一山あてるという表現がある。莫大な利を得る、あるいは得ようとする際によく用いられる言葉であるが、この場合、山とは鉱山を指す。
似たような意味で山師という言葉がある。鉱山の発掘、鉱脈の発見を生業とする者を指す言葉だが、投機等で一攫千金を求める者たちを蔑んでそう呼ぶことも少なくない。
守田氏定という人物を一言で言い表すならば、この山師という言葉こそ相応しかったであろう。
氏定はまず言葉どおりの意味で山師――すなわち鉱脈を求め、各地の山を掘り返す鉱山師であり、同時に金銀を掘り当てて一攫千金、果ては都に居を構えるような大物になることを夢見る人物であったからだ。
元々、氏定は貧家の生まれであり、生家は日々の糧を得ることも苦労するような生活ぶりであった。しかし、父母や兄弟たちが朝から晩まで農作業に勤しむ中、氏定は村はずれに住む老いた鉱山師の下を訪れてその話を聞いたり、あるいは商家の下働きをしながら、商いを学ぼうとするなど、まっとうな農民とはかけ離れた生活を送っていた。
当然、父母はそんな氏定を叱り付け、他の兄弟のように働くよう口をすっぱくして言いつける。氏定が商家の下働きをして得たすずめの涙ほどの賃金を、老鉱山師の酒代に代えていたことを知った時には、尻が真っ赤に腫れ上がるほどに引っぱたきもしたのだが、それでも氏定の素行は一向に改まらなかった。
そんなことがしばらく続き、ついには父母や兄弟は氏定に愛想を尽かしてしまう。
氏定もまたそんな家族とは距離を置いた。氏定は決して家族が嫌いではなかったが、ろくに作物も実らない貧しい土をほじくりかえし、毎日を青息吐息で過ごすような生活を死ぬまで送る――そんな人生はまっぴらだと考えていたのである。
十五になった氏定は郷里の農村を飛び出し、老鉱山師から学んだ技術で鉱山を掘り当てようと各地をまわるようになった。
しかし、当然、そう簡単に鉱脈が見つかるはずもない。そもそも、鉱脈を掘り当てるためには資金も人手も必要となる。子供の氏定にはそのいずれもが欠けており、一山あてるなど到底不可能だったのである。
しかし、氏定ははじめからそれは承知していた。郷里の鉱山師から、酒代の代わりにその手の話もしっかりと聞き出していたからだ。
あの老人も、若い頃に鉱山を発見した際、その手柄を同輩に横取りにされ、そのことを訴え出たところ、同輩と手を結んだ役人に罪を被せられ、逃亡を余儀なくされるなど世の辛酸を嘗めてきた人物であった。
酒を飲みつつ「山師なんぞろくなもんじゃねえ」とかすれる声で呟く姿には、半生を費やして一攫千金を求め、しかしついにそれを得ることが出来なかった人間の悲哀が、子供の目にもまざまざと感じられたものであった。
しかし、その声に耳を傾けるには、氏定は若く、根拠のない希望に溢れてもいた。
老人は失敗した。しかし、それは氏定の失敗を意味するものではない。
そう考えた氏定は各地をまわって、老人から学んだ鉱山師の技術を磨きつつ、その一方で商人としても活動した。商いのやり方は、下働きの最中に目で盗み、耳で盗んでいる。これは鉱山を掘るための資金を得るためであり、ひいては役人や武士といった上の人間と繋がりを得るためでもあった。
鉱山師としての技能を活かすためには、資金と人脈が必要。まずはそれを手に入れることが、氏定の当面の目標であった。
そうして十年あまりの時が過ぎ。
氏定は日向国の祖母山を、二人の商人仲間と共に南に向かっている最中であった。
山麓の険しい道を、商売のための重い荷を担ぎながら進んでいくのは、旅なれた氏定たちでもかなりきつい。
そのため、三人はすこし山道をはずれた場所に荷をおろし、一休みしているところである。
連れの二人は荷を下ろすや、すぐに眠りに落ちてしまい、氏定は好むと好まざるとに関わらず不寝番を務めなくてはならなくなってしまった。
心地良さそうな寝息をたてる彼らの顔を恨めしげに睨むも、文句を口にはしない。三人は商いを通じた友人同士であったが、氏定は三人の中では一番立場が弱い。なにせこの二人がいなければ、氏定はとうの昔に借金のかたに身ぐるみはがされていたに違いないのである。不寝番くらいで不平をならせる立場ではなかった。
「山師なんてろくなもんじゃねえ、か。いやはや、爺さん、あんたは偉い。まったくその通りだよ」
氏定が横を見ると、そこには自分の荷が置かれている。荷車はなく、下働きの人間もおらず、さして体格に恵まれているわけでもない氏定が背負える程度のこの荷物が、今の氏定の全財産であった。
一山あてるためには、技能と同じ、あるいはそれ以上に資金と人脈が必要となる。そう考え、それを得ようと努力したものの、生憎世の中は氏定の思惑よりもはるかに世知辛かった。
もっとも、連れの二人の言葉を借りれば、世の中が世知辛いのではなく、氏定の思惑が甘すぎる、ということになる。元金もなく、まったくの無一文から、たかだか十年程度で成り上がるなど痴人の妄想の域を出ぬ、という友の言葉を氏定は否定できなかった。少なくとも今のところは。
ただ、実のところ氏定は商人として失敗続きだったわけではない。
生来、機を見るに敏であるのか、投機に成功して利を博したのは一度や二度ではなく、その点では二人を上回る氏定だった。
だがこれも生来の為人か、商人としても山っ気の盛んな氏定は成功と同程度の失敗を繰り返し、稼いだ利益をドブに捨てたことも一度や二度ではなかった。結果、氏定の帳面では収入と支出がほぼ等しくなり、今の状況に至るのである。
ただ、ぼやく氏定の表情はその言葉ほどに暗くはなかった。というか、むしろ明るいと表現した方が良いくらいだ。無意味なくらいにぺかっとしている。
「ま、これまでがそうだったからって、これからもそうだって決まったわけじゃねえからな。人生五十年の、おりゃまだ半分だ。こっから昇り竜になったところで何の不思議があろうか、いや、ないであろ――って、痛ッ?!」
握り締めた拳を振りかざしたところで、横合いから小石をぶつけられ、氏定は悲鳴をあげる。
「――うるさい、あほう」
眠っていた友の一人が、片方の目を薄くあけて氏定を睨みつつ、手近の石を投げてきたらしい。
氏定が文句を言おうとした寸前、男はあくびまじりに言葉を続けた。
「もう少し寝させろ。誰かさんがどうしてもこっちが良いって言うから、やたらと道が険しい高千穂に行くことになったんだぞ」
「う、む、わるい」
氏定が不承不承あやまると、男はすぐに目を閉じ、再び寝息をたてはじめた。
その隣では、もう一人の連れが、こちらは目覚める気配さえなく、ぐーすか眠りこけている。ちなみにさきほどの男が細身で長身、こちらは太鼓腹にくわえて氏定の首にも届かない身長と、実に対照的な外見を持つ友人たちであった。
氏定たちが商いをしている豊後を治める大友家は、現在、大軍を繰り出して日向へ侵攻している最中である。
すでに日向北部の要衝である県城は陥落し、その地で大友宗麟がなにやら壮大な都を建設中であるとの噂はすでに豊後の商人たちの下にも届いていた。
これを受け、彼らの多くが県城へ向かおうとした。万を越える人夫が参加するような大規模な土木工事であれば、商売の種も無数に存在する。くわえて府内をはじめとする豊後各地の主要な城市では、利権の多くを先発の大商人たちが握っているため、後発の者たちが入り込む余地が少ないのに対し、新しい都であれば、そういった枷も弱くなる。
無論、まったくないわけではないだろうが、少なくとも府内よりは後発の者が入り込む余地があるだろう。
そんなわけで、今ねむっている二人は、他の者たちにならって県へ向かおうとしていたのだが、氏定がそれに待ったをかけた。
大した元手もない自分たちが今さら県へ行ったところで、大きな機会にめぐりあう可能性はほとんどない。それならばいっそのこと、高千穂の方に行こうではないか――氏定は二人にそう誘いかけたのである。
二人はあまり乗り気ではなかったが、氏定の懇請に根負けした形でその申し出を肯った。結果、三人はこうして祖母山を越えて高千穂に入るべく、国境を越えたのである。
そんなわけで二重三重に同行者たちに頭があがらない氏定であったが、氏定としてはそうまでしても高千穂を訪れたかった理由があった。これまで高千穂に足を踏み入れたことのなかった氏定は、あのあたりの山々に鉱脈があるかどうかを調べてみたかったのである。無論、二人に口にした理由も嘘ではないが。
ともあれ、調べるだけならば氏定一人でも問題はない。どうやっても時間はかかってしまうが、それは仕方ないだろう。
「そろそろ、これはって発見をしてえもんだ」
今度は連れを起こさないように小声で呟く氏定。
その時、氏定の視界に不意に妙なものが飛び込んできた。
どこからか山蜂と思われる蜂が羽音を立てて飛来してきたのである。
とはいえ、これだけならば別に妙でもなんでもない。今が冬の最中ということを考えれば、蜂が飛んでいるのはめずらしくはあったが、冬眠前の蜂がいないわけではないだろう。
だが、この蜂は太鼓腹の友人の鼻に止まるや、氏定が追い払う間もなく鼻の中に入り込んでしまったのである。
「んなッ?!」
これには氏定も驚いた。鼻の中を刺されたりしたら大変である。慌てて傍に駆け寄ったものの、さてどうやれば蜂を追い出すことが出来るのか。下手に追い出そうとすれば、それこそ蜂を刺激して大変なことになりかねない。
だが、幸いにも氏定の心配は杞憂に終わった。
蜂は入ってきた鼻とは別の穴から出てきて、再び羽音をたてて飛び立ったのである。そうして手近の木にへばりつくと、その樹液をなめ始めた。
変なものをなめてしまったから、口直しがしたかったのかしら、などと氏定が間抜けなことを考えていると、とうの本人がようやく目を覚ました。
「……ふああ、ああぁぁ……ふいー、よく寝たよく寝た……って、氏定、どうした、妙な顔して?」
「あ、いや、今ちょっと妙なことがあってな」
なんて説明したものか……というか、そもそも説明する必要があるのか? などと氏定が考えていると、そんな氏定を怪訝そうに見ていた友人が、不意に無念そうに顔をしかめた。
「あー、しかし、あれは惜しかった」
「何だ、いきなり?」
「いや、今、夢の中でな、妙に綺麗な女が出てきて、黄金が出てくる場所に案内してやろうって言ってきたわけよ」
「ほうほう」
「おれは喜び勇んで、こう言ったわけだ。『その必要はありません。何故ならば、目の前に黄金に優るものがあるからです――あなたという』ってな」
「おう、それは実に女好きのお前らしい」
「するとその女、ころころと笑ったと思ったら『あいにく、私は黄金の案内しかできません』と言ったかと思ったら、煙のように消えちまって……」
「で、今に至る、と」
「そういうわけだ」
それを聞いた氏定は、ふむ、と考え込む。もしやして、その女とやらはあの蜂の化身ではないか。
黄金が出てくる場所などと聞けば、山師としては黙っていられない。
「どうだ、ひとつその夢、俺に売らないか?」
「なんだ、藪からぼうに」
そう言った友人だが、黄金という単語に、眼前の人間の山っ気あふれる気質を思い出したらしい。
この山っ気さえなくなれば、商人としてそこそこの線までいけるだろうに、と内心で惜しみつつ口を開く。
「言っとくが、具体的な場所なんて聞いてないぞ? ここらを掘ったって黄金なんぞ出てこんわい」
「なに、縁起担ぎってやつだ。あの北条の尼将軍様も妹の夢を買って大成したって話じゃねえか。俺がお前の夢を買ったって問題あるめえ」
「まあ、別におれに損のある話じゃないからかまわんが。で、幾ら出す?」
「ほれ、これが今の俺の全財産じゃ」
そう言って、氏定は置いてあった荷を友人の太鼓腹の上にどすんとのせる。
友人としては、冗談半分の問いかけであっただけに、迷うことなく商品をすべて差し出してきた氏定に驚き、それ以上にあきれ果てた。
「おめえはあほうか。これから商売いくってのに、商品全部売り渡す奴がどこにいるッ」
そう言うと、友人は腹の上の荷の中から干魚を適当に取り出すと、残りはそのまま氏定に返した。
「これでいいわい。取引完了だな」
「おし、これで黄金の夢は俺のものだな」
「おう、精々頑張って一山あててくれい。さて、なんだかんだで結構休めたし、あいつを起こしてそろそろ出発しようか」
「……とうに起きている。というか、こんなやかましい場所で寝ていられるか」
機嫌の悪さがにじみ出た声は、もう一人の連れのものであった。
三人が支度をととのえ終わるのを待っていたように、先の山蜂が木から離れ、南の方角に向けて透明な翅を羽ばたかせた。
それが、まるで夢を買い取った者を黄金へと誘うように見えたのは――
(ま、気のせいかもしれんが、信じたところで誰に迷惑をかけるわけでもねえしな)
氏定はそんなことを考えつつ、高千穂に向けて足を踏み出したのであった。