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No.17077の一覧
[0] ハルケギニア~俺と嫁と、時々息子(転生・国家改造・オリジナル歴史設定)[ペーパーマウンテン](2013/04/14 12:46)
[1] 第1話「勝ち組か負け組か」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:40)
[2] 第2話「娘が欲しかったんです」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:46)
[3] 第3話「政治は金だよ兄貴!」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:55)
[4] 第4話「24時間働けますか!」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:46)
[5] 第5話「あせっちゃいかん」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:07)
[6] 第4・5話「外伝-宰相 スタンリー・スラックトン」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:11)
[7] 第6話「子の心、親知らず」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:15)
[8] 第7話「人生の墓場、再び」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:18)
[9] 第8話「ブリミルの馬鹿野郎」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:17)
[10] 第9話「馬鹿と天才は紙一重」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:22)
[11] 第10話「育ての親の顔が見てみたい」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:25)
[12] 第11話「蛙の子は蛙」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:31)
[13] 第12話「女の涙は反則だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:36)
[14] 第13話「男か女か、それが問題だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:42)
[15] 第14話「戦争と平和」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:07)
[16] 第15話「正々堂々と、表玄関から入ります」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:29)
[17] 第15.5話「外伝-悪い奴ら」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:07)
[18] 第16話「往く者を見送り、来たる者を迎える」[ペーパーマウンテン](2010/06/30 20:57)
[19] 第16.5話「外伝-老職人と最後の騎士」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[20] 第17話「御前会議は踊る」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:47)
[21] 第18話「老人と王弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:48)
[22] 第19話「漫遊記顛末録」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[23] 第20話「ホーキンスは大変なものを残していきました」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[24] 第21話「ある風見鶏の生き方」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[25] 第22話「神の国の外交官」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[26] 第23話「太陽王の後始末」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[27] 第24話「水の精霊の顔も三度まで」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[28] 第25話「酔って狂乱 醒めて後悔」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[29] 第26話「初恋は実らぬものというけれど」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[30] 第27話「交差する夕食会」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[31] 第28話「宴の後に」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[32] 第29話「正直者の枢機卿」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[33] 第30話「嫌われるわけだ」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[34] 第30・5話「外伝-ラグドリアンの湖畔から」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[35] 第31話「兄と弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[36] 第32話「加齢なる侯爵と伯爵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[37] 第33話「旧い貴族の知恵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[38] 第34話「烈風が去るとき」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[39] 第35話「風見鶏の面の皮」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[40] 第36話「お帰りくださいご主人様」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[41] 第37話「赤と紫」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[42] 第38話「義父と婿と嫌われ者」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[43] 第39話「不味い もう一杯」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[44] 第40話「二人の議長」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[45] 第41話「整理整頓の出来ない男」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[46] 第42話「空の防人」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[47] 第42.5話「外伝-ノルマンの王」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[48] 第43話「ヴィンドボナ交響曲 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[49] 第44話「ヴィンドボナ交響曲 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[50] 第45話「ウェストミンスター宮殿 6214」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 18:07)
[51] 第46話「奇貨おくべし」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:55)
[52] 第47話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[53] 第48話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[54] 第49話「結婚したまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[55] 第50話「結婚しないでいたまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:03)
[56] 第51話「主役のいない物語」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:54)
[57] 第52話「ヴィスポリ伯爵の日記」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:44)
[58] 第53話「外務長官の頭痛の種」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:39)
[59] 第54話「ブレーメン某重大事件-1」[ペーパーマウンテン](2010/08/28 07:12)
[60] 第55話「ブレーメン某重大事件-2」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:21)
[61] 第56話「ブレーメン某重大事件-3」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:24)
[62] 第57話「ブレーメン某重大事件-4」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:58)
[63] 第58話「発覚」[ペーパーマウンテン](2010/10/16 07:29)
[64] 第58.5話「外伝-ペンは杖よりも強し、されど持ち手による」[ペーパーマウンテン](2010/10/19 12:54)
[65] 第59話「政変、政変、それは政変」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:41)
[66] 第60話「百合の王冠を被るもの」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:45)
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[17077] 第59話「政変、政変、それは政変」
Name: ペーパーマウンテン◆e244320e ID:e9dae18d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/23 08:41
-『ダッソー』ギューフの月(11月)フレイヤの週(第1週)号 国際欄-

-ハノーヴァー国王クリスチャン12世が長子にしてクリスチャン・フレデリック・オルデンブルグ=ハノーヴァー王太子は現在、アルビオン南西部サウスゴータにおいて療養中であるとされる。しかしその実は違う。記者が独自に取材したところ、王太子はアルビオンへの政治亡命を図ったものである。この行動には王太子に寄り添うザクセン王国外務省の女性職員との個人的関係が影響しているものと推察される-

「・・・なんじゃあこりゃあああ!!!!」

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ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(政変、政変、それは政変)

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ハルケギニア大陸の北東部、ザクセン地方の中心都市がドレスデンである。ザクセン王国の王都であるこの都市の人口は約12万人。東フランク王国時代末期に王政府が置かれ、5000年以上の歴史を持つ古都は今も尚、東フランク王国時代の面影を色濃く残しているとされる。しかしこれは5000年も前の建造物がそのまま維持されていることを意味しているわけではない。幾多の戦災と戦火によって王国時代の建造物はほぼ焼失している。ツウィンガー宮殿は跡形すらなく、王国統治院はドレスデン中央広場として市民の憩いの場となっている。それでも尚、この都市が「古都」と呼ばれるのは、東フランク王国の後継者を自認するザクセン王国が旧東フランク王国を意識しながら都市改造を行ってきた結果である。

かつて東フランク王族が居住したツウィンガー宮殿の跡地は、現在ザクセン王国の官庁街となっている。当人達は知る由もないが、ザクセン内務省庁舎のあった場所はちょうどツウィンガー宮殿の大ホールがあった場所にあたる。その最上階の大臣室で、ザクセン王国新内務大臣のフォン・ボイスト伯爵は、昨日ドレスデンに帰朝した駐在ハノーヴァー大使アントン・フォン・カウニッツ伯爵からの祝福を受けていた。

「内務大臣就任、おめでとうございます閣下」
「・・・額面どおりの言葉と受け取っていいのか、それとも単なる皮肉か、もしくは純粋な意味での嫌がらせなのか、まずはそれを聞かせてもらおうか」
「その全部だよ。それにしても君が大臣とはね。ザクセン大の同窓生として鼻が高いよ。同期の出世頭じゃないか、もっと素直に喜んだらどうなのだ?」

ボイスト伯爵は友人と言うあたりを強調したカウニッツ大使に、ただ忌々しげに鼻を鳴らすことで答えた。

「何がめでたいものか。要するに体よく後始末を押し付けられたのだ。失敗すれば数ヶ月の任期で、はいさようならのお役御免・・・出世はありがたいが、今この状況で大臣就任を喜べるものはよほどの大器か、それとも大馬鹿者に違いない」
「それでも数ヶ月は間違いなく大臣でいられるのだ。更迭される私には羨ましい限りだよ」

すでにカウニッツ大使は事態の把握と報告が遅れた責任を問われ、時機を見て更迭されることが決定している。しかしボイスト伯爵はそれがどうしたと憮然とした表情のまま切り返した。

「何を言うか。すでに聞いているぞ。外務省参事官でドレスデン勤務だそうだな。見方によっては栄転ではないか。私の場合は任期終了と同時に政治生命が終わるかもしれないのだ。閑職でもまだ先の見える貴様と同列に語ってもらいたくない」
「ふふふ、それだけ大口をたたける余裕があるのなら心配は要らないな」
「なんとでも言え。それよりブレーメン(ハノーヴァー王都)の空気はどうだった」

ガリア三大紙の一つ『ダッソー』に掲載された先の記事は、文字通りハルケギニア全土で大変な反響を引き起こした。東フランク崩壊(2998)以来の宿敵であるハノーヴァーの王太子とザクセンの伯爵令嬢が駆け落ちしたというのだから、それだけでも話題性は十分である。ガリア内務省検閲局は直ちに『ダッソー』に無期限発刊停止処分を下したが、時既に遅し。そしてそれが一ヶ月前の『トリスタニア・テレグラフ』の記事と結びつくのに、さほどの時間はかからなかった。マリアンヌ王女とクリスチャン王太子との婚約交渉に始まるハノーヴァーと水の国との同君構想や、ハノーヴァー王太子とザクセン外務省女性職員の亡命に至るまでの一連の流れや経過が公然の事実となったのだ(無論、関係各国は全面的に事実関係を否定したが)。

そしてやはりと言うべきか、まず最初に関係各国の中で事件を利用した倒閣の動きが顕在化したのが、事件の主役の一人であるクリスチャン王太子の祖国であり、貴族が国政の実験を握り、北部都市同盟の影響下にあるハノーヴァー王国であった。

「親ガリア派は大喜びしてるよ。前首相のヴィスポリ伯爵はこれを倒閣運動に使うのは乗り気ではないようだが、メッソナ党がそれで収まるはずがない。定例議会は先週からだから、今頃ホルン首相は議会で袋叩きだろう。何せもう隠す必要がないからな」
「・・・アントン、貴様の見解でいいから聞かせて欲しいのだが、現政権は持ち堪えられそうか?」

カウニッツ大使は「可能性はないわけではないか、馬が針の穴を通るぐらいの困難さが伴うだろうな」と、その独特の言い回しで悲観的な見通しを伝えた。

「君も知ってのとおり、ハノーヴァー王国はお飾りのクリスチャン12世(ハノーヴァー王)の下、議会内で貴族が権力争いを繰り返している。議会内の勢力は大きく分けて三つ。ヴィスポリ伯爵率いる親ガリア派のメッソナ党と、現首相のホルン伯爵が属するハッタナ党(親トリステイン)、そして中間派だ」
「北部都市同盟の意向は?」
「よくわからない。トリステインとの同君連合構想は、ハノーヴァーにおける経済的特権が失われるので反対するといっているそうだが。都市同盟はラグドリアン戦役で一度しくじっているからな、これ以上のみそはつけたくないのだろう」

ラグドリアン戦役においてヴィスポリ伯爵率いるメッソナ党政権は、北部都市同盟の意向もありトリステインとの軍事同盟関係があるのにもかかわらずガリア寄りの中立を貫いた。戦後、当然のように悪化したトリステインとの関係修復のためにヴィスポリ内閣は総辞職。発足したのが、ホルン伯爵を首相とした大連立内閣である。

「成立の経緯からしてホルン政権はハッタナ党が政権の中枢を占めている。ポストで見るとよくわかる。閣僚で言えば2対6対2と圧倒的だ。つまり議会内では潜在的にハッタナ党への不信感が強い」
「内閣改造で乗り切ろうという動きは?北部都市同盟が仲介してポストをメッソナ党に配分すれば、出来ないわけではあるまい」
「無理だろう。それではハッタナ党内が収まらない。それに今回の件でホルン伯爵の指導力には決定的な疑問符がついた。北部都市同盟も首相を見捨てたともっぱらの噂だ。単独で内閣改造をやるだけの力は残されていまい。遅かれ早かれ、政変は避けられないだろう」

ボイスト伯爵は額に手を当て、深く長いため息をついた。招待状を送った覚えもないのに問題ばかりが足音高らかに次から次へとやってくる。官僚の頃は目の前の仕事だけに没頭していられたが、大臣になると責任を取らされるのだ。まったく、件の新聞記者にもし会う機会があるとすれば、どれほどの言葉と杖をもって御もてなしをしてくれようか。

「現政権が倒れても、政権の枠組み自体は変わらないだろう。そしてトリステインとの関係改善が引き続き政権の重要課題になるのは間違いない・・・もっとも、あの王子様のおかげでそのハードルはぐんと上がっただろうが」
「仲良くしてくれるに越したことはないのだがね。まぁ、崖から背中を押された挙句に、顔に泥を塗られては、いくら温厚な人間でも怒らないはずがないか」
「ましてや相手は『英雄王』だ」

既に処遇が決まっているものの気楽さからか、カウニッツ大使は皮肉っぽく笑ったが、ボイスト伯爵は笑う気分にはなれなかった。

「何れわかることだから言っておこう。昨日付けでホテク伯爵の辞表が受理されたそうだ」
「・・・そうか」

カウニッツ大使の表情が曇った。前ハノーヴァー大使にしてザクセン外務省条約局長のホテク伯爵は「外交革命」とも評されるハノーヴァーとの緊張緩和政策に貢献したザクセン外交界の第一人者。その人柄を慕うものは多く、他ならぬカウニッツ大使もその一人である。そして件の伝令官-ゾフィー・ホテク嬢はその苗字が指し示す通り、ホテク伯爵の娘であった。アルビオン大使からこの一件が伝えられて以来、ホテク伯爵は辞表を提出し(次官預かり)自宅謹慎を続けている。

「ホテク伯爵が情実人事をするようなお人ではないことは誰もが知るところだが、実の娘となるとな。それに伯爵のことだ。たとえ陛下が慰留されたとしても、辞意は撤回しないだろう・・・令嬢の、件の伝令官の大使館での評判はどうだったのだ?」
「職務熱心で、周囲の評判はいい。能力的にも申し分なしの逸材だったと皆が口をそろえているぐらいだから、それだけ優秀だったのだろう。さすがに女性官僚の実験台として選ばれるだけのことはあるよ」
「だが、その優秀な人材が、ある意味究極の『任地惚れ』を起こしたわけだ」
「・・・まあ、そういうことになるな」

否定する材料もないため、カウニッツ大使は頷いた。任地惚れはその自覚がないだけに厄介だ。国家を代表し、国益を追求するべき外交官が、赴任先の人間関係の繋がりや情に流され、本人も気がつかないままに相手国の利益・利害に添った判断をする。外交官育成において職業訓練が重視される所以であるが、これはプロの外交官であっても起こりうることだ。結局は属人的なものであり、その性格によるところが大きいのだろう。今回に限って言えば、まさに「任地惚れ」の究極といっていい。ボイスト内務大臣は頭を抱えた。

「・・・国王陛下の面目丸つぶれだよ。一体どうしたらいいものか」

完全な男性社会である官僚組織に、女性貴族の登用を主張し始めたのは王太子時代のザクセン国王ベルンハルト4世である。実は女性だったのではないかと噂される水の国の魔法騎士の冒険活劇に憧れた彼は、「優秀な女性の登用こそ、ザクセン王国の国力増強に繋がる」と繰り返し主張、頑強な抵抗を排して官庁に女性への門戸を開かせた。当然、今回の事態にあってザクセン国内で誰よりも激怒したのがベルンハルト4世である。毎日のように新聞に目を通し、国民に好かれる王であらんことを自任する王は、自身の数少ない政治的功績に泥を塗られたことや、それが自身が取り立てた女性官僚であったこと、相手がよりにもよってハノーヴァーの王太子であったこと、クリスチャン王太子がその甘いマスクで人気があったことも、とにかく全てが許せないらしい。

ボイスト伯爵は右手でこめかみを押さえた。頭の芯からくる頭痛と臓腑を突き刺すような胃痛が仲良く腕を組んで体の中を行進している。不謹慎ではあると思うが、正直な所、自宅謹慎できるホテク伯爵が羨ましい。

「陛下に呼び出しを受けていてな」
「・・・それは・・・」

今朝済ませたばかりの帰朝報告で王の様子を知るカウニッツ大使は、今日始めてこの友人に対して、心の底から気の毒そうな、同情するといった表情を浮かべた。



「フリードリッヒ(フォン・ボイスト伯)君、君は今日の新聞を読んだかね」
「まだでございます」
「そうか!まだかね!ならば余が直々に読み上げてやろう」

ザクセン国王ベルンハルト4世は王座に座ったまま新聞を広げた。未だ30代半ばながら見事な体格の持ち主のベルンハルト4世は、黒を基調とした軍服を着こなし、頭蓋骨そのものが大きいとしか見えない顔にそれは立派なカイゼル髭を生やしている。その姿はまさにザクセンの為政者としての風格を十二分に兼ね備えているといってよい。しかしボイスト伯爵には、メガネを掛けてわざとらしく目を凝らすベルンハルト4世の姿は、王と言うよりも相場の動向に神経を尖らす強欲な投資家のように写った。確かにこの王は国民からの評価や人気に飢えており、その点に限って言えば誰よりも強欲であろう。

「何々・・・哀れ白百合に引き裂かれようとしたる男女、にげも逃げたり白の国。マンティコアはなすすべなくその蒼毛を舐め、鷲は翼を広げたまま飛ぶ度胸もない-どういうことかわかるかね?」
「はっ、それは、その・・・」
「言い難いか?ならば余が言ってやろう。男女はクリスチャンの馬鹿とホテク伯爵令嬢を、白百合はトリステインのマリアンヌ王女を、毛を舐めるマンティコアはハノーヴァーを指しておる。そしてこの、最後の一文にある臆病な鷲とは一体誰のことだろうな?」
「・・・おそらく我がザクセンの事を指しているのではないかと(翼を広げた鷲はザクセン・ヴェッテイン王家の紋章)」
「そうだ。そしてザクセン王国とは何だ?」
「ザクセン王国は陛下であり、陛下がザクセンであらせられます」

これは来るなとボイスト伯爵が思った瞬間、ベルンハルト4世は眼鏡を床に投げつけながら怒鳴った。

「あの売女が!」

謁見の間が揺れるような怒声に、近侍する衛兵達は身を竦めた。軽い癇癪持ちであるベルンハルト4世がそれを-相手が人であれ物であれ爆発させるのはいつものことだが、あたり憚らず声を張り上げるのは珍しい。手に持った元帥杖で苛立たしげに床を鳴らしながら、軍人王はその憤懣の原因を吐き捨てる。

「飼い犬に手を噛まれるとはこの事だ!全く、女の身の上でありながら伝令官になれたのは一体誰のおかげだと・・・ホテク伯爵はいったい娘にどんな教育をしていたのだ?まさかハニー・トラップの実地訓練でもさせていたわけではあるまい?」
「私にはわかりかねます」
「知らないだと?そんな・・・いや、確かに貴様に言っても仕方がないな」

憤懣をぶつける対象が違うと考えたのか、それとも一度爆発させてスッキリしたのか、ベルンハルト4世は新聞を丁寧に畳んで脇の小机に置いた。几帳面と言うよりは神経質なのか、とても眼鏡を床にたたきつけた人物と同一人物には見えない。

「王侯貴族の色恋沙汰、不退転具の国同士の許されぬ恋とそれにまつわる揉め事。二人の間に立ちふさがるは名門王家の姫君・・・これだけ平民の好きそうな話題がそろうのも珍しい。たとえドレスデンの新聞全てを止めたところで、無駄な労力に終わるのは目に見えている・・・しかしだ。恩知らずと批判されないためには、一応の義理は果たさねばならん」
「承知いたしております」

ザクセン王国にとってハノーヴァーがどうなろうと知ったことではない。しかしアルビオンやトリステインにはそのような対応は出来ない。特にアルビオンは、結果的には失敗したとはいえ内々に事件を処理するために協力を得た経緯がある。今回の事件でザクセンも少なからぬ政治的ダメージを負った。これ以上余計な敵意を集めることは避けるべき事態であった。

「フリードリッヒ・フォン・ボイスト伯爵、内務大臣である卿に命じる。この件に関する情報を取り締まるように。卿が必要と判断した場合、停刊処分も含む多少の手荒な手段も許可する。よいか大臣。あくまでアリバイ作りだ。やりすぎてはいかんぞ。やりすぎてはな」

あまり新聞を取り締まれば人気が落ちますからなと思いながら、ボイスト伯爵は「承知致しました」と答えた。この王は大衆心理と言うものに関して独特の持論を持っている。常日頃軍服を着用し、王錫ではなく元帥杖を携帯するのもその持論に沿ったものである。尤も、その持論の中には実に馬鹿馬鹿しいものが含まれているのも事実だが。

「安心したまえ。よほど間抜けなことをしでかさない限りは、卿の立場は保障しよう・・・しかし王とは面倒なものよな。無駄だとわかっていることでも時には命じなければならんのだから」

やや笑いながら発せられたベルンハル王の言葉に、ボイスト伯爵は眉を潜めた。王が王であることに飽きられては、貴族は何をよりどころに杖の忠誠を誓えばいいというのか。個人的にそういう考えを持つのは結構だが、王である「見栄」は張り続けてもらわねば困る。そうしたボイスト伯爵の憂慮には全く気がついたそぶりも見せず、ベルンハルト4世は自慢の口ひげを捻りながら、なおもこう嘯いて見せた。

「まぁそれでも、ハノーヴァーやトリステインの王よりもましか」



(トリステイン王国 王都トリスタニア ガルエニ宮-元老院議会)

トリステイン元老院議長のエリー・デュカス公爵は、その光景をただ議長席から見ているしかなかった。尤も、事前に知っていたとしてもとめることなど出来なかったであろうが。元老院の定例本会議、宰相のエギヨン侯爵を筆頭とする閣僚が出席して改定国防方針とそれに合わせた諸侯軍の再編を説明するはずだったガリエニ宮は、質問のために登壇した子爵議員の演説によって、一瞬の静寂の後-騒音と喧騒の府と化した。

『-哀れ白百合に引き裂かれようとしたる男女、にげも逃げたり白の国。マンティコアはなすすべなくその蒼毛を舐め、鷲は翼を広げたまま飛ぶ度胸もない-これが記事の全文であります。そしてこれが一体何を指しているのか!それが問題なのであります!』

その原因となった若い子爵は、ベルンハルト王が激怒したのと同じドレスデン中央新聞の一文を読み上げると、壇上右後方-議長席からは右下に位置する国務大臣席を一瞥し、質問と言う名の弾劾演説を開始した。

『ここ最近、世上を騒がせている噂や流言飛語に関しては議員各位ご承知の通りであります。この新聞はその一例に過ぎません。よってここでそれを、聞くに堪えない戯言を個別に取り上げることは致しません。致しませんが、しかし!』

子爵は振り上げた拳で壇上の机を叩いた。水差しが倒れ、速記をしていた元老院書記官が頭のうえに振ってきたそれを間一髪受け止める。しかし演説は続いているため、書記官は安堵するまもなく慌てて速記に戻った。哀れな書記官の様子を議長席から見ながら、デュカス公爵は議場に副議長の姿を探した。

その特徴的な体はすぐに見つけることが出来た。そしてやはりというべきか、ミラボー伯爵オノーレ・ガブリエル・ミケティは、その肥満した体を議場の椅子に押し込めるようにして多少前のめりに座りながら、議場の空気を見極めるかのように、あの無機質な眼差しで議員達を睥睨していた。

-ミラボーめ、またやりおったな

普段は居眠りするものが続出するほど退屈で、良くも悪くも何も起きない議事が混乱する場合、この男が裏で絡んでいるとみてまず間違いない。元老院副議長は彼を含めて3人いるが、普段の議事のように役に立たない二人と比べるとミラボーは異質に過ぎた。

その風貌と同じで、ミラボー伯爵はとにかく貴族らしからぬ、成り上がりの商人のような思考をする男であるというのがデュカス公爵の評価だ。政界遊泳術に関しては宮廷貴族顔負けのものがあるが、それを「庶民性」という解放的な雰囲気と自身の要望も合わさった滑稽な仮面の下に見事に隠している。デュカス公爵とて、この席に座ってそれが始めてわかるようになった。人を見、議場の空気を読むことに神経を尖らせているあの男は、よもや自分が見られているとは想像もしていないだろう。それを考えると多少愉快な気がしないではない。

最上段に位置する議長席からは、議場の全てが見渡せる。物理的な意味でも心理的な意味でも、人間、高所に登ると足元が見えなくなると言うが、それと引き換えにより多くのものが見えるようになるのも事実だ。無為に重ねてきただけと自嘲していた年齢も、それに似たところがある。その年齢にならないとわからない事というのは確かに存在するのだ。同じようにその地位に立たないとわからないことも。ミラボー伯爵は元老院の実権を握っていると(実際にそうである)自負しているのだろう。しかしその彼をもってしても、自分の子供ほど年齢の離れた人間の傀儡として振舞う自分の気持ちはわからないだろう。

-最もそんなことを気にするような男とは思えないが

デュカス公爵が顎髭をしごきながら自分の思考にふけっている間にも、壇上では演説が続いている。それにしてもあまりにも臭い芝居である。恥と言う概念はないのだろうか?

『思い出していただきたい!我ら貴族が貴族である所以を!百合の紋章に杖の忠誠を誓ったあの日、国王陛下の杖として祖国と領民を守ると誓ったあの杖の忠誠の儀式を!そしてその貴族たる義務を果たし、セダンの地で散った幾多の勇者達!!幾多の英霊は語る言葉を持ちません・・・しかし!私には、今の祖国、王家を誹謗中傷する流言飛語が諸外国で流れる現状を、英霊達が看過するとは思えないのであります!!』

議長席からは演説者の後頭部と後姿だけが見える。しかしそれだけで十分だ。むしろ正面からは見れたものではないだろう。軽々しく「セダン」の名を使う人間の言葉など聞けたものではない。顔を背ける、または伏せる議員が目に付く。しかし同時に、若い子爵の芝居がかった仕草が、今は議場に満ちた王政府批判の空気を煽り立てる役割を果たしていることが見て取れた。子爵の演説を遮るように、議場からは幾多の野次は飛んでいたが、その多くは子爵の演説に同調するもの。王国の知性と品位、そして礼節を代表する貴族であるという自覚はそこからはうかがうことは出来ない。

『新聞が書き、庶民が口にする堪えない戯言に下世話な噂!それが王家の威信を損ねているのは間違いありません。先日王政府はすべてのうわさを否定しました。しかし世上の噂は一向に耐えることなく、むしろ一層熱を帯び始めております!その原因はどこにあるのか!!』

子爵は右後方の大臣席を再び睨み付けた。睨み付けられた対象である宰相エギヨン侯爵の上半身が僅かに揺れる。横に座るルーヴォア侯爵(財務卿)の手が宰相の膝に見えることから、立ち上がろうとした宰相を押さえつけたようだ。エギヨン侯爵は首を軽く振った後、何かを噛み締めるように俯く。この間僅か数秒。しかし追求する側にはその数秒の異変で十分であった。

『宰相閣下!貴方の言葉が国民から信頼を受けていないのだ!』

瞬間、怒号と歓声が沸きあがり、デュカス公爵は目と耳を塞ぐ代わりに木槌を打ち鳴らすことで応じた。しかしその努力は議員の声にかき消されて意味を成さない。同じくかき消されることを予想しながらも、議長としての職務を果たすために「静粛に、静粛に」と叫ぶ。

-まったく、お飾りも楽ではないの

傀儡であることを理解しながら、その立場を楽しむことが出来る-それがこの老人の強みである。



-チェック・メイトというわけか。やられたな

トリステイン財務卿ルーヴォア侯爵ミシェル・ル・テリエは、国務大臣席で自身の敗北を認めざるを得なかった。視線の先には、元老院議長と同じくミラボー伯爵の恰幅のいい体が見える。自身の影響力を誇示しながら、その態度には微塵の奢りも感じられない。その思考はこれからどう立ち回り、自身の影響力を維持するかという次の一手に移っているように見えた。そしておそらくそれは当たっているのだろう。既に彼の目に現政権-エギヨン侯爵の姿は写ってはいない。

右横に座るエギヨン侯爵の様子を伺う。俯いた顔は青白くなっており、突然の弾劾演説に屈辱で震えていた。きつく握られた両手は今にも血が滲み出んばかりだ。内務省出身の官僚政治家であるエギヨン宰相は調整型の政治家としては疑う余地もなく優秀である。しかし今の彼は官僚的な弱さが露呈してしまっている。先ほど激昂して立ち上がろうとした時も、自分に止められると、理性的に振舞おうとして怒りをおさめてしまった。官僚ならいい。しかし今の彼は行政官である前に政治家なのだ。王太子の補佐役でも官僚でもない。理性ではなく「意思」が必要なのにもかかわらず、それがこの男には決定的に欠けている。

「財務卿・・・元老院工作は」
「大丈夫と、思っていたんだが。あの男を信頼した私が甘かったようだ」
「そう、か」

エギヨン侯爵はそれだけ尋ねると再び沈黙し、事実上の弾劾演説に耳を傾け始めた。先ほどエギヨン侯爵を制止したのは他ならぬ自分だが、彼がそれに従った時点でルーヴォア侯爵はこの政権に完全に見切りをつけた。これではこの政治危機を、次期女王をめぐる一連の政治スキャンダルを乗り切ることなど到底出来まい。

-それにしても荒っぽいやり方をする

ミラボー伯爵が密約を破ったことへの憤りはない。むしろ現政権に対する元老院=領邦貴族の不満が、予断を許さない状況まで高まっていたことのほうが驚きである。断じてあの子爵に煽り立てられたからというものではない。この様子では遅かれ早かれ爆発したのだろう。自分に連絡を入れる時間的猶予がなかったということなのか?それとも・・・

「・・・私も結果の出せない役者だったということか」

ルーヴォア侯爵は自分でも驚くほど、不思議と落ち着いてそれを受け入れていた。かつての自分なら-それこそエスターシュの若造とやりあっていた頃の自分なら激怒したであろう。あれからまだ10年も経過していないのに、これは一体どうした心境の変化か。まさか聖人君子になったと言うわけでもあるまい。

認めたくはないが-これが年をとったと言う事なのだろう。体ではなく精神がだ。

『・・・であります!いくら国内で否定したところで、今!この時間も諸外国ではこのような戯言をもとに、百合の名誉が傷つけられているのです!外務卿、貴方はここで何をしているのですか?!それとも戯言のように王女殿下を外交ゲームの道具にしているの・・・』

本人も直に口を滑らせたことに気がついた。次期女王であるマリアンヌの名前は出さないと言う暗黙の了解を破ったのだ。政権批判演説にセダン会戦を利用したことを苦々しげに見ていた議員がこれを見過ごすはずがなかった。

「取り消せ!!取り消せ!!」
「そのような事実はない!取り消せ!速記を止めろ!」

壇上で立ち往生した子爵に、議場から容赦なく野次が飛ぶ。ルーヴォア侯爵は肩を揉む振りをしながら、名前の出た外務卿の様子を伺った。

外務卿アルチュール・ド・リッシュモン伯爵は、陸軍大臣のノルド男爵を挟んでルーヴォア侯爵の左側に座っている。腕組みをし、口を真一文字に結んで目を瞑り微動だにしない。予算不足で新聞検閲を取りやめたなどという高等法院の言い分を、すくなくともトリスタニアで信じているものはいない。法服貴族出身でありながら法院のあり方に否定的なリッシュモン伯爵を、法院が「刺した」のだろう。

それでも今回のリッシュモン伯爵の稚拙は目に余るものがあった。ハノーヴァーとの同君連合構想などは、誰が見ても拙速に過ぎた。外務卿には外務卿なりの考えが合ったのだろうが、何を焦っていたのか。ことの重大性からして少なくとも閣僚間での意見調整を行うべきものであり、最低でも外務省内の意志統一をするべきであった。もはや秘密外交や宮廷外交が通用する時代ではないことは、他ならぬ彼が口癖のように語っていたことであるはずである。一体何を考えていたのか。そして何を考えているのか。

『・・・であります!外務卿、諸外国に赴任している我がトリステインの大使、領事は何をしているのです?挙手傍観し、なすすべがないではありませんか!』

自らの失言により壇上で立ち往生を余儀なくされた子爵は何とか追及を開始したが、先ほどと比べると明らかに追及の矛先は鈍っている。議場の収拾も次第に収まり始めている。ノルド陸相が手持ち無沙汰に書類を弄るその横で、リッシュモン伯爵は相変わらず沈黙を保っている。ルーヴォア侯爵には外務卿の態度は、覚悟を決めたようにも、ただ居眠りをしているようにも見えた。



(アルビオン王国王都ロンディニウム ウエストミンスター宮殿 貴族院外交委員長室)

「何でこうなったんだろう・・・」
「殿下。それがわかれば誰も苦労はしません」

同じヘンリーの名を持つ王弟に対して、貴族院外交委員長のランズダウン侯爵ヘンリー・ペティ・フィツモーリス卿は肩をすくめながら答えた。ヘンリーはというと、応接用の机の上に広げた『ロンディニウム・タイムズ』の記事を食い入るように追っている。

浮遊大陸アルビオンは、地政学だの地理的制約だのという小難しい言葉を並べるまでもなく、大陸の情報収集に苦労してきた。フネを飛ばすだけでも一苦労だというのに、空を飛んで動いているのだ。新聞もその例外ではなく、およそ1週間から2週間遅れの大陸情報が掲載されるのが常である。そこでアルビオンの新聞各紙は速報性を諦める代わりに独自の調査分析に活路を見出し、それぞれ高級紙としての地位を確固たるものにした。今ランズダウン侯爵が広げている『ロンディニウム・タイムズ』は外交評論で定評のある週間経済新聞である。


・ハノーヴァー王国首相アルヴィト・ホルン伯爵はドロットニングホルム宮にて国王クリスチャン12世に辞表を提出。ホルン伯爵は後任に陸軍大臣のハンス・ヴァクトマイスター伯をするも、陸相は固辞。王国議会は後任として外務大臣ベルティル・ハッランド侯を奏薦。数日中にハッランド内閣が発足することが予想される。ハッランド侯はヴィスポリ内閣で外務次官、ホルン内閣で外相を歴任した中間派の有力者。ハッタナ・メッソナ両党の連立内閣は維持されるものと予測される。

今回の辞職に関して当局は『ダッソー』の記事との関連性を否定している。

・トリステイン王国宰相のエギヨン侯爵シャルル・モーリス卿は健康上の理由から辞意を表明した。国王フィリップ3世はこれを慰留するも辞職は避けられずと言う見方がトリスタニアでは大勢を占めている。後任には財務卿のルーヴォア侯爵が有力視されるも、情勢は不透明。エギヨン侯爵の辞意表明を織り込んでいたためか、トリスタニアの市場や為替相場に大きな値動きは見られない。

今回の辞意表明に関して当局は『ダッソー』の記事との関連性を否定している。

・トリステイン王国外務卿リッシュモン伯爵解任の噂が流れている。伯は『ダッソー』の記事によると同君連合構想の首謀者であり、事実であればフィリップ3世の不興をかったものと推察される。

今回の辞職に関して当局は『ダッソー』の記事との関連性を否定している。


「これは嫌がらせか?どの記事の文末にもダッソーの名前があるぞ」
「商売敵とはいえ、同じ記者として粋に感じたと言うことではないでしょうか。いまどき政府に正面切って啖呵を切る新聞などそうそうありません。勇猛果敢な騎士の名が、敵味方問わず尊敬されるのと同じことなのでしょう。それにしても発刊停止処分になった新聞の名前を、他の新聞で見ることになるとは、妙な感じがしますな」

今度はヘンリーが肩をすくめた。最もその顔は笑っていなかったが。『ダッソー』は先の記事を掲載したことにより無期限発刊停止処分となった。リュテイスに睨まれたとしても、これだけ名前を売れたのなら安いものだろう。

「『ダッソー』の名前が出てくる記事は全て王太子関連の記事です。さすがはタイムズといったところでしょうか。目新しい記事や情報はありませんが、既存の情報をベースによく整理されています。外務省の報告書よりもわかりやすいかもしれません・・・ところで本日はいかなるご用件で」
「用件がなければ来てはいけないかい?」

ランズダウン侯は黙って笑みを浮かべた。一見すると好々爺に見えなくもないが、あのスラックトンの爺の下で閣僚を歴任した老人の笑みをそのままの意味でとらえるほどヘンリーもお人よしではない。何より一度頬を張り倒してくれた相手である。

「・・・まぁ、用らしい用があったわけじゃない。近くまで来たので、卿の顔を見たいと思ってね」
「それは光栄です」

ウエストミンスター宮は王都の中心街からは外れており、ハヴィランド宮とはほぼ反対側に位置する。シュバルト商会の支店に顔を出したついでということか。ハノーヴァーのシュバルト商会とこの王弟とは兼ねてから関係が噂されている。件の港湾街道整備事業にシュバルト商会が出資したのも王子の口ぞえがあったからだという専らの噂だ。

「結局のところ、王太子殿下と件の令嬢はどうなるのです?」
「・・・パーマストンの爺さんが面白いことを言っていた。嘘をつくなら徹底的に、最後まで突き通せだとさ。兄貴(ジェームズ1世)はともかく、ハノーヴァーやザクセンにも対面と言うものがある。ましてやふられた格好のトリステインはね」
「パーマストン子爵案のままと押し通すというわけですか。ですが-」

事件発覚以前、パーマストン外相はクリスチャン王太子にサウスゴータでの静養を続けさせ、ハノーヴァー宮内省に病気による廃嫡を発表させるという案を考え、三国(ハノーヴァー・ザクセン・トリステイン)から了解を得ていた。しかし事件が明らかになり、各国で政治責任を問う動きが顕在化している現状では「病気による廃嫡」など誰も信用しないであろう。その点を指摘すると、ヘンリーは顔を顰めて言う。

「かといって、いまさら本当の事を言うわけにはいかないだろう。他に案があるわけでもなし、押し通ししかないさ。パーマストンの爺さんも、引退前にとんだ事件に巻き込まれたものだよ・・・ところで侯爵」

キャサリンには「考えすぎ」と言われ、パーマストン外相には「面白いお話ですな」と一蹴された不安を、ヘンリーはランズダウン侯爵にぶつけた。

「君は一連の報道をどう考える?」
「どう、とおっしゃられますと」
「この事件に関する一連の情報は何処から、もしくは誰が、どのような目的で漏らしたと思うかということだ」
「・・・殿下は、一連の記事の情報源は同一人物であるとお考えなのでしょうか」
「あくまで可能性の一つだ。断定しているわけじゃ・・あぁ、先に言っておくけど俺じゃないぞ。セヴァーン次官(外務次官)なんかは疑っているらしいが、俺もそこまで馬鹿じゃない」

変わり者の王弟の笑えない冗談に、ランズダウン侯は「あながち冗談にも聞こえないのが困ったことだ」と考えた。それを口に出すようなことはしなかったが。

「トリステイン国内で最初に報道されたのはケンの月(10月)の頭。マリアンヌ王女とクリスチャン王太子の婚約をトリスタニア・テレグラフが書いたのが始めだ。後追い記事が出て、トリステイン国内に婚約の話が広まった頃に出たのが、ダッソーの例の記事」
「お待ちください」

とんとんとん、と仮説と言葉を重ねようとするヘンリーをランズダウン侯爵は手で制した。

「なるほど。たしかにおもしろいお話です。情報を小出しにすることで、トリステインや諸外国の反応をうかがっていたと、そう仰りたいわけですな」
「そうだ。それでたいした反応がなかったか、もしくは出しても大丈夫だと考えたところで、最大級の爆弾を投下した。ガリアは事後検閲のザルというのは有名な話だからな。それにあの大国に面と向かって抗議の出来る国は早々ない」
「・・・殿下の仰ることが正しいと仮定した上で話を進めましょう。情報漏えい者がこの話が表に出ることで何らかの利益を得るものだとして、それなら初めからダッソーなり、その他の新聞社に持ち込めばよかったのではありませんか?」
「侯爵。君は焚き火をしたことがあるかね」
「いえ、ありませんが・・・焚き火、ですか?」

突如関係の無いことを言い出したヘンリーに、侯爵はきょとんとして聞き返した。

「焚き火はね、ただ薪に火をつければいいというものではない。そもそも切り出したばかりの薪はそのままでは水分が多く燃えないから乾燥させなければならない。拾ってきた枝やら木の葉でやろうと言うのならなおさらね。薪を組むのにもコツがある。中に空気が通りやすいように櫓上に組むんだが、これが中々難しい」
「ほう、それは知りませんでした」
「ただ薪に火をつけるだけなら簡単だが、小さな火種を大きくするのは難しい。より効率よく、火力を維持させようとするなら尚更な」
「・・・回りくどい言い方をなさいますね。女子に嫌われますぞ」
「僕は妻一筋だから」

また面白くもない冗談かと思ったが、本人は至って真面目くさった顔をしている。ランズダウン侯爵は虫歯の穴に塩でもねじ込まれたような気分になった。こういう時はどういう顔をすればいいのか。本人が惚気ている自覚がないだけに余計たちが悪い。年甲斐もなくサブイボが出そうである。

それはともかくとして、ランズダウン侯爵はヘンリーの話自体は、可能性のひとつとしてはありえなくもないという印象を持った。火種自体が大きいために考えなかったが、わざと問題を長引かせることが目的だとすれば、より燃え上がるように環境を整えるのは当然だ。ましてや国家の重要機密に関わる情報を得られる立場の人間、もしくは組織だ。その程度の手間は惜しまないだろう。しかし

「なるほど、面白い仮説です。しかし理屈は後からついてくると申します」
「また君も・・・嫌味な言い方をするじゃないか。さすがはシェルバーン(財務相)の叔父なだけはあるね」
「お褒めに預かり恐縮です・・・結論から申し上げますなら、殿下のお話はあくまで仮定のひとつ、可能性でしかありません。仮定の証明にこだわるよりも、現状の、目の前の出来事をどう解決するかと言うことに尽力するべきではないかと考えます」

ヘンリーはランズダウン侯爵の話を聞いていて妙な近視感に捕らわれたが、その理由は直にわかった。物事に対する捉え方や割り切った考え方が、亡きスラックトン宰相にそっくりなのだ。

「それともう一つ。私にはこの馬鹿騒ぎで利益を得たものがいるとは思えないのです。強いてあげるとするならば、ハノーヴァー国内に経済的特権を持つ北部都市同盟でしょうか。トリスタニア・テレグラフの親会社が都市同盟系の商会だと聞いていますが」
「何も目に見える財産や経済的特権だけが理由とは限らないぞ。ハノーヴァーとトリステインとの関係改善を妨げたいというのも立派な理由となるだろう。だがそうなると容疑者の特定は殆ど困難になるが・・・」
「殿下、繰り返しになりますが」

ランズダウン侯爵は少し口調を早めながらまくし立てるように言った。

「何故こうなったかと理由を探すことよりも、目の前の事象をしかと見極めるべきです。目の前の出来事を実物大に把握することが出来ずして、その解決はありえません。必要以上に過小評価することも、過大評価することもあってはならないのですぞ」
「手厳しいねぇ、何か僕に恨みでもあるのかい?」
「殿下」
「冗談だ、冗談。ま、確かに卿の言う通りだ。侯の忠告、肝に銘じておくよ」

ランズダウン侯爵の諫言を何処まで深刻に自分の事として受け取ったかはわからないが、ヘンリーは屈託なく笑いながら手を振った。

「ま、考えすぎならいいんだけどね・・・」

ランズダウン侯爵には話さなかったが、ヘンリーの脳裏にはある老人の後姿が見えている。無論、関与した証は何もない。しかし何もないことがヘンリーの疑心を疑惑へと進めることになった。今はまだぼんやりとしたものでしかないそれが、何れ自分の目の前に現れるであろうことを、ヘンリーは不思議と疑わなかった。


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