと思うけど……。」
「男の子、なんだよね?」
「天涯孤独の、な。」
天涯孤独、という単語に、動きが止まる。
「その子、誰も身内がいないの?」
「うん。さっきの襲撃で、住んでるところと家族を全部奪われた。集落がほとんど全滅に近い被害を受けてたし、あのあたりでは、住んでる町から引っ越すってことはあまりないらしいから、生き残りに親戚とかがいないんだったら、血縁は誰も居ないと思う。」
説明を聞いて、じっと考え込む。
「まだ無理なら、それでかまわん。状況の問題とはいえ、正直急ぎ過ぎだとは思っているからな。」
「無理なら、アイナさんとか手を借りれそうな人に頼むよ。あの子の落ち着き先が決まるまでの間だけだしね。」
気を使って言ってくれる二人の言葉に、少し覚悟を決める。
「……うん、頑張ってみる。」
「本当に?」
「いいのか?」
「うん。だって、私は何もしてないただの居候だけど、アイナさんはそれなりに忙しい。忙しい人がかわりばんこに、だとその子も落ち着けないと思う。それに、今は家族を亡くしたばかりだから、そう言うあわただしい扱いで外に出すのはよくない。」
美穂の言葉に顔を見合わせ、一つ頷く優喜と竜司。こういうときは空気を読んでか、さすがに口をはさむ事はしないブレイブソウル。
「ありがとう。」
「すまんな。」
「私も、小さい時に親がいなくなる辛さは知ってるつもりだから。」
美穂の言葉に頷く二人。この場に居るのは、全て幼いころに親を失った人間だ。美穂の場合は捨てられた、というのが正しいが、親がいないと言う事に変わりはない。
「本当は、俺たち大人がどうにかするべき事なのだがな。」
「僕達も出来るだけ面倒をみるつもりではあるけど、僕も紫苑も結構綱渡りしてるから。」
「うん。任せて、って胸を張って言えないところが情けないけど、私にできる事は何でもするから。」
「お願い。困った事があったら、何でも言って。」
優喜の言葉に、少しはにかむように頷く。
「そういえば。」
「……?」
「さっきは言えるような状況じゃなかったけど、その髪、似合ってるよ。」
「うむ。見違えた。」
保護者二人の唐突な言葉に、思わず茹蛸のように顔を赤くする。これが漫画なら、ボン、という擬音が付きそうだ。
「前の髪型でも魅力的だったけど、やっぱりちゃんとした方が綺麗でいいよ。」
「ああ。問題は、綺麗になりすぎて、悪い虫が心配なのだが。」
「竜司って、シスコン?」
「否定はせんが、美穂の場合はそれ以前の問題だからな。」
「まあ、ね。」
真顔でそんな事をほざく二人に、真っ赤になったままあうあう言うしかない美穂。可愛いとか綺麗とか美人とか、そう言う感じに褒められる経験が無い上、二人とも口説く気ゼロだからか、ストレートに言ってくるのだから心臓に悪い。
「竜司が義兄となると、美穂の相手も大変だな。」
「別に、何が何でも反対するつもりはないが?」
「と言っているが、友はどう見る?」
「とりあえず、絶対条件が、不機嫌になった竜司を見てひるまない事と喧嘩腰にならない事、だろうね。」
「なかなかにハードルが高いな。」
「あの、兄さんも優喜さんも、あまりからかわないでほしいんだけど……。」
「ごめんごめん。」
おずおずと口をはさんでくる美穂に、苦笑しながら一つ頭を下げる優喜。
「でも、美穂をからかったつもりはないよ。基本的に全部、割と本気で言ってるし。」
「そんなんだから、四人もの女の人に押し倒されるんじゃないかな……。」
「美穂もなかなか言うな。流石は竜司の身内だ。」
竜司達と違って、正真正銘からかうために発せられたブレイブソウルの言葉に、先ほどまでとは違う意味で恥ずかしくなってうつむく。その様子が燃料になったか、さらに余計な事を言い始めるブレイブソウル。
「世話の内容に、風呂に連れ込むと言うのがあるが、竜司はどう思う?」
「相手が優喜やフォルクならともかく、八歳やそこらの坊主と一緒に風呂に入る事に文句を言ってもしょうがなかろう? 別に恋人でもないのに、四、五年しても一緒に入ろうとするようならば、流石に修正してやる必要がありそうだが。」
「お互い、そう言う事をするような間柄になっていた場合はどうか?」
「その場合は野暮なことを言うつもりはない。が、正直なところ、そういう関係になるのであれば、まずは互いに職を得て、安定した暮らしを出来るようになっていてもらいたいところではある。」
竜司の嫌に現実的な言葉に、その場にいる全員が苦笑する。
「何というか、シスコンというより過保護な父親だね。」
「ああ。美穂よ、これは手ごわいぞ。」
「え、えっと……。」
「家族だからな。それに金の事で苦労させているのだ。それぐらいの事を望むのは、別におかしなことではあるまい?」
「自分と相手に責任を持つって、結局そう言う事でもあるしね。」
優喜と竜司の言葉に、自分はまだまだ未熟者以前である事を自覚する美穂。
(うん。丁度いい機会だから、ちゃんと世界と向き合おう。)
この日、人生の新たな一歩を踏み出す決意をした美穂だが、想像以上に厄介な出来事がおこり、自分の決意が甘かった事を思い知るのは数日後の事であった。
あとがき
本編冒頭でブレイブソウルとはやてがネタにしていた携帯電話ですが、ほぼそのままの設定で出てくるゲームが、とあるメーカーから二本ほど発売されています。知らぬ間に出てた二作目を中古で見つけて手を出して、余計な疑問をもったのでついネタにしてしまいました。
ブレイブソウルなら、こういう発想でこういう発言をしてもおかしくないよね?