「なかなか、ひどい事になっているな。と言うか、お前が修理を受けているのを、初めて見た気がするぞ。」
優喜の見舞いを終えた後、修理中のブレイブソウルを冷やかしに着たシグナムが、開口一発そんな軽口をたたく。
「さすがに、次元震が起こっているところに突っ込んで行って無事で済むほど、頑丈なつくりはしていなくてね。」
「普通はそうだろう。さすがの竜岡も、今回は無事では済まなかったようだしな。」
シグナムの言葉に、どう口をはさむべきかを思案する空気を漂わせるブレイブソウル。その様子に不審に思ったヴィータが、訝しげに声をかける。
「どーしたんだよ。らしくなく考え込んでさ。」
「いや、なに。正確なところを告げるかどうかに悩んでな。」
「正確なところ?」
「ああ。友の受けたダメージの九割は、技のノックバックだ、という事実をな。」
「「はあ!?」」
やはり、そういう反応になるか、などと他人事のように思いながら、とりあえずありのままを告げる。
「友が使った技はな、一切のエネルギーを外に漏らさず、相手の消滅以外に一切の影響を与えないという、反則じみた性質をしていてな。正直、反動から性質から威力から、全てに置いて、ありもしない背筋が凍るかと思ったぞ。」
「……ちょっと待って。」
「どうした、風の癒し手?」
「一切の影響を与えないって、そんな次元震を起こしかけたロストロギアを消滅させて?」
「ああ。理不尽な話だが、それまでばら撒かれていたエネルギーや起っていた空間のひずみまで、綺麗さっぱり消えていた。質量保存の法則も、エネルギー保存の法則も明らかに無視しているぞ。」
ブレイブソウルの台詞に、思わずめまいが起こりそうになるシャマル。言うまでもないが、プレシアも、ブレイブソウルの計測データを見た時、常識やら物理法則やらを根こそぎ投げ捨てたような結果に軽く意識が飛んでいた。
そもそも、破壊されたロストロギアにしたところで、もはや生身の人間がどうこうできる範囲を超えていた。封印するにしても、損傷覚悟で次元航行船をぎりぎりまで近付けて、魔力炉を全開にした上で増幅術式を何重にもかけてねじ伏せるしか術がなかった。なのはやフェイト、はやてのような規格外でも、単独ではどうやっても出力が足りないし、第一近付く手段がない。
「それも理不尽な話だが、もう一つ理不尽な話をしておこうか。」
「何?」
「技そのものは、溜めも硬直も無いも同然、ノックバックらしきものも発生していなかった。あのダメージは純粋に、世界そのものに喧嘩を売った結果、みたいなものだ。」
「どういう意味だ?」
「要するに、世界の復元力とでもいうものを強引にねじ伏せて、対象の消滅による影響を一切チャラにした結果、人間の体では持たなくなって、大きなダメージを受けてしまったわけだ。」
「……いい加減、ユーキのやる事に驚いてたらキリがねーけど、それはいくらなんでも反則だろう。」
ヴィータの発言に、違いないと答える。
「ブレイブソウル、その技の封じ方とかは分かるか?」
「考える必要はない。人間のカテゴリーに含まれるような相手には、最初から使うという選択肢が存在しないさ。普通の生き物に使うなど、言ってしまえば、蟻をわざわざギガントシュラークで潰すようなものだ。」
「……理不尽だが、納得した。」
「……つーか、一体何と戦うための技だよ、それ……。」
「私も、それが気になっている。と言うか、そもそも、一体何と戦うための武術なのか、と言うところからか。」
ブレイブソウルの言葉に、その場が沈黙する。
「私が一番怖いのは何か、一応話しておこうか?」
「……頼む。」
「友は、過去に二度ほど、一回の戦闘であの技を何発も撃った事があるらしい。」
ブレイブソウルの言葉に凍りつく。
「友の不自然なほどの性欲の無さも、それが原因だ。」
「……ちょっと待て。」
「どうした、烈火の将?」
「一発撃っただけで、あのダメージなのだろう? どうやって何発も撃つのだ?」
シグナムの質問に、苦笑するような気配をにじませるブレイブソウル。
「まず、誤解を一つ解いておくと、だ。体が成人していれば、二十四時間で二発までは、ほぼノーダメージで撃てるらしいぞ。」
「それはまた、とんでもない話だな。だが、二発やそこらではないのだろう?」
「ああ。技の性質から考えて、最低でも五発、多分十発以上は撃っていると思う。」
「何を根拠に?」
「詳しい原理は分からないが、己の存在を現象に落とし込むことで、肉体に対するノックバックを一切なくす手段があるらしい。代償として、生き物として当たり前の、本能に属する性質を失って行くとの事だ。友は過去に二度ほど、一回十秒間程度その方法を使った事がある、と言っていた。」
技の発動速度や移動など、全てを考慮に入れて出した答えがそれだ。優喜の能力なら、十秒あればかなりの事が出来る。
「十秒必要だった理由が、複数の相手にあれを撃つ必要があったのか、単に一発二発では足りなかったからかは分からない。そもそも、それを使ったのが、向こうで何歳の時だったのかも聞いていない。だが、そこまでする必要があったのは間違いない。」
「……一つ聞いていいか?」
「あれでなければ仕留められないような相手とかちあって、私達にどうこうできるのか、という問いならば、微妙なところだと答えるが。」
質問内容を正確に把握して返事を返してきたブレイブソウルに、微妙なため息を漏らすシグナム。
「微妙と言うのは?」
「一発で落とせる相手の場合、幅が広すぎて何とも言えん。そもそも、友は元々致傷力は高いが、火力と言う観点ではそれほどでもない。単に破壊力を見るならば、基本出せる威力はシュツルムファルケンやギガントシュラークにはどうあがいても届かない。」
「その代わり、ロスなしで完全に相手の体内に浸透させるから、単体に与えるダメージ自体はなのはと大差ないがな。」
「蒼き狼の言葉通り、与えるダメージだけなら、なのはと大差ない。さすがにあれ以外では、スターライトブレイカーでたたきだすほどの威力は一撃では出せんが、防御力を無視して叩き込む以上は、普通の生き物相手にはむしろ過剰なぐらいだろう。」
ブレイブソウルの今更のような解説に、言わんとしている事が分からないヴォルケンリッター。
「結局、何が微妙なんだ?」
「使わなければならなかった理由、それが単に火力不足だったのか、それとも相性が悪かったのかで変わる、ということだ。」
そこまで言って、言葉を選ぶために少し沈黙する。
「相性だけの問題なら、やりようはないでもない。例えば友の場合、非実体にはダメージを与えられるが、気体相手だと威力を徹しきれない。一部の魔法生物のように、体の構造が特殊な生き物には、発勁は効果が薄い。他にもいまいちダメージを出せないケースもあるはずだ。」
「確かに、そのケースなら、むしろ竜岡より我々の方が向いているかもしれない。」
「これが威力不足となると、打てる手が非常に限られてくる。ほとんど防御が意味をなさない友の攻撃がまともにダメージにならない相手となると、なのはかフェイト、もしくははやての最大出力ぐらいしか通用しそうな技が無い。そして、もっと致命的なのが……。」
「純粋に火力が足りなくて、何発も撃ちこまねばならん相手、ということか。」
「ああ。」
正直なところ、秘伝とそれ以外の技との威力差が大きすぎて、どういう状況で優喜がそこまでのやんちゃをやらかしたのかが絞り切れない。だが優喜は、すでに過剰なまでに鍛えられているはずのなのはとフェイトを、微妙なラインと言いきっている。それはすなわち、奥の手を使ったかどうかはともかくとして、それなりの頻度で、秘伝を撃つ必要がある相手とやり合っているということだ。
「友と出会ってもうじき五年目。これだけの期間、そこまでの相手とは遭遇していないのだから、こちら側でぶつかる可能性は低い、と考えてはいるが……。」
「それを言い出したら、優喜君がここにいること自体がおかしいものね……。」
「そういうことだ。全く、実に悩ましくて、嫌気がさしてくる。」
ブレイブソウルの懸念を理解したヴォルケンリッターが、大きくため息をつく。元々、おかしいとは思っていた。こっちの地球とほぼ同じ世界の武術にしては、いろいろと物騒にすぎる。はっきり言って、戦車か戦闘機でも相手にしない限り、フォルクが教わったレベルでも過剰なぐらいだ。
「友の事だ。切り札を切らねばならないとなれば、躊躇いもせずにやってしまうだろう。今回だって、最初から破壊して構わないと分かっていれば、断りもせずに突っ込んで吹っ飛ばしていたはずだ。」
「人の事は言えんが、いびつだな……。」
「ああ。」
ブレイブソウルの話を聞き終え、小さく感想を漏らして沈黙するシグナム。正直、全てにおいて、彼女達の手に余る。夜天の書に気功周りの記述が載っているとはいえ、それをヴォルケンリッターに適用するには、結構長い期間がかかる。さらに、夜天の書経由で使用可能になったところで、即座に使いこなせるわけではない。ぶっちゃけ、竜岡式で期間短縮が出来る分、このジャンルに関しては、普通の人間の方がはるかに有利だ。
「まあ、魔女殿も私が渡したデータからいろいろ対策は考えると言っているし、こちらはこちらで、少しでもリスクを減らせるように、せいぜい打てるだけの手を打つさ。」
「なのはをけしかけたのも、これが理由か?」
「あの時は、ここまでいろいろ深刻な話だとは思っていなかったがね。」
「まあ、普通エロい事に興味がないのって、誰かに惚れられでもしねー限りは問題ってほどの事でもねーよな。」
ヴィータの言葉に頷くシグナムとザフィーラだが、シャマルはさすがに、医者としての立場から同意は出来ないらしい。
「とにもかくにも、一番のリスク回避は、出来るだけ友の性欲を回復させる事につきる。が、あまり漲ったところで、どうせ別の人間性をすり減らすだけだろうから、それ以外にもあの技の負荷と反動を減らす手段を考えるに越した事はなかろう。」
「どうやら今回も、我らは竜岡の役には立てないようだな。」
「気にするな。それは私とて同じ事だ。と言うより、長年デバイスをやってきたが、これほど無力が身にしみる使い手は初めてだよ。」
ブレイブソウルに励まされ、とりあえずプレシアにパワーアップ手段を検討してもらうことで落ち着いたヴォルケンリッター。
「良く考えれば、あいつが真面目な話だけしかしなかったのって、初めてじゃねーか?」
「言われてみれば……。」
夜天の書の対策の時以上に真面目だった彼女に対し、
「あれにも、一応悔しいという感情はあったのだな……。」
しみじみつぶやくザフィーラ。日ごろの行いのたまものとはいえ、励まされたくせに、なかなかひどいヴォルケンリッターであった。
「事後処理は終わったの?」
「我々が噛む内容は終わったよ。」
「具体的に、どういう処理になるのか、聞いてもいいかしら?」
「まず、事件そのものは秘匿。さすがに、時限震を起こすようなロストロギアを、生身の人間がゼロ距離で破壊した、などという内容は公表できんからな。」
レジアスの説明に、一つ得心したように頷くプレシア。当然と言えば当然の判断だ。
「主犯のキャデラックは、どんなに軽く見積もっても恩赦なしの懲役百年を下回ることは無いだろう。情状酌量の余地もないし、君のように司法取引の材料になるようなものもない。第一、反省の様子も無い。」
「逆に、バナールのほうは、一応従犯という扱いにはなるが、正直大した刑にはならんし、その必要もない。騙されてわめいていたいただけで大した事はしていないし、計画の内容すら知らなかった。いてもいなくても事件に影響は無かったし、口は悪いがそれなりに本気で反省している。反社会的な態度でかつ保釈金を払った直後の犯行と言うことで刑が少々重くなるが、それでも重くてせいぜい四年程度の懲役刑の後、更生施設で奉仕労働、と言うところだろう。」
「バナールだったかしら。その子に対しては少々甘い気はするけど、まあ、妥当なところでしょうね。」
プレシアの言葉に一つ頷く。ぶっちゃけ、バナール自身の行動そのものは、わざわざ罪に問えるようなことではなく、せいぜいキャデラックにそそのかされて、何も知らずに馬鹿をやったことだけだ。本人も刑に素直に従うつもりらしいし、事件が秘匿されることもあって、故郷である自治区を追われるようなことにはならないだろう。
「それで、本当に優喜の体は大丈夫なんだろうな?」
「ええ。胡散臭いぐらい問題無しよ。」
「あれほどの技を撃って後遺症が残る心配なし、か……。」
受け取ったデータと優喜の現状を聞いて、思わず黙りこむ大人達。
「とはいえ、多用できる技ではないのは確かね。本人の自己申告通り、撃てていいとこ、二十四時間で二発、と言うところよ。まあ、アルカンシェルも真っ青なエネルギー量を扱うんだから、それぐらいのリスクは当然ね。」
「そもそも、何に対して二発も撃つのかね?」
「何に対して、って言うのは分からないけど、優喜がああなった原因は、二発で効かない相手とやりあったから、らしいわよ。」
グレアムの問いかけに、しれっとそんな事を答えるプレシア。
「これはブレイブソウルも言っていた事だけど、正直、これを何発も撃ちこむ必要がある相手なんて、想像もしたくはないわね。それこそ、神様にでも喧嘩を売ったとしか思えないわ。」
プレシアの言葉に黙りこむグレアムとレジアス。だが、プレシアは容赦しない。
「この技、確かにきわめて効率的ではあるけど、同時に恐ろしく非効率なのよ。まず、接触限定と言う時点で、単体以外に効果がない。その上、外部に余波の類が一切漏れないから、叩き込んだエネルギーが、相手の消滅以外には欠片たりとも使われない。だから、目の前の一つを消滅させるには極上だけど、多数を相手にするときには、まったく使い道がない。しかも、生き物相手に使うには、威力が大きすぎて率が悪いし、消滅させないように加減する、なんて器用なまねをするなら、使う必要自体が無い。本当に、あの武術の開祖は、何と喧嘩をするためにこんな技を編み出したのかしら。」
「……とりあえず、何に使うのかが、どうやっても想像できない事だけは分かった。」
「この技が何発も必要な相手が、我々が対処せねばならん状況で出てこないよう祈るしかなかろうな。」
「それが賢明ね。どうせ、備えようもないのだし。」
プレシアの言葉にため息をつく二大巨頭。
「それで、念のために確認しておくが、この技は伝授可能なのか?」
「可能な方がありがたいの? それとも逆?」
「どちらでもない。と言うか、可能かどうかを知らねば、考えようもない。」
「そう。まあいいわ。」
はぐらかされたかのような返事に苦笑しながら、とりあえず優喜がした説明を告げる。
「伝授が可能と言うより、彼の武術を系統だって学んでいけば、特に教えなくても自然とたどり着くそうよ。ただ、今のところ、ちゃんと系統だてて教えている相手はいないから、今のまま何十年修行しても、多分この技には至らないだろう、とも言っていたけど。」
「そうか。」
「具体的に、どの程度の期間は修業が必要だとか、そういうのは分からないのかね?」
「普通の修行でどれぐらいかかるかは、よく分からないそうよ。この技の使い手が、普通だったケースが無いらしいわ。」
プレシアの返事に、渋面を作るグレアムとレジアス。普通でないのなど、最初から分かっていることだ。
「普通、の定義から聞きたいところだが、そこは置いておこう。まず、まともなやり方で、その技が見えるラインに到達するのにどれぐらいかかるのか、そこから確認した方がよさそうだね。」
「それもちゃんと聞いてあるわ。生活の八割を武術に捧げて、それで二十年ならそうとう早い、と言ったところらしいわね。短縮する方法もあるけど、短縮すればするほどリスクも跳ね上がるらしいのよ。」
「優喜の場合、元の年齢から考えて十年、いや、今ぐらいの年に一度やらかしているらしいから、もっと短いか。相当リスキーなやり方をしたようだな。」
「初期段階は、修行とか訓練とかじゃなくて、もはや肉体改造の次元だったみたいよ。」
優喜いわく、正気を保てる限界のやり方だったらしい。フォルクのレベルまで三日で、と言っていたが、それは気功周りについてのみで、その期間で主にやらされたのはむしろ、己の神経系統の完全掌握だったらしい。終わった後は、心臓すら自在にコントロールできるようになっていたそうだ。
他にもいろいろ、ちゃんとフォローできる人間がついていないと確実に廃人になるようなやり方で、本来年数をかけて鍛える肉体面も鍛え上げられて、たった半年で無理やり、人間の限界というものが見えるところまで引きずりあげられたそうだ。
「正直、管理局でやるわけにはいかないやり方だね。」
「聖王教会の小僧のカリキュラムですら、教導隊あたりの訓練よりえげつない。それ以上となると、まともにこなせる人間を探す事すら難しくなるだろうよ。」
「本人も同じ認識よ。自分と同じやり方は、師匠かその家族ぐらいしかできないだろう、ってね。」
「なるほどな。となると、その師匠とやらがこっちに来て余計な事をしない限り、知らぬところであれと同じような存在がごろごろ生まれる、という事態にはならんか。」
レジアスの言葉に、一瞬数万人の竜岡優喜が総攻撃を仕掛けて来る映像を想像するプレシアとグレアム。同時に考えたタイトルは、「管理局終わった」だ。何というか、アルカンシェルで吹っ飛ばしても、殲滅出来る気がしない。あまりの恐さにその考えを封印して、なかった事にする。
「とりあえず、話を戻すわね。」
「ああ。」
「あの技を何発も撃たなきゃいけない相手に関しては、現時点ではそもそもどういう相手なのかが想像すらできないから、対策の立てようもないわね。武術を複数人に伝授させるにしても、時間的にも人員的にも限度があるし、第一最後まで育てきるまで、優喜がこちら側にいる保証もないわ。」
「だな。」
「そうなると、結局は、そういう相手が出現した時は、私たちはバックアップに徹して、彼に丸投げするしかないわね。いろいろな意味で、あまりにもデータが足りないわ。」
プレシアの言葉に、一つ頷くおっさん二人。そこで、一つ気になった事を質問する。
「それ自体はいいのだが、奴の本能は元に戻るのか?」
「可能性は、それほど低くないと思っているわ。」
「その理由を、聞いてもいいかね?」
「ええ。私の体を治した時までさかのぼるのだけど、フェイトがね、はやてから借りた漫画に毒されて、お礼と称して優喜となのはにキスをした事があったのよ。言うまでもなく、唇にね。」
いきなり微妙な話を聞かされ、どう反応していいのか分からなくなるおっさんども。
「その時、珍しく優喜が結構取り乱して、『本人が理解してないからノーカン』ってぶつくさつぶやいてたから、あの体になってからは、完全にそういう本能が死んでいるわけではないと思うの。」
「なるほどな。」
「となると、あの子たちのがんばり次第、ということか。つくづく私たちは出来る事が少ないね。」
「仕方があるまい。いくらなんでも、儂らが無理やり風俗につれていくわけにもいかんからな。」
「そんな事をしたら、後の事は一切保証しないわよ。」
プレシアの言葉に、表面上は平静を取り繕いながら、背筋に寒いものを感じざるを得ないレジアス。もっとも、優喜に薬を与え、自慰行為を強要しているプレシアに言われたくはない話ではあるが。
「結局は、現状どこまで行っても経過観察しかないわ。あきらめて、年寄りは大人しく、若者の可能性に賭けましょう。」
プレシアの言葉に一つ頷くトップ二人。こうして、優喜に関しては、ほとんど匙を投げたような感じで結論が出るのであった。
「優喜、普通に食べられるんだよね?」
「うん。」
ベッドに縛り付けられた優喜に、エプロン姿のフェイトが質問をぶつける。基本、優喜は出されればなんでも食べる。試食以外で食事に注文をつけるという事をしない主義の人間であり、余程体調が悪くない限りは、無理してでも食べてしまう。
「……うん。消化器系にダメージは出てないみたい。」
苦手な軟気功をバルディッシュの補助を受けて行い、ざっと優喜の体調を確認する。結構大胆な姿勢になっているが、互いにそのつもりが一切ないので、照れも何もない。とりあえず、まともな食事でも大丈夫そうだと結論を出すフェイト。とはいえど、今現在消化器系にダメージがないと言うだけで、内臓も結構あっちこっちが疲弊している。やはり消化吸収が良く、あまり内臓に負担のかからない物を作った方がいいだろう。
「だけど、あっちこっちおかしくなってるから、絶対に無理はしないでね。」
そう言い置いて、少しでも体を治す役に立つメニューを考えながら部屋を出ていく。入れ違いで、薬と包帯を持ってきたなのはが入ってくる。
「優喜君、薬持ってきたよ。」
「ん、ありがとう。」
入院二日目。早くも怪我の治りが確認されてはいるが、それでも骨格やら筋やらに、結構深刻なダメージが出ている。内服薬だけでなく張り薬なども使って、包帯で矯正しながら治療しないと、下手をするとおかしな後遺症が残りかねない。
「包帯、緩めるよ。」
「うん。」
大人しくなのはのなすがままになっている優喜。照れやら何やらがあって、一人でいろいろやろうとしたなのはとは大違いだ。こういうとき虚勢を張ったり無理をしたりすると、かえって悪化する事を良く理解しているのだろう。むしろ、薬と包帯の交換という大義名分があるとはいえ、惚れた男を脱がしているなのはの方が、よっぽど照れている。
「凄いね……。」
「何が?」
「皮膚の傷、もうほとんどふさがってるよ。」
「そういう傷は、治るの早いから。なのはも、自覚あるでしょ?」
「そう言えば、そうかも。」
なのはもフェイトも、もはや無意識のレベルで、常に多少の軟気功を行うレベルに達しており、ちょっとした傷なら、一日もあればかさぶたも出来ずに消えてしまう。優喜の方が数段レベルが高いのだから、生命維持活動のレベルで行う軽度の軟気功でも、効果が段違いなのはおかしなことではない。
「……出来た。おしまい。」
「ご苦労様。」
少し手間取りながらも、上半身全部の包帯を巻き終えるなのは。さすがに下の方は、照れとか以前の問題が絡むため、医療用機械に任せている。と言うか、プレシアも桃子も忍も、さすがに下の世話を許可するほど逝っちゃってはいない。
「……どうしたの?」
優喜の手を握ったまま離さないなのは。どうにも、少し不穏なものを感じて確認を取る優喜。
「やっぱり、私はまだまだ弱いんだな、って……。」
なのはの、他の人が聞けばふざけるなと言いそうな言葉に、思わず苦笑を洩らす。
「状況とか相性とか、そういうものもあるからしょうがないよ。」
「でも、優喜君から見て、私達はまだまだなんでしょ?」
「上を見れば、きりがないからね。それに、なのはもフェイトも、別に戦いたい訳じゃないでしょ?」
「それは当たり前だよ。今でも、人に向けて攻撃するのは怖いよ。」
いまだに、人間相手に砲撃を撃つのはためらいがあるなのは。ジュエルシード事件での経験から、いまだに非殺傷設定をそれほど信用できない。それゆえ、教導や模擬戦以外では人間相手にはほとんど砲撃は使わないし、魔力弾や誘導弾も可能な限り威力を絞っている。言うまでもないが、フェイトも状況としては大差ない。
「それでいいと思うよ。そのブレーキがなくなったら、兵士としてはともかく、人としては終わりだ。それに、組織相手に身を守れる実力、っていう意味なら、今で十分だし。」
「私達が気にしてるのは、今回みたいに優喜君があの技を使わなきゃいけない時、また何もできないんじゃないか、って言う事なんだよ。」
「そこはもう、役割分担の話だし。そもそも僕は、ああいう時に生きて帰ってきて欲しいから二人を鍛えたのであって、あの手の物を相手に限界以上の無茶させるために、その技を教えたわけじゃない。」
どうにも考え方が平行線になっている事を自覚しながら、とりあえず自分のような無茶をしないように諭す。なのはの気質から絶対納得しないのは分かっているが、それでも言わずにはいられない。優喜にとって、なのはは恩人の娘で、大事な妹分なのだ。自分がやっているから説得力はないとはいえ、出来るだけ命にかかわる無茶はさせたくない。
「それに、僕がああいう無茶をした時、なのは達まで動けなくなったら、誰が僕の面倒を見てくれるの?」
「そ、それは……。」
「そういうわけだから、無茶は男の担当だってことで、納得してくれると助かるよ。」
「……納得できないけど、納得するよ。」
本当に納得できない顔をしながら答えるなのは。
「でもね、すごく心配するんだから、今回みたいな事は避けてほしい。」
こういう時に頼りにしてもらえるのは嬉しいが、ああいうシーンを見せられると、半端じゃなくショックが大きい。優喜はやって死ぬのもやらずに死ぬのも同じ、などと言っているが、残される方からすれば、一緒に死ぬのと自分だけ生き残るのとでは大違いなのだ。
「残念ながら、約束は出来ないよ。先の事は分からないから。」
予想通りの優喜の返事に苦情をぶつけようとしたところで、フェイトが作った食事を持って、すずかが入ってくる。
「あれ? フェイトは?」
「今は、私達が食べる分を作ってくれてるよ。ゆう君の食事は時間がかかるだろうからって、先に作ってくれたんだ。」
「そっか。気を使わせたかな。」
「今は気にするときじゃないよ。」
そう言ってベッドに備え付けられたトレーをを引っ張り出し、料理をざっと並べる。そのまま自然な流れで傍らに座ると、薬膳粥を一つすくって息を吹きかけ、優喜の口元に運ぶ。
「はい、あーんして。」
すずかの言葉にしたがい、素直に口を開く。以前のなのはと違って、無駄な抵抗はしない。
「……。」
その様子をじっと見つめ、何やら考え込むなのは。わざとか無意識か、優喜の口元にレンゲを運ぶたびに、すずかの年に見合わぬ大きな胸が、彼の腕でひしゃげる。
「……。」
二人に気付かれないよう、いまだにまっ平らな胸に手を当てる。今ならまだ、ユニゾンすれば辛うじてすずかに勝てるが、それをするのは負けたような気がする。だが、仮にちゃんとあの姿に育ったとして、結局同じ年の頃のすずかとは勝負にならない気がする。
「……。」
胸元を見下ろしていた視線をすずかに向ける。良く見ると、すずかの顔がほんの少し赤い。どうやら無意識ではなく、わざとのようだ。いわゆる一つの「当ててんのよ」と言うやつだろう。発育がいい女の子の特権である。なのははおろか、フェイトでも同じ真似は厳しい。
現時点ではフェイトのバストは、アリサやはやてにも逆転されている。なのはと違って測るたびにじわじわ増えているので、単に性格同様胸の成長もマイペースなだけらしい。とはいえど、さすがに天然ボケのフェイトといえど、思春期に入ってそういう事が気になる年頃になった今、かなりの危機感は持ち始めている。
「あれ? まだ終わって無かったんだ。」
「あ、フェイトちゃん。」
「ご苦労様。」
「……もうちょっとでおしまいみたいだから、配膳だけ済ませて待ってるよ。」
ボードの上の料理を見て、そう結論を出す。隅に立てかけてあったテーブルを引っ張り出すと、その上に三人分の昼食を並べる。
「なのはとすずかも、薬膳粥にしたけど、いいよね?」
「うん。」
「お代りも持ってきてるから、どんどん食べてね。」
テーブルの中央に粥の入った土鍋を置くフェイト。どうやら、作った分を全部持ってきたらしい。
「ご馳走さま。」
小鉢の最後の一口を食べ終え、気持ちの上で手を合わせてそう告げる優喜。
「お粗末さま。」
「美味しかったよ、ありがとう。」
「口にあってよかったよ。」
そういって微笑むと、行儀よく手を合わせて食事を始める。
「……。」
「……。」
「どうしたの?」
一口食べて、見た目のシンプルさとは裏腹の丁寧で凝った味付けに、思わず声を失う。専門ジャンルでは負けていない自信はあるものの、和食だとどうあがいても追いつける気がしない。
「あ、うん。」
「どれもシンプルな料理なのに、すごく美味しくてびっくりしてたんだ。」
「そっか。実は、ちょっと実験した事とかもあるから、評価が怖かったんだ。」
おっとり微笑むフェイトに、いろいろ負けた気分になるなのはとすずか。そもそも優喜の場合、性欲がほとんど無いのだから、色気より胃袋を責めた方が効果的なのではないか? と言う事に思い至る。言うまでもなく、フェイトにそんな計算ができるわけがないので、自然体で最大効果を発揮したのだろう。
もっとも、なのははそもそも得点稼ぎという発想がないし、すずかとてアピールや策略と言うより、優喜の本能の回復を焦ったというのが正しいところだ。結局、三人そろって、まだまだ駆け引きと言う考え方には至らないのである。
(とりあえず、砲撃よりお料理とかを、もっと頑張ろう。)
(焦って行動しても意味がない、か。)
とりあえず、まずは足場固めに本腰を入れる事を決意する少女たち。この後、優喜の入院中に、フェイト自身がなのはの洋食やすずかの和風中華に衝撃を受け、さらに料理の研究に余念が無くなるのだが、ここだけの話である。
後書き
とりあえず、補足説明なども少し入れてみました
[159]kyoko◆fd47bbf4様、バナールが自治区を追われずにすむ理由、これで納得していただけるでしょうか?