「優喜、恭也と一戦してくれないか?」
「はあ。まあ、いいですけど……。」
なのは達からジュエルシードの事を聞いた翌日の早朝訓練。永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術、通称御神流の師範・高町士朗は、割と唐突にそんなことを言い出す。
「僕は無手がメインだから、刃物を使ったら恭也さんにはまず勝てませんよ?」
「その、無手での実力を見せてほしいんだ。俺の見立てでは、全力を出せばたぶん、恭也でも危ないと思っている。」
それは買いかぶりすぎではないか、と優喜は思う。御神流とは主に小太刀と呼ばれる短めの刀を二本使う、いわゆる二刀流の流派だ。それも実戦で振るうことを主眼に置いた、卑怯上等の流派で、飛針や苦無のような飛び道具(御神流では投げるのは小刀だが)に細いワイヤーなども使う、バリバリの殺人剣だ。
負傷をきっかけに現役を退いている士郎はともかく、恭也と美由希は普通に銃器を持った集団を相手に戦える技量をもっている。まだまだ自分の体がちゃんと把握できていない優喜が、まともにやって勝てるとは思えない相手だ。もっとも、士郎が言うように、全力を出せば五秒たたずに跡形もなく消滅させてしまうのも事実だが。
そもそも、剣技だけで勝負する場合、元の体でもうぬぼれ込みで見積もって、七対三で負け越すと優喜は見ている。優喜の剣技なんぞ、対処法を習う過程でたしなみ程度に覚えただけのものだし、彼の強さのほとんどは、人間の限界を数歩超えた感覚の鋭さと、気功による身体能力の底上げだ。武器を使うと、どうしてもそこらへんの勘が狂う。
「士郎さん、それはさすがに……。」
「というか父さん、恭ちゃんが勝てない小学生って、どれだけ非常識?」
「何か必要なものはあるか?」
優喜と美由希の突っ込みを華麗にスルーして、準備に入る。ウォーミングアップなんぞは、この場にいる全員すでに出来ている。今回は美由希は、見取り稽古という立場に落ち着きそうだ。
「あ~、籠手があるとありがたいです。さすがに生身で木刀をブロックするのは痛い。」
優喜の言葉ももっともだ、ということで、とりあえず練習用の籠手を用意してもらう。いくら実戦を主体としていても、未熟なころの練習用防具ぐらいはあるらしい。もっとも、剣道の籠手のように指先の自由が利かないようなものではなく、忍者が使っているような手甲の類が出てくるあたり、さすがは実戦派だ。
「準備はできたか?」
「いつでも。」
実戦を想定した試合である以上、始めの合図などないだろう。優喜が籠手を着けるのを待ってくれたのは、最大限の譲歩に違いない。
(さて、どうするか……。)
まずは相手を観察。未知の流派だけに、何をしてくるかわからない。あえて隙をつくって誘ってみる。恐ろしい速度で斬撃。紙一重ですかし、カウンター気味に一撃。予定どおり防がれる。ここまでは互いに分かり切った結果だ。
もう少し小手調べ。打撃を二、三打ち込む。刀の刃で受けられそうになるが、予想していたので寸前で止め、本命の体当たりに移行。それに合わせるように恭也から足払い。足払いに来た足を、上から踏みつけようとする。外れ。そろそろ、恭也の気配が変わってくる。
(……! 後ろ!)
いつの間に投げていたのか、優喜の後頭部を鋼糸が襲う。ブロックしたが最後、絡め取られてそこで投了だ。とっさに踏み込んで頭を下げ、行きがけの駄賃で恭也に頭突きをお見舞いする。この試合で双方合わせて初めてのヒット。ダメージも出ないようなカス当たりだが、恭也の斬撃をつぶすことには成功する。
が、さすがに士郎が師範代の免許を認めるだけあって、恭也はすでに普通の人間の領域を超えている。優喜の追撃を蹴りでつぶし、体重差を利用して距離を引き離す。優喜が攻撃態勢に入る前に抜刀からの斬撃。とっさにブロックしようとして……。
(ブロックはまずい!)
今までの斬撃と比べると、筋肉の動きが違う。絶対にロクなことをしてこないととっさに判断、寸前で小太刀の腹を弾いて攻撃をつぶす。弾いた感触から、攻撃の正体を分析。
(徹か! これだから古流は!!)
徹。御神流に限らず、古流の武術には様々な名前で存在する、衝撃を相手の内部に浸透させる打撃。空手などでよくある、重ねた瓦の真ん中の一枚だけを割る、という類の打撃だ。主に無手の流派において多い技ではあるが、剣術だからできない理由はない。正直、体が小学生の相手にやるには大人げないにもほどがある気はするが、それだけ優喜を手ごわいと思ったのだろう。
実際のところ、悠長に解説してはいるが、ここまでのやり取りは、にらみ合いも合わせてもせいぜい三十秒程度の時間で行われており、普通の動体視力では何が起こっているかどころか、動いているのも見えはしまい。しかも、お互い手を出すたびに動きが速く、一撃が重くなっていく。
そして、ここまでのやり取りで、恭也は三度、優喜の評価を書き換えている。事前に、普通の生き物としては反則と呼べる種類の肉体強化法をいくつか持っているとは聞いていたが、それを使っている様子は今のところない。
(徹を見切った。貫もうまくいかない。それに多分、あいつが言うところの「反則技」以外にも何か、隠し玉を持っているはずだ。)
これまでの防御の動きに比べると、優喜の攻撃には工夫がない。様子見がメインなのはお互い様だが、こちらがずいぶん大人げない真似をしている割には、優喜の行動はおとなしい。体にまだなじんでいない、というのもあるのだろうが、どうにもしっくりこない。
(もう少し、揺さぶってみるか。)
飛針と小刀を見せつけるように投げつける。裏で鋼糸を胴体めがけて投げるのも忘れない。動かない優喜にすべてが吸い込まれ、すべてすり抜ける。とっさに勘が働き、左前方に攻撃を入れかけ……。
(! 違う! 後ろか!!)
遠心力を乗せ、豪快に後方を薙ぎ払う。視界の隅に見えていた左の優喜が消え、後ろで泡を食ったように斬撃を回避する「本物の」優喜が現れる。
「分身か。味な真似を。」
「恭也さんだけには、言われたくない。」
優喜がやってのけた分身は、原理としては単なる目の錯覚だ。寸前まで強烈に気配を発することで、そこに本人がいるように見せかけ、さらに動き方を工夫することで残像を残し、あたかも何人もいるように錯覚させる。気配で攻撃を察知するレベルの相手ならば、かく乱程度には使える。意外と鋭い人間の気配察知能力。それを逆手に取った手段だ。ちなみに逆の事をとことんまで極めると、目の前にいるのに全く認識できなくなったりする。
「だが、まだ何かを隠しているだろう?」
「それはお互いさま。」
そこで会話が途切れる。さらに数合、大人げない技の応酬があったが、それでも蹴りがつかない。防御はともかく、攻撃面では間合いや打点が狂って攻めきれない優喜。いろいろ無理もしているため、被弾こそないがそれなりにダメージは受けている。速剣系の剣技に対して、回避だけでなく打撃による迎撃という手段を取られ、じわじわとダメージを蓄積させ始めている恭也。自分より強い相手と幾度も試合っては来たが、ここまできれいに居合いをたたき落とされた経験はない。
互いに決め手に欠け、睨みあいに入ろうかというとき、外野が動いた。具体的には、桃子が朝食のために呼びに来たのだ。
「あの、すごい試合で眼福なんだけど、そろそろ朝ごはんだって。」
桃子の呼びかけに仕方なく中座した美由希が、おずおずと声をかけてきた。
「恭也、そろそろタイムアップだ。次で最後にしろ。」
「ああ、分かった。」
射抜から虎切への派生、さらには虎乱まで打撃でつぶされ、しかも気がつけば両手の木刀が大概いかれかけていると来た。これは、自分のすべてを叩き込まなければ失礼というものだ。異論は認めない。
「優喜。これから、俺の全力をぶつける。」
(うわ、なんか今まで以上に大人げない気配になってる……。)
「これを凌がれたら、俺には君を倒す手段がない、ということに他ならない。」
(これはやばい。こっちも反則かなあ……。)
「だから、これが正真正銘、最後の一撃だ!!」
吠えると同時に、恭也の姿が消える。いや、今までとは比較にならないスピードで、優喜に突っ込んでくる。速いだけならもっと速い相手と日常的にやりあったこともあったが、恭也は自分とは違う流派だ。切ってくる手札が予想できない以上、狙うとすれば始動をつぶすかカウンターでの武器破壊。二刀でしかも奥の手である以上、予想されるのは二連以上の連撃。最初の二つで武器をつぶしてしまえば、そこから後ろの技は殺せるはず。
奥義之歩法・神速。極限まで集中力を高め、意識を通常の数倍の速度に加速し、ついでに肉体のリミッターを外す技法。意識を加速させる際に余計な情報を省くため、色覚情報が抜け落ちモノクロの世界になるという問題はあるが、大概のものはスローモーションになる。なるはずなのだが……。
(やはり、神速にも対応できるか! だが、これはかわせないはずだ!)
優喜の動きが遅くならなかったことに舌打ちしつつ、己が最も頼りにしている技に入る。奥義之睦・薙旋。抜刀からの神速の四連撃。一撃目。初手から小太刀に強い衝撃。打撃で迎撃されたらしい。普通なら技を崩される一撃だが、磨きに磨いた奥の手だ。この程度ではぶれない。
二撃目。ほんの刹那の差で放たれた斬撃を、先ほどと同じく拳で迎撃する。あれだけの打撃を入れた後、それも瞬きひとつない程度のタイムラグだというのに同等の一撃を入れ、なおも大きくは体勢を崩さない優喜に戦慄を覚えつつ、強引に体を回転させる。
三撃目。回転というタイムラグのため速度こそ抜刀に劣るが、体重と遠心力が十分に乗ったその一撃は、四刃の中で最大の攻撃力を誇る。徹も乗せたこの一撃、同じ手段ではつぶせないはず。
案の定、優喜は三つ目の斬撃は素直に潜り抜けるように回避。だが、そこに決定的な隙が現れる。
減速し始めた回転を、腕を大きく振ることで加速し、最後の一撃を叩きつけようとして、恭也の全身を極悪な衝撃が貫く。決定的な隙、と見えた動作から、優喜は恐ろしい威力の体当たりを叩き込んできたのだ。恭也の体が浮き上がり、正中線を駆け上がるように重い打撃が四発。意識こそ刈り取られなかったが、戦闘不能になったのは確かだ。
「あぶな~……。恭也さん、大人気ないにも程があるよ~。」
「迎撃しておいて、それを言うか……。」
「色々反則して、それで紙一重。恭也さん、本当に人間……?」
「お前に言われたくない……。」
優喜の打撃による迎撃。それは御神の剣士をして襟を正させるに十分な技だった。そもそも、神速中の抜刀術すら迎撃してのけるとは、さすがの士郎も思わなかったようだ。もっとも、体のせいもあってか、優喜は防御・迎撃・カウンターはともかく、攻撃面には色々難を抱えているのも浮き彫りになったわけだが。
「これで本来の体だったら、多分様子見をしている間に負けていたんだろうな。明らかに、色々と攻めきれていなかった。」
そもそも、優喜が本来の体だったら、初手のカウンターを防御した時点で勝負がついている。
「どうにも、まだまだ感覚が修正できてなくて、打点はずれるわ軌道はぶれるわどうしてくれようか、ってレベルですよ。」
ああ、あちこち痛い……、と篭手をはずしながらぼやく優喜。無理やりな修正を何度もやっているため、全身のあちらこちらに妙な負荷がかかっている。軟気孔を維持して、一時間もおとなしくしていれば収まるだろうが、やはり今の体は色々限界が低い。
「何度もいうけど、本当にぎりぎりだったんだからね。体術だけってカテゴリーだったら、最後の四連撃、二手目を防げたかどうかぐらいだったんだから。」
体術だけ、という言葉に疑問符を浮かべつつ、やたら念押しされても説得力を感じない高町親子だった。
警察での用事も済ませ、今日一日はフリータイムだ。現実を受け入れきれていない演技は要求されたが、それ以外は士郎がうまく言い訳をしてくれた。閉じこもっていると碌なことを考えないから、という理由で行動の自由を保証してもらえた。
「さて、勉強がてら、図書館かな。」
士郎を見送り型稽古と練気を済ませた優喜は、ノートとドリルに筆記用具をそろえ、鍵をかけて高町家を出た。昨日と違って今日は、昼は翠屋で食べる段取りになっている。ランチタイムのピークは外した方がいいだろう。
周りの風景を頭に焼き付け、自分がこれから暮らす町並みをしっかり頭にたたき込む。図書館までの道は、美由希に近い道を教わっているので問題ない。編入試験が終わったら、一日かけて出来るだけ広い範囲を歩いてみようと心に決める。
(やっぱり、平日の午前中はすいてるなあ……。)
海鳴の図書館は比較的蔵書が充実している方だが、それでも平日に人がいっぱい、などというほどではない。それなりに利用者はいるが、座る場所がない、とか、貸し出し手続きがなかなか終わらない、とかいうことはない。
「さて、ついでに借りる本でも物色……。」
ドリルを十五分ほどで終え、答え合わせも済ませてつぶやく優喜。さすがに、所詮は小学三年生の編入試験だ。中身が二十歳の、それも文武両道に非常にまじめに打ち込んできた人物には、正直物足りない内容でしかない。
正直なところ、内容の簡単さには、さすがに色々危惧を覚えなくもない。竜岡優喜は、天才でもなんでもない。二十年分の人生経験と蓄積がある以上、外見年齢と同じ年代の子供と比べて出来がいいのは、当然過ぎるほど当然なのだ。なのに、それを忘れて、天才と持ち上げられていい気になってしまいかねない。
「ん?」
先回りして気にしすぎているようなことを考えていると、珍しいものが視界に入った。外見的には優喜と同年代の、車椅子の少女。平日の昼間にいる、ということも気になったが、そこは優喜も人のことは言えないのでさておこう。問題は、車椅子だというのに、彼女の介護をしている人間がいないこと。
「どの本がほしいの?」
「え?」
本に手が届かずに苦労している彼女を見かねて、優喜が横から割り込む。ほかの人間から見れば親切心を出した結果、かも知れないが、優喜本人としては、見て見ぬ振りをするのが後味が悪かった、という、いわば自己満足の結果にしか過ぎない行為。
「えっと、この本?」
「あ、うん。その本。」
少女の手の先を見て、目当てを推測。棚から取り出して少女に渡す。
「ほかには?」
「あ、え~っと、あそこにあるんもお願いできます?」
「この、月の盾って本?」
「です。」
指定された本をとって渡す。ついでに、興味を引かれたので、隣にあった本を抜き取り、自分用に借りることに。
「ほんまにありがとう。親切なんやね。」
「ん~、別に親切でやったわけでもないというか……。」
少女の感謝の言葉に、微妙に居心地悪そうに頭を掻く優喜。当然の事を当然のように行っただけで、親切もくそもない。ぶっちゃけ、この程度のことで感謝されるほうが困るのだ。
「単に、この程度のことで見て見ぬ振りをするのが嫌だっただけの自己満足で、親切心を出したわけじゃないんだけど……。」
「いやいや、そういう理由で行動できるねーちゃんは十分親切やって。」
「あ~、一応僕は男だから。」
「え~!? 自分男なん?」
いつもの反応に苦笑するしかない優喜。言われ慣れすぎて、今更怒る気も起こらない。
「まあ、ここで立ち話もなんだし、向こうで落ち着いて自己紹介でも。」
「そうやね。」
適当な机を占拠して自己紹介をする。少女の名は八神はやて、優喜たちと同じ小学三年生。奇妙なことに、車椅子が必須という割と致命的な障害を抱えているのに、一人暮らしだという。色々気になるところはあるのだが、初対面でそこを突っ込むのは野暮だろう。
互いの人柄と、優喜のとにかく害のない外見とがあいまって、すぐに打ち解けた二人。互いを「はやて」「優喜君」と呼び合うようになるまでに、それほど時間は必要なかった。
「そういえば優喜君、私が聞くのも変な話やけど、学校はどないしたん?」
「明後日編入試験。今日はその勉強ついでに、ね。」
「ふ~ん、そっか。」
「で、こういうことを聞くのはマナー違反かもしれないけど、はやてはここまで一人できたの?」
「え? ああ。いつも隣のおばさんがここまで押してきてくれるんよ。帰りは電話で呼ぶ段取りやねん。」
なるほど、と納得する優喜。どうやら、はやてはご近所ネットワークに支えられて、どうにか障害のある小学生の一人暮らしを維持しているらしい。
「じゃあ、帰りは僕が付き合おうか、って言いたいところなんだけど……。」
「ん?」
「初対面で家まで押しかけるのって、どうなんだろうね?」
優喜の台詞に思わず吹きだすはやて。確かに、お互いにすでに友達、という意識ではあるが、残念ながらいきなり家に案内する、というのは常識的にどうか、というのはある。
「そやね。まあ、気にせんでええよ。おばさんも心配しはるやろうし、今日はいつもどおり、迎えに来てもらうわ。」
「じゃあ、それまでは付き合うよ。」
「もうすぐお昼やけど、ええん?」
「お世話になってる家が喫茶店をやっててね。今日はそこでお昼をごちそうになるんだけど、ランチタイムのピークははずしたほうがいいと思うから、そのぐらいがちょうどいいんじゃないかな?」
「居候ってのも、気ぃ使うんやなあ。」
はやての言葉に、違いない、と苦笑する優喜。その後、すぐにはやてが携帯電話でおばさんに連絡を取り、その間に優喜の貸し出しカード作りを済ませる。二人揃って貸し出し手続きを済ませ、迎えに来たおばさんに挨拶をしてはやてを見送る。なんとなく監視されているような妙な視線を感じたが、気のせい、もしくはこの時間に小学生がふらふらしているのが目立つためだろう。視線の事を意識の隅に追いやり、優喜は図書館を後にした。
まっすぐ翠屋に向かうと、まだランチタイムのピークにかちあいそうだ、という理由で、地理の確認も兼ねて少し回り道をする。途中、妙な違和感と、昨日も感じた種類の厄介な気配を感じ、あたりを見渡す。少し先に大きめの児童公園。何かあるとしたらそこだろうとあたりを付け、気配を殺して走る優喜。
「おかしい。いくらお昼時だって言っても、まったく誰もいないなんて……。」
途中何度も親子連れとすれ違ったというのに、この公園にはだれもいない。いくら平日のお昼時と言っても、近くに複数の住宅街があり、就学前の子供を連れた親子を何組も見ているのだ。一概には言えないことかもしれないが、その条件でこの規模の公園に誰もいない、というのは不自然すぎる。
脳裏の警告音が、どんどん大きくなる。気配の察知範囲を拡大。二人ほどの人間の気配と、なのはが使っている種類の「魔力」を察知。いやな予感は的中してしまったようだ。どうやら、さっきの違和感の本質は、人払いの結界の存在を察知したかららしい。そして、今の魔力の正体は、物理結界。公園の外と中を完全に遮断し、少々暴れても誰にも気づかれないようにしたらしい。
「誰かが、ジュエルシードの暴走体と戦ってるのか?」
優喜の手持ちの情報から出る結論は、それしかない。最初に感じた気配は、明らかにジュエルシードのそれ。そして、新たに感じた気配は、なのはのものでもユーノのものでもない。
自分たち以外にジュエルシードを集めようとする可能性があるのは、ユーノが連絡した治安組織の構成員と、彼を襲った勢力の二つ。現状ではどちらの可能性も排除しきれない。
(確認するしかないか……。)
気配を殺しながら、戦闘していると思わしき位置に慎重に近寄っていく。視界に入った光景に、思わず絶句する優喜。さすがに隠形を解いてしまうほどではないが、いろいろ衝撃的な光景だったのは確かだ。
戦闘していたのはなのはと同い年ぐらいの、人種的には欧米系の、素晴らしい金髪をなのはと同じく左右で束ねた赤い瞳の少女。やけに露出の激しい、黒一色の衣装に手に持っているのは大鎌のような形状をした武器。トータルの印象では死神(見習い)と言ったところか。無表情を貫こうとしつつ、目の前の異形にやや顔が引きつっているのが、妙に愛嬌がある。
問題なのは彼女ではない。彼女が対峙している、巨大な昆虫の方だ。長い触角をゆらゆら動かし、きちきちきちと鳴き声を上げる。油を塗ったようにてかてか黒光りする外骨格が、そいつが甲虫に分類されることを物語っている。平べったくて重心が低く、動き方に擬音を付けるなら、かさかさかさ、だろうその昆虫。
そう、ジュエルシードの暴走体は、いわゆる一つの「ゴキブリ」だった。ちなみに、日本では忌避されている虫だが、海外ではどうとも思われていないことも多い。ただ、奴に限らず、昆虫なんてものは、擬人化も何もなしにそのまま巨大化すると、大概気持ち悪くなるものだが。
まあ、なんにせよ、欧米系の人種と思われる美少女は、どうやら感性としては日本人に近いらしく、使命感とゴキブリに対する本能に根ざした嫌悪感との狭間で揺れているのが、手に取るように分かる。
(さて、治安維持組織が小学生をこき使うとは思えないから、多分あの子は襲撃者サイドだろう。問題は、何の目的でこんな物騒なものを集めているのか、と、そのためにどのぐらいあくどい事をするタイプか、だ。)
なんにしてもお手並み拝見、と気配を隠したまま観察を続ける優喜。ちなみにこの時点で優喜は知らなかったが、ユーノが連絡を入れた時空管理局は、実力さえ伴っていれば小学生だろうが幼稚園児だろうが、普通に平然とこき使う組織だったりするわけだが。
「……えい!」
意を決した少女が、気合とともにすさまじいスピードでゴキブリに肉薄する。かわいそうに、クロスレンジが彼女の主な戦闘距離らしい。どうも、構えや身のこなしから、一定以上のラインで戦闘訓練は受けているようだ。現状、なのはがかちあったら勝ち目はなさそうだ。
が、ゴキブリはなにも、その見た目だけで嫌われているわけではない。妙にすばしっこく、しかも嫌悪感を誘う挙動で縦横無尽に動き回るのも、彼らが嫌われている理由の一つだ。そして、そこは巨大化していても変わるわけではなく……。
(あ、外した。)
こう、どうにも形容しがたい動きで少女の突撃を回避するゴキブリ。一方の少女は、制動をかけるのが遅れ、かなり後方まで突っ走ってしまう。どうにも、自分のスピードを制御しきれていないようだ。もっとも、それでも単純な砲撃しかできない現在のなのは相手なら、余裕で制圧できる程度の精度は持っているようだが。
「フォトンランサー、シュート!!」
光の槍を四本作りだし、ゴキブリの回避をつぶすように撃ち出す少女。なのはの砲撃と違い、あの光の槍はそれなりの速射性能を持ち合わせているらしい。が、こう、理不尽と言ってもいい、嫌悪感たっぷりの挙動で余裕で攻撃を回避するゴキブリ。さすがは人類の天敵。黒い悪魔の呼び名は伊達ではない。
「アルフ!」
「はいよ!」
さらに追加で光の槍を撃ちだしつつ、そばにいた、額に赤い宝石を埋め込んだオオカミに呼びかける少女。アルフと呼ばれたオオカミ、槍の弾幕を凌ぎ切ったゴキブリを爪で切り裂こうとする。するのだが……。
ぐにょ。
「うひぃ! なんだいこいつの体は!」
狭い隙間に滑り込むため、ゴキブリの体は甲虫としては弾力がある。さらに表面でてかてか光っている油の成分も相まって、気持ち悪い感触を伴って、アルフの爪を無効化する。
その間にもゴキブリはかさかさ動き回って、少女の弾幕を回避し続ける。そして反転。空中にいる少女に、おもむろにその黒光りする立派な羽をはばたかせて突撃を敢行する。あまりの光景に、弾幕を張るのも忘れて呆然とする少女。そのまま激突。必殺・ゴキブリダイブ(仮称)が見事に決まった瞬間である。
そのまま地面にたたき落とされ、ゴキブリに組み敷かれる少女。キチキチ鳴きながら、少女の体を蹂躙していくゴキブリ。飛びかかって跳ね飛ばそうとして、またしても弾力で受け流されてしまうアルフ。獣の姿でどうにかするのをあきらめ、一度距離を取り、ワイルドでグラマラスな女性の姿に変身する。手足を使ってゴキブリを引っぺがす方針に切り替えたようだが、どうにも成果は芳しくない。
(しょうがない、助けるか。)
能力的には、あの二人がゴキブリに負けるとは思えない。だが、どうにも経験不足が祟っているらしい。ある意味しょうがないとはいえ、そもそもゴキブリが飛びあがっただけで動きが止まるのは言語道断だろう。まあ、かといって、可憐な少女がゴキブリに好き放題されているのを見て喜ぶほど、優喜は倒錯的な趣味は持っていない。とっとと助けるべし、だ。
「てい!」
半端な衝撃では、アルフのように受け流されるだけだ。周りに致命的な威力の衝撃波が出る、そのぎりぎり手前の速度で距離を詰め、そのままゴキブリだけを蹴り飛ばす。すべての衝撃を相手を弾き飛ばすためのエネルギーに転化しているため、さすがの黒い悪魔も踏ん張りが利かなかったようだ。なすすべもなく弾き飛ばされるゴキブリ。
「大丈夫?」
「何者だい!?」
「ただの通りすがりの小学生もどき。それより、体の方は大丈夫?」
「……うん。」
見ると、少女が無理やり表情を殺しながら立ち上がるところだった。
「で、まあ、どうにも相性が悪そうだから、手伝うよ。」
「……いらない。私とアルフだけで何とかなる。」
頭に血が上ったのか、逆に冷静さを取り戻したのか、淡々と答える少女。どうやら、何か攻略方法を考えたらしい。
「じゃあ、お手並み拝見ってことで。」
やる気に水を差す必要もない、と、フォローできる程度の距離を取り、何をするのかを見物する優喜。どっちにしても、優喜にはあれを仕留めることはできても、ジュエルシードの封印術式を組む能力はない。どうにかして勝負をつけてもらおう。
「バインド、セット!」
少女の呼びかけに、手に持った鎌が返事をする。ようやく体勢を整え、再び飛びかかろうとしたゴキブリが、空中に固定される。
「これで終わり……! アークセイバー!!」
鎌の先から、回転する光の刃が飛び出し、ゴキブリの頭を切り落とす。そう、頭だけを切り落としてしまったのだ。
「あ……。」
その問題点に気がついたのは、その場では優喜だけだった。そもそも、虫の類はたいていの場合、頭を落とされたぐらいではなかなか死なない。放置すればいずれは死ぬのは確かだが、脊椎動物に比べると、断末魔の時間が長いのは確かだ。そして、昆虫類の中でもゴキブリの生命力は抜きん出ているわけで……。
「まだバインドの解除はダメ!!」
どうやら、彼女はそれほど冷静になっていたわけではないらしい。バインドを解除し、封印術式に入ろうとしていた少女に警告する優喜。だが、時すでに遅く……。
「……え?」
「どういうことだい!?」
バインドの軛から解放されたゴキブリの死骸が、恐ろしいスピードで飛び回り始めたのだ。
「ゴキブリは、頭をつぶしただけだったら一週間は飛び回るんだ!」
「ちょっと待ちなよ! そんなの初めて聞いたよ!!」
「伊達にあれが日本で、黒い悪魔と呼ばれてるわけじゃないってこと!」
頭をつぶされたことで肉体の制御を完全に失い、体の持つエネルギーが完全に切れるまで飛びまわるゴキブリ。結界の端から端へとガッツンガッツンぶつかっては方向を変える。その動きはまるで、ブロック崩しのボールのようだ。もっとも、三次元空間を高速で動き回るブロック崩しの玉など、並みの反射神経と予測能力ではなかなかとらえられないものだが。
非常識なうえに、先ほどより輪をかけてグロテスクな光景に進化したそれを、封印術式の展開も忘れて呆然と見守る少女。まあ、術を発動したところで、当たるかどうかもあやしいわけだが……。
「フェイト!!」
「え……?」
反射的に初撃を回避した後、空中で呆然としていた少女に対し、二度目のゴキブリダイブが迫る。さっきと違ってノーリミッターなので、下手に当たると命にかかわる。だが、すでに反応が遅れているため、回避は絶望的だ。舌打ちしながら、優喜が動く。
直撃を覚悟し、身を固くするフェイトと呼ばれた少女。間に合わないと悟りつつ、バインドを発動させようとするアルフ。刹那のタイミングで優喜が滑り込み、フェイトの体を抱え込む。優喜が通り過ぎた後を、ゴキブリの体が轟音をたてて通過する。
「大丈夫?」
「え? え?」
展開が急すぎて、さっきから「えっ?」としか発言できていないフェイト。しかも今の状態は、優喜にお姫様だっこされているのだ。理性も感情も、状況を把握しきれない。
「よかった、どこも怪我はなさそう。」
「あ、ありがとう……。」
自分の状態に気がつき、さすがに真っ赤になりながら礼を言うしかないフェイト。元々の肌が白いだけに、こういう変化が非常に目立つ。
「……あの、もう自分で立てるから……。」
自分を抱えている人物が同年代の少年であることを理解し、羞恥心が限界を超えそうになったらしい。先ほどまでと違い、蚊の鳴くような声で囁くフェイト。さすがに優喜も、今の体勢が著しく誤解を招くことに思い至り、ごめん、と呟いてフェイトを下す。
「それで、とりあえず、だ。僕があれを始末するから、さっきの封印術式の準備、お願い。」
「うん。」
何度も無様をさらしてしまったからか、今度は素直にうなずくフェイト。封印術式、という単語に反応するアルフ。
「ちょっと待ちな。なんでさっきのが封印術だって分かるんだい!?」
「昨日、同じものを見たから。ついでに言うと、同じような相手と、昨日一昨日と連続で遭遇してる。」
「それじゃあ、あんたは!?」
「あ~、立場上は敵になるのかもしれない。ただ、僕としては、あんな物騒なものにうろうろされるのは、正直勘弁してほしい話だし、封印して回収するのが、君たちでも僕が手伝ってる連中でも構わない。」
淡々とアルフの言葉に答えを返し、ゴキブリの始末に意識を集中する優喜。基本的に地球上の生物である以上、炎に強い生き物はごく稀だ。これから昼御飯だというのに、体液だのなんだのを浴びて汚れるのは避けたいところだし、昨日と同じく燃やしてしまおう、と結論を出す。
気を瞬時に練り上げ、右腕に炎の龍を作り出す。もう一度結界にぶつかって跳ね返ってきたゴキブリの体を炎で絡め取り、一気に焼き上げる。羽が焼け落ち、地面にたたき落とされ、じたばたともがく頭のないゴキブリ。だが、優喜はそこで手を休めることはしない。全身に炎をまとい、距離を詰め、蹴りあげて体を浮かせる。昨日と同じ技だが、今回の場合は間違っても体液などを浴びたくないからだ。
「うりゃ!!」
浮き上がらせたゴキブリの体を、駆け上がるように蹴りまくる。一撃ごとに炭化していくゴキブリ。全身の炎を蹴り足から火炎放射器のようにすべて噴出させる。最後の一撃で、完全にゴキブリが燃え尽き、ジュエルシードが出現する。フェイトが封印をかけ、例によってローマ数字が浮かび上がる。
「OK、これでおしまい。」
封印がかかったのを確認し、一息つく優喜。公園の時計を見ると、そろそろ普通の昼休みは終わる頃合い。いい加減、ご飯を食べに行っても大丈夫だろう。
「ふう、運動したからおなか減った。」
優喜のつぶやきにつられたか、かすかに誰かの腹の音が。イメージ的にアルフか、と思ったら、恥ずかしそうにうつむくフェイトの姿が。
「えっと、フェイト、でいいんだっけ?」
「え? あ、うん。」
優喜の呼びかけに返事を返し、怪訝な顔をする。
「あの、私の名前……。」
「さっき、そっちの、アルフさん? がそう呼んでたから、フェイトでいいのかな、と。」
「そっか。そういえばアルフが叫んでたよね。私はフェイト・テスタロッサ。あなたは?」
なんとなく、ペースが狂っていることを自覚しながら、せっかくなので目の前の少年に名前を聞く。名前を聞く以上、自分から名乗るのは礼儀だ、とは彼女の教育係の言葉だ。
「僕は竜岡優喜。好きに呼んでくれていいよ。」
「うん。それで、優喜……。」
フェイトがさっき声をかけた理由を聞こうとしたその時、優喜の携帯電話が鳴る。着信音は、昔懐かしの黒電話だ。
「あ、ごめん、ちょっと待ってね。」
あわてて携帯電話を取りだす。表示は高町桃子。どうやら、いつまでたってもご飯を食べに来ない居候を心配して、電話をかけてきたらしい。
「もしもし。」
『もしもし、優喜君? 今大丈夫?』
「あまり大丈夫じゃないけど、まあちょうど連絡しようと思ってましたし。」
『そう。で、ずっと電源を切ってたけど、何か取込み中だったの?』
「まあ、そんなところです。今からご飯食べに行きますから。あ、そうそう?」
『何?』
「二人ほど増えても、大丈夫ですか?」
『別にかまわないけど、お友達?』
「友達というか、行きずりの関係というか……。ちょっと、なのはの隠し事にもかかわってくる話なので、詳しくは勘弁してください。」
『そっか。まあ、分かったわ。もう、お昼には遅すぎる時間だから、早く来てね。』
通話終了。待たせてあったフェイトとアルフに向き直り、用件を切り出す。
「ご飯まだでしょ? これから食べに行くんだけど、一緒にどう?」
「え?」
本来は敵、という間柄の少年の言葉に、虚を突かれるアルフ。どうにも、彼の思考やら行動原理やらが、今一つどころか今三つぐらい飲み込めない。
「というか、もう向こうに連絡入れちゃったから、嫌と言っても連れて行くつもりだけど。」
「……どういうつもりだい?」
「どういうって、ご飯抜きは体に悪いよ。なんか、フェイトってあんまりちゃんと食べてない雰囲気だし。」
警戒心をにじませてたアルフの問いかけに、苦笑しながら返事を返す優喜。
「……敵の心配をするの?」
「えっと、素朴な疑問なんだけど、知り合いの心配をするのって、そんなにおかしい?」
どうにも、優喜の中での自分の位置づけを、小一時間ほど問い詰めたくなってくるフェイト。そもそも、知り合いというくくり自体、おかしくないか、と真剣に悩む。
「まあ、とりあえずご飯食べに行こう。味の方は保証するよ。」
その後、優喜に割と力技で翠屋に連れ込まれたフェイトを見た士郎と桃子は
「こんな綺麗な子とどうやって知り合ったんだ?」
「ナンパ? だとしたら優君も隅に置けないわね。」
と、さんざん二人をおもちゃにし、どうにも学校に行っていないらしい上に食生活もあやしいフェイトに、出来るだけ昼をここに食べに来るようにと強引に約束させたのであった。
「さて、なのは。」
「うん。」
学校から帰り、着替えも済ませたなのはに向き合うと、基礎となる部分の話を始めることにする。
「一応ユーノにも確認したんだけど、使える魔法って、封印の魔法とディバインバスター、あとは簡単な防御魔法と探知魔法だけ、でいいんだよね?」
「うん。」
「と、なると、ディバインバスターの性能をちょっと確認してから、かな?」
さすがに家の中ではまずい。人目につかない場所に移動したうえで、ユーノ先生に練習用の封鎖結界を張ってもらう必要があるだろう。
「とりあえず、練習場所の目星は付けてあるから、そこに行こうか。」
と、優喜がなのはとユーノを伴って移動したのは、彼がこっちで目覚めた、例の山の中だった。ハイキングコースから少しわき道にそれた場所に、穴場っぽい広場があるのだ。ちなみに、整備されている場所ではないので、単にたまたま広場のようになっているだけなのだろう。これが早朝なら、臨海公園やフェイトと遭遇した児童公園もありだが、放課後となるとこういう場所しかない。
「で、まあ、まずはね。」
ユーノの結界を確認した後。念のために、あたりに人の気配が全くないことを確かめ、優喜が切り出す。
「ディバインバスターを、三連射してほしいんだ。」
「三連射?」
「うん。チャージにどれだけかかるか、弾速はどんなもんか、撃った後の硬直はどれぐらいか、そのあたりを確認しないとね。」
優喜の指示に従い、空中に向かって一番早く撃てる撃ち方で三発、連続で撃つ。
「やっぱり、か。じゃあ、次は、僕に向かって一発、現状でのフルパワーで撃って。」
「え!?」
「ちょっと、優喜! 一昨日食らって気絶したじゃないか!」
「うん。その時に大体の威力は確認してるよ。ただ、正確にスペックを調べるために、ちゃんと正面から不意打ちじゃない形で受けてみないとね。」
今日は万全の態勢だから大丈夫、という言葉に、しぶしぶ優喜に杖を向けるなのは。非殺傷設定をちゃんと確認したうえで、躊躇いながらもきっちりフルパワーで発射する。派手な音と土煙を起こし、優喜に直撃するディバインバスター。
「ふむ、やっぱりこんなもんか。」
土煙の中から、まったくダメージを受けた様子を見せない優喜が現れる。非常識で非現実的な光景に、そろって絶句するなのはとユーノ。
「まず、結論から言うよ。単発では使い物にならない。」
優喜の台詞に、表情が曇るなのは。
「発射に時間がかかりすぎるし、挙動も重すぎる。この手の真っ直ぐに飛ぶだけの飛び道具を当てたいんだったら、最低でも瞬きするぐらいのタイムラグで二発、欲を言うなら三発は撃たないとダメ。」
「威力の方は?」
「微妙なラインだね。もっと手数が多いなら過剰なぐらいだけど、当てるのに工夫がいるとなると、心もとないライン。確実に当てる手段があるなら、これで十分なのは十分、かな。」
優喜の酷評に、ずんと落ち込むなのは。
「うう、なのはは魔法使いとしてやっていく自信がなくなりました……。」
「まあ、今回は、問題点だけをあげたからね。あくまでも、単発では使い物にならないだけで、チャージ時間を補う方法を用意すれば、十分実用範囲だよ。」
「で、具体的にはどうするの?」
ユーノが、対策を聞いてくる。ダメ出しをするだけなら、誰でもできるのだ。対応する案もなしにたたくのは、無責任もいいところだろう。
「まず、理想を言うなら、さっき言ったみたいに、威力を維持して三連射以上を瞬きするぐらいのタイムラグで撃てるようにすること。もっと言うと、いちいち準備なしで撃てるのが一番いい。」
「優喜君が、昨日やってたみたいに?」
「そ。でも、それができるんだったら、最初からやってるよね?」
「うん。」
大概において、強力な砲というのは弾速及び速射性に劣る。消耗や反動も大きいから、撃てる回数自体に制約があるケースも多い。
「だから、本命は相手の動きを制限する方法。具体的には、誘導弾か弾幕で行動範囲を制限するか、バインドか何かで動きそのものを止める。これならできるよね、ユーノ。」
「うん。どっちもスタンダードな方法だからね。」
「とりあえずバインドは必須として、補助の攻撃手段としては、誘導弾と弾幕、両方できるようになっておくと便利だよ。」
「その理由は?」
優喜の言葉にユーノが質問する。なのはは生徒なので、下手に口を挟まないのが基本だ。
「まず確認するけど、砲撃はともかくとして、普通の魔法弾の類って、何かに当たれば威力が減衰するか、弾そのものが消えるんだよね?」
「うん。貫通の特性を持ってない限りは、そうなるね。」
「だったら、相手がその種の魔法を撃ってきたときの対抗手段として、弾幕を張るか誘導弾をぶつけるかして迎撃する、という選択肢があるよね。」
「ああ、なるほど。でも、それだったら、片方で十分なんじゃない?」
「弾幕だけだったら、展開範囲から逃げられると足止めにならない。誘導弾だけだと、精度よく当てるためには、多分なのはの技量じゃ、完全に足が止まると思う。」
そこまでいって言葉を区切り、そもそも弾幕や誘導弾を使う理由を思い出させる優喜。
「それに、第一ね。誘導弾を制御しながら、ディバインバスターを準備して照準を合わせてぶち抜くなんて真似、簡単にできるの?」
「あっ。」
「でしょ? 弾幕は、ぶっちゃけた話逃げ道をふさぐためだから、威力も命中精度も無視して、とにかく大量に速い弾を作ればいい。制御にリソースも食われないし、誘導弾を混ぜて本命を当てる、なんて小技もできる。防御の面にしても、なのは本人の身体能力を考えると、回避が期待出来るようになるまではずいぶんかかる。」
「どうせなのはは運動神経が切れてます……。」
「腐らない腐らない。まあ、一気にやっても使い切れないだろうから、まずは誘導弾と弾幕用の魔法を組んできて。バインド周りはオーソドックスなものを一個。当座はとにかく手数と選択肢で相手の行動を制御できるようになるほうに絞ろう。相手が防御に専念せざるを得なくなれば、攻撃されにくくなるし、対処もしやすくなるからね。後は……。」
そこで言葉を切り、なのはにすっと近寄る。
「にゃっ!?」
いきなり大きなモーションで、なのはの額を殴りつけるまねをする優喜。無論寸止めだ。思わず目をつぶるなのは。
「攻撃されたときに目をつぶらないこと。これは最低限だから。それと、明日から早朝のランニングに付き合って。精神力ってやつは、結構基礎体力がものを言うからね。」
「明らかに優喜君のスピードについていけると思えないんだけど……。」
「なのはに付き合う分の時間は、もっと早起きして稼いでおくから気にしない。」
「えっと、私のペースに付き合ってくれるの?」
「慣れない事を始めるのに、一人だと寂しいでしょ?」
変なところで優しい優喜の優しさが、妙に胸にしみるなのは。
「ランニングは、運動神経とかあまり関係ないし、最初はしんどくないペースで、走れる時間だけでいいからね。きつくなったら歩いてもいいし。」
「それでいいの?」
「うん。無理しても大して効果はないし、まずは続けられるようになることが大切だし。」
そもそも、基礎体力などというものは、一朝一夕でどうにかなるようなものではない。なのはの年なら、一月も続ければ、それなりに距離もペースも伸びるだろう。
「とりあえず、今日はこれ以上できることもないし、帰って宿題やってから遊ぼうか。」
「やっぱり宿題は先なんだ……。」
「別に後でもいいけど、今後魔法関係の事件にかかわり続けるんだったら、下手したら出席も怪しくなると思うから、宿題とかは早めに片す習慣をつけておいたほうがいいと思うよ。」
「うう、ユーノ君……。優喜君が厳しいです……。」
「ごめん、なのは。僕も優喜のほうが正しいと思う……。」
「ユーノ君が裏切った!?」
こうして、なのはのどうにも前途が多難そうな魔法少女強化訓練は、順調にその幕を開けたのだった。