「なのは!!」
高町なのはは、のっけからピンチだった。池の真ん中にドドンと鎮座している巨大なガマガエル。そいつに砲撃を明後日の方向に反射された挙句に、伸ばした舌で絡めとられているのだ。
「また特殊能力持ち、か。」
周りの人間に頼み込まれてとりあえず傍観している優喜が、今までの流れを思い返してポツリとつぶやく。さりげなく糸が魔力拡散能力を持っていた蜘蛛、表皮がやたらと弾力があって、半端な打撃や斬撃が効かなかったゴキブリ。ほかにも編入試験の晩のムカデ、昨日のトカゲと、それぞれに妙な特殊能力を持っていた。
なんというか、特撮か何かの怪獣のようなラインナップと性能である。優喜が撃墜されるきっかけになったカラスぐらいまで、これといって妙な能力を持ち合わせていなかったらしいのが不思議で仕方がない。
「なのはを離せ!!」
優喜が割りとのんきなことを考えている間に、フェイトが血相を変えて突撃をかける。これだけの時間、なのはが食われていない理由は単純。ひとえに馬鹿力ならぬ馬鹿魔力を生かした圧倒的な出力で、引っ張り込まれないように必死に抵抗しているのだ。
「フェイトちゃん!」
救助されたなのはが、実に嬉しそうにフェイトを呼ぶ。そこに油断があった。舌を切り落としたため、すぐに攻撃が来るとは思わなかったらしい。なのはの無事を確認しようとしたフェイトが、実にあっさり食われた。ひょいパク、という擬音がふさわしいぐらいの勢いである。
「あ。」
「「「フェイト(ちゃん)!!!」」」
さすがに、これは手を出さんとまずいか、と、カエルの後ろ側に回る優喜。位置を取りながら周りの人間に指示を飛ばす。
「フェイトをはじき出すから、アルフはカエルの口を開いて固定! ユーノは出てきたフェイトを回収してバリア! なのはは退避を確認したら、口の中に限界まで太さを絞り込んだ全力のディバインバスター!」
優喜の指示に我に返った一同が、タイミングを計ってそれぞれの行動を起こす。人型に変身したアルフがカエルの口を使い魔特有の怪力でこじ開け、ユーノと協力してバインドで固定する。それを見た優喜が、カエルの尻からフェイトのいる辺りに、弾き飛ばすように衝撃を叩き込む。
「フェイトを回収した! なのは、思いっきりやって!!」
優喜の指示を遅滞なくこなし、安全圏でバリアを張ってなのはに合図を飛ばすユーノ。結構な勢いで吐き出されて地面にたたきつけられたフェイトは、あまり触りたくない種類の粘液まみれではあるが、バリアジャケットのおかげで物理的な被害はゼロだ。
「うん! これが私の全力全開!!」
なのはの相棒・レイジングハートの先端に、魔力感知が出来る人間ならぞっとするほどのエネルギーが収束する。少しでも絞り込みが甘いと乱反射するので、本気で限界いっぱい絞っている。その貫通力と来たら、砲撃ではなくすでに槍の域である。その一撃はカエルの体を完全に貫通し、池にいた鮒だのブルーギルだのまで魔力ダメージで大量にノックアウトする。もっとも、その前にも流れ弾で結構な数、池の生き物を気絶させているわけだが。
「フェイトちゃん、大丈夫!?」
「私のことより、早く封印を……。」
「あ、うん!」
レイジングハートを向けて、ジュエルシードの封印作業を開始するなのは。カエルに食われるという、乙女としては経験したくない状況のダメージから、ようやく立ち直るフェイト。まったく、自分といいなのはといい、失態続きだ、と内心忸怩たるものを覚えるしかない。
「まあ、トカゲのときみたいにタイミングミスって同士討ちにならなかった分、マシじゃない?」
トカゲとの勝負はひどかった。フェイトに対するフォローで撃ち落したしっぽが、よもや地面から遠隔操作で飛びあがってフェイトを弾き飛ばすなんて、まったく予想も出来なかった。フェイトはフェイトで、一撃入れた後の離脱方向を間違えてなのはに全速力での体当たりを叩き込むし、挙句の果てに焦ったなのははフェイトをディバインバスターで撃墜するし、と、なかなかに壮絶なミスをやらかしたのだ。
まあ、結局優喜が相手の動きを封じ込め、なのはがディバインバスターで止めを刺して事なきを得たのだが、協力体制初回の見事なコンビネーションが嘘のような、コントと評してもいいようなグダグダ振りだった。
「うう、いわないで……。」
「てか、この役割分担って、ある意味しょうがないとはいえ、フェイトがすごく割を食うよね。」
「なのははもっとちゃんと相手を見て撃つべきだ!」
落ち込み気味のなのはに追い討ちをかけるユーノとアルフ。
「そういえば、さっきのカエル見てて思ったんだけど。」
「……なに?」
「いや、評論とかそういうことじゃなくて、非常にしょうもない思い付き。」
しょうもない思いつき、という単語に顔を見合わせる一同。なんか、ろくでもないことを言い出しそうで怖い。
「いやね、ディバインバスターをこう、かくんと曲げられたら、不意がうてそうだな、と。」
『それはすばらしい発想です。』
優喜の危険な発言に、真っ先に反応したのはなんと、レイジングハートだった。
『マスター、出来るだけ負荷を減らすよう協力するので、ぜひ実現しましょう。出来れば弾幕もかくんと!』
「れ、レイジングハート?」
レイジングハートの危険な熱意におされ気味ななのは。そして、そのレイジングハートの熱意に触発されたもう一機のデバイスが。
『向こうに負けてはいられません。我々も新しいギミックを仕込みましょう。』
「あの、バルディッシュ?」
『向こうが砲撃を曲げてくるのなら、こちらは砲撃を途中で炸裂させるというのはどうでしょうか?』
『ふむ。バルディッシュ、面白い提案です。ですが、あなたの主の特性なら、フォトンランサーやアークセイバーを分裂させたほうが使いやすいのでは?』
『いい着眼点だ、レイジングハート。』
なんか、お互いの主を無視して意気投合した挙句、物騒な意見交換を続けるデバイスたち。具体的なバリエーションまで話し始めるにいたり、いい加減引き剥がすべきだと判断するにいたる主たち。
「レイジングハート、変なバリエーションよりまずは基本訓練から、だよ?」
「バルディッシュ、今でも使いこなせてないんだから、これ以上妙な機能を増やしても混乱するだけ。」
主二人の反対により、この場はおとなしくなったデバイスたちだが、無論あきらめたわけではない。高性能すぎる彼らは、こっそりギミックを仕込むことにためらいなど持たないのだが、それが発覚するのはしばらくしてからである。
「優喜が余計なことを言うから、なんかおかしな話になったじゃないか。」
「いや、まさかレイジングハートが食いつくとは思わなかったんだよ。」
「というか、なのはのあのデバイス、かなり発言が物騒だよ。」
ユーノと優喜の会話に、アルフが突っ込みともボヤキとも取れる発言をはさむ。
「とりあえず、今日はもう遅いから、引き上げようよ。」
グダグダになってきた会話を打ち切るように、ユーノが提案する。もう解散ムードだったこともあり、この申し出はすんなり受け入れられる。翌日にサッカーの試合を控え、彼らの波乱に満ちたジュエルシード争奪戦は、それなりに順調(?)に進んでいるのであった。
プレシア・テスタロッサは苛立っていた。事の発端は四日前の定時連絡。まだたった二つしか集めていない無能な人形が、こともあろうにも、自分の得意料理は何か、と聞いてきたのだ。いつもなら一喝すれば引き下がる、いやそもそもそんな疑問などついぞ覚えたことのない人形が、何度回答を拒絶しても食い下がってきたのだ。
それもいつものようにただおびえ萎縮した表情ではない。おびえた表情、というのは変わらないが、その中に好奇心と期待という、今まで自分に見せたことのない感情をにじませていたのだ。それがまた癇に障る。
あまりにしつこいので根負けして、得意ではないが一番よく作っていた料理はポトフだと教えたら、愛娘そっくりの嬉しそうな笑顔を見せたのだ。あの時は殺意で気が狂いそうになった。
「まったく、いったいなんだっていうの……。」
あの後も定時連絡のたびに他愛もない質問をぶつけてきて、そのたびに答えるまで粘るのだ。そんな暇があったら一つでも多く、ジュエルシードを集めてくればいいのに、本当に気が利かない人形だ。
昨日などは、この大魔導師と呼ばれたプレシアに、シュークリームは好きか、などと聞いてきた。そう、シュークリームだ。かつての自分なら、普通に好きと答えただろう。だが、今は食べ物なぞどうでもいい。欲しいのはシュークリームではない。あくまでも欲しいのはジュエルシードだ。
なのに、なのにである。あの出来損ないは、こともあろうに今日、シュークリームをわざわざ転送魔法で送りつけてきたのだ。いったい何を考えているのだろうか。確かに、シュークリームはうまかった。いろいろぐらつくほどにうまかった。だが、そんなことで無能を帳消しになどできはしない。
「本当に、腹が立つわね。」
あんな風に笑っていいのは、アリシアだけだ。出来そこないの劣化コピーごときが、アリシアの真似をしてアリシアのように笑うなど、反吐が出る。
「協力者、とやらのせいね。」
そう、フェイトが変わったのは、ジュエルシード集めに協力者ができた、と言ってきてからだ。どうせ、あの人形に余計な事を吹き込んだ奴がいるのだろう。とはいえ、利用できるものは利用すべきだし、誰が持っているか、というのさえはっきりしていれば、あの出来そこないが失敗しても、自力で奪い取ればいい。多分言いくるめられての事だろうが、いちいち奪い合いをする愚を考えれば、その判断自体は認めてもいい。
プレシア・テスタロッサは気が付いていなかった。自分の中で何かが変わり始めていたことに。
「優喜君! 今日はジャージはダメ!」
「何故に?」
いつものように運動用から外出用のジャージに着替えて降りて行くと、なのはに速攻でダメ出しをされる。ちなみに優喜のジャージは、何気に寝巻用、外出用、運動用に分けられていたりする。
「お友達に優喜君を紹介する約束なんだから、今日はちゃんとした格好するの!」
「いや、二回目以降がジャージになるんだったら、今回からジャージでもあんまり変わらないかと思うんだけど。」
なのはのこだわりが理解できず、真顔で聞き返してしまう優喜。ぶっちゃけ、ジャージ以外の手持ちの服なぞ、カッターシャツ三枚とジーパン二本しかない。全部、袖を通していないどころか、タグも外していない。
正直、優喜は男物があまり似合わない自分を自覚している。かつて体が高校生だった頃、訳あって琴月氏の服を借りて正装したら、近所の宝塚マニアのおばちゃん数人に囲まれ、えらい目を見た記憶がある。れっきとした男なのに、男物は何を着ても男装の麗人にしか見えないのだ。かといって、イベントで女装するとかならまだしも、普段から女物を着るのは死んでもいやだ。
結局、金をかけて着飾ってもロクなことにならないため、消去法でジャージやユニセックスタイプの服に落ち着くわけだが、これが向こうの世界でもこちらの世界でも、身内からは超絶に不評なのだ。
「とりあえず、優。いつもジャージってのはすごくもったいないしさ。たまにはちゃんとお洒落しようよ。」
「美由希さんが手に持ってるのが、フリルいっぱいのお姫様趣味な洋服じゃなかったら、ちょっとは考えたんだけどね。」
「おねーちゃん! いくらなんでも、それは失礼です!!」
「でもさ、なのは。見てみたくない?」
「うっ……、それは……。」
なのはと美由希のやり取りに、ダメだこいつら早く何とかしないと、と、真剣に考えてしまう優喜。ちなみに、美由希におされぎみだったなのはが出した答えは
「なんか、それを優喜君が着ると、私のなけなしの女の子としてのプライドがピンチな気が……。」
「あ~、それは考えなかったわ。」
本当に早く何とかした方がいいかもしれない、そんな高町姉妹。そのやり取りを聞いていた桃子が、妙にうれしそうに近寄ってきて
「じゃあ、これなんかどうかしら?」
と、いつ用意していたのか、不吉なブランドロゴの入った紙袋を取りだしてくる。絶対ロクでもないものに決まっている、と身構えている優喜の前に出てきたのは、黒一色のゴシックファッション。要するに、ゴスロリの男ものだ(正確にはちょっと違うが、ここでは説明を省く)。
「「うっ……、いいかも……。」」
「ちょっと待てい! たとえ男物でも、それ着て外歩くのは、いくらなんでも痛い人すぎる!!」
体にフィットするデザインラインの、レースをたっぷりと使った黒い服。確かに優喜の容姿ならすごく似合うだろう。だが、それ以上にいろんな意味で妖しいオーラ全開になりすぎる。
「着てくれないの?」
「いくら桃子さんの頼みでも、これ着て外に出るのは却下!!」
「え~? せっかく吟味に吟味を重ねて、これだ! って逸品を見つくろってきたのに~。」
「もっと他にやることあるでしょう一流パティシエ!!」
(だめだこの親子、早く何とかしないと……。)
まだ朝一番だというのに、全身に疲労がたまる優喜。肉体的にはピンピンしているのに、この体の重さはなんだろう。
「とりあえず、ジャージは却下だから、あきらめてどれか一着選びなさい。」
結局揉めに揉めた優喜の服装は、新品のカッターシャツとジーパンという、無難すぎて面白味も何もないところに落ち着いたのであった。
「なんや、今日は優喜君、ジャージやあらへんの?」
八神家玄関。迎えに来たなのはと優喜(頭上にユーノ搭載)を見ての、はやての第一声がそれであった。
「なのはに却下された。」
「あたりまえだよ、優喜君……。」
「なんか、優喜君がジャージにこだわる理由も、今の格好見たらなんとなくはわかるんやけどな。」
優喜の姿をじっくり観察して、はやてが苦笑しながら言う。まだ小学生だというのに、優喜のカッターシャツ姿は、見事にヅカ系美少女のそれなのだ。まあ、ジャージだったらスポーツ少女になるだけなのだが、ヅカ系とスポーツ少女だったら、まだ優喜的にはスポーツ少女の方がましなのだろう。
「史上初の男の宝塚歌劇団トップとか、普通に狙えそうやね。」
「狙いたくない、狙いたくない。」
とまあ、グダグダな会話を続けながら、試合のグラウンドに向かう三人。ユーノははやての違和感があるという発言により、いつものようになのはの肩に移動していたりする。
(ん~、今日は特に監視は無し、か。)
一応、無人のシステムで遠巻きに見ている気配はあるが、隠す気のない無遠慮な視線については、今日は感じない。毎日はやての相手をしていて分かったのは、毎日直接監視をしているわけではないらしい、という一点。
「それで、サッカーの試合って言うとったけど、ジュニアの試合やんな。どこのチーム?」
「私のお父さんが監督をやってる翠屋FCと、隣町のえっと、なんだったかな?」
「いや、僕に振られても。」
「と、とにかく、隣町のチームとの対戦なの。」
この一件で、なのはが、大してサッカーにも自分の親のチームにも興味がないことが発覚する。まあ、言い出せば、優喜だって、別段サッカーに興味があるわけではないが。
「私もスポーツには詳しくないから、ジュニアのチームのレベルとかよう分からへんけど、翠屋さんのチームって強いん?」
「僕たちに聞くだけ無駄だと思うよ。」
「あ~、せやな。優喜君は海鳴に来て日が浅いから知ってるわけないし、なのはちゃん明らかにあんまり興味なさそうやし。」
(なのは、さすがにいろいろ薄情じゃないかな?)
(うう、言わないで、ユーノ君……。)
念話でユーノにまでつつかれて、立場がどんどんなくなっていくなのは。
「というかぶっちゃけた話、なのはの運動神経じゃ、試合結果以外で強い弱いを判断できないと思うよ。」
「うっ……。優喜君から厳しい一撃が飛んできました。」
「まあまあ。そこら辺は私も一緒やし、あんまりなのはちゃんをいじめんといたげて。」
「だね。僕も、サッカー自体に詳しくないから、個々の運動神経はともかく、チーム全体とかどうだって言われても分からないと思うし。」
結局、なんだかんだでこの場の全員、大してサッカーの試合そのものには興味がないことが発覚する。
「なんか、今ので不思議になってんけど、なのはちゃん、何で大して興味もないサッカーの試合、応援に行く気になったん?」
「同じクラスの子がレギュラーなの。」
「その子とは仲ええん?」
「それなりに、かな?」
なのはの返事に、はやての目に怪しい光が走る。
「その子、なのはちゃんの好きな子?」
その質問に、ユーノが(見た目はフェレットなのに)好奇心とも危機感ともつかない表情を浮かべ、なのはの返事を待つ。
「はやて、先に突っ込んでおいていい?」
はやてのガールズトークともオヤジトークともつかない流れの質問に、優喜が割り込む。
「なんやのん、優喜君。」
「なのはとかフェイトに、好きの種類の区別がつくと思う?」
「いやいや、甘いで優喜君。女の子は、うちらぐらいの年になったら、結構異性を意識するもんや。」
その言い分が分からないでもない優喜は、苦笑しながら突っ込みを再開する。
「だったら逆の話、そもそも僕を誘うとかあり得ないから。」
「え~? なんでなん?」
「現状のなのはの性格で、相手の気を引くために別の男を誘うとか、そんな駆け引きができると思う? むしろ、意中の相手と関係ない男との仲を勘繰られる方を嫌がるはずだよ。」
「あ~、なるほど。」
なのはの精神年齢は、小学三年生のレベルではない程度には高い。ただ、駆け引きをするしない、というのは精神年齢の高さや頭の良し悪しよりも、性格的な要素の方が強い。座右の銘が全力全開、すべての事を正面から解決しようとするまっすぐな性格の熱血系主人公の彼女が、惚れた男を落とすためにそんな駆け引きは絶対しない。
「というか、そういう駆け引きに使うには、優喜君は向いてないと思うで?」
「うん、自分で言っててそう思った。」
「でも、違う意味で、優喜君を誘うのはあり得へん、言うのは分かったわ。」
「む~、なんだかすごく馬鹿にされてるような気がするの。」
当人の目の前で、言いたい放題、年に似合わぬ会話を続ける二人に、なのはが割り込んで睨みつける。
「いやいや。というかそもそも、僕たちにはそういう話は絶対早すぎるから。」
「と、優喜君はいっとるけど、ほんまのところはどうなん?」
「普通にお友達だよ?」
「あ~、これは優喜君が正しいか……。」
将来、恋心的な意味での撃墜王になりそうななのはを見て、思わず苦笑するはやて。
(まあ、確かになのはにはまだ早いよね。)
(ユーノ君までひどい……。)
念話を使ってユーノにまで言われて、本気で落ち込む気配を見せるなのは。
「とりあえずユーノも安心したようだし、この話はここで終わりにしようか。」
優喜の言葉に、安心って何? とすねた顔でつぶやくなのはだった。
「「あー!!」」
グラウンドの応援席で先に待っていたアリサとすずかは、なのはが連れてきた人物を見て、思わず声を上げた。
「なんだか、世間ってのは狭いなあ。」
「あれ? アリサちゃんとすずかちゃん、優喜君と知り合い?」
「知り合いって言うほどでもないよ。なのはに拾われる前に、ちょっと縁があっただけ。」
驚きのあまりフリーズしてる二人をよそに、のんきに世間話のようなことを続ける優喜となのは。
「この子ら、なのはちゃんの言うとったお友達?」
「うん。金髪の子がアリサちゃん、黒髪の子がすずかちゃん。」
「へ~。二人ともなんかええとこのお嬢様みたいな感じやし、誘拐されかかったところを優喜君に助けてもらった、とかやったりして。」
「「なんで分かったの!?」」
「当たりかい!!」
どこから突っ込んでいいか分からない流れに、はやてらしくもなくストレートな突っ込みを入れてしまう。
(ねえ、なのは……。)
(なに? ユーノ君。)
(優喜って、どこまでトラブルに首を突っ込めば気が済むんだろうね……。)
(あ、あははははは。)
ユーノの何か悟ったような言葉に、念話なのに乾いた笑い声をあげてしまうなのは。巨大なカラスに喧嘩を売っていたり、自分の後をつけて大蜘蛛を始末したり、果てはフェイトを同じ要領で救助していたりと、たかが数日なのにこの密度はいったい何なのだろう。
「まあ、とりあえず、僕たちも自己紹介しようよ、はやて。」
「あ、そやね。」
なのはとユーノが、実に失礼なことを考えていると看破しつつ、混沌とし始めた状況をまとめに入る優喜。
「その様子だと、なのはから少しぐらいは話を聞いてそうだけど、僕は竜岡優喜。前にも言ったとおり、こんななりでもちゃんと男だから。苗字でも名前でも、好きに呼んでくれていいよ。」
「私は八神はやて言います。優喜君に図書館で本を取ってもらった縁で、なのはちゃんを紹介してもらいました。はやてって呼んでくれると嬉しいです。」
「なのはちゃんのクラスメイトで、月村すずかです。すずかでいいよ。」
「アリサ・バニングスよ。私も変なあだ名でない限り、好きに呼んでくれて構わないわ。」
これで、ざっと自己紹介が終わる一同。
「そういえば、はやてちゃんはたまに図書館で会うよね。」
「そやね。話したことはなかったけど、すずかちゃんは結構図書館にきとったよね。」
「同い年ぐらいの子って珍しかったから、友達になりたかったんだ。」
「私もや。でも、図書館やなくてサッカーの試合の応援で友達になるって、縁言うんは不思議やわ。」
読書という共通の趣味があるだけに、打ち解けるのは早い二人。その二人を嬉しそうに眺めるなのはとアリサ。二人の会話が落ち着いたところで、アリサとすずかが気になっていたことを優喜に切りだす。
「それで優喜。あなた、あの後大丈夫だったの?」
「捕まって、痛いこととかされなかった?」
「されてたら、この場にはいないと思う。」
二人の心配がにじむ言葉に、優喜が至極もっともな返事を返す。
「あの後、何かおかしなこととかは?」
「変な人影がうろうろしてるとか……。」
「大丈夫。あの連中はプロだから、余計なことをして尻尾を捕まれるようなことはしないだろうし、何か考えたとして、士郎さんと恭也さんを出し抜けるわけがない。」
優喜の説得力のある言葉に、今度こそ二人とも胸を撫で下ろす。その様子を見守っていたはやてが、話が終わったらしいと判断して声をかける。
「しかし、この場のみんな、なんかの形で優喜君と関わってるんやね。」
「そういえばそうね。」
「これで、フェイトちゃんがこの場に来たら、優喜君がたらしこんだ女の子のコミュニティとしては完璧やね。」
「フェイト?」
知らない名が出てきたのを、怪訝な顔をしながら聞き返すアリサ。
「優喜君となのはちゃんが、探し物手伝ってるんよ。綺麗な女の子やで。」
「優喜、あんた男は助けないの?」
「ん? ちょっとした手助けなら、男の人にも結構してるよ?」
「してるんだ……。」
ちなみにちょっとした手助けというのは、バスに乗るのに苦労しているお年寄りを担いで乗せてあげたり、ランニングの途中で足をひねった運動部員の応急処置をしたりといった、余計なお世話といわれてもしょうがないような事柄ばかりである。
「そんな、アリサとすずかを助けたときみたいな大事が、そうそうあっちこっちに転がってるわけがないでしょ?」
「それもそやね。」
優喜の、恐ろしく妥当というか常識的な意見に、苦笑しながら同意するはやて。
「確かにそうなんだけど、どうにもアンタって大掛かりなトラブルを吸引しそうな印象があるのよね。」
「後、目の前で誰かが困ってたら、それが国家規模のトラブルでも首を突っ込みそうなイメージ。」
なのに、アリサとすずかは、優喜の言い分に対して、これっぽっちも納得していないらしい。人をトラブルメイカーかなにかのように言い始める。
「あのさ、僕は自分の出来る範囲を超えた事に、自分から手を出したことはないよ?」
「自分から、って言ってる時点で、巻き込まれたことはあるって言ってるようなものよ。」
優喜の弁明をあっさり切り捨てるアリサ。
「とりあえず突っ込んでええ?」
「なに?」
「普通、私らみたいな小学生にとっては、大概のトラブルは手に余るもんやと思うんやけど。」
「それを言い出したらそもそも、普通の小学生が、訓練を受けた大の大人を十人以上、素手でノックアウトできるわけがないでしょ。」
はやての突っ込みを、渋い顔で切り捨てるアリサ。どう転んでも普通の小学生でないとしか判断できない以上、普通を前提にした会話や議論は意味がない。
(ねえ、なのは。)
(言いたいことは想像がつくけど、何?)
(なんかあの一角、小学生の会話じゃないよね。)
(うん。私もそろそろ、ついていけなくなってきたの。)
話の内容が難しいから、ではない。そういう話を平気で進める友人たちの精神年齢に、ついていけなくなってきているのだ。大人びた会話が少なくなかったとはいえ、先月ぐらいまでは普通の小学生だったのが、今や懐かしく感じる始末だ。
「それと、普通優喜君の年で、そんな大きいトラブルに何回も当たるって、すごい確率やと思うんやけど。」
「まあ、そこはいろいろ事情が、ね。」
「……まあ、その事情とやらは、聞かないことにしておいてあげるわ。」
「あの、私もちょっと気になったんだけど、いいかな?」
「何?」
アリサ達からのつるしあげが終わったあたりで、すずかが優喜に質問を飛ばす。
「確か、なのはちゃんの家に優喜君がお世話になるきっかけって、優喜君が倒れてたのをなのはちゃんが見つけたから、だったよね?」
「うん。」
「そうだけど?」
「タイミングから言うと、私たちと逃げた後の事だと思うんだけど、どうして倒れてたの?」
すずかの質問に、少し気まずげな空気がなのはとユーノの間に流れる。が、優喜じゃあるまいし、なのははともかくユーノが気まずそうにしていることに気がつく人間は、この場にはいない。
「まあ、単純な話、一日以上何も食べてなかったのに激しい運動をしたから、お腹が減って倒れただけ。」
「ちょっと、何も食べてなかったんだったら、あの時言いなさいよ! って、さすがにあの状況じゃ無理か……。」
「逃げるのに精いっぱいだったし、途中で追いつかれちゃったしね。」
一見間抜けで、その実結構深刻な理由だった事を聞き、怒ればいいのか申し訳なく思えばいいのか、判断に困るアリサとすずか。二人の様子に苦笑するしかない優喜。
「まあ、話したいこと聞きたいことはいっぱいあるだろうけど、そろそろアップも終わって試合が始まるみたいだし、ちゃんと応援しよう。」
優喜の指摘に合わせグラウンドを見ると、そろそろ両チームが中央に集まり始めていた。気になることはいっぱいあるが、それは後の打ち上げの時に、翠屋で聞けばいい。気分を切り替えて、みんなで全力で応援を始めるのであった。
「なのはちゃんらのクラスメイト、すごくうまいんやね。」
「そりゃそうでしょ。好きな子が見に来る試合で、無様は晒せないわよ。」
試合が終わっての打ち上げ。翠屋のオープンテラスの一番大きなテーブルを占拠して、出てきたご飯をつつきながらサッカーの試合を肴に盛り上がる。ゴールキーパーの彼の活躍もあり、翠屋FCは無失点での大勝利を収めている。ゴールキーパーが活躍するということは結構シュートを打たれている、ということでもあるが、そこはまあご愛嬌だ。
「へ~、あのキーパーの子、好きな子がいるんだ。」
近頃の小三は進んでるなあ、何ぞと、自分の外見の事を忘れて、ずれた感想をこぼす優喜。
「まあ、うちのクラスでカップルなのは、あそこの二人だけね。後は男子がてんで子供で、惚れたはれたの話は全然よ。」
視線を移すと、なのは達のクラスメイトのゴールキーパーと、このテーブルのメンバーほどではないが可愛らしい容姿の女の子が、何やら親密な雰囲気で話をしていた。やはり事前の予想通り、なのはがらみの惚れたはれたではなかったらしい。
もっとも、優喜の興味は、彼が誰とカップルかより、なんだか物騒なものが彼のポケットに入っている気配がすることの方だし、どうやらなのはも気が付いているらしく、微妙に意識がそっちに移っている。
「ん~、予想しとったとはいえ、ちょっとつまらんなあ。」
「なにがよ、はやて。」
「いやな、サッカーにあんまり興味なさそうななのはちゃんが、クラスメイトが出てるから応援行くって言うとったから、その子の事好きなんかなって、ちょっと期待しててん。」
「あ~、なのはにそれを期待しても無駄よ。他の事はともかく、そういう方面は下手すると年齢よりも子供だもの。」
「なんだか、実に私にとって不名誉なことを言ってるよね? よね?」
「事実じゃないの。」
などと姦しく盛り上がっている三人を、一歩引いたところで苦笑気味に見ている優喜。こういう話題で女の子の間に割り込むと、百パーセントオーバーの確率で碌な目にあわないことは、すでに学習済みである。
「でも、アリサちゃんも別段そういう人はいないんだから、なのはちゃんの事は言えないと思うんだけど。」
「あのね、すずか。うちのクラスに、私が好きになるような出来た男の子がいると思うの?」
「アリサちゃんのその発言も、それはそれで子供っぽいとは思うけど……。」
アリサとすずかの会話を聞いて、そういう面でいちばん大人なのはすずかかもなあ、と判断しつつ、スープを音をたてないようにすする優喜。サンドイッチを一つユーノに渡しながら、今日紹介された二人の人柄を、じっくりと観察することにする。
「さっきから黙ってるけど、優喜はどうなのよ?」
「ん?」
「好きな子とかはいるの?」
「いなきゃ駄目?」
なんか、中学生ぐらいの会話だよなあ、とか思いながら、あまり気のない返事を返す優喜。
「ダメとは言わないけど、なんか優喜って、同い年とは思えないのよね。だから、そういう人が一人ぐらいはいるんじゃないかな、って。」
アリサの同い年とは思えないという言葉に、思わずぎくりとするなのはとユーノ。そんな様子を見て苦笑するしかない優喜。
「いると思う?」
「あ~、ごめん、はっきり理解したわ。」
もはや、小学三年生という設定を忘れた方がよさそうなやり取りで、優喜への追及がおさまる。さらにアリサの追及が周囲に及ぼうかというとき、商店街の方から桃子が誰かを連れてやってくる。アリサのそれより鮮やかな金糸。どこからどう見ても、フェイト・テスタロッサその人だ。
「あれ? フェイト?」
「どうしたの、フェイトちゃん?」
「桃子さんに捕まった……。」
スーパーみくにやの袋を持っているところからすると、どうやらお昼御飯を調達して、帰る途中だったらしい。背後に浮かんでいる、彼女を幼稚園児にしたような半透明の少女が、優喜達にむかって会釈する。他の人間に気がつかれないように挨拶を返し、フェイト達の会話に意識を戻す。
「今日はなかなか食べに来ないから、どうしたのかなって思ったら、駅の方に行っちゃうんだもの。」
「今日は予約でいっぱいって……。」
「ああ、サッカーの試合の打ち上げで貸し切ってるだけだし、なのは達もいるんだから、遠慮しなくてよかったのに。」
優喜たちが戻ってくる直前に、店の張り紙を見たのだろう。美味しいご飯の誘惑に負けたのか、顔を出さなければかえって面倒になるからか、フェイトは毎日律儀に昼をご馳走してもらいに来ている。まあ、ご馳走になっているのは店のメニューではなく賄い飯で、金額的にも手間の面でも、負担と呼べるようなものではないとはオーナー夫妻の弁だ。
「で、桃子さんはなぜに店を離れてるの?」
そもそも、店の中核の一人である桃子が、いくら料理の類がほぼ出そろっているとはいえ、商店街に出歩いているのは大問題ではなかろうか。
「ちょっと手違いで調味料がいくつか切れてたの。バイトの子だと分からないものもあるから、私が直接買いに出たのよ。」
「それで、みくにやに行って、フェイトを見つけたから捕獲した、と。」
「そそ。そういうわけだから、テーブルちょっと詰めてあげてくれる? すぐにフェイトちゃんの分も用意するから。」
それを言われて応じない人間は、少なくともこのテーブルにはいない。すぐさまフェイトの椅子を隣の空きテーブルから持ってきて、一人分のスペースを作る。
「結局、優喜君がたらしこんだ女の子が、全員揃ってしもたなあ。」
初対面組が一通り自己紹介を終えたのち、はやてがそんな余計なことを言い出す。
「いや、たらしこんだつもりは全然ないけど。」
はやての台詞に反射的に突っ込んだ優喜は、なのはからのジト目に気がつく。
「そうは言うけど優喜君、フェイトちゃん、すごく優喜君に懐いてる気がするんだけど?」
「ってなのはは言うけど、懐いてるの?」
「懐いてない。」
いつもより固い印象のある無表情で、割と即座に否定する。そのまま顔に出さずに、なのはとユーノに念話を飛ばす。
(なのは、ユーノ、気が付いてる?)
(あ、やっぱりフェイトちゃんも気がついた?)
フェイトの念話で、どうやら自分の感覚が間違っていなかったことを悟るなのは。ついでに、フェイトの表情がいつもより固い理由も察する。
(やっぱりって、何が?)
(高槻君が、ジュエルシードを持ってるみたい。)
(ええ!?)
どうやら、ユーノは気が付いていなかったようだ。魔法を使った探知能力はともかく、素の感知能力はなのは達に幾分劣るらしい。ちなみに言うまでもないが、高槻君とは、彼女にいいところを見せたい一心で大活躍し、今店内でその彼女といちゃいちゃしてる翠屋FCのゴールキーパーだ。
「優喜、何でジャージじゃないの?」
「フェイトちゃんも、やっぱそこに食いつくか。」
「うん。そもそも、普通の服を持ってるイメージがなかった。」
なのは達と念話で会話をしながら、何食わぬ顔で優喜の服装の違和感を論じる。
「何でジャージじゃないのかは、なのはを参照のこと。」
(優喜は気が付いてるのかな?)
「なのは、何か言ったの?」
(たぶん気が付いてると思う。さっきから、少しだけ高槻君を警戒してる。)
「だって、優喜君、アリサちゃんたちを紹介するって言ってるのに、ジャージで行こうとするんだもん。」
フェイト同様、念話と表とでまったく違う会話をこなすなのは。基本裏表がない性格ではあるが、ゲームなどで複数のことを同時に切り離して思考する能力は、結構鍛えられているのだ。まあ、元から若干他の事を気にしている態度が出ているので、結局隠し事が出来ていないのには変わりない。
(というか、私たちが気がつくようなことを、優喜がこの距離で気がつかないとは思えない。)
(気がつかなかったの、僕だけか……。)
へこむユーノに、思わず苦笑が漏れるなのは。どっちかと言うとこれは向き不向きの問題だし、ユーノに出来て優喜に出来ないことも結構多いのだから、そこまでへこむ必要もないのに、と思ってしまう。
「ジャージだとまずいの……?」
「大問題だよ!」
念話をとりあえず打ち切り、目の前の会話に集中する二人。さすがに、これ以上続けていたら、どんなぼろが出るか分からない。しばらく、アリサたちも交えて、ジャージがなぜまずいのかを、当の優喜を放置して語り合う少女達。
「それはそうとフェイトちゃん、今日は探し物する言うとったけど、私らの相手しててええん?」
「大丈夫。優喜となのはのおかげで、最近はちょっと順調だから。それに、ご飯を食べて行かないと、士郎さんも桃子さんも納得しないし。」
優喜の服装の話が落ち着いたタイミングで、はやてが気になっていたことを聞く。念話での会話をおくびにも出さず、普段通りにはやてに返事をするフェイト。
「フェイトの探し物って、大変なの?」
「言ってくれたら、私たちも手伝うよ?」
「ありがとう。でも、優喜となのはが手伝ってくれてる分で、十分に手が足りてるから。」
百パーセントの善意からの台詞に、少しだけ申し訳なさそうな表情で答えるフェイト。優喜みたいな規格外ならともかく、普通の何の力も持たない小学生がかかわるには、少しばかり危険が大きすぎる。
「それだったらいいけど、本当に困ったら、ちゃんと頼ってきなさいよ?」
「なのはちゃん達もだよ?」
結局蚊帳の外のままのアリサとすずかが、何やら面倒なことをしているらしい連中に釘を刺す。
「どうしようもなく困ったら、遠慮なくこき使うから安心して。」
「優喜君、その言い方はどうかと思うの……。」
「いや、実際のところ、本当にどうしようもなく困ったら、使える人間は徹底的にこき使うしかないのが普通だし。」
優喜の割と身も蓋もない発言に、何とも言い難い沈黙がその場に降りる。フェイト以外の全員、いろいろ言いたいことがあるが、何から突っ込めばいいのか分からない様子だ。
「はい、お待ちどうさま。」
優喜に対して誰が何を言うかを無言で牽制している間に、桃子がフェイトの分の昼食を持ってきた。一緒に何やらパンフレットのようなものも持ってきている。
「それで、フェイトちゃん、はやてちゃん。連休に、みんなで温泉旅行に行くんだけど、一緒に行かない?」
そう言って、フェイトとはやてにパンフレットを渡す。中身は、車で一時間ほどの温泉旅館の案内。そこに予約を取っているらしい。
「優喜君の分を追加するときに確認したら、フェイトちゃんとはやてちゃん、後アルフさんの分ぐらいまでは余裕があるみたいだから、どうかな、って。」
「お~、楽しそうですね。私は暇な独り身の自宅警備員やし、喜んでお供させてもらいますわ。」
パンフレットを見て、迷うことなく速攻でOKを出したはやて。優喜と知り合うまで友達もおらず、本当に一人で暇を持て余していたので、こういう楽しそうなイベントは大歓迎なのだ。
「あの、私は……。」
一方で、そもそも海鳴に来ている理由がジュエルシード探しであるフェイトは、一番たくさん反応があったというこの地を、出来るだけ離れたくない。だがしかし、主に食事の面でさんざん世話になっている桃子の誘いを、無下にするのも気が引ける。何より不覚にも、旅行というものが楽しそうだ、と思ってしまったのだ。
「費用なら気にしないで。誘った以上こっちで持つし。」
「そんな……。悪いです……。」
「大丈夫大丈夫。人数が結構多いから団体割引も効くし、ここの女将さんとは友達だから、団体割引と併用できる割引クーポンももらってるし、そもそもフェイトちゃん自身は小児料金だから大した金額じゃないし。」
意地でも連れて行く気になっている桃子を見て、心底困った表情になるフェイト。本気で困って助けを求めるように優喜を見ると、桃子も釣られてそっちを見る。双方ともに優喜に相手を説得するよう求めているわけだが、この場合居候で学費も旅費も全額負担してもらっている彼には、選択の余地などない。
しかも、桃子だけならまだしも、このテーブルにいる人間全員が、期待を込めて優喜とフェイトを見ているのだ。多勢に無勢にもほどがあるのだ。優喜にだって出来ることと出来ない事があるのだ。
「フェイト、諦めて一緒に行こう。」
「ええ!?」
どうやら裏切られるとは思わなかったらしい。心底ショックを受けた様子で優喜を見詰め返す。
「ごめん、フェイト。僕は居候だから、家主の意向には逆らえないんだ。」
「そ、そんな……。」
「それにね、もしかしたら、手違いで向こうに探し物があるかもしれないし、なかったとしてもちょっと根を詰めすぎだから、いい加減休みを入れる必要もあると思うし。」
「で、でも……。」
「そんなに気になるんだったら、旅行までに全部見つけるぐらいの勢いで頑張る、って言う手もあるよ。」
どうあっても、自分が不参加という選択肢は取れないようだ。あきらめて一つうなずく。その返事を聞いて、テーブルが歓声に包まれる。その反応につられて、フェイトの顔が少し綻ぶ。
「旅行は楽しそうだから、一緒に行くのはいい。だけど、優喜に裏切られたのは結構ショック。」
予約の追加しなくっちゃ、といそいそと店内に入っていく桃子を見送った後、フェイトが優喜に、ちょっと恨みがましい視線とともに非難をぶつける。
「いや、僕にだって出来ない事の百や二百は当然あるんだけど……。」
「やっぱりフェイトちゃん、優喜君に凄い懐いてるやん。」
「だよね。優喜君ばっかりずるいよね。私だってフェイトちゃんと仲良くしたいのに。」
やけに優喜を信頼している様子のフェイトに対し、はやてとなのはがさっきの話を蒸し返す。特になのはは、心底優喜がうらやましそうだ。
「だったら、旅行で仲の進展を狙えばいいじゃない……。」
優喜からすれば、なのはとフェイトは、あってからの日数を考えれば、十分に仲がいい。戦闘中も、お互いに相手をフォローしようと必死に頭を使っている様子が伺える。まだまだ経験不足や訓練不足もあってから回ってはいるが、相手のミスを非難せず、自分の落ち度と捉える辺りは十分な信頼関係を築き上げているように見える。
まあ、これはひとえになのはの、喜怒哀楽の浮き沈みが激しく、誰の目にも善良に見える裏表のないまっすぐな性格が一番大きいだろう。将来は分からないにせよ、今現在の彼女が誰かに対する悪意を隠している、などとは、ちゃんとなのはを知っている人間には想像することも出来ない。
「私、そんなに優喜に懐いてるかな……?」
「うん。一緒に探し物してるのに、私のお願いより優喜君の意見を優先するんだもん。」
「ごめん、なのは。そんなつもりは全然なかったんだけど……。」
「私から見れば、アンタ達二人も十分いちゃいちゃしてるように見えるわよ。」
二人の世界を作りそうになっているなのはとフェイトに、最初はニヤニヤしながら成り行きを見守っていたアリサが、ため息をつきながら突っ込む。
「いいわよ、アンタ達がそのつもりなら、私はすずかを独占してやるんだから。」
「それやったら、私があぶれるやん。」
なんだか、百合の花が咲き乱れそうな展開になってきたところに、関西人の血がうずいたはやてが突っ込みを入れる。
「えっと、この流れだったら、優喜君がまたあぶれてると思うから、優喜君を独占……?」
「「それは駄目!!」」
すずかのピントのずれた現状認識と提案に対して、なのはとフェイトが仲良く反対を表明。この発言が更にアリサ・はやてコンビを勢い付かせる。困り果てた二人が優喜に助けを求め、見かねた優喜が助け舟を出し、それが逆効果になって更に激しくいじられる。結局、彼女達の初顔合わせは、なのは・フェイトと優喜は三角関係、という実態に即しているようで微妙にずれた認識になったのであった。
フェイトがいじられた怪我の巧妙か、聖祥組と十分に仲良くなれた打ち上げのあと。みんなではやてを送り届けてから、探し物を再開するという口実で解散し、八神家から十分に距離をとってから方針の打ち合わせに入る。
「アリサとすずかが、手伝うって言ってこなくてよかった。」
「二人とも賢いから、手伝えない理由があるんだってことを察してると思う。」
「そうだね。二人にはいずれ、ちゃんと説明しないと、アリサちゃん、あんまり長く隠してると怒るから……。」
それぞれに、心苦しそうな表情を浮かべてため息をつく。人と人とのつながりが増えれば、当然隠し事の類も出てくる。
「それは今考えてもしょうがないよ。それより、例のジュエルシードは?」
ようやく普通に話が出来るようになったユーノが、一番の気がかりをたずねる。
「ちゃんと捕捉してる。今のところは発動の気配はない。」
「問題は、どうやって回収するか、だ。」
「うん。いくらクラスメイトだっていっても、それは危ないからこっちに頂戴、なんていって聞いてくれるわけがないよね。」
難題に、三人そろって、またため息が出る。
「問答無用で殴り倒して奪う、ってわけにも行かないし……。」
「はじめて会った時のフェイトならともかく、ユーノからそんな過激な台詞が出るとは思わなかった。」
「優喜、私の第一印象って、そんなに過激だったの?」
「変に焦って、肩に力が入ってる感じだったから、冗談抜きで今回みたいなケースだったら、やりかねない危なっかしさがあったよ。」
「そうなんだ……。」
やはり、単独行動はよろしくない、と改めて思い知るフェイト。自分ではそんな自覚はないが、どうやら優喜から見たフェイトは、相当前のめりで結果を急ぐ部分があるようだ。
「まあ、とりあえずその話はおいておこう。今は、どうやって回収するかの方が先。」
「でも、本当にどうしよう?」
「誰かが注意を引いている間に、スリ取るって手もあるけど……。」
「優喜って、本当にたまにすごく手段を選ばないよね。」
人のことを過激といっておきながら、犯罪そのものの手段を言い出す優喜に、あきれた様子で突っ込むユーノ。
「……残念ながら、後手に回ったみたいだ。」
高槻君とその彼女の居場所まで近づいた辺りで、優喜がポツリと漏らす。続いて、なのはとフェイトが、最後にユーノが、魔力の大きな変化に気が付く。
「さて、何が出てくるやら。」
密かに体を臨戦態勢に切り替え、優喜が魔力の渦の中心をにらみつける。場所はいつぞやの児童公園。フェイトがゴキブリに色々されてしまった場所だ。幸か不幸か夕方ゆえ、人がほぼいなくなっていた。もしかしたら、無意識のうちに危険を察知して立ち去った、もしくはジュエルシードが暴走の過程で人払いの結界を作り出したのかもしれない。
(アルフ、来て!!)
(あいよ!)
話がややこしくなるので別行動をしていたアルフが、転移魔法で飛んでくる。その間にも世界がどんどん変化をしていく。鳥篭のようなものが、宙に浮かんだカップルを閉じ込める。夕日を背景に巨大な玉座が現れ、周りを何本もの柱が覆っていく。鳥篭の内側の天辺付近には、大量のエネルギーを放出し続けるジュエルシードが。
「これは……、檻?」
「玉座の上に、鳥篭と来たか……。」
なんとなく、暴走した願いの根源が見えた気がする優喜。驚くべきは、これだけ大規模に世界を塗り替えているというのに、それほど外に対してゆがみを発生させていないことだろうか。入力部分に問題が大きいだけで、制御と出力の部分は意外と優秀なのかもしれない。
「とりあえず、まずは確認からだ。」
いきなり一足飛びに封印に走りそうな二人を牽制し、周囲を警戒する。
「どうやら、二人っきりの時間を戦闘で邪魔する、なんていう無粋な真似はしないつもりらしいね。」
周囲に動くものの気配がないことを確認し、優喜が小さくつぶやく。
「後は……、鳥篭には鍵の類は無し。そもそも開く構造になってない。」
「優喜、魔力的にもほころびの類はないみたいだ。」
優喜とユーノが、観察だけで分かる事実を確認する。その間、アルフが転移魔法の応用で、空間の状態を解析する。
「この世界は、基本的な効果は強力な封時結界と同じだね。空間を書き換える機能のほうは、ちょっと解析できなかったよ。」
どうやら、ジュエルシードの封印が終わるまで、この状況から脱出するのは不可能らしい。
「後は……。そうだなあ、ちょっと篭の強度を調べてくる。」
「物理的な強度を調べるんだったら、あたしもやるよ。」
「優喜君、アルフさん、気をつけて。」
「ん。」
飛び上がって格子の一本をつかみ、筋力を増幅して曲げようとする。まったくびくともしない。殴りつけると、そのままダイレクトに打撃が返ってくる。咄嗟に受け流して着地。見ると、アルフも爪での斬撃を反射されて、軽く傷を負ったようだ。
「物理攻撃は反射されるみたいだね。」
「うん。とりあえず格子の内部に徹を入れてみるから、その結果を見てから魔法関係を試そう。」
「了解。」
発勁で徹した結果も同じ。さすがに直接殴りつけるよりは手ごたえがあり、少しばかり亀裂も入っているが、反射ダメージのほうが大きい。中の二人を引っ張り出せるほどのダメージを与える前に、優喜の体のほうが壊れかねない。しかも、見ている前で亀裂がじわじわとふさがっていく。
「次は、私達だね。」
「ワンショットで、結果を見てみる。」
フェイトが魔力槍・フォトンランサーを、なのはが誘導弾・ディバインシューターを発動させ、一撃ずつ入れてみる。格子に当たった瞬間、唐突に魔法が消滅。
『マスター、強力なバリアを確認。』
『魔力を拡散させるタイプのようです。』
レイジングハートとバルディッシュが、攻撃を通じての解析結果を報告する。
「蜘蛛のときと同じ?」
『近い性質ですが、バリア貫通タイプの魔法なら、あるいは通る可能性もあります。』
「そっか、ディバインバスターは、通じるかもしれないんだね。」
『はい。』
いきなり物騒な方向に話が飛ぶなのはとレイジングハートを尻目に、次の行動を決めるフェイト。
「直接斬りつけてみるから、砲撃はちょっと待って。」
「うん。跳ね返ってくるかもしれないから、気をつけてね、フェイトちゃん。」
「そのときはユーノ、治療をお願い。」
「分かってる。」
今までになく手ごわい状況に、悲壮な覚悟を持って突撃を始めるフェイト。まだ修復が終わっていない格子の一本に、全力で切りつける。当たりかけた瞬間に、魔力刃が消える。
「やっぱり、無理か……。」
結果的に空振りをすることになったフェイトが、現状では出来ることがない事を理解し、さっさと離脱する。
「なのは、次お願い。」
「うん。ディバイン・バレット!!」
ディバインシューターと同じく、優喜からの宿題で完成させた単純魔力弾・ディバインバレット。魔力弾の基本であるシュートバレットを参考に作り上げた弾幕魔法で、恐るべき低燃費と発動の早さで並みの魔力弾の数倍の威力と数を作り出す、まさしく砲撃ジャンキーでトリガーハッピーな高町なのはの、面目を躍如した魔法だといえる。今回も、一切加減せずに大量に作り出したため、視界内を三桁に届こうかという魔力弾が多い尽くしている。
もっとも、さすがに一撃の重さはフォトンランサーに数段劣るため、防御の薄いフェイトのジャケットはともかく、なのはの分厚いバリアジャケットを抜くにはやや難がある威力ではある。まあ、そもそもの目的は破壊力ではなく、数と展開の速さのはずで、更に威力まで追及するあたりの密かな殺意の高さが何気に恐ろしい一品である。
「シュート!!」
慎重に狙いをつけて、すべての弾が一本の格子に連続で当たるように撃ち出す。さすがに同時に発射すると的を外すからか、三発から四発を一組にして、射線を慎重に設定して発射している。それでも、その発射速度は驚異的で、誘導弾なぞなくても、フェイトぐらいなら普通に撃墜できるんじゃないか、と疑ってしまう光景だ。
「駄目だったみたい。」
『目標の拡散能力には、まだまだ余裕があると推測されます。』
「やっぱり、ディバインバスターしかないかな?」
なのはが、ポツリとこぼす。その意見に必死になって頭を絞る優喜。ディバインバスター以外の手段を探している、というのではない。どこに撃ち込むのが最適かを考えているのだ。
「なのは、篭の底を横からえぐるように、最大出力で撃ってみて。」
「え?」
「まずは、中の二人を引っ張り出せるようにしないと、さすがになのはも、クラスメイトにバスターを誤射するのは嫌でしょ?」
「あ、うん。分かった。やってみるよ。」
昨日やったように、慎重に収束させて、貫通力をあげる。照準をきわどい場所に合わせ、正確に底だけをえぐるイメージを練り上げる。
「ディバインバスター!!」
一瞬拡散されかけた砲撃が、強引に相手のバリアを押し切って底面を抉り取る。幾分魔力を散らされたため、底を抜くまでには至らなかったが、もう一撃行けば十分に篭に手が届く。
「もう一発、ディバインバスター!!」
先ほどと同じように高度に収束された砲撃は、先ほどよりやや上、篭の底面を正確に撃ち抜く。篭の底が完全に抜け、二人を回収する猶予が生まれる。
「僕が回収するから、離脱したらジュエルシードがフリーになるまでバスター! フェイトはバスターの封印術式じゃ足りなかったときのために準備!」
「「了解!!」」
指示を飛ばし、優喜が迅速にカップルを回収して離脱。間髪いれずに、開いた穴からディバインバスターをこれでもかというぐらい連射。三発目の時点でジュエルシードを守っていたバリアが完全に消滅し、ジュエルシードが露出する。
「フェイトちゃん!!」
「うん! 封印!!」
フェイトの封印術式が発動し、今までで初めて、普通の人間がかかわったジュエルシードの暴走事故は無事解決したのであった。
「なんか、今回のは疲れた……。」
今までと違い、色々気を使うことが多かった今回の件。何より厄介だったのが、優喜がほぼ無力だったことだろう。優喜自身としては、もう少しやれば突破口が見えそうだった。ただ、別段独力でどうにかする必要を感じていなかったために、砲撃が通じる可能性があった時点で、手を出すのをやめたのだ。
実際、優喜が気孔を使ってどうにかしようとした場合、なのはがディバインバスターで底をぶち抜くより数倍手間がかかっていた。なにより、誤射や反射の被害が、非殺傷のディバインバスターよりはるかにヤバイ。
「ここまで色々厄介な相手はいたけど、優喜が攻撃面では役に立ってなかったってのがレアケース過ぎて驚いたよ。」
困ったときの切り札、という位置づけに落ち着いていた優喜が無力化されるケースを目の当たりにし、自分達がどれだけやばいことに手を出しているのかを思い知る。
「僕にも出来ることと出来ないことがあるって、何度も言ってなかったっけ?」
優喜の反論に、返す言葉がまったくない一同。
「今回は向こうからの攻撃がなかったけど、これで攻撃があったらまずいねえ。」
「……うん。アルフ、私たちも探す時間をちょっと減らして、訓練の時間を増やしたほうがいいと思う。」
「だね。アタシ達、連続でいいところがないしね。」
いろいろな意味で、危機感に火が付いたらしい。そんな主従に苦笑してしまう優喜。
「とりあえず、みんなてこ入れを考えたほうがいいかなあ。」
「てこ入れ? 特訓とかするの、優喜君?」
「いや、時間的にも体力的にも、それをやってもあんまり効果ないと思うから、道具のほうで進めていこうかな、って。」
「道具?」
優喜が師から習った、柱となる技能のひとつ。ある意味格闘技よりしっかり仕込まれた、将来生計を立てることすら見越したスキル。長くやっていなかったのだが、久方ぶりにものづくりに精を出すのもいいだろう。
「いろいろ不便だし、まずは僕が念話を使えるようにしようかと思うんだ。」
「……それが出来たらいいんだけど、本当に出来るの?」
「一応原理は分かってるし、気を魔力に変換する術式と、送受信の術式を組み込んだ道具を作ればいけると思う。」
ただ、本当に久しぶりなので、まずは試作が必要だろう。とりあえずリハビリもかねて、どこかで大き目の廃材の木片でも拾ってきて、適当に大雑把に加工して見ようと心に決める。本命はなのはとフェイトの強化なので、とりあえず二人に質問する。
「なのは、フェイト。」
「「何?」」
「とりあえず、アクセサリって形で作ろうかと思うんだけど、どんなものがいい?」
「えっと……。」
アクセサリといわれて、ぱっと思いつくものは指輪かペンダント。ただ、ペンダントはレイジングハートやバルディッシュの定位置になっている。となると、指輪だろう。
「指輪、かな?」
「私も指輪しか思いつかないけど……。バルディッシュを振り回すのに邪魔になると困る。」
「了解。そこらへんもちゃんと考えて作るよ。」
このときの決断が、こちらの世界の竜岡優喜の将来を決めるのだが、このときは誰もそのことを知らないのであった。