優喜が聖王教会と顔合わせをした一週間後。ヴォルケンリッターが管理局と協力することを認めた二日後。なのはとフェイトの嘱託魔導師採用試験の付き添いで本局まで来た優喜は、終わるまでの間クラナガンの中央ポートに程近い公園で、フリーマーケットでアクセサリー売りをしていた。
付き添いはいいが、待っている間やることがない、という優喜に対し、リンディが本局の見学を勧めてきたが、広すぎて戻るのに時間がかかる上、次元世界の通貨を持ち合わせていない優喜にはそそるものがほとんど無かったのだ。無限書庫も、今ユーノが遺跡発掘の第三陣として留守にしているため、ほんの数人の司書により少しずつ整理が進められているだけの状況だ。優喜のように、魔法の素養が一切ない人間が出向くにはいろいろ問題が多いため、現在は資格所有者以外立ち入り禁止である。
そこで、優喜がアクセサリー作りを趣味でやっている事を聞いていたエイミィが、だったらフリーマーケットで出品してはどうか、という話を持ち出し、手続きまで代行してくれたため、試験が終わった後遊んで帰るための軍資金稼ぎも兼ねて、処分が終わっていない物を適当な値段をつけて売りさばいているのだ。
「売れ行きはどう?」
「まあまあ、ってところかな? 持ち込んだ分の半分ぐらいは売れたし。」
試験の関係で地上本部の方に用事があったエイミィが、ついでに優喜の様子を見に顔を出す。さぼっているように見えなくもないが、これも一応彼女の仕事だ。
「しっかしすごいなあ。仕事中じゃなかったら、一つ買って行くのになあ……。」
優喜がずらっと並べているアクセサリーを見て、実に残念そうにぼやくエイミィ。因みに、優喜にこちらの物価など分かるはずがないので、値段についてはエイミィが相場を教えていたりする。
「どれが欲しいの?」
「え?」
「エイミィさんにはいろいろお世話になってるから、プレゼントするよ?」
「いいの?」
「うん。なんなら、注文くれたら作るけど?」
優喜の言葉に真剣に考え込む。
「じゃあ今度、制服でも私服でも違和感ない、ちょっとおしゃれな感じのイヤリングとかお願いしていい?」
「いいよ。サービスでちょっとしたおまじないもかけとくよ。」
「おまじない?」
「うん。まあ、あんまり役に立たないとは思うけど、軽く弾よけのおまじないあたりをね。」
えらく実用本位なおまじないを持ち出す優喜に、明後日の方向に視線を泳がせながら乾いた笑みを浮かべるエイミィ。実際、エイミィには役に立たなかろう。因みに、優喜の弾よけのエンチャントは、軽めのものでフェイトのフォトンランサーを五分五分で、なのはの弾幕を七割の確率で、デリンジャークラスの弾なら確実に反らす事が出来る。
納期が一月ほどあれば、威力ランクB+以下の飛び道具は完全に無力化できるものも作れるが、まだ今の実力では、そんなに難しい事をすると、その間他のエンチャントが出来ないという弱点がある。なので、保険程度の軽めのエンチャントなのだ。
「そのおまじないは、むしろクロノ君のためにしてあげて。」
「了解。間を見てクロノ用も作っておくよ。で、なのはとフェイトはどんな感じ?」
「学科の方は、ざっと回答を見たけど問題ないみたい。カンニングチェックにも引っかかってないし、ペーパーテストで落ちることはないと思うよ。」
「じゃあ、あとは実技だけか。」
「うん。今は儀式魔法を四種、フェイトちゃん主導でやってるところ。」
儀式魔法に関しては、現状なのはの実技周りで一番の弱点だ。得手不得手はあれど、他の魔法は一通り、必要最低限の効果が出るところまでは練習しているが、儀式魔法は時間がなくて手つかずだ。なので、参加は出来るが主導は出来ない。
「フェイトはともかく、なのはにとっては一番の不安要素だね。」
「大丈夫大丈夫。部署にもよるけど、儀式魔法なんて長距離転送か強装結界ぐらいしか使わないから、参加が出来ればそれで十分だって。」
「そういうもんなんだ。」
「そ。それにね、なのはちゃんとかフェイトちゃんを、わざわざ強装結界の要員に使うとか、そんな勿体ない事は普通しないし。」
「なるほどね。」
無論、プレシアがやったように次元空間から攻撃するとか、浄化のための儀式とか、儀式魔法の出番がないわけではない。だが、普通の事件で儀式魔法が必要なほどの大規模な攻撃魔法は使わないし、一定ラインを超える破壊力が必要なら、素直に魔導砲・アルカンシェルで吹き飛ばす事が多い。浄化などの儀式に関しても、なのは達のような門外漢ではなく、それ専門の魔導師が主導するので、ほとんどの魔導師は、参加は出来ても主導は出来ない、とのことだ。
「だから、実質戦闘試験が一番の難関だとは思うけど、これも、よっぽど無様な負け方をしなかったら、まず問題無く受かるしね。」
「無様な負け方ってのが危なっかしいなあ。特にフェイトが。因みに、試験官はクロノ?」
「うん。最初予定してた教導隊の人たちが、急な特別任務で出払っちゃってね。連携戦闘については、さっき地上本部の方に顔を出して、頭を下げてきたから別の人だけど。」
さすがにクロノといえども、AAAクラス二人とその使い魔一人という組み合わせを単独でどうにかするのは厳しいらしい。しかも、なのはとフェイトは、きっちり役割分担ができる組み合わせで、しかも一緒に肩を並べて戦った経験もそこそこある。それに何より、なのはの砲撃は、当たればそれで勝負がつきかねない。なので、応援要請として、首都防衛隊の待機組から二人ほど、頭を下げて協力してもらったのだ。
同じ組織とは思えないほど仲の悪い地上と本局では珍しい話だが、首都防衛隊に限っては、本局の局員と肩を並べて戦う事も多いので、部隊を選べばそれほど話が通じないわけではない。それに、そもそもAAA以上の魔導師が複数となると、地上では首都防衛隊ぐらいにしかいない。
「もしかしたら、悪い事をしたかも。」
「どうしたの?」
「いや、ちょっとね。」
はやての誕生会でなのはに話した、クロノの戦闘スタイルについての分析を、正直に全部話す。
「うわぁ……。クロノ君が気にしてる事とか、全部ビンゴだよ……。」
「あ~、やっぱりか……。まあ、分かってても引っ掛かる時は引っ掛かるし、手札が割れてても関係無く引っ掛けるのが、あの手のスタイルの本領なわけだし。ただね。」
「ただ?」
「別にクロノ相手だけを考えたわけじゃないんだけど、戦闘訓練、最近はバインド対策も結構やってるんだよね。」
「あ~……。」
バインドというのは、まっとうな対人戦では絶大な効果を発揮する。なので、バインド対策をきっちりやるのは悪いことではない。ないのだが……。
「もしかしたら、試験官がぼろ負けするとか、そういう珍事が起こる可能性もあるかも……。」
「まあ、なのはもフェイトも、まだまだ攻め手が荒いし詰めが甘いから、型にはまるとあっさり完封されるし。」
という優喜のフォローもむなしく、クロノを含む試験官はこの後、えげつないとしか言いようがないやり口で対応をつぶされ、小細工ではどうにもならない世界というものを徹底的に味わう羽目になるのだが。
「まあ、クロノ君の無事を祈るしかないかな。優喜君も祈ってあげて。」
「はいな。それで、そろそろ結構な時間がたってるけど、仕事はいいの?」
「あ、そうだね。そろそろ行くよ。ごめんね、邪魔しちゃって。」
「いやいや。お客さんと駄弁るのも、フリーマーケットの醍醐味だし。」
そだね、と優喜の言葉に同意してから、軽く手を振って立ち去るエイミィ。運がいいのか悪いのか、この後の珍事に、彼女はそれほど大きくは巻き込まれずに済んだのであった。
もう昼には遅いかな、というぐらいの時間。いい加減持ち込んだアクセサリーも目ぼしいものはすべて売れ、優喜の観点で今一歩というものが後数点、という頃合いに、その親子連れは現れた。そろそろ店じまいして適当に買い食いでも、とか思っていたので、彼女達を最後の客にする事に。
「へえ、いいのが並んでるじゃない。誰かの手製?」
「ええ。目ぼしいものは全部売れましたけど。」
「あらら、ちょっと遅かったか。」
青い髪をポニーテールにした、上で見積もっても二十代半ばと思われる快活な女性が、実に残念そうに言う。その足元では、なのは達より少し年下、という感じの長い髪の少女と、まだ幼稚園児ぐらいのショートカットの女の子が、興味深そうに並んでいる商品を見つめていた。下の子とは辛うじて親子ぐらいに見えるが、上の子とは少々年の離れた姉妹にしか見えない組み合わせだ。
「それで、何か気に入ったものあった?」
優喜に声をかけられ、びくっとして母親の後ろに隠れるショートカットの女の子。
「あらあらスバル。このお姉ちゃん、そんなに怖くないでしょ?」
娘の人見知りに苦笑しながら、足にしがみつく娘の頭を軽くポンポンと叩く女性。
「おいおい、お前ら。あんまり勝手にさきさき行くんじゃねえ。」
女性が自分の娘をあやしていると、中年の渋いおっさんが親子に声をかける。
「あら、ゲンヤさん。もうお話はいいの?」
「本来、今日は家族サービスの日だからな。それで坊主、うちの娘どもは、どれがいいって?」
父親らしい中年のおっさんの言葉に、怪訝な顔をする女性。
「ゲンヤさん、坊主って?」
「まあ、この顔だから間違えてもしょうがねえか。坊主、お前さん男だろ?」
「よく分かりましたね。所見で男だと分かった人は久しぶりです。」
「仕事柄、そういう観察力は鍛えておかねえとまずいんだわ。で、娘どもが欲しがってるのはどれだ?」
「聞く前に怖がられちゃいまして。」
優喜の返事に苦笑するゲンヤ。
「まあ、スバルは人見知りするからなあ。ギンガ、どれがいいんだ?」
「……これ。」
ギンガと呼ばれた、年上の方の子供が指さしたのは、非常にシンプルなチェーンネックレスだった。残っている中では一番値段が高いうえ、一番地味なデザインである。因みに、同じものがもう一つある。
「おいおい、本当にこれか? こっちのブローチとか、この髪飾りとかじゃなくて?」
「うん。これがいい。」
「おやびっくり。お嬢ちゃんはお目が高い。そのネックレスはちょっとしたおまじないがしてある、実は今日持ってきた中で一番手が込んでるものだよ。」
「おまじないって、そんなもんで値段を吊り上げてるのかよ……。」
ゲンヤの言葉に苦笑する。魔法という技術が存在しているミッドチルダでも、やはりおまじないはオカルトの類らしい。
「因みに、おまじないってどんなもの?」
「防御力強化。首から下げるだけで、低ランクのバリアジャケットと同じぐらいの防御力をゲットできる優れもの。」
「……いきなり即物的な表現になったわね。」
「他に表現のしようがありませんから。」
優喜の説明に苦笑する女性。おまじない、という語感から来る印象とはかけ離れた、異常に生々しく即物的な効果に、思わず突っ込みたくなったのも無理はないはずだ、と取り合えず自己弁護をしておくことにする。
「低ランクって、具体的には?」
「僕は管理外世界の人間だし、魔導師資質がないから詳しいランク区分は分からないけど、とりあえずデリンジャー程度の拳銃の威力なら、完全にノーダメージで防げるぐらいですね。」
「……本当に?」
「一応、ちゃんと効果は確認してあります。まあ、こればっかりは、着けて試してみて、としか言いようがないので。」
優喜の言葉に、しばし考え込む女性。こんなフリーマーケットに出回ってる、手製のチェーンネックレスとしてはかなり高いと言わざるを得ない値段だが、付加効果が本当であれば、逆に驚異的に安い。身につけているだけでコストなしで防御力向上、などというアイテムは、それこそロストロギアの領域なのだから。
「そうね。話のタネに買って行こうかしら。この子たちもこれが一番気に入ったみたいだし。」
「お、おい、クイント……。本気かよ……?」
「別にいいじゃない。こういう怪しげなものを買うのも、フリーマーケットの醍醐味みたいなものなんだし。」
「ま、まあ、納得してるんだったら、別にいいんだがよ……。」
ゲンヤがごにょごにょ言っているのを無視して、さっさと支払いを済ませるクイント。さすがにフリーマーケットでは、みな現金決済が普通である。因みに、優喜本人はピンと来ていないが、今日一日で普通の企業の高卒程度の新入社員の、一カ月の手取り収入程度の稼ぎをあげていたりする。
「そういえば君、管理外世界の子だって言ってたけど、移住してきたの?」
「いえ。今日は単に友達の用事の付き添いで、こっちに。終わるまでの間時間つぶしと軍資金稼ぎも兼ねて、練習で作って処分に困ってたものを出品してました。」
「別に、無理に敬語でなくていいわよ。それで、お友達の用事って何?」
「んと、嘱託魔導師試験を受けに来たんだ。いろいろあって、どこにどんな風に目をつけられてるのか、分かったもんじゃないって状況になっちゃって。」
「目をつけられるって、大規模な砲撃でも連射したの?」
「そんなところ。なにしろ、推定ランクAAA以上の魔導師が何人か、全力戦闘をする羽目になったから。」
優喜の言葉に、しばし沈黙するゲンヤとクイント。どうやら、相当大規模な事件に巻き込まれたようだが、魔導師資質がない目の前の少年が、よく無事に切り抜けたものだ。
「で、僕自身は管理局に所属する理由がないから、こうやって試験が終わるまで、軽く商売をしてたんだ。」
「なるほどねえ。それで、試験が終わった後に、打ち上げとして軽く遊んで帰るって腹かい?」
「そそ。本局内の福利施設で遊ぶか、クラナガンで遊ぶかは、合流してから考えるつもり。」
優喜の返事に、そういう事ならといくつかお勧めのスポットを教えるクイント。こんな感じで、異世界でもフリーマーケットの醍醐味を楽しむ優喜であった。
そのあと、もうすこしだけナカジマ一家と雑談をしている最中。唐突に、少しばかり優喜の顔つきが変わる。常に無意識のレベルで行っている気配探知。それが、やけに攻撃的な魔力を拾ったのだ。大きさはなのはの通常魔力弾換算でせいぜい五発分程度。人一人を気絶させるには十分だが、たとえ物理破壊設定でぶっ放したところで、人間を即死させることは出来ないだろう。低ランクでもバリアジャケットがあれば、戦闘能力を失わずに済むレベルだ。
「ねえ、おじさん。」
「なんだ?」
「おじさんは、管理局の人だよね?」
「ああ。地上勤務だがな。」
「こういう公園って、警備とかはどうなってるの?」
いきなり雰囲気が変わった優喜の問いかけに、怪訝な顔をしながら少し考え込む。
「……そうだな。今日みたいな大きめのイベントの時は、一応それなりの人数を交代制で巡回させているし、出入り口と人の多い場所には常駐の警備員も置いてある。それに、人目の無いところを出来るだけ埋めるように、結構大量のサーチャーをばらまいてあるぞ。」
「なるほど。出品者は荷物のチェックも受けてるから、盗難届が出てない盗品でも出てない限り、出品されてるものが原因でトラブルが、ってことは少ないか。」
「まあな。それで、どうしたんだ?」
「どうにも妙な感じなんだ。この手のフリーマーケットって、トラブルは多い?」
「人がこんだけ集まるんだ。トラブルゼロはあり得ねえさ。」
優喜がなにを言いたいのかがいまいちピンとこないゲンヤ。少し考え込んで、荷物の中から取り出したシンプルなチェーンブレスレットをゲンヤに投げて渡す優喜。
「おじさん、魔導師じゃないんでしょ? さっき売ったやつと同じおまじないがかかってるから、念のためにそれつけといて。」
「おい。どう言う事だ?」
「それから、お姉さんは武術をやってる魔導師だろうから、少々のもめごとなら大丈夫だと思うんだけど、どう?」
「……よく分かったわね。そういう君も、何かやってるんでしょ?」
「まあ、師匠から見ればたしなみ程度の技量だけどね。」
そう言いながら、魔力の発生源を探知する。場所は三つ左隣りの向かい。徐々にこちらに近付いている。何かブツブツ言っているようだが、人が多すぎてなにを呟いているのかは拾えない。
自分も引きの悪さはフェイトの事を言えないな、などと思いつつも警戒していると、予想通り唐突に魔力弾が炸裂した。
「ゲンヤさん!!」
「大丈夫だ!」
優喜の反応から何かあると身構えていたことが幸いし、防御魔法が間にあうクイント。優喜の渡したブレスレットのおかげで、直撃しても無傷で済んだゲンヤ。
「しかし驚いたな。本当に効果がありやがった。」
「本当ね。ギンガ! スバル! 怪我はない!?」
「うん!」
「おにーちゃんが守ってくれたから、大丈夫。」
見ると、ギンガとスバルはいつの間にか優喜の後ろ側に回っており、流れ弾で飛び散った瓦礫のうち、直撃コースのものはすべて優喜に叩き落とされていた。
「ひゃはははははははは!!」
今の一撃で何かが吹っ切れたらしい。事を起こした、まだせいぜい二十歳前後の若い男性魔導師は、明らかに逝っちゃった顔で無差別に魔力弾をばらまき始める。
突然のこのテロ行為に、周囲がパニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように逃げ回る。結果として、取り押さえるために急行してきた局員が、人波に押されて現場にたどり着けなくなる。
「クイント!」
「分かってる! けど、数が多すぎる!」
唯一、魔導師として事態に対応できるクイントは、次々放たれる物理破壊設定の魔力弾を、周りの一般市民に当たらないように防ぐので手一杯だ。力量差だけを考えれば、五秒で制圧できる程度の相手。そんな相手に状況を盾に取られて苦戦せざるを得ない現状に、歯噛みせざるを得ない。また、整備中で自分のデバイスを持ってきていなかったのも痛い。
当たったところでせいぜい打撲程度の威力。当たり所とタイミングが悪くても、いいところ骨折するかしないかぐらいの魔力弾。だが、たとえその程度のものでも、一般市民に当てさせるわけにはいかない。健常者には大した威力ではなくても、子供や老人にとっては危険な一撃だ。
ゆえに、不意打ちで防ぎれなかった初撃以外は、体を張ってでも全てを防ぐしかない。そして、クイントは実際に、広範囲に無差別にランダムにばらまかれる魔力弾を、デバイスも無しで全てたたき落とすという離れ業をやってのけていた。彼女が卓越した戦闘技能を持っていることは、この一点をもってしても明らかであろう。
「手伝うよ。」
ゲンヤと協力して、負傷者と子供達を安全圏に逃がし終えた優喜が、ひょっこり戻ってきて声をかける。
「魔導師でもない子供が、いちいちしゃしゃり出てこないの!」
「この程度、魔導師でなくても仕留められるよ?」
クイントの言葉を一蹴し、拾った小石で飛んできた魔力弾を全て撃ち落とすと、一流の武道家であるクイントですら、なにが起こったか分からない動きで距離を詰める。次の瞬間、崩れ落ちる魔導師。
「……強いわね、恐ろしく。」
「いやいや、ただの小僧の手慰みだって。」
「その台詞を、どつき倒されたこの男に言ってみな。刺されても文句は言えねえから。」
「まあ、そうかもね。」
ゲンヤの言葉に苦笑しながら、適当に縛るものを探して、両手の親指を後ろ手に壊死しない程度の強さで縛る。
「坊主、やけに手慣れてるけどよ、その年で一体どんな人生を送って来てんだ?」
「まあ、いろいろと波乱に満ちた人生?」
「それで済ますのかよ……。」
ゲンヤの言葉に肩をすくめて見せると、もう一度犯人をじっくり観察する。
「しっかしこれ、大したもんだな。豆鉄砲とはいえ、痛くもかゆくもねえんだから。」
「いいでしょ。とまあ、とりあえずその辺の話はおいといて。この人だけど、多分薬物検査をした方がいいと思う。」
優喜の言葉に、顔つきが変わるゲンヤ。
「どう言う事だ?」
「ふむ、詳しく聞かせてもらえないかね、少年。」
ゲンヤの言葉に割り込むように、立派なひげの壮年の男が割り込む。後ろには、メガネをかけたクールビューティを一人、従えている。
「こ、これはゲイズ中将閣下!」
「休暇の最中まで、いちいちかしこまる必要はないぞ、ゲンヤ・ナカジマ三佐。」
「で、ですが……。」
「中将閣下は、一体どのようなご用件でこちらに?」
「なに。仕事の合間の時間に、フリーマーケットの様子を見に来ただけだ。たまにはこういう活気のある場所を見ねば、自分が何のために管理局にいるのか、忘れそうになるのでな。」
そう言って腹立たしそうに、目の前の魔導師が暴れた跡を見渡し、もう一度優喜に視線を戻す。
「それで、話をもどすが、少年。」
「なんですか?」
「改まる必要はないぞ、少年。お前は儂の部下ではないし、第一お前ぐらいの子供が畏まった態度で礼にかなった言動をするなど、気色悪くて仕方がない。」
「了解。それで、えっと、薬物検査の話だっけ?」
「ああ。」
少し間を置き、目の前の油ギッシュと紙一重のラインで精力的と評することができる強面を軽く観察。自分と同じく腹に一物あるタイプだが、私利利欲で動く人物でもないだろうと判断し、とりあえず分かっていることを全部話す。
「僕はちょっとした事情で、鼻と耳と舌は普通の人より鋭いんだ。で、この人の体臭、具体的には汗に、あんまりよろしくない種類の臭いが混ざってるのを感じたから、薬物反応を調べた方がいいんじゃないかな、って。あと、心拍数とか脈拍、呼吸もなんか妙だし、変な感じに瞳孔が開いてるから、薬かなあ、って。」
「それだけが根拠か?」
「他にもあるけど、こちらには存在しない概念だから、ここで説明すると長くなる。」
「ふむ。少年、この後の予定は?」
「友達の嘱託魔導師試験終了を待って合流、ちょっと遊んで帰るだけ。明日は学校だから、そんなに長くはこっちにいられないけどね。」
「……ふむ。本来は事情聴取などで時間を取りたいところだが……。」
ゲイズ中将は、ちらりとナカジマ夫妻に目を向け、しばし考え込む。
「そうだな。まず今回の事件については、ここで略式の事情聴取を行おう。少年、君は現在どこに住んでいる?」
「えっと確か、第九十七管理外世界、だったかな?」
「へえ、そりゃ奇遇だな。俺の先祖が第九十七管理外世界の出身なんだ。」
ゲンヤが面白そうに優喜に声をかける。
「なるほど、管理外世界の人間か。それなら確かにそれほど時間はかけられんな。儂はレジアス・ゲイズ。時空管理局地上本部のトップだ。少年、名と連絡先を教えてもらえんか?」
「名前は竜岡優喜。連絡先は……、この場合どこを教えればいいんだろう?」
「こちらに来ているという事は、誰か管理局の関係者がいるはずだ。その人物を教えてくれればいい。」
「だったら、トップは今のところ、リンディ・ハラオウン。」
「ハラオウンか……。」
リンディの名が出てきたところで、ゲイズ中将の顔が険しくなる。
「そういえば、地上と本局って、ものすごく仲が悪いって言ってたっけ?」
「ああ。頭のいてえ事にな。」
「でもさ、普通管理外世界在住の人間がこんなところにいるのって、大体本局がらみの事件にかかわったからだと思うんだけど……。」
「まあ、そうだろうなあ。」
「それで本局の人間と知り合いだからって、機嫌を悪くされても困るんだけど……。」
優喜の苦情に、少し表情を緩める。
「ああ、確かにそうだな。すまん。儂は本局は嫌いだが、それはお前達には関係の無いことだからな。」
「その主義主張に口をはさむ気はないけど、トップはそういう事にあまりこだわらないでほしいなあ……。」
優喜の命知らずな苦情に、思わず表情が固まる管理局員達。逆に、妙に機嫌よさげに、だが今にも目の前の生意気な小僧を食い殺しそうな目で優喜を見つめるゲイズ中将。
「面白い少年だな。儂を前にそこまで言い切れるあたり、なかなかの根性だ。」
「個人の主義主張はいいんだけど、それを組織全体でやられると、結局迷惑をかぶるのは部外者だってことは、散々経験してるからね。特にあなたたちは公的な治安維持組織なんだから、組織内での反目は、最終的には守るべき一般市民に返って来るんだよ?」
「言ってくれるな。だがその年で、そこまで明確に主義主張を持っているところは気に入った。優喜といったか? ナカジマ三佐が、無防備に魔力弾の直撃を受けて無事だった理由も知りたい。今日とは言わんが、一度じっくり話をする時間を取ってもらえんか?」
「それはかまわないけど、それほど実りのある話は出来ないと思うよ。」
「それを判断するのは儂だ。あとで都合がいい日時を教えてくれ。」
レジアスの言葉に、驚愕の視線を向けるクールビューティ。
「中将閣下、いくらなんでもそれは……。」
「管理外世界の人間に無理を言って話をさせるのだ。こちらが時間の都合をつけるのが筋であろう? 大体、優喜は儂の部下ではない。」
「忙しいんだったら、そんなに無理しなくてもいいんじゃない?」
「いや、ぜひとも話を聞かせてもらいたい事情があってな。内容次第では、地上の深刻な人材不足が、多少は解決するかもしれん。」
「さっきおじさんに渡したブレスレットのことを言ってるんだったら、あれはまだそんな数は作れないから、お役に立てるとは思えないんだけど。」
数は作れない、という言葉に目つきが変わるレジアス。それを見て、余計なことを言ったと後悔する優喜。まあ、こうなった以上、最悪夜天の書の修復プロジェクトに巻き込めばいいか、と腹をくくる。
「どうやら、何が何でも話を聞かせてもらわねばならんようだな。」
「分かった、分かりました。第九十七管理外世界の日本時間で十六時ぐらいなら、一時間ぐらいならどうにか時間の都合は付けられると思うから、そちらの都合のいい日にちでお願い。後、場合によっては、こっちもお願いすることが出るかもしれないから、そのときはよろしく。」
「内容次第だが、出来ることなら善処しよう。」
そこで話がまとまり、略式の事情聴取が進められる。と言っても、犯人は現行犯逮捕されている。発生状況についてや前後の様子など、気がついたことを答える程度だ。
「他に質問は?」
「まあ、こんなもんだろう。」
聞くべき話を聞き終えて、肩を叩きながら答えるゲンヤ。手が足りない事もあり、臨時でお手伝いである。
「なんだかすごい騒ぎになってるけど、なにがあったの?」
「あ、エイミィさん。試験は終わったの?」
「うん。無事、と言っていいのかどうかはともかく、二人とも合格だよ。で、なにがあったの?」
「ちょっとばかし通り魔的な事件がね。まあ、犯人はちゃんとどつき倒しておいたけど。」
「……優喜君って、フェイトちゃんとは違う方向で、トラブルに巻き込まれやすいよね。」
エイミィの言葉に苦笑していると、エイミィに気がついたレジアスが、不機嫌そうに寄ってきた。
「……ふん、ハラオウンの飼い犬か。」
レジアスの登場に、思わず身を固くしながら反射的に敬礼をするエイミィ。
「レジアスさん、そういう事を言わないの。この人たちがいなかったら、ぼくたちの世界もどうなってたのか分からないんだしさ。」
「……別に、本局を軽んじているわけではない。」
「まあ、個人的な好き嫌いはいいんだけどさ……。」
レジアスを窘める優喜を見て、驚きの顔を浮かべてしまうエイミィ。
「じゃあ、レジアスさん。お迎えも来たことだし、僕はこれで。」
「ああ。約束を忘れるでないぞ。」
「分かってるって。」
レジアスに手をあげて立ち去る優喜。一つ頭を下げた後、あわてて優喜を追いかけるエイミィ。公園を出たあたりでこっそり優喜に声をかける。
「ゲイズ中将と、いつの間に仲良くなったの?」
「ついさっき。まあ、仲良くなったというよりは、管理局について、己の主義主張をもとに再教育しよう、ってところだとは思うけど。」
「あ、あはは。優喜君も、大変な人に目をつけられたみたいだね。」
「まあ、悪い人ではないと思うよ。腹に一物はあるだろうけど、私利私欲に走るタイプではなさそうだし。」
優喜の人物評価に、だから厄介なんだけどなあ、と小さくつぶやくエイミィであった。
試験から二週間。それぞれに多忙な日々を送った結果、ようやくヴォルケンリッターとアースラトップスリーとの初対面が行われることになった。本来はもっと早くに面会する予定だったのだが、クロノとエイミィはいくつかの調査が大詰めになってしまって身動きがとれず、リンディはリンディでなのはとフェイトを部下にするためにいろいろ奔走しており、結局予定より大幅にタイミングがずれてしまったのだ。
この二週間の間の大きな変化としては、優喜がレジアスに再々呼び出される仲となったこと、ユーノが発掘先のミッドチルダ系文明の遺跡で、夜天の書の成立年代に近い稼働品のデバイスを発掘したこと、プレシアと忍の協力体制により、夜天の書のハード周りの不具合をいくつか洗い出せたこと、そして美由希の友人で霊能者の神咲那美に霊視してもらい、そう簡単に払えないレベルの霊障が発生していることを確認したことだろう。
「どうやら、生活の方は落ち着いたみたいだね。」
シグナムに出迎えられ、つい先ほど各種手続きを終えて発掘先から戻ってきたユーノが、応接室に腰をおろしながらシグナムの様子を見てそう声をかける。リンディたちアースラ組は、細かい業務の引き継ぎや書類決裁のため、まだこちらには顔を出していない。
「ああ。いまだに主はやてやバニングスの手を煩わせることもあるが、どうにか平穏にはやっていけている。スクライアも元気そうだな。」
「うん。久しぶりに本業に戻ったから、いろいろ楽しかったよ。」
「なるほど。その成果がそのかばんか?」
「そそ。他にもいろいろ資料とか出てきたし、そこら辺をちょっといろいろと皆で解析しようかと思ってね。」
ユーノが発掘した遺跡からは、稼働品のベルカ系デバイス以外にも、データチップがいくつか、中のデータが生きている状態で出土した。データチップの方は、ユーノが個人で持っている機材では読み取り形式が合わず、また結構頑丈なプロテクトがかかっていることもあって、中身はまだ誰も見ていない。
「それでシグナム、そっちの方は何かおかしなこととかは?」
「いや、これと言って特には。せいぜい、竜岡が管理局のどこかの部署のトップに気に入られて、やけに忙しくミッドチルダに出入りしていることぐらいだな。おかげで、高町や月村の機嫌が妙に悪くて困る。先週など、ほぼ毎日呼び出しに顔を出していたぞ。」
「……まあ、優喜が妙なところで変に気に入られるのはいつものことだし、それで今回の事がうまくいくんだったら、しばらくは目をつぶってもらう事にしよう。」
「ああ、そうだな。」
すっかり肩の力が抜けた様子のシグナムを見て、日本での生活はうまくいっているのだろうとあたりをつける。監視については、今のところ気にしてもしょうがないことだし、会話内容にだけ気をつけて、聞かれて恥ずかしくない事だけにすればいいのだと割り切ったようだ。
「それで、その優喜は?」
「今、プレシアさんと何かを確認している。そろそろこちらに顔を出すだろう。」
シグナムの言葉が終わる前に、優喜がはやてを伴って応接室に入ってくる。医療担当と言う事で、シャマルはプレシアと一緒に後処理中だ。因みにヴィータとザフィーラは、リニスを手伝って機材運びをしている。シグナムがサボっているようにみえるが、単純に手伝いを中座して、ユーノを出迎えていただけである。
「ユーノ君、お久。」
「ユーノ、お疲れ様。いろいろ出てきたみたいだね?」
「うん。ただ、デバイスは生きてるのは確実なんだけど、誰が何をしてもうんともすんとも言わないし、データチップも今の機材とは全く規格が違うから、僕みたいにそっち方面じゃ門外漢の人間にはどうにも出来なかったよ。」
「なるほど、そこら辺は確かに、プレシアさんとかリニスさんの出番だね。それで、そのデバイスってのは?」
「ちょっと待って、今出すから。」
そう言って、発掘品を納めたアタッシュケースを開いた途端、今まで沈黙を保っていた、レイジングハートに似た青い球状のデバイスが飛び出し、優喜の目の前に浮かんで静止する。
「ユーノ君、このデバイス沈黙しとったんちゃうん?」
「う、うん。実際さっきまでは本当に稼働品なのかも疑わしいレベルだったんだけど……。」
いきなりのデバイスの反応に戸惑う二人をよそに、その古代ベルカの英知を無駄な方向に詰め込んだデバイスは、本来なら後の歴史に残ったであろう第一声を、珍妙な内容で発した。
「よし、君に決めた。友よ、私を使え!」
「「「「は?」」」」
今までのデバイスにはない、妙に人間くさい言葉を「日本語で」発する古代ベルカの秘宝。そのあまりにもあまりな展開に、さすがの優喜ですら、一瞬反応に困ってしまう。やたら男くさいセリフなのに、合成音声では無い綺麗な女性の肉声で話すものだから、余計に戸惑いが大きい。
「ちょっと待って。友って誰?」
「友よ、君のことだ。」
「いや、だから、いつ僕はデバイスとお友達になったの? 大体何で日本語なんて話せるのさ?」
「決まっている。君の発する言葉をもとに、一番近い管理外世界の電波を収集して、友と最も円滑にコミュニケーションが取れる言語を構築したのだ。」
ファンキーな口調とは裏腹に、やってる事は凄まじく高度だ。だがそれ以前に、これほどぺらぺらと余計な事を話すデバイスなど、数百年存在しているシグナムですら初めてだ。
「しかし、確かに少々話を急ぎすぎたか。やはりまずは定石通り、自己紹介から行くべきだったな。」
「いや、そういう話じゃなくて。」
「私はベルカ式融合騎兼祈祷型アームドデバイス・ブレイブソウル。夜天の書の製作者の手により、書に有事があった際のカウンターの一つとして製作された。友よ、名を教えてほしい。」
「あ、うん。僕は竜岡優喜。私立聖祥大学付属小学校三年生。で、今いろいろと聞き捨てならないことを言ったけど、詳しい話を聞いていい?」
「もちろんだとも。だが、その前に友よ、私の使い手となれ!」
どうにもこうにも押しの強いデバイスに、いろいろある突っ込みどころに突っ込む気力も根こそぎやられてしまう。
「あのさ、僕は魔導師じゃないし、リンカーコアもないんだけど……。」
「問題ない。リンカーコアは自前のものがあるし、私にとって必要なのは高い魔導師資質ではなく、たとえ真竜相手でも白兵戦で一撃入れて生き残れる腕を持った戦士なのだからな。」
「いやまあ、確かにその条件やったら、優喜君以外は主になられへんやろうけどさあ。」
「真っ先に優喜を選ぶとか、デバイスのくせにどれだけ眼力が鋭いんだよ……。」
ブレイブソウルの言葉に、げんなりしたようにつぶやくはやてとユーノ。
「そもそも、ベルカ式のデバイスのくせに、何でミッドチルダ式の命名方法なのかしら?」
ようやく作業の仕上げが終わったらしく、シャマルを伴って戻ってきたプレシアが、珍しく対応に困っている優喜に代わって、いろいろ質問を始める。
「それは簡単な話だ、稀代の魔女よ。私の最初の友がミッドチルダ人で、彼女が私の名付け親だったからだ。勇者の魂などという我が身に過ぎた大仰な名前も、この身にリンカーコアを差し出した騎士が、ベルカで指折りの勇者とたたえられていたからに過ぎない。」
「なるほどね。まあ、ヴォルケンリッターの事もあるし、リンカーコアをデバイスに取り込むぐらいのことは、古代ベルカの技術なら可能かもね。それで、カウンターとして作られた、と言っているけど、具体的にはなにが出来るの?」
「大したことは出来ないさ。せいぜい、夜天の書のソースプログラムと暗号の複合化キーを持っていること、それから暴走状態の書に割り込みをかけるためのハッキング機能がある程度だ。どれも、他の事には役に立たない。」
「確かに、夜天の書を修復する以外には使い道はないわね。それはそうと、ハードの図面はないのかしら?」
「全てを私一人に集約させると、同じものを作って暴走させる馬鹿が出てきかねないからな。残念ながら、私が持っているのはソフト周りだけだ。」
プレシアの質問の答えを聞き、どうやらユーノが大当たりを引いたらしい事を悟る一同。ベルカ関係のものがベルカの遺跡からしか出てこないというのは先入観に過ぎないとはいえ、よもやこんな大きな当たりがミッドチルダ系文明の遺跡から出てくるなど、誰が予想しようか。
「それで、仕切りに優喜を所有者にしようとしているけど、それと夜天の書と何か関係があるのかしら?」
「それも簡単な話だ。私の機能が役に立つ状況となると、高確率で書が暴走しかかっているだろうと予測される。その場合、主に相手となるのは管理人格か防衛プログラムだろうが、どちらを相手にするにしても、並の武人やまっとうな魔導師では荷が重い。
そして、私の機能の性質上、一秒未満でもいいから、管理人格なり防衛プログラムなりに対して、物理的に接触する必要が出てくる。それゆえに、白兵戦もしくは格闘戦でそれが可能な技量の持ち主を、我が使い手として選ぶ必要があるのだ。それに、使い手が決まっていないと、夜天の書のカウンター機能を含むほとんどの機能は、ロックがかかっていて使えないのでね。」
「なるほど、全部把握したわ。細かいことはまたあとで聞くとして、最後の質問よ。リンカーコアを持っていると言ったようだけど、それによって何ができる?」
「騎士甲冑の生成、転送、結界、防御、後はベルカ式の攻性魔法をいくつか、と言ったところだな。このあたりは私の魔力を使えるから、友が非魔導師でも関係なく使える。後、選んだ友が魔導師で、融合騎に対して適正がある場合は融合による強化も出来るが、今回はこの能力は関係ない。まあ、一応融合騎として働くためのアウトフレームの展開も出来るが、夜天の書と違って自前の魔力で起動する必要があるから、アウトフレーム展開中は並の魔導師にも劣ると考えてくれ。」
デバイスとしてはロストロギアと呼んでもいいほど特殊な存在だが、性能そのものはそこまで大したものではないらしい。少なくとも、アウトフレームを展開すると魔導師としては大した実力ではなくなるぐらいだから、コアの魔力量は上で見てAAぐらいと言ったところか。
もっとも、並の魔導師というのが管理局の本局基準なら、もう少し上方修正が必要かもしれないが。
「OK、さしあたって今知るべきことは全部理解したわ。優喜、ブレイブソウルのセットアップをなさい。」
「……非常に先行きが不安だけど、それしかないみたいだね。」
「ようやく、私を使う気になってくれたか、友よ!」
「はいはい、そういうのはいいから、セットアップ手順を教えて。」
「なに、さして難しいものではない。登録モードに移行するから、アームドデバイスとしてのフォルムを三つと騎士甲冑をイメージしてくれたまえ。後はこちらで勝手に微調整をして登録する。」
言われて素直に自分の使いやすい武器や道具をイメージする。バリアジャケットは面倒なのでジャージに決定。フォルムの一つは武器ですらないが、別にかまうまい。
「友よ! その騎士甲冑は認められない!」
「駄目出しするの、そこなの!?」
「友のように女性の美しさと男性の力強さを持つたぐいまれなる麗人が、ジャージにナックルをつけて敵と殴り合うなど天が許しても私が許さない!」
「いやちょっと待ってよ! 普通駄目出しするんだったら、思いつかなくていい加減に決めた三つ目じゃないの!?」
「アームドデバイスが平和的な機能を持っているのもまた一興!」
ブレイブソウルのあまりに駄目な発言に、全力で脱力する優喜。
「そもそも、僕にそういうセンスを求めないでよ……。」
「ならば夜天の王よ。少女としての貴公に問おう。友の騎士甲冑に、何かいいものはないか?」
「まあ、無くもないで。別に甲冑って名前ほど仰々しくて硬そうなもんでなくてもええんやろ?」
「無論だ。」
「ほんなら、こんなんはどう?」
そう言ってはやてがブレイブソウルに見せたのは、いつぞやの月村家でのお茶会で、優喜がゴシック衣装でコスプレをさせられた時の写真。はやてはその場にいなかったが、あまりに優喜にゴシック衣装が似合うものだから、いつか目の前で来てもらおうと、その機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
「ほう? なるほど、これはいい。この服をもとに、戦闘向けにシルエットをいじってみよう。……できた。さあ、友よ。今こそセットアップをする時だ!」
「……明らかに嫌な予感がするから、絶対嫌だ。」
「なに!? 友よ、それはあまりにつれないぞ!」
「……優喜がここまで振り回されてるのって、初めてのような気がする。」
「……互いに、あれが我が身に降りかからなかったことを、感謝すべきかもしれないな。」
駄目な方向でデバイスとは思えないほど人間臭いブレイブソウルと、それに振り回されてぐったりしている優喜を見て、しみじみ語り合うユーノとシグナム。正直、性格的には優喜よりはやてとの方が相性がよさそうなデバイスだ。
「騒がしいぞ。なに揉めてんだ?」
「外まで聞こえてきているぞ。リニスが今客人を迎えに出ている。もう少し静かにした方がいい。」
「紅の鉄騎に蒼き狼か。いや何、我が友がセットアップしたくない、と駄々をこねているのでな。」
「いやだって、何が悲しゅうてフリルたっぷりの男物着てどつきあいをしなきゃいけないのさ。」
「その台詞、なのはちゃんとかフェイトちゃんに言うたらあかんで。二人ともバリアジャケットのデザイン考えたら、後十年もしたらいろいろやばいんやから。」
優喜のぼやきに、はやてがかなりひどいことを言う。そもそも、フェイトのジャケットは今の年齢でもやばい気はしなくもないが、本人が気に入っており、プレシアもリニスも何も言わないのだから、部外者が下手な事は言えない。
「よく分かんねーけどよ。ユーキが駄々こねてるってんだったら、諦めてとっとと起動すれば、話は済むんじゃねえのか?」
「どうにもこの件については、誰かに味方してもらったことが一度もないんだよね……。」
「優喜、僕は君の味方だけど、今回はあきらめて。」
「似合わないわけではない、というかむしろものすごく似合っているのだから、とっとと腹をくくりなさい。」
ユーノにプレシアにまでとどめを刺され、諦めのため息を吐き出す優喜。いやいやブレイブソウルを手に取ると、本気で嫌そうに眼の高さまで持ち上げる。なんでも、初回はそれが儀式の一環だと、ブレイブソウルから念話で指示が飛んできたのだ。
「古代ベルカの騎士って、こういう人種が一般的なの……?」
「優喜君、さすがにそれとヴォルケンリッターを一緒にしないでください!」
「それ扱いはひどいな、風の癒し手よ。」
「いいからさっさとセットアップしろ。」
シグナムの言葉に小さくため息をつき、登録のための最後のキーワードを、念話で指示された通りに復唱する。
「始原よりの盟約の元、友として汝に求める。我に力を! ブレイブソウル、セットアップ!」
登録のキーワードまで無駄に仰々しいあたり、デバイスか開発者かのいずれかは、重度の中二病を患っているに違いない。そんな益体もないことを思いながらも、照れがあったら余計に恥ずかしいと自分に言い聞かせ、一度だけだと割り切り恥ずかしさを完璧に押し殺して、これから無駄に長い付き合いになりそうなデバイスを起動する。
いつものジャージ姿から、白と黒のツートンカラーの、貴族的な雰囲気のゴシック衣装に切り替わる。フリルをふんだんに使ってはいるが、シルエット自体は鋭角的な印象が強い。優喜が最初にイメージしたナックルがどちらかと言うと目立たないデザインだったため、完全に衣装の中に沈んでしまっており、ぱっと見には近接戦のための姿には見えない。
「やっぱ、こういう服はかっこいいなあ、優喜君。」
「ふむ。高町とテスタロッサ、それぞれに対して対称的、と言ったところか。」
「あら、いいじゃないの優喜。」
「ああ、なんだか私の中に、腐の世界に誘ういけない扉が開きそう……。」
などと、褒められてはいるのだが、割と嬉しくない言葉が続く。特にラストのシャマルの言葉は、実害があるわけでもないのに、非常に身の危険を感じてしまう。
「……優喜、いろいろ聞きたいことはあるが、その趣味に走り切ったバリアジャケットは、お前が指定したのか?」
部屋の外から起動の瞬間を見ていたクロノが、うめくように優喜に問いかける。その隣では、リンディとエイミィが、いいものを見たという表情でじっとこちらを見つめている。リニスはたいへんいい笑顔で親指を立てていた。
「……ちょっと吊ってくる。」
とっととバリアジャケットを解除してジャージ姿に戻った優喜が、こう、何というか妙に朗らかな顔で宣言する。手にはいつの間に荷物から取り出したのか、八番鋼糸が握られている。あまりに朗らかに宣言するもので反応が遅れた一同は、動く気配も感じさせずに部屋から出ていった優喜を、あわてて総出で捕まえようとする。
「ちょっと待てユーキ! この程度の事ではやまんな!!」
「優喜君、私が悪かった! 悪乗りしすぎた! 謝るからちょう落ち着いてや!!」
「友よ! いくらなんでもその反応は、あまりにもご無体な!!」
などと説得の言葉を投げかけながら、どうにかして捕まえようとするが、ヴォルケンリッター総出の捕縛術は並みはずれたレベルの体術ですり抜け、ユーノやクロノのバインドは、かかった瞬間に粉砕される。正直そこまで嫌だったのかと、全員内心で反省しつつも、とにもかくにも無駄に高度な動きと突出した実力で包囲網を突破しようとする優喜を、必死になって取り押さえようと躍起になる。
結局優喜を落ち着かせて話し合いに持ち込めたのは、それから三十分近くたってからであった。