「おはよう、お兄ちゃん、お姉ちゃん。」
「おはよう。今日は早いな。」
「おはよう。どうしたの、なのは?」
「優喜君に言われて、今日からジョギング始めるの。」
まだ眠そうに眼もとをこすりながら、兄と姉の質問に答えるなのは。これで図らずも、一番遅くまで寝ているのが母・桃子になってしまった。もっとも、桃子が起きる時間も世間一般では早い方なので、要するに彼らの起床が早いのだ。
「で、その優喜は?」
「一時間ほど前に出ていったぞ。」
姿が見えない肝心の優喜について恭也が質問を飛ばすと、なんと父から回答が。
「本当に?」
「全然気がつかなかったな。」
「おいおい、二人とも修行が足りないな。いや、この場合、恭也たちを出しぬける優喜を凄いとほめるべきか?」
ちなみに、その時間帯のなのはは言うまでもなく熟睡中。まあ、体を鍛えるのも今日が初めての小学生に、あまり多くを求めてはいけない。
「それで、優喜に言われたのはいいとして、どういう心境の変化だ?」
「いろいろと、自分の体力の無さに情けない思いをすることになりまして……。」
「優喜を見て、って言うんだったら、あれは例外中の例外だぞ?」
言われずとも分かっているが、それでは駄目になりそうな事態がひそかに進行中なのだ。今日明日どうにかなる問題ではないにしても、出来ることからやっておかなければならないのだ。
「おはようございます。」
なのはが決意を新たにしていると、軽快な足音とともに優喜が帰ってくる。
「あ、おはよう、優喜。」
「今日は早かったんだな?」
「この後なのはにつきあうから、日課の分は先に稼いでおいたんだ。」
クールダウンを兼ねた足踏みを止めずに返事を返す。その言葉に納得するしかない御神流一門。どうあがいたところで、一般的な小学生の底辺近い身体能力のなのはが、普通の人間から大きく逸脱した彼らのペースについてくることなど、明らかに不可能だ。
「というわけで、士郎さんたちは遠慮なく先に行ってください。朝の稽古までには出来るだけ戻れるようにしますから。」
「分かった。世話をかける。」
「行ってらっしゃい。」
なのはの声に手を挙げて、明らかに長距離ランニングとしてはおかしいペースで走り始める三人。その姿が見えなくなったあたりで、優喜がなのはに声をかける。ちなみに、まだ足踏みは続けたままだ。
「じゃあ、行こうか。とりあえず当面の目標は往復で五キロ、ペースを維持して走る。それなりにハードだから、そこそこ覚悟はしててね。」
「はーい。」
とまあ、それなりに元気に返事を返して走り始めたなのはだが、五分もすると……。
「……。」
「ちょっと速いかな、と思ったけどやっぱりか。」
初日でペースがつかめていないこともあり、早くも息が上がって足が止まりがちになるなのは。ちなみに、彼女のペースは、日常的に運動をしていない運動不足気味の成人男性が、挫折せずに走れるかどうかぐらいのペースである。優喜が先導したわけではなく、普通になのはがこのペースで走り始めたのだ。
「しんどかったら、歩いていいよ。ただし、足は止めないように。ばてたからって足を止めると、後でわりとえらいことになるから。」
「はーい……。」
己の体力の無さに、情けない思いが募るなのは。だが、千里の道も一歩から。優喜がいろいろ気を使って、なのはが折れないようにフォローしてくれているのだ。ここでめげたら女がすたる。
もっとも、女を主張するには肉体的にも精神的にも、いろいろな意味でまだまだ幼いわけだが。
「優喜君も……、最初は……、こんな感じだったの……?」
「僕の場合は、師匠が師匠だけに、もっとえげつないしごかれ方をしたけどね。そもそも、鍛えてもらった本人なのに、いまだに何をどうやって、一カ月で基礎体力を今と大差ないラインまで鍛え上げたのか、というのが分からないし。」
息を切らせながら質問してくるなのはに、思わず遠い目をして答える優喜。多分あの師匠にかかれば、今のなのはですら、一ヶ月あれば余裕で、恭也と正面からどつきあえるように鍛え上げるに違いない。
「……その人、何者?」
「僕に聞かれても困る。とりあえず、ハードな特訓になったのは、多分時間制限があったからだと思うけど。ただ正直、あれはないわ、って感じだった。」
なのはから見れば非常識の塊である優喜。その彼がそんなことを言うのだから、碌な特訓ではなかったのだろう。
「でまあ、その前の僕はって言うと、なのはほど成績は良くなかったし、運動もまあそこそこ、って感じだったから、ぶっちゃけてどこにでもいる子供だった。」
「正直想像もつかないです……。」
「だろうね。」
なのはの息が整ってきたので、ややペースを戻す。先ほどの感じから、朝食までに戻れたらOK、ぐらいのペースに微調整して、ゆっくりのんびりコースをたどる。ぶっちゃけ、速足よりは速い、程度のペースだが、一週間もすれば、最初のペースでももう少しは長く走れるようになるだろう。優喜の師匠じゃあるまいし、この手の事は基本、継続は力なり、だ。
「そういえば、普段はどういうコースを走ってるの?」
「普段、というほどの日数は経ってないけど……。」
と言いながら、なのはにざっとコースを説明する。
「そんなすごい距離を走ってるの……?」
「うん。」
「アップダウンもあるよ?」
「ちなみに一部、まともに舗装されてない道もあるから。」
「……そのあとに剣術の稽古?」
「それぐらいできないと、話にならないんだよ、僕も御神流も。」
走りながら、思わずめまいがするなのは。自分の家族の非常識さを、今更ながらに教えられるとは……。
「ちなみに、本来なら、疲れも苦痛も感じなくなるぐらいまで体をいじめて、そこでストップ。後は日常生活で体を癒して、ってのを毎日やるんだけどね。」
さすがに大学生になってからは、アルバイトと勉学に忙しくて、そこまで毎日徹底的にはできなかった。恭也たちも、日常の比率の問題もあって、さすがに毎日はその領域までやってないようだ。
「えっと……、それ本当にやるの?」
「中学高校の間は、周りにばれないようにやってた。大学行ってからは、勉強の密度が濃くなって、そこまでやると体が持たなくなってきたから、残念ながら体を維持するのが精一杯だったかな。」
「こっち来てからも、やってるの?」
「いや、まだやってないよ。どこにどんなダメージが残ってるかわかんないし、そもそも、限界が低すぎるから、感覚の齟齬がなくなるまで、そんなまねをしたら確実に体壊すし。」
多分、一ヶ月ぐらいはこの齟齬が消えることはないだろう。まあとりあえず、型稽古を丁寧にやっているので、少しはマシになってきたが。
「えっと、私もそれぐらいやらないと駄目?」
「別にやらなくてもいいんじゃない? どの程度、この手の戦闘に深入りするかにも寄る部分だし。」
「ん~、やっぱり、あんまり深くかかわらないほうがいいのかな……。」
「個人的には、それが一番いいと思う。ジュエルシードを封印するだけ、ならともかく、さ。」
言うべきかどうかを考えて、少しためらい、それでも優喜は口にする。
「その暴走体と戦うにしても、この件が終わった後にも魔導師を続けるにしても、ね。荒っぽい言い方をすれば、このランニングはともかく、今やってる魔法の訓練って、結局派手な喧嘩をするための訓練だし。僕や恭也さんもそうだけど、特になのはの魔法は破壊力が大きいから、撃ち方によっては普通に死人が出るし。」
「え……?」
「なのはみたいなタイプにこういうことを教えるのってどうか、とか、一応ある程度自衛できるようにはなっておかないとまずいかな、とか、でもそれで間違って人を殺す羽目にでもなったら、とか、いろいろ悩むところがあるわけですよ。」
中身が恭也と大差ない程度には年長で、長いことそいう言う世界にもかかわってきただけあって、優喜はそういう面では実にシビアだ。
「……にゃ~、頭が痛くなってきた……。」
「あ~、ごめん。難しいことを言い過ぎたみたい。」
まだ、この手の荒事にかかわり始めて日が浅いなのはに、こんな話をしてもぴんと来るわけがないのだ。そもそも、こんなことは、何か身近なことで経験しないと、頭だけで考えても腹など決まらない。ましてや、先月までは平和な世界で保護されてきた小学三年生に、自分が人を簡単に殺せるだけの能力を持っている、などという話をして、理解できるほうがおかしいのだ。
「まあ、折り返し地点もそれなりに過ぎたし、少しペースを上げて戻ろっか?」
「は~い。」
そろそろ、朝のジョギングの時間も終わりそうだ。難しい話を切り上げ、後は二人で黙って走る。なのはが優喜の言葉の意味を心底理解するのは、連休を挟んでしばらくしてからのことになる。小学生が現実を知るまでには、もう少し時間がかかりそうだ。
「なのは、朝からなんかちょっとばててるわね。」
どうにもいつもに比べて元気のないなのはに、彼女の親友の一人であるアリサ・バニングスが声をかける。金茶の長い髪にすけるような白い肌の欧米系の美少女で、少し前に優喜に助けられた二人の片割れだ。
実家が海鳴でも指折りの大企業を経営しており、地元でバニングスの名前を知らないものはいないぐらいの名家の出身だ。そのためか立ち居振る舞いにはどことなく品があるのだが、全身から漂う雰囲気は元気・活発・勝気という、いわゆる「おてんばな」お嬢様、というイメージが強い。ちなみに、三人の中では(というか学年でも)一番学業成績がよく、運動神経も悪くないという、いわゆる文武両道、才色兼備なお嬢様でもある。
「うん。今朝、早起きして、ちょっとジョギングなんかを始めました。」
にゃはは、と力なく笑いながら、だるい足を軽くさする。五キロ走る、というのが思いのほかなのはの体に疲労を残しているようで、これを毎日続けられるのか、という自分に対する絶望にも似た疑問が抑えられない。
「ジョギング始めたんだ。」
もう一人の親友で、優喜に助けられた二人のもう一方である少女、月村すずかが疑問をにじませながら言葉をかける。割と絶望的なラインで運動神経が切れていて、この手の運動を積極的に始める様子が一切なかったなのはが、どういう心境の変化なのか、割と本気で分からないらしい。
ちなみにすずかはゆるいウェーブがかかった黒髪の美少女で、人種的にはちゃんと日本人。ただし、大和撫子ではなく、色白で洋風の日本人という感じではある。深窓の令嬢と言う雰囲気の持ち主だが、小学生とは思えないほどの運動神経と体力を持った、見た目と中身が一致しない人物の一人である。
「うん。優喜君がね、私も基礎体力をつけたほうがいいからって。」
「へえ、あの運動嫌いのなのはにそこまで思い立たせるなんて、その優喜って子にずいぶん懐いてるじゃない。」
「優喜君って、どんな子なの?」
「ん~と、男の子だけど、すごく可愛い子なの。あまり容姿に自信のない身としては、ちょっと複雑です。」
なのはの容姿に自信がない身、という戯言は横に置くとしても、話題になるたびにこの全力全開娘をしてここまで言わせる辺り、相当な容姿の持ち主なのだろう。なんか、ものすごく可愛い自分達と同年代の男の子、という単語に引っかかるものがなくもないアリサとすずかだが、まあそこはおいておこう。
「とりあえず、その優喜って子が男と思えないほどの美少女だってことは毎日聞かされてよく分かってるから、それ以外のことを教えなさいよ。」
「えっと、お兄ちゃん達と同じぐらい強くて、お兄ちゃんの入試の参考書の問題が解けるぐらい頭がよくて、何かと気が利く感じの男の子、かな。」
「……なんだか、どう聞いても完璧超人にしか聞こえないよね。」
「えっとまあ、その、多分、優喜君の立場だったら、お兄ちゃんの参考書はともかく、私達の受けるテストぐらいは高得点を取れないと、すごく恥ずかしいんじゃないかな、とは思うわけで……。」
「それ、どういう意味?」
「色々と、説明しづらいというか、説明しても信じてもらえなさそうとか、そういう種類の事情を抱えてるみたいなの。」
どうにも要領を得ないというか、人物像がいまいちつかめない。そもそも、説明できないような事情を抱えている子供が、なぜに高町家に居座っているのか。
「とりあえず、根本的な疑問から解決しましょうか。」
あまりにいろいろ胡散臭すぎるので、そもそものきっかけから問い詰めることにしたアリサとすずか。ホームルームまでの間に、どれだけの情報を引き出せるか。二人の腕の見せ所だろう。
「そもそも、その優喜って子が、何でなのはの家に来たのよ?」
「道で倒れてたのを私が見つけて、お兄ちゃんに頼んでうちに運んでもらったの。」
自分が撃墜した、という事実は伏せておく。何故、とかどうやって、とか、いろいろ説明できない理由が山盛りだからだ。
「どうして、なのはちゃんの家に住むことになったの?」
「事故でご両親が亡くなって、住む家とかがなかったから、ってお父さんは言ってた。」
「それ、いつの話?」
「詳しいことは、聞いてないんだ。」
半分嘘で、半分本当だ。優喜の家族がどういう経緯でいつ亡くなったのか、などということは全然聞いていない。ただ、それが本人にとってはかなり昔の話だということぐらいは聞いている。
「じゃあさ、そんな男の子が、何で道で倒れてたのよ?」
「ちゃんとご飯を食べてなかったから、貧血だって。」
この時点で、聡いアリサとすずかの中では、児童養護施設で虐待を受けて、そこから逃げ出してきた子供、という図式が成立していたりする。彼女たちの年で、そういう発想に頭が行くというのは、精神的に相当ませてると言っていいだろう。
「その子、海鳴の子?」
「それは違うみたい。ただ、どこの出身かって言うのは、すごく説明し辛い感じで……。」
「よく、そんな胡散臭い子供を引き取ったわね……。」
「でも、とてもいい子だよ? 優しいし、頭がいいし、なんかすごく気配りが上手だし。たまに、誰もいないところに挨拶してたりするけど、そこは気にしたら負けだと思ってるし。」
それは本当に小学生なのか、と、小一時間ほど問い詰めたくなる。二人のこの疑問は、実に正しい線を突いている。なにしろガワはともかく、中身は成人男性なのだから。
「なんか、いろいろ突っ込みたいところがあるのは置いておくとして、とりあえず、一度会わせてほしいんだけど。」
「私も、二人を優喜君に紹介したいから、アリサちゃんとすずかちゃんの都合を聞いておきたかったんだ。」
アリサの、優喜に対する好奇心半分、なのはに対する心配半分での要請に、快く応えるなのは。
「今週は、日曜日のサッカーの試合が終わるまで、自由な時間は取れない感じね。」
「私も、少なくとも今日は無理だと思う。」
二人とも、どうにも今週は立てこんでいるらしい。昨日一昨日はなのはが優喜を優先したため、二人とは放課後遊べなかったし、この分では、二人と一緒に遊べるのは週末になりそうだ。
「じゃあ、日曜日のサッカーの試合のときに。」
「うん、そうだね。」
なのはの申し出を、すずかが受け入れる。アリサも特に異存はないようだ。とりあえず、どうにかホームルームまでに話をまとめることはできたようだ。
「ほんまに、ご飯ごちそうになってええん?」
「店長と料理長がOKを出してるんだから、大丈夫じゃないかな?」
同じ日の昼。場所は図書館。いつものように型稽古と練気を済ませ、家の掃除を終えて暇を持て余した優喜は、昨日と同じように図書館へ本を物色に来ていた。その結果、毎日図書館に来ているらしいはやてと二日連続でかちあい、お昼の呼び出しの時に、せっかくだから一緒にどうかと誘ったのだ。
「それで、ご飯ってどこに食べに行くん?」
「翠屋って喫茶店。お世話になってる家が経営してる、らしい。」
「へ~? 優喜君の居候先って、翠屋さんか。」
「知ってるの?」
「海鳴では有名なお店やで。名物のシュークリームが絶品やねん。」
「へ~、それは知らなかった。そんなにシュークリーム、おいしいんだ。」
本気で知らなかったらしい優喜に、思わず呆れた顔をしてしまうはやて。
「自分ちの事やろ? ちょっとぐらいは気にしいや。」
「だってさ、海鳴に来たのが日曜の朝、居候が決まったのが日曜日の晩で、初めて翠屋さんでごちそうになったのが昨日の昼だよ?」
「せやかて、昨日一昨日とおやつぐらいは出してもろてるんやろ? 作ってるんがそこの奥さんやったら、普通にご馳走してくれるんやないん?」
「まあ、おやつは出てきたけど、昨日はクッキー、一昨日はロールケーキだったから。」
もっとも優喜からすれば、そもそも部屋を貸してもらったうえに、食事を三食出してくれるだけでなく学費まで負担してもらっているのだ。おやつまで、となると申し訳なさがどうしても先に立つ。しかも、向こうの自分と同じく、こっちの自分も遺産の類は全く無いときていて、高町家に返せるものが一切ないのが現状だ。
「せやったら、今日はねだってみたら? いくら居候や言うたかて、あんまり子供が遠慮しすぎるんは、大人からしたら困るみたいやで?」
「まあ、分かんなくもないんだけどね。士郎さんも桃子さんも、居候が遠慮して縮こまってるのをよしとする人じゃなさそうだし。」
「それやったら余計や。思い切ってガンガン甘え。」
「まあ、考えておくよ。」
優喜の返事に、多分ねだる気はないんだろうなあ、と理解するはやて。もっとも、この会話は、そのすぐ後のお昼の時、正確にはそのあとの翠屋でのおやつの時間に、完全に意味をなくすわけだが。
「いらっしゃい。車椅子用のスペースを作るから、ちょっと待っててくれ。」
入ってきた優喜とはやてを出迎える士郎。それを手伝う優喜。どうも、電話をした時からすでに、席を一つ確保してあったようだ。店の奥の目立たない位置にある、四人掛けのテーブル席。はやての車椅子を考慮して、二人で使うには大きいテーブルを用意したらしい。
「それじゃあ、すぐに用意してくるから、少し待っててくれ。」
「はい。お願いします。」
「ごちそうになります。」
昨日と同様、注文を取らずにもどっていく士郎。子どもたち用のメニューは、最初から決まっているのだ。
「この時間に入ったん初めてやけど、流行ってるんやね。」
「みたいだね。昨日も、一時回ってから食べに来たのに、まだ八割がた席が埋まってたし。」
どうやら、早めの時間と一時を回ってからの時間は、商店街の人たちが食べに来る時間のようで、ランチタイムは結構ぎりぎりまで忙しいらしい。
「優喜、一人追加だから、相席な。」
店の様子を肴に駄弁っていると、さっき厨房に行ったはずの士郎が引き返してきた。いくらなんでも料理を持ってくるには早すぎる、と思っていると、彼の後ろには優喜にとって覚えのある鮮やかな金糸が。
「フェイトも、ご飯食べに来たんだ。」
「……我ながら図々しいとは思ったんだけど……。」
「店の前で悩んでたから、連れてきたんだ。」
優喜たちが入ってきたときにはいなかったから、多分今し方、前を通ったところなのだろう。フェイトの後ろに、半透明な感じの誰かが引っ付いているが、ここは無視だ。微か過ぎて昨日気が付かなかった、あまりよろしくない種類の臭いもとりあえずおいておく。
「優喜君のお友達?」
「というには微妙な感じ? 昨日、探し物を手伝っただけだから。」
はやての質問に、嘘は言っていないが、真実でもない感じの返事でごまかす優喜。フェイトも無表情を保ちながら、コクコク頷いて肯定。
「ふ~ん。まあ、何にしてもあれやね。」
「なに?」
「優喜君も隅におけんなあ、思って。」
はやての反応に、にやりと笑って尻馬に乗る士郎。
「まったくだ。昨日フェイトちゃんみたいな綺麗な子を連れ込んだと思ったら、今日ははやてちゃんみたいなかわいい子だ。この顔でやるもんだな、優喜。」
「かわいい顔して、とんだスケコマシや。」
二人の言い分に苦笑するしかない優喜。確かに、状況的にそう言われてもしょうがないのは事実だし、二人の容姿と将来性を考えたら、下心があると思われてしかるべきだろう。優喜には優喜の言い分もあるのだが、それを言えば思うつぼだろう。表情こそ変えないように努力してはいるが、フェイトがどうにもおたおたし始めているし、ここは汚名を受け入れるのが正解だ。
「あのさ、士郎さん、はやて。僕をいじるのは構わないけど、フェイトが困ってるから、そのぐらいでね。」
フェイトが困っているから面白いのに、とか、そういうところがスケコマシだと言うんだが、とかが二人の共通認識だが、さすがに小学生に窘められても続けるほどには、彼らは大人げなくはなかったようだ。片方はれっきとした小学生なのだが、そういう面では下手な大人より成熟している。引き際を誤る人間に、人をいじる資格はないのだ。
「それじゃあ、すぐに用意するから、待っててくれ。」
その言葉を残し、今度こそ厨房に消える士郎。疲れがにじむ溜息を洩らすと、優喜は二人に向き直る。
「とりあえず、フェイトとはやては、自己紹介しようか。」
昼食が終わり、あまりに忙しそうな状況を見かねて優喜がヘルプに入った後、取り残されたフェイトとはやては、割とぎこちないなりに、おしゃべりに花を咲かせていた。
「そっか。フェイトちゃんはあんまり本は読まんのか。」
「うん。今、いろいろ忙しくて。」
(そう。本当はこんなことをしてちゃいけないんだ。母さんのためにも、早くジュエルシードを集めないと。)
内心、自分がこんな平和な時間を過ごしていることに、大きな違和感と罪悪感を感じているが、それを可能な限り表に出さないように努力する。さすがに、敵対しているわけでもなく、敵対する理由もない相手に対して、そんな失礼な真似をするなど、自身の良心も彼女の教育係も許さない。
「優喜君は、ものすごくいっぱい読むみたいやな。一冊読むんも、ごっつ速いし。」
「そうなんだ。」
「うん。普通の文庫本ぐらいやったら、ものによっては、一冊十分ぐらいで読んでるで。」
「すごいね、それ。」
「まあ、私も大差ないぐらいの時間で読むんやけどな。」
「はやてもすごいんだ。」
普通ならそれはどんな自慢だと突っ込むところだが、素直で世間を知らないフェイトからすれば、自分にできないことをできる人間は、単純に尊敬の対象だ。フェイトも本を読まないわけではないが、一日に何冊も読む、なんて真似は出来ない。それゆえに、優喜もはやても、フェイトの中では尊敬の対象になる。
「フェイトちゃん、そこは突っ込まな。」
「え?」
「いや、普通、今の流れやったら『どんな自慢やねん』とか、そういう突っ込みが来るやん。」
「そうなの?」
「あかん、天然ボケか……。」
フェイトの手ごわさに、思わず突っ伏しるはやて。このまま変わってほしくないような、将来が心配なような、実に複雑な気分だ。
「それはそうとフェイトちゃん。」
「ん?」
「ちょっと上の空やけど、なんか気になることでもあるん?」
「え? そんな風に見えた?」
「うん。いろいろ忙しい、って言うてたんと、なんか関係あるんかな、って。」
はやての鋭い指摘に、思わず黙ってしまうフェイト。なにしろ、その指摘はフェイトが落ち着かない二つの理由の一つを、ど真ん中で貫いているのだから。
「……今は、はやてが優先だから。」
「無理せんでもええで。私やったら、優喜君の手があくまで本でも読んで待ってるから。」
「多分、そんなに待たせなくても済みそうだけどね。」
はやての言葉に優喜が割り込む。見ると、トレイにカップと紅茶を乗せて運んできていた。注文していないが、どうやらサービスらしい。
「もうすぐ、ここのオーナーの娘さんが学校から帰ってくるから、そこで切り上げて、ここでおやつを食べて行けって。」
「へ~。ちなみに、娘さんっていくつ?」
「上は高校二年生、下は僕たちと同い年。帰ってくるのは、下の子の方。せっかくだから紹介したいから、もうちょっと待っててほしいって、桃子さんからの伝言。」
「ほ~。あの桃子さんの娘さんやったら、さぞ可愛いんやろね。」
「上の子は可愛いというより美人ってタイプ。士郎さんとはともかく、桃子さんとはあんまり似てない。下の子は、フェイトやはやてとはまた違うタイプの美少女、かな。」
優喜に遠まわしに美少女と言われて、思わず赤くなる二人。もっとも、目の前の顔が、だれもが認める美少女顔なのが、非常に複雑なのだが。
「優喜に可愛いとか綺麗とか言われても、あまり素直に喜べない。」
「せやなあ。自分こそ、むっちゃ美少女やしなあ。」
「……ありがとう、ほめてくれて。」
言われ慣れているので、苦笑とともに皮肉とも取れる返事を返して終わりにする優喜。とりあえず、ピークに比べれば余裕があるにせよ、あまり油を売っている暇もない。雑談はなのはが帰ってきてから、ということで切り上げて、ついでに近くのテーブルの食器を回収し、ざっと拭き掃除を済ませて厨房に引き上げる。この辺のベテラン染みた気配りは、さすが優喜と言うしかない。
「どんな子なんやろね?」
「……士郎さんと桃子さんの子供なら、多分すごくいい子なんだとは思う。」
(私とは違って。)
「フェイトちゃんもええ子やで。」
「……私は、はやてが思ってるほどいい子じゃないよ。」
心を見透かすかのようなはやての発言に、暗い顔で答えを返すフェイト。
「フェイトちゃん、ええ子やって。自分の用事あるのに、私が一人にならんように付き追うてくれてるやん。」
「……。」
「そう言えば、フェイトちゃんの用事ってなに? 凄い大事で急いでることみたいやけど。」
「探し物。でも、当てがあるわけじゃないんだ。」
答える必要もなく、むしろ答えるとまずいという意識もあったのに、思わずはやての問いかけに答えてしまうフェイト。
「探し物か~。手伝いたいところやけど、私は足がこれやからなあ。」
「気にしないで。私がやらないといけないことだし、優喜も手伝ってくれてるし。」
半分嘘で半分本当の事。優喜が手伝っている、というのは間違いではないが、彼の目的は自分の身内(なぜかフェイトも含まれているのが不思議でしょうがないが)の安全を確保すること、だ。フェイトの探し物が、彼らにとって脅威になる物騒な代物だから、一緒に探しているにすぎない。
「あ~、なるほど。探し物が見つからんで途方にくれてるところを、優喜君に助けてもらった、ってところか。」
「うん。そんなところ。」
「ほんなら、そんなに心配する必要はないか。」
はやてが納得してくれたことに、なぜか心が痛むフェイト。まったくらしくない。優喜と出会ってから、自分はどうかしている。
(早く、ジュエルシードを全部集めて、優喜たちと距離を置かないと……。)
そんなことを考えていると、奥から再びトレイを持ってきた優喜が、女の子を一人引きつれて戻ってきた。
「おまたせ。おやつもらってきたよ。」
トレイの上には紅茶が入っていると思われるポットとカップが二つ、それにシュークリームが四つのっている。それを手早くテーブルの上に並べると、後ろに控えていた女の子を紹介する。
「この子がさっき言ってた士郎さんと桃子さんの娘で、高町なのは。私立聖祥大学付属小学校の三年生。なのは、金髪の子がフェイト・テスタロッサで、車椅子の子が八神はやて。フェイトとは公園で、はやてとは図書館で知り合ったんだ。」
「はじめまして、高町なのはです。」
元気よくぺこりとお辞儀をするなのはに、口々に挨拶を返す二人。これが、将来管理世界にその名をとどろかす三人のエースの出会いであった。
「なるほど。優喜君が可愛いて褒めるわけや。」
「うん。」
「え?」
「いやな、さっき優喜君が自分のことを美少女やって言うとってん。」
その言葉に、非常に複雑そうな顔をするなのは。
「あ~、自分も、優喜君に言われるのは不本意か。」
「褒められてうれしいと思うより先に、この顔に言われたくない、って思うよね。特に私みたいに、それほど容姿に自信がない身の上としては。」
なのはの言葉に、半分同意しつつも、その言葉に素直に頷けない。それこそ、なのはの顔で言われても、というのがフェイトとはやての感想だ。
「それで、二人は優喜君に、何を助けてもらったの?」
「やっぱそう来るか。」
「なのはから見ても、優喜ってそうなんだ。」
なのはの一言に、思わず苦笑が漏れる二人。しかも、間違っていないところがすばらしい。
「私は、図書館で本を取ってもらったんよ。」
「私は、公園で探し物を手伝ってもらって。」
「別に、大したことをしたわけじゃないよ。」
実際のところ、フェイトの手伝いはともかく、はやての手伝い自体は誰でもできることだ。そもそも、図書館を利用するような人間なら、車椅子の小学生が困っていれば、頼めば快く手伝ってくれるだろう。日本は、さすがにそこまで落ちぶれてはいない。
「その、大したことじゃないことを、当たり前のようにやってくれる人間って、案外おらへんもんやで。」
私も、この足になって初めて思い知ったわ、と明るく言うはやてに、表情の選択に困る一同。
「僕がやってることぐらい、なのはだって割と普通にやってる気がしなくもないけど。」
「私は優喜君ほど気が利かないよ。」
速攻でなのはに裏切られる優喜。そんな和やかなやり取りを一歩引いた位置から、どこか醒めた思考でフェイトは見ていた。
「あ~、フェイト。やっぱり、探し物が気になる?」
表情の硬さを見て、苦笑を浮かべながら優喜が尋ねる。
「優喜は、気にならないの……?」
「気にならないわけじゃないけど、焦って探してもいい事は何もないから、ね。」
そのやり取りを聞いたなのはが、優喜に声をかける。
「私も、フェイトちゃんを手伝うよ?」
「ん~、後で詳しい話はするけど、なのははある意味、もう手伝ってるようなものだから。」
その一言で、並みの小学三年生よりはるかに敏いなのはとフェイトが、同時にピンと来る。もっとも、はやてがいる前で、その話をしない程度には、二人とも分別がある。
「なんか、色々ありそうやけど、まあ聞かんとくわ。」
これまた、小学生とは思えない察しのよさで、深く突っ込まないようにするはやて。本当に彼女達は、小学三年生なのだろうか。
「悪いね、蚊帳の外で。」
「ええって。私も、人に言いたくないことは結構あるし。それに、優喜君とはともかく、なのはちゃんとフェイトちゃんには、今日初めて会うんやから、な。」
「ごめんね、はやてちゃん。」
「気にせんといて。触れるべきかどうかを見極めるんも、ええ女の条件やで。」
はやての言葉に苦笑する優喜。いい女を自称するには、さすがにもっと年を重ねる必要があるんじゃないか、と思わなくもないが、将来いい女を自称できるぐらいには出来た女性にはなりそうではある。
「まあ、グダグダ言ってへんで、とりあえず食べよっか。せっかくご馳走になるんやし、ちゃんと気持ちよく味わって食べやんと、シュークリームに失礼や。」
「そうだね。せっかく、噂のシュークリームをご馳走してもらうんだし。」
噂の、という顔にきょとんとするなのはとフェイト。どうも油断すると、フェイトは結構表情豊かになるようだが、当の本人は気が付いていないようだ。
「噂って?」
「ああ、たいした話じゃない。はやてが、ここの名物はシュークリームだって教えてくれたんだ。」
「え~!? 優喜君、知らなかったの!?」
「いや、その反応は至極もっともだと思うんだけど、僕が来てからの日数を考えてよ。」
なのはと優喜のやり取りを、くすくす笑いながら眺めるはやて。相変わらず話についていけないフェイト。
「えっと、優喜がシュークリームのことを知らないと、何かおかしいの?」
「そらそうやん。お世話になってる家のことやで?」
「そうだよ。昨日も翠屋で食べたんだし、それぐらいお母さんに聞いてると思うよ、普通。」
「……私、母さんの得意料理ってよく知らない。」
フェイトの台詞に、言葉を失うなのはとはやて。普段なら、はやてあたりが茶化しそうな台詞だが、フェイトの無表情がそれを阻む。
「だったら、聞けばいいんじゃない?」
「え?」
「さっきの僕じゃないけど、聞かなきゃ絶対わかんないよ。教えてくれなきゃ、教えてくれるまで粘ればいい。聞くは一時の恥、聞かぬは生涯の損、ってね。」
なのはたちが言葉を捜しているうちに、至極あっさりと回答を告げる優喜。そんなに簡単なことではないのは、フェイトの表情から理解できているだろうが、優喜はあえて大したことじゃないように告げる。
「まあ、どうするかは、それを食べてから決めてもいいんじゃないかな?」
「……うん。」
フェイトの反応に内心胸を撫で下ろしながら、自分たちも目の前の翠屋の最高傑作にかぶりつく。主張しすぎない優しい甘みが口の中に広がり、作り手の優しさに身も心も包み込まれるような錯覚を覚える。
「……おいしい。」
味覚は鋭いが別段グルメでもなんでもない優喜では、ほかに言葉など出てこない。そして、それは目の前のフェイトも同じようで……。
「……うん、……おいしい。」
表情を変えずに、ぽろぽろ涙を流しながら、手の中のシュークリームをかじる。
「……どうしたの?」
「……え?」
「泣いてるから……。」
「私……、泣いてる……?」
先ほどの話とあわせて、フェイトの気持ちについて、少し察するものがある優喜。だが、そこでコメントするような無粋な真似は、口が裂けても出来ない。
「何や、泣くほどおいしかったんか。」
「……うん。多分、泣くほどおいしいんだと思う。」
茶化すようなはやての言葉に、静かに頷くフェイト。その後、そのテーブルを優しい沈黙が包み込み、ただ、シュークリームを咀嚼する音が、小さく響くのであった。
「ほんなら、今日はありがとうな。」
「ん。来週から学校だから、あんまり顔出せなくなると思うけど、またなのはと遊びに来るよ。」
「そのときは、私のお友達を紹介するね。」
「それは楽しみやな。」
そういって、家の中に入ろうとして、そのまま器用に車椅子を反転させるはやて。
「来週からってことは、今週いっぱいは割りと暇なん?」
「明日は編入試験だから、さすがに暇とは言いがたいけど、その後は今のところ、これといって予定は決まってない。」
「ほな、日曜までは相手してもらえるんや。」
「あ、日曜といえば。」
優喜とはやての会話に、なのはが割り込む。
「お父さんが監督をやってるサッカーのチームが、日曜日に試合なんだ。私、お友達と応援に行くんだけど、フェイトちゃんとはやてちゃんもどう?」
「お~、それは面白そうやな。優喜君とか出たら、相手が戸惑って得点がっつり?」
「それは……。」
「別の意味でやめておいたほうがいいと思う……。」
はやての物騒な台詞に、なのはとフェイトが困った顔で言葉を濁す。いくらなんでも、小学生のサッカーチームがリアル少林サッカーとか、危険すぎるにも程がある。
「まあ、私は面白そうやから、参加させてもらうわ。」
「私は……。」
「フェイトちゃんはやっぱり、探し物?」
「うん。」
ごめんね、というフェイトに、苦笑しながら首を振るなのは。
「用事があるのは、仕方がないよ。」
「……また、次の機会に誘って。」
「うん!」
その場を取り繕うための申し出。それを実にうれしそうに受け入れるなのは。その様子を見て、いつまでシリアスに深刻な顔を維持できるのか、と内心意地の悪い楽しみを覚える優喜。
「じゃあ、僕達は帰るから。」
「またね、はやてちゃん。」
「……さようなら、はやて。」
はやてが扉の向こうに消えたのを優喜が耳で確認した後、八神家から十分離れた辺りで優喜が小声で切り出す。
「えっと、ジュエルシードの話の前に、ちょっといい?」
「え?」
「の前に、ユーノ、アルフ、出てきていいよ。」
「……このまま、忘れられるかと思った。」
「まったく、窮屈だったよ。」
物陰から、動物形態コンビがのっそりと姿を現す。二人とも動物の姿だったため、翠屋の中に入れず、外でこそこそ隠れてついて回っていたのだ。なのはもフェイトも帰りに呼んで紹介しようかと思ったのだが、何を思ったのか優喜がそれを止めたため、二人は敵同士なのにお互いの悲哀を語り合って妙なシンパシーを感じてしまったわけだ。
「で、何?」
「あたしたちをわざわざ離れさせた理由に関係あるんだろう?」
「うん。どうもはやて、誰かに監視されてるらしい。」
「「……!」」
大きな声を出しそうになったなのはとフェイトの口を、光の速さでふさぐ優喜。言っていることがすぐには理解できず、まったく反応できない動物コンビ。
「僕達に向いた視線は消えてるけど、まだ聞かれてないとは限らないから、あんまり大きな声は出さない。」
「……どういうこと?」
「どういう、って言われてもね。僕に分かるのは、隠す気が無い視線が二組、ずっと僕達を見てたことと、はやての家の中、普通のご家庭だとおかしな高さから、微かにマイクの音みたいなのが聞こえたこと、ぐらいかな。」
「……優喜の耳って、どうなってるの?」
「いや、そこを気にされても。」
ぶっちゃけ、優喜の耳がどうだろうが、この話には一切関係ないわけだが。
「とりあえず、この話は、後で士郎さんにも話しておくから、なのはたちも、はやてがいるときの会話にはちょっとだけ注意しててね。」
「うん。」
「分かった。」
基本的には敵同士だというのに、どういうわけかこんなところは仲良く同意してくれるなのはとフェイト。まあ、優喜たちの会話は基本的に、小学生がするには大人びた内容でこそあるが、話そのものは他愛もないものだ。別段警戒されるような理由はないだろう。もっとも、意図してそういう話をしたわけではなく、単純にはやてを相手に、魔法がどうのジュエルシードがどうの、何ぞという話が一切出来なかったからに過ぎないが。
「で、ジュエルシードの話だけど。」
優喜の言葉に、自分達の立ち居地を思い出し、とっさに距離を取って身構える二人。自身の友に寄り添うユーノと主人の前に出て威嚇するアルフ。
「とりあえず、当面はかちあったら協力、ってことにしない?」
「「「「へ?」」」」
「いやさ、なのはもフェイトも、どうにも危なっかしいというか、やり方がなってないというか、ね。」
言わんとする事に、大いに心当たりがある一同。なのははど素人の移動砲台ゆえ、どうにも基本の攻め手が甘い。選択肢が不要なほどにはまだ砲撃も洗練されておらず、場のひっくり返し方が力押しか博打というのもおこがましい荒っぽい奇策かに限られてくる。
そしてフェイトはフェイトで、それなりの戦闘訓練は受けているが経験が足りず、最後の詰めが甘い。アルフとの連携もまだ連携と呼べるほどではなく、こう、最後の最後でとんでもないポカをやらかすことがあるのだ。
結局のところ、総じて訓練も経験も足りていない、というのが結論だ。このまま続けるといずれ余計な大けがをしかねない。まあ、しょせん九歳児なので、実戦経験が経験豊富な方がおかしいのだが。
「最終的にはじゃんけんなり何なりで取り合いをするにしても、全部集まるまでは手を組んで集めた方がいいんじゃないかな、って。」
優喜の提案に、いろいろな思惑を伴った沈黙が下りる。
「私は賛成かな。出来たら、フェイトちゃんと喧嘩とかしたくないし。」
なのはが真っ先に賛成する。意外と喧嘩っ早い面はあるが、基本的に彼女は平和主義者なのだ。たとえアリサ相手に説得という名の拳を振るい、夕日をバックに友情を確かめあった経歴があっても、そこは変わらないのだ。
「僕は……、保留にさせて。集めてる理由が分からないから、信用しようにもちょっと。」
「あたしもだね。個人的には、あんたたちは信用できると思う。でも、あんたたちの後ろにいる管理局は、どうにも信用できない。」
二人の言い分もわかるので、苦笑するしかない優喜。
「私は……、協力はできない……。」
「どうして、フェイトちゃん!?」
「私は、母さんの娘だから。大魔導師の母さんの娘である以上、一人で全部できないといけないから……。」
フェイトの言葉にため息をついて、この返事を予想していた優喜が、考え方を修正しにかかる。
「あのさ、フェイト。他人をうまく利用するのも、大魔導師の技の一つだよ。」
「え?」
「お母さんに、わざわざ馬鹿正直に手伝ってもらった、って報告する必要もないし、ね。」
凄い詭弁だ。フェイトのような黙っていることはできても嘘は付けない素直な女の子に、相手をだますという悪いことを教え込もうとしているひどい男、竜岡優喜。こいつは将来、ぺてん師にでもなるんじゃないかと、人ごとながら心配してしまうアルフ。
「優喜君、ずるはいけないと思います!」
「ずるをするのもケースバイケース。嘘が必要な時もあるもんだ。」
「……優喜って、まじめにやってるかと思ったら、とんでもないところでアバウトだよね。」
「今回の場合、重要なのは確実にジュエルシードを集めきること。その過程が早く終わって、関係者の安全が最大限に確保できるんだったら、ぺてんだろうが詭弁だろうが何でもするよ。」
それに、と言葉を切り、なのはとフェイトをまっすぐ見て、言葉を紡ぐ。
「仮に、今ここでお互いのジュエルシードを取りあいするとしよう。どっちが勝ったところで、負けた方が完全に手を引くわけじゃないでしょ?」
「うん。」
「……引けるわけがない。」
「じゃあさ、取り合いなんて面倒なことを、毎回かちあうたびにやるの? やればやるだけ無駄に消耗して、回収が遅れるんだよ?」
優喜の、無駄に筋が通って理路整然とした主張に、騙されている感じがしつつも反論できないフェイトとアルフ。もっとも、一緒に行動すればするほど、最後の勝負がやりづらくなるという罠がひそかに隠れているわけで、しかもそのことに気が付いているのはユーノだけだったりするのだが。
「優喜、君の頭の回転の速さには感心するよ、褒めてない意味で。」
「でも、基本的には賛成なんでしょ?」
「反対できるわけないじゃないか……。」
ユーノとしても、フェイトが決して悪い子ではないことを理解してしまったのだ。アルフとの会話や今までのやり取りで、フェイトにしっかり情が移ってしまった以上、出来るだけなのはとの衝突は先送りにしたい、と思ってしまうのはしょうがないことなのだ。
「あたしはフェイトの判断に従う。ただ、個人的な意見としては、悪い話じゃない、とは思うよ。」
そしてアルフにとっては、究極的にはジュエルシードはどうでもいい。現状の力量を考えた場合、優喜と敵対しても勝てる道理がなく、また、優喜がかかわってきたおかげで、フェイトについての懸念事項が少しずつ解決に向かい始めている。さっきの提案も、どうにも裏がありそうな雰囲気だが、間違っても自分たちに一方的に不利な結果にはしない、という確信だけはある。
「……アルフがそういうのなら。」
「フェイトちゃん、協力してくれるの?」
「全部集まるまでは、協力する。でも、全部そろったら、なのはと私は敵同士。」
「それでもいいよ。一緒に頑張ろう!」
ようやく落ち着くところに落ち着いたのを確認した優喜は、フェイトの背後に視線を送る。その視線に対して、彼女の背後の人影が頷くのを確認すると、やたらはしゃいでいるなのはと、それに戸惑いを隠せないフェイトに向かって声をかける。
「それで、フェイトとアルフはこの後、どうするの?」
「このまま、ジュエルシードを探す。」
「あたしはもちろん、その手伝い。」
予想通りの回答に対し、なのはとユーノに視線を向ける。
「なのは、塾まではどれぐらい?」
「一時間ちょっと、かな?」
「フェイトを手伝う時間はない、か。」
「うん、ごめんね。」
心底申し訳なさそうななのはに、思わず苦笑する優喜とユーノ。フェイトを手伝う、という言い方にナチュラルになじんでいるあたり、本気で根っこは善良な少女だ。
「じゃあ、フェイトには悪いけど、なのはは昨日出した課題のチェックだけやって、塾の準備かな。」
「お手柔らかにお願いします……。」
「それが終わったら、僕とユーノで門限ぎりぎりぐらいまでは探してみる。」
大体の打ち合わせが終わり、そのまま解散の流れとなる。ちなみになのはの宿題の回答は……。
「誘導弾はともかく、弾幕をここまで張りきらんでも……。」
「弾幕は、というか弾幕もパワーって、なんかすごくなのはらしいよね……。」
という二人のコメントがすべてであった。