1.鏡開き
年に一度の鏡開きの日。昨今の鏡餅は、個包装の小餅をいくつか鏡餅型の容器の中に入れているものが多いが、高町家は昔ながらの生餅である。なので、カチカチに乾燥した餅を割って、カビやら何やらを削って、ぜんざいや鍋物に入れて食べるのが仕来たりだ。
「今年は、結構お餅残ったよね。」
ぜんざいを食べ終わり、余った餅のカビを削りながら、在庫に対してそう感想を漏らすなのは。鏡餅だけでなく、正月用に買った個包装の餅も残っている。
「恭也さんが、外泊多かったから。」
「フェイト、そこは触れてあげないのが家族の思いやりだよ。でないと、私が惨めに……。」
実は、なのは達より外泊が少ない美由希。そもそも、お互いの家を行き来するような友達が那美と忍ぐらいしかおらず、また生まれてこのかた、ずっと男性と縁が無かったこともあり、それなりの頻度で朝帰りをしてくる恭也に対しては、割と言いようのない感情を持っていたりする。
「まあ、遅くても僕達が中学出るぐらいには結婚するだろうし、いまさらの話ではあるよね。」
「うう、私の春はどこに……。」
新学期から、那美の通っている大学に進学する美由希。当人が気がつかないところでそれなりにもててはいたのだが、一緒に出歩く相手が那美や忍、シグナムなど、美由希よりもっと目立つ、声のかけられやすい女性ばかりなので、どうにも本人や身内は男にスルーされているイメージしか持てない。
「とりあえず、ご飯の用意しようか。おにーちゃんは今日はどうだったっけ?」
「多分帰って来たと思うんだけど。」
「じゃあ、たくさん炊いておかないとだめだよね。」
そう言って、米櫃の中を覗き込むと……。
「ちょっと足りないかも。」
「どれぐらい残ってる?」
「四合半ぐらいかな?」
「足りないね。」
高町家はよく食べる。食べざかりの人数が多いのも理由だが、それ以上に平均の消費カロリーが大きい。一番食の細いフェイトですら、最近では定食一人前をきっちり食べきるほどだ。ジュエルシードを探していたころは、迂闊に間食すれば晩御飯が食べられないほど食が細かったのが、嘘のようである。と言うか、その食生活では体が持たなくなったというのが正しい。
「とりあえず、お米買ってくる。」
「うん、お願い。」
「晩御飯、お餅のメニューにすれば、これでお米足りるんじゃないかな?」
「そうだね。チーズがあるから、お餅のグラタンスープにしようかな?」
米を買いに出た優喜を見送り、冷蔵庫の中身やら何やらを確認してメニューを考えるなのは。特に誰も反対意見を出さないようなので、今日のメインは餅のグラタンスープで決まりだ。
「一連の流れに、口をはさむ隙間が無かった……。」
あまりに段取りのいい妹達に、姉としての威厳やら何やらについて思わず考え込む美由希。
「グラタンスープもうまいが、このスパニッシュオムレツ、なかなかの味だな。」
「なのは達だけに台所を占拠させるつもりはないよ。」
「美由希の作品か。優喜が来た頃が嘘のようだな……。」
「あの頃の事は言わないでよ……。」
とりあえず、メイン以外のメニューを全部力技で担当し、どうにか姉の体面を保つ美由希であった。
2.節分
「フェイトちゃん、カンピョウいるんだろう?」
「イワシのいいの、入ってるよ。」
商店街で買い物をしていると、あちらこちらから声がかかる。一時期は人見知りしていたフェイトも、最近では愛想よく対応するようになり、ちゃっかりおまけしてもらうようになっていたりする。
「えっと、海苔にかんぴょうにきゅうりにしいたけ、桜でんぶに……。うん、材料はこれでいいかな。」
今日は節分。商店街でも、豆まき用の大豆やデフォルメされた鬼の面、あとは海鳴では割と最近に定着した恵方巻やその材料などが店に並んでいる。恵方巻については、大手スーパーなどはなのは達が生まれるより前から全国展開していたようだが、一般に浸透したのはそれほど前のことではないらしい。
「ちょっとだけ、翠屋によっていこうかな。」
今日は珍しく、塾も管理局の仕事もない。時間的にもお小遣い的にも、少しぐらいの寄り道の余裕はある。少しお茶とおやつをいただいても問題ないだろう。昔と違って、それぐらいで夕飯が食べられなくなるほど食が細いわけではないし。
因みに、最近のルールでは、店で食べるまかない以外の物はお小遣いで、という形になっている。優喜やテスタロッサ親子の主張で、そこはそろそろきっちり線引きするべきだ、と言う事になったのだ。さすがに、一応身内と言う事で原価販売にはなっているが。
「いらっしゃいませ。」
入ってきたフェイトを、接客用のスマイルで迎え入れる美由希。
「あら、フェイト。」
「フェイトさん?」
「あれ? 母さん? リンディ提督?」
入ってすぐに、カウンター席で紅茶を片手にシュークリームをむさぼっている母親と元上司の姿が。
「フェイトもここでおやつ?」
「うん。お小遣いにちょっと余裕があるし、軽く食べていこうかなって。」
「だったら、今日は私が払うわ。」
「いいの?」
「ええ。私を誰だと思ってるの?」
プレシアの言葉に、小さく吹きだすリンディ。
「笑うことないじゃない。」
「だって、えらそうに言うことじゃないもの。」
リンディが何を笑っているのか、いまいちぴんとこないフェイト。
「フェイトさん。プレシアはあなたの母親なんだし、普段一緒に暮らしていないのだから、こういうときぐらいは甘えてあげなさいな。」
「うん。」
素直に頷くと、プレシアの隣の席に座る。
「母さんはともかく、リンディ提督はどうしてここに?」
「今日は休暇で、こっちへは住む場所を探しに来たのよ。」
「引っ越してくるの?」
フェイトの質問に、小さく頷くリンディ。
「実はね、ここだけの話なのだけど、クロノとエイミィがもうじきゴールインしそうなのよ。」
「え?」
「それで、この街は知り合いも多いし、子育ての先輩も居るから、クロノたちが暮らすのにいいんじゃないかな、って。」
リンディの言葉に、ひどく納得してしまうフェイト。
「お待たせしました。」
そこに美由希が紅茶とシュークリーム、それに大豆の入った小さな個包装のパックを持ってくる。
「あ、翠屋でも福豆出してるんだ。」
「福豆?」
「うん。日本の風習で、今日は邪気をはらうために豆をまいて、邪気払いに使った豆を年の数だけ食べるんだ。」
「ああ、この大豆は、そういうものなの。」
「年の数だけ、ねえ。」
プレシアが、実に嫌そうな顔をしている。何しろ、既に還暦を過ぎているのだ。そんな大量の豆を食べるのはきつい。
「年はとりたくないわね……。」
「今のあなたの食欲と外見で、実年齢を察することが出来る人間なんていないわよ。」
「それはそれで複雑なのよ……。」
年長者二人の、どうにも口を挟みがたい会話にどうしようか迷った末、あきらめて目の前のシュークリームに専念するフェイト。相変わらず控えめで優しい甘さが体中を包み込み、たった一口で幸せになってしまう。実に幸せそうな表情で、少しずつ少しずつシュークリームをかじるフェイトを、まるで小動物を見守るようなほのぼのした雰囲気で見守る保護者達。体はずいぶん大きくなったが、プレシアの中では、和解したころの小さなフェイトのままだ。
「そういえば、ずいぶん一杯買い物してるけど、何?」
「同じくこの日の風習で、恵方巻って言う巻き寿司を食べるから、その材料。」
「色々あるのね。」
「去年はなのはもフェイトも忙しくて、自作する時間はなかったんだよね。」
サービスの紅茶を注ぎながら、美由希が口を挟む。
「プレシアさん、リンディさん、今日はうちでご飯食べていくんでしょ? だったら、フェイトの渾身の一作が食べられるよ。」
「あら、ありがたい話だけど、数は足りるの?」
「大丈夫。明日の朝の分まで作るつもりだったから。」
「だったら、リニスとアルフも呼ぼうかしら。」
「うん、呼んであげて。最近、私の都合で裏方仕事ばかり押し付けてるから。」
問題はいわしが足りなさそうなことだが、帰りに買い足せばいいだろう。
「たくさん作るから、たくさん食べていってね。」
「ええ。」
その後、お互いの近況を話し合う。色々あってなかなか一緒に暮らせない親子だが、反抗期に入るまでにはどうにか蹴りをつけたい。二人の様子を見ながらそんなことを思うリンディ。
「じゃあ、用意してくるから、先に行くね。」
「私たちは、もう少しお茶してから、もう一件見て回るわ。」
「うん。」
翠屋で母と別れ、いわしを買い足してから高町家へ。今や時の庭園よりも、こっちのほうが我が家としてしっくり来るあたり、ずいぶん自分も日本での暮らしになじんだな、と思う。
「さて、まずはたくさんご飯炊かないと。」
「……フェイトちゃん、張り切ってるね。」
「一般家庭が食べる分量を、明らかに越えてる気がするけど。」
あまっていたご飯を全部炊飯器から出すと、一升ほど米を炊き始める。米が冷める前に酢飯にしつつ、十分な量のご飯を炊き上げねばならない。具材の調理も戦争だ。ありったけのコンロをフルに活かして、かんぴょうとしいたけを煮込み、出汁巻きを作っていく。ちなみに、今回フェイトが作るのは、七福神にあやかった七種類の具を巻くもので、しいたけは細く切って使う。
「母さん達が来るから、一杯作らないといけないんだ。」
「手伝うよ。こっちのご飯を酢飯にすればいい?」
「うん。お願い。」
優喜となのはの協力を得て、どんどん作り上げられていく巻き寿司。大皿二枚にドドンと積み上げられた恵方巻は、なかなか圧巻である。
「そういえば、豆がないけど、今年はまかないの?」
「魔法で当たってもあんまり痛くない豆を作ってまく予定。」
「あれだったら、後片付けが楽だもんね。」
「恭也さんが大人気ない真似しても、ムキになった美由希さんが指弾飛ばしても、周りに被害はでないし。」
去年の豆まきを思い出して、思わず苦笑する。何しろ、恭也が神速まで駆使してむやみやたらと大人気なく高度に回避し、ひたすら美由希を挑発するのである。怒った美由希が周囲の被害を無視して豆を撃ち出しはじめ、なのは達が結界を張って必死に被害の拡大を食い止めたのだ。もちろん、終わった後に二人とも大目玉を食らっている。
「どうでもいいけど、ちゃんと風習の通りにやるんだったら、すごい人数で妙な方向を向いて太巻きを齧ることになるんだよね。」
優喜の指摘にその図を想像して、思わず吹きだす二人。特にプレシアとリンディは、何かの冗談のようだ。
「えっと、いわしは燻すんだっけ?」
「そうそう。」
そんなこんなで、結局子供達の手だけで、節分の準備があらかた終わってしまう。結局、豆まきは予想通りろくなことにならず、大人気ないまねをした連中はまとめて、プレシアの雷を比喩的にも物理的にも落とされる結果になるのであった。
なお、大量にあった恵方巻はきれいになくなったが、皆最初はちゃんと風習通り恵方を向いて齧り、終わった後に微妙な顔をしていたことをここに記す。
3.バレンタイン
「えっと……、こう?」
「うん。それでね……。」
月村家のキッチン。明日のために、少女達が真剣な顔で材料と格闘していた。
「なのは、これでいいかな?」
「ちょっと待って……。うん、よく出来てるよ、フェイトちゃん。」
「なのはちゃん、うまく固まらないんだけど……。」
「えっとね、その場合は……。」
女子の戦場・バレンタインデー。普段は料理などさわりもしないアリサも、気になる男の子が居るので真剣勝負だ。この場に居ないはやては、
「私は皆ほど気合入れて作る相手がおらんからなあ。」
などと嘯いて、自宅で割りと手抜き気味の義理チョコを作っている。なぜ義理なのに手作りか? 単純に、桃子経由で業務用のチョコを仕入れれば、たとえ義理でも買うより安く作れるからだ。
「そういえば、翠屋さんのバレンタイン、今年はなのはちゃんも手伝ったんだよね?」
「うん。オリジナル商品を一つ開発したんだ。ただ、量産はおかーさんと松尾さんの出番だったけど。」
バレンタインは毎年、クリスマスと並んで翠屋の売り上げに大きなインパクトを与えるイベントである。百貨店などで買うよりは安く、そこらのスーパーのものよりは良質、何より個別注文でリーズナブルに特別なものも作ってくれるというサービスの良さで、義理も本命も結構よく売れるのだ。
ちなみに、なのはが作ったオリジナルチョコは、義理と本命の中間と言う層に結構よく売れて、翌年から定番商品になるのだが、この場では関係ない話である。
「これでよし、っと。」
「お疲れ様。後はラッピングだね。」
みんなして、まっとうな神経をしていれば、絶対義理と間違えることはないであろう出来のチョコを作り上げる。ちなみに、去年はなのはもフェイトも忙しく、バレンタインに手の込んだ真似をする余裕は一切なかった。なので、今年はリベンジとして目いっぱい頑張っていたりする。
「そういえば、なのは。」
「何?」
ラッピングをしながら、アリサがなのはに気になっていた事を聞く。
「何種類か作ってたみたいだけど、その一番気合が入ってるのは誰にあげるの?」
「日ごろの感謝を込めて、優喜君にだけど?」
「それ、どう見ても本命チョコにしか見えないわよ?」
アリサの指摘に、なのはが苦笑を浮かべる。
「うん。多分そう見えると思う。」
「フェイトとすずかがいるのに、そのレベルのチョコを義理として渡すのって、なかなかの度胸ね。」
「ん~。私は、優喜君がこれを本命だとは思わないんじゃないか、って思ってるの。」
「……まあ、あいつの場合、あんたからもらっても、そういう勘繰りはしないか。」
どうやら、納得してもらえたらしい。正直なところ、なのはが優喜にどういう感情を持っているのか、第三者が見てもいまいちよく分からない面がある。凄く好意を持っているのだけは確かなのだが、その方向性が分からない。フェイトやすずかほどではないにしろ、割と優喜の方を見ているが、彼が単独行動をとっても昔ほどは不満を口にしない。かといって、アリサやはやてのように放置されて平気かと言うとそうでもなく、このグループで行動している時も、かまい方が足りないと不機嫌になる。
恋愛感情と言うほど確固としたものではなさそうだが、かといって単なる友情と言うにはずいぶんねっとりしている。実際のところ、これが同性の上付き合いの長いアリサだからこういう判断もできるが、つきあいが薄いクラスメイトや一応中身が男の優喜だと、どう判断してもおかしくないところだ。言ってしまえば、初めて一緒に旅行に行ったころのフェイト、その一歩手前ぐらいだ。実際、今後どっちに転んでも、何の不思議もないところである。
「それはそれとして、アリサちゃんはユーノ君だよね?」
「そうよ。悪い?」
「あ、文句があるとかじゃなくて、どうやって渡すのかな、って。」
「それをフェイトにお願いしようと思ってたのよ。」
いきなり名指しされて、きょとんとした顔をするフェイト。
「アルフ、よく無限書庫に出入りしてるでしょ?」
「うん。」
「明日、持って行ってもらえないかなって。」
「分かった。頼んでおくよ。」
「お願い。」
アリサに頼まれて、その場でアルフと連絡を取る。呼ばれてすぐに駆け付けたアルフに、雑用を頼んで申し訳ないと頭を下げつつ、乙女の真心を預ける。
「忘れずに届けてね。」
「分かってるって。」
普通に考えると結構どうでもいい事に呼びつけたわけだが、そんな事一切気にせずに、気のいい返事で引き受けるアルフ。その様子に、今度、彼女の大好きな美味しい肉料理をご馳走しようと心に決めるアリサ。
「さて、今日はこんなところかな?」
「そうね。なのは、ありがとうね。」
「こっちこそ、作るの誘ってくれてありがとう。」
「じゃあ、ノエルに送って行ってもらうね。」
こうして、決戦の準備は整った。
「あんた達、まだ渡さないの?」
翌日の昼休み。微妙に浮ついた雰囲気のある教室で、優喜が先生の用事で席をはずしている間に、こっそりアリサが尋ねる。
「学校ではちょっと……。」
「さすがに、他の人がいるところでは恥ずかしいよ……。」
「それに、ここで渡したら、ゆうくんが周りの子たちから無理やり返事をさせられそうだし……。」
「まあ、それもそっか。」
この衆人環視の中、あんな気合の入ったチョコレートを渡すとか、お互いにとって拷問である。かといって、こっそり呼び出して渡したとしても、荷物を覗かれれば一発だ。
「どうでもいいけど、仮に中学から後ろもこのまま共学だったら、この時期はもっと切実な感じになるんでしょうね……。」
「今は男の子達、あんまり気にしてないみたいだもんね。」
「せいぜい、お菓子がもらえてうれしい、ぐらいなもんでしょ。」
アリサが、過半数の同級生の気持ちを正確に言い当てる。そんな話をしていると、
「何の話?」
割と微妙なタイミングで、戻ってきた優喜が口をはさむ。
「ああ。もしうちの学校がこのまま男子部と女子部に分かれてなかったら、バレンタインデーは結構切実だったんだろうな、って話。」
「あ~、確かに。」
「優喜君、高校生の時はどうだったの?」
「幼馴染が毎年義理チョコをばらまいてたから、同じクラスに限っては、家族以外は義理もゼロって男はいなかったかな。」
「幼馴染? チョコ配ってたってことは、女の子だよね?」
幼馴染、と言う単語に微妙に危険なものを感じるフェイトとすずか。なのはも、何かしら引っ掛かるところはあるようだ。
「うん。ぶっちゃけ、僕もその子と同門の友達ぐらいしか義理チョコくれる相手はいなかったし。」
「本当に義理なの?」
「義理だよ。」
代表で聞いてきたアリサに、はっきりきっぱり言い切る優喜。本気で義理だったエリカたちはともかく、紫苑が聞けば泣きそうな話である。
「他にくれる人がいなかったって、本当なの?」
「と言うか僕の場合、それしか義理もらえないような連中から、むしろお前も配れとか言われる側だったし。それに、わざとやってたとはいえ、クラスでも学校でも浮いてたし。」
その返事に、妙に納得する一同。何か嫌な事でも思いだしたか、よく見ると優喜の表情が微妙にダークになっている。
「優喜君、なんかすごく嫌そうな顔してるけど、どうしたの?」
「大したことじゃない。単におかしな趣味の男からラブレター渡されたり、彼女いるはずの男と三角関係にされかけたり、いろいろアレな事を思い出しただけ。」
優喜の台詞に、全力で引くなのは達。その表情は明らかに、聞くんじゃなかったと語っている。多分、学校で浮いていたというのも、半分はそこが原因なのだろう。
「とりあえず、さっさとご飯食べよう。」
「あ、そうだね。」
優喜のあまりにアレな告白に、バレンタインと言う雰囲気が完全に消えさる一同であった。
「そういえば、今日はすずかの家に行く日だっけ?」
「あ、そうだね。」
放課後。さて帰るか、と言う段になって、優喜がそんな事を言いだす。
「ちょうどいいじゃない。すずか、家で渡したら?」
「うん、そうする。」
「……何の事かは、あえて聞かない事にするよ。」
「いい判断ね。」
二月十四日に女の子が男の子に渡すものなど、普通一つしかない。分からなければ鈍感極まりなく、分かっていて聞くのは嫌みにすぎる。しかも、すでに半日たって、今日が何の日か忘れていた、などと言う言い訳が通じない時間になっているのだ。
「まあ、そういうわけだから、僕は直接すずかの家に行くよ。」
「じゃあ、私たちはお仕事してくるね。」
「あ、ちょっと。渡さなくていいの?」
「ここじゃちょっと、ね……。」
さすがにこちらの会話に聞き耳を立てている人間はいないが、結構な人通りがある。もっとも、なのはもフェイトもこの事態を予想していたので、最初からチョコを持ってきていなかったりする。
「それじゃあ、またあとで。」
「なのは、フェイト、あんまり無理しないように。」
「うん。」
「行ってきます。」
軽く挨拶して、そのまま仕事に行く。この日の仕事が、アイドルになってから経験したことのないハードさになるとは、この時点では思っても居なかった。
「ディバインシューター!」
「ホーミングランサー!」
例によって、収録現場にたどり着くまでに普通に犯罪者に遭遇。丁度相手が人質をとって、雑居ビルに立てこもろうとしたその瞬間に立ち会う羽目に。時間がないのでさっくり許可を取って、二人いた人質と入れ替わった後にデバイスも起動せずにさっさと仕留める。
『なのはちゃん、フェイトちゃん! 停電の影響で研究所から魔法生物が逃走! プロデューサーさんから許可を取ったから、すぐに捕縛に向かって!』
「「了解!!」
先輩からの指示で、名状しがたいコミカルな魔法生物の大群を、シールドとバインドで制圧してケージに捕縛。一時間ほどかけて取りこぼした相手を全部確保すると、研究所につれて帰る。
『なのはちゃん! フェイトちゃん! ヘルプお願いできるか!?』
「はやてちゃん?」
『今、大規模な魔法テロがあって、天候がえらい事なってんねん! 私一人やと災害を抑えるので精一杯や!』
「分かった! すぐ行くから、場所を教えて、はやて!」
『そっちに座標送ったで!』
「了解! すぐつくと思うから、もうちょっとだけ踏みとどまって!」
親友のSOSを受けて、大急ぎで現場に飛ぶ。
「うわあ……。」
現場は、異様な空間になっていた。台風もかくやという強風に豪雨。後三十分も続けば、崖崩れあたりの大規模災害が起こりかねない。
「これはまず、儀式してる連中をどうにかしないと、被害が広がる一方だ。」
「だね。……あそこかな?」
「向こうにも反応。」
「二手に分かれよう。」
見つけた反応を手早く制圧し、儀式を潰す。全部で四つのグループに分かれていたが、護衛の戦闘魔導師はなのは達の基準では大したことなく、むしろ強風の中での移動に時間を食われる。
「はやて! 犯人グループは確保した!」
「儀式潰すの手伝って! 私の詠唱速度やと被害が大きなりすぎる!」
「「了解!!」」
なのはとフェイトが、気功によって鍛え抜かれた馬鹿魔力と大魔力には珍しい高速詠唱で、一気に儀式を進める。二人の愛機も、ユニゾンシステム対応のためのデュアルコア、という特性を生かした高速演算で儀式を助ける。
「なんか、私の存在意義が微妙になってくる光景やなあ……。」
「はやてちゃんは、まだ本領を発揮できる状態じゃないから、しょうがないよ。」
「はやても、気功は練習してるんだよね?」
「うん。一年で魔力量が三倍近く増えたわ。」
なのは達にも覚えのある話をされて、思わず苦笑する。
「だったら、夜天の書が直ってリィンフォースさんが復帰すれば、私達よりできることは増えるはずだよ。」
「とりあえず、今は被災者の救助だね。」
「せやな。悪いけど、もうちょい付き合ってくれへん?」
「「もちろん。」」
この救助活動は、むしろテロの制圧よりはるかに難航することになる。あまりに帰りが遅い二人を心配して、わざわざ夕食を持って様子を見に来た優喜を巻き込んで、日付が変わるまで救助活動は続けられた。
「……日付、変わっちゃったね。」
「だね……。」
ようやく最後の一人を避難所に連れて行き、さあ帰るか、と時計を見て、呆然とつぶやく二人。
「どうしたん?」
「はやて……、バレンタインが……。」
「え? ……ああ、そういうことか。」
フェイトの言葉に、状況を察するはやて。
「まだ、今やったら遅刻はほんの少しやで。」
「……でも。」
「まさか、チョコ持ってきてへんとか?」
「……持ってきてるよ。帰ったらすぐ渡せるように。」
「せやったら……。」
と言いかけて、フェイトの繊細さを思い出して黙り込む。
「フェイトちゃん、一緒に渡そ。」
「なのは?」
「せっかく優喜君がここにいるんだし。」
「……。」
なのはの呼びかけに、非常に深刻に悩んでみせるフェイト。正直、竜岡優喜という男が、たかが数分程度の遅刻でどうこう言うとは思えないのだが、こういう面はメンバーで一番ロマンチストのフェイトには、非常に思いっきりが必要な行為のようだ。
「まだ帰らないの?」
「ちょっと、乙女の内緒話があってな。」
「……向こうにいた方がいい?」
「いんや。ある意味丁度ええわ。」
人を食ったような笑みを浮かべると、デバイスから何かを取り出す。
「少し遅刻やけど、バレンタインの義理チョコや。」
はやてが渡したのは、義理という言葉のとおり、シンプルに溶かして固めただけ、という感じのチョコだ。ただ、さすがに恩人に渡すためか、ラッピングは義理っぽい手抜きのものではあっても、チョコの中には砕いたアーモンドが入っており、普通の義理よりはグレードが高いことは伺える。
「ん。ありがとう。」
「ほら、なのはちゃんもフェイトちゃんも。」
二人の後ろに回って、優喜の前まで背中を押す。
「あ、あの、優喜……。」
「遅くなっちゃったけど、チョコレート、もらってくれる、かな?」
「あ、うん。ありがとう。」
なのはとフェイトから、すずかからもらったのと大差ないぐらいに凝ったラッピングのチョコを受け取る。
「フェイトちゃんは予想し取ったけど、なのはちゃんも本命か。」
「え? ち、違うよ!? 義理じゃないけど本命でもないの!」
「それは、多分フェイトちゃんに失礼やと思うで。」
「大丈夫だよ、はやて。なのはの義理がそれだって言うのは、ちゃんと昨日聞いてるから。」
「……そういえば、皆で一緒に作っとったんやっけ?」
フェイトの言葉に納得するはやて。更に、学校で渡せない理由も。
「とりあえず、去年のリベンジは成功、言うことでいいんかな?」
「……駄目。」
「あ、やっぱり?」
「来年こそは、ちゃんとバレンタインデーのうちにチョコを渡して見せる。」
なんとなく、方向性がずれているフェイトの決意で、バレンタインデーは幕を閉じたのであった。
後書き
時節ネタをやりたくなって、書きあがって推敲中のものをほっぽり出して仕上げてみたり
また思いつきでやるかもですが、間が悪くても生温い目で見守ってくださいな