「フェイトちゃん、準備できた?」
「うん。」
久しぶりに袖を通した私服を気にしながら、エイミィの呼びかけにこたえる。今日は楽しいお買い物だ。いわゆるデパートに繰り出して、というのは、フェイトにとって生まれて二度目の経験で、前回も人の多さに意識が飛びそうになった事を覚えている。
「でもエイミィ、本当にお仕事大丈夫なの? 昨日の様子だと、大変な事になってるんでしょ?」
昨日、フェイトが見つけた致命的なミスについて、心配するようにエイミィを見る。
「大丈夫大丈夫。明日ぐらいまでに終わらせる必要のある仕事は全部、昨日のうちに片付けてるし、フェイトちゃんが見つけたミスは担当者に差し戻しだから、すぐにあたしたちがどうってこともないし。」
そもそも、ミスをしたのは担当者であってフェイトではないので、彼女が気にする事ではないのだ。むしろ、フェイトが見つけてなかったら、下手をしたら帳尻の合わない数字で外部に公開する羽目になりかねなかったので、いくら感謝してもしたりないぐらいなのだ。
「それにしても、フェイトちゃんの私服姿、結構久しぶりだよね。」
「……そうだね。ここのところずっとジャージだったから。」
基本アースラに缶詰めのフェイトは、これと言ってやることがないため、ひたすら勉強と訓練に励んでいる。基本的に、訓練>勉強>食事>勉強>訓練……という感じなので、私服にわざわざ着替える理由がなく、日がな一日、ずっとジャージで過ごしているのだ。
「……優喜とおそろい?」
少し考えて、おしゃれに目覚め始める年頃の少女としてはどうか、と思う事を口にするフェイト。心なしか嬉しそうなのが駄目である。
似たような生活サイクルだったはずの高町家滞在時は、一応フェイトも私服に着替えていたらしいのだが、見せたい相手がいないとそこら辺がずぼらになるのは、フェイトの年でも同じらしい。アースラ内でおしゃれに気を使う理由がなく、また、周りも仕事中ゆえずっと一張羅の人間ばかりなので、自然と一番楽でアースラ内をうろついても違和感の少ないジャージに落ち着いたらしい。
因みに、プレシアはジャージでこそないものの、手抜き全開の白いブラウスに、汚れようがどうしようが全く問題の無い安物のジーパン、その上に消耗品の白衣という研究者スタイルでずっと過ごしている。親がファッションに気を使う気がないのに、その娘が見せたい相手もいないのに、おしゃれをするわけがないのだ。
「お姉さん、そのペアルックだけは認めませんよ!!」
ここで今のうちに矯正しないと、フェイトはこの年で干物女に一直線だ。そんな危機感を覚えたエイミィは、本来の目的を忘れて、まずは婦人服売り場に直行する事を心に決める。
せっかく、芸能人に混ざってテレビに出ても負けないだけの容姿を持っているのだ。優喜と違って、似合う服を着ても性別上は問題ないのだ。だったら、日がな一日引きこもって運動と勉強をしているから、なんていう理由でずぼらをかまさず、ちゃんと身だしなみを整えさせるのが、年長者の自分の役目に違いない。と、エイミィ本人にしか通じない理論武装をかため、フェイトの肩を掴んで、情熱的な瞳を向ける。
「フェイトちゃん!」
「なに?」
「このエイミィさんが、おしゃれのイロハを教えてあげるからね!」
さっそく熱意が空回り気味のエイミィに、若干引き気味のフェイト。その様子を苦笑しながら見守っていたプレシアが、白衣のポケットからカードを取り出し、エイミィに渡す。チャージ済みのプリペイドカードだ。ミッドチルダでは一般的な支払方法である。
「エイミィさん、お金はこのカードを使ってちょうだい。多分、残高は十分あるはずだから。」
「あ、はい。分かりました。」
実のところ、プレシアはかなりのお金持ちだ。アルハザードに行くために派手にお金を使ったが、それでも収入源となる特許や実用新案の類は、今回管理局に譲ったもの以外はほとんど手放していない。幸か不幸か、狂気の世界に足を突っ込んでいたため、研究以外の事を一切気にしておらず、結果として収入源はほぼそのままだったのだ。
因みに、長い事研究以外に興味を示さず、衣食住にかかる費用についてもまともに気にしてこなかったプレシアは、普段使いのカードにすら研究用の機材を基準にチャージしているため、下手をすれば一等地で家が買えるほどの金額を、常に持ち歩いていたりする。エイミィに渡したカードも、もちろんその例に漏れない。
「それと、せっかくのお出かけなのだし、出来るだけおいしくて栄養価の高いものを食べさせてあげてくれると嬉しいわ。こちらの勝手で言うのだから、エイミィさんの分もそのカードで支払ってちょうだい。もし足りなかったら、後で請求してくれれば、足りなかった分はお返しするわ。」
「自分の分は自分で出しますよ。」
「娘の面倒を見てもらうのだから、これぐらいはさせてもらわないと、こちらの気が済まないわ。それに、親子そろって世間から離れて暮らしていたから、どうにも一般常識とかそういうものに疎くなっているし、そういった面で私も迷惑をかけると思うから。」
「まあ、そういう事でしたら。」
「それじゃあ、フェイトとアルフの事、よろしくお願いします。」
プレシアに見送られて、心の踊る買い物へうきうきした気分で出発する二人。なお、アルフは昨日まで無限書庫だったため、ミッドチルダの首都・クラナガンの転送ポートで合流予定だ。この後エイミィは、最初の店に入る前に、プレシアの金銭感覚の確認も兼ねて残高照会をして、家でも買う気かと言いたくなる金額にめまいを覚えそうになるのだが、ここだけの話である。
クラナガンで最大規模の繁華街。そのあまりの人の多さに、おのぼりさんをする前に酔っ払って気分が悪くなったフェイトを連れて、まず最初にデパートの喫茶店に入るエイミィ。何しろ、地方都市である海鳴のデパートですら、人の多さに酔ったのだ。東京やニューヨークと言った、地球で指折りの大都市と同じ規模のクラナガン、その最大規模の繁華街に繰り出して、人ごみに不慣れなうえに人見知りの激しいフェイトが、酔わないわけがないのだ。
しかも、彼女の場合、なまじ聴頸の練習で感覚を鍛えていたものだから、普通の人間に比べて、拾う情報量がけた違いに多いのもまずかった。優喜のように意識せずに拾う情報の取捨選択ができるレベルではなく、しかもこれだけの大都市にあってもなお、フェイトとアルフの組み合わせは人目を引く。ようやく海鳴商店街レベルの視線に耐えられるようになったばかりのフェイトには、いきなりのクラナガンはかなりハードルが高かったようだ。
「フェイトちゃん、大丈夫?」
「う、うん……。だいぶ……、慣れてきたと思う……。」
ようやく落ち着いて、気持ちの悪さが抜けてきたフェイト。進歩の無さに情けなくなってくるが、嘆くだけではそれこそ何の進歩もない。たかが買い物でこれで、これからちゃんと生きていけるのだろうかと不安になるが、慣れるまで練習するしかない種類のものだ。
「無理するんじゃないよ、フェイト。最悪カタログ見て探して、アタシかエイミィが代わりに買いに行くって手もあるんだからさ。」
「うん。ありがとう、アルフ。でも、大丈夫。これも、いずれ避けて通れない道だから。」
フェイトの大仰な言い方に、かなり微妙な顔をしてしまうエイミィ。幼いころから偏った教育をうけ、世間から隔絶された状態で孤立して過ごすとどうなるのか。そういう環境で育った人間が、急に社会に放り出されるとどうなるのか。その実例を目の当たりにすると、フォローする方も結構覚悟がいるんだなと、今更ながらに思い知る。
協力してジュエルシードを集めるようになってから、アースラに保護されるまでの一ヶ月半。優喜はこのフェイトの面倒を見て、世間にある程度溶け込めるようにフォローしてきたのだ。無論、士郎や桃子、なのはにその友人、果てはご近所さんや海鳴商店街の皆さんも協力してはいただろうが、フェイトのなつき方や信頼度を見るに、メインは優喜だろう。
「どうしたの、エイミィ?」
「あ、いや、その。優喜君も大変だったんだなあ、って思って。」
「……うん。優喜がいなかったら、そもそもいまだに自分でちゃんと買い物もできなかったかもしれない。」
フェイトの言う自分でちゃんと買い物する、というのは、スーパーやコンビニのように陳列されたものをかごに入れて支払いをするのではなく、屋台などで自分の欲しいものを注文して購入する事を指す。実は優喜は知らない事だが、ゴキブリとどつきあいをする前に、フェイトはアルフにねだられて屋台で買い物をしようとして、どう声をかけていいのかが分からずにおたおたし、店主に声を掛けられてびっくりして逃げるという、傍から見て何をしたいのか分からない失敗で挫折している。
「フェイトちゃん、それいろいろ重症すぎるよ……。」
「だから、ちゃんと普通に生活できるように、今日はがんばって買い物しようと思うんだ。」
その程度の事で、と言いたくなる事に、やけに気合を入れるフェイト。因みに、フェイトが初対面の他人を怖がらないケースは三つ。優喜や鷲野老人のように親切に助けてもらった場合と、知り合いが一緒にいる状況で威圧的でない相手と会話する場合。そして、スイッチが完全に戦闘モードに切り替わっている時だ。
もっともこの問題も、再び高町家で暮らすようになり、学校に通いだすころには、ほとんどの相手が怖がる必要がないと分かって解決するのだが。
「まあ、フェイト。焦るこたあないよ。先は長いんだしさ。」
「うん。でも、いつまでも優喜におんぶに抱っこじゃ嫌だから……。」
「だったら、まずはおしゃれと身だしなみからね。」
「え?」
今までの会話とまるでつながっていないエイミィの台詞を、まったく理解できずに固まるフェイト。
「フェイトちゃん、女の子の場合、自分の美を磨くことも恩返しになるんだよ?」
「え? そうなの?」
「うん。それに、優喜君だって、同じ面倒を見るんだったら、おしゃれもしてないだらしない不細工な子より、身だしなみの整ったおしゃれで綺麗な子の方が何倍も嬉しいだろうし。」
間違ってはいないが、明らかに誇張しているであろう表現で、自分のやりたいことを押し通そうとするエイミィ。その様子にあきれつつも、自分はともかくフェイトがおしゃれに目覚めるのはいい事だと傍観を決め込むアルフ。
「……エイミィ。」
「ん?」
「私がおしゃれをすると、本当に優喜は喜んでくれるのかな?」
「ストレートに喜んでくれるかどうかはともかく、綺麗な子を見るのが嬉しくない男の子はいないって。」
「……綺麗ってところには自信ないけど、優喜が喜ぶならがんばってみる。」
思わぬ言葉で釣れた大物に、少しあっけに取られるエイミィ。そういう感情は未熟そうだと思ったのに、なかなかどうして結構進んでいる。もっとも、今のフェイトはそこまで自覚してはいないだろうし、自覚していないがゆえにやきもちを焼くところまでは至っていない感じだ。
「じゃあ、次に会った時に優喜君を虜に出来るように、思いっきりいっぱい買おっか。」
気合の入ったエイミィの言葉に頷くフェイト。三十分後、買い物慣れしていない彼女は、この返事を心底後悔することになるのであった。
「エイミィ、いい加減アタシは腹が減ってきたよ……。」
「もうちょっとだけ待って。後これだけ試着してもらったら、ご飯にするからね。」
服選びを始めてから三時間。すでに昼食には遅い時間。やたら気合を入れて、とっかえひっかえ試着させるエイミィと店員に呆れつつ、割とせっぱつまってきた空腹を必死に訴えるアルフ。
「その、後これだけ、ってのが、アンタ達の場合長いんだけどねえ。」
自分が着るわけでもないのに、よくそんなに盛り上がれるものだ。心底そう思うアルフ。ファッションというものにかけらも興味の無いアルフには、そもそも他人を着飾らせて喜ぶ目の前の二人は理解できない。究極的には、フェイトがどれだけ可愛くなろうがダサかろうが、彼女達には利も害もないはずだ。
まだ身内のカテゴリーに入るエイミィはともかく、店員の熱意はもっと理解出来ない。何しろ、これだけ粘って、お買い上げはたった三着だ。それも、エイミィがためらいを見せないところを見ると、それほど高い服でもあるまい。商売で考えたら、明らかに効率の悪い客だ。なのに、エイミィと変わらぬ熱意で服を吟味し、試着を終えて出てくるとエイミィと一緒にやたらめったら可愛がる。
フェイトが綺麗でかわいいのは自明の理だが、商売を捨てるほどかと言われると、それは身内びいきが過ぎるんじゃないか。そう考える程度の冷静さはアルフにもある。そしてその冷静さが、目の前の二人を、どんどん理解できない存在へ変えていく。
「あの……。」
とりあえず差し出されたスカイブルーの、ノースリーブのちょっと上品なワンピースに着替えた後、恐る恐る声をかける。
「よく考えたら、ここへははやてのプレゼントを買いに来たんだよね?」
「そういえばそうだったよね?」
「服選びじゃなくて、そっちに時間をかけなきゃいけなかったんじゃ……。」
フェイトの指摘に、笑顔のまま冷や汗を一筋たらすエイミィ。
「フェイトちゃん。」
「何?」
「プレゼントなんて、直感でぱぱっと選べばいいんだよ!」
著しくアバウトな事を言い出すエイミィを、本当にそれでいいの? と不安そうな目で見上げるフェイト。疑わしそうにジト目で見るアルフ。
「ごめん。かなり適当な事言いました。」
二人の視線に負け、思わず素直に謝るエイミィ。
「だったら、早く探さないと。」
「まあまあ、フェイト。アンタが着せ替え人形にされてる間に、ざっと見て候補は絞っておいたからさ、ご飯食べてからでいいじゃないか。」
「あらら。アルフってばいつの間にか消えてたと思ったら、そんなことしてたんだ。」
「まあね。主の役に立ってこその使い魔だからねえ。ここでボーっとフェイトのファッションショーを見るだけ、ってのも芸がないと思って、ね。」
ここのところ、聴頸の訓練以外であまりフェイトの役に立っていない自覚があったアルフは、たまには自分が役に立つところを見せないと、と、さりげなく張りきっていたのだ。
「で、今着てるのも買うのかい?」
「そだね。フェイトちゃん、青も似合うからこれもお買い上げかな。」
「だ、そうだ。フェイト。さっさと着替えといで。ここでご飯食べそびれたら、最近の傾向だと下手したら晩も食べそびれるからさ。」
成長期の子供の食事抜きなど、本来絶対に避けるべき事だ。特にフェイトのように小食で、カロリーに余裕がないタイプは。
「あ、だったらそれ、そのまま着ていったらどうかな?」
「……ご飯食べる時に汚したらもったいないから、着替えてくるね。」
エイミィの言葉につれない返事を返し、さっさと元の黒いブラウスに膝丈の白いスカートという服装に着替える。さんざん着替えたからか、やけに着替えが早い。
「じゃあ、あとはさっき保留にしてたこのカーディガンで全部かな。」
「あんまりいっぱい買っても、すぐ育って着れなくなると思うんだけどねえ。」
「着れなくなったら、新しいのを買えばいいんだよ。プレシアさん、それぐらいのお金は持ってるし。」
「勿体ないって思っちまうのは、アタシが貧乏くさいのかね。」
「下着類はともかく、こういう普通の服は、フリーマーケットで売ったり、寄付したりとかできるから、アルフが思ってるほど無駄にはならないよ?」
意外と庶民的なアルフに苦笑しながら、やはりかわいい子や綺麗な子はちゃんと着飾るのがジャスティス! と、先ほどまでのファッションショーの映像データを確認しながら心の中で頷くエイミィ。あとは店員がラッピングした服を持ってくるのを待つばかりだ。
「それでアルフ、候補って?」
「服は最初から除外として、とりあえず、アクセ類とぬいぐるみは避けた方がよさそうだったね。どっちも子供が子供にプレゼントするような値段じゃなかったよ。それに、ぬいぐるみはかぶりそうだし、アクセは優喜が作る物の方がいい。」
「他には?」
「本って線も考えたけど、ミッドチルダ語の本を渡しても、はやては読めないだろうしね。インテリアか便利グッズ、あとは文房具もありじゃないかな?」
フェイトの質問に、よどみなくこたえるアルフ。意外にまじめに、ちゃんと考えて絞り込んでいたアルフに、驚きの目を向けるエイミィ。因みに、アルフが言うインテリアと言うのは、ソファーとか絨毯のような大物ではなく、観葉植物や金魚鉢のような、比較的小さな置物の類を指す。
「へえ。アルフ、こっちの物価知ってたんだ。」
「あんまり実感はわかないけどね。一応アースラや無限書庫近辺の食堂、それからさっきの服の値段なんかで、大体の物価基準は把握してるつもりだよ。リニスなら、もっと正確に判断も出来ただろうけどねえ。」
「はあ、アルフ、意外と頭良かったんだ。」
「エイミィ、アタシを一体何だと思ってるんだい?」
アルフとエイミィのやり取りに、さすがにそれはひどいという視線をエイミィに対して向けるフェイト。まあ何にせよ、アルフが大幅に絞り込んでくれた事だし、後はフェイトのセンスで勝負だろう。
「さて、さっさとご飯にしようじゃないか。」
「そうだね。フェイトちゃんが早く探したいってうずうずしてる感じだし。」
店員がレシートとカード、商品を持ってきたのを見て、とっとと食事に移る事にする一行。フェイトが調理法や素材、調味料などにについて意外と好奇心旺盛だった事に驚きつつ食事を済ませ、ようやく本来のプレゼント探しに手をつける。
「このオルゴールなんかどう?」
「……うーん。」
「このかご、お菓子類を入れて飾るのに、なかなかしゃれてていいんじゃないかい?」
「……確か、はやての家のリビングで、似たようなのを見たと思う。」
などと、予想通り難航する。実際、プレゼントというのは結構難しい。相手の好きそうなものは普通に持っている事が多く、また変に高価なものは気を遣わせる。かといって、安っぽいちゃちなものをプレゼント、というのは人格を疑われそうで躊躇われ、誕生日のプレゼントである以上、それなりに値が張ったところで消耗品は避けたい。
さらに、インテリアの場合、人目に触れるものゆえ、地球の技術で再現できない物はまずい。よさそうに見えるものも、結構そういう理由でそもそも海鳴に持ち込めず、泣く泣く没にしたケースが少なくない。
「やっぱり、文房具類が無難かねえ。」
「手抜きっぽいのが問題だけど、無難は無難だよね。」
文房具というのは、少々技術が進んだところで、それほど大きくは変わらない。せいぜい、キャップをはずして放置してもインクが乾かない、とか、シャーペンの芯が端まで使いきれる、とか、技術的にはすごいが、使う側からすれば意識しないような部分で進歩している程度だ。
デザインにしても、人の手の構造が変わるわけではないのだから、使いやすいデザインなどそれほど大きく変わりはしない。見た目の高級感なども、地球のそれと大差なく、あって邪魔になるものでもないので、選ぶのに挫折して手抜きした、と思われる事にさえ目をつぶれば、大きく外す事もない。後はプライドの問題だろう。
「……これ、なんだろう?」
文房具コーナーの入り口付近にあったそれを、首をかしげながら観察する。文房具だというのに、デバイスのメンテナンスポートのようなものが付いている事に興味をひかれたのだ。商品タグで正体を把握し、軽く観察して使い方を理解する。当然と言えば当然だが、それほど難しくはないようだ。
「ねえ、エイミィ。」
「なに?」
「これ、地球に持ち込んで大丈夫かな?」
「ん? ちょっと待ってね。」
フェイトの持ってきたもののスペックを確認、地球の技術水準で、一番近いものがどのレベルかを調べる。
「お金を気にしなければ八割型は再現できるレベルで、基本的にインテリアほどの頻度では人目に触れない、か。グレーゾーンってところかなあ。」
「駄目?」
「はやてちゃん、デバイスの事とか全部知ってるんだよね?」
「うん。」
「なら、どうにかできるかな。見せる相手を注意して、いくつかの機能を基本的に使わないようにしてくれれば、それ以外はそれほど問題ないと思うから。」
どうやら問題ないらしい。もっともこの二日後に、当の八神はやてがもっとやばいものを持っていると分かり、この程度でおたおたする意味が無くなるのだが。
「じゃあ、お金払って、ラッピングしてもらってくる。」
「うん。頑張って。」
プレシアのカードを渡し、背中をポンと押して激励する。基本的にフェイトはミッドチルダのお金を持っていない。そもそも彼女が持っているのは、ジュエルシード捜索中の生活費であり、お小遣いではない。
「さて、せっかくだから、フェイトちゃんが戻ってくるまでに、あたしもペンの一つでも買おうかしら。」
などと、文房具を見ながらつぶやく。レジで紆余曲折があったようで、エイミィがペンを一本選んで買うよりはるかに時間がかかったが、そんなこんなで、どうにかフェイトははやてへの誕生日プレゼントを手に入れ、心置きなく本番を迎える事が出来るのであった。