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No.18194の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~ 【第二部 完結】[月桂](2014/01/18 21:39)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(二)[月桂](2010/04/20 00:49)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(三)[月桂](2010/04/21 04:46)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(四)[月桂](2010/04/22 00:12)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(五)[月桂](2010/04/25 22:48)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(六)[月桂](2010/05/05 19:02)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/05/04 21:50)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(一)[月桂](2010/05/09 16:50)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(二)[月桂](2010/05/11 22:10)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(三)[月桂](2010/05/16 18:55)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(四)[月桂](2010/08/05 23:55)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(五)[月桂](2010/08/22 11:56)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(六)[月桂](2010/08/23 22:29)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(七)[月桂](2010/09/21 21:43)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(八)[月桂](2010/09/21 21:42)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(九)[月桂](2010/09/22 00:11)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十)[月桂](2010/10/01 00:27)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十一)[月桂](2010/10/01 00:27)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/10/01 00:26)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(一)[月桂](2010/10/17 21:15)
[20] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(二)[月桂](2010/10/19 22:32)
[21] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(三)[月桂](2010/10/24 14:48)
[22] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(四)[月桂](2010/11/12 22:44)
[23] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(五)[月桂](2010/11/12 22:44)
[24] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/11/19 22:52)
[25] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(一)[月桂](2010/11/14 22:44)
[26] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(二)[月桂](2010/11/16 20:19)
[27] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(三)[月桂](2010/11/17 22:43)
[28] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(四)[月桂](2010/11/19 22:54)
[29] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(五)[月桂](2010/11/21 23:58)
[30] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(六)[月桂](2010/11/22 22:21)
[31] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(七)[月桂](2010/11/24 00:20)
[32] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(一)[月桂](2010/11/26 23:10)
[33] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(二)[月桂](2010/11/28 21:45)
[34] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(三)[月桂](2010/12/01 21:56)
[35] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(四)[月桂](2010/12/01 21:55)
[36] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(五)[月桂](2010/12/03 19:37)
[37] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/12/06 23:11)
[38] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(一)[月桂](2010/12/06 23:13)
[39] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(二)[月桂](2010/12/07 22:20)
[40] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(三)[月桂](2010/12/09 21:42)
[41] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(四)[月桂](2010/12/17 21:02)
[42] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(五)[月桂](2010/12/17 20:53)
[43] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(六)[月桂](2010/12/20 00:39)
[44] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(七)[月桂](2010/12/28 19:51)
[45] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(八)[月桂](2011/01/03 23:09)
[46] 聖将記 ~戦極姫~ 外伝 とある山師の夢買長者[月桂](2011/01/13 17:56)
[47] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(一)[月桂](2011/01/13 18:00)
[48] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(二)[月桂](2011/01/17 21:36)
[49] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(三)[月桂](2011/01/23 15:15)
[50] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(四)[月桂](2011/01/30 23:49)
[51] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(五)[月桂](2011/02/01 00:24)
[52] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(六)[月桂](2011/02/08 20:54)
[53] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/02/08 20:53)
[54] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(七)[月桂](2011/02/13 01:07)
[55] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(八)[月桂](2011/02/17 21:02)
[56] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(九)[月桂](2011/03/02 15:45)
[57] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十)[月桂](2011/03/02 15:46)
[58] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十一)[月桂](2011/03/04 23:46)
[59] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/03/02 15:45)
[60] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(一)[月桂](2011/03/03 18:36)
[61] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(二)[月桂](2011/03/04 23:39)
[62] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(三)[月桂](2011/03/06 18:36)
[63] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(四)[月桂](2011/03/14 20:49)
[64] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(五)[月桂](2011/03/16 23:27)
[65] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(六)[月桂](2011/03/18 23:49)
[66] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(七)[月桂](2011/03/21 22:11)
[67] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(八)[月桂](2011/03/25 21:53)
[68] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(九)[月桂](2011/03/27 10:04)
[69] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/05/16 22:03)
[70] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(一)[月桂](2011/06/15 18:56)
[71] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(二)[月桂](2011/07/06 16:51)
[72] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(三)[月桂](2011/07/16 20:42)
[73] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(四)[月桂](2011/08/03 22:53)
[74] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(五)[月桂](2011/08/19 21:53)
[75] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(六)[月桂](2011/08/24 23:48)
[76] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(七)[月桂](2011/08/24 23:51)
[77] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(八)[月桂](2011/08/28 22:23)
[78] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/09/13 22:08)
[79] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(九)[月桂](2011/09/26 00:10)
[80] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十)[月桂](2011/10/02 20:06)
[81] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十一)[月桂](2011/10/22 23:24)
[82] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十二) [月桂](2012/02/02 22:29)
[83] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十三)   [月桂](2012/02/02 22:29)
[84] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十四)   [月桂](2012/02/02 22:28)
[85] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十五)[月桂](2012/02/02 22:28)
[86] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十六)[月桂](2012/02/06 21:41)
[87] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十七)[月桂](2012/02/10 20:57)
[88] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十八)[月桂](2012/02/16 21:31)
[89] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2012/02/21 20:13)
[90] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十九)[月桂](2012/02/22 20:48)
[91] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(一)[月桂](2012/09/12 19:56)
[92] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二)[月桂](2012/09/23 20:01)
[93] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(三)[月桂](2012/09/23 19:47)
[94] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(四)[月桂](2012/10/07 16:25)
[95] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(五)[月桂](2012/10/24 22:59)
[96] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(六)[月桂](2013/08/11 21:30)
[97] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(七)[月桂](2013/08/11 21:31)
[98] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(八)[月桂](2013/08/11 21:35)
[99] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(九)[月桂](2013/09/05 20:51)
[100] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十)[月桂](2013/11/23 00:42)
[101] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十一)[月桂](2013/11/23 00:41)
[102] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十二)[月桂](2013/11/23 00:41)
[103] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十三)[月桂](2013/12/16 23:07)
[104] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十四)[月桂](2013/12/19 21:01)
[105] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十五)[月桂](2013/12/21 21:46)
[106] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十六)[月桂](2013/12/24 23:11)
[107] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十七)[月桂](2013/12/27 20:20)
[108] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十八)[月桂](2014/01/02 23:19)
[109] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十九)[月桂](2014/01/02 23:31)
[110] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二十)[月桂](2014/01/18 21:38)
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[18194] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十四)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:8174c57e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/12/19 21:01

 筑前国 古処山城


 秋月家の居城である古処山城は難攻不落の堅城として知られている。
 その評価を証し立てるのに多言は必要ない。
 標高八百メートルを越える古処山、その山頂に築かれた城である――この一事だけで古処山攻めがどれほどの難業であるかを万人が知るだろう。


 しかしながら、近年、大友、秋月両軍の間で繰り返された争奪戦を見れば「難攻」はともかく「不落」の評には疑問符が付けられるかもしれない。
 現在の城主である秋月種実も、先の戦いで一度はこの城を大友軍に奪われている。
 もっとも、あの時は功に逸った種実が別の城で大友軍に追い詰められ、その窮地を脱するために古処山城を明け渡さざるを得なかったのであって、古処山の天険が打ち破られたわけではない。
 先の失態はひとえに自分の未熟が招いたものである。種実はそう考えており、自城の堅牢さに対する信頼を失ってはいなかった。


 毛利隆元から「急いて事を仕損じることのないように」と繰り返し注意されたこともあり、種実は今回の合戦ではこの堅城に腰を据え、きわめて慎重な動きに終始してきた。
 功を焦れば敵に付けこまれる。そう考え、逸る自分を戒めてこまめに情報を集め、たえず四方の情勢に気を配る。種実が岩屋城の異変をいち早く察知できたのは、この慎重さが功を奏したからといってよいだろう。
 竜造寺軍の撤退と、岩屋、宝満両城の炎上を知った種実は、ただちに家臣を集める。
 種実が物見の報告を伝えると、軍議の間に集った家臣の間にどよめきが走った。




 はじめに口を開いたのは深江美濃守である。長年、九国で秋月家のために奔走し続けてきた白髪の老将は眉間に深いしわを刻みつつ言った。
「岩屋城だけが落ちたのであれば、竜造寺の撤退は筑後侵攻のためのものと考えて間違いなかろうと存ずる。一度肥前に退き、兵を再編してから筑後を侵略する。何もおかしいことはござらん。したが、宝満城までが落ちたとなると話はだいぶかわってまいりますな」


 深江の言葉を引き取ったのは、こちらも秋月家の宿将である大橋豊後守である。
「さよう。岩屋城を落とした竜造寺が宝満城をも欲して我らを裏切った。それは十分にありえることだが……」 
 筑前に留まり続けた深江と異なり、大橋は種実を守って安芸まで落ち延び、それ以後も種実を守り続けてきた。決して才気煥発な人物ではないが、質と実を伴った忠義と武勇の持ち主であり、種実の信頼も厚い。
 その大橋は、指で膝先をトントンと叩きつつ、竜造寺の真意を推測していく。
「肥前の熊どのが油断ならぬ人物であることは周知の事実。しかし、だとするとここで兵を退くのはおかしな話だ。あの強欲者がせっかく落とした城を放棄して肥前に戻るなぞ考えられぬし……ふむ、善兵衛、そちはどう見る?」


 大橋が発言を促した家臣の名は内田善兵衛という。
 先だっては宝満城で不遇をかこっていた北原鎮久を説き伏せ、宝満城奪取の一助となった人物である。
 内田は物腰が柔らかく、顔立ちはどこかリスに似て愛嬌があり、相手の警戒を誘わない。武勇の人ではないが、頭の回転は速く、弁も立ち、主に外交で力を発揮する型の家臣である。無骨な深江や大橋とはそりが合わないように思われるが、善兵衛は戦働きを厭う惰弱さとは無縁であり、老臣たちからも好意的な目で見られていた。


 大橋に水を向けられた善兵衛は、はきとした口調で自身の見解を口にした。
「お二方の言葉、いずれも然りと聞こえました。どうやら事態はかなりこんがらがっている様子です。このような時はいたずらに推測を先走らせるべきではございません。より信用のおける情報を集めることに注力すべきかと存じます」
 二城が炎上したとはいえ、陥落したと決まったわけではない。
 竜造寺が撤退したとはいえ、それが本格的なものなのか、兵を休ませるための一時的なものなのかも定かではない。
 ここは焦らずに、より確度の高い続報を待つべき、と善兵衛は言った。


 言っていることに間違いはない。
 だが、老臣たちを立てる一方で自身の考えを明言せず、当然のことを口にして責任を回避した玉虫色な返答であるとも受け取れる。善兵衛がここで言葉を切るような人物なら、種実が彼を重用することはなかっただろう。
 善兵衛の真価は次の言葉で見て取れた。
「殿。どうかそれがしを宝満城へ遣わしていただきたい。百聞は一見にしかずと申します。事実を明らかにするためには、外から推測を重ねるより、内に入って確かめる方が早道でございましょう」


 それを聞いた種実は家臣への気遣いを声に込めた。
「それは道理だね。でも、危険だよ」
「承知の上でございます。しかしながら、どこの誰かは明らかでなくとも、毛利家の有する城に攻撃を仕掛けた者がいた――この事実は否定のしようがございません。毛利の敵は我ら秋月の敵。この敵に行動の自由を許せば厄介なことになりかねません」
 名前は出さない。
 だが、現状、筑前において毛利家に攻撃を仕掛ける敵など片手の指で数えられる。否、片手どころか指一本で事足りるだろう。
 早めにこの敵の思惑を探り出さねば手痛い目に遭わされる。これまでの経験が、秋月家の君臣にそう囁きかけてくるのである。


 種実は考え込んだが、結論を出すまでに長くはかからなかった。
 もともと、信頼できる者を宝満城に差し向けるという考えは種実も持っていた。先にも宝満城にもぐりこみ、見事北原鎮久を説き伏せて戻ってきた善兵衛である。宝満城を襲った者が誰であれ、やすやすと討たれはしないだろうという信頼もあった。
 そう考えた種実は、善兵衛の求めに応じて宝満城への使者の役割を命じたのだが――


 結論からいえば、結局、種実はその日のうちに自らの命令を撤回することになった。
 理由は簡単である。古処山城から宝満城へ使者を派遣する前に、宝満城からの使者が古処山城に到着したためである。
 その使者の名を北原鎮久といった。
 



◆◆◆




「秋月の狼心は明々白々であるッ! 豺狼の如しとは、まさに貴殿らのためにある言葉であろうッ!!」
 供を従えて種実の前に姿を見せるや、北原鎮久は満面を朱に染めて怒号した。
 いきなりのことに秋月家の家臣たちはあっけにとられるが、呆然はすぐに憤激にとってかわられる。ただひとり、主君である種実だけはどこか興じるような顔つきで気色ばむ家臣たちをなだめ、鎮久に問いを向けた。


「これは異な事を聞く。この種実にいかなる狼心ありといわれるのか?」
「白々しいわ。先夜、我が城を襲ったのは貴様らの手勢であろうがッ!? 殿(高橋鑑種)が城を留守にしているのを知っておるはごく限られた者たちのみ。さらにその中で兵を出せるのは貴殿らのみだ。大友の兵を装って城を襲う小癪な策略が通じると思うたか!」
「宝満城の異変は承知している。鑑種どのが城を留守にしていることも知っている。しかし、だからといってその異変がぼくらの仕業とされることは承服できない。そもそも鑑種どのが毛利の本陣に赴くことを知らせてきたのはそちらではないか。なにより、どうしてぼくらがそのようなことをしなければならないんだ?」


 あくまで冷静に応じる種実を見て、鎮久はきこえよがしに舌打ちする。
 しかる後、その場にどっかりと腰を下ろすと、憎々しげに口を開いた。
「あくまでとぼけるか。よかろう、ならば言ってやろうではないか。秋月と高橋は筑前をめぐって争った積年の敵同士。此度は共に毛利に従うことになったが、過去の遺恨を忘れられない貴殿らはひそかに高橋家の排除を画策した。それが先夜の襲撃よ。殿の留守をつき、少数の精鋭で城を攻める。はじめから城を落とすつもりなどなく、ただ我らの失態をあげつらうためだけの猿芝居だ。おおかた此度の襲撃を理由として、高橋家には宝満城を守る力なしと毛利家に訴えるつもりであろう。そうして我らを筑前の外に追いやり、残った高橋家の所領を秋月がかっさらう心算とみた。貴殿は毛利のご一族とことのほか懇意である。その貴殿の言葉とあれば、元就さまや隆元さまも等閑にはされまいしな」
 滔々と述べ立てると、鎮久は再び舌打ちを放った。
「大友の鎧兜はこの城の府庫にいくらでもあったろう。仮に襲撃が未然に暴かれたとしても、ここは貴殿らの故郷なれば兵たちが隠れ潜む場所には事かくまい。毛利に背くことなく高橋家を追い詰める見事な詐術。もしやと思うが、この鎮久に謀反を唆したのも、今日に至る布石であったのか。だとすれば、ははは、さてもよく考えたものかな!」


 わざとらしい笑い声をあげた後、鎮久はみずからそれを断ち切った。
 勢いよく拳を床にたたきつけたのである。鈍い音があたりに響き渡った。
「だが、そうそう思い通りに事が運ぶと思われるな。我らはすでにこの一件、本陣の殿と隆元さまに注進した。武略によらず、味方を謀る詐略によって利を得んとした秋月の醜行、遠からず白日の下に晒されると心得よ!」
 そういうと、鎮久はじっと種実の顔を見据えた。
「もし貴殿らが此度の件に一切関わりないというのであれば、それがしと共にただちに本陣に参ろうではないか。隆元さまの御前ではっきり白黒をつけるとしよう。それをせぬ――否、できぬというのであれば、やはり秋月家に狼心ありとみなされても仕方ない。そうは思われぬか、種実どの?」




 ――種実どの。
 そう口にした瞬間、鎮久は何かを伝えるように素早く片目をつむった。
 相手の目に秘事を訴えかける色合いを見てとり、種実はわずかに目を細める。
 種実ははじめから無闇に攻撃的な鎮久の言動に違和感を抱いていたので、素早く相手の意図を汲み取ることができた。鎮久と面識のある内田善兵衛にちらと視線を向けると、善兵衛もまた何かを悟ったように小さくうなずいている。


 この場で鎮久が真意を口にすることを憚る理由があるとすれば、それは秋月の君臣にはなく鎮久の後方に控える彼の従者――あるいは従者を装っている者にあるのではないか。
 そこに思い至ったとき、種実は事のカラクリを理解したように思った。

 


◆◆




「どうだった、善兵衛?」
「は、殿のご推察どおりでありました」


 しばし後。
 別室に下がらせた北原鎮久のところから戻ってきた内田善兵衛は、主君の問いにそう言って応じた。
「やはり、あれは強いられてのことか。とすると、供の者はやはり見張り役だね」
「御意。鎮久どのがおかしな動きをすれば、即座に切り捨てるつもりでいたと思われます」
 この城に入ってからというもの、鎮久の従者は常に鎮久の傍から離れようとしなかった。主を守るためには当然のことだと思われたが、裏をかえせば鎮久が余計なことをしないように常に目を光らせていたともいえる。


「殿を説得するためにも、是非鎮久どのと一対一で話をしたい。そう申しいれたところ、しぶしぶながら席を外してくれました」
 むろんというべきか、万一のためにといってしっかり部屋の外に立っていたが。
 この時、善兵衛と鎮久は同時に二つの方法でやりとりをした。一つは声。一つは文字。
 善兵衛は口では鎮久の提案に賛同すると言って室外の従者を欺きつつ、一方で文字を使って鎮久に事情を問いただしたのである。


 善兵衛に与えられたのは限られた時間だけであったが、事の全容を明らかにするにはそれで十分であった。
「まずご報告いたします。宝満城はすでに大友軍によって落とされた由にござる」
 善兵衛がいうや、深江と大橋の両将がうめき声をあげる。
 だが、明らかになった事実はそれだけではなかった。
「しかも、大友はどうやら竜造寺と不戦の約を交わしたと思われます。竜造寺が兵を退いたのはそのためであり、岩屋城の破却はその条件のひとつであると」


 それを聞いた種実は考え込むように口元に手をおしあてた。
「……どうやってそんな奇術めいたマネをしてのけたのかな。それについてはどう言っていた?」
「申し訳ありません。それ以上のことは鎮久どのも知らぬと」
 善兵衛の返答を聞いた種実は軽く肩をすくめた。
「なるほどね。大友にしてみれば北原は二重の意味で裏切り者だ。使いの役目を果たせばそれで良いわけで、事こまかに事情を説明してやる義理はないということだろう。わかった、それはひとまず措こう。今の問題は、宝満城を落とした大友が、どうして北原をこの城に差し向けたのか、だ。まあ、城を落としたのが大友だとはっきりしたのなら、答えはもう出たも同然だけど」
「はい。鎮久どのを使って『秋月家がお味方を陥れた』と非難する。その釈明のために殿が毛利の本陣に赴こうとしたところを襲撃する。こうすれば、大友軍は労せずしてこの城を得ることができます」
「そして、豊後に繋がる道を取り返すこともできる。成功すれば儲けもの、失敗したところで失うのは裏切り者ひとりと従者だけと思えばやってみても損はない、と考えたんだろうね。向こうには曲者がいるようだ」


 種実はそう言うと面差しを伏せ、何事か考え込んだ。
 しばし後、顔をあげた種実は善兵衛に問いかける。
「善兵衛、北原は城を落とした大友軍の数、どれほどだったと言っていた? これは大友の意思に関係なく、北原自身で掴んでいる事柄のはずだ」
 高橋鑑種が留守の間、宝満城をあずかっていたのは北原鎮久である。当然、鎮久は城を襲った大友軍と矛を交えている。ならば、敵の軍容のすべてとは言わないまでも、おおよそのところは掴んでいるはずだ。種実はそう考えたのである。


「鎮久どのもまったく予期せぬ襲撃だったので正確な数はわからぬ、と。ただ、どうやら小勢であったことは確からしゅうございます。おそらくは五百に満たずとのこと」
「…………五百以下、か。それだけの手勢で宝満城を落とし、竜造寺を説き伏せただけでも比肩し得る者のない大功だ。だというのに、それだけではあきたらず、策をもって古処山城をも飲み込もうとする。そんな人間はそうそういるものじゃない」
 種実の言葉に、それまで話に耳を傾けていた深江が苦い表情で賛意をあらわした。
「そんな相手がごろごろ転がっていてはたまりませぬぞ、若」
「まったくですな」
 大橋もうんうんと首を縦に振っている。


 秋月家の君臣は、脳裏にひとりの敵将の名前を思い浮かべていた。
 しばらく前、種実は立花山城を攻囲している隆元から一通の文を受け取っている。内容は戦況の報告や種実の健康を案じるものであったが、その中にひとつ、無視できない情報が含まれていた。
 立花道雪が立花山城にいないようだ、というのである。
 種実は一応この情報を家臣たちに知らせて注意するよう命じたものの、実のところ、情報の信憑性についてはやや懐疑的であった。隆元を疑うわけではないが、立花山城の守将である道雪がこの時期に城を離れるとは考えにくい。何かの策を秘めて、城内に身を潜めているのではないかと考え、返書にその旨を書いて隆元に注意するよう促しもした。
 しかし、今となってみれば、やはり隆元の報せは正確だったのかもしれないと思えてくる。
 宝満城の陥落と竜造寺軍の撤退、そして北原鎮久を使った謀略。種実の胸中には予感を通り越して確信に近い思いが育まれつつある。


「――出てきたか、鬼道雪」


 種実がその名を口にした瞬間、室内の空気が音をたてて張り詰めた。
 種実にとっては父の仇、兄の仇。幾度も苦杯を舐めさせられた不倶戴天の敵将である。
 道雪を討たずして秋月の勝利はない。その思いは種実のみならず家臣たちにも共通している。深江や大橋にとっても、道雪は亡き主君の仇である。これを討つ機会を逃すつもりはない。




 ここで深江がひとつの策を口にした。
「若、いかがでござろう。ここは敵の策を逆手にとってみては?」
 その一言で深江の考えを察したのか、大橋が賛同するようにうなずいた。
「ふむ。敵がこちらを誘い出そうとしているのなら、それに乗るフリをして虚を突くことは容易いな」
 少数の兵で本陣に行くと見せかけて敵の襲撃を誘い、そこを敵以上の大兵を押し出して鏖殺する。山中の地形を熟知した秋月勢にとっては、困難であっても不可能ではない作戦である。


 だが、勢いづく老臣たちの熱気に種実は感応しなかった。
 内田善兵衛も、眉根を寄せてなにやら危惧している様子である。
「美濃、豊後。ひとつ聞きたいんだけど」
 抑制の効いた声で種実が問いかける。
「二人はあの北原という将、信用できるかい?」
 主君の問いかけに戸惑いながら、深江と大橋は正直に答えた。
「む……信用できるか否かでいえば、否ですな」
「美濃どのに同意です」
 長らく秋月家に仕えてきた者たちの目から見れば、北原鎮久という将は腰が軽すぎる。武将としての能力は否定しないが、背中を預けられる相手ではない。
 だからこそ利用したところで胸が痛まない相手でもあるのだが。


 種実の意をはかりかねた深江が首を傾げた。
「若は、彼奴が我らを謀ろうとしているとお考えか?」
「うん、そうだ。秋月と高橋の確執を理由にぼくを非難する――その役割を考えれば、人選としては北原が最適だ。けれど、だからといって北原を全面的に信じて事を運ぶほど道雪は単純じゃないだろう。どれだけ外面が綺麗でも、あれの内実は狐や狸の類だしね」
 深江と大橋がいまひとつ理解できていない様子だったので、善兵衛は主の言葉を引き取って説明を続けた。
「おそらく、鎮久どのご自身は、自分が正しい情報を伝えていると、そう思っておいでのはずです。ただ、鎮久どのが考える『正しい情報』そのものが、はじめから罠であったのではないかと思われます。殿が鎮久どのの言葉どおりに動くならばそれでよし。鎮久どのが見張りの目を盗んで我らに情報を流しても、それはそれでよし。そうなれば、我らが策を逆手にとろうとするのは容易に予測できます。どちらに転ぼうとも、殿を城の外におびき出すことはできるわけです」


 種実はうなずいた。
「善兵衛のいうとおり。これは孫子でいうところの死間だよ。向こうは鎮久が情報を漏らすことさえ計算に入れて動いていると考えるべきだ」
 深江がうなるように声を押し出した。
「ぬう……なんとややこしい」
「まったくだ。しかし、善兵衛よ」
 大橋が善兵衛を見て口を開いた。
「向こうの兵は多くとも五百程度であるとのこと。こちらが一千の兵を押し出せば、たとえこちらの動きを読んでいたとしても、相手は手も足も出ないのではないか?」
「相手はかの鬼道雪。五百対一千の戦いにも勝算を見出して参りましょう」
 善兵衛が言うと、大橋はむきになったように言い返した。
「ぬぬ、ならばこちらは二千を出そうではないか。これならば道雪とて打ち破れようぞ!」
 これに応じたのは善兵衛ではなく種実である。
「そうして僕と二千の兵が城を出てしまえば古処山城は空同然だよ、豊後。道雪がその隙を見逃すと思うかい?」



 古処山城は堅城である。そして、この城のつくりや山中の地形をもっともよく把握しているのは秋月軍。それは間違いない。
 だが、大友軍も短からぬ期間、この山城を手中におさめていたのである。彼らがその間、のんべんだらりと過ごしていたとは考えられない。抜け道や間道の類は一通り押さえられていると見るべきであった。
 おそらく大友軍は城攻めにそこを使ってくるだろう。秋月側に十分な兵力があれば対処できるが、二千もの兵が城を出てしまえばそれもかなわなくなる。


 ようやく得心した大橋が、呆れたようにあごヒゲをひねって慨嘆した。
「……なんと。では、道雪はすべて計算づくで北原めをこの城に寄越したのでござるか」
「そう考えるべきだろうね。先の戦の後で春姉さま(吉川元春)にうかがったところでは、今、道雪の下には雲居某という策士がいるらしい。あるいはこの男が裏で糸を引いているのかもしれない」
 もっとも、策をたてた相手が道雪であれ雲居であれ、それは大したことではないと種実は判断していた。
 その理由を種実は口にする。


「奇襲で宝満城を落としたとはいえ、岩屋城が落ち、立花山城が毛利に攻められている今、筑前に連中の味方はいない。それはつまり補給も援兵も望めないということだ。そこで道雪――あるいは雲居は、古処山城を落として、豊後につながる道を確保しようと考えたのだろう。古処山城にぼくらがいる限り、敵地で孤立した宝満城は立ち枯れるしかないからね」
 だが、正面から古処山城を落とすだけの戦力はない。だからこそ、裏切り者を用いるという小細工を弄してきた。
 そこに思い至れば、相手の限界も見えてくる。


 深江もそれに気がついた。
「となると……向こうにとって、もっとも望ましくないのは、我らがあくまでこの城に篭り続けることですな」
「そのとおりだよ、美濃。大友は小細工を仕掛けてきた。これは正攻法で挑めるほどの兵力はないと自白したも同然だ。ぼくらがこの地にいるかぎり、連中は手も足も出ずに古処山を見上げているしかない。そうしている間にも、立花山城は刻一刻と陥落に近づいていく。隆姉さま(毛利隆元)の文を読むかぎり、あちらももうじき終わりだろう。そして、立花山城が落ち、毛利軍の本隊がこの地にやってくれば、いかに鬼道雪といえどももう為す術はない。ぼくらはただ待っているだけでいいんだ。それが道雪を苦境に追い込む一番の方策になる」


 奇策で宝満城を得た道雪は、かえってそのことで居場所を明らかにした挙句、身動きがとれなくなった。
 種実は道雪を愚かだとは思わない。道雪としては他に手がなかったのだろう。実際、寡兵で宝満城を落とし、どうやってか知らぬが竜造寺に兵を退かせたのは見事というしかない。
(だけど、その抵抗もここまでだ。道雪か、あるいは雲居とやらか、いずれにせよお前らに古処山城は渡さない。隆姉さまと春姉さまが立花山城を落としてこの地に来た時こそ、お前たちの最後だ)
 種実は胸中でそう呟くと、ゆっくりと口を開いた。
 北原鎮久を丁重に城外に送り出すよう命じるために。





◆◆◆





 筑前国 宝満城


 北原鎮久につけた供の者から古処山城における一部始終を聞いた俺は、すべてを聞き終えた後、嘆息まじりに総括した。
「見事だ。完璧に読まれたな、これは」
 すると、眼前の人物――萩尾大学は鋭い眼差しで俺に問いを投げつけてきた。
「やはり、秋月種実を斬るべきだったのではありませんか?」
「それをすれば、あたら勇士を失うことになっていたでしょう。そんな危険を冒すことはできません。ただでさえ、こちらは将、兵ともに不足しているのですから」
 それを聞くや大学はわずかに眉をひそめたが、反論はせずに引き下がった。言いたいことはあるが、今さらくどくどいっても仕方ない、と考えたのだろう。あるいは俺の隣にいる紹運どのや尾山鑑速の目を憚ったのかもしれない。


 今、宝満城の軍議の間には高橋紹運、萩尾大学、尾山鑑速、大谷吉継、丸目長恵、上泉秀綱といった諸将が並んでいた。
 問註所統景については、俺からの要請を伝えるために筑後の居城に戻ってもらっている。
 また、当初の予定では、紹運どのをはじめとした高橋勢は筑後に向かってもらう予定だったのだが、吉継たちが宝満城を落としてくれたので、ひとまず高橋勢もこちらに入城することとした。大学の父である萩尾麟可をはじめ重傷を負っていた者たちも多く、へたに筑後に向かわせるよりはこちらの方が安全だと判断したのである。
 むろん、戦況によっては明日にも襲撃を受けかねないのだが、その時はその時と覚悟を決めるしかなかった。


 いうまでもないが、漫然と戦況の推移を待つなどという悠長なマネをするつもりはない。
 宝満城を得たことで戦況は大きな変化をとげている。俺はその変化を活かすべく、早速謀略にとりかかった。この謀略の肝はいうまでもなく古処山城に北原鎮久を派遣することである。


 鎮久に関しては、裏切り者として処刑されたくなければ協力しろ、と命じるだけで済んだ。このとき、俺が城内にいる鎮久の妻子に言及しなかったのは、鎮久以外の人たちをどうこうするつもりはなかったからだが、鎮久が勝手に誤解するのを止めることもしなかった。
 この使いの任において、鎮久よりもはるかに重要だったのが供を務める者の選定である。なにしろ鎮久には本気で「へたな行動をすれば殺される」と思ってもらわなくてはならない。そうでなければ鎮久の行動に迫真性がうまれない。
 もちろん危険と背中あわせの任であることは言うまでもない。そのため、はじめは長恵に頭を下げて頼むつもりだったのだが、意外にも萩尾大学が名乗りをあげてくれた。


 篭城の最中はあまり役に立てなかったので、とのことだったが、おそらくは俺の品定めという面もあったのだろう。道雪さまから軍配を託された人物のお手並み拝見、という感じだった。
 まあ、理由はどうあれ、大学の剣の腕は紹運どのが太鼓判を押すほどであったし、北原鎮久に重圧をかけるという意味では長恵よりも適任であったから、俺はさして迷うことなく決断を下すことができた。


 かくて北原鎮久は萩尾大学らを供として古処山城に赴き、こちらの思惑どおりに動いてくれた――らしい。
 大学によれば、秋月家の重臣が是非にと望んで供を遠ざけた時があったそうだから、おそらくその時にこちらの秘策(と鎮久が思っていること)を何らかの手段で伝えたと思われる。文字を使えば、室外にいる人間に悟らせずに秘事をやりとりすることはできる。


 しかし、結局のところ、秋月は動かなかった。
 鎮久の難癖に関しては「どうぞご自由に」という態度を貫き、ひそかに山中に潜ませてきた見張りの兵からも、彼らが兵を動かしたという報告は届いていない。ついでにいえば、無礼な疑いをかけてきた鎮久を処断することもしなかった。


 どう見ても、こちらの思惑を読んだ上で静観を選んだとしか思えない。
 先の乱で俺が対峙した時、秋月種実は家名の復興と自身の武功を望んでやまない若武者という印象だった。
 思慮はあれど、自身を制することは難しい。そんな人物が、今回は鼻面に人参をぶらさげてもピクリとも動かない。
 なんというか、明らかに将としての重みが違っている。かつて休松城でちらりと見かけた種実の姿を思い浮かべる。もしかしたらあの秋月の若当主、先の戦いで是が非でも討ち取っておくべき人物だったのかもしれない。



 俺はそう考え、小さく息を吐いた。
「まあ、今さら言っても仕方ない。こうなったからには次善の策にとりかかろう」
「……あっさりと次善の策が出てくるあたり、どうやらはじめから素直に秋月が城を出るとは考えていらっしゃらなかったようですね、お義父さま?」
 吉継はそういって紅い目で俺をじっと見つめてくる。
 その隣では長恵がああやっぱりと言わんばかりにうなずいていた。
「だと思いました。さきほどからまったく落胆した様子がありませんでしたし。それで師兄、貝のごとく城に閉じこもった人たちをどうやって誘い出すのですか?」
 目を輝かせる長恵を見て、大学が目を白黒させている。どうやら想像していた剣聖と、眼前の剣聖の差異にまだ戸惑いが抜け切れていないらしい。まあ、そのうち嫌でも慣れるのは俺自身が経験した道である。しばらくは放っておくしかないだろう。


「期待にそえなくて申し訳ないが、誘い出したりはしないぞ。むしろこのまま閉じこもっていてもらう」
 古処山城は八百メートルを越える標高の山頂に築かれた堅城であり、これを落とすのは至難の業だ。また、この城は地理的に見ても豊後と筑前を結ぶ要衝に位置しており、ここを秋月種実に押さえられていると大友軍の作戦行動が大きく阻害されてしまう。
 だからこそ、俺はこれを奪うべくちょっかいを出したわけだが、その目的は二つあった。
 一つは言うまでもなく種実を城に外におびき出して城を奪うためである。
 これが成功すれば労せずに城をとることができる。
 一方で、これを見破られる可能性も当然のように存在した。


 もし、種実が俺の目的を見破ったとすれば、その時は俺の狙いが奈辺にあるかも見抜かれるだろう。
 宝満城を奪った俺たちにとって古処山城は目の上のタンコブであり、どうしてもこれを除く必要がある。ただし、力ずくでそれをするだけの兵力はない。だからこそ、策をもって何とかしなければならない――そんな裏面を悟ったとき、種実はどう動くか。


 秋月軍は兵力で優る分、山をくだって俺たちと戦うという選択肢もとれるが、それでは誘い出されるのと大差ない。下手に動けばこちらの策略に絡め取られる恐れもある。
 ではどうするか。
 そもそも秋月には、単独で大友家と矛を交えなければならない理由はない。毛利軍が現れるまでじっとしていれば、それだけで確実に勝利できるのである。
 そして、その時がそう遠くないことを種実は知っているはず。
 であれば、種実が『毛利軍がやってくるまで古処山城を守り抜く』ことを選ぶのに何の不思議があるだろう。



 そして。
 それを選んだ時点で、種実の心理には明確な枷が嵌められるのである。『毛利軍が現れるまでいたずらに動くべからず』という枷が。
 俺のもう一つの狙いはそこにあった。



 通常であれば、城を囲む敵軍の数が少なければ、守備兵は城を出てこれを蹴散らそうとするだろう。しかし、古処山城があるのは、はるか八百メートルの山の彼方。城を出て攻め下るだけでも一仕事である。くわえて、そう遠くないうちに現れる毛利軍を待つと決めた秋月勢はいかにも動きがとりずらい。
 そうして秋月軍が山頂に閉じこもっている間、俺たちは安全に古処山周辺を通過できるという次第である。
 豊後との連絡も比較的楽になるし、援軍を招き入れることもできるだろう。ついでに「秋月勢は宝満城を落とした大友軍の猛威にふるえあがり、怯えて山頂に閉じこもっている」とでも流せば、他の勢力に対する示威にもなる。





 ――俺が説明を終えると、長恵が感服したと言いたげに深くうなずいた。
「此方の企みを見破ったがゆえに、秋月は陥穽に落ちざるを得ないというわけですね。うん、なんというえげつなさ。まさに師兄の真骨頂というべきですね!」
「……まさかと思うが、それは誉めているつもりなのか?」
 えげつなさに真骨頂を見出されてもまったく喜べないのだが。
 しかし、長恵は迷う素振りも見せずにもう一度うなずいた。
「むろんです。この長恵、師兄の戦に立ち会うたびに感嘆の念をあらたにしておりますよ」
「ええと、それはどうもありがとう……?」


 いまひとつ納得できないが、向こうが誉めているつもりなのは確かなようなので、首を傾げつつも礼を言う。
 すると、次に口を開いたのは紹運どのだった。
「雲居どのの狙いはわかった。しかし、秋月種実はひとたびこちらの狙いを見破った。ふたたび見破ってくる可能性、決して低くないだろう。秋月軍を古処山の頂に釘づけにすることこそこちらの狙いだとわかれば、すぐにも兵を動かしてくるぞ。雲居どのはこの策略がいつまで効果を発揮すると考えている?」
 いつまでも山頂に閉じこもっているほど種実は愚かではない。
 その紹運どのの言葉は俺にもうなずけるものだった。


「いつ種実どのが気づくかは正直わかりませんが、道雪さまがやってくるまで気づかずにいてくれれば、それがしとしては十分です」
「……たったそれだけでいいのか?」
 紹運どのが目を瞬かせる。
 道雪どのには宝満城が落ちた夜にすでに使者を差し向けているので、おそらくこうしている今も筑前に向かって進軍中であろう。早ければ今日明日にも先陣が到着するかもしれない。
 それまで種実が気づかなければ良い、と俺が言ったことに紹運どのは困惑を隠せない様子だった。


「はい。それがしが一番避けたかったのは、宝満城の異変を聞いた秋月軍が即座に兵を動かすことでした。それが避けられただけでも使いを送った甲斐はあったといえるでしょう。道雪さまがお越しになれば、兵力の上からも秋月軍に劣りません。また、道雪さまの存在は古処山の封鎖をより簡単にするでしょう。その間にできるだけ援軍をかき集め、毛利との決戦に備えます」
 要するに、道雪どのさえ来てくれれば、種実は俺の思惑に気づこうと気づくまいと古処山城から動けなくなる。なので、俺としても別段そこまで種実の思惑を案じる必要はないのである。


 ちなみに問註所統景を居城に返したのは、筑後方面の援軍を工面してもらうためだった。
 竜造寺の撤退や宝満城の陥落、さらには島津との講和等で大友家を取り巻く状況はかなり変化してきている。筑後の国人衆の中にもそれを感じている者は少なくないだろう。彼らを説いてもらって、千でも二千でもいいから援軍を出してもらえれば、と考えたわけだ。
 もちろん豊後にも戦況を知らせる使者は差し向けている。
 これらの援兵にくわえ、宝満城に詰めている高橋勢(今回、返り忠した将兵)をあわせた人数が、現在の大友家の全戦力ということになる。
 いや、正確にいえば、もうひとつ援軍――といっていいかどうかはわからないが、兵を増やすあてはある。そして、古処山城を封じ込める一手はこれにも関わってくるのである。



「お義父さま」
 吉継が気遣わしげに問いかけてきた。
「筑後の立花さま、お義父さまが書状を送られた問註所さま、そして豊後で募兵をしている宗麟さま。これらの援軍を束ねて毛利との決戦に臨む策は理解しました。ただ、その時はどうしたところで古処山城への備えを薄くせざるをえなくなるでしょう。道雪さまが毛利と対峙すれば、秋月が動き出すのは必至です。それをおさえようと思えば、かなりの兵を古処山にまわさねばなりません。ですが、毛利との決戦を前にそれだけの兵力を他所に割くのは、今の大友軍にとって致命傷になりかねないのではありませんか。かといって、古処山の備えを薄くすれば、これを秋月に破られ、毛利との決戦の最中に後背を撹乱される恐れがあります」
 その吉継の言葉に、紹運どのや秀綱どのがうなずくのが見えた。
 実際、吉継が言っていることは正しい。
 どれだけ楽観に楽観を重ねても、援軍をかき集めた大友軍の総数が二万を越えることはありえない。毛利軍の半分以下、下手をすると三分の一、四分の一くらいになる恐れもある。そんな状況で古処山に兵を割けば、それは確かに致命傷になりえるだろう。


 それを避けるためには、どうあれ古処山城を奪わなくてはならない。
 一番簡単なのは、ある程度の兵数が集まったところで古処山城を力ずくで落としてしまうことである。
 もちろん犠牲は避けられないが、毛利との決戦の最中に後背を気にするよりはマシであるといえよう。


 ただ、もう一つ手段がないわけではない。


 吉継が怪訝そうに眉をひそめた。
「もう一つ、とは?」
「なに、決戦の最中に後背に危険を抱えたくないのは相手も同じということだ。こちらは古処山。相手は立花山。こちらがそう考えているように、向こうも決戦の前にこれを何とかしてしまいたいと考えているんじゃないかな?」
 それで俺の言わんとしていることを悟ったのだろう、吉継は目を見開いた。
「…………もしかして、お義父さまは毛利に城を交換しようと持ちかけるおつもりですか!?」
「うむ。まさにそのとおり」


 俺がうなずくと、あたりは一瞬にして静まり返る。
 そのおかげだろうか。急ぎ足でこちらに向かってくる足音を、俺ははっきりと聞き取ることができた。



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