「あら?」
「どうしました?」
「いえ。ティアナさん、最近お肌のつやが良くなってきているようなので、こちらの生活になじまれたのかな、と思いまして。」
「……馴染んだと言うか、割り切ったと言うか……。」
週に一回のエステの日。担当のエステティシャンに指摘されて、苦笑交じりに答えを返す。
「割り切った、ですか?」
「はい。イロモノと呼ばれることに対しても、竜岡師範に好き放題しごかれることに対しても、そういうものだと割り切ったら、随分と気持ちが楽になりました。」
実際には、体力がついてきたこともあるんでしょうけどね、と、淡く微笑んで見せるティアナに、どう声をかけていいか分からないエステティシャン。
「それにしても……。」
「なんでしょうか?」
「いえ。仕事の一環としてエステを受けられるって、すごく贅沢な環境だな、と思いまして。」
「あ~、確かにそうですね。大手の芸能プロダクションでも、なかなかこうはいきませんよ。」
広報六課に置いて、最も特殊な業務がエステだろう。世間一般に顔と姿を晒す関係上、美容周りをちゃんとしておくのも仕事の一環だ、という考えらしい。専門の設備があり、有名どころの業者が出張で来ているあたり、変に力が入っている。また、言うまでもなくグループごとに専任のスタイリストが付いており、ステージ前以外に毎週一回、彼らのチェックを受けることになっている。それ以外にも大量のファッション誌や化粧の試供品が常備されており、管理局の部署としては異彩を放っている。因みに、試供品はエステ業者やスタイリストを派遣している美容院の伝手で取り寄せたものだ。
とはいえど、ファッション誌や試供品はともかく、エステを業務の一環として無料で受けられるのは、フォワード陣以外でははやてとシャマルだけである。バックアップのロングアーチはめったに表に顔を出さないため、美容周りは自腹だ。とはいえ、一応お得意様である広報部に対しては、出張で来ている美容サロンが割引券をばらまいているため、それほど不満が出ている訳ではない。そもそも、フォワード陣は竜岡式で叩かれた揚句、歌にダンスに演技指導にと、普通の局員なら必要ないレッスンで
ひたすらしごかれるのだから、エステやマッサージをただで受けるぐらいの「特権」に文句をつける人間はいない。それに、事前に申請していれば、フォワード以外もエステティシャンやスタイリストからアドバイスを受けることは許されている。
因みに、スタイリストからアドバイスを受ける回数は、何気にヴァイスが一番多かったりする。要領良く立ち回って仲良くなり、昼休みに食事しながら意見を聞くと言う裏技で申請回数を減らしているのだから、恐れ入る話だ。
「そう言えば、もうすぐですよね。」
「もうすぐなんですよね……。」
来るべき大規模イベントを思い出し、思わず力なく声を漏らす。ダンスの方はすでに、ほとんど意識しなくてもミスせずに踊れるレベルにきている。また、日ごろのしごきが物を言ってか、踊りながらマイクなしでも、レッスンルームの端から端までBGMに負けない声の大きさで最後まで歌いきれるようになった。だが、歌そのものはフィアッセいわく「とりあえずは合格」。要するに、辛うじて舞台の上に立たせることはできるが、まだまだ色々不安があるレベルにすぎない。
練習量が段違いなのでしょうがない事なのだが、この方面のレベルで言えば、明らかに三期生のガールズバンド「ブレイクタイム」の方が格段に上である。Wingに迫る歌唱力と、一風変わった楽器構成が売りのグループだ。音楽活動の方では六課稼働と同時にデビューしており、緊急出動の方もつい先日無事に乗り切った、期待のルーキーである。
もっとも、スバルとティアナに関しては、現場経験も実戦経験も三期生よりははるかに上だ。何しろ、一年間がっつりこき使われていたのだから出動回数もなかなかのものだし、雑魚とはいえガジェットをはじめとしたAMF関連の相手ともやりあった事がある。二期生ほどの華々しい活躍はないものの、経験自体は彼らに劣っている訳ではない。
「まあ、多分私たちはそれほど注目を集めないとは思うんですが……。」
「そう言えば、ヴォルケンリッターの皆さんも、結構顔色がよろしくなかったようですよ。」
「でしょうね……。」
シミュレーター訓練の時にいろいろアドバイスをくれたシグナムとヴィータを思い出し、思わず苦笑する。二人とも、明らかに自分達より芸能活動に向いていない。もっと言うと、はやての「デバイス」であるリインフォースは、見た目こそ極上なのに性格がネガティブで扱いづらく、一度レッスンで顔を合わせた時は、あの体格体型で段ボールハウスにもぐりこんでガクガクふるえていたのだから難儀な話だ。
「……今日はこれで終わりです。お疲れ様でした。」
「ありがとうございました。」
「ステージ、頑張ってくださいね。」
エステティシャンに挨拶を済ませ、服を着替える。朝よりも張りとつやを増した肌を確認し、感嘆のため息を漏らす。流石はプロの技だ。毎回結果を確かめては、ついついため息を漏らしてしまう。先月までは美容など全く意識していなかったし、若さも手伝ってエステの効果には懐疑的だったが、今では一定以上の経済的余裕を持つ女性が、必死になって時間をひねり出して通うのも納得している。
「さてと、次は確か、通し稽古ね……。」
イベントまで後二週間を切っている上、ティアナ達四人とヤマトナデシコの三人以外は、かなり頻繁に出動を繰り返している。そのため、最近は全員休日返上でレッスンを続けている。ティアナ達は一応免除されてはいるのだが、竜岡式の訓練は休日だろうとがっつりやるのが義務になっているし、正直芸能周りはいくら特訓してもし足りないと言う不安があるため、配属されてからこっち、休日はずっと自主的にレッスンを受けに行っていたりする。
余談ながら、なのは達の出席日数問題については、プレシアと忍がこっそり開発していた、エーデリヒ式をベースにした身代わり人形により解決している。元々は、プレシアのライフワークである、アリシアと会話をする方法の開発一環として行っていた、意識の一部をリンクして操作できる躯体を作る研究の成果物である。これにより、六課の業務をフルタイムでこなしながら、大学の授業を本人が受けると言う荒業を可能としたのだ。とはいえ、その分本人の負担もなかなかのものなので、回数こそ激減したものの、結局は出席日数を計算してローテーションを組んで休むという当初の予定は変わっていない。
「さて、今日は最後まで稽古できるのかしら?」
今までのパターンを思い出し、ため息交じりでつぶやく。誰のせいでもないのだが、この切迫した日程で通し稽古が一度も成立していないのは怖い。そんな暗い予想を頭を振って振り払い、集合場所へ急ぎ足で向かうティアナであった。
「通し稽古の前に済ませておきたい事、って何ですか?」
放送で呼び出されたスターズとライトニングのメンバーを代表して、スバルが不思議そうな顔で質問する。
「みんなのデバイスができたから、最終調整とデバイスの説明をね。」
「もうできたんですか?」
「もうできたんだって。まあ、エリオとキャロの分は、ずいぶん前から作り始めてたんだけどね。」
それでもすごい、と素直に感心して見せる一同。広報部のメンツの場合、使うデバイスは基本的に、特殊仕様のハイエンドデバイス、それも特に頑丈さに力を入れたワンオフものの専用カスタム機にならざるを得ない。何しろ、六課の魔導師連中は、揃いも揃って無駄に出力が高い上に、前に出て物理攻撃を叩き込む人間の比率が高い。そのため、普通に支給される汎用デバイスでは、まず使い物にならない。全員ハイエンドの専用デバイスを持っていると言うのは贅沢な話だが、広報部はそれを成すだけの資金も実績もあるのだ。
「そう言う訳だから、仮デバイスをシャーリーに渡して。まずはデータのすり合わせをするから。」
なのはに促され、今まで使っていた訓練用の仮デバイスをシャーリーに渡す。それまで使っていたデバイスは六課に入った時に取り上げられ、データチェック機能を限界まで強化した仮デバイスを渡されていたのだ。言うまでもないことだが、それぞれの自作のローラーブレードとアンカーガンよりははるかに性能が良く、自分の相棒が仮で使うものより低性能と言う事に大いにへこんだティアナであった。
「今日の通し稽古から正式なデバイスでやるから、今のうちに要望とかあったら言っておいてね。大抵の事は何とかなるから。」
「技術者としては、使いづらいところとかおかしなところ、足りないところはどんどん言ってもらえた方がありがたいので、絶対に遠慮とかはしないでくださいね。」
「道具の足りないところをカバーするのも腕だ、って言う考えも間違いではないけど、今後のデバイス開発のために今はその考えを封印してね。」
仮デバイスのデータをもとにすり合わせを行っている間に、この場での注意事項を告げるなのはとシャーリー。因みに、これまでに一番色々無茶な要望を出してきたのは、なのはの愛機であるレイジングハートだ。おかげで現在、外見こそまだ辛うじて元の面影を残してはいるが、中身はすでに原形をとどめていない。なお、普段はもっと砕けた口調のシャーリーだが、たまに何かスイッチが入っている事があり、時折階級が下のはずのスバル達に対してまで、やたら丁寧な話し方をする。
「データ修正完了。」
「じゃあ、まずはスバルのから行こうか?」
「はい。」
そう言って、待機状態のデバイスを差し出す。それを恐る恐る受け取って、じっくり観察していると、なのはとシャーリーから説明が入る。
「スバルのデバイスはマッハキャリバー。ローラーブレード型のインテリジェントデバイスで、特にフォームチェンジとかの機能はついてないよ。クイントさんやギンガの意見も参考に設計してあるから、そんなに的をはずしてはいないと思う。」
「リボルバーナックルを収納、瞬間装着できるようにしてありますので、これからは一体型として運用できます。あと、それも含めたもろもろのために、リボルバーナックルの方のソフトもあれこれいじってあります。あと、今までの運用実績その他を鑑みて、自己修復機能を追加してありますので、今までほどのメンテナンスは必要ないはずです。」
「機能としては強度と突破能力に特化してあるんだ。一応慣れるまではリミッターがかかってるけど、それでも今まで使ってたローラーブレードよりははるかに性能が上だから、振り回されないように注意してね。」
「あと、現時点では、ですけど、新規のデバイスの中では唯一、他のデバイスとの同調機能を持たせた娘だから、ちょっと心配です。テストでは問題はなかったけど、実際に使ってみると思わぬ不具合が出ることも結構ありますので、簡単なものでいいから、訓練の後にレポートを書いて欲しいんです。」
「分かりました!」
そう返事を返して、セットアップを行う。なのは達の説明通り、同時にローラーブレードとリボルバーナックルが装着される。バリアジャケットのデザインは、今まで仮デバイスを使っていた時の物がそのまま適用されているようだ。
「次はティアナのデバイスだね。」
「その娘はクロスミラージュ。拳銃型インテリジェントデバイスです。アンカーガンと同じくベルカ式カートリッジシステムを採用してあります。基本的にはあの娘の機能をそのまま発展させたものですので、それほど使い勝手は変わらないはずです。」
「ただ、ローラーブレードと同じで、リミッターは掛けてあるけど性能が段違いだから、そこら辺は注意の事。あと、折角だからってことでモードチェンジを組み込んであるけど、現時点では封印してあるからそこは気にしなくていいよ。」
「先ほど、基本的にはアンカーガンの機能をそのまま発展させた、と言いましたが、その中でもやはり基礎強度を重点的に強化してあります。それと、これまたせっかくだから、ということで、幻術に関するサポート機能を充実させてみました。こっちもあまり使い手がいない魔法に関するシステムなので、訓練の後にレポートをお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「問題ありません。」
そう言って、デバイスだけの限定起動を行う。今まで使っていたものより若干大きくなったが、全体的なフォルムはさほど変わらない。グリップ付近に刻まれた大きな×印が目を引き、全体的に若干シャープなデザインになったイメージはあるが、その程度の差だ。さすがに新品の、それもワンオフもののハイエンドデバイスだけあって、自作のアンカーガンよりは高級感あふれる雰囲気ではあるが、それも使いこんだ道具と新品の道具、ぐらいの違いだ。
感触のチェックのために、両手に握った二丁拳銃で軽くジャグリングを始める。スバルにとっては見慣れた作業だが、他のメンバーはそれを見るのは初めてだ。思わぬかくし芸に歓声をあげるエリオとキャロに気を良くすることもなく、淡々とグリップをシャーリーに向ける形でジャグリングを終える。
「びっくりするほど私のアンカーガンにそっくりなんですが、これもシャーリーさんが?」
「使い慣れたものに近い方がいいかと思いまして。なんなら、重量やバランスをいじりますけど?」
「現状、これが私にとって最高なので、このままでお願いします。」
「了解。気が変わったらいつでも言ってくださいね。」
「ありがとうございます。」
そう言って、新たな相棒に軽く挨拶をして待機状態に戻そうとしたところで、手首に見慣れぬリングがついている事に気がつく。
「あの、このリングは?」
「あ、それは私が提案してつけてもらったんだ。」
「なのはさんが?」
「うん。ティアナとエリオのデバイスは手持ち式だから、弾き飛ばされたりした時のための保険に、ね。私やフェイトちゃん、カリーナなんかにも仕込んであるんだ。」
そんな状況での保険、と言われてもピンとこないが、口ぶりからすると、それなりに実績があるシステムなのだろう。
「まあ、詳しくは訓練の時に実演して見せるから、ね。」
「了解しました。」
なんとなく、また管理局の一般常識の斜め上を行く真似をするのだろう、と当りをつけ、あえて今ここで追及するのをやめる。この一カ月で、常識がどうより、自分が同じ真似をできるかどうかを重視するようになったティアナ。これを成長と呼ぶのか適応と呼ぶのかは難しいところだ。
「説明を続けるよ。エリオのはストラーダ。ベルカ式の非AI搭載型アームドデバイス。シグナムさんとかゼストさんの意見を参考に、今のエリオのデータに合わせて微調整した槍型デバイスだよ。」
「頑丈さと取り回しの良さを重視して調整してあります。後、取り立てて変形機構はつけていませんが、長さはそれなりに自由にできるようにしてあります。」
「後は穂先を外せるようにしてるぐらいかな? 一応一発芸として、穂先を撃ち出せるようにもしてあるけど。」
「飛ばした穂先は回収しなくても生成できるようにしてありますので、必要だと思ったら容赦なく撃ちだしてください。あと、ロケット推進で突進力と対空能力を強化、なんていう物騒なシステムは積んでいませんので安心してください。そんな、一回やったらあとが無いギミックはつけませんので。」
なのはとシャーリーの解説に、好奇心に目を輝かせながら頷き、デバイスを展開して軽く振りまわしてみる。さすがに場所が狭いので演武と言う訳にはいかないが、それでも狭いなりに器用に周りにぶつけないように突き、薙ぎ、払いの動作を何セットか繰り返して見せるエリオ。違和感が無いかを一通りチェックした後、目を輝かせてシャーリーに視線を向ける。
「凄いです! 重心が理想的な位置にあって、バランスが最高です!」
「それはよかった。長さをいじるとバランスも変わるので、自動補正プログラムの充実のためにちょっと使ってみてレポートを書いてください。」
「分かりました!」
今までこんなに理想的な槍を振るった事が無いエリオは、喜々として自身のデバイスを待機状態に戻す。それを見たなのはとシャーリーが、最後のデバイスを紹介する。
「最後はキャロのだね。手袋型のブーストデバイス・ケリュケイオン。仕様は基本的にフルバックのそれだけど、ソフト周りにはメガーヌさんのアドバイスを取り入れてあるから、今までよりも召喚周りの魔法は使いやすくなるはずだよ。」
「具体的には、基礎強度と通信・感応系をとことんまで追及してあります。召喚師がデバイスを使った時に問題になりがちな、外部からの思考ノイズを極力フィルタリングするようにしてありますので、戦場での悪意やら狂気やらを拾って暴走させる、という事故はかなり回避できるはずです。もちろん、術者本人がしっかりしていないと意味はありませんけどね。」
その説明を聞いてデバイスを展開し、手を握っては開いてを繰り返して感触を確認する。指を一本ずつ動かしたり、アニメでやってそうな手つきを真似してみたりと、一通り手先の自由度をチェックした後、おもむろに魔法を発動させてみせる。その様子にぎょっとしたスバル達三人を尻目に、魔法を使って呼び出したそれをしげしげと眺め、そして
「えい!」
空中に固定したその器具に向かって、可愛らしい気合の声とともにズドンとやたら重い音が。
そう。キャロは召喚魔法を使って、わざわざサンドバッグを呼び出していたのだ。その呼び出したサンドバッグを、可愛らしい気合の声とともにさらに数発殴り、最後に思いっきり発勁を叩き込んだ後、デバイスとサンドバッグの状態をチェックしてから送還する。
「……なるほどなるほど。」
「少々荒っぽく殴っても壊れないから、安心して。」
「凄いです。今まで陸士学校で使わせていただいてたブーストデバイスは、下手に発勁とかすると普通に壊れてましたから!」
「だと思って、強度には特に注意しましたよ。」
和気藹々と物騒な話をしている三人に対して、思わず全力で引くティアナ。竜岡式で鍛えられている以上、キャロが発勁の一つや二つ使えるのはおかしなことではないのだが、華奢で可憐な、どちらかと言えば守ってあげたくなる外見の彼女が、プロボクサー顔負けの打撃をサンドバッグに叩き込んだ挙句に、デバイスの性能ではなく頑丈さの方に感激するのは何かが違う気がする。
そこまで考えてから、余計な事を思い出す。今紹介されたデバイス全て、やたらと頑丈さにこだわって設計されていた。今までは、竜岡式で鍛えられると出力が洒落にならないからだと思っていたが、むしろそれはおまけの理由ではないのか、と余計な事を考え、よせばいいのについつい確認してしまう。
「あの、なのはさん、シャーリーさん……。」
「何、ティアナ?」
「何か問題でも?」
「問題、というわけではないのですが、私達のデバイス、やけに強度とか頑丈さとかにこだわっていたようですが、それって……。」
ティアナが聞きたい事を察した二人は、顔を見合わせた後小さく苦笑して答えを返す。
「あのね、ティアナ。意外と、最終的に物を言うのは物理的な打撃だったりするんだよ?」
「いわゆる、レベルをあげて物理で殴れ、と言うやつですね。」
「そうそう。結構その方が相手も自分達も安全に制圧できたりするから。」
要するに、ガンナーたる自分も、フルバックのはずのキャロも、最悪の場合は物理的に相手を殴り倒すと言う選択肢を取れるように、ゴーレムぐらいなら普通に粉砕できる強度を持たせているらしい。普通に考えて、そんな強度の鈍器で相手を殴れば即死しかねないが、竜岡式で一カ月も鍛えられれば、それが一番安全に相手を仕留められる可能性がある事ぐらいは理解している。魔法が通じないならどうするのか? 物理攻撃で殴ればいいのだ。
しかも、よくよく考えれば、スバルとエリオがギョッとしていたのは、新品のデバイスでいきなり問答無用で魔法を発動させたことに対してであって、それで呼び出したサンドバッグにラッシュを叩き込んだシーンには、特に驚きを見せてはいない。つまり、フルバックがフロントアタッカー張りの攻撃をすることぐらい、竜岡式の経歴が長い二人には驚くようなことではないのだ。
「それでシャーリー、微調整の方はどんな感じ?」
「後はオートアジャストで十分いけると思いますが、とりあえず念のために明日の朝の訓練が終わってから一度、こっちに持ってきてください。」
「「「「了解です!」」」」
「じゃあ、通し稽古にいこっか。」
なのはに促されて、イベントの通し稽古に移る。わざわざ本番の野外ステージと同じものを構築しての本格的なそれは、結局今回も半ばで出動が入って、最後までは行かなかったのであった。
イベントまで残り一週間を切ったある日。珍しく一般訓練が業務時間内にあったその日、夜の訓練を終えた後に、ティアナはついに、今まで抱いていた懸念を外に漏らしてしまった。
「竜岡教官。」
「どうしたの?」
「私は、本当に強くなっているのでしょうか?」
ティアナの言葉に、少し考え込む。元々ティアナ自身は、フォルクを含む今までの門下生と違い、地上の平均より実力があった。六課に来る前と比較するなら大分力量は伸びているが、初期値が他の人間に比べて高いため、彼らほどは劇的な変化が見える訳ではない。
そもそも竜岡式は、気が付いたらかなり力量がついていた、と言うタイプの伸び方をする鍛錬法であり、初期の三カ月程度を比較した場合、同じ時間をかけるなら、管理局で一般的な訓練の方が伸び率は高い。竜岡式での三カ月が、普通に鍛えるよりも大きく体力を身につけられる程度なのに対し、一般的な訓練なら、三カ月あれば全般的に最低ラインの戦力として戦える程度の力量を得られる。もちろん、フォルクを鍛えた時のように、ある程度以上のリスクを許容するのならば、三カ月で半年分以上の成果を出すことも可能ではあるが、優喜の師匠ならともかく、優喜の力量では弟子が壊れるリスクが低くない。
そう言ったもろもろを踏まえた上で、優喜はティアナが確実に耐えられる限界をやや超えたぐらいの訓練を行っているが、今のところ特に不具合は出ていない。フォルクを鍛えた時より厳しくやっているのだから、少なくとも基礎体力の面では二か月前とは段違いになっている。
が、今現在不安になっている人間に、魔導師としての戦闘能力には直接的な影響が少なく、その上自覚し辛い基礎体力の伸びを説明したところで意味が無い。
「いきなりの質問だね。何かあったの?」
「何があった、と言うほどの事ではないのですが……。」
今まで口に出さなかったこの手の質問が出てくると言う事は、多分先ほどの一般訓練で、何か思うところがあったのだろう。
「とりあえず、他の三人とティアナを比べても意味が無いよ。基本的に鍛錬の量と質と時間と熱意と集中力がダイレクトに力量に跳ね返ってくるうちのやり方を、それなりのレベルで何年もやってきてるんだし。」
「それは分かっているのですが……。」
「元々ティアナは、普通に鍛えてもそれなりに上を目指せるんだし、焦る事はないって。」
実際のところ、本来ティアナは正攻法でも、海の平均を超える程度の実力は十分身につく人材だ。資質を見ると、魔力容量がやや物足りなく、適性の問題で飛行周りを身につけるのが厳しいという欠点を抱えてはいるが、ティアナと大差ない程度の能力でAA+ぐらいのランクを持っている人間もそれなりには居る。そもそも、飛べる以外は同じような資質のティーダとて、二年前にAA+の認定試験に通っているのだから、本人の努力次第だがティアナもそれぐらいの力量は問題なく身につくはずなのだ。
そして、竜岡式の場合、根本的に次元世界で一般的に使われている尺度はあまり意味が無い。何しろ、指導をしている優喜自身に魔力資質が無く、今までの常識では飛ぶことはおろか、素手の打撃で魔導師にダメージを与えること自体が不可能なはずの人材なのだ。必然的に、教わる戦闘方法も、魔法を考慮しないものが主体になる。
正直、現行の管理局の育成方法に比べて、必ずしも竜岡式が優れている、というわけではない。故障や挫折のリスクを低く抑えると、最初の芽が出るまでに年単位の時間がかかる。かといって半年一年でどうにかしようとなると、優喜レベルの指導者が付いていても、並大抵の根性では耐えきれない。確かに魔力に対する影響は大きく、やるのとやらないのとでは段違いの能力差が出るが、元々こちらは偶然発見したようなものだ。今までの結果を踏まえてなお、魔力の強化を目的でやるには、竜岡式は効率が悪すぎると言わざるを得ない。
理想はやはりなのは達がやったように、竜岡式で基礎を徹底的に鍛えながら、並行で濃い密度で一般的な魔導師訓練を行う事なのだが、ティアナに限らず、余程切実な理由でもない限りは、そう簡単にそこまでの訓練は行えない。なのはとフェイトの場合、ジュエルシードと言う特級の危険物をどうにかしなければいけないと言う、割と切羽詰まった理由があったことが集中力と密度をあげるのに貢献したが、ティアナのように周りを見て焦っている人間の場合、下手に密度をあげるのは故障のリスクが大きすぎる。そしてそれ以上に、一般の魔導師には毎日オーバーワーク寸前まで体をいじめて、その上で制御訓練を行うためのモチベーションなど存在しない。
「焦るな、と言われましても……。」
「焦って強くなっても、いずれどこかで破綻するよ。まあ、心配だったら聴頸の練習ぐらいは付き合うけど?」
「……お願いします。」
「了解。」
焦ってるなあ、と苦笑するしかない優喜。竜岡式に対する不信感と、周りとの力量差に焦っている今のティアナには、少々の言葉では通じないだろう。できることなどせいぜい、オーバーワークにならないように修正しながら、好きなように訓練をさせるぐらいしかない。
十五分程度、じっくり聴頸の訓練に付き合ってから、訓練を終わりにする。これで終わりなのか、と言うティアナの顔を無視して、感覚周りのクールダウンを済ませてる。
「焦るのも分かるけど、量をこなすよりも、集中して密度をあげる方が効果が出る。それに、イベント前に体を壊してもまずい。何をするにしても、まずは目先の記念公演を無事に終わらせてから考えよう。」
「……分かりました。」
ティアナの返事を聞くと、軽く手をあげてその場を立ち去る。彼女との間にある溝は、なかなか埋まりそうもない。いろいろな事の面倒くささに、思わずため息の漏れる優喜であった。
『プレシアさん、すずかちゃん、そっちはどないな感じ?』
「コアユニットは完成したから、後はテスト飛行ね。」
「追加パーツは鋭意製作中。多分、夏ごろには完成すると思うけど……。」
予想以上の進捗度合いに、それはすごいと素直に感心して見せるはやて。
「とはいえ、完成させても、使うかどうかは分からないんだけどね。」
『まあ、このスペックやったら、普通はそうやろうなあ。』
「私はマッドサイエンティストなのよ? 使うかどうか分からない怪しげなギミックを無駄な高性能で組み込むのは当然じゃない。」
『自分でマッドサイエンティストとか言わんといてください……。』
でかい胸を張って無駄にえらそうに言いきるプレシアに、思わず呆れてそう突っ込みを入れる。
『それにしても、あの予算でほんまに大丈夫やったんですか? L級言うても戦闘能力を持った次元航行船のオーバーホール費用って、指定された金額を普通に超えてるんですけど……。』
「問題ないわ。ああいうののほとんどは部品代と人件費で、原料費はそれほどでもないのよ?」
『そう言われましても……。』
「それに、最初にドッグを作ったでしょ? そっちの方で人手も費用もかからないようにあれこれやったから、そこは心配しなくて大丈夫よ。」
『あの、多くの人に何でこれが成立するのかが分からへん、と大いに頭を抱えさせた斬新なシステムのドッグですか……。』
プレシアがあふれだすインスピレーションとほとばしる熱いパトスをぶつけた、広報六課専用の次元航行船ドッグ。管理局との共同開発と言う形で特許を取得してあるが、ぶっちゃけそうそう真似できない構造になっているのは間違いない。フェイトのおかげで向こうから戻って来てから、妙にアイデアがわくと言っていたが、やはり一度でも越えてはいけない一線を越えてしまったからだろうか。
「まあ、そんな訳だから、いろいろ期待しててちょうだい。」
『……それなりに、期待させてもらいます。』
「それで、アースラ改造の進捗を確認するためだけに通信を繋いだ訳じゃないのでしょう?」
『えっとですね。フォル君のデバイスが最近ちょっと不調で、ちょっくら確認してほしいとのことです。』
「シャーリーは?」
『濃いデバイスが多すぎて、ちょっと今、手が回ってへんみたいです。そうでなくても、アバンテのブリガンティンはメンテに手がかかるみたいやし。』
はやての言葉に、顔を見合わせて苦笑がちに頷くプレシアとすずか。イロモノに合わせたワンオフ機は、当然どれもこれも濃い構造のイロモノデバイスになる。むしろ、スバル達のデバイスが良くあそこまで普通に仕上がったものだと、関係者一同苦笑を禁じ得なかったぐらいだ。
二期生と三期生のデバイスは拡大縮小をはじめとした、普通戦闘用デバイスにはそれほど必要ないであろうギミックが満載で、しかもチーム全員のデバイスが合体して必殺武器になるとか、それが最低五形態あるとか、非効率なことこの上ないシステムが組み込まれたデバイスマイスター泣かせの代物ばかりだ。シャーリーは楽しんでいじっているが、それでも個々のシステムはともかく、複数のデバイスが絡む要素はデリケートなため、それほど簡単に整備が終わるものではないらしい。
「まあ、私が作ったデバイスだし、私が面倒をみるわ。改造とかは?」
『無茶をせん程度でお願いします。』
「はいはい。シグナムとヴィータのデバイスは、いじらなくてもいいの?」
『今のところは考え中やそうです。』
「シャマルのクラールヴィントは改造したのだから、前線に出る二人のものもそろそろスペックアップをしておいた方がいいとは思うのだけど?」
プレシアの言葉に一つ頷きつつ、シグナムもヴィータも拒否を貫く、とある非常に説得力のある言葉を口にするはやて。
『私としては、せめて基本フレームの強化ぐらいはやっとくべきやと思うんですけど、レイジングハートみたいになるのは勘弁してほしい、と言うてまして。』
「私だって、見境なくジュエルシードを組み込んだりはしないわよ?」
『むしろ、その後に追加されたシステムを見て懸念してるんやないかと思われますけど……。』
「あれは、レイジングハートが自分で図面を引いて改造しろと言ってきたものよ?」
『そのレイジングハート自身が、自分で考えた以上の成果を出してくれたと喜んでたらしいやないですか。』
「同じやるなら徹底的に、よ。」
プレシアの言葉に、ついつい力ない笑みを浮かべるはやて。自分のデバイスである夜天の書が、余計な改造の余地が無いロストロギアでよかったとしみじみ思う。さすがのプレシアも、あのクラスになると下手に手を出せないらしい。そもそも、夜天の書が闇の書になった原因が外部から余計な手出しをした事にあるのだから、いかにプレシアがマッドサイエンティストだと言っても、同じミスを起こしかねない真似はしない。
「まあ、それはともかくとして、いろいろ気になるデータがあるから、一度こっちでメンテナンスしたいの。はやてちゃん、手間をかけるけど、シグナムさんとヴィータちゃんの説得、お願いね。」
『了解や。まあ、すずかちゃんがブレーキかけてくれるんやったら、安心して預けてくれると思うで。』
「すずかがアクセルを踏まないとは、誰も言っていないのだけど?」
せっかくまとまりかけた話を、余計な事を言って振り出しに戻すプレシア。
『そ、そうなん?』
「えっと、まあ、常識の範囲内では?」
「すずかも伊達に忍の妹じゃないわよ?」
『くっ、私の知ってるすずかちゃんはもうおらへんのか……。』
「だ、大丈夫だよ! 間違ってもハンマーなのにドリルが無限に伸びるとか、そう言う妙なギミックを組み込んだりはしないから!!」
『やっぱりすずかちゃんもそっち側かい!』
慌てて墓穴を掘るような発言をしたすずかに、思わず全力で突っ込みを入れてしまうはやて。因みにすずかの名誉のために言っておくと、その余計なギミックを組み込みたがったのは忍で、すずかは止めに回ったのだが。
「まあ、冗談はともかくとして、現状ですでにフレームの強化は必須になってるから、一度メンテナンスついでにそこだけでも手を入れたいんだ。」
『そうやね。さすがにバルディッシュの魔力刃を使わへんフォームに、正面から打ちおうて一方的に負けるんはまずい。フォル君のブレイカーフォームで砕かれるんは、ある程度しゃあないけど。』
「昔は逆の立場だったのにね。」
『技術の進歩って言うのは、やっぱり凄いですわ。』
はやての言葉に苦笑する二人。プレシアは進歩させた方だし、そもそも最初から結構周囲と隔絶していた。すずかの方は残念ながら、昔を知らない。ゆえにはやての言葉には共感し辛い。
『まあ、メンテナンスとフレーム強化については、間を見てそっち行くように言うと来ますわ。』
「おねがいね。」
『まかせといてください。ほな、他の仕事がたまって来たんで、今日はこの辺で。』
そう言ってはやてが通信を切ったところで、互いに顔を見合わせるプレシアとすずか。
「さて、ああは言ったけど、グラーフアイゼンには改造が必須なのよね。」
「ですよね。問題は、それをヴィータちゃんとアイゼンが承知するかどうか……。」
「まあ、ヴィータはどうとでもできると思うわ。アイゼンは……、海鳴温泉にでも持って行って、お湯につけてあげれば言う事を聞くんじゃない?」
「温泉、気に入ってましたしね。」
一緒に温泉に行くたびに、こっそり限定起動でお風呂に浸かっては、やたら気持ちよさそうにゆだっていたハンマーと長剣を思い出す。デバイスの癖に、いったい温泉の何をそこまで気に入ったのかは不明だが、温泉につけると妙につやつやして機嫌がよくなるのだ。
「とりあえず、せっかくだから、アイギスもちょっと手を入れましょうか。」
「確か、私達が中学にあがる前に今の構造になって、それからはちょっとしたフレームの強化とメンテナンスぐらいしかしてないんでしたっけ?」
「ええ。だから、そろそろ本格的に改造しないと、いい加減旧式の範囲に入ってるのよね。」
最低でも十年単位でしかまともな改修が受けられない一般支給デバイスを使う局員が聞けば、その場で暴動を起こしそうな話である。そもそも、現時点でもアイギスは最高レベルの性能を誇る、ワンオフものの傑作機だ。剣のほうにはともかく、盾のほうには余計なギミックをほとんど仕込んでいないため、レイジングハートとバルディッシュを別にすれば、堅牢さと安定性では未だに他の追随を許さない高性能デバイスだが、製作者からすれば技術の進歩に取り残された、不満の残る代物らしい。
「何かアイデアが?」
「防御力はそのままフレームを強化すればすむから、むしろ攻撃力を稼ぐべきかと思っているわ。」
「そうかもしれませんね。それも、どちらかと言えば相手の攻撃を潰せるタイプの。」
「となると、突撃系の大技を使えるようにする方がいいかしら。」
そんなことをいいながら、前にメンテしたときのデータと図面を呼び出し、あーだこーだと複数のプランを検討する。
「とりあえず、グラーフアイゼンとアイギスのプランはこんなものとして……。」
「あとはレヴァンティン?」
「ええ。……すずか。」
「何ですか?」
「斬艦刀とか百五十メートルとかいう単語に、なんとなくロマンを感じない?」
「……人間のサイズで振り回せるようにしましょうね。」
その言葉の響きと紫電一閃で戦艦や千五百メートルクラスの古代龍を二枚におろすシーンのイメージに、一瞬かなり心を動かされそうになったすずかだが、さすがに常識とか物理法則とかそう言ったものを考えてとりあえず待ったをかける。いくらシグナムと言えど、握りの部分だけで下手をすれば自分の身長を超えかねないものを振り回すのは無理だろう。なんとなく持たせれば何とかしそうな気がしなくもないが、そんなチャレンジャーな真似はしないに越したことはない。
「まあ、とりあえずフレームをとことん強化した上で、シュランゲフォルムとは別の形で刀身を伸ばせるようにするのが妥当なところかしら?」
「そうですね。あとは、夜天の書と直接リンクできるようにした上で、よさげな魔法を探してシステム化する感じで考えましょう。」
「それぐらいが妥当か。ギミックを組み込むにしても、趣味に走っただけの使い勝手の悪いものを作っても無意味だしね。」
と、使う本人の希望も聞かずに、勝手に改造プランを立てていく二人。記念公演前日、メンテナンスだけのはずなのに立派に魔改造された相棒に、思わず地面に手を突いてうなだれるシグナムとヴィータがいたのであった。