「なるほど。彼女達も協力してくれる、と言うことか。」
「ええ。もっとも、あくまで優喜が向こうで里心がつかなければ、の話だけど。」
優喜達が向こうに行ってから初めての会合。そこで真っ先に出た議題は、やはり優喜の身の振り方についてであった。
「それで、紫苑と竜司に、何をしてもらうつもりなの?」
「そうだね。竜司君には普通に戦闘員として協力してもらうとして、紫苑君には優喜の店や寮などの手伝いをしてもらう事にするか。」
「それが妥当でしょうね。紫苑は確かに有能な女性だけど、あくまでも能力的には一般人よ。バックアップは出来ても、前線に出る類の事は、どう逆立ちしても不可能ね。」
プレシアの言うまでもない発言に同意するグレアムとレジアス。実際のところ紫苑とて、手が届く範囲にさえいれば、並の魔導師ぐらいは制圧できる程度には、合気道の技量はあるのだが。
「それで、カリム君。」
「はい。」
「予言については、どうかね?」
「そうですね。まだまだよく分からないところはありますが……。」
少し考え込んで、とりあえず間違いはないであろうことを告げる。
「とりあえず、こちら側の役者は揃ったのではないか、と思われます。」
「ふむ。だとすれば、今回の部隊の、もう一つの目的は果たせそうだね。」
「だといいのですが……。」
カリムの微妙な様子に、怪訝な顔を浮かべる年寄り達。その場を代表して、グレアムが声をかける。
「何か、不安要素があるのかね?」
「最近、予言が不安定なのです。」
「それは、やはり彼らのせいかね?」
「多分……。」
最近、と言うのは正確には、四年ほど前からである。不安定と言うより内容がころころ変わる、と言うのが正しく、たまに何かを投げたような中身を予言として伝えてくる事すらあるのだ。
その傾向は、なのは達が覚悟を決めて思いをぶつけたあたりからひどくなり、最近では連続で二件の予言が発生している。本来なら年に一度、それもいつの事かも分からない事柄を、詩文と言う形でひどくあいまいに告げてくるだけの予言。それがどうにも揺らいでいるのだ。
「そう言えば、シャッハが言っていたけど、あなたは竜司が援軍として現れる事を予期していたような感じだったそうね。」
「ええ。あの方が現れるとまでは分かりませんでしたが、あのタイミングで誰かが現れる事だけは知っていました。半信半疑でしたけどね。」
「それで、襲撃を受けた割には落ち着いていたのね。」
プレシアの言葉に頷く。だったら襲撃そのものを回避できなかったのか、と言うのは無茶な発言であろう。予言と言っても、いつどんな形で起こるかをはっきり記してくれるとは限らないのだ。たまに解析がうまく行って、事件そのものを未然に防げる事もあるが、今回はそもそもが、内部の裏切り者のあぶり出しと言う目的もあった以上、襲撃を回避する事は出来なかった。
「参考までに聞くが、竜司君と紫苑君について、どう思ったかね?」
「素敵な方々だと思います。」
どことなく、うっすら頬を染めた表情で、少しうっとりした声色をにじませて答えるカリム。
「特に竜司様は素晴らしい方です。何が起こっても冷静な態度、大きな背中、逞しい胸板……。年を考えるなら、せめて後三年早く出会いたかったと思いますわ。」
「……カリム、お前もしかして、そういう意味で素敵だと……?」
「はい。私にとって、理想の男性です。」
「……ぬかったわ。カリム・グラシアが筋肉フェチだったなんて……。」
プレシアの言葉に眉をひそめたカリムは、一つ反論をぶつけてくる。
「筋肉フェチではありません。私はあの大きなお体と巌のように精悍なお顔、そして頼もしいお人柄にひかれたのですよ?」
「……素晴らしくミスマッチな好みね。」
「いいではありませんか。騎士団の中にも、あの方が理想の姿だと言う人間は多いのですよ?」
確かに、戦場における頼もしさ、という観点では理想的かもしれない。パンチ一発で地形を変えるほどの火力と、レーザーが目に直撃してもノーダメージで終わる防御力。あんなものが戦場にいたら、それだけで戦局が決まってしまいかねない存在感を持っている。
考えてみれば、質実剛健を旨とするベルカに置いて、己の肉体一つで戦場をひっくり返す竜司の存在は、目指す究極の姿と言ってもいいのかもしれない。ベルカ騎士の理想になるのも当然と言えば当然で、ベルカ的な価値観を持つカリムが一目ぼれするのも、無理もない事なのだろう。
間違っても、絶対的な窮地を救ってもらった吊り橋効果、という理由ではない、はずである。
「まあ、だったらちょうどいいわね。」
「ちょうどいい、とは?」
「竜司の後見人よ。さすがにこれ以上私たちがバックにつくのは、いろいろな面で問題が大きいし、聖王教会との関係強化にもつながる事柄だし。」
「そう言う事ならぜひとも、我が聖王教会の騎士として迎え入れさせていただけないでしょうか?」
「本人が首を縦に振れば、問題はないわね。こちらとしては、大助かりよ。」
いろいろな意味で、利害の一致を見た管理局と聖王教会。どちらにせよ、あんな危険物をフリーでふらふらさせておく訳にはいかない。今回の事で、優喜自身にはついに鈴をつける事に成功したが、それだけでは十分とは言えない。
「後は、準備をいかに早く進めていくか、と……。」
「結成記念イベントの内容決定、だな。」
「折角広報の部隊なのだし、やりすぎぐらいにやってしまいたいところね。」
「新人の皆様は、どのぐらい完成しておられるのですか?」
「まあ、来季デビューの子たちはともかく、今期デビュー組は、そろそろ大舞台を踏ませても問題ないぐらいだそうだ。」
優喜が最後まで協力してくれることがほぼ確定した今、一番最初の思想から方向を変える必要はない。ならば、いろんな意味で派手にやるのが正しい姿だろう。
「さあ、祭りの始まりだ。」
レジアスの言葉は、これから始まる一連の出来事を正確に言い表していた。
「それで、結局どうやったん?」
「……言わなきゃ駄目?」
「……って言うか、分かってて言ってるよね?」
なのは達のジト目交じりの突っ込みに、苦笑しながら一つ頷くはやて。運命の日から三日後の事。いろいろバタバタしてしまい、優喜達が向こうに出発したのがつい先ほど。現在はそれを見送った後のお茶会である。
「そらまあ、あんな不自然な歩きかたしてたら、分からんはずあらへん。」
「だよね……。」
とは言え、動き方が不自然だと思ったのははやてぐらいなもので、他のクラスメイトは忙しさも手伝って、せいぜい何人かが、何かあったらしいと言う事に気が付いている程度である。
「で、どうなん?」
「想像の通り。」
「そっか。初めては凄い痛いって話やけど、ほんまにそうやったん?」
「……他の人は知らないけど、私はその瞬間は訳が分からなくなってたから、むしろ終わってからの方が痛かったけど……。」
どうせはぐらかそうとしても、このチビ狸がそれを許す訳がない。ならば、最初から直球で話してしまった方がいいと判断し、正直に話すなのは。フェイトとすずかの表情を見ると、どうやら二人とも似たようなものらしい。
「なのはもそうだったんだ。」
「フェイトちゃんも?」
フェイトとすずかの言葉を聞いたアリサとはやては、どうにも判断に困ってしまう。他の経験者はほとんどが痛かったと言っているのだから、多分普通は痛いのだろう。特に、初めて同士だと互いにそういうテクニックは皆無なのだから、余程でない限りは痛くて当然だとは思う。
「なあ、アリサちゃん……。」
「何よ?」
「この場合、なのはちゃんらがものすごくエッチなんか、優喜君があの顔で恐ろしくテクニシャンやったんか、どっちやと思う?」
「……あたしに振らないでよ……。」
ジト目のアリサに思わずごめんと謝るはやて。自分で振っておきながら、結構会話を続けにくい内容である。
「それにしても、既成事実を作った割には、あまり嬉しそうじゃないわね?」
「……うん。」
「何を心配してるのよ?」
「えっとね……。」
どう話せばいいのか、どこまで話せばいいのか。少し考えた上で、紫苑との話を全部伝える。
「そらまた、厳しい話やな……。」
「アンタ達は、それでいいの?」
「それでいいの? って言われても、ね。」
いまいち煮え切らない態度で顔を見合わせ、淡く微笑みあうなのは達。その様子にイラッと来てさらに言葉を重ねようとしたところで、フェイトが口を開く。
「私達は優喜のものになったつもりだけど、優喜が私達を自分のものだと思ってくれてるかは、正直分からないんだ。」
「あのねえ……。」
「それに、あくまでも優喜の故郷は向こうだから、向こうの方がいいって思ったら、それを止める権利は私達にはないと思ってる。」
フェイトの、あまりにも優喜にとって都合がいいように聞こえる言い分に、イライラが頂点に達して反論しようとした時に、水を差すような一言を最後に付け加えるフェイト。
「そもそも、ミッドチルダの法に置いては、優喜が私達を訴えれば、確実に私達は強制わいせつ罪で負けるレベル。そこまで勝手を押し通したんだから、現時点では、これ以上優喜に何かを望む事は出来ないよ。」
「……そうなの?」
「うん。特に優喜の場合、薬がなければ行為そのものが行えないし、今回用意した薬は普段の飲み薬じゃなくて張り薬、それも即効性の強いものだったから、合意の上で薬を使った、と証明するのが難しいし。」
フェイトの説明を聞いて、妙に弱腰に見えた理由をつい納得してしまうアリサ。因みに何でそんな厄介な薬が存在しているのかと言うと、飲み薬が効かない体質の人が結構いる事と、人間と言うのはたとえED治療中と言っても、効果が出たのでやりましょう、というわけにはいかないから、と言う理由からだ。無論、ちゃんとした処方箋がなければ購入できない種類の薬だが、どんなものでも、絶対不正入手が出来ないようにするのは不可能である。そのため、何年かに一度は、この薬を使って、女性が男性を強姦すると言う事件が起こってしまうのである。
「ただ、私達は欲深いから、やっぱりちゃんとこっちに帰ってきて、もう一度私達を抱きしめてほしい、って切実に思ってるけど、ね。」
「それぐらいは思っても、罰は当たらんって。って言うか、それを思わへん人間は信用できへんで。」
「そうだね。」
はやてに一つ頷いて見せるすずか。少し、その頬が赤い。
「どうしたん、すずかちゃん?」
「昨日の事を思い出したら、ちょっと……。」
「……そんなに気持ち良かったの?」
「……それもあるんだけど、私がゆうくんのものだって一番実感できるのは、やっぱり肌を重ねてるときなんだな、って……。」
すずかの台詞に、思わず砂でも吐きそうな顔をしてしまうアリサとはやて。
「って言うかさ、アリサちゃん、はやてちゃん。」
「何よ?」
「なに?」
「私たちばっかり槍玉に挙げるけど、二人はどうなの?」
なのはの反撃に思わずひるむ二人。
「私はなあ……。案外二人きりになれるタイミングが無くてなあ……。」
「あ~、確かに。」
「シグナム達と一緒だもんね。」
「それに、リインとフィーがおるから、迂闊な事しにくい、言うんもあるねん。幸いにして、シグナム達はフォル君やったらOKやって言うてくれてるけど……。」
八神さんちの家庭の事情を聞くと、フォルクも前途多難である。
「私かて、子供はともかくエッチぐらいはしたいんやで? せやけど、立場上ものすごく忙しいし、さすがに局内とか公園の茂みとかで盛るわけにもいかんし……。」
「……頑張れ……。」
自分達とは違う意味で前途多難なはやてに、思わず心の底から応援をしてしまうフェイト。
「で、アリサちゃんは?」
「……こういうのは、お互いにそういう意味で盛り上がらないと、難しいじゃない……。」
「ユーノ君がリードするのを待ってたら、私たちと同じぐらい難しいと思うよ?」
「ユーノは慎重だから、ね。」
「だけど、あたしからって言うのは、慎みがないと言うかなんというか……。」
アリサの言葉に、思わずジト目を向けるなのは達三人。さすがにそれはないと苦笑するしかないはやて。
「はやてちゃん、どう思う?」
「有罪、かな?」
「どういう意味よ!」
「まあ、アリサちゃんが地味にヘタレや、言うんは分かったから。」
「何よそれ!」
人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものである。
「それはそれとして、や。」
急に真面目な顔になってなのは達を見据えるはやてに、思わずかしこまった態度をとってしまうなのは達。
「優喜君が帰ってきたら、新設部隊の絡みもあって、今まで以上に一緒におる時間は長くなるけど……。」
「大丈夫だよ。ちゃんと立場と状況はわきまえるから。」
「頼むで。あの部隊には十代前半がようさんおるし、エリオにキャロ、フィーと本格的に子供なんもおるんやから。」
「分かってるよ。少なくとも隊舎に居る時は、教育に悪い事はしないつもりだから。」
フェイトの言葉にため息をつき、ほんまに頼むで、とこぼすはやて。
「私かて一年間はチャンスを捨てるつもりやねんから、もし我慢できへんなってやってしもた、とかいう証拠が出てきたら、ただじゃすまさへんからな。」
「「「は、はい……。」」」
一足先に女になってしまった三人に、思わずやっかみも含んだ黒い視線を向けるはやて。どうにも、この先いろいろ大変そうである。
「ねえ、ティア。」
「何よ?」
「どうして嫌なの?」
「あのねえ。欠陥品の廃物利用が主体の部隊に異動なんて、あたし達も欠陥品だって言われてるようなもんじゃない!」
災害救助隊所属の二等陸士、ティアナ・ランスターは、相棒のスバル・ナカジマの問いかけに、思わずきつい言葉をぶつけてしまう。とはいえ、この台詞はティアナに限らず、一般の局員のイメージでもある。
予想以上にきつい言葉に、思わず首をすくめるスバル。実際のところ、はやてやフォルクのように必ずしも欠陥品扱いされているわけではない人材も所属しているのだが、今回の新設部隊、管理局内部での一般的なイメージは完全に欠陥品による独立愚連隊である。
その事がどうしても腑に落ちなかったスバルが、とりあえずティアナにもう一度本心を聞こうと切り出したところ、取りつく島もない感じの言葉が帰って来たのだ。プレシアからどうにか口説き落として、と頼まれてはいるが、これはなかなか厳しい戦いになりそうだ。
「それに、何が悲しくてあんな恥ずかしい服着て歌って踊って媚を売らなきゃいけないのよ!」
「いくらティアでも、なのはさん達の仕事を悪く言うのは許さない。」
「……ごめん。」
スバルの顔を見て、ヒートアップしかけていた頭が冷える。さすがに言いすぎた自覚はあるので、ここは素直に謝るしかない。
「ねえ、ティア。そもそも、なのはさん達は欠陥品じゃないよ?」
「本当にそう思う?」
「本当だよ。元々、発端はなのはさんとフェイトさんが本気を出せる運用手段が、外回りの仕事がある魔導師のいない部署に配置して、遊撃として運用する以外になかった事なんだから、欠陥品なのはあの二人の本気についていけない、他の局員だと思う。」
「それはそうかもしれないけど……。」
「それに、ティアはあたしが無理やり強化して運用しなきゃいけない、どうしようもない欠陥品だと思う?」
スバルの言葉に、黙って首を横に振るティアナ。正直なところ、遠距離攻撃こそどうにもならないが、スバルの実力は気功周りでの底上げが無くとも、十分一線級だ。そして、スバル自身も、さすがにそれぐらいの自覚はある。
「ティア、あたし達が教わった気功ってスキルはね、別に能力がない人間を底上げするためだけのものじゃないんだよ?」
「……それぐらい、アンタを見てれば分かるわよ……。」
「じゃあ、どうしてそんなに毛嫌いするの?」
「毛嫌い、って言うか……。」
いつになくしつこく厳しいスバルの追及に、思わず口ごもってしまうティアナ。正直、頭では分かっているのだ。だが、首都防衛隊や教導隊のメンバーのように、気功なんて言う怪しげな芸を使わなくても、なのはとフェイトを除く広報部の魔導師より強い連中はごろごろしている。そのため、世間で認められていない妙なスキルを使って己の能力を底上げする、などと言うのは、自分が無能であると宣言しているような気がして、感覚的に嫌なのだ。
ティアナは知らない。そういう連中ほど、気功と言うスキルに注目している事を。そして、この機会に広報部以外にはほとんど実態が知られていない謎の技能を、さわり程度でも自分達のものにしたいと目論んでいる事を。
「気分的に受け付けないのよ。なんかインチキしてるような気になるってのもあるし、そんなものに頼らなきゃ駄目なほど才能がないってことを認めたみたいでいやだっていうのもある。」
「……ん~、そうかなあ……?」
「まあ、子供のころから教わってるアンタには理解しにくいかもしれないけどさ。」
いまいち腑に落ちない、と言う顔のスバルに苦笑し、もう一つの理由を告げる事にするティアナ。むしろ、理由としてはこちらの方が重要である。
「それにね、あの人たちが欲しいのはアンタであって、あたしは単なるおまけ。それが非常に腹が立つから、あの部隊に行きたくないのよ。」
「そんなことない!!」
ティアナのあげた理由に、スバルが激しく反発する。どうにも普段はおとなしくて人懐っこいスバルが、この件に限っては異常に反応が激しい。
「そんなことあるわよ。あのイロモノぞろいのとがった部隊に、あたしみたいな凡人を引きずり込んでも、何の役にも立たないじゃない。」
「違うよ、ティア。」
「違わない。」
どうにもこの件に関しては、非常に頑なになるティアナ。そのあまりの取り付く島の無さに、どうにも攻めあぐねてしまうスバル。
実際のところ、ティアナを広報部の新設部隊に所属させる事は、いくつもの理由で重要であり、むしろ今では、どちらかと言えばスバルよりもティアナの引き抜きの方が、上層部では重要になりつつある。だが、その事をスバルは知っているが、ティアナは予想だにしていない。難儀な話である。
「とにかく、この話はここでおしまい! 今は目先の昇格試験に集中!」
「……は~い。」
たかが魔導師ランクBへの昇格試験ぐらい、今の二人なら余程厄介な試験官と試験内容を引かない限りは、手を抜いても合格できる範囲である事は、それこそフォルクやカリーナ、ギンガ、果てはクロノからも太鼓判を押してもらっている。もっとも、ティアナ自身はそんな事は知らない、どころかそんな危険な交遊関係が存在していること自体知らないし、そもそも手を抜いても合格できる、と言う事と、昇格試験を甘く見ていい、と言う事とは違う。それゆえに、ティアナの言う事に反論もできず、とりあえず今回は勧誘活動をあきらめる事にするスバル。
上手く行った時の報酬である、なのは監修の時の庭園製新作アイス食べ放題は、どうやらあきらめざるを得ないようだ。最近は顔を出す機会も少なくなった上、さすがのスバルも遠慮と言う単語を覚えたため、無条件でたかるのは気が引ける。かといって、時の庭園ブランドの製品は最近はプレミアがついて、二等陸士の給料でそう何度も手を出すのは少々厳しい。買えなくはないが、アイスに支払う金額としてはちょっと、と言う絶妙な値段の上、そんな値段でも発注をかけてから二週間待ちはざらなのだ。
(ああ、食べたかったな、新作アイス……。)
手に入らなくなった報酬に未練を持ちつつも、昇格試験の勉強につきあう事にするスバル。なお、スバルの名誉のために言っておくと、ティアナと一緒に新しい部隊に行きたい、という気持ちに嘘はない。なのはと同じ部隊で働けるのは、彼女にとって夢のような話で、決してアイスにつられて一生懸命勧誘した訳ではないのは事実だ。だが、結果が同じなら、貰えるものは貰っておきたい。そんな、それなりにちゃっかりした性格のスバルであった。
「ようやく、あれの目途がついたよ。」
夕食の席で、食後のコーヒーを嗜みながら、不意打ちのようにスカリエッティが告げる。
「完成したのですか?」
「いや、まだまだクリアせねばならないハードルはいっぱいあるよ。最後の仕上げは、下手をすればぶっつけ本番になる可能性もある。でもね、完成までの道筋と、それに必要な時間、予算はほぼ見当がついたよ。」
「それはおめでとうございます。」
「ありがとう。」
ウーノとクアットロの祝福に、まんざらでもなさそうに答えるスカリエッティ。だが、そこにくちばしを突っ込む能天気な声が。
「なんか、なかなか凄そうッスけど、何に使うんッスか?」
現在、稼働している戦闘機人としては一番下の娘であるウェンディが、やけに現実的かつ厳しい突っ込みを入れてくる。普段のアホの子を疑われる軽い言動からは想像もできない確信を突いた質問だが、多分深い意図はなく、単に素朴な疑問として口にしただけであろう。
因みにここだけの話、ウェンディはスカリエッティが言っている「あれ」について、何一つ知らない。この食事の席で知っているのは、ウーノ、トーレ、クアットロの三人だけである。
「それが問題でね。同じものを作れ、と言われても、さすがにいろいろ厳しいものがあるし、デモンストレーションにはなっても売り物にはならない。そもそも、あれを使ってことを起こしたら、さすがにいろいろと大ごとになりすぎる。それは我々のスタンスを考えれば避けた方がいい。」
「そうですね。現状、私たちが直接管理局相手に攻撃を仕掛ける理由もメリットもありません。レリックの回収ぐらいならともかく、全面戦争になってしまえばさすがに勝算が大きいとは言えませんし。」
「そもそも、窃盗とロストロギアの不法所持ぐらいならともかく、管理局相手に全面戦争となると、勝っても負けてもこちらにメリットがない。正直、折角いろいろ改善してきた孤児院に無駄なダメージが行くのは避けたい事だし、今まで通り、せいぜい水面下でこそこそ動く事にするつもりだよ。」
スカリエッティとウーノの会話に頷くナンバーズ。だが、クアットロだけは心の底から納得しているわけではなさそうだ。
「それにしても、使い道がない物を完成させてどうするの、ドクター?」
「科学者と言うもの、使い道があるものばかり作っていては進歩がないよ。やはり、研究に一番大事なのは夢と浪漫だ。」
セインの突っ込みに胸を張って答えるスカリエッティ。その言葉にため息を漏らすディエチの背中を、他のメンバーから見えないように軽くたたいて慰める。ディエチの言いたい事は分かる。その浪漫に回す金を衣食住の充実に回せば、動画のコメントで血色が悪いとか最近微妙にやつれたとか、妙な心配をされる事はなかっただろう。第一、内職で自分達のグッズを作る羽目になるとか、しかもそれを動画として流されるとかそこまでやっても、たまに食事が低コストの栄養剤と高カロリー流動食に化けるのはどういうことか。
「それはそれとして、広報部の新設部隊とやらはどんな感じなのかな?」
「なかなかに思いきった編成になっている模様です。所属魔導師の合計ランクで言えば、戦技教導隊を大きく上回る規模になるかと思われます。」
そういって、スカリエッティに資料を渡すウーノ。資料を見て、実に面白そうな顔を見せるスカリエッティ。
「これはまた、本当に思いきった編成になっているね。実働部隊としては、間違いなく歴史上最強の規模だろうね。」
「はい。正直、一体何と戦うための部隊なのか、と言うレベルですね。」
なのは、フェイト、はやてにヴォルケンリッターフルメンバーと言う時点で、既に戦技教導隊ですら正面からでは勝負にならない戦力を保有していることになる。戦闘員こそ二十数名と少なく、また現時点でのメンバーの都合上、夜間がどうしても手薄になる上、広報という性質上、そう簡単に全戦力を同時に動かすことは出来ないと言う欠点を抱えてはいるが、逆に言えば、日中動かせる戦力としては、最強の集団である。
「我々が正面からぶつかり合うべきではない相手なのは間違いないようだね。どうせどこかの馬鹿がちょっかいを出すだろうから、こちらは高見の見物と行こうか。」
「そうですね。同意します。」
「あんなおっかない連中とぶつかり合う必要はないって。」
スカリエッティの言葉に同意するウーノとセイン。
(確かに、何の策もなく真正面からぶつかり合う必要はないわね。)
クアットロとて、彼の部隊のトップ三人がどれほどとんでもない存在かぐらい、いやと言うほど知りつくしている。だが、それと無関係を貫くのとは別問題だ。
(高町なのはにフェイト・テスタロッサ。ドクターの研究成果の実験台としては連中以上のものはいない。)
直接ぶつかり合うのがリスキーなのであれば、周りをけしかければいいのだ。少し挑発してやれば、こちらの思うとおり動く、その上自分達とのつながりがほぼ存在しない手駒などいくらでもいる。
(ドクター、あれが完成した時が、あなたの優秀さを歴史に刻みこむときです。)
生みの親の石など完全に無視し、自身の気持ち一つで突っ走ろうとするクアットロ。さまざまな思惑が絡み合いながら、新たな物語は、その幕が開く時を静かに待ち続けるのであった。