その少女は、不思議な容姿をしていた。
「……その子が、竜司さんの?」
「うん。竜司の従妹の北神美穂。美穂、日本人の子が高町なのは、金髪の子がフェイト・テスタロッサ。そこにふよふよ浮いてるのがフィーで、チビドラゴンがフリード。」
優喜と紫苑の後ろに隠れていた美穂が、おっかなびっくり顔を出す。その様子を見たフリードが、好奇心旺盛な態度で美穂に近づく。
「……!」
「キュイ?」
いきなりフリードに覗きこまれて、思わず顔を引っ込めた美穂。そんな彼女を不思議そうに見つめると、遠慮なく優喜の頭の上に陣取るフリード。
「フリード、もうちょっと大人しく出来ないかな?」
「キュ~。」
苦笑しながらのフェイトの言葉に、知らんとばかりに優喜の頭の上で翼をつくろい始める。その姿を見て、おっかなびっくり指先を近付けると、毛づくろい(?)をやめて美穂の指をクンクン嗅ぎ始める。恐る恐る顎をなでてやると、くるくる言いながら自分からすりつけてくる。
「……猫?」
鈴を転がすような綺麗な声で小さくつぶやいた美穂の言葉に、ショックを受けたように固まるフリード。こちらに来てからの第一声が、よりにもよって竜であるフリードの立場を全否定である。やってる事は猫そのものでも、知能は猫よりはるかに高いフリードにとっては、流石に聞き捨てならない言葉だ。
「キュ~ン……。」
普通のドラゴンなら、切れてブレスの一つでも吐き出しかねないところだが、愛玩動物化して久しいフリードには、その手の凶暴性はない。意気消沈したまま優喜の頭から飛び上がり、飼い主のもとへと飛び去ろうとする。そんな背中が煤けているフリードの様子にあわてた美穂が、必死になって謝り始める。
「……ご、ごめんなさい! 無神経でした!」
急いで頭をペコペコ下げる美穂だが、その声は決して大きくない。どうやら、大きな声を出す、ということ自体が苦手らしい。
「気にしなくてもいいのですよ。フリードが猫扱いされるのはいつもの事なのです。」
「キュ!? キュキュイ! キュ~!」
「言われたくないのであれば、ドラゴンらしくするのですよ。これで前足で爪とぎをしたりまたたびで酔っぱらったりしたら、ドラゴンの面目丸つぶれなのです。」
「キュ~ン……。」
フィーの外見に似合わぬきつい言葉に、すっかり意気消沈してしまうフリード。再び背中が煤け始めたフリードに、どう声をかけていいのか分からずおたおたする美穂。タイプこそ違えど、かつてのフェイトを見ているようで思わず微笑ましい気分になるなのは。
(なるほど、ね……。)
下手に聞こえて委縮させてはまずいので、とりあえず心の中でそうつぶやくフェイト。なんとなく、美穂が引きこもりになった経過が分かってしまったのだ。
北神美穂は、不思議な容姿をした少女だ。だがそれは決して醜い、という訳ではない。むしろ、美醜で言うのであれば、フェイトや紫苑と並ぶほど整った容姿をしていると言える。だからこそ、少なくとも日本人の社会では異端としてひどく浮いてしまうのである。
彼女の空色の髪もアメジストを思わせる瞳も、ミッドチルダでは決して珍しい特徴ではない。だが、第九十七管理外世界の、特に日本ではほとんど見かけない物であり、優喜達の世界に至っては、特定の例外を除いて、青や緑の髪の色など本来は存在しないとのことである。そんな、本来存在しないはずの髪の色と、日本ではまずあり得ない紫色の瞳が日本人の顔形や肌の色と合わさると、何とも言えない浮世離れした、不思議な印象になってしまう。その色合いに違和感が無い事が、その印象に拍車をかける。美穂の髪型が、伸びるに任せてほとんど手入れされていない物である事も、それが見苦しく感じない事も、不思議な印象を強くする要因であろう。
それだけでも子供社会では普通にはじき出されるだろうと言うのに、美穂の発育は縦にも横にもびっくりするほど良かった。身長は百七十センチを超えており、普通にフェイトより高い。基本的には華奢な体つきだが、出るべきところは十分すぎるほど出ており、特にバストなどは紫苑よりも大きい。このペースなら、そのうちなのはやフェイトを追い抜き、すずかすら下す可能性さえある。
子供というのは残酷だ。この発育のよさがいつからか、いつから引きこもりをしているのかは不明だが、女子は結構容赦がない。フェイトにしても当時の性格もあって、なのは達がいなければ、まず間違いなくいじめられ、はじき出される側に回っていただろう。しかも、美穂は外見に似合わぬ気の弱さを持ち合わせているらしい。言わなくてもいい事をつい言ってしまうのは、年齢と引きこもり故のコミュニケーション能力の欠如だろう。
「とりあえず、荷物を置いて来ようか。」
「そうだね。一人部屋だけど、よかったかな?」
「……はい……。」
顔色をうかがうような対応は、それはそれで問題がある。細心の注意を払いながら、態度自体はいつも通りに振舞うなのはとフェイト。その気遣いを知ってか知らずか、小さく返事をした後、美穂は無言のまま優喜達の後ろをうつ向きがちに歩くのであった。
「遺伝子性色素異常、ね……。」
「発見されてからまだ三十年は経たない病気でね。発症者は、生存数が一番多い日本でもまだ五十人を超えた程度、世界全部合わせても三百人程度じゃないか、って言われてる。」
「その病気って、命にかかわるようなものなの?」
「流産の確率が高い程度で、生れてしまえば体毛と瞳の色素がいわゆる普通の人類と違う事以外、これといった差はない、らしい。」
聖祥大学の食堂。まだピークタイムが始まっていないため、ほとんど人がいない事を利用し、美穂について優喜がそんな説明をする。とはいえ、説明できる事はそれほど多くない。発見されてから日が浅い上、人権だとか倫理だとかが絡む問題が多く、しかも症例が恐ろしく少ない事もあって、まだまだ分からない事の方が多い病気だ。何しろ、最初に確認された第一世代と呼ばれる六人のうち、今なお生存しているのは日本在住の女性ただ一人なのだ。まだ三十路に届いていない彼女が第一世代で、しかも未婚なのだから、子供はどうなる、という情報もない。次に生存が確認されている子供がようやく成人したところであるため、子供の事がはっきり分かるまでもうしばらくはかかるだろう。
第一世代がたった一人しかいないのは、残りの五人が全員不審死を遂げたからだ。第二世代と第三世代にしても、日本で一人も生まれていなかったこともあり、全員が早死にしている。彼らのうち死因がはっきり事故だと分かっているのは、アメリカ人の当時八歳だった少年が自宅のプールで足を釣らせて溺死したケースだけ。他は親が目を離した隙に行方不明になり、後で変死体になって発見されたとかいったものばかり。ひどいものになると、親が気味悪がって研究機関に売り、そこで表向き病死した事になっている子供も居る。
日本の女性が無事だったのは、単に親の親友が倫理観の強い大金持ちの権力者だったという、奇跡に近い偶然があったからにすぎない。世界的に遺伝子性色素異常の患者の人権が完全に守られるようになってきたのも、美穂が生まれたころの事だ。第一世代唯一の生存者である彼女ですら、小学校の頃に、担任の教師の手に寄って病院送りになった経験がある。日本で、しかも権力の保護があってすらそれだったのだから、他の国の状況は推して知るべしだ。
「ただ、ややこしいのがね。世界最高の頭脳である女性が、第一世代唯一の生き残りだってこと。この人がどれぐらい天才かって言うと、現状の第九十七管理外世界にプレシアさんがいるぐらいの感じ。」
「うわあ……。」
「それは……。」
「だから、フィアッセさんのPケースみたいに、色素異常だけでなく何らかの形で高い能力を持って生れるんじゃないか、って言う疑いがあって、いまだに研究が続けられてるんだ。」
供給能力過剰による不況にあえいでいた日本を、たった一人で新しい需要を生み出して立て直してしまった天才。世界のありとあらゆる分野の最先端技術を、全て過去の遺物にしてしまった異端児。そんな人物が極端に稀な遺伝子疾患を持って生れた、などと言えば、その病との関連性を疑われて当然である。
「それでも、やっぱり普通の人間と変わらないの?」
「少なくとも、現状分かっている範囲ではね。患者の二割程度は、肉体的にも知能的にも一般人の平均を大きく上回っているらしいけど、逆に二割は五体満足で知的障害を持っていないとされる、最低ラインの能力しかなかったりするらしいし。」
「……普通だよね。」
「サンプルが少なすぎて、個人差なのか教育や環境の問題なのかもはっきりしないらしいけどね。」
所詮、世界各地に三百人程度しかいないとなると、有効なデータを取るのは不可能であろう。統計で有効なデータを取りたいのであれば、物によってまちまちだが、普通は最低でも二千件はデータが必要である。一応研究者の娘であるフェイトも、それぐらいの知識はある。
「それで、何か気をつける事ってあるの?」
「その病気自体については特に何も。どっちかって言うと、対人恐怖症の方が注意が必要かな。」
「そっか……。」
「特に注意が必要なのは、美穂が凄い事をしても、褒めたり厳しくしたりしない事、かな?」
「「へっ?」」
二人の反応に苦笑し、話を続ける優喜。
「さっき、二割ぐらいは肉体的にも知能的にも一般人の平均を大きく上回ってる、って言ったでしょ?」
「もしかして……?」
「基礎鍛錬をそんなにきっちりやってないから、体力的な問題はあるけどね。多分、二期生レベルの事は教えればすぐできるようになるよ。今までのパターンから言うと、どうせ検査したら凄まじい能力のリンカーコアがあるだろうし。」
「そうなんだ……。」
「ある意味、ティアナにとっては敵だろうね。ちょっと前だったら、それこそどうなってたか。」
優喜のため息交じりの言葉に、真剣な顔で頷くなのはとフェイト。
「何辛気臭い顔で話ししてんのよ?」
そこに、用事が終わったらしいアリサが割り込んでくる。なのはとアリサ、フェイトと優喜という組み合わせで別々の講義を取っていたのだが、偶然にも取っていた教科がどちらも休講になったため、美穂を案内してからこちらに出てきたのだ。アリサはそれまでの間、別行動でいろいろと用事を済ませていたらしい。なお、はやてとすずかはコピーロボットで普通に講義を受けている。携帯にメールで、教授に手伝いを頼まれたと送ってきているので、多分食事は向こうで食べる事になるだろう。ここまでの話は、デバイスの秘匿回線を通じて二人にも伝達済みである。
「ちょっと、いろいろあってね。」
「そう言えば、竜司さんの妹だっけ? その子、今日こっちに来たんでしょ?」
「うん、来たよ。」
「綺麗な子だよ。フェイトちゃんや紫苑さんと同じぐらいかな?」
「紫苑さんはともかく、私はあんなに綺麗じゃ……。」
「優喜君、フェイトちゃん、お茶のお代わりは?」
「あ、お願い。」
フェイトの戯言を黙殺して、無料のお茶のお代わりをもらいに行くなのは。いろいろと華麗にスルーして話を続ける優喜。その様子に、微妙に寂しそうな空気を纏うフェイト。
「とりあえず、アリサとはあんまり相性が良くなさそうな感じかな?」
「どういう意味よ?」
「最初の頃のフェイトを、さらに臆病にした感じだからね。アリサが見てて我慢できるとは思えない。」
「……反論できないのが微妙に悔しいわね。」
もっとも、能力面で言えばアリサが一番近いのだから、そういう意味では苦労話に共感できる人材は彼女かもしれない。
「それにしても、折角学食で食べてるんだから、お弁当持ってくるんじゃなくて、たまには食堂のご飯を食べたらどうなの?」
「あんまり日本円の小遣いは持ってないからね。それに、作ってもらってる弁当は美味しいし、特に不満はないから。」
「今日は誰のお弁当?」
「紫苑が作ってくれた。」
優喜の言葉に、小さくため息をつく。生意気にもこの男、毎日違う女の弁当を食べているのだ。誰かがやっかみ交じりに日替わり弁当と言っていたが、実にうまい事言うものだと思わず感心したものである。
もっとも、日替わり弁当の中には、優喜自身が作るものも混ざっているのだが。
「そう言えば、コピー体もお弁当食べてるけど、あれ大丈夫なの?」
「母さんによると、食べたものをエネルギーに変換して充電してるから、特に問題はないんだって。」
「全く、毎度毎度無駄に高度な技術よね。」
アリサの言葉に、苦笑しながら頷く優喜。
「話を戻すけど、とりあえずあの子が落ち着いたら、アリサにも紹介するよ。ちょっと人が増えてきたし、聞かれると電波な内容だと思われるから、なのは達にした説明はまた後日、ね。」
「了解。出来るだけ早いうちに紹介してよね。」
「善処するけど、僕がどうにかできる問題じゃないからなあ。」
優喜の台詞に一つ頷くと、自身の食事に入るアリサ。それに付き合ってお茶を飲みながら、日ごろどうなのかとか、たまには合コンぐらいには顔を出してあげなさいとか、そういった大学生らしい会話に花を咲かせる一同であった。
「フリード、プガチョフコブラ!」
「キュイ!」
優喜達が大学で講義を受けている時。六課隊舎では、待機時間を利用してキャロがフリードに曲芸飛行をさせていた。隅っこの方では、美穂がその様子に見入っている。一応監督者としてリインフォースとフィーが傍に控えているが、最近のキャロのコントロール精度なら、大した問題は起こるまいと高をくくって、単なるギャラリーになり下がっている。
最初は荷物整理を口実に引きこもっていた美穂だが、キャロとフィーの無邪気な押しの強さに負けて、結局この場に引っ張り出されたのである。この時、後ろで控えていたリインフォースと目が合い、一瞬でお互いが同類である事を見抜いて妙なシンパシーを感じあったのはここだけの話だ。なんだかんだでこの場に居る全員、誰一人として悪意を持っていなかったため、対人恐怖症の彼女でも、どうにか最低ラインは打ち解けることができた。
スバルとティアナは、ティアナの不調で出たレッスンの遅れを取り戻すべく、トレーニングルームに引きこもってひたすら歌の練習中だ。ダンスはまだ体力が戻り切っていない事もあって、明日から特訓する事にしている。エリオは御意見番としてスバル達に付き合っている。男性に対する反応が分からない、という理由でキャロの傍から離れる事になったため、手持無沙汰だったのもある。
「フリード、インメルマンターンからバレルロール!」
「キュキュイ!!」
余程練習していたらしい。フリードが切れ味鋭く見事なマニューバを披露する。その姿に、声にならない歓声を上げる美穂。彼女の反応に気を良くしたキャロは、調子に乗ってさらに矢継ぎ早に指示を出す。
「スパイラルターンしながらサイドワインダー発射!!」
「キュイ!?」
いきなりの無茶ぶりに、スパイラルターンをしながら抗議の声を上げるフリード。流石に、サイドワインダーなんて技は、フリードの手持ちにはない。
「出来ない? 情けないなあ、フリードは。」
「キュイ、キュイ!!」
「え? そうなの? だったら、エターナルフォースブリザード!」
「キュキュ!?」
さらに上を行く無茶ぶりに、思わず絶叫するフリード。その台詞を翻訳するなら、「相手は死ぬ!?」であろう。中二病全開の単語やその性質もさることながら、そもそも属性があっていない。
「キュイ、キュキュイ!」
「あれも出来ない、これも出来ないって、そんなんじゃ進歩無いよ、フリード。」
「キュイ!?」
えらい言われように、思わず悲鳴を上げるフリード。言うまでもなく、理不尽なのはキャロの方だ。そもそも、召喚という単語を一般的にした某RPGの、最強クラスの召喚竜の技ならまだ可能性があると言うのに、何故にかすりもしていないネタを振ってくるのだろうか。
「流石に、フリードに冷気系の技は無理だと思うのですよ。」
「そうなの?」
「キャロ、自分の召喚竜の事ぐらい、ちゃんと理解しておくべきだと思うのです。」
「じゃあ、フィーちゃんだったら、エターナルフォースブリザード出来る?」
「私だと、魔力量その他の問題でそこまでの大技はまだ厳しいのですが、お姉さまが夜天の書を使えばどうにかできるかもしれないのです。」
フィーの台詞に、その場にいた人間全員の視線が、リインフォースに集中する。エターナルフォースブリザード、という単語が出てきてから微妙に悶えていたリインフォースが、その視線に思わずたじろぐ。
「リインフォースさん、出来るんですか?」
「……無理、とは言わない、けど……。」
ぶっちゃけた話、元の説明ではどんな技かなど分からないが、単純に名前から連想される効果を伴った、まともな生き物なら確実に即死させる魔法、というのであれば、別段夜天の書が無くても出来なくはない。ただ、管理局員としては一切使い道のない種類の物であり、そもそもキャロにせよフィーにせよ、そんな魔法を使えるようになってどうするつもりなのか、という疑問の方が先に来る。
それにそもそも、そんな恥ずかしい真似はしたくない。キャロ達に見せるだけでも気が進まないと言うのに、そこに本日初対面の美穂までいるのだ。しかも、美穂はどうやら、ネタの意味を理解しているらしい。視線に微妙に生温かい物を感じる。はっきり言って、絶対彼女の前ではやりたくない。
「全く同じものは無理というか、あの説明じゃ、どんな技かがよく分からない……。」
「では、お姉さまオリジナルのエターナルフォースブリザードをお願いするのですよ。」
「それは嫌……!」
オリジナルのエターナルフォースブリザード、という言葉、その響きに戦慄し悶絶しながらも、どうにかこうにかきっぱり拒絶の言葉を発するリインフォース。そんな彼女に、思いっきり憐憫の情を抱く美穂。助け船を出そうにも、何をどう言えばいいのかが分からない。
「お姉さま、美穂も期待しているのですよ!」
「……してないしてない……。」
フィーの理不尽な台詞に、大慌てで冤罪を晴らそうと必死になって否定する美穂。キャロやフィーならキャラクター的に許されるが、美穂だとその手の言動は確実に「痛い」と言われてしまう。いくら実年齢的にまだ大目に見てもらえようと、見た目がそれを許さない事ぐらい嫌というほど理解している。
必死になって否定する美穂に、目線でありがとうと告げるリインフォース。初対面の時から謎のシンパシーを感じていた二人は、この時をもって心の友という立場を確立する。これが、巨乳美人の人見知り同盟が成立した瞬間であった。
「……私はそんな物騒な魔法より、どちらかというとフリードが大きくなった姿を見たいけど……。」
「そっか。美穂ちゃんがそう言うなら、エターナルフォースブリザードはまた今度!」
「今度やるんだ……。」
結局、無駄にやる気満々のキャロの決意を崩しきる事は出来なかったらしい。このまま忘れてくれるといいな、という二人の願いもむなしく、今度ははやてや他のヴォルケンリッターも居る場所でキャロとフィーがリインフォースに詰め寄り、ヴィータに大爆笑されるのだがここだけの話である。
流石にリクエストを無視する気はないキャロは、いじけていたフリードを立ち直らせていつものように大人の姿に変身させる。愛玩動物だったフリードが、本来は獰猛な動物である事の片鱗を感じさせる、雄大な大人の竜の姿になったところを、感動の面持ちで眺める美穂。生で間近で見るドラゴンの成体は、段違いの迫力がある。
「美穂ちゃん、乗ってみる?」
「……え……?」
「魔法でちゃんと固定するし、無茶な機動はしないから大丈夫だよ!」
「……でも、いいの……?」
「何かあっても、私がフォローする……。……だから、安心して……。」
さっき助けてくれたお礼とばかりに、リインフォースがそう申し出る。彼女の魔法の実力はよく分からないが、人見知り同士の絆は信頼できる。そう判断した美穂は、最終的に厚意に甘える事にして、おっかなびっくりフリードの背中に登る。乗せて飛んでくれるフリードの首筋を、ねぎらうように感謝を込めて優しくなでてやると、初対面の時のように気持ちよさそうにくるくる喉を鳴らして見せる。その様子に美穂の緊張が解けた事を確認し、キャロがバインドで彼女を固定する。
「フリード、テイクオフ!」
「キュイ!!」
キャロの掛け声に力強く答え、天高く飛び上がる空の王者。風を切って悠然と隊舎の周りを旋回し、飛行許可が下りている廃棄地区を横切り、ベルカ自治区へと続く平原をぐるぐると飛び回る。生れて初めて体験する空に、声にならない歓声を上げて景色食い入るように見つめる美穂。美穂の様子に気を良くしたフリードが、普通の人間が生身で問題ない高度ぎりぎりまで上がって、許可が下りている範囲のうち一番の絶景が望める場所に移動する。
そこで見た、自然と文明が調和する不思議な景色を、美穂は一生忘れないであろう。その感動を胸に、無理のない範囲でのアクロバット飛行を歓声交じりの悲鳴を上げながら楽しみ、十分少々の空の旅は終わりを告げる。
「どうだった?」
「……すごく……、……楽しかった……。」
騒ぎ立てこそしないが、明らかに感動で興奮している様子を見せる美穂に、自分なりの歓迎が上手く行ったことを確信して、上機嫌にフリードをねぎらうキャロ。そこで終われば美しい話だったのだが……
「あ、お姉さま、そろそろレッスンで集合の時間なのです!」
「……そうだった……。」
「私達も、そろそろ座学の時間かも。」
「では、また晩御飯の時に、なのですよ。」
「うん。ラ・ヨダソウ・スティアーナ!」
「ラ・ヨダソウ・スティアーナ!」
最後の最後に飛び出したアレな単語に、時間が無いにもかかわらずもだえそうになるリインフォース。何というか、いろいろ台無しな終わり方であった。
「なるほど。そんな事をしてたんだ。」
「うん。」
大学が終わり、帰ってきて一息ついている優喜と、本日の納品を終え、店じまいをしてきた紫苑に対して、二人がいない間の事を話す美穂。家族である竜司も綾乃も居ない今、美穂の話を聞くのは優喜達の仕事だ。この二人の前では、美穂も普通の声の大きさで話す。
「それで、気になってたんだけど……。」
「ん?」
「こっちにも、中二病エピソードってサイトはあるの?」
「は?」
美穂のいきなりの台詞に、思わず間抜け面を晒す優喜と紫苑。因みに、美穂がこういうネタに詳しい理由は簡単で、穂神家にとって三番目に安い娯楽がインターネットだったからだ。一番は言うまでもなく図書館で、二番目はテレビだったが、碌な番組をやっていなかったこともあり、一日中家にいる彼女でも昼間はテレビ番組を見たことが無く、図書館は引きこもりの身の上にはハードルが高い。結果、竜司の仕事やらなにやらで、どうしても必要になって導入した中古のパソコンとインターネット回線は、美穂が一番使いこなしているという事実がある。もちろん、引きこもりの身の上にはハードルが高い、掲示板などに対する書き込みは一切していない。
「いきなりだけど、どういうこと?」
「あのね、キャロさんとフィーさんがね、ラ・ヨダソウ・スティアーナって挨拶してたの。それで、こっちの世界にもおんなじネタがあるんだな、って。」
「……キャロはともかく、フィーを仕込んだのは十中八九はやてかヴィータだろうね。」
「もしかしたら、キャロさんに仕込んだのはプレシアさんやリニスさんかも。」
「あり得ないとは言い切れないけど、どっちかって言うとフィーから感染した可能性の方が高いんじゃないかな?」
知らない名前が出てきて小首をかしげる美穂に、一つ苦笑する優喜。
「知らない名前については、おいおい紹介していくから。」
「……別に、要らない……。」
「流石に、そういうわけにもいかないから、さ。それに、はやてとかヴィータは、この寮に住んでるしね。」
「そっか……。」
リインフォースやキャロと良好な関係を築く、という幸先いいスタートを切ったとはいえ、人見知りのたちはそうそう改善する訳ではない。思えば、フェイトの時もいろいろ苦労したものだ。あれに比べれば、周りに協力的な年上が多い分、ましかもしれない。
「それで、来て早々で悪いんだけど、来週ぐらいからコンサートツアーで地方巡業になるらしい。メンバーは毎回変わるけど、キャロとフリードはずっとツアーで一緒に動くし、僕達も居ない日が多くなるけど、どうする?」
「どう、って?」
「付いてくるならそう手配するし、ここに残るならそれでもいいし。僕が向こうに居る時だけついてくる、って言うのも出来るよ。」
「……ん~……。」
「タイミングによっては、竜司とも出先で合流する事になるかもしれない。そこら辺は結構流動的。」
「……優喜さんがいるときだけ、ついて行く。」
「了解。」
美穂の要望に従い、コンサートツアー中の手配をする優喜。端末の操作を終えると、最後に一番重要な質問をする。
「とりあえず、なのはやフェイトとは、上手くやれそう?」
「……頑張る。」
「そっか。二人とも、悪い娘じゃないから、仲良くやってくれると嬉しい。」
「ん。」
優喜と美穂の会話を、優しい表情で見守る紫苑。彼女はこういうとき、あまり口をはさまない。
「……そろそろ業務時間終了か。」
「他の人が来るから、早めにお部屋に戻った方がいいわ。」
「……ごめんなさい。」
「謝る必要も、焦る必要もないよ。美穂は美穂のペースで、ゆっくりやっていけばいいんだから、さ。フェイトだって、最初は美穂とあんまり変わらなかったんだし。」
優喜の言葉に、驚いたように目を見開く美穂。
「あの娘もね、初対面の頃は非常に人見知りが激しくてさ。買い物もまともに出来ないぐらいだったんだ。」
「……信じられない。」
「それは、私も初耳ね。」
「そりゃ、小学校の頃の話だからね。詳しい事はまた今度、本人がいるところで話してあげるよ。」
「何、その羞恥プレイ……。」
美穂から見たフェイトは、颯爽とした格好いいお姉さんである。だが、多分この話をしたら、一気にポンコツくさい感じになるのではないか、という予感がある。別にフェイトがどう、ということではない。昔の事を知っている人間には、大体勝てないものなのだ。
「とりあえず、さっさと部屋に戻ろう。僕達はご飯は鍛錬が終わってからだけど、一緒に食べられるようにちょっと時間をずらそうか。」
「うん。」
「じゃあ、なのは達には、先に食べておいてもらうよ。」
「ごめんね。」
「気にしないの。」
優喜の気遣いに心の底から感謝しつつも、いつまでもこのままではいけないと、深く葛藤を続ける美穂。優喜には優喜の生活があるし、自分に遠慮して恋人たちとの時間を削ってほしくはない。それに、あまり優しくされると、いろいろと勘違いしそうになる。
何しろ、いろんな文化が入り混じるミッドチルダは、その多様性に対する配慮ゆえに重婚可だ。明らかに優喜にそんな意図はないが、美穂とて思春期の少女である。絶対にそういう対象に見られていないと分かっていても、もしかしてと考えてしまうのはどうにもならない。美穂はそう言うことを期待する程度には自意識過剰で、何人かのうちの一人でも上出来だ、と思ってしまう程度には自己評価が低い少女なのである。
優喜に対する今の気持ちは、感謝と好意はあるが恋愛感情ではない。それぐらいはなんとなくわかる。だが、優喜や竜司がその気になって口説いてくれば、多分容易く転がる。その程度には、今持ち合わせている感情の境界線はあいまいで、そうなってしまうだろうと確信する程度には、美穂にとっては優喜も竜司も魅力的な男性である。特に竜司は、美穂からすれば今まで女性の影が無かったのが不思議になるぐらいには、いい男だと思う。
「……しっかりしないと……。」
益体もない事を考えているうちに、いつの間にか自分の部屋にたどり着く。部屋まで送ってくれた優喜達がいなくなるのを確認して、あり得ない妄想を振り払うようにそうつぶやく美穂であった。
「胸糞の悪い施設だ。」
「別に、お前に付き合えとは言っていないが?」
「正直な感想ぐらいで噛みつかないの。」
とある地方世界。管理局とも関わりのあるとある企業の研究施設を、謎の三人組が襲撃していた。男二人に女一人のその集団は、研究施設の地下に隠された、自分達にもなじみ深いあれやこれやを容赦なく破壊して回っている。すでに、地上に居た人員は全て仕留められ、かろうじて生き延びた人間も、一か所に集められ、縛り上げられていた。女が呼びだした虫を脳に寄生させ、管理局を撹乱しつつ、この胸糞悪い施設について正確な情報を流すために生かされているのだ。
襲撃者は三人ともよく分からないデザインの仮面をつけ、体型をごまかすかのようなゆったりとしたローブを身にまとっている。男二人のうち一人はかなり大柄で、人間の歩兵が使うものとしてはほぼ最大といえるサイズの槍を持っている。もう一人も平均から見れば長身の方に分類されるが、こちらは一般的な杖型のストレージデバイスだ。女の方は背丈としては平均をやや超える程度だろうか。長い髪とローブの胸元を押し上げる豊かなふくらみ、そして先ほど漏らした声が無ければ、他の二人と違って性別を確信する事は出来なかったであろう。
「大層な刺青をしていた割には、思ったよりも歯ごたえが無かったな。」
「まだ、完成はしてないんでしょ?」
「そんなところだろうな。ドクターの資料通りであるなら、本来のスペックを発揮していれば、魔法攻撃はほとんど通用しないはず。流石にそうなれば、いくら我々でも、ここまであっさりと終わらせる事は出来なかったはずだ。」
サンプルとして、女が召喚した巨大な虫に食いちぎられた腕を回収し、研究資材に残された大体のデータを回収したところで、設備全てを攻撃魔法で完全に破壊する。
「さて、こいつらが本当に辺境を荒らし回っているのか?」
「多分、間違いないだろう。二人組と言っていたが、その二人組が何組居てもおかしくない。」
「管理外世界を荒らし回っている連中も、こいつらと関係があると思う?」
「さてな。全くの無関係ではなかろうが、多分同じ意志で動いている訳ではないだろう。」
「案外、敵対しているかもしれない。」
最近アンダーグラウンドに流れている、妙な刺青をした二人組が、鉱山をはじめとした地下資源採掘施設を荒らし回っているという情報。彼らの目的は、その二人組の元締めを探して締め上げる事である。
たんに荒らし回っているだけならば、別段慌てるような事もないのだが、襲撃した場所の一般市民を全て虐殺しているらしいとなると話は別だ。これが、大都市圏だったり管理外世界だったりすれば全く気にしないのだが、流石に地方や辺境となるとそうはいかない。何しろ、その手の地域には、自分達に関わりがある孤児院が山ほどあるのだ。中には鉱山などの近くという立地もいくつかあり、いつ巻き込まれないとも限らない。
管理局も動いてはいるようだが、流石に圧倒的に手が足りていない。それに、戦ってみた感触から言うのであれば、一般的な地上局員がいくらいたところで何の役にも立たない。事実、壊滅した鉱山の中には、地上隊員で構成された巡察隊が、惨殺体として発見された場所もある。そんな経過もあって、管理局も聖王教会もかなり本腰を入れて捜査してはいるものの、やけに範囲が広い上に、同時多発的に事件が起こるため、どうしても間に合わないのだ。
「……やはり、か。」
「レジアスも頑張っているようだが、流石に完全に一掃とまではいかんようだな。」
「脳みそどもがいなくなっただけ、この手の碌でなしは少なくなった方だろう。それに、我々も管理局内部の人間をたらしこんでスパイに仕立て上げている。こいつらと変わらないさ。」
「まあ、どうせ私達は表舞台には立てないんだし、こういう汚れ仕事をする分には、ちょうどいいんじゃない?」
あっけらかんと、夢も希望もない事を言ってのける女。その彼女に向って、眉をひそめながら槍使いの男が口を開く。
「……お前は、それでいいのか?」
「別に。私たちみたいな生まれ方を否定はしないけど、こういう糞みたいな事に使われる子はこれ以上出てきてほしくないし。それに、ね。」
「……魔女なら、案外どうにかできるかも知れんぞ?」
「どうにかして、どうするの?」
女の言葉に、返事を返せずに沈黙する男二人。
「……それにしてもドゥーエめ。分かっているのなら広報六課にやらせればいいものを……。」
「あの部隊を遠方に大規模に展開するには、それなりの口実と段取りが必要だ。そう簡単にほいほい派遣できるようなら、元から戦力保有制限なんて必要ない。」
「ま、そりゃそうよね。それに、あの爺どもも無能じゃないから、今頃本体がどこかぐらい、とっくにつきとめてるんじゃないかしら。」
「だろうな。どうせ、ここの親企業もそれほど深入りはしていないだろう。それに、我々が大本を叩いたところで、何ができる訳でもないからな。」
杖持ちの男の言葉に、小さく一つ頷く二人。
「だが、こいつらも哀れなものだ。残滓どもの言葉通りなら、夜天の書のオリジナルが健在で、そちらの陣営に魔女とその後継者がいる限りは、たとえ完成態を作り出せたところで、速攻で対処されて終わりだというのに。」
「合法的な研究だけで利益を上げるのが厳しい、というのは分かるが、どうせならもう少しオリジナリティがあるものを研究すればよかろうにな。」
「世の中の人間すべてが、ドクターや魔女のようにはいかないわ。マスタングのように既存の物を大きく変化させられるだけでも、瞠目すべき才能と能力だと思わないと、ね。」
女の言葉に、苦笑せざるを得ない男ども。
「さて、我々がいた痕跡は消し終わった。見つかる前にさっさと引き揚げるぞ。」
「ああ。」
「ゲートを開くわ。」
女の言葉に一つ頷くと、最後に念のために炎属性の砲撃で遺体を焼き払う杖持ち。まかり間違って再生でもしたら、いろいろ面倒な事になる。
砲撃の炎が消えた後、研究所には彼らがいた痕跡は、何一つ残っていなかった。
「悪いんやけど、今度のコンサートツアー、いろいろ厄介な事になりそうやねん。」
「どういうこと?」
夕食後の自由時間。はやてに呼び出されたなのは達は、唐突な一言に戸惑いの声を上げる。
「……もしかして、今辺境で起こってる事件の事?」
「まあ、フェイトちゃんは知ってるか。うん、その事やねん。」
「はやてちゃん、フェイトちゃん、辺境で起こってる事件って?」
「まだ詳しくは調査中やねんけど、あっちこっちの鉱山とかが襲撃されて、住民がほぼ全員殺される事件が相次いで起こってるねん。」
その言葉に、いろいろとピンと来るものを感じる一同。
「要するに、襲撃を防げ、ってこと?」
「そうなるかな。犯人の特徴ははっきりしてるんやけど、行動範囲の広さと頻度から言うて、同じ格好した複数犯とちゃうか、言う話になっとる。」
「その特徴ってのは?」
「おかしな刺青をした二人組、言う話や。あまり鮮明ではないけど、犯人の映像もあるで。」
そう言って、映像を見せるはやて。確かに不鮮明だが、特徴ぐらいははっきりと分かる。
「あと、これは母さんが言ってた事なんだけど、夜天の書に蒐集されていた技術の中に、犯人の体に浮かんだ模様と似たような特徴を示すものがある、って。」
「それはどういうもの?」
「対魔導師技術の一つで、いわゆる超人志向の物だったらしいよ。ある種のウィルスを使って、人間の体を作り変えるんだって。骨が鉄より固くなって、皮膚が魔力を遮断するようになる、とか言ってたかな? あと、生き物とは思えなくなるほどの再生能力を身につける、ってところだったと思う。」
「バリバリの違法研究やな。」
「うん、そうだと思う。夜天の書からサルベージした記録だと、最後の方でもあまり成功率が高くなくて、しかも制御できないほどの強烈な破壊衝動が沸き起こるから、完成体も結局は欠陥品だったみたい。」
面倒な話を聞き、一つため息をつく優喜。
「それを薬とかで無理やり押さえたらどうなるとか、そう言う記録は?」
「無理に抑えると体内のウィルスが暴走して、抵抗の余地なく死亡する、って言ってたかな?」
「本当に使いものにならないなあ、それ……。」
ウィルスを使った肉体改造、というのは着眼点としては悪くないのかもしれないが、その結果がコントロール不能というのはいただけない。
「フェイトちゃん、もう少し詳しい情報は?」
「母さんも、現状ではこの程度の情報しか持ってないみたい。概要を解析した時点で、違法研究だからって復刻する対象からはじいてるから、詳細部分を解読した資料が無いんだって。」
「ほな、手すきがあったらでえから、プレシアさんらに資料の調査お願いしといて。」
「分かった。」
事前に出来る事は、一つでも多くやっておくにこしたことはない。続いて、検討できる事を検討していく事にする。
「優喜君、仮に完成体がおったとして、どうにかできる自信は?」
「直接見てみないと分からないけど、単に魔法が通じないだけだったら、どうとでも出来るよ。再生能力が高い、って言っても、跡形もなく消し飛ばされて生きてるほどじゃないだろうし、相手が二人だったら、最悪秘伝を使えば一瞬だよ。」
「優喜、秘伝は駄目!」
「優喜君、そういう身を削るような真似は許さないからね。」
「分かってる。ただ、今なら二発までは問題ないから、一応選択肢としては考えておいて。」
そう言う事を平気で言う優喜を睨みつけていると、はやてが苦い顔で一つ頷く。
「了解や。」
「はやて!」
「ほんまはうちらが相手を殺す前提で行動するんはまずいけど、最悪の場合、選択肢としては考えとかんとあかんやろうしな。」
「でも!」
「あんまり言いたくはないけど、それしか手が無いんやったら使うしかあらへん。残念ながら、犯罪者の命や人権と、たくさんの罪のない人の命や生活とは釣り合わへんし、私らの命と普通の人らの命も同じ事や。言うたら、私らはいざという時命を張るから、普通よりええ待遇でええ給料をもらっとるんやし。」
もちろん、最後まで生かして捕まえる努力は怠ったらあかんけどな、というはやての言葉に、反論が思い付かずに沈黙するなのはとフェイト。結局のところ、犯罪者との戦いは、究極的にはそこの葛藤からは逃れられない。
「まあ、優喜君が秘伝を使う使わへんの話は、結局のところなのはちゃんらが例の犯罪者を仕留められるかどうか、それだけの話や。」
「……そうだね。」
「……意地でも仕留めてみせるよ。」
「その意気や。で、コンサートツアーの空き時間の話やけど……。」
はやてが何かを言い出す前に、フェイトが口をはさむ。
「実は、私今回の巡業先に、いくつか目星をつけた施設があるんだ。」
「そこにもぐりこむ、と。大丈夫?」
「問題ないよ。そのための訓練もやってるし、最近ようやく御神流の皆伝ももらえたし、ね。」
「そうやったん?」
「うん。」
「知らんうちに、ごっつい事になってるんやなあ……。」
感心するようなはやての言葉に、思わず苦笑するフェイト。
「施設内部みたいな閉鎖空間で、御神流に勝てる相手はそうはいないし、広い空間はそもそも私の得意分野。自由に飛び回れる状況で、そう簡単に後れを取るつもりはないよ。」
「フェイトちゃん、必要なら呼んで。すぐに行くから。」
「うん、お願い。」
「それやったら、そもそも攻撃が通じひん、みたいな状況でもない限りは制圧に失敗することもなさそうやな。」
はやての台詞に、苦笑しながら頷く優喜。なのはが制圧できない施設など、どんな要塞なのかと小一時間ほど問い詰めたくなる。
「後は、来週中に竜司が合流する予定。」
「竜司さんって、結局どうなん?」
「攻撃力と防御力は、僕より大分上だよ。その分、感覚器周りは僕の方が大幅に上だし、スピード勝負なら普通に勝てるぐらいだけど。」
「なるほど、絶望的に強いって思っとけばええわけか。」
「最大火力は秘伝二発だから、そこは全く変わらないんだけどね。」
例の違法研究の完成体と優喜や竜司と、一体どちらの方が物騒なのか。時折遠い目をしたくなるはやて。
「まあ、当面の備えは十分そうやし、後はコンサートそのものを失敗せえへんように、最後の追い込みをかけるだけやな。」
「そうだね。」
「スバルとかティアナの生活費もかかってるし、いっちょ気合入れてやろか!」
はやての掛け声に合わせて声を上げる一同。ようやくティアナの問題が解決した矢先の事件。どうにもまだまだ面倒事は終わりそうもない広報六課であった。