「殿下、そろそろミッドチルダに到着します。」
「いよいよですね、オクタビア。」
「ようやく、殿下の念願がかないますね。」
デューダー王国の王家専用高速次元航行船「ヤリス」は、三隻の護衛艦を引き連れ、ミッドチルダ第八空港に到着しようとしていた。時空管理局本局の巡視船が睨みを利かせているからか、ここまでに、警戒していた襲撃の類はなかった。
「これより着陸に入ります。」
「ご苦労様です。」
シートベルトをしながら、護衛官にねぎらいの言葉をかけるアウディ殿下。金髪に青い瞳の、柔和な印象のある伊達男だ。まだ二十代半ばの若者であり、ほとんど権威だけの存在である立憲君主制国家の王族とは言え、政治の世界で見れば若いを通り越して幼いとすら言える。側近として連れてきたオクタビアも主より十ほど年上な程度の若い男で、魑魅魍魎がうごめく国際政治の中で発言力を確保している、と言うのは、それだけでも彼らが優秀であることの証左であろう。
(ようやく形になるか……。)
まだすべてが終わったわけではない、と知りつつも、目と鼻の先となったミッドチルダを見ると、感慨を抑えきれない。十年。彼がある誓いを抱いてからの年月だ。将来を誓い合った女性のために、様々な努力を始めてからの年月でもある。その努力の一つが、ようやく成果として形になるのだ。
(これで少なくとも、私の婚約を表立って反対できる人間は、いなくなるはずだ。)
今回の条約の締結で、表向きだけとはいえど、デューダーを含むいくつかの国家の冷戦状態は解消される。感情的なしこりが消えるまで時間はかかるだろうが、少なくとも支援を口実にした代理戦争は減るはずだ。デューダー自身はどこの国とも対立も協調もしていなかったが、その態度が不信感を招いていたのも事実だ。
そのため、信頼を得るために五年、各国を平等に交渉のテーブルに着かせるまでに三年、不信感の原因を解消するまでに二年かかった。身の危険を顧みず粘り強く声をかけ続け、一方で私財を投じて代理戦争で疲弊した紛争地域の立て直しに走り回り、自国の食糧事情の改善に努め、気がつけば現代の偉人の一人として数えられていた。
アウディ自身は、そんな大層な野望があって動いていたわけではない。互いに好きあった相手が、冷戦という環境では一緒になれなかった、と言うだけである。それに、このまま冷戦が続けば、仮に彼女と結婚できたところで、祖国が余計なトラブルに巻き込まれるだろう。政治の世界にいる人間とは思えない行動原理かもしれないが、男が命をかける理由として、女と祖国のためと言うのは上等な部類だと、皇太子自身は考えている。
(時空管理局で頑張っているあの子たちに対しても、少しぐらい胸を張れるといいんだがね。)
直接面識を得るには至らなかったが、紛争地域の立て直しの際にその存在を知った少女達。管理局初のアイドルとして売り出された二人と、今代の夜天の王。どちらも尊敬に値する人物である事は、伝え聞いた話と支援を受けた子供たちの笑顔だけで十分理解できる。自身より十歳ぐらい年下の少女たちが頑張っているのだ。まだ政治の世界では若造とはいえ、もはやいい大人と呼ばれる年である自分も、もっとできる事をやらなければいけない。所詮権威だけで権力はない立憲君主制国家の皇太子といえど、その権威と言うやつで出来る事も少なくはないのだ。
そんな風に物思いにふけっていると、窓の外に広がる空港の景色がどんどん近付いてくる。着陸のために通常空間に入ってから約十分。ミッドチルダ第八空港は管理局本局の港と違い、発着を通常空間で行う。その次元航行船専用の滑走路が近付き、窓から見える景色が完全に空港の施設だけになる。小さな衝撃とともに景色の流れが遅くなり、やがて完全に止まる。ヤリスに続き、二隻の護衛艦が同じように着陸し、後方で停止する。もう一隻はもしもの時のために、次元空間で待機中だ。
「殿下、ようこそおいでくださいました。大統領が足を運べず、申し訳ございません。」
「お久しぶりです、カマロ外務大臣。お忙しい中、今回はいろいろと、無理を申しました。」
「いえ。今回の条約は、ミッドチルダ政府にとっても重要なものです。むしろ、こちらこそ日程にご無理をおかけしまして……。」
「それこそお気になさらずに。何度も言いますが、先に無理を申したのは私ですから。」
礼儀にのっとりあいさつを交わす皇太子殿下と外務大臣。一通りのあいさつを終え、後ろに控えていた管理局サイドの代表者に声をかける。
「ハラオウン提督も、ご苦労様です。」
「勿体ないお言葉です。」
四つほど年下の青年に声をかけると、生真面目な表情のまま深々と頭を下げてくる。クロノ・ハラオウン。つい最近提督に昇進し、可愛い嫁を娶ったばかりの、心身ともに充実した若手のエリートだ。知らぬ仲ではないのだし、公の場だとはいえ、そこまでかしこまらなくてもいいのに、と内心苦笑してしまうアウディ殿下。
「早速で申し訳ありませんが、いくつか物騒な情報が入ってきております。警備は万全であると自負しておりますが、世の中に絶対はありません。車を用意してありますので、そちらへお願いできますか?」
「分かりました。重ね重ね、無理をさせてしまい、申し訳ありません。」
「いえ。それが我らの職務ですので。」
生真面目なクロノに促され、速足で空港の構内に入っていく一行。ふと、目立たない位置に立っている、見覚えのある女性の姿が目に入る。白いバリアジャケットを身にまとい、純白の三対六枚の翼を背に生やし、魔導師の杖を手に空を見上げている。
「ハラオウン提督、もしかして彼女は……。」
「高町二等空尉ですか? もしもの時のために、あの位置で待機しています。」
「私の記憶が確かならば、つい先日、第十七管理世界でコンサートを行っていたと思うのですが……。」
「ええ。本日こちらに戻ってきたところですが、事情を聴いて、あの位置での警戒を申し出てくれました。」
「そうですか……。」
もう一度、なのはの方に視線を向ける。その視線に気がついたか、こちらを見て笑顔で会釈をしてくる。その、お日様のような笑顔に心が温かくなるアウディ皇太子殿下。傍らのクロノも、少し表情をほころばせる。軽く足を止めて会釈を返し、そのまま速足で建物の中に入っていく。このとき、船を下りてからずっとオクタビアの表情が少しおかしかったことに、誰も気が付かなかった。
物々しい一団が建屋に入ったところで、最初の異変が起こった。異変の前触れとなったのは、一本の緊急通信。
『護衛艦イスカ、コントロールを失いました!!』
「……なに!? 本当か!?」
『はい! 間もなく通常空間に出現するはずです!』
デューダーの護衛艦が突如コントロールを失い、暴走を始めたのだ。いきなりの事に対応が遅れ、さらに放出された乗組員の救助にも手を割かれて、次元空間にいる管理局の船では、速力の問題で対応不能になってしまったのだ。
「どういう事だ!? 軍艦がこうも簡単に乗っ取られるはずが!!」
「向こうの内部に裏切りものがいる、ってことじゃねえか?」
いきなりの事態に慌てる副官に、シニカルな態度を崩さずに指摘してのけるゲンヤ。
「そもそも、今は原因を究明してるときじゃねえぜ。まずは落ちてくる船をどうにかしねえとな。」
「そのために、高町二等空尉があそこで待機しとるんです。」
「だな。高町の嬢ちゃんに、一つ大仕事をやってもらうかね。」
『了解しました。』
ゲンヤの指示に返事を返し、レイジングハートを構える。ミッドチルダを揺るがす史上最大のテロ事件。その最初の一手は、想像以上に大掛かりなものであった。
「スターライトブレイカー、チャージ開始!」
墜落してくる護衛艦を消滅させよ、と言う無茶な指示に応えるため、スターライトブレイカーをユニゾン状態での最大チャージで放つ事に決める。物理破壊設定で使う日が来るとはかけらも思っていなかった大技、その過剰な威力に内心怯えながら、慎重にチャージをする。理論上は惑星コアを貫通しうる出力だと太鼓判を押されている技だが、さすがのなのはも次元航行船、それも戦闘艦を破壊した事はない。威力が足りずに焼け残ったりした日には、大惨事に直結する。
因みに誤解されがちだが、スターライトブレイカーは確かに使用済み魔力を再利用して放つ技だが、それはあくまで必要な魔力量を稼ぐために行っていることだ。ジュエルシードという強力なバッテリーがある現状、大気中にそれほどの使用済み魔力がなくとも、その気になれば惑星コアまでぶち抜く威力の集束砲をチャージすることなど、造作もない。
『マスター、目標が視認範囲内に出現します。』
「了解! クールタイムを考えれば一発勝負! 慎重に行かないと!」
『目標、出現しました。』
レイジングハートの報告にしたがい、視線をそちらに向ける。その瞬間、不吉な予感を感じて集束砲のチャージを解除する。
『マスター?』
『なのはさん?』
「方針変更。嫌な予感がするから、上手く衝撃を与えて、胴体着陸をさせたいんだ。出来るかな?」
『不可能ではありませんが、かなり際どい勝負になるかと。』
「分かってる。最悪、施設に突っ込んで爆発するのさえ防げればいいよ。」
滑走路が当面使い物にならなくなる可能性はあるが、あれを破壊するよりはいい。根拠はないが、そんな風に考えるなのは。無理に理由をつけるのであれば、ここまで大掛かりな真似をする連中が、高町なのはが出てくる可能性を知りながら、単純に護衛艦を破壊するだけで防げるような、そんな単純な手を打ってくるとは思えない。
『ほな、こっちでもコントロールを取り返す努力はしてみるわ。』
「はや、じゃなかった、八神三等陸佐、可能なのですか?」
突然割り込まれたため、思わず普段通りの口調で話しそうになり、あわてて公的な口調で話を続ける。
『闇の書時代のウィルスを解析した奴が手元にあってな。さすがにここから遠隔でっちゅうのは厳しいから、ヴィータにリインとユニゾンしてもろて、直接乗り込んでもらうつもりや。』
『そーいうわけだから、あたしに当てんじゃねえぞ!!』
「了解!」
方針を確認して、気合を入れなおす。ハッキングしてコントロールを奪い返す、という観点で考えるなら、ブレイブソウルが行けば一発ではあるが、さすがに今回の状況では、一応立場上は一般人の優喜を向こうに行かせるのは問題がある。それに、あの護衛艦の処理はなのはの仕事だ。万全を期すためにコントロール奪取と言う手段を並行で行うが、それなしでもどうにかしてこそ、一人前の社会人と言うものである。
「カートリッジロード! ディバインバスター!」
まずは力技で姿勢を変えさせることからスタート。三発のバスターを真下にとばし、トリガーワードで破裂させ、下を向いていた艦首を強引に地面と平行に戻す。
「カートリッジロード! ディバインバレット!」
艦の底面にびっちりと魔力弾を敷き詰める。
「バースト!」
普段よりは高威力だが、仮に直撃しても装甲を貫かない程度に調整されたそれが、トリガーワードを引き金に、連鎖的に爆発する。その衝撃で、目に見えて落下速度が落ちる。最後の一発が炸裂する前に、さらに追加で大量の魔力弾を生み出す。そうやって少しずつ落下速度をそぎ落としながら、砲撃を側面で破裂させて落下位置を調整する。その隙間を、リインフォースとユニゾンしたヴィータが器用にすり抜け、艦の内部に侵入する。
「そろそろ、フローターフィールドでどうにかできる?」
『もう少し勢いを削るべきです。』
「了解。カートリッジロード! ディバインバレット!」
レイジングハートの指摘を受け、さらに大量の魔力弾を生み出す。やる事は同じ。下からの爆風で落下速度を殺すのだ。ついでに前面からも衝撃を与え、可能な限り滑走路内に不時着できるように進路を変える。幸か不幸か、最初に力技で艦首の角度を変えた時に、推進装置が止まっている。今は重力以外に、加速する原因はない。
『ヴォルケン03より報告! 内部の掌握は完了! だが、ミスの報告が一つ! 中に居た、犯人と思われる人物を取り逃がした! すまねえ!』
『状況が状況だ。お前さんは十分に仕事をしたさ。そいつの特徴だけ教えてくれ。あと、くれぐれも姿勢制御をしくじるなよ。』
『了解。内部での経過を全部転送します!』
身を固くしながら、状況説明を待つ司令部。ヴィータの最初の報告から数秒後、更に報告が入る。
『コントロールは奪い返した! 今から緊急着陸シーケンスに入る!』
「了解!」
ヴィータからその報告が入ってきたのは、そろそろ緊急着陸の締めに入ろうかと言うタイミングであった。すでにフェイトやフィーとユニゾンしたはやてと協力して超大型のフローターフィールドを作り、魔力弾を用いた力技で、最後の姿勢調整を行う段階である。一番最後の工程をヴィータに振れるのは大きい。いくらなんでも、魔力弾で衝撃を与えるやり方では、細かい微調整は出来ない。
『浮力発生、姿勢制御完了! もうフィールド解除してもいいぞ!』
ヴィータの宣言に大きく息を吐きだし、フローターフィールドを解除するなのはとはやて。目の前でゆっくり護衛艦が下りていき、重量の割には小さな音を立てて着陸する。いかに重装甲を持つ護衛艦といえど、あれだけの時間爆破にさらされていれば、ただでは済まなかったようだ。底面は原形をとどめぬほどぼこぼこにへこみ、最初に無理やり角度を変えるために砲撃を炸裂させた艦首周りなど、艦砲射撃の至近弾でも受けたかのような有様である。
ヴィータの制御完了宣言と同時に、フローターフィールドの解除と着陸の確認をせず、即座にフェイトが全速力で飛びだす。目的地は燃料貯蔵庫。いかに広大な敷地を持つは言え、所詮はただの空港。フェイトのスピードなら三秒あれば余裕だ。とはいえ、ヴィータの逃がしたという報告からフィールド解除まで何十秒かは経過している。際どい勝負になりそうだ。
「フォル君とザフィーラは殿下の元へ! それと、火災用装備の準備を!」
『高町の嬢ちゃんは、もしもの時のために待機! 場合によっては八神三等陸佐と一緒に大規模儀式魔法の展開を頼む!』
「了解しました!」
空港に対する攻撃は、まだまだ続きそうであった。
『こちら、フェイト・テスタロッサ。燃料貯蔵庫の制圧は完了。爆破阻止には成功しましたが、犯人の自爆は防げませんでした。申し訳ありません。』
『ヴォルケン01、ガジェットドールの殲滅完了。』
『こちら、アバンテ・ディアマンテ。ガジェットを召喚していた連中を制圧。犯人の自爆阻止には失敗しました!』
『カリーナ・ヴィッツ、同じく召喚師の制圧は成功しましたが、自爆阻止は失敗しました。申し訳ございません……。』
次々に飛び込んでくる状況報告に、どうしても微妙な顔をせざるを得ないゲンヤ。今のところ、人的被害をゼロに抑えると言う最優先課題には成功しているものの、犯人の逮捕と言う大目的には失敗を続けている。何しろ、自爆を確実に防ぐ方法がない。手段があるとすれば、優喜が使う中和系消去術ぐらいなものだが、残念ながら広報部のイロモノ達ですら、実用レベルの精度には到達していない。
なお、報告や指示にコードナンバーと実名が混ざっているのは、広報部のメンバーはもともと今回の件に配備される予定がなかったため、コードナンバーを振っていないからだ。ヴォルケンリッターに関しては、元々所属自体はバラバラなのを、今回特別にはやての下に置いて遊撃として運用しており、慣れの問題でつい実名で指示を出してしまうのだ。本来なら指揮官失格だが、そっちの方が迅速に指示が通っている事もあり、とりあえず黙認されている。
「妙だな。」
『妙ですね。』
「ガジェットまで持ち出してる割には、いまいち詰めが甘い。」
『そうですね。実際、ほんまやったらフェイトちゃんが間にあう事がおかしい思うんですけど、どう思います?』
「確かに、あそこには教導隊の実力者を配置してあったが、それを考えても、あっさり制圧されすぎだ。」
護衛艦を乗っ取って空港に叩き落とした手並みと比べると、あまりにもその後の動きがざるすぎる。
「それで、殿下の現在位置は?」
「襲撃がなかった北口より、局の車で移動の予定です。」
「大丈夫だろうな?」
「ウォーゲン三等陸尉とザフィーラさんがそちらで合流する予定ですので、そう簡単に出し抜かれる事はないと思います。」
「ザフィーラはともかく、フォルクの坊やはまだ甘いからなあ。手放しで安心しきれねえんだよなあ。」
ゲンヤのぼやきに苦笑するシャーリー。彼の場合、甘いと言うより人が良すぎると言った方が正しいだろう。
「で、優喜のやつは何やってんだ?」
「現在、襲撃が始まって取りこぼした不審物・爆発物の回収をしているようです。現時点で売り物に偽装された爆発物を五十個、死角の位置に仕掛けられた毒ガス系トラップを十五個回収しています。」
「結構取りこぼしが出てるのか……。」
「後、どさくさにまぎれて妙なものを仕掛けていた人間を三人、問答無用で殴り倒して気絶させたそうです。」
「そいつらが現状、生きたまま捕まえられた唯一の例か……。」
部外者の優喜以外、誰一人として自爆させずに捕らえられないあたり、思わず情けなさに頭を抱えたくなるゲンヤ。とはいえ、仮にも治安維持組織の人間が、単に怪しい動きをしていると言うだけで警告もせずに殴りかかるわけにはいかないので、彼のように不意を打って問答無用で自爆する隙も与えずに、と言うのが難しいのは仕方がない。自爆による被害を出していないだけまし、と言う風に考えるしかない。
「ちょっと待て。北口は襲撃がなかった、だと?」
「はい。」
「明らかに誘導されてるぞ、そいつは!」
『ハラオウン提督が、そこに気がつかへんはずがありません。フォル君とザフィーラも合流した見たいやし、そうそうチョンボはかまさへんでしょう。』
「だといいんだがな……。」
一抹の不安を抱えながら、それでも部下を信用するしかないゲンヤ。テロ対策は、そろそろ大詰めを迎えそうである。
「殿下! 外務大臣! ご無事ですか!?」
ロビー近くにたどり着いた皇太子一行は、巨大な盾を持った青年に呼び止められた。彼の傍らには、誰かの使い魔と思われる、巨大な狼が一頭。
「フォルクにザフィーラか?」
「ハラオウン提督、八神三等陸佐の命により、殿下の身辺警護に参りました!」
「ありがたい。さすがに、少々警備が薄いと感じていたところだ。君たちほどの実力者が来てくれるのは心強い。」
見知った顔の二人に表情を緩めるクロノ。同行しているSPはいずれ劣らぬ実力者たちだが、残念ながら、ガジェットや魔法生物を相手にした経験は乏しい。さらに、最近主流になりつつある、洗脳した子供を爆弾代わりにする自爆テロ、となると、クロノやSP達の出力では、無傷で防ぎきれる自信はなかった。
「シグナム達がガジェットを殲滅した後は、これと言った襲撃は来ていないらしい。今のうちに局まで行こう。」
「了解です。」
クロノの言葉に一つ頷くと、先頭と最後尾に分かれて警戒を続けるフォルクとザフィーラ。最初の護衛艦の暴走の時点で、一般客や売店の職員などは、敷地内に数ヶ所ある避難場所に集められているため、空港の中は閑散としている。十分もかからずにほとんどの利用客を集められたのは、さすがの手際だと言えるだろう。本当なら、とっとと空港の外に出してしまいたいところだが、テロリストどもの外からの攻撃が終わったと判断するにはまだ早いため、やむなく空港内でガードしているのだ。
「あの車です。」
「殿下、お急ぎください。」
「分かっています。」
オクタビアにせかされ、出入り口に横付けされた管理局の来賓送迎用車に速足で向かう。その様子に、首の後ろあたりにちりちりするような感覚を覚えるフォルク。不審な点が二つ。一つはこの距離で視認できる局員の姿が、気配とまったく一致していない事。もう一つは、ある意味絶好ともいえるタイミングだと言うのに、予想された狙撃がない事。
ザフィーラに目配せをし、いつでも動けるように準備をする。オクタビアの手が車に触れた瞬間、魔力が膨れ上がるのを感じる。事ここに至っては、無礼だなんだと言っていられない。狼形態のザフィーラが殿下とオクタビアを弾き飛ばし、その空間に盾を構えたフォルクが割り込む。
「ワイドシールド!」
普通の砲撃では抜けぬほどの強度のシールド魔法を展開し、来るべき爆発に備える。一呼吸おいて、車が大爆発。盾の表面に、大量の破片が突き刺さる。
「ザフィーラ!」
「問題ない!」
フォルクの盾を飛び越えた破片は、全てザフィーラのバリアに阻まれていた。
「殿下、御無礼をお許しください。」
「お怪我は?」
少々手荒に扱ってしまったことを詫びるフォルクとザフィーラに、服についた埃を払いながら、温和な笑みを浮かべて首を横に振る。
「ザフィーラ殿が上手くやってくださったようで、擦り傷一つありませんよ。」
「申し訳ございません。本来なら、このような乱暴な所業は許されたものではありませんが……。」
「いえ。あの状況でもっとうまくやるとなると、問答無用で車を破壊するぐらいしかありません。それがどれぐらい無茶な言い分かぐらいは、無知な身の上でも分かりますよ。私も含め、誰一人怪我人が出なかった事を考えると、上出来なぐらいです。ですからオクタビア、貴方もその仏頂面をしまいなさい。」
「……はっ。」
殿下に窘められ、壮絶な視線で二人を睨みつけていたオクタビアが、しぶしぶと言った感じで表情を改める。その視線の種類に、ある種の違和感が確信に変わったフォルク。軽く視線を向けると、クロノとザフィーラも、ある程度意見は一致しているようだ。
「どちらにしても、一度中に戻りましょう。こんなところで立ち往生していては、狙ってくださいと言っているようなものです。」
クロノに促され、来た道を戻ろうとしたその瞬間。
「リフレクトシールド!」
フォルクが殿下とオクタビアの至近距離まで踏み込み、明後日の方向に盾を構えて魔法を発動させる。一拍置いて炸裂音が響き、一発の魔力徹甲弾が弾き返される。反射されたそれは、一直線に射手のもとへともどっていき、何かに当たった音を立てる。思ったより近い距離にいた狙撃手が、辛うじて視認できる場所に落ちてくる。
「こちらヴォルケン05。北口にて、スナイパーを一人撃退した。当方は現在、殿下の身辺警護中にて身動きとれず。至急捕縛に向かわれたし。」
サーチャーを飛ばして生命反応が途絶えていない事を確認し、司令部に報告。どうやら気絶しているらしいが、逃げられても困る。念のために非殺傷で一発入れようかと思ったところで、良く知る陸士108部隊の隊員ががっつりバインドをかけて引きずって行った。その様子を見て息を吐き出すと、殿下に一つ頭を下げ、殿の位置に移動する。やたらめったら殺気だったオクタビアの視線が気になるが、とりあえずこの場ではスルーしておく事にする。
「助かりました。」
「過分なお言葉、身に余る光栄です。」
殿下の言葉に大げさな言葉を返し、もう一度一礼する。目の前で車が爆破され、そこから立ち直る前に狙撃されたと言うのに、全くと言っていいほど動じていない皇太子殿下。その胆力に内心で舌を巻きつつ、定位置ともいえる殿に移動する。
「別の車を手配いたしました。」
「お手数をおかけします。」
「いえ。これが仕事ですから。」
普通ならヒステリーを起こして喚き立ててもおかしくない状況で、それでも柔和な態度を崩さずに、周囲に感謝とねぎらいの言葉をかける殿下。そんな彼の存在が、一行を落ち着かせ、冷静な行動を可能にしていると言っても過言ではない。守るべき対象によって守られているような状況に、殿下の器の大きさを改めて認識するクロノ達。こうなると、管理局のエリートとして、意地でも不手際は見せられない。
「あまり入り口近くだと、狙撃のいい的になります。少しでも安全な場所に引きあげましょう。」
「そうですね。毎回毎回、盾で反射してもらうのも申し訳ありませんし。」
失敗する可能性など露ほどにも感じていない態度で、そんな事を言う殿下。どうやら、フォルクの技量をかなり高く評価しているらしい。実際問題、防御全般ではザフィーラに譲るとはいえ、飛んでくる攻撃を察知して正面で止める、と言う行動に関しては、この場の人間でフォルクを上回る者はいない。とはいえ、この短時間でそこまで信頼してしまうのは、さすがに能天気すぎやしないだろうか、と、過分な評価を受けた当人は思ってしまう。そうでなくても、殿下の謝罪やねぎらいの言葉があるたびに、オクタビアの視線が妙に痛い。
(さて、後はどうやって内通者をあぶり出すか。)
高評価に戸惑いの表情を浮かべるフォルクを見るともなしに見ながら、事態をさっさと収束させるべく頭をひねるクロノであった。
「なんだろう、この物々しい空気……。」
検査から解放され、避難場所へと追い立てられたスバルは、空港を包む不穏な空気に怯えていた。学校のイベントで、他所の無人世界へキャンプに行った帰りの事。毎回飛行機や次元航行船に乗るたびに金属探知器に引っかかる面倒な体を内心嘆きながらも、とりあえず大人しく検査を受けていたところ、職員の皆様の動きがあわただしくなったのだ。
スバルとその姉・ギンガの体には、ある秘密がある。その秘密をごまかすために、金属探知器に引っかかるたびに、子供のころに受けた治療の金具が、体の中に残っているという説明でごまかしてきた。実際、骨が異常にもろくなる難病など、金属を使った治療が主流になっているものは多い。それぞれの病気だけを見ていると件数は少ないが、全部合わせればそれなりの数はいるわけであり、ギンガもスバルもその手の治療を受けている事にすれば、大体は疑われずに済んだ。
普段は大体それで終わるのだが、今回はやけにしっかりと検査をされた。それだけでもおかしいと言うのに、検査が終わって結果がでる前に大慌てで避難場所に行くように指示された。その途中で見た状況がまた、妙にあわただしいと言うか殺伐としてると言うか、とにかく尋常ではなかったのだ。
「えっと、こっちに行けばいいのかな?」
途中まで一緒だった検査医が、唐突に呼び出しを受けて立ち去ってしまったため、行き先が分からなくなってしまった。一応緊急避難場所の矢印はあるのだが、管理局の制服を来た人がやたら殺気立って動き回っている上、場所が場所だけに避難所も複数あるらしく、どこが一番近いのか、どこが一番分かりやすいかも分からず、どんどんどんどん変なところに入り込んでいってしまったのだ。人間、案内表示があろうが無かろうが、迷うときは普通に迷うものである。
「話し声? 誰かいるのかな?」
迷っているうちに人気のない一角に出てしまったスバルは、気がつけば北口近くまで来ていた。人気がないのは、どうやらみんな非難を終えているかららしい。聞き覚えのあるものも含めた、数人の男の声が聞こえる。ここまで来たのだから、いっそ避難場所ではなく、父のいる場所に連れて行ってもらえばいいか、などとのんきに構え、声のする方に歩き出す。何の仕事かは知らないが、父も母も姉も、今日は局員として空港に来ていたはずなのだ。
「────えっ?」
そろそろ視認できるぐらいの距離に来た時、突如二つの叫び声がロビーに響き渡る。直後に、とても立っていられないほどの振動。後の事はよく覚えていない。気がつけば瓦礫に足をはさまれ、目の前が火の海になっていた。
「────っ!」
認識が追い付くと同時に、声も出せないほどの痛みに襲われる。幸いにして火元までは結構距離があり、間に可燃物もないため、スバルのところまで火の手が迫る様子はないが、それでも炎にあぶられてか、周囲がどんどん熱くなっていく。爆音と同時に再び振動。目の前の通路を、崩れ落ちた瓦礫が塞ぐ。出口がそれほど遠くないと言うのに、スバルは完全に閉じ込められてしまった。
「……誰か、誰か助けてよ! お父さん! お母さん! ギン姉!」
スバルの必死の叫びだが、姿勢の問題か、思ったほど大きな声にならなかった。瓦礫の山と炎が燃える音に阻まれて、外に届いたとは考え辛い。
「誰か! 誰か助けて! お父さん! お母さん! ギン姉!」
諦めたら終わりだ。そう己を叱咤し、必死になって声を上げ続ける。スバル・ナカジマ。ナカジマの名になってから、初めての命の危機であった。
時は少しさかのぼる。
『こちらグランガイツ隊。空港周辺の制圧完了。』
『ヴォルケン02より各位へ。空港内部および周辺の爆発物回収完了。これより大規模AMFを展開します。魔力パターンを転送しますので、各自デバイスの調整を。』
皇太子殿下への狙撃を阻止してから十分後。ゼストとシャマルの連絡により、そろそろテロ対策が大詰めを迎えている事を知った殿下が、ぽつりと口を開く。
「そろそろ、頃合いか……。」
そのつぶやきを聞きつけたクロノが、怪訝な顔をして問いかける。分かるか分からないかぐらいではあるが顔色が悪く、どことなく思いつめた感じがしているため、ずっと気になっていたところにこの台詞である。いろいろ嫌な予感しかしない。
「頃合い、とは?」
「獅子身中の虫を排除する頃合いです。」
殿下の言葉に、顔色を変えるオクタビア。何かの動きを見せようとすより先に、殿下が言いきる。
「ハラオウン提督。申し訳ありませんが、オクタビアを拘束していただけませんか?」
「っ!!」
殿下の言葉と同時にデバイスを展開するオクタビア。だが……
「艦体任務で衰えた自覚はあるが、まだまだ戦力外通告をされるほどではないつもりだ。」
それより早く、クロノがバインドでオクタビアを拘束していた。
「殿下、どういう事ですか?」
「私が、空港に入ってからの貴方の不審な態度に、気が付いていなかったとでも思うのですか?」
「……不審? どういったところが?」
「少なくとも、普通なら護衛艦の落下と燃料庫の襲撃を阻止した、という連絡で『役立たずが』などとは言わないでしょう?」
アウディ殿下の言葉に、驚愕の視線が集まる。
「今にして思えば、空港に到着してからの態度もおかしかった。その場で気がつかなかった、いやもっと早い段階から気がつけなかった当り、我ながらまだまだ観察眼に置いては未熟としか言えませんが……。」
「それだけで、私が獅子身中の虫だと言う証拠になると?」
「他にもありますよ。車爆弾をザフィーラ殿とフォルク殿が防いでくださったとき、貴方は恩人に対してあるまじき視線で見ていた。その後の狙撃も、フォルク殿が動くより先に、まるでそこに弾が飛んでくるのが分かっていたかのように動いていた。考えようによっては自らの身を盾にして私を守ろうとしてくれた、と思えなくもないのですが、その割には、弾き返したフォルク殿を見る目に感謝のかけらもなかった。フォルク殿、狙撃に使われた魔力弾、バリアジャケットも展開していない人の体一枚で防ぎきれる類の物でしたか?」
「いえ。恐れながら、俺、じゃなかった、私が反射していなければ、オクタビア殿の頭を砕いた上で、殿下の心臓を確実に撃ち抜いていたでしょう。」
つまるところ、フォルクにはオクタビアに感謝される事はあれど、睨みつけられる理由はない。
「全て、殿下の思い込みでは?」
「確かに、私の手元には状況証拠だけしかありませんが、ハラオウン提督なら、そろそろ何か確たるものをつかんでいるのでは?」
「……御慧眼、恐れ入ります。先ほど、グレアム提督直属の諜報員が、オクタビア補佐官の関与を示す書類及び証言を確保したとの連絡が入ってきました。」
「流石ですね。一緒に行動していながら、我々はおろか、ヴォルケンリッターのお二人にも悟らせぬ手際、提督昇進の最年少記録に王手をかけた逸材だけの事はあります。」
「過分なお言葉、身に余る光栄です。」
「それで、次は何をするつもりだったのですか、オクタビア? 先ほどから、デバイスを展開する隙を狙っていたようですが?」
さすがに言い逃れが効かぬと悟ったオクタビアは、悪あがきをやめて、観念したかのように大人しくして見せる。
「とはいえ、どうしてもわからない事が一つ。私はね、オクタビア。貴方を誰よりも信頼してきたつもりだ。その貴方が、何故こんな真似を?」
ここまで、可能な限り冷静に対応しようとしていた殿下の声が震える。さすがに、無二と思っていた腹心の裏切りは堪えているらしい。むしろ、そんな相手を断罪できる彼は、十分肝が据わっていると言えよう。
「……我慢できなかったのです。」
「何がですか?」
「あの売女と一緒になって進めた今回の条約により、貴方が穢れた糞女の物になるのが、どうしても許せなかったのですよ。」
「……彼女の事を侮辱するのはやめていただけますか? とても不愉快です。」
今までで最も険しい表情を見せる殿下に臆することなく、言葉を続けるオクタビア。
「ビッチをビッチと言って何が悪いのです? 私はね、この想いを告げるつもりはなかった。貴方の性癖はノーマルで、そのうえ正当な王位継承者だ。どうしても世継ぎは必要であり、私の出る幕など最初からなかった。だから、他の誰かなら、私はこの想いをふっ切るつもりだった。」
無表情に淡々と告げるオクタビア。その言葉の内容に、全力で引くしかない一同。特にフォルクとザフィーラは、この話が間違ってもシャマルの耳に入らないようにと、必死で祈るしかない。
「なぜ、腐ったヴィラント人などを選んだのです? なぜ、市民活動家などと言う下劣な生き方をしてきた売女を見染めたのです?」
「彼女が、理想と現実の乖離を知り、それを埋めるためのまっとうな努力をいとわない人間だったからですよ。」
「納得できません。」
「納得できないのは私です。どうして、それだけの理由で、この空港にいる人全てを巻き込むような真似をしたのです?」
「簡単ですよ。あなたを私から奪う泥棒猫の肩を持ち、愚にもつかない綺麗事を持ち上げ続けたミッドチルダ人にも、少しばかり痛みを知ってほしかったからです。ただ、貴方と心中をするだけでは、到底この気持ちはおさまらない。」
「そんな真似をすれば、我が国は破滅です。そんな事も分からないのですか!?」
殿下の言葉に、我が意を得たとばかりに壊れた笑みを浮かべるオクタビア。
「なに。我がデューダーが破滅することなどありえませんよ。なぜなら、我々が死んだあと、ヴィラントの工作と言う形で公表される手はずになっているからです。」
「だが、その目論見は潰えました。今更、貴方も私も罪を逃れることはできません。」
「この場にいる人間すべてが死んでしまえば、誰も真相を語る事などできませんよ。今現在通信が切られている事ぐらい、気がつかないとでもお思いですか?」
その言葉に不吉な予感を感じたフォルクが、即座に行動を起こす。
「アイギス、フルドライブ!」
その挙動が引き金となり、バインドで拘束されたまま、それでもデバイスを手放していなかったオクタビアが何事かを行う。
「「カートリッジ、フルロード!」」
二人の声が重なりあい、アイギスに装填された六発とオクタビアのデバイスの十発ほどとが同時に撃発される。
「アート! オブ! ディフェンス!!」
「わが魂を食らい尽くせ! ソウルバスター!」
オクタビアを地面に押しつけながら発動したフォルクの究極の一手に対し、AMF環境下とは思えないほどの破壊力の爆発が襲いかかる。その爆発は局地的な大地震を引き起こし、空港の建物全体を大きくひずませる。かつて、なのはが始めて放ったスターライトブレイカー、その一撃に迫る衝撃が逃げ場をなくし、ほとんどロスを出さずに地面に伝わった結果だ。無論、誰一人立っていることなど出来ず、地面に伏せる事になる。あまりにすさまじい衝撃と振動に、限界を超えて崩落を始める場所まで出てきたほどだ。
「……まずい! 全員立つな!」
狼の嗅覚でガス漏れを察知し、ザフィーラが吠える。すでに先ほどの一撃で発生した炎は、ロビー付近の売店の販売物やパンフレットなどには引火しており、徐々にむき出しになった配線や何やらを燃やし始めている。思っているより可燃物が多いからか、火の回りが意外と速い。
「ぐぅ!!」
ザフィーラの言葉から数秒後、ロビー近くの飲食店が爆発を起こす。どうやら、漏れて充満したガスに火花が引火したらしい。先ほどの衝撃とアートオブディフェンスの反動が抜けきらぬ体に鞭打って、必死になって立ち上がって爆風を防ぐフォルク。フルドライブの機能がまだ生きていたのが幸いし、吹っ飛んできた瓦礫を無事防ぎきる。
「大丈夫か、フォルク?」
「ああ。だが、これは大事になったな……。」
完全にふさがった出口を見ながら、これからのことにぼやく。個人戦技には秀でている彼らだが、こういった瓦礫撤去なんかには向いていない。むしろ、こういう状況では、アバンテのほうがはるかに適しているぐらいだ。
「私の部下が、申し訳ありません……。」
「阻止できなかったのは我々です。お気になさらないでください。」
「ですが、この場で追求する意味は無かった、と……。」
「過ぎた事を言っても仕方ありません。それに、場所が変わっただけで、今日か明日のうちに同じ真似をしていただけでしょうしね。とにかく、まずはここから無事に脱出することを考えましょう。」
クロノの言葉に、己が未熟を恥じながら一つ頷く殿下。すでに、SPたちは色々動き回っている。ミッドチルダを震撼させた近年最大のテロ事件は、こうして最終局面を迎えたのであった。
「はやてちゃん!」
「わかっとる! まずは火を消し止めた上でガス漏れを止めんと!」
『はやて! ガスの大本はこっちで止めたよ!』
「ありがとうフェイトちゃん、助かったわ! ほな、なのはちゃん! 儀式行くで!」
「うん!」
とにもかくにもまず消火活動。そこに異論がある人間はいない。史上最強クラスの魔導師二人による、超広域凍結魔法。一気に炎のみを凍結させて消火する。ついでにガス管の表面をすべて凍りつかせて、中に残っているであろうガスが漏れ出すのを防ぐ。はやて一人であれば、たとえユニゾンしていてもここまでの速度で完了する作業ではなかった。そう考えると、なのはが滑走路でずっと待機していてくれたのは非常に助かった。
「じゃあ、今から救助活動行って来る!」
「頼むわ! 私はこのあと、空気の流れを作って、少しでも煙を外に出す! さっきの爆発で全体が脆くなってるから、瓦礫の撤去で魔法を使うときは、衝撃の当て方に注意してや!」
「了解!」
『任せておいて!』
互いにやるべき事を確認しあい、迅速に次の作業に移る。次々に要救助者を回収し、旅の扉で安全圏へ移動させ、瓦礫を慎重に粉砕して通路を確保する。活動していた管理局員の誰よりも迅速に行動し、獅子奮迅の活躍を見せる二人。途中で、フェイトからこんな発言が。
『ねえ、なのは!』
「どうしたの!?」
『優喜、もしかして中にいるんじゃ!?』
その言葉を聞いて、一瞬青ざめるなのは。いかな竜岡優喜と言えど、何トンもある瓦礫に押しつぶされれば、ただではすまない。当人がそう言い切っているのだから、間違いない事実だろう。良く考えると、爆発から後ろ、彼ついては話題にもなっていない。
『呼んだ?』
「優喜君!? 今どこに!?」
思わずサーチャーを飛ばして確認しようとした瞬間、当の本人から通信が。
『今内部で救助活動中。ちょっとばかり空気の流れが悪くて煙が充満してるところがあるから、気道を作って安全確保中。』
『友よ、いくらこの手の環境での活動は平気だと言っても、見ている方の心臓に悪い。好き嫌いを言わずに騎士甲冑を纏え。』
『邪魔だからいらない。と言うか、この手の土木作業は、ジャージか作業服が一番だ。』
相変わらず緊張感の欠片もないやり取りをする主従に、思わずため息が漏れるなのはとフェイト。
『あ、そうそう。』
「何?」
『どうやら、スバルが閉じ込められてるみたい。声の感じから言って、多分立てない状態だと思うから、助けに行ってあげて。』
「えっ!? どこで!?」
『今から場所を教えるよ。こっちが終わったらすぐに合流するから。』
「うん、分かったよ!」
優喜の言葉に元気よく返事を返し、受け取った座標データをもとに最短距離を割り出す。ちょっとややこしい場所のようで、崩れた瓦礫などを考えれば、いったん外に出た方が早いと結論。半分割れた窓ガラスを完全に砕き、そこから滑走路を経由して北口近くの無事な入り口から再度中へ。その時、司令部から切羽詰まった通信が。
『こちら司令部! ギンガが中に入っちまった!』
「えっ!?」
『あの馬鹿、妹が閉じ込められたと聞いて突っ走りやがった!』
年の割には落ち着いているが、意外と後先考えずに突っ走りがちなギンガの性格を考えると、ありそうな話だ。優喜の通信から今に至るまでの時間は、制止を振り切って突破するのにかかった時間だろう。まだ崩落の危険が多分にあり、今のギンガの力量では、この環境下での救助活動は無謀である。
『なのは、今どこ!?』
「もうすぐ指定されたポイントだよ!」
『じゃあ、スバルは任せるよ! ギンガは私が回収する!』
「うん! おねがい!!」
『頼んだぞ、テスタロッサ執務官! まだ皇太子殿下も脱出されていない! 馬鹿娘のせいで最優先救助対象に何かあったら、国際問題じゃすまねえ!』
嬢ちゃん扱いせずに役職で声をかけるあたり、ゲンヤも相当深刻に考えているらしい。娘二人の安否もさることながら、実力不足の見習いが、好き勝手うろうろすることの弊害も大きい。父親としては親馬鹿な部分もあるゲンヤだが、指揮官としては公正な人物だ。娘可愛さに救助活動へ投入しなかったわけではない。使い物になるのであれば愛娘といえど、とうの昔に容赦なく危険地帯へ送り込んでいる。
皇太子殿下ご一行がまだ脱出を終えていないと言うのは、相当不味い状況である。そこに二人の娘に二重の意味で心配をかけられたのだから大変だ。そんな指揮官の苦労に思いをはせながら、指定されたポイントに到着するなのは。その状況を見て、思わず嫌そうな声を漏らしてしまう。
「うわぁ……。」
指定された場所は、かなり危険な崩れ方をしていた。人が通れるような隙間はなく、向こう側が見えないため、下手に瓦礫を砕いたりも出来ない。どう対応するにしても、まずは中を見ることからだと考えたなのはは、慎重に中を覗ける隙間を探す。優喜なら平気で瓦礫を砕いているところだが、なのはにはそこまでの技量も感覚もない。
隙間から中を覗いて、もう一度絶句する。どうやら四の五の言っていられる余裕はなさそうだ。入れ替わりにちょうどいい大きさの瓦礫を探しているうちに、なのはを絶句させた原因である、際どい状態でバランスを保っていた天井の最後のかけらが、ついに崩れ落ちる。それを見たなのはは、とっさの判断で叫んだ。
「キャスリング!」
崩れ落ちた瓦礫が指輪の許容範囲内である事を祈りながら、キャスリングを発動させる。一連の事件は、ついに最後のひと幕に差し掛かったのであった。
「っ! げほっ、げほっ、げほっ!」
必死になって声をあげているうちに、隙間から侵入してきた煙を思いっきり吸い込んでしまうスバル。見ると、充満していると言うほどではないにしろ、いつの間にやら結構な量の煙が侵入してきている。
「誰か! 誰かいないの!?」
今のでさらに出しづらくなった声をもう一度精一杯張り上げ、助けを呼び続ける。割と近い位置に聞こえていた人の声がだんだん遠ざかっていくのを感じ、焦りながら必死にかすれた声をあげる。だが、息が続く限り声を上げ続けたものの、向こうも大変らしく、こんな分厚い壁の向こうからあげた小さな叫び声など、誰も聞き取れなかったらしい。
そもそも考えてみれば、分厚い瓦礫の壁に閉じ込められたスバルの耳にすら、やたら大きな風の音やら何かが崩れる音やらがひっきりなしに聞こえるのだ。この環境下で彼女の声を聞きとるなど、優喜でもなければ不可能だろう。
スバルは知らない。その優喜が結構離れた場所で彼女の声を拾い、すでに救助要請を出してくれている事を。
「……誰かがもう少し近くまで来るのを待った方がいいか……。」
効果のない呼びかけに心が折れたスバルは、痛みをこらえて体力の温存を考えたのも無理からぬことであろう。諦めて落ち着いてしまうと、周りの状態が結構危険な事に気がつく。どうにも、足だけで済んだのはむしろ奇跡の領域らしい。
「……あたし、やっぱりここで死んじゃうのかなあ……。」
こういう過酷な環境に一人取り残されると、人間碌な事を考えない物である。特に、崩れると終わりとしか思えない塊が視界内に結構あり、しかも身動きが取れない状態ともなると余計だ。今もあっちこっちで瓦礫が崩れているらしく、軽い振動はそれなりの頻度で伝わってきている。落ち着いてから最初の何回かは、振動の度にパラパラと小石が崩れてひやりとしたが、それも両手の指で足りなくなるころには慣れてしまった。
「……あの瓦礫、そろそろやばいかも……。」
妙に冷めた頭で、そんな事を考えたのがまずかったらしい。天井の、直撃コースの結構大きな瓦礫が、誰かの足音を引き金に、見事に崩れ落ちる。
「えっ?」
さすがに、崩れるかも、とは思っていても、実際に崩れると反応できなくなるらしい。やけにスローモーションで落ちてくる天井の瓦礫に、頭の中が真っ白になるスバル。
「キャスリング!」
そのスバルの耳に聞き覚えのある声が聞こえ、瓦礫が見知った女性の姿に変わる。崩れた天井の隙間から差し込む光を身に浴び、六枚の翼を大きく広げた純白の衣装の女性。とてもとまでは言わないまでも良く知るその女性を、スバルはなぜか天使だと思った。その姿が鮮烈なまでに、スバルの魂に刻み込まれる。
「スバル、大丈夫!?」
「え? あっ、えっと、なのはさん?」
「そうだよ、なのはだよ! ごめんね、遅くなって!」
視界の中の天使は、泣き笑いのような表情でスバルの傍に降り、彼女の足をくわえ込んでいる瓦礫を慎重に砕く。さすがに通路をふさぐような大きさの瓦礫を安全に砕くのは無理でも、大人の男が頑張れば浮かせられる程度のものなら、なのはでもスバルの足にダメージを与えないように割るぐらいはできる。
「大丈夫じゃないよね、痛かったよね。ごめんね。」
何故なのはが謝るのか、理解が追い付かずにぼんやりしていると、抱えあげられて、この狭い空間の中では比較的安全であろう場所に下ろされる。
「ちょっと待っててね。すぐにゲートを開くから。」
「それはもうちょっと待って欲しいかな?」
なのはの言葉に、これまた聞き覚えのある、男とも女ともつかない声が割り込んでくる。
「優喜君?」
「優兄?」
「宣言通り、合流しにきた。すぐ通れるようにするから、ちょっと離れてて。」
「あ、うん。」
優喜の言葉にしたがい、スバルを背負って声が聞こえたのと反対側に移動するなのは。なのは達が動き終えると同時に、派手な音を立てて粉々に砕け、真下に崩れ落ちる瓦礫。砂山のような状態なので歩きにくそうだが、それでも普通に通れるようにはなる。
「それで、優喜君。どうしてゲート開いちゃ駄目なの?」
「向こうにも人がいるから、一緒に回収した方が早いでしょ?」
「……うん、確かにいるね。分かったよ。で、どこから行くの?」
「ここを通れるようにするつもりだけど?」
なのはが怖くて触れなかった瓦礫を無造作に砕きながら、何を当たり前な事を、と言う口調で告げる優喜。崩落の危険とか考えていないように見えるが、こいつの場合はどう殴れば大丈夫かを理解してやっているため、下手に発破だの重機による撤去だのをやるより安全なのが、時折無性に腹が立つ。そのまま何事もなかったように通路を抜けロビーに入ると、確かに結構な人数の集団がいた。
「……優喜か?」
「や、クロノ。迎えに来たよ。」
「なのはにスバルも一緒なのか。」
「クロノ君、皇太子殿下は?」
「どうにか無事だよ。お召し物はずいぶん汚れてしまったがね。」
そんな事を言っていると、優喜達が入ってきた通路から、もう一つ声が聞こえてくる。
「優喜、スバルは大丈夫だった?」
「ん。なのはが先に助けてたよ。ギンガは?」
「ちゃんと捕まえたよ。どうせ言っても聞かないからと思って、ここに連れてきてる。」
その言葉とともに、小脇に抱えていたギンガを下すフェイト。流石に普段の腕力なら、まだ割と小柄だといえど、すでに十代半ばとなった少女を抱えて飛びまわったりは出来ないが、現在はユニゾン中である事に加え、フローターフィールドで荷物扱いしている。さすがにそれなりの自尊心を持ちあわせる年頃の少女にその扱いはどうかと思わなくもなかったが、肉親の情に負けて命令違反をしたペナルティとしては、むしろ軽い方だと言う事にしておこうと決める。
「スバル、大丈夫!?」
「ギン姉!」
足を怪我して立てないスバルを見て、顔をゆがめるギンガ。命を助かった事を喜ぶべきか、怪我をした不運を慰めるべきか、胸中は非常に複雑なものがある。
「ギンガ、スバルを預かってくれる?」
「はい!」
さすがに、今治療するには状況とか環境が悪い。まずはちゃんと脱出してしまってからだ。
「さてと。あとは全員集めて脱出するだけっと。クロノ、何人残ってる?」
「殿下と外務大臣以外には、護衛関係者が十名、避難していた人が百二十五名と、避難所をガードしていた局員が三名だ。」
「結構大所帯だね。」
優喜の言葉に、一つ頷く。爆心地であり震源地でもあったこの北フロントは、通路や出入り口の崩落被害が大きく、迂闊に動けなかった人が多かったのだ。救助が遅れたのも、侵入経路を作る途上に多数の要救助者が存在しており、彼らを安全圏まで動かす手間が馬鹿にならなかったためである。
「フェイトちゃんが来てくれて、助かったよ。その人数だと、私一人じゃ一回のゲートで運べなかったし。」
「そうだね。百人を超すとなると、三回じゃ全然足りないぐらいかな?」
「うん。シャマルさんでも、一度じゃ厳しいと思う。」
などとのんきな会話をしながら、人が集まった場所に合流する。救助に来た人物を見て、目を丸くする人々をよそに、必死になって守り切った皇太子殿下の姿を確認するなのはとフェイト。今回の件の後始末的な意味でも、彼には無事でいてもらわなければ困るのだ。
「遅くなって、申し訳ありません。」
「こちらこそ、我々デューダー王家の不手際を、こんな形でしりぬぐいさせてしまって、申し訳ありません。」
「どんな理由があれ、この状況は、テロを起こした人が悪いんです。任命責任とか難しい話があるのかもしれませんが、それでも殺されそうになった人が悪い、なんていう理屈は通りません。」
殿下の言葉にきっぱり言い切ると、もう大丈夫だと力づけるように微笑むなのはとフェイト。その笑みを見た人たちの顔から、緊張と恐怖が拭い去られる。
「ねえ、なのは。」
「何、フェイトちゃん?」
「なんだか今、すごく歌いたい気分なんだ。」
「奇遇だね。私もなんだ。戻ったら、助かった人たちのところで、一曲歌おっか?」
「いいね。」
そう言い合って、もう一度微笑んでからゲートを開く。こうして、近年まれに見る被害を出したミッドチルダ第八空港テロ事件は、後始末を残して収束したのであった。
テロの背景は、予想した通りかなり複雑なものとなった。何しろ、最後の引き金を引いて直接被害を出したのはオクタビアだったが、彼が残した様々な証拠類をたどると、今回の条約にかかわる複数の国の政府関係者と糸がつながっていたからである。オクタビア自身の腕とデバイスがまともな状態で残っていた事もあり、そこから芋づる式に、結構ダイレクトにいろいろな話が出てきてしまった。
また、最初になのはが緊急着陸させた護衛艦にもさまざまな証拠が残っており、乗組員も二人、拘束された状態で残されていた。何よりヒュードラの悲劇を引き起こした、魔力と結合することで周囲の酸素を根こそぎ奪い取るガスが、これでもかと言うぐらいペイロードに詰め込まれていたのだ。仮にスターライトブレイカーで粉砕していたら、それこそ大惨事になっていたところで、一同はなのはの勘の良さに、とことん感謝したものである。
今回の事件では、管理局も各国政府も航空会社も、全く無傷とはいかなかった。管理局は最後の最後でテロを阻止しきれなかった事、各国政府はテロ組織に情報を漏らし、あまつさえ手引きした者すら複数いた事、航空会社は、管理局から今回の事態を想定した要請があったのに、目の前の利益を優先して申し出を蹴った事で、少なからぬ批判を受けていた。特に皇太子殿下の側近がテロ組織や王室廃止論者の組織とつながった揚句、空港爆破の引き金を引いたデューダーはダメージが大きく、信頼回復のために必死になって犯罪組織の根を切り捨てようと頑張っている。
今回の事件に置いて一番の救いは、各国の結束が当初の予定よりはるかに強くなった状態で、条約の調印がつつがなく終了した事だろう。
「ねえ、クロノ……。」
「クロノ君……。」
「どうした?」
「「どうして私たち、わざわざ局の正装でここに連れてこられてるの?」」
「殿下をはじめとした、政府関係者の皆様の意向だ。」
いろいろあった後始末の最後。それは今回の一件で一番活躍したとゲンヤが太鼓判を押した二人に、殿下が直々に感謝状と勲章を渡す事であった。実際、なのはがいなければ最初の段階で詰んでいたし、フェイトのスピードでなければ、燃料庫の爆破を防げたかどうかはきわどかった。そもそも、管理局の局員で一番多くの人間を救助したのも二人であり、局員の中では一番活躍した、と言うのも間違いではない。
「そんなものを用意する暇とお金があったら、少しでも被害を受けた人たちに回してほしいんだけど……。」
「そっちの方はすでに、十分な予算が組まれている。」
今回のテロ事件、爆破された車の本来の運転手が殉職した以外は、奇跡的に死者、重傷者は一人も出ず、一番重い怪我でもスバルの打ち身と骨折程度。治療費および損害賠償の額もほぼ確定しており、そのほとんどをデューダーの王家が王室の予算と個人資産を削って拠出することで折り合った。ある意味被害者である皇太子殿下が一切責任逃れをしなかった事に加え、王室廃止論者のこれまでの素行の悪さや、殿下の知らぬところで行われていたオクタビアの行動が次々に暴き立てられた事もあって、王家のイメージダウンは最低限にとどめられたらしい。
むしろ、そうと知らぬ間に側近に尻を狙われ、タチの悪いストーカー犯罪のような事件を起こされたとして、ある種の同情すら集めていると言う。無論、政治の場にいる人間が、側近のそういった感情の動きをきちっと把握できていないとは何事か、という意見も多いが、オクタビアがある種の洗脳を受けていた可能性が高い事と、同性愛の気がない人間にそこまで悟れと言うのは無理がある、という複数の筋からの実感の伴った擁護の声の方が強い事もあって、限界まで打てる手を打った管理局とともに、意外と早く名誉が回復しはじめている。
「で、仕事中の僕を強引に拉致った理由は何?」
「言わなければ分からないか?」
「優喜もいたんだ……。」
「と言うか、よく優喜君にその服を着せられたよね……。」
となりの控室から、やたら高そうな礼服を着て、心底嫌そうな顔をして出てきた優喜に、しれっと答えるクロノ。なのは達が局員として、ならば、優喜は民間協力者として、感謝状と勲章を押し付けることとなった。もっともこいつに関しては、王室がらみの今後の面倒事を体よく押し付けるために、互いに面識を持たせようと言うのがメインの理由だったりするのだが。
とはいえ実際の話、優喜がいなければ殿下の救助はもっと後ろにずれていたのも事実だ。何しろ、震源地で爆心地でもあった北フロントは、外から転移したりゲートを開いたりするには空間の状況が極端に悪く、内部からゲートを開くにしてもシャマルクラスの腕かなのは達ぐらいの出力がなければ不可能だったのだ。出入り口も完全に崩落していた以上、救助のためには重機を待つ必要があり、優喜が内側からのルートを作っていなければ、後二時間は救助が遅れていた可能性が高い。
因みに、どうやって道を作ったのかに関しては、表向きは遺跡発掘で使う特殊な土木作業用の魔法を使った、と言う事になっている。ユーノとそれなりの頻度で遺跡発掘に向かっているため、この言い訳が不自然ではなかったのが決め手だ。
「ここまで来たんだ。三人ともあきらめて、会食まで付き合え。」
「「「……。」」」
クロノの理不尽な台詞に、思わず白い目を向ける三人。その顔は、何が悲しゅうてこれ以上面倒事を抱えにゃならんのだ、と雄弁に語っている。
「時間です。」
「だ、そうだ。その仏頂面をしまって、表面だけでいいから感謝して受け取って来い。」
「はいはい……。」
どうにもならない事など最初から分かっていたため、実に潔く諦めて茶番につきあう優喜。優喜の態度を見て、ため息一つで気分を切り替え、真面目な表情でたくさんのカメラが待つ式典会場に足を踏み入れるなのはとフェイト。この後の会食で何故か殿下から婚約者を紹介された三人は、殿下ともどもファンクラブのプラチナ会員になったとかいう頭を疑う報告を聞かされ、挙句の果てに優喜は婚約指輪の発注を受け、なのはとフェイトは今度お忍びでコンサートに行くと断言されて頭を抱える羽目になるのであった。
あとがき
爺ちゃん達の首を繋ぎつつ大事件を起こすとなると、他の理由と流れが思い付かなかった発想力の低い作者が通ります。一番の悔いは、結局後篇にナンバーズの出番をはさめなかった事。クアットロに一見ツンデレ風の本音を言わせたかったのに、容量的にも展開的にも無理だった(しくしく)
なお、ナンバーズの出番と同じく、本編にはさむ余裕はありませんでしたが、皇太子殿下の婚約者は市民活動家と言っても、いわゆるサヨクのあれではありません。むしろやってる事はフェイトに近く、スラムの衛生状態を改善するためにごみと交換で花を植えたり、薪の節約のためにかまどの作り方、使い方を教えたりするような活動をメインにしてる人です。
彼女の座右の銘は「千里の道も一歩から」「すぐに実現する理想はない」「座してなせる事などない」で、とにもかくにも一気に話を進めようとするのではなく、少しずつやりやすいところから改善して行き、こつこつと理想に近づけていくタイプです。本当は本文で描写したかったのですが、当人が出てくる予定が立たないので蛇足ながら。