1.ある日の八神家
「疲れた……。」
「お疲れさん。」
冬休みも目前のある日曜。炬燵で燃え尽きたようにぐったりしているフォルクに、こちらも疲れたようにねぎらいの言葉をかけるはやて。フォルクが八神家に住むようになってから、お盆前と冬休み前にはなじみとなった光景である。
「シグナム達は?」
「まだ作業中。」
手首を回しながら、気の毒そうに答えるフォルク。リィンフォース姉妹を除いたヴォルケンリッターは、はやてが六年生になったあたりから、シャマルの同人誌の仕上げ作業を手伝わされるのが恒例になっていた。正直、このために必死こいて仕事をして休みを捻出するのは釈然としないのだが、それでも全員がそろう機会にはなるので、諦めて頑張っているのだ。
なお、はやてとリィンフォース姉妹が手伝いに参加しないのは簡単で、描いている漫画が成人向けの、それも男と男が濃厚に絡み合う類の物で、さすがに未成年のはやてやフィー、修復の関係で妙に純な性格になったリィンを巻き込むのは気がひけたらしい。
「やっと終わった……。」
「もう局部修正は嫌だ……。」
お茶を飲みながら昔流行した某パンダのようにたれていると、シグナムとヴィータがゾンビのような足取りでシャマルの部屋から出てきた。フォルクが解放されてから、ゆうに一時間以上は経っている。フォルクが解放されるのが早かったのは、一応十八歳未満であることに配慮したからだ。
「シグナム、ヴィータ、お疲れ様なのです。」
「ああ、ありがとう……。」
「わりぃ。」
フィーが持ってきたお茶を受け取って、フォルクと同様にたれるシグナムとヴィータ。同じタイミングで出てきたザフィーラは、狼形態で窓際で灰になっている。
「ねえ、はやて……。」
「どないしたん、ヴィータ?」
「シャマルのあれ、どーにかなんねえかな?」
「私に言われても困るで。ちゃんと完売して帰ってくるし、ボーナス程度には家計の足しになっとるし、一応未成年にも配慮しとるから、趣味に口出しする理由に乏しいねん。」
はやての言葉にうんざりするヴィータ。見た目はともかく中身は結構な年寄りで、書から出てくるたびに肉体的にはリセットされるとはいえ、リィンフォースも含めたヴォルケンリッター女性陣は、男を知らない身の上ではない。記録や記憶のほとんどは破損しているが、そういう経験がすべて消えている訳ではない。
それゆえに、外見が子供のヴィータも、そっち方面では朴訥なシグナムも、シャマルは容赦なくこき使っているわけだが、さすがに二人とも男同士が濃密に絡み合う内容を見て喜べるほど、倒錯した趣味は持ち合わせていない。売り子をさせられないだけましだが、この時期のシャマルの手伝いは、拷問としか言えないのだ。
「主はやて、よろしいでしょうか。」
「ん?」
「このまま奴の趣味を放置すれば、主はやてが十八歳になられた時、普通に手伝いに巻き込みかねないと思われるのですが……。」
「あ~、言われてみればそうやな……。」
シグナムの言葉にげっそりするはやて。彼女は、どちらかと言えば男同士が絡んでいる物を見るよりは、これと見込んだ男とベッドの中で夜のプロレスごっこをしたいほうだ。さすがにまだ中学のうちから一線を超える気はないが、幸いにして、これと見込んだ男とは同居しているのだから、それほど焦りはない。が、一緒に炬燵に入っているその男に、そっち方面の趣味があると思われるのは、正直絶対に避けたい。
「分かった。さすがに趣味を禁止にするんは難しいけど、今度から嫌がってる人間を手伝わすんと家族内での布教は禁止にするわ。」
はやての言葉に、あからさまにほっとした顔をする一同。いかに身内といえども、許容できる事と出来ない事があるのは当たり前だ。
「助かった……。」
「これで無駄にリアルな局部を延々モザイク処理する地獄からは解放される……。」
「ねえ、はやて。あたしは正直、フィーがいつ作業中に乱入してあれを見るかと思うと、気が気でなかった……。」
「言われてみれば、そーいう問題もあったか……。」
ヴィータのつぶやきに、自分達が意外とやばい橋を渡っていた事に気がつく。
「よし、禁止事項をもう一個追加や。」
「何を禁止するのですか、はやてちゃん?」
「フィーが大人になるまで、局部修正が必要な内容の物をうちの中で描く事を禁止するねん。」
「はやてちゃん、局部修正って何ですか?」
「それこそ、フィーの中身がもっと大人になってから知るべき事や。」
はやての言葉に釈然としないながらも、自分が子供だという自覚はあるので、異論を唱える事はしないフィー。彼女のその素直さに、思わずホッとする一同。テスタロッサ家や月村家と同様、八神家も性をタブーにする気はないが、それでも教える時期と言うものはある。あまり小さいころからそういう知識を詰め込むと、碌な事にならないという事例はいくらでもあるのだ。
「とりあえず、フィーはジョニーに水をあげてくるのです。」
「お願いするわ。食べられんように気ぃつけや。」
「お任せです。」
そう言って、台所にふよふよ移動するフィー。因みにジョニーとは、八神家のリビングに鎮座するパッ○ンフラワーだ。かつて防衛システムだったそれは、今では立派に観葉植物としてとけ込んでいる。ジョニーのおかげで、八神家に侵入する蚊や蠅、ネズミ、ゴキブリなどのいわゆる害虫・害獣は全て駆逐されている。なお、ジョニーと名付けたのははやてだ。由来はとある同人ゲームからとの事。
「さてと、ちょっと買い物行ってくるわ。」
「あたしも行く。」
「了解。シグナムとフォル君はプレシアさんとこ行って、そこの買い物メモの中身を買うて来て。」
「分かりました。」
高町家と八神家、月村家は、基本的に米と肉と野菜、卵、牛乳およびそれらを加工して作られる調味料や加工食品は、全て時の庭園から購入している。全部市価の二割未満の値段で購入できる上、品質も安全性も折り紙つきなので、八神家の家計は大変助かっている。プレシアの方も、管理局でいちいち換金しなくても、小遣い銭にするのにちょうどいい額の日本円が手に入るとあって、ありがたくお金を徴収している。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。」
「行ってらっしゃいです。……あっ!」
さあ出かけよう、と言うタイミングで、フィーの悲鳴が聞こえる。慌ててリビングの方に行くと、見事にジョニーにパクリとやられているフィーの姿が。
「気ぃつけやっていうてたやん!」
「タオルと着替え取ってくる!」
「湯を汲んできたぞ。」
大抵、すんなりとは出かけられない八神家であった。
「そーいや、ユーキの帰る方法って、今どーなってんだ?」
夕食の席で、ヴィータがそんな疑問を漏らす。基本的に、普段ヴォルケンリッターは、忍やユーノとは接点が無い。辛うじて忍とは時の庭園で多少の接点はあるのだが、あまり立ち入った話をするほど親しいわけでもない。ユーノに至っては、無限書庫に出入りする用事があるのがシャマルぐらいであり、最近やや疎遠になっている感じだ。
「あまり進展は無いらしい。」
「結構それっぽい遺跡とかは出てきてる見たいやけど、残念ながら大方は外れ確定らしいわ。」
「そっか。」
フォルクとはやての返事にやや複雑な表情で答え、八神家では贅沢品に当たるサバの塩焼きに箸をつける。商店街の魚屋さんで、特売品をさらにおまけしてもらったものだ。
「どうした、ヴィータ。今までそんな事、気にしてなかったではないか?」
「あ~、なんとなく気になったんだ。」
「気になるような事があったのか?」
「昨日、久しぶりにすずかとあってさ。別段ユーキにかかわる話はしなかったんだけど、ふっと思ったんだよ。あいつが帰ったら、どうするつもりなんだろーな、って。」
ヴィータの言葉に、全員の動きが止まる。なんとなく考えないようにしてはいたが、そろそろ向こうでの動きがあってもおかしくない頃合いだ。
「私としては、なのはちゃんとすずかちゃんはどうにかなると思ってるんやけど、ヤンデレ的な意味でフェイトちゃんが怖い。」
「フェイトが? ヤンデレって言うとどっちかって言ったらすずかの方じゃねーのか?」
「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!! とかいうタイプのヤンデレ方は確かにすずかちゃんがしそうやねんけど、フェイトちゃんはこう、お玉で空の鍋をぐるぐるかき混ぜながら優喜君の帰りを待つ、見たいな感じの病み方をしそうでなあ。」
「なるほど……。」
「確かに……。」
はやての言葉に、ひどく納得してしまう一同。
「それに、なのはちゃんはあれで結構タフやから、どうにかふっ切ると思う。すずかちゃんは多分、何もかもを捨てて追いかけていくんちゃうかな?」
「……そうかもしれませんね。」
「……そこまで踏まえると、テスタロッサが一番危険か。」
「……フェイトちゃんは、プレシアさんを捨てて追いかける事は出来ないのです。」
フェイトにとって、もはや優喜の存在は自身の土台になってしまっている。他の事に対しては大概タフではあるが、優喜がいなくなる、と言う事に関しては、どうなるかが予想できない。恋愛感情を感情としては理解できない優喜ですら、フェイトのそういう部分は危惧している。どんなタフな人間でも、自身の土台となる部分がくずれると、案外もろいものだ。
「まあ、そうなったときは、多分シャマルの出番のはずやけど……。」
「微妙に当てになんねえんだよなあ。」
「見習いの俺ですら、碌でもない未来しか想像できないのも、ある意味才能だよな。」
「どういう意味ですか!?」
日ごろの行いのせいか、身内から微妙に信用が無いシャマル。ちゃんと仕事をしている事は知っているし、カウンセラーとしても十分な力量があるのも分かっているのだが、どうにもいまいち信用しきれないのだ。
「だってなあ。」
「私と優喜を掛け算しようとした時点で、信用が無くても当然だろう? しかも、獣耳マッチョと美少女顔の倒錯した世界観がいい、とか鼻血を流しながら力説するほど立派に腐っているのではな。」
「壊れかけてるフェイトにお前の趣味をすりこんで洗脳、とか普通にやりそうなんだよなあ。」
「みんなひどいわ!!」
思わずマジ泣きするシャマルに、さすがにやりすぎたかと反省する一同。とはいえ、今までの台詞はそれなりに本気で思っている事ではあるが。
「……大丈夫。優喜が、フェイトが壊れるような選択を取る事はないから……。」
シャマルがマジ泣きし始めたあたりで、我関せずとサバを骨や頭も残さない勢いで食べていたリィンフォースが、唐突にそんな言葉を漏らす。
「どういう意味だ、リィン?」
「……そのままの意味。優喜は、よほど憎い相手でもない限り、相手が破滅するような事はしないから……。」
「いや、それは分かってるけど……。」
「……大して知らない相手にだって、困ってたら手を差し伸べるのに……、……なのはとかフェイトぐらい大切にしてる相手を、帰りたいって気持ちだけで壊れるほど追い詰める事は、多分絶対出来ない……。」
たどたどしいリィンフォースの言葉が、妙な説得力を持ってしみ込んでくる。
「まあ、結局のところ、私らはこの件については外野やねんし、なるようにしかならへんわ。」
「まあ、そうなるよな。って、リィン! お前食いすぎだ! あたし達の分が残ってねえ!」
結局、考えても仕方がない問題は先送りにする事にして、八神家の食卓はにぎやかさを取り戻すのであった。
2.ある日のフェイトちゃん
「そろそろ、昼ごはんの用意しようか。」
「……そうだね。」
クリスマスイブを翌日に控えた冬休み初日の正午過ぎ。明日の翠屋は戦場だと言う事で、臨戦態勢を整えるべく丸二日休みを取ったなのは達は、三時ごろからのケーキ作りに備えて、ジャージの上にどてらを羽織った干物女仕様で、炬燵の中でまったり冬休みの宿題をしていた。今年の冬は特に寒く、もうすでに二回も雪が積もっている。こんな日は防寒対策をしっかりして、家の中に引きこもっているのが一番の幸せである。
因みに優喜は、ムーンライトでクリスマス向けオーダーメイド品の最終チェックと飛び込み依頼の対応をしており、高町家にはいない。手伝いを申し出たものの、オーダーメイド品となると売り子以上の事が出来るでもない上に、アリサとすずかも手伝ってくれるとのことで、ケーキ作りのための体力温存を優先する事になったのだ。なので、今日は朝の鍛錬以外、一切まともに動いていない。
「そういえば、材料は何が残ってたかな?」
億劫そうに炬燵からはい出し、冷蔵庫の中身を確認するフェイト。ざっと見てから卵と昨日の残りものの筑前煮を取り出し、ぬか床からいい塩梅になった人参を引っ張り出してスライスする。
「フェイトちゃん、もうメニュー決めたの?」
「うん。」
鍋もフライパンも出さずに、いきなりぬか漬けを切るところからスタートしたフェイトに、怪訝な顔をしながら質問するなのは。そんななのはの戸惑いも意に介さず、バルディッシュの格納スペースからしょう油らしい小瓶を取り出す。深めのお椀にご飯をよそってから鰹節を用意し、ためらう様子も見せず、流れるような動作でご飯の上に生卵を落とす。
「ちょ、ちょっとフェイトちゃん!!」
「なに?」
「その食べ方、どこで覚えてきたの!?」
あまりに迷いなく、駄目な意味で日本人的な行動をとったフェイトに、思わず突っ込みも兼ねた疑問をぶつけるなのは。因みに高町家では、なのはが小学校に上がってからこっち、卵かけご飯と言う食べ方をした事はない。店の準備と士郎の介護でなのはの事がおろそかになりがちだった事を悔いた桃子が、せめて食事ぐらいは愛情たっぷりのいいものを食べさせたいと頑張り続けたためだ。なので、なのはが卵かけご飯を食べたのは、士郎が入院した直後が最後である。
「えっとね、前になのはがいない時にはやての家に泊まりに行ったでしょ?」
「うん。って、その時に?」
「だよ。テレビでやってるのを見て、私食べたことないな、って言ったらやらせてくれたんだ。」
因みに、広報部に新人が配属されることが決まった時のことだ。なのはが二泊三日の特別研修に出かけたので、仕事的にも日常生活的にも妙に時間が空き、はやてに誘われて乗っかったのである。
「……はやてちゃんも、わざわざこんな事を教えなくても……。」
「美味しいからいいと思うんだけど……。」
ご飯をぐるぐるかき混ぜながら、なのはの苦言に首をかしげるフェイト。その仕草が妙に可愛くて、何となく変に疲れた気分になる。
「それで、その小瓶は?」
「卵かけご飯専用のしょう油だよ?」
「もしかして、時の庭園製?」
「うん。母さんが吟味に吟味を重ねた、卵かけご飯にぴったりな究極の逸品。と言うか、私だけだったんだよ、卵かけご飯食べた事無かったの。リンディ提督やエイミィまでやってたんだから。」
「別にいいと思うんだけど。って言うか、プレシアさんもどんどん日本人化していくなあ……。」
フェイトの返事に、さらに疲れを感じるなのは。そんななのはに苦笑しながら、小瓶を差し出してフェイトが告げる。
「なのはもどう?」
「……そうだね。久しぶりに卵かけご飯もいいか。」
卵かけご飯と言うのは、妙にそそるものである。結局誘惑に負けたなのはは、フェイトからしょう油を受け取り、約十年ぶりぐらいの卵かけご飯を堪能するのであった。
「そろそろ、この消しゴムも限界かなあ……。」
四苦八苦しながら文系科目の宿題を終わらせたフェイトが、ずいぶんと小さくなった消しゴムを見てつぶやく。
「さすがにそれは、もう買い換えた方がいいと思うよ。」
「だよね。」
なのはの言葉に一つ頷くと、炬燵から出て財布を取りに部屋に戻る。
「ちょっと買ってくる。なのは、何か欲しいものある?」
「中華まんとか、ちょっとそそるかも。」
「分かった。肉まんでいい?」
「うん。」
微妙な空腹感に負けて、そんな事を言いだすなのは。今日は早朝訓練以外ではあまり体を動かしていないとはいえ、さすがに卵かけご飯と漬物では軽かったらしい。
「じゃ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
なのはに声をかけて玄関から出ると、何か用事でもあったのか、はやてがちょうど呼び鈴を押すところだった。
「あれ? はやて?」
「あ、フェイトちゃん。今からお出かけ?」
「ちょっと、消しゴムを買いに。」
フェイトの言葉に眉をひそめ、彼女を上から下まで眺めるはやて。
「……さすがに、その恰好で外で歩くんは、どうにかならへん?」
「この服、あったかいしそれなりに動きやすいし楽なんだよ?」
「間違っても、十代半ばの女の子がする服装やあらへんで……。」
エイミィが、妙に張り切ってフェイトにおしゃれを仕込もうとしていた理由が良く分かる。この残念な服装ですら妙にファッショナブルに見えるのもあれなのだが、この格好に全く疑問を感じないところが、同い年の女として何より泣きたい。さらに泣きたいのは、この服装で平気で出歩くくせに、髪と肌の手入れはやたらと気合が入っているところだろう。服装と肌や髪の艶との落差が激しすぎる。
部屋着としてならともかく、外出着としてこの服装を許容するのは、はやての中の何かが激しく拒絶している。なけなしの小遣いをやりくりして服を買いそろえ、乏しいバリエーションを必死になって着まわしておしゃれをしている自分が、とてつもなく惨めに思えてしまうのだ。
「まあ、それはそうと、今日はどうしたの?」
「明日のパーティの確認も兼ねた、ちょっとした陣中見舞いや。」
ジュースとスナック菓子が入った袋を持ちあげて見せるはやて。さすがにこの手の物は、何でもかんでも時の庭園で購入する、というわけにはいかない。何しろ好みもあるし、料理人である三人にも、製法がピンとこないものもある。
「とりあえずなのははいるし、上がって待ってて。すぐ戻ってくるから。」
「ほなお邪魔します。」
フェイトに促されて中に入るはやて。フェイトと同じ格好でこたつでぬくぬくしているなのはを見て、思わず同じような小言で説教してしまったのはここだけの話である。
「ただいま。」
「お帰り。」
三人分の肉まんと消しゴムが入った袋を片手に帰宅したフェイトを、炬燵の中から迎え入れるなのはとはやて。炬燵に入ると横着になるのは、日本人の遺伝子なのだろう。
「はやての分も、肉まん買ってきたよ。」
「ありがとうな。」
はやてがお菓子を持ってきてくれたのは知っているが、やはりこの寒い中で見た肉まんは、抗いがたい魅力を発していた。結局誘惑に負けて、肉まんも買ってしまったのである。
「ちょっと財布置いてくる。」
肉まんを炬燵の真ん中に置くと、自分の部屋に戻るフェイト。財布の中の小銭を出して、必要最低限を戻して、貯金箱代わりの缶や空き瓶に分けて入れていく。一円、五円、十円、五十円、百円と、海苔やお菓子などが入っていた缶や瓶に入れ終わり、最後に二枚の五百円玉を、昔懐かしい、陶器製のピンクの豚の貯金箱に入れる。ガチャ、っと結構重い音がして、五百円玉が貯金箱に飲み込まれる。シャチやパンダ、ペンギンなど白黒ツートンカラーの動物のぬいぐるみが目立つ部屋の中、その貯金箱は微妙に浮いている。
「ん~……。」
貯金箱を手にとって、耳元で軽く振ってみる。意外とずっしりと重い貯金箱の中で、小さくガチャガチャと重い音がする。入れた時の感じから、そろそろ満タンが近いらしい。
「……うん。」
小銭貯金を始めてからそろそろ五年。一番最初に買った貯金箱がようやく満タンになる事を知り、思わず満面の笑みを浮かべてしまう。溜めて何に使う、とかそういう事はあまり考えていないが、それでもずっと続けていた事が、一定の成果を見せるのは嬉しいものだ。
「……フェイトちゃん、自分年と出身地を偽ってるやろ……。」
「……一円玉貯金とか、さすがにどうかと思うな……。」
なんとなくついてきて、こっそりその様子を見ていたなのはとはやてが、思わずそんな事を言ってしまう。
「駄目?」
「いや、駄目、とは言わへんけど……。」
「中学生の趣味ではないよね……。」
結局、その後客間の炬燵では、中学生女子にふさわしい趣味と服装は何かと言う話題で、制限時間いっぱい議論をする羽目になるのであった。
3.ある日の年寄り達。
「いきなり人数を集めるのは厳しい。まずは治安維持機構つながりで、宇宙刑事から行ってはどうだ?」
「今現在新作が存在していない物より、すでに三十年以上の歴史を刻んだスーパー戦隊を企画するのが、常道に決まっている!」
「だが、新作が存在しない、などと言いだせば、美少女仮面も同じことだ。それに、昨今のスーパー戦隊は巨大ロボットが必須。さすがにそんなものを使って戦う相手もいないし、そこまでする予算は厳しいのではないか?」
「そうだな。ここは無難に、美少女戦士系で攻める方がいい。」
「現在著しく男女比が偏っている以上、これ以上女を増やすのは賛成できんぞ。」
時空管理局本局広報部。その会議室では、地上本部と本局の制服を着た数名の男が、喧々諤々の議論を繰り広げていた。肩章やらぶら下がっている勲章やらから、いずれも一佐以上の、いわゆるお偉いさんに分類される人間ばかり集まっているのが分かる。広報という特性からか、陸と海のトップクラスが満遍なく集まり、取り立ててセクショナリズムに陥ることなく、と言うよりも己の趣味に忠実に議論を進めている。
そんな偉い連中が集まっている割に、妙に議論の内容がくだらなく見えるが、これでも彼らは大真面目だ。何しろ、広報一課の次の新人たち、そのプロデュース方針を決める会議である。管理局内部ではイロモノだ廃物利用だとさげすまれている連中だが、対外的には局の看板の一つにまでなっている。世間の注目と期待が高まっている以上、下手なものを出すわけにはいかない。
それに、広報部のイロモノ部隊は、管理局本体の金をほとんど使わずに、しかも部署の壁に悩まされることなく柔軟に運用できる、ある種理想的な部隊だ。現状は人数が少なく、ハードなスケジュールの合間に出動が挟まる上に、子供と管理外世界在住のパートタイマーしかいないため、夜間が手薄になる、と言う、遊撃部隊としては結構痛い欠点を抱えているが、これも人員が充実すればある程度は解消できる問題である。
もっとも、最大の問題である、元々他所の部署で不適合だった人間の寄せ集め故、他の部隊との連携運用に問題を抱えていると言う弱点は、いまだに解決の目途も立っていないのだが。
「とりあえず、日本で一般的な、四人から五人の男子、及び女子のグループを作るところからスタートだな。」
激しいディスカッションを聞くともなしに聞いていたレジアスが、大前提ともいえる方針を示す。
「後、今後のためのデータ収集として、次とその次ぐらいまでは、リンカーコアの成長期の人間を集めて育成するべきだろうね。」
「そうだな。カリーナ二士とアバンテ二士はいろいろな都合で促成栽培的なやり方をしてもらったが、今度はじっくり十分な時間をかけて育ててもらう。」
「今回集める二組は、早くても投入は二年後にするつもりだ。その前提で企画を立ててほしい。」
広報一課の魔導師部隊、その親玉であるグレアムとレジアスの言葉に、再びディスカッションを始める男たち。そこに、かなりお年を召した女性が入ってくる。
「これはクローベル統幕議長。」
「楽にしてくださって、結構ですよ。」
温和な笑みを浮かべたミゼットが、立ち上がって敬礼をしようとした一同を制する。
「それで、どのようなご用で?」
「孫娘のわがままを伝えに。」
その言葉に、会議室に緊張が走る。
「統幕議長……。」
「心配しなくても、孫をこの中に混ぜろ、とは言いませんよ。」
「そうですか……。」
冷や汗をぬぐいながら答えるレジアス。その様子に苦笑すると、ミゼットは何ぞ映像の入ったディスクを渡す。
「こういう感じの部隊がいるといいな、との事です。」
ミゼットが持ってきた映像を再生すると、映し出されたのは月に代わってお仕置きしそうな五人組。
「ふむ……。」
「一組目は決まったね。」
「ああ。となると、もう一組は、必然的に男五人のグループだな。」
「そうなると、スーパー戦隊よりむしろ、アバンテ二士の路線を発展させ、グループでやる方がいいだろう。」
ミゼットの言葉で、着々と企画が進んで行く。
「統幕議長、ありがとうございます。」
「これで、方針が決まりました。」
「別に、参考程度にしてくれれば構いませんよ。」
「いえいえ。今回漏れたものは、次にやればいいのですから。」
その会話の後ろでは、士官学校も含む管理局の学校の名簿を隅々まで確認し、容姿・性格が良く適性面でいまいちな、新たな企画のための「犠牲者」を選定し始める幹部達。いつの間にかプロデューサーが呼び出され、企画の骨子・概要が伝えられている。レジアスの目から見れば、トップに立たせるには足りない物ばかりにうつる連中だが、さすがに上層部に上り詰めただけあって、方針が決まると異常に動きが早い。
「どうやら、もう初期段階は完了したようです。」
「優秀ですね。」
「でなければ、なのは君とフェイト君を守る事は出来ませんので。」
いまだに年々実力を増していくなのはとフェイト。彼女達については、いつまでイロモノとして遊ばせておくのか、という声も少なくない。グレアムの言う通り、この程度の優秀さが無ければ、なのはとフェイトは今頃、一切のフォローなしで戦闘漬けの毎日を送らされていただろう。
「どうやら、また少し忙しくなりそうですね。」
「それでもまあ、何人か将来性のある中堅が陸に来てくれたので、私も隠居の目途が立ちましたよ。」
「いい事です。」
すでに候補者をリストアップしてしまった部下達を満足そうに見ながら、現トップの二人と、伝説となった統幕議長は世間話を続けるのであった。
後書き
この管理局は、始まったのか終わってるのか・・・・・・。