「「「「お姉さま、卒業おめでとうございます!」」」」
「あ、ありがとう。」
聖祥学園中等部の卒業式。優喜は数名の後輩に囲まれていた。男女ほぼ同数と言うあたり、優喜にとっては勘弁してほしいところだ。
「あのさ。いい加減、お姉さまってのはやめにしない?」
「どうしてですか!?」
「お姉さまはお姉さまです!」
「私たちの事、嫌いになったんですか!?」
「男がお姉さまと呼ばれて、嬉しいわけがないでしょうが……。」
優喜に詰め寄る下級生達に、思わず呆れたように突っ込みを入れるアリサ。
「本当に増えたわね、あんたの妹。」
「あ、あはははは。」
アリサの台詞に、思わず乾いた笑みを浮かべる優喜。もはや、女に見られることに関してはあきらめているが、お姉さま扱いはさすがにきつい。クラスメイトにネタで言われるのも痛いが、下級生が本気でそう呼んで来るのも地味にSAN値が減る。
「と言うか、その身長で未だに女で通じるところがすごすぎるで。」
「褒めてないでしょ、それ。」
「男に対する褒め言葉でないのは確かやな。と言うか、そろそろマッパになるかあの服でも着て見せんと、誰も男やとおもわへんようになってへん?」
「何その羞恥プレイ……。」
とは言え、はやての言葉も間違いではない。何しろ、優喜は中学の間に、きっちり身長が百七十センチを超えた。多分百八十の大台には乗らないだろうが、それでも、あと五センチ程度は伸びそうな様子で、下手をすれば元の体よりも背が高くなるかもしれないのだ。その上で、細身だが引き締まった筋肉質な、いわゆる細マッチョと呼ばれる体をしているのに、一向にゴシック衣装以外では、初見の人間に男と思われない。
声や微妙なしぐさの影響もあるため、坊主にしたぐらいでは意味がないのは実証済みである。三年の夏休み前に丸刈りにしたところ、普通に街で女性ファッション誌に取材を申し込まれた挙句の果てに、せっかくだから髪を伸ばしたほうが美人が映えますよ、などと言われてしまったのだ。しかも、周囲からはかなり不評で、得るものが何一つない実験だった。もはや、精神的に痛くない方法で、外見だけで男だと思わせることは完全にあきらめている。
因みに、見栄えなどの問題でお姉さま扱いされている優喜だが、股間の男のシンボルは実に立派で、無駄にそっち方面の経験が豊富なブレイブソウルによると、あれを知ってしまうと、他のものではそう簡単には満足できなくなる、とのこと。つくづくアンバランスな男である。
「まあ、あの先生からは解放されるから、良かったじゃない。」
「やなあ。悪い人ではないんやけどなあ……。」
一年半、優喜の担任だった例の女教師について、ため息交じりにそう漏らすアリサとはやて。その言葉を聞いた優喜のクラスメイトの何人かが、小さく苦笑する。さすがに、一年半もあれば彼女のおかしなところに気がつく人間も出てくるわけで、孤立気味なのは変わらないが、優喜について同情的なクラスメイトもいないではない。
なお、かの女教師は、別段優喜一人に固執していたわけではない。彼を含む何人かに若干重みをつけていたが、基本的に、全員平等に正論と善意を押し付けて回り、上手くかみ合った時には非常にいい結果をもたらすが、こじれさせるととことんこじれさせる、と言う事を繰り返している。全てのケースに置いて、彼女自身は善意で行動しており、言っている事もやっている事も間違ってはいないため、しっくりこない感情を抱え込む羽目になった人間も少なくない。
現時点では、彼女のシンパが七に対して中立が二、反発気味なのが一である。ただし、反発気味と言っても敵対する、と言うところまでは行かず、単に素直に言う事を聞かない、と言うレベルでとどまっているあたり、この女教師の厄介さが良く分かる。
「それで、ゆうくん達は、この後どうするの?」
「今日は、特に用事の類はない。」
「私達も。今日は気を効かせてくれて、一日お休みを貰ってるから。」
なのは達の返事を聞くと、はやての方に視線を向ける。
「はやてちゃんは?」
「なのはちゃんらと同じや。卒業式ぐらいは、休暇取って名残を惜しめって言われてんねん。」
「じゃあ、久しぶりに、皆でうちでお茶にしない? 新しく生まれた子たちも紹介したいし。」
「新しい子? どんな模様?」
「今回は、真っ白な子が三匹だよ。」
どうやら、方針は決まったらしい。平均的な中学生とは比較にならないほど忙しい彼女達は、久方ぶりに皆でのんびりできるのであった。
「どうしたのよ、フェイト。難しい顔して……。」
「ちょっと、ね。」
そう言って、見ていた映像を閉じる。
「さっき見てたの、何?」
「エリオの事で、ちょっとね。」
「エリオ?」
「だいぶ前に、私が保護した子供。いろいろあって、直接面倒を見てるんだ。」
そう言って、写真を見せる。そこには、将来有望そうな、赤毛の可愛い男の子が。
「ふーん、可愛い子じゃない。この子、どうしてフェイトが?」
「出自が、私と同じなんだ。」
「同じ、って……、まさか!?」
「他言無用でお願い、ね。」
「分かってる。仮にこの子に会う事があっても、本人が言うまでは知らなかった事にするわ。」
アリサの言葉に、同じように頷くはやてとすずか。なのはと優喜は、保護に至る経緯に関わっているため、最初からその事を知っている。エリオ本人も、なのは達三人が自分の事を全て知っていると分かっていたため、それなりの信頼関係を得るまでに相当手間取った。
「それで、フェイトちゃん。この子の何について悩んでたの?」
「うん。進路相談。」
「進路相談って、フェイトちゃん、まるでお母さんやな。」
「いろいろ事情があって今は手元には置けないけど、私が保護者で後見人だもの。母親みたいな立ち位置になるのは当然だよ。」
「……そっか。まあええわ。それで、進路相談って、何をそんなに真剣に悩んどったん?」
はやての質問に、言うべきか否かを考える。少しのためらいの後に、ここまで話をして、隠し事をするのもないなと思い直して口を開く。
「エリオ、管理局に入りたがってるんだ。」
「……何か、まずいの?」
「まずいと言うか、考えて見てよ。私たちが管理局で働く事になるまででも、結構いろいろ揉めたよね。」
「……そういえば、そうだったわね。」
「エリオは、当時の私たちより、もっと幼いんだよ。そんな小さな子供を、戦闘が絡む危ない仕事に送り込みたくないんだ。」
「それならそういえばいいじゃない。」
アリサの正論に、顔を見合わせてため息をつくなのは達。それで済まないから、フェイトがいろいろうじうじと悩んでいるのだ。
「駄目って言えば済むんだったら、こんなに悩んでないよ。」
「エリオの立場は、かなり微妙でね。なのはやフェイトと同じで、妙な組織に目をつけられやすいんだ。」
そう言って、エリオ・モンディアルの抱えている問題を説明する優喜。彼の現状の問題、それは犯罪組織の手によって作られた、違法研究の成果物、と言う一点に尽きる。
エリオは、さまざまなルートから流出したプロジェクトF、その技術によって作られたクローンである。プレシアが自首した当時、管理局内部ではその手の技術の情報管理が結構ざるで、漏れてはいけない技術が結構外部に流出している。主な原因は最高評議会ではあるが、それ以外にも無限書庫を魔窟のまま放置していたりと、管理局全体の情報管理の姿勢にも問題があったのも事実だ。
今となってはどのルートから流出したのかははっきりしないが、フェイトが摘発した組織が、プロジェクトFの技術を使って、裏ルートでクローンの製造を請け負っていた。そこに、早くに子供を亡くしたモンディアル夫妻が、藁をもすがる思いで我が子のクローンを作らせていたのである。
その子供が紆余曲折を経て一度b別の犯罪組織に連れ去られ、フェイトの手により保護されて、管理局と聖王教会が共同運営する施設に預けられ、フェイトだけでなく、なのはや優喜、アルフにリニスまで総動員しての献身的な対応により社会生活を営めるところまで心の傷が癒えたのだが、犯罪組織によって作られ、ほんの一時だけとはいえ犯罪組織の手で育てられた、と言う部分は変えようがない。
彼は、いまだにそういう組織に目をつけられているのだ。
「なのは達の時もそうだけど、管理局とか聖王教会に所属していない子供って言うのは、どうしても保護が後手に回りがちなんだよ。特に、エリオみたいにちゃんとした血縁の保護者がいない違法研究の成果物は、法的な扱いもあいまいな部分があるから、いくらフェイトが保護者だと言っても、突っ込まれ方次第では守りきれない。」
「だから、エリオの身の安全を考えるんだったら、陸士学校に行くのは最善手の一つなんだけど、でもそれって、エリオの将来をものすごく狭めそうで、いい事なのかどうかが踏ん切りがつかないんだ。」
「なるほどね……。」
人一人の将来がかかっていることもあり、実に難しい話だ。少なくとも、なのは達のように、基本的に自分の将来もまだぼやけているような、人生経験の乏しい若造には、すさまじく荷が重い。
「私達のとき、優喜君やおとーさんが色々難しい話をしてた理由がよく分かるよ……。」
「私たちは、やっぱりまだまだ未熟者、なんだよね……。」
「二人とも、胸を張りなさい。なのはやフェイトが未熟者だったら、私は子供以下よ?」
「そうは言うけどさ、アリサちゃん……。」
「ここでの決定が、人一人の人生を決めちゃうんだよ?」
大げさな、と言いたくなる台詞に、思わず顔を見合わせてため息をつくアリサとすずか。だが、就業年齢が低いミッドチルダの場合、冗談抜きでこのときの選択が将来を決めてしまう可能性も否定できないのだ。フェイトが悩み、なのはが下手に口を挟めないのも無理も無い。本来なら、普通の学校に行くにしても管理局の学校に入るにしても、とうの昔に進路は決まっていなければいけないのだが、事情が事情ゆえに猶予期間をもらっているのである。
「ねえ、なのはちゃん、フェイトちゃん。士郎さんやプレシアさんには相談したの?」
「してるよ。おとーさん達も結構悩んでるみたい。」
「日本とは、色々条件が違うからなあ。」
はやての言葉に、ことの難しさを再度思い知る一同。
「それに、こういうたらあれやけど、プレシアさんも子供の進路とかいう話になると、微妙に当てにならへんからなあ。」
「あ~、それはしょうがないよ。プレシアさん、自分のことが忙しすぎて、フェイトちゃんの進路とかは士郎さんに丸投げになっちゃったし。」
「まったく、裁判って奴はもっと早く終わらないのかしら。このままじゃプレシアさんとフェイト、まともに親子として過ごす前に独り立ちしちゃうわよ。」
「無茶いいなや、アリサちゃん。あんまり早く進めると、どんな冤罪をやらかすか、分かったもんやあらへんねんから。」
「分かってるわよ。分かってるけど、歯がゆいのよ。」
アリサの言葉に、思わず小さく微笑むフェイト。確かに満足に親子らしいことも出来ていないが、こうやって周りの人たちに思いやってもらえるおかげで、二人とも屈折せずにやっていけている。
「とりあえず、最悪高町家で面倒を見たら?」
「一応、最終手段としては考えてるけど、現状では却下。グレアムさんやプレシアさんも同じ意見。」
「それはまたどうして?」
優喜の言葉に、やや不思議そうな顔をするアリサ。
「だってさ、これから何人、同じような子供を保護するか、分かったもんじゃ無いんだよ? 高町家で面倒を見る子供と、ほっぽり出す子供の線引きを、どこでするのかって話になる。」
「……まったくもって、面倒な話ね。うら若き乙女が、禿げそうなほど悩むような問題じゃ無いわよ。」
「まあ、フェイトがこの道を行き続けるんだったら、早いか遅いかだけで、いずれ避けては通れない話だし。」
優喜の言葉にため息をつくアリサ。自分の親友は、皆揃って厄介な人生を歩んでいると、思わず再認識してしまった。
「なんにしても、僕自身は管理局か聖王教会に預ける方がいいと思ってる。」
「その理由は?」
「さらわれて、犯罪組織の駒にでもされたら、目も当てられないから。さすがに、全寮制の陸士学校とかに通ってれば、そうそう手は出せないし。」
どこまでも物騒でバイオレンスな台詞を口走る優喜。ミッドチルダと言う世界は、そこまで物騒なのだろうか?
「ミッドチルダって、そんなに治安悪いの?」
「場所によりけり。クラナガンの治安は、地球の紛争地域やスラムの平均に比べればはるかにましだけど、規模が規模で、人口が人口だからね。人口が増えれば犯罪の総数は増えるし、犯罪の総数が多くなれば、当然大規模犯罪の数も増える。しかも、エリオの場合、さらわれたが最後、どうなるかって事例が既にあるから、ね。」
「そうなの?」
「うん。私もそうだった部分はあるんだけど、プロジェクトFがらみの子供は、全体的に自我が薄いから、簡単に染まっちゃうんだ。むしろ、周りへの不信感で暴れてたエリオは特殊例だよ。」
顔を曇らせながら言うフェイト。その姿には、その手の事例に対して、何か大きな悔いを残していることを物語っている。
「何かあったの?」
「タッチの差で取り逃がした広域指定犯罪者がいて、ね。」
その犯罪者にさらわれた、プロジェクトFの残滓によって作られた人造魔導師の子供。それが、さらった犯罪者の所属する組織で教育され、三ヵ月後に大規模なテロを起こしたのだ。幸いにして、緊急出動したなのはとフェイトの頑張りで被害は抑えられたのだが、決して後味のいい終わり方はしなかった。
「そのさらわれた子、どうなったの?」
「死んじゃったんだ。最後は魔力爆弾になって自爆して、跡形も残らなかった……。」
「……ごめん。」
「いいよ。過去が変わるわけじゃ無いから。」
淡く笑うフェイトを見て、もう一度思うアリサ。つくづく、自分の親友は皆、厄介な人生を歩んでいる、と。
「そういえば、進路と言えば……。」
「何、はやてちゃん?」
「私、このままホンマに高校に行ってええんやろうか?」
「何よ。勉強したくない、とでもいうつもり?」
「そうやないんやけど……。」
珍しく、歯切れの悪いはやて。その様子からピンときた優喜が、苦笑しながら口を開く。
「グレアムさんが、大学ぐらいは出ておけって言ってるんでしょ? だったら、保護者の言葉には従わないとね。」
「せやけどな、優喜君。今でも、闇の書の被害にあった人らの事を考えれば、恵まれた生活をしてるんやで? その上、高校も大学も行かせてもらうんは、ほんまにええんかなあ、って思うんよ。」
「とは言ってもねえ。はやてが主になってからは、書による被害者は出てないし、その前の闇の書事件は、はやてが生まれる二年も前だし。遺族会の人たちも、八神家が過度に責任を負うのは嫌がってるからね。」
ヴォルケンリッターという新たな家族を得た事は、はやてにとっては全てのマイナスを打ち消すだけの恩恵ではあるが、傍目には、彼女は書から何一つ恩恵を得ているようには見えない。避ける手段すらない理由で足が動かなくなり、命を蝕まれ、終わったら終わったで莫大な借金を背負わされている。借金は全て、はやてが自分から進んで背負ったものではあるが、まともな神経をしている人間なら、これ以上はやてが何かを背負うのを、よしとする事は出来ないだろう。
「それは分かってるねん。分かってるんやけど、それでも誰かがちゃんと責任を取って、後に引っ張らんようにしとかんと、いつまでたっても終わらへんし。」
「その責任ってやつを、八神家だけで全部背負うのもどうかと思うんだけど?」
「言うてもしゃあないって。どう言い繕ったところで、身内殺された人からしたら、夜天の書は大量殺戮兵器で、ヴォルケンリッターは殺人犯や。その持ち主がのうのうと生きとるだけでも、我慢ならへん人はいくらでも居るし。」
「まったく、本気で理不尽な話よね……。」
クロノの言うように、本当に世界と言うのは、こんなはずではなかった事ばかりだ。はやてにしたって、両親が健在で、夜天の書の主に選ばれなければ、友達の多い平穏な生活を送れたであろう。もっと理不尽な目にあってきた人間はいくらでもいるとは言うが、はやての場合は、いくつもの奇跡のうち一つが欠けるだけでも、犯罪者として永久に封印されていた可能性が高い。その事に対して一つも不平をこぼさない親友を誇りに思うとともに、結局は何もできていない自分を歯がゆく思う事も多い。
どんどん自分のやりたい事、やるべき事を見つけて大人になっていく親友たち。かつては一番子供っぽかったなのはですら、今では同い年の連中はおろか、そこらの大学生より大人びて見える。そんな周囲の成長に、己の道行がはっきりと決まっているわけではないアリサは、内心で結構焦りを感じている。
「あたしもそろそろ、将来の事を考えた方がいいのかな……。」
「別に、なのは達みたいに生き急ぐ事もないんじゃない?」
「そうは言うけどさ、これと決めた事のための努力って、大事じゃない? あたし一人だけ、そういうのが全然ないのよ。」
アリサの言葉に、戸惑ったように顔を見合わせる少女達。傍から見れば、アリサはアリサで、ユーノのために一杯努力しているように見える。
「私だって、今のお仕事は惰性で続けてるだけで、フェイトちゃんやはやてちゃんみたいに、これをやりたいって決めてる訳じゃないんだけど……。」
「でも、なのはは迷う程度には、やりたい事があるんでしょ?」
「……分かる?」
「ええ。翠屋の事、まだ迷ってるんでしょ?」
「……うん。料理やお菓子作りは楽しいし、それを食べて美味しいって言ってもらえるのはすごく幸せだし、このジャンルで私がどこまで通用するのか、試してみたい気持ちも結構あるよ。」
なのはの告白に、少し難しい顔をするフェイトとはやて。なのはの実力を否定しているわけではなく、立場の壁が分厚い事を認識しての表情だ。
「フェイトじゃなくてなのはの方が料理人をやりたいって言うのは、ちょっと意外な気もしなくもないけど、一応目標として、努力はしてるんでしょ?」
「一応は、ね。手が空いてる時にお店の厨房を手伝ってる程度だけど。」
その程度でも、プロとして店を持つ大変さはひしひしと伝わってくる。立場以外にもなかなかハードルは高いが、あきらめたらそこで試合終了だ。
「私は、なのはのレベルにも達していないのよ。何かやらないとって焦りはあるんだけど、何をって言われると、ね。」
「まあ、その話を突き詰めれば、一番定まってないのは僕だし。」
「優喜が?」
「基本的に、将来の事なんて何も考えてないよ。」
「そうは見えないけど?」
「これがやりたいってことが、何もないんだ。全部、必要だからやってた事だし、ね。」
優喜の返事に、思わず沈黙する。実際問題、優喜は一生懸命になっていろいろな事をこなしているが、全て目先の問題の解決だったり、頼まれてやっていたりすることだ。優喜自身が、将来の目標を持って何かをやっているところと言うのは、実は一度も見ていない。
「そういえば、向こうじゃ教師を目指してたんでしょ?」
「一応目指してはいたけど、それも琴月さん一家や死んだ家族を少しでも安心させたかったから、単に一定以上の社会的地位がある職を目指してただけだし。」
「……アンタがそういう奴だって知ってたけど、いくらなんでも身も蓋もなさ過ぎよ、それ……。」
「うん、分かってる。でもね、じゃあ、他に何か一生の仕事を決めるような動機があるか、って言われると、ね。」
優喜の厄介な告白に、思わず頭を抱えてしまうアリサとはやて。なのは達三人は言われるまでも無く気が付いていたらしく、その言葉に寂しそうに、淡い苦笑を浮かべるにとどめている。
「あんたさ、それで本当にいいの?」
「さあね。ただ、向こうにいる同期の友人いわく、最初からやりたくて仕事を選ぶ人間なんてごく少数、ほとんどは採用試験を受けたら受かった、とか、適当に選んだバイトが本職になった、とか、そういう人間ばかりだそうだ。」
「また夢も希望も無い事を……。」
「優喜君……。それ、私とフェイトちゃんは笑えないんだけど……。」
「と言うか、私らの場合、そもそも選択の余地がないまま本職になってるんやけど……。」
よくよく考えたら、何気に将来がほとんど決まっている管理局組。なのはやフェイトなどは、本人は管理世界の子供達に夢と希望を振りまいているのに、自身は夢を持つ前に今の立場になっているあたりが皮肉である。
「大抵はそんなもんらしいよ。そのとき選んだ仕事で割り切って目標を見つけられるかどうかが、その後の人生を決めるんじゃない?」
「……そういう意味では、私とかフェイトちゃんは、良くも悪くも人間的には管理局の仕事が向いとった、っちゅうわけか。」
「じゃないかな? 逆に僕は、大規模な組織とかは駄目だろうね。基本的に一般的な価値観に興味が無いから、集団の士気を下げる側に回るだろうし。」
「まあ、あまり極端に価値観がずれてる人がいると、マイナスが大きいのは事実よね。特に、そのマイノリティが極端に有能だったりしたら、余計にね。」
アリサの言葉に一つ頷く。優喜の行動原理や価値観は、複雑そうに見えて単純だ。基本、困っている人間がいたら、そいつがよほどの外道で、解決策がよほど人道に反していない限り手を差し伸べる。身内が困っていたら、自分で乗り越えるべきことでない限りは、力の及ぶ限りどうにかしようとする。とりあえず、見えている範囲の人が幸せそうならそれでいい。善人だからではなく、それをしないと居心地が悪いと言う自己満足で行っているあたりが、この男の面倒さを表しているのかもしれない。
「なあ、今ちょっと思ったんやけど、ええかなあ?」
「何?」
「ここまでの話、来月からやっと高校生になる子供がするような内容やあらへんのとちゃう?」
「何を今更。大体、この場についていけてない人間は一人もいないじゃ無いか。」
優喜の台詞に、思わず吹きだすすずか。昔は入り口程度の話で知恵熱を出してたなあ、などと思わず遠い目をするなのは。大人になったと喜ぶべきか、世俗に染まって汚れたと悲しむべきか微妙に迷うアリサ。フェイト一人だけが、何がおかしいのか理解できていないらしい。
「まあ、まだ猶予期間はあるし、今日ぐらいはそういう話はおいておこうか?」
「そうだね。そういえば、無理だとは思うけど、皆高等部に入ったら、部活は?」
「なのは、それすごい無茶振りよ?」
「なのはちゃん、部活する余裕があったら、皆中等部の段階でやってると思うんだ。」
「それはそうなんだけど、もしするとしたら、どんな部活がいいと思ってるのかな、って。」
立場上割と無理のある想定のなのはのネタ振りに、テンションがダウナー方面に振れる話ばかりするよりはいいかと、とりあえず出来るできないは横に置いて食いつくことにした一同。部活の話はあれこれ脱線しながらも、なのはとフェイトが、名指しでの出動要請を土下座付きで頼まれるまで続いたのであった。
「フリード! 落ち着いて、フリード!!」
管理局地上本部所属のとある辺境警備隊。竜召喚師キャロ・ル・ルシエは、悲鳴と怒号が飛び交う中、パニックになりながら、必死になって己の使役竜の暴走を抑えようとしていた。
「フリード! フリード!」
物心つく前から一緒だった親友。いつもなら、魔法など使わずとも互いの気持ちや考えが伝わっていたのに、今は何をやっても伝わらない。どうやら、キャロの怯えを敏感に感じ取って、彼女を守らないとと興奮しているようだ。敵味方関係なく、当るを幸いと、なぎ倒している。
今はまだいい。今回駆除対象となっている、見た事もない魔法生物の数がまだまだ多く、フリードの攻撃の矛先が大体そっちに向いている。だが、今の駆逐速度だと、そう長くは持たないだろう。数を減らす事を優先して、交戦中の局員ごと蹴散らしてしまっている。そのため、時間を追うごとに出さなくていい怪我人が増え、どんどん局員の空気が険悪になっていく。それがなおの事、キャロを追いつめてパニックを誘発し、フリードが興奮して暴れ回る原因になっているのだ。見事な悪循環と言っていい。
「フリード、駄目!!」
魔法生物の群れに向かって、強力な炎のブレスを吐こうとするフリード。射線の先には、魔法生物を抑え込むために、必死になって戦っている先輩局員の姿が。このままではどう頑張ったところで、確実に巻き込んで、致命的なダメージを与えてしまうだろう。
キャロの必死の呼びかけもむなしく、フリードの口から燃え盛る炎が吐き出される。威力に反比例して、普通の射撃や砲撃と比べれば遅いスピードのファイアブレスが、周囲を焼き払いながら局員と魔法生物に迫る。パニックが極まってしまってか、妙に冷静にその光景を見守るキャロの耳に、ミドルティーンと思わしき女性の可愛らしい声が聞こえてくる。
「キャスリング!」
その後起こった事を、キャロははっきりとは理解していない。声と同時に先輩の姿が、白いバリアジャケットを着た、十五、六の栗色の髪の、可愛いと美人の中間ぐらいの容姿の少女に変わった辺りから、あまりの急展開に、認識が追い付かなくなったのだ。
「ディバインバレット!」
視界を覆いつくすように、大量の魔力弾が発生する。その弾幕に正面から突っ込んで、苦悶の声をあげる魔法生物の群れ。フリードのブレスも、魔力弾の破裂による余波で完全に阻まれ、少女のもとには届かない。
「ふう、何とか間に合ったみたいだね。」
「なのは、こっちも囲まれてた人たちは回収したよ。」
「了解。とりあえず、この子と駆除対象は私が押さえるから、フェイトちゃんはこの子の主を落ち着かせて。」
「分かった。」
打ち合わせが終わったらしい。なのはと呼ばれた栗色の髪の少女は、圧倒的な手数の弾幕を駆使して魔法生物を追い立てながら、フリードの注意を引くように飛びまわる。その様子を呆然と見つめるキャロ。感情も思考も飽和状態で、全く状況についていけていない。
「大丈夫?」
そんな彼女を心配そうにのぞきこむ、フェイトと呼ばれた金色の髪の綺麗な少女。どちらかと言うと女の子っぽい、フワフワした感じのなのはのバリアジャケットとは違い、タイトスカートの短さに目をつぶれば、かなりかっちりした印象を与えるバリアジャケットを身にまとっている。黒と紺を基調にした服装は、着ている人間の綺麗な顔立ちと相まって、クールなイメージを作り上げている。
「え? あの? えっと?」
「とりあえず、まずは落ち着こう、ね。」
膝を折ってキャロと目線を合わせると、そっと頬に触れてくるフェイト。その後ろでは、なのはの手によって一か所に集められた魔法生物が、フリードのブレスでまとめて焼き払われていた。人生経験も戦闘経験も乏しいキャロには分からないが、その動きは恐ろしく手慣れており、フリードを含めたこの場の戦力全てをぶつけても、一人で制圧しかねないレベルである。
「もう大丈夫だから。何かあっても、私となのはが守ってあげるから。だから、落ち着いて、ね。」
「は、はい。」
「とりあえず、深呼吸しようか。吸って、吐いて……。」
言われた通りに深呼吸をすると、だんだん思考が戻ってくる。周囲を見渡すと、一か所に集められた負傷者が、見た事のない術式の治癒結界で治療されていた。金色の魔力光を放つそれは、消去法で考えるなら目の前の女性が使った魔法だろう。部隊内にはこの色合いの魔力光を持つ人間はいないし、なのはと呼ばれた少女は桜色だ。
「落ち着いた?」
「は、はい。」
「じゃあ、あの子に無事を伝えよっか。出来る?」
「やってみます!」
フェイトに優しく促され、フリードの思考を捕まえる。心配から来る焦燥と、邪魔をされる事に対する怒りで塗りつぶされていたフリードの心が、キャロの優しい語りかけで鎮静化され、子供特有のやんちゃさを伴った穏やかな気性に戻っていく。
ついでにざっと状態をチェック。どうやら、なのははとてもうまく立ち回ってくれたらしい。フリードには、ダメージらしいダメージは一切なかった。
「フリード、戻ってきて。」
「くきゅ!」
キャロの呼びかけに応じ、主のもとに戻る使役竜。キャロがかけた魔法が解けたらしい。体の大きさが、普段の子竜のそれに戻っていく。
「状況終了。」
「後は事情聴取、かな?」
事情聴取、という言葉に、フリードを抱きかかえたまま身を固くするキャロ。そんな彼女の様子に苦笑しながら声をかけようとすると……。
「事情聴取だと?」
「イロモノのくせに、何の権限でそんな真似を!?」
「今回の件、いろいろ不自然なところがあります。」
「単に劣勢であるが故の支援要請であれば、通常は報告書だけで済ませるのですが、データに記載されていない戦力の暴走が原因、となると話は別です。今回は直属の上司からも、さらにその上からも、きちっと事情聴取と状況確認を済ませてくるように、と命じられています。」
先ほどまでの緩い雰囲気とは打って変わり、切れ者と言う空気を身にまとったなのはとフェイト。経験年数はともかく、修羅場経験はこの部隊の誰よりも多い彼女達は、真面目な空気を身にまとうだけでも、大の大人達を黙らせるほどの威圧感を発するのだ。もっとも、当人たちは気が付いていない上に、相手を問い詰める時にここまで本気になる事などめったにないため、実は非常にレアな状況だったりするが。
「事情聴取を拒むのであれば、これより執務官権限による強制捜査を行う事になりますが、よろしいですか?」
「……イロモノのくせに、小娘が……。」
「そもそも、命令を受けたって言う証拠はあるのか!?」
「残念ながら、レジアス・ゲイズ中将閣下のサインが入った命令書が、こちらに届いている。」
部隊長、もしくは支部局長と思わしきレジアスと同年代の男性が、苦い顔で割り込んでくる。そこに記されているのは、管理局地上本部を統括する男の、直筆の命令書。
「すまないね、テスタロッサ執務官、高町二等空尉。我々辺境の人間は、どうしても中央に対していろいろ思うところがあるのでね。」
「聞き及んでいますので、お気になさらずに。」
「私達も、立場が変わればどんな風に思うのかなんて分かりませんし。」
「そう言ってもらえると、助かるよ。」
陸と海の対立ほど目立たないとはいえ、中央と地方の間には溝がある。そこまであからさまではないにせよ、辺境警備隊は出世コースから外れた窓際部署、というイメージがある。実際ほとんどの辺境警備隊では、大きな戦力が必要とされる事件や事故はめったに発生しないため、功績を立てて出世する、という観点で見れば、窓際扱いされても仕方がないのである。
因みに余談だが、辺境ではあるが管理局と対立している管理外世界と接しているような土地は、領土侵犯などが頻発するために、辺境と言うよりは最前線と呼ばれる事が多い。こういう地域は配置される戦力は質・量ともに辺境とは比較にもならず、実戦経験も洒落が通じない次元に達している。
「とりあえず、事情聴取は隊舎に戻ってからにしようか。怪我人もいるし、魔法生物の分布と言う面では、意外と物騒だからな。」
「了解しました。」
老兵の言葉に敬礼を持って答え、隊舎について行くなのはとフェイト。その後ろを青ざめながらついて行くキャロであった。
「……参ったね……。」
「……うん。どうしようか……。」
管理局の触れてはいけない暗部、それがにじみ出る内容となった事情聴取に、思わず頭を抱える二人。辺境部隊の疲弊が、聞き及んでいた以上にひどかったのだ。
「おかしいとは思ったんだ。あの魔法生物、確かこの間別の管理世界でも異常発生してたキメラだったよね?」
『はい。生身の人間にとっては脅威ではありますが、厄介なのは繁殖能力と生命力のみ。力は強いですが知能は大したことはなく、ランクDの魔導師なら三十やそこらの数なら、スリーマンセル以下の少数ユニットでも、無傷で制圧できるレベルです。』
「だよね。三カ月ほど前、フェイトちゃんが制圧した犯罪組織が作った失敗作、だったよね?」
「うん。こんなところまで流れてるとは思わなかったけどね。」
フェイトの言葉に頷くなのは。とはいえど、犯罪組織と言うやつは、意外と裏でつながっている事が多い。その横のつながりで、この世界の犯罪組織に流れていた可能性も低くはない。
「正直あの程度の数相手に、この戦力であんな風に崩れること自体がおかしいと思ってたんだけど……。」
「ちょっと、これはひどいよね……。」
ここ三ヶ月ほどの負傷者数の推移を見て、ため息しか漏れないなのはとフェイト。初期型のガジェットドローンをはじめとした、ノウハウがなければ対応に苦労する物の出現例が、異常に多いのだ。全て、中央や最前線では対応策が完備された、脅威とは呼べない型落ち品のような物ばかりだが、辺境の戦力では、一定以上の数が出てくると無傷では済まない。
それだけの異変があると言うのに、実際に送り込まれた二人は、ここで事情聴取を済ますまで全く知らなかった。機密扱いで現場サイドまで情報が来ていないだけかと思い、現地の人間に分からないように、こっそりと上のほうに報告がいっているか確認したところ、そんな話は出ていないといわれてしまった。
「確認しておきますが、この三カ月、地上本部に対する報告が滞っている理由は……。」
「故意ではないぞ。あまりに発生件数が多くて、そこまで手が回らなかったのだ。第一、これだけ逼迫している状況を隠して、わざわざ見栄を張るメリットなどない。」
フェイトの問いかけに、苦々しく理由を告げる支部局長。ここから公的な会話だと示すように、バルディッシュがモニターを投影し、会話内容を記述し始める。職質的にここからはフェイトの仕事だと判断し、口をはさまず資料の整理に回るなのは。
「支援要請のタイミングから考えて、作戦開始前にすでに私達を呼び出す段取りをしていたようですが、今回の状況を予見していたのですか?」
「もちろんだ。背に腹は代えられ無かったとはいえ、実戦経験もなければ訓練も碌に積んでいない子供を実戦投入して、事故が起こらないわけがない。」
支部局長の言葉に、苦い顔をする二人。彼女達も、嘱託魔導師としての初陣の時、バックアップなしで過酷な任務に投入されて、あわやというところまで追い込まれた事があった。今回の場合、そもそもフリードが暴走した時に止められる戦力が、最初から存在していない。仮に本来の戦力がすべてそろっていたところで、暴走を許せば壊滅的な被害を受けていた事には変わりないのだ。
「それで、キャロ・ル・ルシエの処遇はどうなさるおつもりですか?」
「隊員の気持ちを考えるなら、懲戒解雇以外ありえないだろうな。」
支部局長の言葉に、やっぱりと言う感じで顔を曇らせる。
「あくまで部外者の意見ですが、そもそも実戦経験のない新人の、しかも本来は攻撃を受けてはいけないフルバックのところまで敵を素通しで到達させて、しかもフリードの暴走が始まるまで一切フォローをしなかった落ち度を考えると、彼女一人に全ての責任をかぶせるのは無理があるかと考えます。」
「言われるまでもなく分かっているさ。が、現場はそれで納得できないだろうし、そもそも召喚師として自分を売り込んできたのだから、暴走をさせること自体が論外だ、という言い方もできるからな。」
「そうですか……。」
闇の書事件もそうだが、実際に被害にあった人間は、この手の正論など聞く耳を持たない。キャロにしても、単なる懲戒解雇で済めばいいが、下手をすればその上で鬱屈した感情のはけ口にされかねない。いくらなんでも、仮にも管理局員なんだから、そこまではしないだろうと思いたいのだが、責任を取らせるために、次の出動は単独で行わせてわざと暴走させる、などというプランを真面目に検討しているシーンを見てしまったため、とても楽観できない。
「それでは、一つ取引と行きましょうか。」
「……何かね?」
「許可なしで初等教育未了の児童を戦力として使う事は、二年前から禁止されています。その件を不問とする代わりに、キャロ・ル・ルシエの身柄を、私達に引き渡していただけませんか?」
「……それは、彼らの不満をどうにかしろ、と言う事だと判断していいのかね?」
「それが、上司の本来の仕事です。」
フェイトから、ぐうの音も出ないほどの正論を突き付けられ、渋い顔をする支部局長。そもそも、今回独断で彼女達を呼んだこと自体、支部内に大きな不満を呼んでいる。その上で、現場の連中の自業自得とは言え、多数の負傷者を出し、彼女達を呼びつける原因となったキャロを、事実上の無罪放免で解放するとなると、それまでに積み重なった不満まで爆発して、コントロールできなくなる可能性が高い。
「……仕方がない、か。受け入れよう。ただ、一つ頼みたい事がある。」
「なんでしょう?」
「今回のような事態は、遅かれ早かれ起こっていただろう。中央の連中に、地方や辺境の窮状を正確に訴え、早急に装備か人員による戦力増強を手配するよう訴えてくれ。これでは、現場の連中が怪我し損だ。」
「分かっています。現状の地方支部の状況調査と新装備の配備について上申する予定です。」
「それともう一つ。今回の暴走事故、全ての責任は私が負う。部下達には寛大な処置を願いたい。」
「分かりました。正式な決定に関しては、後日専任の査察官がこちらにきますので、そちらの指示に従ってください。」
久しぶりに思い知らされた管理局の窮状、そこに絡んだ案件にため息をつきながら終了を宣言する。その後、青ざめたまま部屋の片隅でフリードを抱えて震えていたキャロを回収し、ようやく休暇を潰しての緊急出動は終わった。
「それで、そっちのめんこい幼女を連れて帰ってきたん?」
「そういう事。」
時の庭園の食堂。いろいろと手続きを終え、とりあえずすぐに確保できる寝床がここしかない、という理由でキャロを連れてきたなのはとフェイトは、様子を見に来たはやてを夕飯に誘って、その席で事情を説明したのだ。
「まあ、話は分かったわ。私の方でも、ちょっと地方支部を見て回るわ。」
「お願い。」
「それにしても、今日のビーフストロガノフもミネストローネも、なんかごっつ美味しかったけど、なのはちゃん、また腕上げた?」
「気にいってくれてよかったよ。キャロはどうだった?」
「こんなに美味しいご飯は、初めて食べました。」
「そっか、よかった。デザート持ってくるから、期待しててね。」
最初は緊張でがちがちだったキャロとフリードも、フェイトから飴をもらったり、プレシアがあれこれ楽しそうに世話を焼いたりしているうちに、すっかり打ち解けていた。ジュエルシード事件さなかの頃ならともかく、今現在の愛情過多ないいお母さんであるプレシアに対して、子供が緊張を維持し続けるのは結構難しいようだ。
「お、今日のデザートはベイクドチーズケーキか。」
「うん。新作だよ。」
「それは楽しみやな。」
「それなりに自信作だから、多分期待を裏切らないと思うけど、好みと違ったらごめんね。」
「最近、プレシアさんとやたらチーズの品種改良をしてたけど、やっと納得いくところまで行ったんだ?」
「うん。ようやく、おとーさんとおかーさんを唸らせることに成功したの。」
「それはすごい。」
なのはの台詞に、ますます期待が膨らみます、と言う顔をする女性陣。基本和食メインのフェイトとて、洋風のスイーツが嫌いなわけではない、と言うかむしろ大好物である。ケーキの類は今回が生まれて初めてというキャロは、初めて食べるお菓子、というものに対して夢と希望が膨らんでいるようだ。新作スイーツにそこまで反応を示していないのは、優喜ただ一人と言うアウェー具合である。
「……これはあかん、これは美味しすぎるで……。」
「……やたら細かくこだわって調整するわけね。チーズケーキは、桃子を超えたんじゃないかしら?」
「チーズケーキって、すごく美味しいんですね!」
「キャロ、このチーズケーキは例外だよ? 全部が全部、ここまで美味しい訳じゃないよ?」
最初の一口で女性陣を全員虜にした、なのは渾身の逸品。豊かなチーズの風味をさわやかな甘みが引き立て、だがくどくなり過ぎないようにすっと後味が引き、チーズが苦手な人間でもパクパク行ってしまいそうな、見事な一品となっている。時の庭園と言う好条件があったとはいえ、まだ十五の小娘がこの領域に達したと言うのは、相当本気でこだわり抜いたに違いない。
「なあ、なのはちゃん……。」
「お土産は用意してあるよ。ヴィータちゃん達からも、感想聞いておいてね。」
「ありがとうな。」
さすがに、この逸品を自分一人だけ味わうのは気が引けたらしいはやて。嬉しそうに礼を言うと、残りを幸せそうに平らげていく。
「それにしても、なのはは卵とかミルクとかチーズを使った料理、すごく上手だよね。」
「フェイトちゃんだって、煮物類はすごく上手じゃない。」
「二人とも、あとは手際よく大量に調理できるようになるだけで、普通に店出せるんちゃう?」
「だと嬉しいけど、まだまだハードルは高いよ。」
「二人揃って、桃子さんの足元にも及ばないしね。翠屋の厨房を見てたら、私たちはまだプロには程遠いな、って思う。」
合間合間で手伝う翠屋の厨房。厨房でもホールでも、二人とも本人が思っているよりはるかに戦力として当てにされてはいるが、それでもあの戦場のような厨房を切り回しできるかと言われると、正直まだまだ無理だと結論を出さざるを得ない。翠屋に正式に就職し、毎日厨房で戦っている美由希ですら、同じ事を言っていたりするのだから、繁盛している飲食店と言うのは忙しいものだ。
なお、今回の渾身のチーズケーキは、正式に翠屋の二代目として精進を始めた美由紀を完膚なきまでにへこませる出来だったのだが、残念ながら肝心のチーズが仕入れルートの問題で店で使うのが難しく、敢え無く正規のメニューへの昇格は見送られた。まあ、桃子ですら同じ素材を使っても再現できなかったぐらいなので、元々多忙ななのは一人では翠屋の需要を支えるほど生産できるはずもなく、最初からメニューへの昇格は無理な話だったのだが。
「それにしても、桃子のシュークリームになのはのチーズケーキ、か。美由希も何か一つ、必殺の域に達したスイーツを編み出さないと、翠屋の二代目は名乗れないかもしれないわね。」
プレシアが、余人が再現できない恐ろしいレベルのスイーツをあげて、美由希の前途多難さを面白そうに心配して見せる。トータルの力量ではずいぶんプロ仕様になってきているため、かなりの情熱と執念を注ぎ込んで腕を磨いているなのはやフェイト相手でも上回ってはいるが、十分な時間をかけて美味しいものを作る、となると、注ぎ込む愛情の量からして妹達には勝てない自覚があったりする美由希。自分の料理で客が喜んでくれる喜びを日々感じてはいるが、やはり絶対に喜んで欲しい特定の相手がいない、と言うのは結構なハンデかもしれない、と、結局大学で頑張っても彼氏ができなかった身の上を嘆いているのはここだけの話だ。
「まあ、それはそれとして。」
「とりあえずキャロは、一度きちっとした修行をするべきだと思うんだけど……。」
「私を当てにされても困るわよ。貴女達と同じで、召喚系は専門外なんだから。」
「だよね……。」
とりあえず、最初に当てにしていたプレシアに振ってみるが、帰ってきたのは予想通りの答え。
「はやてちゃんは、何かアイデアない?」
「私に振られてもなあ。確かに、夜天の書が万全の状態やったら、竜召喚も出来ん訳ではないんやけど、正直あれはゲーム機にソフト突っ込んで起動してるんと大差あらへんからなあ。正直、どういうプロセスで訓練すればええか、とかいうのは振られても困るんやわ。」
「優喜、誰か、当てにできる人はいない?」
「教えるのが上手いかどうかはともかく、召喚師として十分な力量を持ってる人は知ってるよ。」
またしても、困った時の優喜だのみになるのかと思いながらも話題を振ってみると、やはり何事もなかったかのように答えが返ってくる。
「誰?」
「メガーヌさん。二人も知ってるはずだよ。」
「ああ、グランガイツ隊の!」
「そういえば、あの人は召喚師だったよね!」
「ついでに、ゼストさんにエリオの訓練を見てもらおうかと思ってるんだ。」
予想外の名前が出てきて、思わず戸惑った顔をしてしまうなのはとフェイト。
「エリオもキャロと一緒で、ちゃんとした修行が必要だっていうのは異論はないよね?」
「うん。」
「でも、どうしてゼスト隊長?」
「体格とかを考えて、覚えるなら槍がいいかな、って思ったんだ。で、槍はさすがに基礎しか教えられないから、本格的な部分は専門のベルカ騎士に教わった方がいいかと思ってね。」
優喜の言葉に、納得すべきか否かを迷うフェイト。自分の経験を踏まえても、ある程度の体格の不利を補うには、長柄の武器の方が都合がいいのは確かだが、武人気質のゼストに預けるとなると、スパルタすぎて折れないか、と心配になってしまう。
「まあ、心配だったらたまに様子を見に行けばいいと思うよ。それに、変換資質とかその辺の事もあるから、魔法周りはフェイトが指導した方がいいだろうしね。」
「……うん、そうだね。そうするよ。」
優喜の言葉に、特に反対する理由も見つけられずに頷くフェイト。恐ろしい師匠についた結果、トータルの戦闘能力はともかく武芸の技量だけは、最終的に彼に逆転される事になるのだが、この時フェイトは知る由もない。
「あの……。」
「どうしたの、キャロ?」
話が終わりそうになった時、キャロがおずおずと口をはさんでくる。
「エリオさん、ってどなたですか?」
「私たちが保護した、キャロと同じ年の男の子だよ。」
「同じ部隊の人に指導を頼む事になりそうだから、キャロも会う機会があると思うよ。後で写真を見せてあげるから、向こうであったら仲よくしてあげてね。」
「分かりました!」
元気よく返事を返すキャロに顔をほころばせる年長者達。なお、後日ゼストとメガーヌに話を通しに行った際、
「まずは竜岡が基礎の全てを叩き込め。」
「そうね。せっかくいい指導者がいるんだし、聴頸ができた方が、使役対象の制御はやりやすいかもしれないわね。」
と言うご無体な言葉により、陸士学校に通いながら、メガーヌの娘のルーテシアも交えて三人一緒に、朝晩優喜にしごかれる事になったのであった。
後書き
このぐらいの規模の組織なら、内部にはこういう問題もあるだろうと言う感じで書いたら、なんか捏造ヘイトっぽくなってしまった……
気に触られたなら申し訳ありません