「厄介な案件が入ってきたね。」
「ああ。実に厄介な話だ。」
ミッドチルダ政府から出された要請書。それを見て険しい顔をするグレアムとレジアス。そこには、第二十三管理世界の王制国家デューダー、その皇太子がミッドチルダ第八空港を使って訪問する、と言う旨の事が書かれていた。訪問理由は、いくつかの世界との会合、及び関連した条約の調印式への出席である。
「転送装置を使っていただく、という訳にはいかないのか?」
そもそも、普通主要国家の要人の移動は、専用の転送装置を使うものだ。
「当初はその予定だったのだけどね。向こうの装置が故障している上に、近場の無人世界で小規模な次元震が発生してね。次元航路が使えるようになるまでの時間を考えると、修理が間にあわない。」
「さすがに、個人転移で転送装置の部品を運ぶのは厳しい、か……。」
「そういうことだ。」
次元震と言ってもピンからキリまであるが、今回のそれは、次元世界を崩壊させるようなものではなかったらしい。だが、小規模と言っても必ずしも影響が小さいわけではない。次元世界一つを崩壊させるレベルでも周囲に全く影響が無い場合もあれば、少々空間がゆがんだ程度でも次元航路が大時化になる事もある。今回の次元震はどうやら後者だったらしく、安定して航行できるようになるまで一カ月はかかる程度には荒れていた。あと一週間もすれば、時化そのものはおさまりそうだが、そこからの日程がタイトにすぎるのだ。
原因となっている次元震そのものは既に収まっているので問題は無いが、それでも個人転移で皇太子殿下を運ぶためには、事故の確率が無視できない。しかも今回の件は、要人同士の、何ヶ月も前から調整されている会談である。ほかの外交日程はある程度調整が効いたが、複数の要人が関わる今回のこればかりは、ただ一人の都合ではどうにもならなかったらしく、結局次元航路を使って、空港経由で会談の場に移動すると言う形になった。
致命的だったのが、主となる国家の一つが、この日を逃すと大統領選に入ってしまい、場合によっては条約そのものが反故になりかねなかった事。結局、後ろが決まってしまったため、非常にタイトな日程になってしまったのである。高性能な政府・王家専用機ならば、少々の時化でも安全にかつ、並の船より倍は早く到着できる、と言う事も強行する後押しになってしまっていた。
「どうあっても、雑踏警備が必須となるか。」
「もう一つ、問題があってね。」
「何があるのだ?」
「日程通りに行けば、なのは君達がコンサートツアーから帰ってくる時期なのだが……。」
「まさか!?」
「ああ。特にトラブルが無ければ、丁度近い時間帯に第八空港につく予定だ。具体的には、一時間ほど前に到着予定だね。」
なのはとフェイトは、例年通り夏休みのコンサートツアーに出ていた。今回は辺境を主体としたツアー構成で、戻ってくるのにもそこそこ時間がかかる。結果、狙ったようにピッタリのタイミングで戻ってくる事になったのだ。このある種の悪意すら感じる偶然は、何か起こったときに心強いと考えるべきか、絶対ろくでもないことを引き当てると見るべきか。
「それに、彼の国では、最近王制廃止主義者の過激派が、暴動じみた行為を頻発させている。連中は裏で、広域指定の犯罪組織とつながっている、との噂もある。」
「……今からでも、せめて到着予定時刻の前後二時間程度について、空港を全面閉鎖することは出来ないのか?」
「当然そんなことぐらいは、ミッドチルダ政府も検討しているようだがね。話が決まるのが遅すぎたようだ。」
「さすがに、今からでは厳しいか。」
どうにもぎりぎりまで調整を続けたらしい。すでに残り十日程度しかない今となっては、予約もほぼ埋まってしまっている。四時間も空港を閉鎖するとなると、一カ月は前から調整しておかねば、違約金などが一気に膨れ上がる。特に第一から第八までの空港は、ミッドチルダの玄関口として次元世界屈指の規模を誇る。それを二週間切った今から、ピークタイムを四時間も閉鎖するとなると、そんな予算は管理局にもミッドチルダ政府にも該当国の政府にも無い。
自然災害が絡んでいるとはいえ、現在進行形ではない以上は、違約金の免責事項は適用されない。予備費を使いきれば、やろうと思えばできなくはないが、まだ年度の半ばだ。毎年予備費などほとんど残らない事を考えると、まだ年度が半分残っている段階で余裕資金を使いきるのは、かなり不安が残る。
「……予算だけが問題ならば、いっそ広報部の余剰資金を使わせてもらう事にするか?」
「そうだね。事が事だ。そもそも、あの資金を管理局の予算から切り離してプールしてきたのも、こういう事態に対応するためだ。」
「全部使い切るつもりでやれば、十分な時間、空港を閉鎖できるか?」
「伊達に五年以上、収益をため込んではいないよ。」
そう言って、広報部の部長と連絡を取って了承を得た後、空港の責任者に通信を入れるグレアム。しばらくやり取りをした後、険しい顔で通信を終え、一つため息を漏らす。
「その様子では、あまり色よい返事は得られなかったようだな。」
「ああ。やはり、今からでは調整がつかないと言われたよ。前後三十分の便を他所の空港に振る調整だけでも、すでに事務方がパンクしているらしい。利用客を追いだす手段に至っては、案すら出てこないとのことだ。」
「人員を送り込んでもか?」
「空港間の調整はどうにかなりそうだけど、各運航会社の説得および調整が、人員だけでどうにかなる問題じゃない、と言われてしまったよ。いっそ、会合そのものを延期、もしくは中止してしまった方がいいんじゃないかな?」
グレアムの言葉に、首を横に振るレジアス。それができれば、最初から苦労はしない。とはいえ、空港側の言い分も理解はできる。たった三十分でも、各空港の発着便数は膨大な数になっている。運行会社も、トータル一時間程度ならば、一か所の空港での発着便数はそれほどでもないため、補償さえしてもらえるのであれば受け入れるのはそれほど難しくない。だが、これが何時間も、となると、クレーム対応だけでも馬鹿にならない。そこに絡んだ被害となると、金銭による補てんだけで済まなくなろう。次元世界の住民のほとんどは、日本人の平均ほどもの分かりもあきらめも良くないのだ。
「今回の会合と調印式で、ようやくいくつかの紛争にけりがつく。今、会合を延期、もしくは中止してしまうと、また一からやり直しになる可能性が高い。そうなれば、皇太子殿下の苦労は水の泡だ。かといって、殿下を欠席させて日程通り進めたとして、デューダーだけ後日と言っても通るまい。」
「……いよいよ覚悟を決めるしかないようだね。殿下の髪の毛はあるかな?」
「ああ。次元震が起こる前、まだ装置が故障していない頃に回収してある。すでに一つ目のスケープドールは起動しているから、いきなり撃たれて即死、という事態は避けられるだろう。」
「後は、動かせる部隊を総動員して、航路の安全確保と施設の点検および不審物の確認を徹底させるか。」
「だが、いくらなんでも、クラナガンを空には出来んぞ?」
「本局武装隊や戦技教導隊にも出張ってもらおう。武装隊はともかく、戦技教導隊は陸の部隊ともそれなりに仲がいいから、余計な軋轢を生みだしたりはしないだろう。」
グレアムの提案に一つ頷くと、着々と方針をまとめていく。細かいタイムスケジュールや配置はともかく、大枠はトップの責任で決めてしまわないとまずい種類の案件である。
「後は、なのはとフェイトに話を通して、念のために優喜にもこちらに来てもらうか。」
「ああ。彼には独立して、いろいろ動いてもらおう。後、あまり考えたくはないが、念のために空港の職員について、徹底的に洗っておいた方がいいだろう。」
「そうだな。ドゥーエに頑張ってもらうか。情報局にも、出入りの業者や当日の利用客まで今回関わりそうな人間は全て、調べられるだけの経歴を調べさせよう。」
腹を決めて、さくさくと外部の人間まで巻き込んで行く二人。大雑把に必要な部分を詰めると、当日の現場のトップを選定して細部を丸投げする。一方でミッドチルダ政府や各空港、主だった運行会社に連絡、少しでも第八空港に人が入ってこないように死に物狂いで調整する。いかに運行許可を出すのが管理局だといえど、強権を用いて強引に止めるわけにはいかない。いくら事情があるとはいえ、そんな事をすれば組織の屋台骨が揺らぐ。
及び腰の政府を叱責し、運行会社に逸失利益といざテロが起きたときの損害補償とどちらが大きいかを説き、根回しをしてなお協力を渋る第八空港を粘り強く説得。結果、関係者すべての抵抗が非常に強く、空港を空にするための行動はすべて徒労に終わったが、少なくとも事前にやれることはやったというアリバイ工作ぐらいにはなっただろう。
ようやく現段階で自分達が動くべき中身を決め終えると、ため息をついてコーヒーを頼む。イロモノ部隊のコンセプトを決めたりと、最高評議会が逝ってからこっち、かなり緩い仕事ばかりをしている印象があるが、やはり巨大組織の事実上のトップである。なんだかんだ言っても、気苦労の絶えない年寄り二人であった。
「フェイトちゃん、その雑誌何?」
「この間、日本で取材受けたでしょ? その時のがツアー出発前に出てたから、折角だから買ってきたんだ。」
「あ、あのときの。」
「買ったはいいけど、ツアーの最中はちょっと読む時間が取れなかったから、帰りの船の中でって。」
フェイトの言葉に納得するなのは。連休明けてすぐぐらいに、恭也と忍の同級生の友人で、家族ぐるみでそれなりに付き合いがあった赤星勇吾に元気な男の子が生まれたため、先月すずかの発案で出産祝いを買いにデパートに行った時の事だ。行き先が行き先だけに、最近ジャージが基本になっていたなのはとフェイトはもちろん、元々ジャージ以外まともに着る気が無い優喜でさえ、かなり久しぶりにきちっとした格好をしていた。おかげで美少女四人組としてやたら目立ち、結果としてティーンズ向けのファッション誌の取材に捕まってしまったのである。
因みに、会う機会が無くて基本的に面識のないアリサとはやては、予定が合わなかった事もあり、とりあえず気持ちばかりお小遣いを出して、買い物には不参加だったりする。また、美由希は美由希で、男を作ってすっかり海鳴に根をおろしてしまった那美と一緒に出産祝いを調達していたのだが、もうじき二十代も折り返すと言うのにただ一人男が出来る気配もない自分に、珍しくやけ酒をかっ食らっていたのは記憶に新しい。なのはとフェイトも、惚れた相手が相手だけに、下手をすれば明日は我が身かも、と、不吉な考えがよぎるのを止められないのはここだけの話である。
「お二人は、日本でもこういうお仕事をしてるんですか?」
雑誌の写真を横から見ていた、二歳年下の広報部の新人シャリオ・フィニーノ、通称シャーリーが、好奇心あふれる表情で先輩兼上司の二人に聞く。因みに、彼女の主な仕事は付き人だが、フェイトの執務官としての仕事を補佐したり、広報部の魔導師達のデバイスのメンテナンスを行ったりと、意外と幅広く仕事をこなしている。
自分から広報部、それも事務の方に志願して異動してきた変わり者で、その動機は広報部の癖の強いデバイスを触りたいから、と言う、明らかに広報の仕事そのものには興味が無い事が分かる少女だ。実績を積んだ局内の有名人と言うやつには、正統派もイロモノも関係なくミーハーな憧れを持ってはいるが、芸能活動やら芸能人やらについては、割とどうでもいいらしい。
「日本では、ただの学生だよ。」
「まあ、こっちで魔導師をやりながらアイドル活動してる人間を、ただの学生って形容するのはどうなのかな、とは思うけど。」
「ある時ただの女の子、その正体は、ってやつですね。」
「えっと、間違ってはいない、のかな?」
メガネをキランと輝かせ、おどけるように言ってのけたシャーリーに苦笑しながら適当に返事を返すと、ページをめくる。ポーズを決めて並んでいる四人の美少女に、思わず苦笑が漏れる。
「この背が高くて素敵なお姉さま、優喜さんですよね?」
「……シャーリーまで、お姉さま呼ばわりするんだ……。」
「本人には言わないであげてね。優喜君、学校でいろいろあって、お姉さまって呼ばれると結構ダメージ受けてるから。」
「……優喜さん、大変なんですね……。」
シャーリーにまで、しみじみと言われてしまう優喜。確かに、写真の彼はすらりとした長身を男物で包んだ、クールでスタイリッシュなお姉さまに見える。化粧っ気も飾り気も全くないと言うのに、それが妙になまめかしいのだから始末に負えない。呼ばれ続けると雰囲気が馴染んでしまうのか、お姉さま、以外の表現がすぐに出てこないあたりが末期的だ。
「なんだかこの雑誌の記事、散々な事書いてません?」
「シャーリー、日本語読めるの?」
「難しいのは無理ですが、この雑誌の内容ぐらいは、辛うじて何とか読める程度には勉強しました。何しろ、時の庭園から回ってくる仕様書とか資料、ところどころに日本語でメモ書きがしてあって、それが結構大事な内容だったりするんですよ。ミッドチルダにいながら、日本語が出来ないと困る仕事をするとは思いませんでした。」
「……そういうことするのって、多分忍さんだよね?」
「……母さん達も、どうせ面倒くさいからって修正してないんだろうね。」
なのはとフェイトの困ったような会話に噴き出すシャーリー。ステージの上とも実戦の最中とも違うゆるい雰囲気のまま、三人で駄弁りながら記事に目を通す。記事の内容は確かに、優喜にとっては散々な内容と言っていいだろう。なにせ、スタイリッシュなお姉さま、だの、こんなお姉さまが欲しい、だの、男に対する褒め言葉とは思えない賛辞が並んでいるのだ。第一、中身の年齢はともかく、肉体年齢で言うなら記者の方が明らかに年上だ。さすがの優喜も、年上にお姉さま呼ばわりされる筋合いはない。
「なんか、私達も褒められてるんだかけなされてるんだか、分からない事を書かれてるよね。」
「だね。」
巻頭の結構なページ数をなのは達に割いている割には、他の写真の子たちとは毛色の違う内容の記事が書かれている。インタビューの受け答えが堂々とし過ぎていたか、それとも中身が高校一年生の回答ではなかったからか、取りようによっては年を偽ってると言われてるように見える表現が目立つ。
「そういえば、なのはさん達だけ、ノーメイクですよね。」
「お化粧って結構肌にダメージが大きいから、基本的に舞台に立つ時以外はしないんだ。」
「それに、メイクを本格的に考えるのは、二十歳すぎてからで十分だって、母さんやエイミィからも散々言われてるしね。」
他のページの同年代の子たちが割とばっちりメイクなのも、なのは達の写真が違和感を与える理由だろう。聖祥ではほとんどいないが、いまどき高校生ともなると、水商売もかくやと言うような濃い化粧をする子も珍しくない。服装の傾向も、なのは達四人と他のページの少女達ではかなり違う。無秩序と紙一重の個性が、逆に没個性になっているイメージのある一般読者モデルに対し、聖祥組はごく普通にフォーマルよりのありきたりな余所行き衣装。古風と言うより、しっかりしたしつけを受けた子供、と言うイメージのほうが強く、それも実年齢より大人びて見える原因であろう。
「……今、日本ではこういうのがはやりなんだ。」
「……私の今の体型だと、ちょっとこの服は無理かな? 最低でもはやてちゃんかフェイトちゃんぐらいじゃないと、残念な感じにしかならないと思う。」
「でもなのは、そろそろブラ変えないときついんじゃない?」
「ちょっと、ね。でも、ゴールデンウィークに買いかえたばかりだから、迷ってるんだよ。」
中学三年になるまで、ブラジャーと言うものと縁が無かったなのは。今までの成長曲線から、今年いっぱいはBカップでいけるかな、などとある種の悲観的な考えをもとに、一年近く粘って傷んだ安物のブラを、シルク製ののものに買い換えたのが連休の頃。一応周囲からはワンサイズ上を勧められたのだが、まだまだ次のサイズまで余裕がありそうな感じだったので、見栄を張るような真似を避けたのだ。
何しろ、中二になってようやく乳房らしいものが出てきたものの、そろそろ必要じゃないか、と言われるまでに結局、一年かかったのだ。一応の成長を見込んで買ったBカップが、しっくりきはじめたのが中三の夏休みがおわってからとなると、普通に考えれば、順調に成長しても年内いっぱいはサイズが変わらないと思っても、しょうがないと言えば言える。これがすずかぐらいの頻度で変わるのであれば、最初から割り切って安物でしのぎ切ったのだろうが、現実は厳しい。
「私も母さんに言われたんだけど、そういうのはちゃんと体にあったものにしないと、型崩れする上に成長にもよくないよ?」
「分かってるんだけど、ちょっともったいないと言うか、申し訳ないと言うか……。」
さすがに、買ってそれほど使っていない下着を買い換えるのには、抵抗があるなのは。実際のところ、この件に関しては母桃子は金に糸目をつける気は一切無く、コンサートツアーで不在の間にプレシアやシャマル経由で正確なサイズを確認して、せっせと服屋に通って似合いそうな下着を買い集めているのだが、現時点でなのはは知らない。
因みにマイペースかつ順調に育っているフェイトは、地味にはやてを追い抜き、アリサを射程内に収めていたりする。まだまだ成長が止まる様子を見せないバストに、ユニゾンなしでけしからんと言われるボディになることへのひそかな憧れと、下着代やマニューバに対する悪影響とのはざまでこっそり悩んでいるのはここだけの話である。と言うか、抜かれた事をこっそり気にしているはやてや、いつ成長が止まるかびくびくしているなのはには、間違っても言えない悩みだ。
「私はまだまだ、そういう悩みとは無縁ですね~。」
「シャーリーはまだまだこれからだよ、これから。」
「だといいんですけどね。一生その手の悩みと無縁じゃない事を祈ってます。」
メカフェチで、あまりそこらへんにこだわりが無さそうなシャーリーだが、一応それなりに女の子をしているらしい。因みに、日本人とミッドチルダ人では、どうやら女子の成長曲線は違うらしく、十四歳ぐらいと言うと、日本人より体格的に幼い。
日本人女子の平均は、身長は大体十三歳から十四歳、バストは一、二年遅れて十五歳ぐらいでおおよそ成長のピークが終わり、後はロスタイム的にほんの少し大きくなる程度である。それに対してミッドチルダ人は、身長が十五歳ぐらいまで大きく伸び、バストも十七、八まで伸び盛りと言うケースもそれほど珍しくない。実際、シャーリーもギンガも、なのは達が十四歳だった頃の同級生より、十センチぐらいは普通に背が低く、しかも割とぐんぐん伸びている、もちろんフェイトやエイミィのように、十二、三で今ぐらいまで背が伸びるケースもあるので、あくまで平均の話である。
「それはそうと、ミッドについた後の予定は?」
「私の方にも詳しい話が来てないんですよ~。ただ、三時間ほど待機、としか。」
「変な話だよね。」
「まあ、何かに巻き込まれる前提でいれば間違いないんじゃないかな? フェイトちゃんもいる事だし。」
「そうですね。多分先入観を与えないために情報規制をしているだけで、フェイトさんがいると巻き込まれるだろう何かを、上層部の皆様がつかんでいるってことなんでしょうね。」
まだ二人と組んで半年もたたないと言うのに、すでにフェイトの妙な引きの悪さを理解しているシャーリー。もはや当たり前になっているためにエピソードとしては省いているが、フェイトの巻き込まれ体質と引きの悪さに関しては、一切改善の兆しは見えていない。
「私がいると、どうして何かに巻き込まれるって断言できるの……?」
「「今までの実績?」」
二人に身も蓋もなく断言されて、全力でへこむフェイト。何しろ返す言葉がない。
「まあ、今まで通り突発事態に対応するための心構えをしておけば、多分問題ないよ。」
「そうだね。」
「心づもりだけはしておきます。」
なのはの言葉に同意して、とりあえず体力温存のために眠りに入るフェイトとシャーリー。なのは達の予想を上回る、近年まれにみる大事件へのカウントダウンが続いている事を、この時彼女達は知る由もなかった。
「この間際になって、また厄介な話が出てきたな……。」
「まったくね。さすがフェイトお嬢様が絡むだけあるわ。」
ドゥーエの情報を聞いて、思わずため息が出る最高幹部二人。空港の職員の幹部級が、指名手配されている人物とつながっていると思われる状況証拠がでてきたのだ。他にも、要所要所の担当者が抱きこまれている疑いが濃厚となる情報もあり、警備計画を見直す必要に迫られたのだ。
「どうする? さすがにこれでは、逮捕状を取れるほどの証拠とは言えない。」
「管理局内部ならどうとでもできるが、空港はミッドチルダ政府の管轄だ。せいぜい政府と空港の責任者にこの件を秘密裏に告げて、上手く排除してもらうことを期待するしかあるまい。」
「政府の方も怪しいわよ。自分がなにに情報を漏らしてるか分かってない官僚が、もらしちゃいけないところに情報を漏らした可能性が濃厚だし。」
ドゥーエの言葉に、思わずため息が漏れる。これでは、管理局がどれほど頑張ったところで、十全な警備など不可能ではないか?
「管轄外のことを嘆いても仕方が無い。我々は、我々のできることをこなそう。」
「そうだな。ドゥーエ、すまんがもう少し証拠固めを頼みたい。あと、これは儂の勘だが、この中に脅されている連中がいるのではないか、と考えている。」
「その根拠は?」
「勘に根拠を求められても困るがな。まあ、引っかかるところと言えば、この資料のうち少なくとも二人は、単なる利益誘導のみで、怪しげな連中に機密を売ったりする人間ではない。それに、三日前に確認を兼ねた視察に行ったときに、少々様子がおかしかった。」
「なるほどね。少しばかり、踏み込んでみるわ。場合によっては、広報の二期生を動かしてもらうことになるかもしれないから、準備しておいて。」
「分かった。頼んだぞ。」
レジアスの言葉に軽く手を上げて、更に踏み込んだ調査に向かうドゥーエ。本番まで、後二日。嫌な予感が止まらない。経験と実績だけはしこたま積んでいる、もはや老獪さが売りの年寄り二人は、自身の首を差し出すことも覚悟しながら、己の経験を元に頭脳をフル回転させ、起こりうる事態に対して限界まで想定を重ねるのであった。
『三番通路で不審物発見!』
『五番搬入口に、リストにない貨物あり!』
「なんだか物々しいね。」
「そうだね。」
降り立って早々、デバイスの通信ログが物々しい内容で埋まる。空港の雰囲気そのものは、日常から特に変わっていないため、余計に水面下での動きとその空気の違いが際立つ。
「なのはちゃん、フェイトちゃん、お疲れさん。」
「はやてちゃん。」
「はやて、一体何があったの?」
「あった、って言うか、これからある、言うんが正解やな。」
はやての言葉に顔を見合わせる。
「八神三佐、それはなのはさん達の待機指示にも関係あるんですか?」
「そうなるな。これから、第二十三管理世界の主要国家、デューダー王国のアウディ皇太子殿下がこの空港に到着されるねん。」
小声で答えたはやての言葉に、思わず絶句する。
「……それ、空港を閉鎖しなくていいの?」
「日程が決まったんが、十日ほど前の事やからなあ。だいぶいろいろ手をまわしたみたいやけど、どうにか前後三十分ほどの出入りを止めるんが限界やったらしいわ。」
はやての言葉に、また厄介なと言う表情を隠さないなのは。その様子を見て苦笑し、とりあえず手招きして待機場所に連れて行く。さすがに一般人がいる場所で、あまりテロがどうだの警備がどうだのと言う話題で会話するのはよろしくない。そうでなくても、なのはとフェイトは有名人だ。今現在、すでに老若男女関係なく大量の視線を集めている。もっとも、本人の自覚は薄いが、はやても悲劇とのヒロインとして、それなりには有名人だ。ただ、いい加減聖王教徒と夜天の書の関係者以外の記憶からは、ずいぶん薄れてしまっているのだが。
「でまあ、とりあえず細かい状況を教えとくわ。」
「うん。」
ボトルからコップについだお茶を渡し、背景にある事情だのなんだのの説明を始めるはやて。礼を言ってコップを受け取り、市販のお茶をすすりながら話を聞く三人。
「結局のところ、日本で言うところの皇室廃止論者、あれの過激な連中が広域指定の犯罪組織と手を組んだ、言うのが事の真相や。」
「もしかして、転送装置が故障したのも……。」
「可能性は排除できへんレベルやな。」
「……政治の話には、関わりたくないなあ……。」
「なのはちゃんはそれでえかもしれへんけど、私とフェイトちゃんは資格とか役割とかの問題で、全く無関係言うのは厳しいねんで。」
はやての言葉に、深く深くため息をつく。
「それで、一般の人たちは、空港の外に誘導できるの?」
「ちょっと厳しいところやな。日程がタイトすぎて、取れる手がほとんどあらへんかってん。」
自然災害で外交日程が狂うと、とにかく関係者は苦労する羽目になる。単なる外遊ならともかく、今回は次元世界が抱えていた、長年の懸念事項の一つが解決に向かう重要な会合だ。重要ゆえに関係者すべてがギリギリまで調整をしたのだが、重要ゆえに元々の期限も厳しく、結局ぎりぎりまで延期してこの日程になった。
「王政廃止運動の人たち以外に、そのアウディ皇太子殿下を暗殺して得をする勢力はあるんですか?」
「まあ、ぶっちゃけた話をすると、今回の調印式の条約、あれが流れてほしい勢力も結構おる。ほとんどが非合法の組織や。」
「その理由は?」
「世の中には、平和になられると困る連中、言うんもおるねん。非合法の武装勢力なんか、紛争が解決して取り締まりが厳しくなったら、自分らが暮らしていかれへんし。」
「生々しい話ですね~。」
コメントに困って乾いた笑みを浮かべ、あえて空気を読んでいない感じの口調でチャラくぼやいて見せるシャーリー。
「皇太子殿下ってどんな方?」
「今年二十五になる、こういう世界の人としては割と若い殿方や。私は面識ないんやけど、カリムいわく『外交の世界に関わる人としては珍しい、裏表のない、信頼できる人柄』との事。枢機卿猊下やリンディ提督も同じ意見やった。」
「それは……、結構敵が多そうだね。」
「やね。それって裏を返せば、融通きかへんっちゅうことやし。」
他にもいろいろと情報のやり取りを済ませ、最後に一番重要な事を聞く。
「殿下の到着予定時刻は?」
「後三十分を切ったところや。さっき、最後の便が出て行ったところやから、あとはデューダー王国の王族専用機が到着するまで、入ってくる船も出ていく船もあらへん。」
「だったら、私滑走路の方で待機してていい?」
「その心は?」
「まず最初に何かあるとしたら、専用機が着陸するタイミングだと思うんだ。だから、誰か滑走路にいた方が、トラブル対処がやりやすいはずだよね?」
「……なのはちゃん、その申し出は非常にありがたいんやけど、多分無茶苦茶危険やで?」
「分かってるよ。ただ、離着陸のタイミングで何かあったとしたら、対応するのに結構大きな出力と平均より速い展開速度がないと難しいと思うの。最悪、墜落してくる次元航行船を地上で目視で確認してから迎撃して消滅させる必要が出てくるけど、それができるのって、今ここに来てる人間の中じゃ、私かはやてちゃんだけだよね? だったら、展開速度が速い私が、今回の人員の中では一番の適任だってことになるよね?」
正確な分析に、ぐうの音も出ないはやて。しばし考え込んだ末、一つ頷く。
「なのはちゃん、ものすごく危ないけど、頼んでええ?」
「もちろん。私から言い出した事だし。」
「だったら私は、すぐにどうとでも動けるように、屋上の方にいるよ。」
「お願い。シャーリーは指揮隊の方で、なのはちゃん達に情報提供や。」
「了解しました。」
「後は優喜君も来てるらしいけど、正規の戦力やないからフリーで動いてもらう事になるわ。必要になったら向こうから連絡くれるやろうから、そこら辺は臨機応変に頼むわ。」
はやての言葉に一つ頷くと、それぞれの配置に散っていく。物々しい雰囲気が伝わったか、一般客もどうにも落ち着かない様子である。殿下の到着から本局まで案内を終えるまで、概算で三十分程度。今回は余計なセレモニーの類はないので、失礼を承知でせかせば、少しぐらいの短縮は出来るだろう。
「さて、何事もなく終わる事を祈りながら、最後の準備にはいろっか。」
頬を一つ叩いて気合を入れると、別行動を取っていたリインを呼び戻し、フィーをシャマルのもとへ向かわせる。勝負の時は、刻一刻と迫っていた。
「……たかが空港の警備にしては、やけに物々しいな。」
「……トーレ姉、クアットロ、今回はやめておいた方がいいんじゃないかな……?」
「……セインさんもディエチに賛成。なんかさ~、今から踊って侵入してレリック盗んで帰るって、ものすごく空気の読めてない行動のような気がひしひしとする。」
「……セインもそう思うのか?」
「チンク姉も?」
第八空港の敷地からやや離れた高台。空港を見下ろせる位置から双眼鏡で警備状況を確認していたトーレとディエチの言葉を皮切りに、次々と否定的な意見が飛び出す。特に、物質透過能力・ディープダイバーを使って直接状況を確認してきたセインの言葉は重く、計画の実行を躊躇わせるのには十分だった。
「あら、セインちゃん。今まで散々空気を読まずにやってきたのに、今回だけ怖気づいたの?」
「怖気づいたって言うか、今までと違って、今回はファンからも顰蹙を買いそうな気がするんだ。」
「別に、人間ごときにどう思われてもかまわないじゃない。」
「良くない! 人気が無くなったらご飯が貧しくなるんだよ!?」
最近食べ物に対する執着が、より一層ひどくなったセイン。その言葉に、呆れたようにため息をつくナンバーズ初期組。
「まあ、人気がどうとかはこの際置いておけ。この場合、問題なのはなぜ今日に限って、ここまで警備が厳重なのか、だ。」
「トーレ姉さま、管理局が本腰を入れてレリックを守りに来た、と言う可能性は?」
「それはあり得ないだろうな。そもそも、今回のターゲットは密輸品だ。管理局が所在を知っているとは考え辛い。」
トーレの指摘に黙りこむクアットロ。この場にいるメンバーでは、現状計画実行に乗り気なのは彼女だけだ。どうにも分が悪い。
「トーレ姉さまの指摘通りだとすると、何かほかに、あれだけ厳重な警備をする理由がある、と言う事になりますわね。」
「何か、までは分からないが、な。」
「セインちゃん、ちょっとそれを調べてきてくれないかしら?」
「え~!? あたしがいくの!?」
「潜入工作は、もともとドゥーエお姉さまとセインちゃんの役割じゃない。」
クアットロに言われて、反論の余地を見つけられずに黙りこむセイン。実際のところ、能力面で言うならクアットロ自身も潜入工作寄りなのだが、妹がそれをしてきたところで耳を貸す姉ではない。
「やだなあ……。あそこ、今ものすごく探知能力高いのがごろごろいるんだよ? さっきだって、危うく見つかるところだったのに……。」
「そうね。今行くのはお勧めしないわ。何しろあそこには、短距離探知に置いては極めつけのが一人いるし。」
心底嫌そうなセインのぼやきに、どこからとも無く答えが返ってくる。どことなく聞き覚えのある声。だが、この声の主は、自分達を裏切ったのではないのか?
「ドゥーエか?」
「はぁい、久しぶり。元気してた?」
トーレの言葉に妙に軽く挨拶を返すドゥーエ。しばらく会わないうちに、にじみ出るSの空気が薄れ、どうにも愉快なお姉さんになっている感じだ。
「何のようだ、裏切り者。」
「ドゥーエ姉さま、本当に裏切ったのですか!?」
「クアットロ、ちょっと落ち着きなさい。滑舌がおかしくなってるわよ。」
あまりにも焦って喋るものだから、おんどぅるるらぎったのでぃすか! と聞こえなくも無いクアットロの台詞を、苦笑しながらたしなめる。
「まず最初に言って置くけど、私はあなたたちを裏切ったつもりは無いわよ?」
「……どの口でそれを言う?」
「トーレ、誤解があるようだけど、私はあなたたちの不利益になるようなことだけはしていないわよ?」
「では、なぜドクターに従わない?」
「……ついていけなくなったのよ。」
心底疲れたように言うドゥーエの言葉に、思い当たる節が多すぎて言葉に詰まる妹達。
「何が悲しくて、スパイが顔と実名晒して歌って踊らなきゃいけないのよ……。それで捕まったりした日には、末代までの恥じゃ無いのよ……。」
「……お前のライアーズ・マスクなら、そう簡単にばれたりはしないと思うんだが?」
「そういう問題じゃ無いわ。」
トーレの言葉を、ぴしゃりと切り捨てるドゥーエ。言っておいてなんだが、トーレ自身ももそうだろうなあと思っていたため、反論できずに口を噤む。
「残念だけど、私はもう、あのドクターにはついていけないわ。」
「ドゥーエ姉、いくらなんでも生みの親にそれはひどくない?」
「ディエチ、本音は?」
「……ごめんなさい。さすがにあのボトルの時点でどん引きだった。」
「グッズ開発はまだまだ絶好調みたいだしね……。」
ディエチとセインの言葉に、つられて大きくため息をつくトーレとチンク。さすがに、抱き枕用香水(各人の体臭を微妙なレベルで再現・枕を抱きしめるときのリアリティ増加)と言うのは、引かなかったのはクアットロぐらいで、あのウーノですら絶望的な表情をしていたのが印象的だった。
「話がそれているぞ。ドゥーエ、裏切ったのではない、と言うのであれば、いったい何の用なのだ?」
「そうそう、忘れるところだったわ。」
それまでゆるい会話に流されていたドゥーエが、チンクの質問に表情を引き締めて、話の流れを修正する。
「いらぬ疑いをかけられたくなければ、今日は空港には立ち入らないことね。」
「どういう事?」
「今日は、とある管理世界の要人があの空港を経由して管理局本局に行くのだけど、その人物に対して大規模なテロが行われる可能性が、きわめて高いのよ。」
テロ、と言う言葉に表情を引き締めるナンバーズ。正直、彼女達と言えども、他人が起こすテロ行為に巻き込まれるのは非常に危険だ。
「それが分かっていて、なぜ空港から一般客を排除しないの?」
「日程がシビアで、そこまでの手配が間に合わなかったのよ。」
正確には、空港側および運行会社の抵抗が意外に大きく、政府が及び腰だったこともあって、強行できなかったと言うのが真相だ。
「現時点で予想されるテロは三つ。次元航路からの次元航行船テロ、燃料および魔力炉の爆破、一般民衆を巻き込んでの自爆テロ、ね。」
「航行船でのテロはともかく、他のことに関しては、我々が疑われてもおかしくないか……。」
いかに次元航行船が魔力炉で動くと言っても、全ての交通機関が魔力を動力としているわけではない。水素燃料や特殊なジェット燃料を使った航空機はまだまだ現役だ。また、空港施設にはレストランなどもある。さすがに調理施設はすべて電気や魔力、などと言う事はありえず、普通にガスを使っている施設の方が圧倒的に多い。ミッドチルダといえども、空港に燃料庫が不要と言うわけではないのだ。
「今更罪状が増えたところで痛くもかゆくも無いけど、さすがにやってもないことで、無関係な人をたくさん殺したって言われるのは癪だなあ……。」
「そう思うなら、おとなしくしておきなさい。さっき警戒レベルが上がったから、いかにディープダイバーでも、確実に発見されるわ。そもそも、もう何度も交戦してるんだから、あなたたちの芸なんて、全部種が割れてる。」
「……分かった。しばらくはおとなしくしておこう。」
トーレの決定に、不服そうながらも特に異を唱えないクアットロ。そんな彼女達に一つ頷くと、軽く手を上げて立ち去ろうとするドゥーエ。
「どこに行くのだ?」
「まだまだやらなきゃいけないことが山ほどあってね。調査の最中に妹達の顔を見たから、警告もかねて寄り道したのよ。」
それだけ言い残して、制止の声も聞かずにさっさと立ち去る。
「とりあえず、要人とやらが立ち去るのを待つしかないな。」
「そうねえ。あの様子だと、レリックがあそこにあるかどうかも怪しいから、全部終わってから確認、と言う形になるかしら。」
始終不服そうだったクアットロも、それまでの様子とは裏腹の冷静な意見を述べる。伊達に参謀型として作られているわけではないらしい。
「さて、管理局のお手並み拝見、と行くか。」
認識阻害の結界強度を上げ、高見の見物と決め込むナンバーズ。運命のときは、刻一刻と迫っていた。
あとがき
手元の資料がコミックしかなくて、ナンバーズの口調がこれで正しいのか分からない……。近所のレンタル屋もStsは置いてないのが痛い。出来るだけ調べて頑張ってはいますが、原作と違っても大目に見てやってください。後、シャーリーの体型ってどうだったっけ?