「艦長、クロノ執務官。一つわがままを言いたいんだけど、いいかな?」
大量の書類と格闘しているアースラトップスリーに、おずおずと声をかけるフェイト。
「わがまま? 君が? 珍しいな。」
「何かしら? 大抵の事は許可を出せると思うけど。」
フェイトがわがままを言い出す、という珍事に、思わず書類整理の手を止めて注目するリンディとクロノ。どんな用件でもすぐ対応できるようにと、端末をスタンバイするエイミィ。
「もうすぐはやての誕生日だから、買い物に行きたいんだけど、駄目?」
「そういえば、もう来週ぐらいだったかしら?」
「うん。結局バタバタしてて、向こうでは買物らしい買い物は出来なかったし、アースラの購買部には、さすがにはやてにプレゼントできるようなものはないし……。」
駄目かな? と、上目遣いでお伺いを立ててくるフェイトの愛らしさに、却下するという選択肢を一瞬で奪われるトップスリー。
「そうね。とりあえず規則の上では、保護観察の担当者がいれば問題はないわね。ただ、私とクロノは残念ながら動けないから、エイミィにお願いすることになるかしら?」
「そうだな。エイミィはこの間の半舷休息でも、結局はずっと仕事をしていたから、そういう意味でもちょうどいい。」
「いいの?」
「ええ。フェイトさんはずっといい子にしてたから、そのご褒美よ。」
部外者が聞けば、それでいいのかと問い詰めたくなるような言い分だが、実際のところフェイトの扱いは容疑者というより証人で、この程度の行動の自由を束縛する理由も根拠もない。しかも、プレシアの裁判の争点となる違法研究そのものは、フェイトが生まれる前から始まっている、というよりその研究成果がフェイトであるため、言ってしまえば裁判に関わる必要性自体が薄い。
一応、フェイトが生まれてからジュエルシード事件までの間、プレシアもいろいろ後ろ暗いことをしていたし、その絡みでフェイトもあれこれやってはいたのも事実だ。だが、それについてはほぼすべてグレーゾーンで、犯罪として立件できる確率は高いものでも五分五分、大概は高く見積もって三割程度、しかも立件し起訴しても、せいぜい執行猶予付きで懲役数ヶ月、というものばかりだ。労力に見合わないことおびただしいし、再犯の可能性も皆無なので、ジュエルシード襲撃計画とセットで、証拠不十分による不起訴相当になっている。
「それでエイミィ、いつぐらいなら動ける?」
「んー、そうだねえ。特に何もなければ、今日死ぬ気で頑張れば、明日一日はあけられるかな?」
「分かった。場合によってはこちらに多少振ってくれて構わない。」
「了解、みなぎってきた! フェイトちゃんとお出かけするために、最大馬力で頑張るぞー!!」
やたらめったら気合が入っているエイミィに、若干引き気味のリンディとクロノ。
「あの……。」
「どうしたの?」
「手伝えることがあったら、出来ればお手伝いしたいんだけど……。」
「とはいっても、基本的に部外者が触れる書類は無いのよねえ……。」
末端の一局員がやっている仕事ならともかく、アースラという部署のトップがやっている仕事だ。決裁する書類も、ほぼ全てが部外秘。せめてフェイトが嘱託魔導師でリンディの部下になっていれば、階級や職質の制限がかからない書類ぐらいは任せられるのだが、基本的にお客様扱いの現状では不可能だ。
「決裁印だけ押してもらうとか。」
「うーん、それだったら、確認ついでに押した方が早いし……。あ、そうだわ。これなら問題にならないんじゃないかしら。」
と言って、リンディが書類の山から発掘したのは、外部公開用の資料と報告書。基本的な文言や公開内容はすでに他の部署も通ってあらかた修正済みで、後はリンディが許可を出せば、そのまま外部に公開される代物だ。
「この資料の誤字脱字と、数字の食い違いをチェックしてほしいの。どうせ外部の人は、誰も細かい数字なんて見てないんだけど、広報の人とかが細かいから、チェック漏れがあったらネチネチネチネチうるさいのよ。」
「でも、それだったら私がチェックしても、結局艦長が確認するのは一緒なんじゃ……。」
「こういうのは、たくさんの人がチェックしないと、効果がないのよ。まあ誤字脱字はともかく、数字の食い違いがたくさん見つかった場合、下手をすれば担当者レベルで一からやり直しだから、その場合は私たちのチェックは先送りね。」
「艦長、不吉な事言わないでください。」
「そういう洒落にならない事を言ったら、本当にそうなる傾向がある。」
「そうね。余計な仕事が増えないように、これ以上は不吉な発言は控えるわ。」
もっとも、リンディの配慮もむなしく、フェイトのチェックで、資料全体にわたって、いくつかの項目の数値が食い違うという恐ろしいミスが発覚し、関係者を絶望のどん底に叩きこんでしまうわけだが、ここでは省く。結論から言えば、期日にかなり余裕があったため、とりあえずどうにかはなったらしい。誰も細かい数字なんてちゃんと見ていない、という事を、わざわざ自分たちの手で証明してしまった一幕である。
「あら、お手伝い?」
「あ、母さん。」
「ぶらぶらしてる私が言うのもなんだけど、よく部外者に任せられるような、都合のいい仕事が出てきたわね?」
「外部に見せるための資料の、決定稿のチェックだもの。見てもらうためのものだから、見られて困るような数字も項目もないわ。」
「なるほどね。フェイトが終わったら、私もチェックした方がいいかしら?」
「お願いしていいかしら? ただ、フェイトさんが致命的な間違いを見つけないとも限らないのだけど。」
リンディの言葉に苦笑するプレシア。フェイトは実に引きが悪い。それも、嫌がらせのように、放っておくと致命的だが、まだ必死になればリカバリーが出来るような事態を引き当てる。結果としてすべてうまくいくからいいのだが、締切間近のアシスタントとかには向かないタイプなのは間違いない。
「それでプレシアさん、わざわざこちらに顔を出すなんて、どうしたの?」
「ちょっとした報告に来たのよ。」
「報告?」
「ええ。ジュエルシードの制御について、とっかかりになる手段は見つけたわ。」
恐ろしい事をさらっと言い出すプレシア。あまりにあまりの事に、思わず唖然とするアースラ組。
「あくまでとっかかりだし、まだ暴走しない範囲でしか実験をしていないけど、最低限、安全に使用する目処は立ったわ。」
「それはまた……。」
「すごいわね……。」
「それと、リニスから連絡があって、艦長たちの予定を教えてほしいそうよ。」
プレシアの言葉に、ピンと来るものがあるリンディ。このタイミングでそれを聞くという事は、高町家の中で、なのはの身の振り方が決まったのだろう。
「出来るだけ早い方がいいのかしら?」
「リニスの口ぶりだと、可能なら明日にでも、という感じだったわね。」
「さすがに、そこまで急には難しい。……そうだな、直近の向こうの休日は?」
「確か、三日後だったかしら?」
時差などを調整したカレンダーを確認しながらのプレシアの返答に、ざっと自分の予定をチェックして考え込むクロノ。
「ふむ。艦長、エイミィ。僕はその日はあけられるが、そちらは?」
「相当がんばる必要があるけど、不可能ではないわね。」
「あたしも、どうにかしようと思えばどうにかなるよ。」
「ならば、向こうに三日後と伝えてほしい。」
「了解。」
メールソフトを起動し、リニスに返答を送信。その後、思い出したように二つほど付け加える。
「そうそう。その時の場所は時の庭園を使いたいそうだけど、問題ないかしら?」
「ええ。向こうがアースラに来るにしても、こちらから向こうのお宅にお邪魔するにしても、現状だと結局は時の庭園を通らないといけないわけだし、問題ないわ。」
「それと、その場に私も同席したいのだけど、構わないかしら? これは私の希望だけど、向こうの要望でもあるわ。」
プレシアの二つ目の申し出に、険しい顔で視線を交わすハラオウン親子。はっきり言って忘れそうになるが、一応プレシアは犯罪者だ。それを知っていて交渉に場に引っ張り出そうとしているあたり、明らかに何か裏がある。素直に許可を出して大丈夫なのか、二人とも即座に答えを返せなかった。
「……何をたくらんでいるの?」
「優喜に直接聞いて。私は基本的に、技術者兼アドバイザーの域を出るような事はしていないし。」
「……まったく、あいつもいちいち裏でこそこそ動いて、面倒な男だな……。」
「しょうがないわよ。立場上一番自由に動けて、一番いろいろな厄介事に首を突っ込んでいるのだもの。ただ、今回の事は、いずれ艦長たちも無関係ではいられなくなる事だし、多分技術者としての私がいるに越したことはないはずよ。」
プレシアの含みのある言葉に、先日彼女と食堂でやり取りをした内容を思い出すリンディとクロノ。あの時はプレシアが知っていてもおかしくはない、と思っていたが、わざわざあのタイミングで話した事が不自然と言えば不自然だ。
「……もしかして。」
「さて、ね。私は今の段階では何も言わないわ。ただ、少なくとも一定ラインでは信用してもらえた、という事だけは間違いないはずよ。」
「……分かった。今は聞かないでおこう。保護観察の一環として、一緒に来てもらう事にしようか。」
「ありがとう。」
話がまとまった瞬間、思わず大きくため息をつくフェイトとエイミィ。前もって心構えをしていればともかく、こんな不意打ちでこういう黒い話が出ると、どうしても余計な緊張をしてしまう。フェイトはともかく、エイミィは執務官補佐失格ではあるが、クロノにしろエイミィにしろ、まだまだ海千山千と言うには圧倒的に経験が足りない。むしろ、この状況で、きっちりそっちに思考を切り替えられたクロノを褒めるべきであろう。
「それで、私はその時は……。」
「フェイトさんには悪いのだけど、今回は遠慮してくれないかしら。」
「うん。分かった。手伝えることがあったら、教えて。」
「心配しなくても、どうせ最終的には貴方もなのはも、どうにもならないぐらいどっぷりはまりこむことになるわ。」
プレシアの不吉な予言に、顔を見合わせてため息をつくリンディとクロノ。なのはとフェイトがそこまでとなると、自分たちは推して知るべし、と言ったところか。プレシアの厄介事を押し付ける宣言に、早くも憂鬱な気分にたたき落とされるアースラトップスリーであった。
「艦長たちとの話し合いの席は、次の日曜日と言う事になりました。」
闇の書の初回の解析を行った翌日の夕食。その席でリニスは、先ほど帰ってきた返答を高町一家に告げた。
「了解。それで、今回は誰がいく?」
「僕とリニスさんは確定として、後は士郎さんだけでいいかな?」
「えっと、私は行かなくていいの?」
「まあ、確かになのはの話をしに行くんだけどね。なのはの身の振り方って、結局今の段階ではもう決まってる事だから、今更なのはにとって新しい話ってないんだよね。」
昨日の晩の訓練の後、家族全員でもう一度話し合い、結局なのはが嘱託で管理局に入る事が決まった。リニスの資料を元に、魔導師とその家族を保護してくれる組織を検討した結果、少なくとも義務教育中の子供の扱いは管理局が一番ましだ、という結論に達したからだ。
次点で聖王教会、という線もなくはなかったが、現状では伝手が一切ない事に加え、教会と名がつくだけにそれなりに宗教色が強く、しかも体質が恭也向きで意外と武闘派である事もあって、今回は見送る事にしたのだ。
「だから、その事に絡んでいくつか、向こうに条件を飲ませるのが今回の仕事なんだ。」
「まあ、その点についてはそれほど心配していません。なのはさんはピンと来ていないでしょうけど、若くてフリーの、まだ一度もどこの組織にも所属した事の無い高ランク魔導師というのは、交渉にはこれ以上ないぐらいのカードですから。」
「優喜、飲ませる条件と言うのはなんだ?」
「まず、最低限、こちらでの義務教育期間が終わるまでは、所属はリンディ・ハラオウンの下とし、異動をさせない事。」
「妥当なところだな。」
ジュエルシードの時の対応やプレシアの話などから総合すると、少なくともリンディは、子供に必要以上の無茶はさせないであろうと判断出来る。臨海公園での件に関しては、プレシアが口をはさまなければ、暴走体の制圧はリンディとクロノで行い、封印作業の時に、足りない出力をなのはとフェイトから借りるつもりだったらしい。
ついでに言うと、人事の最高責任者にパイプがあるため、ある程度の無理は通せる、ともいっていた。保有魔導師戦力規定の問題があるため、普通にフェイトに加えなのはも徴用となるといろいろ頭の痛いやりくりをする事になる。が、幸いにもなのはについては、上層部が何をおいても、とせっついてきている相手だ。最初にこちらからその条件を出してくれば、必要ならば嘱託の間はリンディの部下という位置から動かさないことも出来る、とは彼女自身が持ちかけてきた条件だ。
「で、次に、最低でも僕一人、出来れば高町家と月村家、それからアリサも自由に行き来する権利をもぎ取りたい。」
「そこまでとなると、ハードル高そうですね。」
「うん。だから、最悪でもちょっとずつは権利を広げていきたいかな、とは思ってる。」
「で、交渉って、それだけ?」
「出す条件はあと二つ。一つは、闇の書の主の人権を保障したうえで、解決のためにこちらに協力する事。もう一つはそのための手段として、聖王教会との伝手を作ってもらう。」
優喜の出した条件に絶句する恭也と美由希。この小僧、事もあろうに、複数の世界をまたにかける警察・司法組織を相手に、一級災害指定を受けたロストロギアの修復という大事業の主導権を握ろうとしているのだ。しかも、そのための餌に、自分たちの妹を使おうとしている。いくら、消去法で管理局に所属する以外の選択肢が消えたとは言え、あまりにもあくどい。
「何ともまあ、大胆というか無茶というか……。」
「人の妹を餌にするなと言いたいところだが、なのは一人分で、そこまで出来るのか?」
「必要なら、こっちからもいくつか餌を用意するし。」
「お前は、一体いくつ交渉カードを持ってるんだ……。」
恭也のあきれたようなセリフに、思わず苦笑する優喜とリニス。闇の書周りに関しては、実際のところ、はやて自身もカードの一枚だ。何しろ、闇の書が無事に夜天の書となった場合、その主は、なのはに勝るとも劣らぬ価値を持つ事になる。そして、この件に関しては、はやてはなのはと同じく、無条件で優喜の言葉に従うであろうことは想像に難くない。ならば、優喜に恩を売っておくにこしたことはないのだ。
さらに、管理局が知らないカードとして、優喜の付与魔術の存在もある。なのはの持つキャスリング(位置の入れ替え)もフェイトの防御強化も、事故防止のための制限以外、これと言って制約なく使えるものだ。プレシアやリニスに言わせると、どちらのアクセサリも、下手をすると比較対象がロストロギアになるほど、破格の性能だという。力量と製作時間の問題で、現時点では基本的に単一機能のものしか作れないが、単に身につけるだけで特にコストも支払わずに機能を使えるというのは、管理世界の現在の技術水準では不可能なものだ。
もっとも、実のところ一番のカードは、むしろ優喜自身のトータルでの規格外さなのかもしれないわけだが。
「あの、お兄ちゃん、優喜君……。」
「なに?」
「どうした、妹よ?」
「難しい事は分からないんだけど、私が管理局に協力すれば、はやてちゃんを助けられるの?」
「断言はできんが、優喜はその方向にもっていくつもりなんだろう?」
「うん。正直、管理局の手を借りても、確実にどうにかできるとは言いきれないんだけど、今みたいな小さな集団では限界があるしね。」
優喜に交渉の餌にされたという事実より、はやての命の危機の方を優先させる考え方をするあたり、優喜とは違う意味で、なのはも将来が心配だ。もっとも、優喜も結局、この交渉内容では、自身の利益など何一つ得られないのだが。
「でも、聖王教会とのパイプなんて、そんなにうまくいくのか?」
「向こうが首を縦に振れば、個人的な伝手は出来るんじゃないかな? 何を思ったのかユーノが調べてくれたんだけど、聖王教会の重鎮の身内が、クロノの親友なんだって。」
「……ユーノが、という事は、無限書庫とやらで調べたのか?」
「らしいね。」
そんなデータまであっさり出てくるところを見ると、本気で今の無限書庫は単なる資料の墓場になっているようだ。捨てるわけにもいかず、かといって保管や管理に手間も費用もかけられないような資料を適当に突っ込んだ、というのがばればれである。さすがに、ある程度整理されて資料庫としての価値が出てくれば、この手の、資料を姥捨て山に捨てるようなやり方で管理するような真似は、誰もしなくなるだろうが。
「まあ、なんにしても、リンディさんも大概狸だろうから、そうそううまくは行かないだろうけど、ただでなのはを持っていかれる事だけは避けるつもり。」
「プレシアも手伝ってくれるでしょうから、全部の条件は厳しくても、共犯者にするぐらいの事は出来ると思いますよ。」
「ああ。期待してるよ。しかし、いつになったら、こういう後ろ暗い交渉事と縁を切れるんだろうな?」
「まったくだ。僕たちはただ、普通の暮らしがしたいだけなのにね。」
深く深くため息をつく優喜に、苦笑しかわかない高町家。なのはが妙な才能を持っていたから優喜が引き寄せられたのか、優喜が来たからなのはの未来が妙な方向にねじ曲がったのか。元々普通とは言い難かった高町家は、光の速さで一般家庭の定義からドロップアウトしていくのであった。
面倒な事になった。己の使い魔から報告を受けた時、ギル・グレアムの頭をよぎったのはその一言だった。
「そうか……。」
「ごめんなさい……。」
「いや、半端に手を出すことを決めた、私の責任でもある。ロッテもアリアも、気にする事はないよ。」
「でも……。」
「相手を所詮子供だと甘く見たのは、私も君たちも同じことだ。使い魔のミスは主のミスだよ。」
グレアムの言葉は、彼の本心だ。暴走したロストロギアを相手取って普通に戦える人間を、ただの子供だと侮ったのはグレアム自身だ。
さらに、魔法が使えないはずの子供に、変身魔法を解除する手段があるというのも誤算だった。いくら腕が立とうと、気配で変装を見破ろうと、姿を変えていればその言葉だけでは証拠にならない。だが、変身魔法を解除され、その姿を記録されてしまえば言い訳は効かない。
当然だ。優喜とグレアム及び二人の使い魔の間には、面識の類は一切ない。グレアムは優喜の姿を知っているが、優喜はグレアムもリーゼ達も、一度も見た事はないのだ。冤罪をなすりつけるには、最低限姿を知っていなければいけないが、接点の無い相手の姿を語るなど、よほどの偶然でもなければ不可能だ。
「彼の少年は、確かリンディやクロノと面識があったはずだが?」
「はい。ジュエルシード事件で、最後の後始末で顔を合わせています。高町なのはの能力から考えて、勧誘のために再度接触する可能性は高いでしょう。」
「そうか……。」
そうなってくると、自分がたどられるのは時間の問題だろう。いやそもそも、アリアとの会話から、自分達の存在自体はかなり前から把握していたはずだ。どこまで割り出されているかは分からないが、知っていてこちらを泳がせていたのは間違いないだろう。一方こちら側は、そもそも監視がばれているとは、二人が返り討ちに会うまでまったく気が付いていなかった。
ロッテとアリアを一瞬で沈黙させた戦闘能力に目を奪われがちだが、周囲と口裏を合わせて、こちらの監視に気が付いていることを悟らせず、かつ自然に聞かれても問題のない会話をしていたという事実が、戦うだけが能の小僧ではないことを証明している。
「見事に彼に釣り上げられたか……。」
「アタシがちゃんとしとめてたら……。」
「多分無駄でしょうね。」
「……ごめん、今普通にそんな気がした。」
温泉前後の時点では確実に気が付いていたとなると、最低でも一ヶ月前後はこちらに注意を払い続けているのだ。それだけの期間、こちらを騙していた小僧が、襲撃されて対応しきれなかった場合の備えをしていないと考えるのは、いくらなんでも楽観的に過ぎる。
リーゼロッテは確かに、リーゼアリアに比べれば考えずに動くタイプだが、決して頭が悪いわけではない。これだけの材料があって、なおも竜岡優喜が自信過剰にも備えもなしに自分達を釣り上げようとした、などと考えるほど考えなしでもなければ、相手を過小評価することもない。
第一、襲撃をかけて返り討ちにあった相手を見下すなど、自分達を否定するようなものだ。
「我々の計画が表に出るのも、時間の問題だろう。私が直々に出て、三対一で戦えば確実にしとめられるだろうが、あくまで彼は一般市民だ。今のところ犯罪を犯しているわけでもない。今更だが、管理局員としてはこれ以上暴力に訴えるわけには行かないだろう。」
そもそも、いくら相手の実力が確かだとはいえ、子供相手に暴力を持って対応しようとしたこと事態が間違いなのだ。彼のいうように、自分たちは相当恨みに意識を持っていかれているようだ。
「とりあえず、当面は現状維持。相手の出方次第で対応を決めよう。」
「分かりました。」
「父様がそういうなら、それに従います。」
この勇み足の代償は高くつきそうだ。グレアム陣営にとって、しばらく憂鬱な日々が続くのであった。
「今日はわざわざご足労願って、申し訳ない。」
「こちらこそ、お忙しい中、こちらの申し出のためにお時間を作っていただいてありがとうございます。」
話し合い当日。時の庭園の応接スペースで、アースラトップスリーと高町家代表が顔を突き合わせ、形通りのあいさつから交渉の席についた。交渉と言っても、基本的に結論は出ている。否を告げる相手を説得するのではなく、条件のすり合わせがメインだ。少なくとも、管理局側はそう思っている。
「さて、いろいろと長くなりそうだから、単刀直入に進めたいが、よろしいですかな?」
「ええ。」
「では、まずは、なのはのことについて。」
まずは、という言葉に、嫌な予感がひしひしとするリンディとクロノ。ある種予想通りだとはいえ、また面倒なことになりそうだ、とあきらめたように達観するエイミィ。
「いろいろと検討した結果、娘については、あなた方に託すのが一番ましだと判断しました。ですが、無条件というわけにはいきません。」
「聞きましょう。」
「まず、絶対条件ですが、ある程度一人前の判断力を持つと認められる年齢、具体的にはこちらの義務教育が終わるまで、フェイト・テスタロッサと共にリンディ・ハラオウンの部下として、原則異動を行わないこと。」
士郎の持ち出した条件は、リンディが半ば予想し、自身が持ちかけた条件と同じだ。ここまではいい。下手をすればクロノと同等以上と目される魔導師を二人も抱え込む以上、いろいろ面倒な苦労を背負うことになるだろうが、それ自体は覚悟の上だ。
「絶対に、とは断言できませんが、可能な限り要望に添えるようには努力しますわ。」
「可能な限り、ですか。」
「申し訳ありません。ただし、最低限、義務教育が終わる年齢まで、ベテランの高ランク魔導師でも危険な部署には配属しないことだけは、お約束します。」
予定通り、言質は取らせなかったが、可能な限りの誠意は見せようとしている。ごねたところで、この件ではこれ以上の譲歩は無理だろう。
「分かりました。ですが、約束を違えたと判断した場合は、即座に管理局をやめさせ、場合によっては法的手段での対応も考えます。」
「……肝に銘じておきます。」
法的手段に訴えられたところで、管理局が負けるという事はあり得ないだろう。だが、管理外世界の幼い子供を前線に送り込んで死なせた揚句、その保護者に約束が違うと法廷で訴えられれば、どんな判決が下りたところで、管理局の大幅なイメージダウンは避けられない。
その性質上、なのはが振られるであろう仕事に絶対に安全というものは無いにしても、最低限、体調や技量、判断能力などからきちっとリスクコントロールをしておけば、少なくともなにがしかの事故があっても、士郎がむやみやたらと法的手段に出る事はないはずだ。
それに、リンディ個人の心境としても、ただ巻き込まれただけの子供を、才能があるからと過酷な状況に叩きこむような真似はしたくない。究極的には、入局そのものをよしとしたくないぐらいだ。だが、どこの組織も魔導師は足りない。管理局全体で言うならば、なのはやフェイトが入らなかったぐらいでどうこうなるほどに逼迫しているわけではないが、他の組織が強引な手を使って勧誘してくる可能性は否定できない。
士郎達には悪いが、危険な場所に送り込まれるリスクを取ってでも、なのはを管理局に入れるのが一番安全なのだ。少なくとも公的機関であり、それなりに外部の目も入っている組織なのだから、希少な高ランクとはいえ、否、希少な高ランクの、それもまだ伸びしろがある子供だからこそ、普通の部署では命にかかわるほどの無茶はさせない。
「それでは二つ目の条件ですが、ジュエルシードにかかわった人間について、ある程度自由にミッドチルダに行く権限を頂きたい。」
「それは……。」
「全員が無理ならば、最低限優喜一人だけでもお願いしたい。」
「……検討します、としか言えませんわ。」
「ですが、こちらとしても、これは譲れない線です。」
睨みあいに近い沈黙が、場を支配する。士郎の持ちかけてきた条件は、言うなれば自分達を監視する、という宣言でもある。それ自体は問題ないのだが、魔導師でもなく、管理局の局員でもない人間が、むやみやたらと管理世界と管理外世界を自由に行き来する、というのはいささかどころでなくまずい。
これが、移住を希望しているのであれば、話は簡単だ。移住審査を行い、移住許可を出して、当座の生活費と生活拠点を用意するだけですむ。自営業を始めるというのであれば、そのための資金を融資する制度もある。だが、拠点を管理外世界に置いたまま自由に、と言うと話が変わってくる。
管理外世界というのは、ほとんどの場合管理世界と比較して、技術的には大幅に遅れている。第九十七管理外世界も例にもれず、文化的にはともかく、技術的には大幅に遅れている。しかも、第九十七管理外世界にしても、その他の管理外世界にしても、魔導師資質の持ち主は居ないも同然というケースが多く、それも管理世界になり得ない理由になっている。
要するに、そういった大きな格差のある世界を自由に行き来する事により、主に管理外世界の側に、技術的に妙な影響を与える事を懸念する声が大きいのだ。しかも、過去に一度だけあった例で、ミッドチルダの技術や製品がいくつか漏れ、それが現地の技術と融合して飛躍的に発展、その世界のパワーバランスを一気に崩壊させた揚句のはてに、末端の管理世界に喧嘩を売って双方に壊滅的な打撃を与えたケースがあったのだ。
「つかぬ事をお伺いしますが、何故優喜をミッドチルダに送り込む事に、それほどこだわりを見せるのですか?」
上司が交渉をしているから、という理由で口をはさむのを控えていたクロノが、交渉が膠着状態に入ったとみて質問を飛ばす。因みに、エイミィも同じ理由で沈黙している。
「その件については、優喜本人が答えるでしょう。」
クロノの質問に、選手交代を告げる士郎。
(やっぱり、本当の交渉相手は優喜君、というわけか。)
(口をはさむ様子もなく黙ったままだったから、おかしいとは思っていたが……。)
改めて気を引き締めるアースラ組。士郎が交渉相手として容易い人物では決してないが、彼が持ち出してくる条件も落とし所も、それほど突飛なわけではない。言ってしまえば、士郎相手の交渉とは、親として当たり前の事を、たがいにどこまで譲歩させるか、という話に過ぎない。
それに対して、優喜に関してはそもそも、前提からして予想が出来ない。高町なのはと言うカードを提示して、一体何を吹っかけてくるかが分からない。それゆえに、落とし所を探るのも一苦労だ。今回も、わざわざ優喜がミッドチルダと地球を自由に行き来したいと主張する以上、管理局を監視するなどと言うちゃちな話ではないはずだ。
「その前に、一つ質問いいですか?」
「どうぞ。」
「現在時空管理局には、第九十七管理外世界のイギリス出身で、ギルバート・グレアムもしくはギル・グレアムという名前の人物は存在しますか?」
「「「え?」」」
いきなり、予想外の名前が飛び出す。存在するも何も、イギリス出身のギル・グレアムというのは、間違いなく自分たちの直属の上司だ。
「ギル・グレアムは我々の上司だが、それがどうかしたのか?」
「やっぱりか……。」
「やっぱり? 優喜君、一体何があったの?」
「その前に、あと二つ質問。」
嫌な予感にポーカーフェイスを崩すリンディに待ったをかけ、携帯を取り出す優喜。
「一つ目。この二人に見覚えはある?」
交渉用の言葉づかいを捨て、真面目な顔で写真を呼び出して三人につきつける優喜。その写真を見て、驚愕に凍りつく三人。写真に写っているのは、上司の使い魔でクロノの師に当たる女性だった。優喜の表情と雰囲気から、多分良からぬ出会いだったであろうことは想像がつくが、あまりにもその写真は予想外すぎた。
「誤魔化しても仕方がないから、正直に言うわ。その人たちは、私たちの上司、ギル・グレアムの使い魔よ。」
「髪が長い方がリーゼアリア、短い方がリーゼロッテだ。だが、この二人が一体?」
「それを話す前に、二つ目の質問。」
嫌な予感がどんどん強くなっていく。脳裏をよぎったのは、自分たちと因縁の深い、呪われた魔道書。思えば、やはりあの時のプレシアの質問は、この事についての伏線だったのだ。
「未覚醒の闇の書の主を、犯罪者として扱う気はないと言うあなた方の言葉、それを決して違える事はないと約束できる?」
やっぱり、と頭の片隅で他人事のように考えながら、これから落とされるであろう超弩級の爆弾に備えつつ、違える気はないと頷くリンディであった。
(あ、頭の痛い話を……。)
優喜の話を聞き終えたリンディは、本気で頭を抱えざるを得なかった。事前に、聞いてしまえば後には引けなくなる、といっていたが、本当に後には引けなくなってしまったのだ。
「そういうわけだから、最低限として、聖王教会とのパイプと、ある程度自由にミッドチルダに移動する権利がほしい。」
「……確かに、あなたの考えのとおりに動くなら、それぐらいの権限は必要よね……。」
闇の書の概要を聞き、こめかみを押さえながらため息をつくリンディ。そんな隣の上司に同調してため息をつくと、プレシアのほうに目を向けるクロノ。
「あなたは、いつからこの話を知っていた?」
「そうね。優喜が闇の書を見つけたのが、あなた達が来る直前だったから、そのときからかしら。ただし、詳しい話を知ったのは、ユーノが無限書庫で調査を始めてからよ。」
「なぜ、黙っていた?」
「逆に聞くけど、娘の友達がどんな扱いを受けるか分からないというのに、そう簡単に話せると思うの?」
プレシアの言葉に、思わず沈黙するクロノ。グレアムの行動を見るまでもなく、一級災害指定を受けたロストロギアの持ち主など、どういう扱いを受けてもおかしくない。
「だから、あなた達の考えを確認して、その上で話を通すつもりだったの。」
「優喜君、グレアム提督が、はやてちゃんを監視してたのに気が付いたの、いつから?」
プレシアの言葉を受け、確認のためにエイミィが問いかける。
「視線に気が付いたのは、はやてとはじめてあったときから。ただ、監視されてるって確信したのは、次の日になのはたちとはやての家に行ったとき。時期で言うなら四月の上旬。」
「そのころからって、よく気が付いてるのばれなかったよね。」
エイミィの言葉に、苦笑するしかない優喜。正直、腹芸がまったく出来ていないなのはとフェイトがいても気が付かなかったのだから、グレアム陣営は相当視野が狭まっていると考えてもいいだろう。
「それで、解析の方はどの程度見込みがあるの?」
「リニスが取った断片を見る限り、デバイス言語さえどうにかなれば、暗号の復号化はそれほどかからないわ。問題となるデバイス言語だけど、成立年代自体は絞り込めているから、ユーノがいつあたりを引くか次第ね。もう、何箇所かは遺跡の割り出しを済ませて、第一陣はきょう出発だとか言ってたから、運が良ければ今月中に、稼働品のデバイスが手に入る可能性はあるわね。」
暗号とデバイス言語の壁にぶち当たって断片のコピーすら取れず、暴走を恐れて修復を断念したグレアム陣営が聞けば、発狂しかねない事をあっさりと言ってのけるプレシア。
「段取りのいい事ね……。」
「でなければ、貴方達をまきこもうとは思わないわ。もっとも、聖王教会も古代ベルカのデバイスは大量に持っているから、伝手が出来たら、もっと早くに暗号解読と本体の解析に手をつけられるかもしれないけど。」
「本体の解析と修理に成功する可能性は?」
「ゼロではない、としか言えないわね。取れたコピーがどのぐらいのサイズか、バグがどの程度深刻か、タイムリミットまでの時間、その他もろもろ、現状では分からない事ばかりだもの。」
プレシアの言葉に、沈黙するしかないアースラ陣営。
「とはいえ、仮に今回失敗するとしても、その主な原因はタイムリミットよ。プロジェクト自体は絶対に無駄にならない。何しろ、どんな手段を使って闇の書を沈黙させるにしても、必ず復活するわけだし。」
「そういうわけだから、解析に協力してもらうためにも、管理局の上層部を牽制するためにも、同等レベルの組織力がある聖王教会は、是非とも巻き込みたい。」
「……聖王教会が食いついてくると断言できるのか?」
「そこはちゃんとユーノに調べてもらった。夜天の王ってのは、もともとは古代ベルカの王家のひとつだったらしい。その名を冠した遺産を、本来の姿に復元すると持ちかけるんだ。食いつかないわけがない。」
「……分かった。僕のほうにコネがある。いつ紹介できるかは確約できないが、どうにか向こうに話を通そう。」
「お願い。」
優喜に頭を下げられて、微妙な表情を浮かべてしまうクロノ。知らなければいろいろ突っぱねようもあったが、ここまで話を聞いてしまうと、ごねることも出来ない。優喜の手のひらの上で踊らされている感じがして不快だが、文句を言っても仕方がない。
「それと、今更の話だけど、リンディさんたちも、協力してくれるよね?」
「……本当に今更それを聞くのね。あまり言いたくないけど、毒食らわば皿まで、よ。」
「ごめんね。有無を言わさず巻き込んで。」
「どうせ今までの話の流れだと、ここで話が出なくても、どこかで関わることになっていたでしょうね。」
正直、リンディとしては、こそこそ裏で動いている優喜たちと、致命的なタイミングで敵対する状況になるぐらいなら、最初から一緒にこそこそ動いたほうがましである。それに、うまくいけば長く続いた闇の書の悲劇に終止符が打て、失敗したところで次につなげる事が出来る。優秀なスタッフがすでに確保できている以上、かかる負担が殺人的に増えること以外に、やらないと返事をする理由はない。
「でまあ、理由が理由だから、最低限僕はある程度自由に動けないと厳しい。後、できれば忍さんも動けた方がいいかな。」
「そうね。あなたについては、どうにか通してみるわ。忍さんという方については、根回しが終わって正式にプロジェクトとして立ち上げられたら、その時に権利をどうにかするしか、方法がないと思う。」
「それで十分。」
基本的なアウトラインは決まった。こうなってくると、なのはとフェイトは確実に、リンディの部下になっていないと厳しいだろう。何しろ、鍵となる書の主・八神はやての親友だ。事の成否に、彼女の精神的な部分もかんでくる可能性が高い以上、少しでもプラスの要素は確保しておきたい。
「まあ、ここまではいいとして、だ。まだ、ヴォルケンリッターは出現していないのだろう?」
「うん。闇の書の起動条件が分からないから、いつ出てくるかも分からない。」
優喜の返事に、思わず渋い顔をするクロノ。
「出てくる前に修復が終わればいいが、進んでいる真っ最中に出てきたらどうする?」
「とりあえず、ある程度勝手に話を勧めること事態は、はやてに話して承諾をとってるから、出てきたときには、それを盾に押し切ろうと思う。」
「出来るのか?」
「やるしかないでしょ。」
「なら、そのときはお前の責任で、何があっても口説き落とせ。」
一応念を押しはしたが、優喜のことだ。言われるまでもなく、自分達を巻き込んだように、あくどいとしかいえない手段も駆使して納得させるだろう。
「後さ、優喜君。」
「なに?」
「グレアム提督はどうするの? 尊敬してるし恩もあるから、あまり悪くは言いたくないけど、この件に関しては、どうもあんまりよろしくないことを考えてそうだよね?」
「うん。だから、クロノとエイミィさんには、聖王教会との日程のすりあわせとか終わったら、合間見てグレアムさんが何をしようとしてるのか調べてほしいんだ。」
優喜の言い分に、やはりかとため息をつくクロノとエイミィ。やると覚悟を決めた以上、これぐらいの無理難題が出てくるのは承知の上ではあるが、加速度的に仕事が面倒になってきたのも確かだ。
「それはまあ、最初からそのつもりだが、調べてどうするんだ?」
「もちろん、巻き込んで総責任者を押し付けるんだよ。いくらなんでも、リンディさんがトップで旗振り役ってのは、さすがに階級とか考えると厳しいんじゃないかな、って思うんだけど。」
「厳しいところを突いてくるわね。」
「で、巻き込むにしても、向こうが何を考えてるかをはっきりさせないと、交渉のしようがないからね。だから、まずはそこを調べてもらって、内容次第ではグレアムさんにはそのまま進めてもらって、ついでに余計なことをさえずりそうな連中に睨みを効かせてもらいたい。」
ここまで来ると、もはや驚く気も失せる。自分達を巻き込んだ以上、関係者は片っ端から巻き込むつもりだろう。
「それで、グレアムさんが何をやろうとしているかが分かった後、口説き落としに行くときにはクロノも来てほしいんだ。」
「何故だ?」
「使い魔たちと話した印象なんだけど、多分グレアムさんを説得できるのは、クロノだけだと思う。」
「……僕のような若造に、あの人を説き伏せることができるとは思えないんだが……。」
「今のグレアムさんは、君の尊敬する提督じゃない。怨みに目が曇った、ただの老人だよ。」
認めたくない優喜の台詞に、深く深くため息をつく。クロノ自身は認めたくない話だが、否定できる状況でもない。せめて、怨みだけでなく、大義も忘れていないことを祈るしかない。
「……分かった。どこまでやれるかはわからないが、出来る限りのことはやろう。」
「悪いね、いろいろ面倒をかけて。」
「何。いずれは関わる問題だ。だったら、せめて胸を張れる結末にするために、やれるだけやるしかない。」
ある意味、これは敵打ちだ。災厄をまき散らすだけの存在になってしまった夜天の書。これをせめて無害な姿に戻す事が出来れば、父の死は無駄ではなくなる。
「それと、最後にもう一つ確認。」
「何だ?」
「修復のために、どうしても蒐集が必要になった場合、双方が合意の上で蒐集を行うのは法に触れる?」
「失敗して死ねば話は別だが、双方が合意の上でなら、法に触れない形には出来る。厳密には、一応傷害罪にはなるんだが。」
「なるほど。だったら、それほど問題にならずに解決できそうだ。」
優喜の言葉を聞き、現状で確認が終わっていない問題がないかを、頭の中で確認するリンディ。周囲の人間もそれぞれに考え、結局は問題が出てきてから対処しようという事で意見が一致する。
「それじゃあ、方針も決まったし、景気づけに翠屋でお茶にしましょうか。」
どうせ終わったらあれこれと忙しくなるのだから、と、持ちかけた提案は満場一致で受け入れられる。こうして、時空管理局始まって以来屈指の大プロジェクトが、本当の意味でスタートしたのであった。