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No.18194の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~ 【第二部 完結】[月桂](2014/01/18 21:39)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(二)[月桂](2010/04/20 00:49)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(三)[月桂](2010/04/21 04:46)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(四)[月桂](2010/04/22 00:12)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(五)[月桂](2010/04/25 22:48)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(六)[月桂](2010/05/05 19:02)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/05/04 21:50)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(一)[月桂](2010/05/09 16:50)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(二)[月桂](2010/05/11 22:10)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(三)[月桂](2010/05/16 18:55)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(四)[月桂](2010/08/05 23:55)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(五)[月桂](2010/08/22 11:56)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(六)[月桂](2010/08/23 22:29)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(七)[月桂](2010/09/21 21:43)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(八)[月桂](2010/09/21 21:42)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(九)[月桂](2010/09/22 00:11)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十)[月桂](2010/10/01 00:27)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十一)[月桂](2010/10/01 00:27)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/10/01 00:26)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(一)[月桂](2010/10/17 21:15)
[20] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(二)[月桂](2010/10/19 22:32)
[21] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(三)[月桂](2010/10/24 14:48)
[22] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(四)[月桂](2010/11/12 22:44)
[23] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(五)[月桂](2010/11/12 22:44)
[24] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/11/19 22:52)
[25] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(一)[月桂](2010/11/14 22:44)
[26] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(二)[月桂](2010/11/16 20:19)
[27] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(三)[月桂](2010/11/17 22:43)
[28] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(四)[月桂](2010/11/19 22:54)
[29] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(五)[月桂](2010/11/21 23:58)
[30] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(六)[月桂](2010/11/22 22:21)
[31] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(七)[月桂](2010/11/24 00:20)
[32] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(一)[月桂](2010/11/26 23:10)
[33] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(二)[月桂](2010/11/28 21:45)
[34] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(三)[月桂](2010/12/01 21:56)
[35] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(四)[月桂](2010/12/01 21:55)
[36] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(五)[月桂](2010/12/03 19:37)
[37] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/12/06 23:11)
[38] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(一)[月桂](2010/12/06 23:13)
[39] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(二)[月桂](2010/12/07 22:20)
[40] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(三)[月桂](2010/12/09 21:42)
[41] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(四)[月桂](2010/12/17 21:02)
[42] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(五)[月桂](2010/12/17 20:53)
[43] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(六)[月桂](2010/12/20 00:39)
[44] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(七)[月桂](2010/12/28 19:51)
[45] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(八)[月桂](2011/01/03 23:09)
[46] 聖将記 ~戦極姫~ 外伝 とある山師の夢買長者[月桂](2011/01/13 17:56)
[47] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(一)[月桂](2011/01/13 18:00)
[48] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(二)[月桂](2011/01/17 21:36)
[49] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(三)[月桂](2011/01/23 15:15)
[50] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(四)[月桂](2011/01/30 23:49)
[51] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(五)[月桂](2011/02/01 00:24)
[52] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(六)[月桂](2011/02/08 20:54)
[53] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/02/08 20:53)
[54] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(七)[月桂](2011/02/13 01:07)
[55] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(八)[月桂](2011/02/17 21:02)
[56] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(九)[月桂](2011/03/02 15:45)
[57] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十)[月桂](2011/03/02 15:46)
[58] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十一)[月桂](2011/03/04 23:46)
[59] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/03/02 15:45)
[60] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(一)[月桂](2011/03/03 18:36)
[61] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(二)[月桂](2011/03/04 23:39)
[62] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(三)[月桂](2011/03/06 18:36)
[63] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(四)[月桂](2011/03/14 20:49)
[64] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(五)[月桂](2011/03/16 23:27)
[65] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(六)[月桂](2011/03/18 23:49)
[66] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(七)[月桂](2011/03/21 22:11)
[67] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(八)[月桂](2011/03/25 21:53)
[68] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(九)[月桂](2011/03/27 10:04)
[69] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/05/16 22:03)
[70] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(一)[月桂](2011/06/15 18:56)
[71] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(二)[月桂](2011/07/06 16:51)
[72] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(三)[月桂](2011/07/16 20:42)
[73] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(四)[月桂](2011/08/03 22:53)
[74] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(五)[月桂](2011/08/19 21:53)
[75] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(六)[月桂](2011/08/24 23:48)
[76] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(七)[月桂](2011/08/24 23:51)
[77] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(八)[月桂](2011/08/28 22:23)
[78] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/09/13 22:08)
[79] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(九)[月桂](2011/09/26 00:10)
[80] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十)[月桂](2011/10/02 20:06)
[81] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十一)[月桂](2011/10/22 23:24)
[82] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十二) [月桂](2012/02/02 22:29)
[83] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十三)   [月桂](2012/02/02 22:29)
[84] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十四)   [月桂](2012/02/02 22:28)
[85] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十五)[月桂](2012/02/02 22:28)
[86] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十六)[月桂](2012/02/06 21:41)
[87] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十七)[月桂](2012/02/10 20:57)
[88] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十八)[月桂](2012/02/16 21:31)
[89] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2012/02/21 20:13)
[90] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十九)[月桂](2012/02/22 20:48)
[91] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(一)[月桂](2012/09/12 19:56)
[92] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二)[月桂](2012/09/23 20:01)
[93] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(三)[月桂](2012/09/23 19:47)
[94] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(四)[月桂](2012/10/07 16:25)
[95] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(五)[月桂](2012/10/24 22:59)
[96] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(六)[月桂](2013/08/11 21:30)
[97] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(七)[月桂](2013/08/11 21:31)
[98] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(八)[月桂](2013/08/11 21:35)
[99] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(九)[月桂](2013/09/05 20:51)
[100] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十)[月桂](2013/11/23 00:42)
[101] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十一)[月桂](2013/11/23 00:41)
[102] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十二)[月桂](2013/11/23 00:41)
[103] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十三)[月桂](2013/12/16 23:07)
[104] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十四)[月桂](2013/12/19 21:01)
[105] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十五)[月桂](2013/12/21 21:46)
[106] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十六)[月桂](2013/12/24 23:11)
[107] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十七)[月桂](2013/12/27 20:20)
[108] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十八)[月桂](2014/01/02 23:19)
[109] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十九)[月桂](2014/01/02 23:31)
[110] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二十)[月桂](2014/01/18 21:38)
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[18194] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十六)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/06 21:41

 東洋の刀と西洋の剣が絡み合い、幾度も繰り返し激突する。
 鉄と鉄がぶつかり合う音が周囲に響き渡り、時に刀が剣を受け流す際の甲高い擦過音が聞く者の心を騒がせた。
 雲居筑前と小アルブケルケ。
 両者の衝突は後者が攻め、前者が守るという形で推移した。これは二人の刀剣の技量がそのまま反映された結果である。幼少時よりドアルテ・ペレイラの練成を受けて育った小アルブケルケに対し、雲居は特定の師を持たず、系統だった技を習得してもいない。小アルブケルケの優勢は必然であったといえる。


 ただ、小アルブケルケが雲居を一刀の下に切り伏せる――そこまで圧倒的な差は、両者の間には存在しなかった。
 これが単純に技量の優越を競う模擬戦であれば、あるいは決着はもっとあっさりついていたかもしれない。しかし、ゴア総督の嫡子である小アルブケルケは剣技こそ修めていたが、実際にそれを戦場で揮ったことはなかった。小アルブケルケがこれまで斬ってきた者の中には名ある将軍や、一国の王すら含まれていたが、彼らはいずれも南蛮軍との戦いに敗れた末に小アルブケルケの前に引き出され、首をはねられたに過ぎず、小アルブケルケが戦場で彼らを討ちとったわけではなかった。


 実戦経験の不足。これが小アルブケルケが抱える弱点であった。
 とはいえ、一国の王子に等しい身分の人間が、敵味方入り乱れる戦場に踏み込んで戦う必要などまったくない。ゆえにこれを弱点と表現するのは誤りであるかもしれない。
 実際、小アルブケルケ自身も、またその傅役であるドアルテも、これを問題視したことは一度もなかった。王や将軍の役割は、万の配下に全力をふるわせることにあり、自身が勇をふるって敵を倒すことではない。
 ゴアの大アルブケルケのように、進んで陣頭に立ち、しばしば敵の雄将を斬り殺す王の方が例外なのである。


 先に配下の南蛮兵を一刀で切り伏せて統制を強化した時もそうであったが、小アルブケルケにとって剣を振るうとは、抵抗しない、あるいはすることができない相手を斬ることに他ならない。
 その行動によって得られた効果を十全に活かすことをこそ小アルブケルケは重視し、ドアルテもまたそちらに重点を置いて主君の嫡子を育て上げてきた。
 ゆえに、小アルブケルケは自身の剣に抵抗する者と戦った経験が極めてすくない。ましてや命を狙う者との戦いなど皆無といっていい。
 それが雲居の付け込む隙となっていたのである。



 一方の雲居はといえば、ある意味で小アルブケルケとは正反対であった。
 下地となる技量こそ及ばないものの、実際の戦場を踏んだ経験ならば小アルブケルケを上回ることはるかである。乱戦の中で命を危険に晒すなどめずらしいことではなく、自身より強い敵と戦った経験も枚挙に暇がない。
 そんな雲居にとって、小アルブケルケは脅威を覚える相手ではなかった。此方への敵意をあらわに小アルブケルケが繰り出す剣は、なるほど、威も技も及ぶところではないが、それはあくまでも抵抗しない、できない相手を斬ることに慣れたもの。
 小アルブケルケ自身、そのことを隠そうともしておらず、その目には自身への驕りとも、相手への侮りともつかない薄い油膜が張り付いている。
 いつか九国の山中で対峙した丸目長恵と、比較することすらできはしない。
 あのとき、長恵から感じた恐ろしさを、雲居は小アルブケルケから一片たりとも感じ取ることはできなかった。

 

 むろん、それだけの理由で技量の差を覆すことは不可能である。
 雲居はそのことを承知しており、だからこそはじめは相手の剣を防ぐことに注力した。
 勝利に慣れた――というより、勝利しか知らない相手だ。粘って食い下がれば、ほどなく隙を見せるだろう、という計算の下に。
 その計算が実を結んだのは、剣戟が十合に達してすぐのこと。
 はや焦れたのか、あくまで抵抗を続ける雲居に対し、小アルブケルケが眉間に雷雲を漂わせながら勝負を決めに出たのだ。
 大きく振りかぶり、刀ごと雲居の身体を叩き斬らんとする渾身の一撃――と見せかけた頸部への横薙ぎの一閃。フェイントを混ぜた攻撃は、しかし、威力を乗せようとした分、大振りであり、その太刀筋はこれまでの斬撃よりもずっと読みやすかった。


 雲居はこれを刀で受けず、わずかに後方に下がることでかわす。
 小アルブケルケの剣が、寸前まで自身の首があった空間を通り過ぎていく、その瞬間、雲居は鋭く呼気を吐き出すと、反撃にうってでた。
 すくい上げるように繰り出された雲居の刀は、正確に小アルブケルケの右肘を捉えていた。
 刀身を通して、肉を裂く確かな感触が伝わってくる。わずかに遅れて、乾いた音をたてて、小アルブケルケの剣が甲板に転がった。
 見れば、小アルブケルケは左手で右肘を押さえつつ後退しようとしている。右腕を落とすことこそできなかったが、負わせた傷は決して浅くないと思われた。


 次の瞬間、雲居の目に凍土さながらに凍てついた光が灯る。同時に、雲居はこれまでと攻守をかえるべく逆撃に転じた。小アルブケルケは手傷を負い、武器を手放した。勝負を決めるのはこの時をおいて他にない、とは雲居ならずとも考えるところであったろう。
 対する小アルブケルケは、その攻撃を避けるべく、無意識のうちにさらに二歩、三歩と後退した。それは雲居の攻撃を避けるためには当然の行動である。だが、我に返った小アルブケルケは、自らが蛮人によって後退を強いられた事実に気づき、その秀麗な容姿を大きく歪めた。


「一度ならず、二度までも……ッ」
 小アルブケルケの口からこぼれた言葉は溶岩のごとく熱く、煮え滾っていた。
 旗艦への侵入を許し、手傷を負わされた。せめて自らこれを討って鬱屈を散じようとすれば、かえって反撃を受けて不覚をとった。
 小アルブケルケの目は大きく見開かれ、興奮のきわみ、毛細血管が破裂するかとさえ思われた。





 ――小アルブケルケの手が懐に伸びたとき、雲居は咄嗟に警戒した。
 かつて対峙したドアルテが、短筒を秘していたことを思い出したのだ。
 だが、小アルブケルケが取り出したのは短筒ではなく、一本の短剣。柄にも鞘にも装飾一つ施されていない、何の変哲もない短剣である。特徴があるとすれば、それは抜き放たれた刃が濡れたような輝きを放っていることだけであっただろう。
 自身の優位は揺らいでいない。そう判断した雲居は小アルブケルケに斬りかかるべく足を踏み出そうとする。


 だが、何かが雲居の動きをせきとめた。
 いや「何か」などという曖昧なものではない。さきほどちらと見た、小アルブケルケの短剣の濡れたような輝きが、雲居の脳裏に最大限の警鐘を打ち鳴らしたのだ。
 物理的な圧迫感さえおぼえるほどの死の息吹に身体を押され、雲居は後方へと下がる。小アルブケルケから――より正確に言うならば、彼が握った短剣から距離をとるためであった。




 動きを止めた雲居に向け、小アルブケルケはゆっくりと距離をつめて行く。
 滑るような足取りで、左手に握った短剣をちらつかせるように。先ほど、雲居が斬った右肘は思ったより深手であったのか、その右手は今もだらりとさがったままであるが、小アルブケルケはまるで気にした様子を見せない。
 歩み寄ってくる小アルブケルケの姿は隙だらけであったが、雲居は刀を握ったまま、なおも動こうとはしなかった。
 それを見て、小アルブケルケは内心で小さく嗤う。
 察しのよいことだ、と。


 小アルブケルケが短剣の刃に塗っていたのは、古の毒竜の名を冠した毒薬である。神話の中で、不死の英雄さえその苦痛に耐えられず、不死を返上して死を選んだという猛毒は、ただ一筋の傷をもって、猛獣さえ狂死させると言われている。
 今回の遠征で、小アルブケルケはこの毒の短剣を常に懐中に秘していた。
 これは父の大アルブケルケから渡されたものであった。大アルブケルケとしては、戦場や暗殺など、いつ何時、命の危険にさらされるかわからない嫡子に、護身のための切り札の一つとして与えたのであろう。
 小アルブケルケとしてはありがた迷惑以外の何物でもなかったが、父王から与えられたものを拒むなど論外である。即座に廃棄することも考えたが、発覚すれば叛心を悟られかねない。それに、父から与えられた短剣で、父の命を奪うというのもまた一興、そんな風に考えもした。ゆえに、さも感激したかのようにありがたく受け取ると、以来ずっと懐中に秘していたのである。


 それがこんな形で役に立つとは、小アルブケルケは予想もしていなかった。
 だが、眼前の相手が狂い死ぬところを見られるのならば、父王に感謝さえできるかもしれぬ。
 知らず、小アルブケルケはこれを渡された時の父王の言葉を口にしていた。


 O trunfo isto mantem ate o ultimo


    ――切り札は最後までとっておくものだ
 
 
 それは雲居に対する皮肉でもあった。雲居が先に用いた爆発物を、今この場で使えば小アルブケルケとて如何ともしがたかったであろうから。
 もっとも、南蛮語を理解できない相手に皮肉を言っても意味がない――そう小アルブケルケが思った時だった。


「けだし名言だな」
 はじめて、雲居が言葉を発した。それも、小アルブケルケが理解できる言葉で。
 小アルブケルケはその事実に戸惑いを覚えた。そして、その言葉にためらいを覚えた。もしや先ほど用いた爆発物を、まだ雲居が持っているのではないか、と疑ったのだ。
 だが、小アルブケルケに倣うように雲居が懐から取り出したのは、ただの鉄の棒――小アルブケルケの短剣よりもさらに短く、刃すらついていない役立たずの棒に過ぎなかった。
 だというのに、雲居は持っていた刀をためらいなく放り捨てると、その鉄の棒を握って小アルブケルケと相対した。
 あたかも、小アルブケルケに対して、お前など刀を用いるまでもない、と嘯くかのように。



「どこまでも愚弄するつもりか、猿めがッ!」
 怒声と共に突き出された短剣は、まっすぐに雲居の胸元へと伸びていった。
 すると。
 キン、と奇妙に澄んだ金属音が周囲に響き渡る。
 小アルブケルケがただの鉄の棒だと思っていた物が左右に開き、扇状の盾となって短剣の刃を受け止めたのである。
 小アルブケルケは目を怒らせ、さらなる刺突を見舞おうとする。かすり傷であれ、刃を相手の身体に触れさせれば勝負は決するのだ。
 しかし、その機先を制するように雲居は鉄の扇を再び閉ざし、小アルブケルケの短剣を絡めとった。
「ぬッ?」
 咄嗟に短剣を引き戻そうとするが、その動きは鈍い擦過音を発するだけに終わった。小アルブケルケから見れば得体の知れない武器の扱いに、雲居は習熟していた。それこそ、刀よりもはるかに慣れ親しんだものであるかのように。



 ここから先の両者の攻防は、まるでスローモーションのようだった。
 短剣を引き戻そうとする小アルブケルケ。そうはさせじと短剣をからめとった鉄扇に力をこめる雲居筑前。
 訪れる一瞬の膠着状態。
 それを崩したのは雲居の方であった。単純な腕力で言えば、雲居は小アルブケルケに及ばない。このまま膠着状態を続けていても力負けするだけだと悟ったのか、雲居は故意に力を緩めたのだ。
 ただし、ただ力を緩めただけではない。短剣が鉄扇から離れようとする寸前、雲居の手首がすばやく翻り、短剣の刃の部分を下から上に向けて鉄扇で弾いたのだ。そうすることで短剣を弾き飛ばし、小アルブケルケの手から毒刃を奪い取ることが狙いだった。
 だが、小アルブケルケも容易く切り札を手放そうとはしなかった。咄嗟に柄を握りしめ、短剣を放すまいとする。



 ――その瞬間。誰一人として予期していないことが起きた。
 陶器が割れるような音と共に、短剣の刃が根元から折れたのである。
 雲居と小アルブケルケ、驚きが大きかったのはどちらであったろうか。少なくとも、両者とも、これほど容易く短剣の刃が折れるとは考えていなかった。
 そして、折れた刃の破片の一つが、小アルブケルケの顔面を襲うことも予期していなかった。
「ちッ?!」
 半ば反射的に小アルブケルケはそれを避けようとする。そして避けることに成功した――ように思えた。しかし、先刻、爆発の余波を受けて右の頬に生じた傷跡を、ほんのわずか、破片の切っ先がかすめてしまった。


 その事実が意味することに気づき、小アルブケルケの背に氷塊が滑り落ちる。
 すると、まるでそれを待っていたかのように、小アルブケルケの全身を異様な悪寒が貫いた。全身の毛穴という毛穴が一斉に開き、毛という毛が一斉に逆立つような、かつて経験したことのない感覚。小アルブケルケの身体を苛むのは痛みではなく、痺れでもなく、全身を無数の小虫が這いずり回るにも似た蟻走感だった。
 筆舌に尽くしがたい不快感に、小アルブケルケはたまらず声をあげかける。だが、またしても、それを見計らっていたかのように『次』が襲いかかってきた。
 今度はまぎれもなく激痛だった。全身の関節という関節を無理やり逆に捻じ曲げられ、神経の一本一本を踏みにじられるかのような痛み。あまりにも痛すぎて、痛いという感覚が麻痺してしまいそうになる激甚な痛苦に対し、小アルブケルケは耐えることも、抗うことも出来なかった。


 その口から、およそ人が発するとは思えない絶叫がほとばしる。
 小アルブケルケは甲板に倒れこみ、両の手で胸といわず腕といわず、身体中をかきむしる。その姿は狂者そのものであったが、その苦しみはなお終わりではなかった。
 小アルブケルケの両の目が赤く染まり、血涙が流れ出す。ほぼ同時に鼻と耳から吹き出るように血があふれ出した。
 その口からは今なお怖気がはしるような苦悶の声があがり続けていたが、やがてその声も徐々に小さくなっていく。苦痛がおさまったわけではなく、声をあげる力が失われているのだろう。ほどなくして、苦悶の声のかわりに、口角から血の泡がこぼれはじめた。


 ゴア総督の嫡子が死に瀕していることは、誰の目にも明らかであった。
 だが、敵である雲居はもちろん、味方であるはずの南蛮兵や、医師見習いであるルイスさえ近寄ることはできなかった。誰もが、その異様さを恐れずにはいられなかったのだ。
 小アルブケルケはなおもしばらくの間、もがき続けていたが、やがてもがくだけの力も失われたのだろう。かすかな喘鳴があたりに響きわたり、その喘鳴もある瞬間を境にぴたりと立ち消えた。
 それが、当人を含め、誰一人として予想していなかったであろう小アルブケルケ――フランシスコ・デ・アルブケルケの最後であった。




 その地位や功績、為人や策謀に比すればあっけないとしか言いようがない死に様である。苦悶と痛苦に苛まれながら、言葉ひとつ遺せずに逝った南蛮の王子の死は、しかし、一つの戦いの終わりを告げるものであることは間違いなかった。
 南蛮国東方領を守護する第三艦隊、これを率いるフランシスコ・デ・アルブケルケの死により、ゴア総督アフォンソ・デ・アルブケルケの日の本征服計画は失敗に終わった。再征の有無は定かではなかったが、少なくとも第一次南蛮戦役において、日の本が南蛮国の侵略を、総大将を討つというこれ以上ない形で撃退したのは、誰にも否定できない事実であろう。




 ――ただし、まだすべてが終わったわけではなかった。





◆◆◆





 志賀親次という人物がいる。
 志賀家は大友家の重臣の一つであり、親次の父も祖父も加判衆に名を連ねたほどの大家である。
 親次はその志賀家を継ぐ身として生を受けた。
 親次は生来明朗な為人で、大家の跡取りとして周囲から向けられる期待を重荷に感じることもなく、健やかに成長していった。
 武にも文にも如何なく才能を発揮し、その評判を聞きつけた大友義鑑(宗麟の父)により、親次は宗麟(当時は義鎮)の近侍として取り立てられる。
 ここで親次は道雪や、吉弘家の菊姫らとも面識を得る。年齢でいえば、親次は宗麟や道雪、菊とはやや離れていたが、その快活な人柄や聡明さを三人に愛され、妹のように可愛がられた。また、菊や宗麟の影響を受け、南蛮神教に興味を示したのもこの頃である。


 親次の運命が大きく揺れ動いたのは、やはり二階崩れの変からであった。もっとも、当時まだ幼かった親次は、乱そのものには関わっていない。しかし、宗麟の近くで乱を目の当たりにしたことは親次の生き方に大きな影響を与えずにはおかなかった。親次が宗麟にならって洗礼を希望したことも、あの動乱と無関係ではない。
 しかし、親次の希望はすぐには容れられなかった。親次の父は熱心な仏教徒であり、娘が異教の洗礼を受けることを断固として認めようとはしなかったからである。


 親次は父の反対を受けても、洗礼の希望を捨てようとはしなかった。しかし、このまま自分が洗礼を希望しつづければ、自分と父の間のみならず、大友家と志賀家との間にも険悪なものが生じてしまう。
 それを恐れた親次は一計を案じた。当時、南蛮国へ派遣されていた遣欧使節団に、自らも加わろうとしたのだ。
 南蛮神教を嫌う父は当然のように南蛮の文化も快く思っておらず、親次の希望に反対を唱えたが、親次はこの使節団に加わることが志賀家にとっても重要な意味を持つとして、父を説得した。
 使節団に加わる者の多くは、将来を嘱望された少年少女ばかり。彼らは南蛮の文化を吸収した後に帰国し、大友家において重要な職責を担うことになる――これはほとんど既定のことであり、親次がこれに加わることは、志賀家にとっても大きな意味を持つはずだった。


 それでも父はなんのかのと文句を言い続けたが、最終的には親次の熱意が優り、父は首を縦に振った。
 このとき、親次は洗礼を受けるために父をあざむいたわけではない。主家のため、また自家のために南蛮の文化や風物をこの目で見て、多くを学ぶことはまぎれもなく親次自身の希望だった――むろん、そうして見聞を広めた上で、南蛮神教を嫌う父を説き伏せ、今度こそ洗礼を受けよう、という思いがあったことも確かだが。
 ともあれ、父を説得し、宗麟の許しを得た親次は海を越えた。その先に何が待っているのか、知る由もなく……





 ――数年後、親次は望まぬ滞在を強いられる異国の地で、洗礼名を与えられる。
 ――親次自身の意思によらず与えられた名を、パウロ、といった。 






 パウロは混乱する将兵を避けるように、舷側のすぐ近くで立ち尽くしていた。
 その懐中には、小アルブケルケから渡された短筒がある。すでにトリスタンを撃った後の清掃と弾込めも終わっており、いつでも撃つことができる状態にあった。
 では、どうして小アルブケルケと雲居が戦っている際、パウロはこれを撃たなかったのか。答えは簡単で、そうしろと命じられていなかったからである。
 小アルブケルケは、トリスタンを自室に呼び寄せた際、あらかじめパウロに命令を与えていた。が、雲居と戦う際には何の命令も与えなかった。だから、パウロは戦いの最中、身じろぎ一つしなかったし、小アルブケルケが毒を受けて苦悶している時も、駆け寄って助けようとはしなかった。助けろ、と命じられれば助けようとしたであろう。だが、小アルブケルケは何も命じなかった。だから、パウロは動かず、無感動にその死に顔を見つめるばかりであった。
 小アルブケルケはこれを非難することはできない。パウロをこうしたのは、他の誰でもなく小アルブケルケ自身であったから。



 その小アルブケルケが死んだ今、パウロはもう動く必要はないはずだった。仇討ちなど考えることもない。やがて島津軍に捕らえられるか、あるいは斬り殺されるか、いずれにせよ何らかの形で決着がついたであろう。
 だが。
 小アルブケルケの死に顔に視線を注いでいたパウロの視界の中で、ふと何かが動いた――そんな気がした。苦悶にまみれた表情の中、両の目がパウロを睨みすえたような、そんな気がしたのである。


 むろん、そんなわけはない。血に塗れた小アルブケルケの眼球はとうに焦点を失い、何も見てはいないのだから。
 だが、パウロにとって、その事実は何の意味も持たなかったらしい。かすかに身体を震わせると、薄明をさまようような思考で、その視線が意図することを考える。


 ――切り札は、最後まで取っておくものだ


 浮かんだのは、その言葉。
 パウロの頭で、たちまちそれは自身への命令に書き換えられた。小アルブケルケから短筒を預かっていたパウロこそ、彼の王子が残した最後の切り札である、と。
 パウロは視線を転じた。その先にいるのは、小アルブケルケを討った雲居筑前。その顔に向けて短筒を構えようとしたとき、パウロの視界に別の人物が飛び込んできた。
 銀色の髪に赤い瞳という異相を持つ少女は、なにやら雲居に向けて猛然とまくし立てていた。小アルブケルケと向かい合っていた時は顔色ひとつかえなかった雲居も、その勢いにはっきりと気おされているのがわかる。
 二人が近しい仲であるということは、パウロにさえ理解できた。その理解が、パウロの脳裏からまた別の言葉を引きずり出す。


 ――この国の民は己よりも、近しい者を傷つけられることを忌む


 いつか、小アルブケルケはそう口にしていた。
 であれば、ここで撃つべきは雲居ではなく……



 パウロの視線と、その手に握られた短筒の筒先は銀色の髪へと据えられる。
 彼我の距離は、パウロにとって外しようもないものだった。敵意もなく、殺意もなく、そしてためらいもなく短筒を構えると、パウロはごく自然な動作で引き金に手をかける。その動作は淀みなく、滑らかであり、筒先にいる二人は、いまだ少女の動きに気がついていなかった。
  

 



◆◆◆






 それは油断以外の何物でもなかった。
 小アルブケルケを討ったとはいえ、南蛮軍が降伏したわけではない。周囲の南蛮兵が武器を捨てていない以上、何事も起こりえた。気を抜くなど言語道断であったのだ。
 だが、自滅に等しいとはいえ、小アルブケルケを討ったことで、俺はほっと安堵の息を吐いてしまった。さかのぼれば吉継と別れた時からずっと張り詰めていた緊張の糸が、ここで音を立てて切れてしまったのだ。
「お義父様!」
 おくればせながら駆けつけてきた吉継の声にもはっきりとこたえることができず、その口から出る言葉の大半も脳を経由せずに左の耳から右の耳へと抜けていく始末。
 それでも、吉継が俺の行動を咎めているのはわかったので、なんとか落ち着かせようと口を開こうとした、その矢先であった。



「――雲居ッ!!」



 甲板上の喧騒を切り裂いて、俺の耳朶を雷喝が打ち据える。
 その声が島津歳久のものであることに気づいたとき、俺は半ば反射的に背筋を正していた。薩摩を訪れて以来、口を開けば、強い口調で鋭く此方への非難や苦情を積み上げてきた歳久に対する、俺の防衛本能のなせるわざである。
 望んで得た反応ではなく、得られて嬉しいものでもないのだが、この時ばかりはこれが吉と出た。
 歳久は、気をつけろ、とも、逃げろ、とも口にしなかった。口にする暇がなかったのだろう。迫る危機に対し、ただ俺の名を呼ぶだけで精一杯だったのだ。
 だが、俺にとってはその呼びかけだけで十分だった。


 ――舷側のすぐ近くに黒髪も美しい少女が一人、両手で短筒を構えてこちらを見つめていた。その容姿を見れば、明らかに南蛮人ではない。南蛮兵の中に混じった少女ははっきりと周囲の光景から浮きあがっており、どうして今の今まで気づかなかったのか不思議なほどだ。
 だが、問題はそこではない。茫洋とした瞳とは裏腹に、少女の構えた短筒を無慈悲なほどまっすぐ、正確に俺に向けられている――いや、俺ではない。その筒先は俺が立っている位置とわずかにずれている。少女の筒先に立っているのは、俺ではなく、隣にいる吉継だった。




 このとき、俺の脳裏に最初に浮かんだ選択肢は、吉継を抱き寄せ、俺の身体で吉継を庇うというものだった。
 だが、俺はそれを選ばなかった。
 深い井戸の底を見るにも似た少女の暗い瞳を見て、なんとなく思ったのだ。俺が自身の身体で庇おうと、あるいはここで吉継の身体を突き飛ばそうと、どのみち、あの少女が撃った弾は吉継に届いてしまうのではないか、と。
 言うまでもなく何の根拠もない考えだ。怨念が弾の軌道をかえられるわけはなく、根拠がないというよりは、妄想に類する考えといったほうが正確だろう。
 だが、一瞬の判断を強いられた俺にとって、それは天与の直感に等しかった。庇うだけでは足りない。守りたければ、撃たせてはならないのだ。
 であれば、俺にとれる行動は一つしかなかった。


 音を立てて鉄扇を開き、少女に向けて投じる。
 この鉄扇をこんな風に使ったのは初めてであったが、鉄扇はまるでそれ自体が意思を持っているかのように、まっすぐに少女の手元に向かって伸びていった。
 対して、少女はそれをよける仕草さえ見せない。その目はひたと吉継に据えられたまま動かず、迫りくる鉄扇など目にも入っていないように指に力をこめ、引き金を引こうとする。


 次の瞬間、その場に響き渡った金属音は驚くほどに澄んだ響きを帯びていた。
 秒の半分の差さえなかったであろう。少女が引き金を引くより半瞬はやく、鉄扇は少女の短筒に到達した。少女の手から弾き飛ばされた短筒は、鉄扇と絡み合うように放物線を描いて宙を飛び、そのまま舷側を越えて海面へと落ちていく。むろん、鉄扇も一緒に、である。
 それを見て、俺は咄嗟に駆け出そうとした。だが、今さら間に合うはずもない。舷側の向こうへと消えていく鉄扇――数えれば五年近くの間、肌身離さず持っていた物が手の届かない場所へと落ちていくのを、ただ見守るより他になかった。


「……お、お義父様」
 状況を理解したらしい吉継が声をかけてくる。その声には安堵よりも自責の色が濃いように思われた。吉継はこの場にいる中で、ただ一人、あの鉄扇の意味を知っている人間だ。俺がどうしてその鉄扇を投じるようなまねをしたのか、そのことに思い至れば、その声に自責の色が濃くなるのは、吉継の性格を考えれば当然のことだった。
 むろん、俺はすぐにかぶりを振って、吉継に気にすることはない旨を告げた。
 失って何も感じないはずがない。だが、あの一瞬で少女の手から短筒を奪うためには、あれしか方法がなかったのも事実である。人の命を救う一助になったのであれば、鉄扇を譲ってくださった方も許してくださるだろう。


 そんなことを考えていた俺の視界の中で、件の少女がまるで糸の切れた人形のように、くたりとその場にくずおれた。妙な言い方だが、少女が短筒を扱っていたのではなく、短筒の方が少女を動かしていたかのように。
 そして、それと時を同じくして、バルトロメウの甲板に一際大きな喊声が響き渡った。
 大筒の弾をかいくぐってあらわれた、油津港の島津水軍、その先鋒部隊の声である。水軍は度重なる砲撃で浅からぬ被害を受けたようだが、それでもその数は南蛮軍に優ることはるかであった。
 総大将を目の前で失った南蛮軍に、これに歯向かう気力が残っているはずもない。
 かくて、バルトロメウの戦いは敵味方、すべての人の予測を裏切る早さで決着を見たのである。






◆◆◆






「そうですか……トリスタン殿が」
 吉継のつぶやきに、歳久がこくりと頷く。
「ええ、先刻、少しの間だけ意識を取り戻されて。『黒髪の少女に気をつけて』と」
 場所は船上、油津港へと戻る途中、両者とも座りながらの会話である。
 この舟は歳久や雲居、ルイスらが乗ってきたものである。もっともルイスはこの場にはいない。バルトロメウに残り、通訳として忠親に協力している。代わりに、トリスタンが舟の片隅で横たわっていた。その顔は透けるように白く、血に染まった衣服もあいまって、まるで死者のように見える。
「実際、並の者ならばとうに事切れているでしょう。至近で大筒を打ち込まれた影響もあったのでしょうが、わずかの間とはいえ、よくも意識を取り戻したものです。私とて、あの言葉がなければ、そこな少女に気づくのは遅れていたことでしょう」
 

 その歳久の言葉に頷きで応じながら、吉継はトリスタンのすぐ近くで座している少女に目を向ける。バルトロメウの甲板で、吉継に短筒を向けた少女だった。その左右には見張りのための兵士が二人ついているが、少女は抵抗の素振りさえ見せようとはしなかった。
 吉継にとってはあやうく殺されかけた相手であるが、瞬きする間のことだったので明確な恐怖を抱いたわけでもなく、憎いという気持ちはわいてこなかった。ただ、舟の一隅をぼんやりと眺めている空虚な横顔には、いわく言いがたい悪寒を感じずにはいられなかった。少女に対する嫌悪感ではない。もし南蛮国に連れて行かれていたら、自分もこの少女のようになっていたのかもしれない、とそんな風に思えたからだ。


 幸い、そんな事態は避けられたわけだが、と吉継は今度は視線を真下に向ける。正確にいえば膝の上に。
 そこには、これ以上ないくらいに深い眠りに落ちている義父がいた。
 バルトロメウでの戦闘が終了し、この舟に乗り込んだ時点で、コテンという感じで倒れてしまったのだ。
 すわ負傷していたのか、と吉継はおおいに慌てたのだが、その口から太平楽な寝息がもれてきたため、心配は杞憂に終わった。
「文字通り寝食を削って今日まで過ごしてきたようですから。あなたを助け、敵将を討ち、ようやく緊張の糸がほぐれたのでしょう」
「……そのようですね」
 吉継の手が、そっと雲居の頬にふれる。こけた頬を見れば、雲居が今日までどれだけ心身を酷使してきたのか、想像することは難くない。その顔を見下ろす吉継の視線は、限りなく優しかった。


 あらためて思い返せば、まだきちんと礼すら言っていないのだ。その一方で、先刻の戦いぶりには言いたいことが山のように積もっており、何を言うべきか、何を聞くべきかすら、今の吉継には決められそうもない。
 あれからのこと、これからのこと、一晩語り明かしたところで、話が尽きることはないようにさえ思われる。
 そんなことを考えながら、そっと義父の頬をなでていた吉継の耳に、舳先にいた者たちの声が響いた。
 間もなく油津港に到着する、という内容だった。









◆◆◆








 同時刻


 豊後国 府内港


「姉御、見えてきましたぜ!」
 舳先にいた船頭が発した威勢の良い声を聞き、舷側から海面に視線を注いでいた女性は、その視線を前方に転じた。
 船頭の言葉どおり、そこには府内の港が遠望できた。ただ、港に出入りする船の数はきわめて少ない。加えて言えば、出入りする船の多くは戦船であった。現在、大友家は四方に敵を抱えているという。その影響であろうと思われた。


「船を着けることは出来そうですか?」
「はっはっは、姉御、誰にいってるんですかい。瀬戸内の海水を産湯に育ったあっしらにとっちゃ、戦場でもない場所に船を着けるなんざ茶を沸かすより簡単なことですよ」
 ここで女性は少し困ったように首をかしげた。
「いえ、海賊と間違われてしまわないだろうか、と思ったので」
「はっは、間違われるも何も、あっしらは海賊っすよ。でもまあ、このあたりまで足を伸ばしたことはないっすから、まず大丈夫でしょうや」
 船頭はそう答えて呵呵大笑する。


 彼も、またその配下の水夫たちも、筋骨たくましい、いかにも海の荒くれ者といった風情の者たちばかりである。
 瀬戸内の海を通過する船に通行料を求め、それを払わない船は実力をもって追い払う。それが彼らの生業であった。船頭が口にしたとおりの海賊稼業である。もっとも、彼らが武器を用いるのは不法に領海を侵す者のみであり、罪のない者たちを襲うようなまねはしなかった。


 その海賊船に乗り込んでいる女性は何者なのか。
 花顔雪膚、柳眉柳腰と非の打ち所のない容姿は、男たちとつりあわないこと甚だしい。それこそ、海賊に捕らわれたどこぞの姫君だと言われても納得できそうだった――女性の腰に大小が差さってさえいなければ、だが。
 船頭が不安げに、またどこか未練を感じさせる表情で口を開いた。
「しかし姉御、ほんとにここまででいいんですかい? 尋ね人が府内にいるかどうかもわからんのでしょう?」
「構いません。いなければいないで、自らの足で探すまで。九国には知己もいますから、力を借りることもできるでしょう。これ以上、皆さんを使い立てしてしまうのは申し訳ありません」
「いや、あっしらに遠慮なんぞ無用ですぜ。姉御にゃ命を救ってもらった借りもありやすし」
 船頭の言葉に、水夫たちもそうだそうだとばかりに頷いている。


 女性は小さく苦笑した。
「酒の席での刃傷沙汰を止めただけのこと。命を救ったなどと大げさです」
「いやあ、あのとき、姉御が両手にあまる人数を叩き伏せてくれなかったら、あっしらは鮫の餌になってましたぜ」
 酒の席でのいさござが発端だったのは事実だが、敵対する勢力同士の争いはたちまち本格的な戦闘に変じてしまった。この女性が割って入らなければ、船頭の言葉は現実のものとなっていただろう。
 だが、女性は恩義を口にする船乗りたちに、ゆっくりとかぶりを振ってみせる。
「毛利家や大友家が戦時で警戒を強めている中、こうも早く府内まで来られたのは皆さんのおかげ。借りがあったとしても、それで帳消しということにしましょう」


 女性がそう言うと、船頭はなおも何か言いたげにしていたが、やがて仕方なしに頷いた。故郷に妻子を残している以上、府内でのんびりと過ごすわけにはいかなかったのだ。
 それに、と船頭は女性の顔に視線を向け、いかつい顔にわずかに朱をはしらせる。
 いい年をして一目ぼれもないのだが、この女性の凛とした立ち居振る舞いや、一度だけ見た流麗な剣技に、船頭は心底から惹かれていた。彼の女房はそれを見抜いていたようで、恩返しに船を出すことは認めたものの、用が終わったらさっさと帰ってくるように、ときつく言い渡されているのである。


「そうだ、姉御、まだ名前を教えてもらうわけにはいきやせんか?」
 女性は目的があっての旅であるという理由で、その名を口にしようとはしなかった。男たちを信用しなかった、というよりは、名前を知ることでかえって厄介ごとに巻き込まれてしまうことを案じたのだろう。
 恩人から強いて名を聞きだすことも出来ず、この船の男たちは好奇心にフタをしてきたのだが、これでお別れだというのなら、せめて恩人の名前くらいは知っておきたい。
 その船頭の言葉に、女性はすこしの間だけ考え込み、やがて小さく微笑んだ。
「そうですね。袖すり合うも他生の縁といいます。まして、こうして道中を共にした相手に名前も名乗らずでは、せっかくの縁も意味をなさなくなってしまう」
 そう言って、女性はみずからの名を口にした。


 秀綱――上泉秀綱、と。  



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