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No.17077の一覧
[0] ハルケギニア~俺と嫁と、時々息子(転生・国家改造・オリジナル歴史設定)[ペーパーマウンテン](2013/04/14 12:46)
[1] 第1話「勝ち組か負け組か」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:40)
[2] 第2話「娘が欲しかったんです」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:46)
[3] 第3話「政治は金だよ兄貴!」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:55)
[4] 第4話「24時間働けますか!」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:46)
[5] 第5話「あせっちゃいかん」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:07)
[6] 第4・5話「外伝-宰相 スタンリー・スラックトン」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:11)
[7] 第6話「子の心、親知らず」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:15)
[8] 第7話「人生の墓場、再び」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:18)
[9] 第8話「ブリミルの馬鹿野郎」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:17)
[10] 第9話「馬鹿と天才は紙一重」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:22)
[11] 第10話「育ての親の顔が見てみたい」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:25)
[12] 第11話「蛙の子は蛙」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:31)
[13] 第12話「女の涙は反則だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:36)
[14] 第13話「男か女か、それが問題だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:42)
[15] 第14話「戦争と平和」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:07)
[16] 第15話「正々堂々と、表玄関から入ります」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:29)
[17] 第15.5話「外伝-悪い奴ら」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:07)
[18] 第16話「往く者を見送り、来たる者を迎える」[ペーパーマウンテン](2010/06/30 20:57)
[19] 第16.5話「外伝-老職人と最後の騎士」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[20] 第17話「御前会議は踊る」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:47)
[21] 第18話「老人と王弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:48)
[22] 第19話「漫遊記顛末録」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[23] 第20話「ホーキンスは大変なものを残していきました」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[24] 第21話「ある風見鶏の生き方」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[25] 第22話「神の国の外交官」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[26] 第23話「太陽王の後始末」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[27] 第24話「水の精霊の顔も三度まで」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[28] 第25話「酔って狂乱 醒めて後悔」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[29] 第26話「初恋は実らぬものというけれど」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[30] 第27話「交差する夕食会」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[31] 第28話「宴の後に」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[32] 第29話「正直者の枢機卿」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[33] 第30話「嫌われるわけだ」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[34] 第30・5話「外伝-ラグドリアンの湖畔から」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[35] 第31話「兄と弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[36] 第32話「加齢なる侯爵と伯爵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[37] 第33話「旧い貴族の知恵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[38] 第34話「烈風が去るとき」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[39] 第35話「風見鶏の面の皮」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[40] 第36話「お帰りくださいご主人様」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[41] 第37話「赤と紫」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[42] 第38話「義父と婿と嫌われ者」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[43] 第39話「不味い もう一杯」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[44] 第40話「二人の議長」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[45] 第41話「整理整頓の出来ない男」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[46] 第42話「空の防人」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[47] 第42.5話「外伝-ノルマンの王」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[48] 第43話「ヴィンドボナ交響曲 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[49] 第44話「ヴィンドボナ交響曲 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[50] 第45話「ウェストミンスター宮殿 6214」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 18:07)
[51] 第46話「奇貨おくべし」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:55)
[52] 第47話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[53] 第48話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[54] 第49話「結婚したまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[55] 第50話「結婚しないでいたまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:03)
[56] 第51話「主役のいない物語」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:54)
[57] 第52話「ヴィスポリ伯爵の日記」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:44)
[58] 第53話「外務長官の頭痛の種」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:39)
[59] 第54話「ブレーメン某重大事件-1」[ペーパーマウンテン](2010/08/28 07:12)
[60] 第55話「ブレーメン某重大事件-2」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:21)
[61] 第56話「ブレーメン某重大事件-3」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:24)
[62] 第57話「ブレーメン某重大事件-4」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:58)
[63] 第58話「発覚」[ペーパーマウンテン](2010/10/16 07:29)
[64] 第58.5話「外伝-ペンは杖よりも強し、されど持ち手による」[ペーパーマウンテン](2010/10/19 12:54)
[65] 第59話「政変、政変、それは政変」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:41)
[66] 第60話「百合の王冠を被るもの」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:45)
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[17077] 第58.5話「外伝-ペンは杖よりも強し、されど持ち手による」
Name: ペーパーマウンテン◆e244320e ID:e9dae18d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/19 12:54
「断言しよう。新聞の中で、唯一信頼に足る部分を含む場所がある。それは-広告だ」

トマス・ジェファーソン(1743-1826)

*************************************

ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(外伝-ペンは杖よりも強し、されど持ち手による)

*************************************

「ペンは杖よりも強し」-新聞・出版業界を始めとして、文章を生業とするものなら一度はこの言葉を聞いたことがあるだろう。これは元々、実践主義を唱える新教徒の聖職者達の言葉である。ブリミル教の聖典である『始祖の祈祷書』を忠実に解釈すべしという新教徒は、その正しい教え(解釈)をめぐり議論を繰り返した。しかし相手は異端のレッテルを貼りつけて議論を拒否する宗教庁。議論を挑んだところで火炙りになるのがオチである。

ミサすらままならない現状に、新教徒派の聖職者達は、自分達の議論や解釈を記した小冊子を配り歩くことで信徒との繋がりを維持することを考えた。結果的にこれが当たり、実践主義は少しずつではあるが新たな信者を獲得していった。50年ほど前に誕生した新聞と言う新たなメディアツールも新教徒に味方する。詩の一節、広告のフレーズ、もしくは新聞小説に名を借りた実践教義の教えに、紋切り型の宗教庁の教えに飽き足らない知識階級は飛びついた。宗教庁は当初それに対して従来どおり杖の力と『始祖の盾』という宗教的権威をもって封じ込めようとしたが失敗。『ロマリア通信』『教皇の友』といった新聞を通じて信徒達をつなぎとめようとしたが、何百年も理論武装し続けた新教徒と、権威にあぐらをかいていた宗教庁では勝負にならなかった。結果、旧東フランク諸国では中産階級を中心に新教徒は拡大し続けており、ベーメン王国では貴族の間でも新教徒がいるというのは歴然たる事実である。新教徒はまさにペンの-言論の力によって、杖で封じ込めようとした宗教庁に対抗出来るだけの勢力を築き上げたのだ。

こうした前例を背景に語られるのが先の言葉だ。宗教庁の手前、おおっぴらに口に出して言うことはしなかったが、それでもこの言葉はペンを持って生業にしようとする若者にとっての指針であり、目標でもあった。だが、この言葉には続きがある。

「ペンは杖よりも強し。されど持ち手による」



ケンの月(10月)も残すところあと僅かとなったリュテイスに、午後6時を知らせる教会の鐘が鳴響く。ひとつ、ふたつと間隔をあけて規則正しく鳴らされる鐘が少しずれているように感じるのは、鳴らされる鐘がシレ河の中洲にある大聖堂のものだけではないからだ。地区ごとの教会は時計に従い鐘を撞く。30万人もの住人が住む大都市リュテイスでは、聞く場所によって音が遅れて聞こえてくるというわけだ。だがその音の遅れやずれは決して不快なものではなく、さながら聖歌隊が奏でる讃美歌のようである。神がつくり、始祖が開拓したこの世界に生きることの素晴らしさを、どんな祈祷書の名文よりもその鐘が雄弁に物語っている。

鐘が終わると、教会の戸が開き、ミサに出席した市民が続々と出てきた。リュテイス公設市場では店じまいが行われ、町のあちらこちら明かりが灯り始めている。日が暮れるのと同時に就寝する熱心な信徒がいる一方で、盛り場はこれからが仕事の本番だ。宿屋に酒場、カジノに花街と、深夜に至るまでその喧騒が途絶えることはない。

『転がる林檎亭』もそんな大衆酒場の一つである。日々の食事を少し節制すれば肉と酒が味わえる程度の価格設定の店には、マントを羽織った兵士らしき人物から、腕っ節の強そうな職人まで多士済々の客が同じようなアルコール臭い息を吐き、愚にも付かない話で笑いあいながら、つかの間の休息を楽しんでいた。店の主人はカウンター席もテーブル席もほぼ満席という客の入りに満足していたが、ただひとつだけ気に入らない点を上げるとすればカウンター席右端の客の存在である。

-なんでぇ、大の男が酒も飲まねぇで

職業柄、主人は様々な客層との付き合いがある。一人は間違いなく物書きだ。なまっちろい体つきにチェーンの付いた両眼鏡は明らかにこの人物が頭脳労働者であることを示しており、手や袖についたインクの汚れがそれを裏付けている。もう片方の客は聖職者らしい。目元が隠れるほどすっぽり被ったフード付の外套を脱いだ時に、胸元にきらりと輝く聖具が見えた。だが、この当たりでは見ない顔である。遍歴の修道士か何かか。とにかく先ほどから酒だの料理だのを勧めているのだが、二人とも最初に注文した料理とビールですらまともに口をつけていない。辛気臭さは酒場の敵だ。食べる気がないのならさっさと出て行って欲しいものだが、腰の重いこと重いこと。わざとらしく咳払いしてもこちらを見もしない。

-こういう手合いを相手しても無駄だな。

『林檎亭』の主人は辛気臭い客の相手をすることを諦め、給料日で景気のよさそうな常連客にサービスの鶏の塩焼きをすすめた。


「最近は酒場の質も落ちたものですな。客を選り好みするとは、偉くなったものです」

遍歴の修道士と主人が評した人物が、日に焼けた肌を軽く弛めながら皮肉たっぷりに発した言葉に、ガリア三大紙の一つ『ダッソー』の外交記者であるテオフィル・デルカッセは「そうですな」と心にもない返事を返した。主人が自分達を倦んでいることはわかっていたが、悪いが今は酒が飲めそうな気分ではない。

「まずは御礼を申し上げるべきでしょうか」

そう呟きながらデルカッセは鞄から書類を取り出し、カウンター席の狭いテーブルの上に置いた。

「私が記者生活の中で培ってきた人脈と情報網を全て使い調べさせました。その結果です」
「それは、大儀ですな。酔うた生臭坊主の戯言とお思いにならなかったのですか?」
「・・・貴方の話には単なる御伽噺以上のものがありましたからな」

旧知の新聞記者や政府当局者に依頼し、昨日届いた調査結果は、今、右横に腰掛けるこの胡散臭い修道士が、2週間ほど前に酒の席で自分に語った「御伽噺」が全て真実であることを示していた。

「ここ最近のトリスタニア・テレグラフやトリステイン・タイムズの記事も貴方の、いや、貴方達の差し金ですかな」
「祈祷書の解釈ならともかく、俗世のことには疎いものでして」
「・・・貴方は」

カウンターに左肘をかけ、眼鏡から垂れ下がったチェーンを揺らしながらデルカッセは修道士を見た。汚れの目立つ外套の下に見える修道服は擦り切れており、胸元に光る聖具がなければ浮浪者と見まごうばかりだ。俗世との関係を絶つ修道士は、清貧と貧乏を履き違えている人間が多い。

「私ですか?見ての通り、ただの修道士ですよ」

修道士は木のコップを口元に運びながら言った。既にエールビールは温くなり気が抜けているはずだが、彼はそれをさも美味しそうに喉を鳴らして飲む。当然デルカッセはそれで納得しない。彼の話した「御伽噺」はただの遍歴の修道士の耳に入るような情報ではなかったからだ。

「貴方は迷っておられる。これを記事にするか、それとも・・・握りつぶすか」

視線を書類に落としていたデルカッセはその言葉に顔を上げた。腹の探りあいと見せかけて、いきなり切り込んできた。歴戦の商人でもこうはいくまい。まったく、たいした修道士様だ。

「ダッソーほどの新聞社ならこの程度のことを調べることなど、造作もないことでしょう。しかし貴方はそれをせずにご自身のルートで調べることにした。賢明な判断です。ヴェルサルテイルの顔色を伺うしか能のない経営者がこの話を握りつぶすことは容易に想像できますからな」
「・・・私がこれを握りつぶすことは考えなかったと言うわけですか?」

ここまで言われてさすがにデルカッセも腹に据えかねるものがある。真面目な聖職者ならともかく、同じ穴の狢でありながら、どの面を下げて自分に説教するか。デルカッセにはこの修道士が実に醜悪なもののように見えた。しかし修道士は気分を害した様子もなく、神の教えを説くような調子で言葉を続けた。

「しかし貴方は再び私の元へとやってきた。ご丁寧に話の裏を取った上で」
「・・・」
「やはり貴方は私どもが考えていたとおりのお人だ」

初めて笑みを見せた修道士に、デルカッセは心底嫌そうな表情を浮かべて、こちらも冷め切った川魚の生姜蒸しにフォークを突き刺した。

「・・・貴方がたが誰であろうと、私には関係のないことだ」

「これが記事になることで得られる利益にも関係ない」とデルカッセは付け加えた。もしこれが表ざたになれば、ここ最近表面化しつつあるトリステインとハノーヴァーの関係強化を目指した動きは頓挫するだろう。では誰が利益を得るか?ハノーヴァー国内に経済的特権をもつ北部都市同盟か、ハノーヴァーの親ガリア派か、英雄王の名の下に危うい結束を保つ水の国。どれもが怪しく思えてくる。だが、それは一介の新聞記者に過ぎない自分には関係のないことだ。

「デルカッセさん。私は新聞記者と言う仕事には詳しくありませんが、何を迷うことがあるのです?御伽噺や生臭坊主の戯言でない事が証明できたのであれば、記事にすればよいだけの話ではありませんか。それが貴方の仕事でしょう?」
「聖職者はいざ知らず、顔も見たことのない人間の思惑に乗るのは面白くないと感じるのが人情と言うものでしょう。違いますか?貴方は-いや、貴方の後ろにいる人物はそれを私に望んでいるのでしょうが、私は道化になることなど真っ平ごめんです」
「しかし貴方は再び私の前に現れた。こうして記事に出来るだけの証拠を持って」

繰り返された修道士の言葉に、デルカッセの表情が歪んだ。

「異端の者の言葉を使うのは、修道士として心苦しいのですが・・・ペンは杖よりも強しという言葉があるそうですね。たとえ相手が国王であれ教皇であれ、自らの健筆だけを頼りに生き抜く記者としての職業論理だそうで」
「・・・確かにあります。ですが修道士たる貴方が俗世間のことに口を出すこと自体、大きなお世話ではありませんか」
「お節介なのは生まれつきでしてな」

飄々とした表情のままそう言ってのける修道士に、デルカッセは険しい顔を崩さない。

「新人の頃なら私は迷うことなくこれを記事にしたでしょう。ですが今は違います。妻も子も、そして会社のことも考えなければならない立場になりました」
「筆で杖と戦うべき記者である貴方がそれを言ってはおしまいではありませんか」
「貴方に言われるまでもない!」

カウンター席を激しく叩きつけたデルカッセに、一瞬周囲の客や店主の迷惑そうな視線が集まるが、直に自らの仕事や会話に戻っていく。デルカッセは一旦眼鏡を外すと、口の中の苦いものを飲み込むようにビールを流し込んだ。

新聞が一つの産業として成立していく過程の中で、自然と筆の勢いは衰えた。文章で生計を立てることが出来るのはごく一部の劇作家か小説家に限られており、それ以外の、特に印刷業界や新聞社は商会や企業からの広告収入や、政府・教会関係といった公的な機関からの仕事を収益の柱としていたためだ。中道穏健な-言い方を変えれば当たり障りのない論調が中心となり、過激な政府批判や教会批判は自粛するか、もしくは殆ど影響力のない壁新聞でしか書かれなくなった。無論、検閲模型供していることは間違いないが、なにもそればかりが原因ではない。そしてここガリアでは、自主規制の傾向がより顕著であった。

『太陽王』ロペスピエール3世は、おそらくハルケギニアで最初に新聞に目をつけた権力者だったと思われる。広大なガリア王国では、ジェリオ・チェザーレ時代の名残かロマリア語の影響の強い南西部、イベリア半島に近いアテキーヌ地方、浮遊大陸と繋がりのあったノルマンディー地方など、実に地域の特殊性あふれたガリア語が話されており、それが中央政府の統治の妨げとなっていた。そこでロペスピエール3世は誕生したばかりの新聞に目をつけた。税制での優遇を行うのと同時に、王家の御用商会や銀行に命じて大々的に出資を行わせ、公用語であるガリア語を使用することを唯一つの条件として、検閲も殆どフリーパスとしたのだ。頑強な抵抗が予想された地方の農村部は娯楽に植えており、人々は競って新聞を求めた。結果、ロペスピエール3世の治世末期には1500万国民の殆どが公用語を話すようになった。太陽王の新聞優遇はそれだけに留まらない。彼は大衆が自分に何を望んでいるか本能的に理解していた。大衆が自分以上に戦争が好きであることを知っていたロペスピエール3世は、戦場には必ず新聞記者を従軍させ、戦場の記事を書かせた。最大の娯楽-戦争を書いた新聞は飛ぶように売れ、度重なる外征によって史上最大の領土を築いた太陽王は国民から抜群の人気を誇った。太陽王の持つ杖は、新聞記者の持つペンを容易にねじ伏せたのだ。

ハルケギニアでも有数の新聞大国となったガリアだが、新聞はその繁栄と引き換えに多くのものを失った。さすがに治世末期にもなると国民も何時までも王座と生にしがみ付く老人に飽きた。事実上ザルとなっていた検閲が内務省に復活したのもその頃である。しかしノウハウが失われていたガリアの検閲は、トリステインやロマリアほどの厳しいものではなかった。そもそも事前検閲などしなくとも、新聞が勝手に王政府の気持ちを忖度するようになっていたからだ。多かれ少なかれどの新聞も、心の中の筆を折るのみならず「自主規制」という形で王政府に媚を売っているのが現状だ。

多くの記者がその現状を憂いており、そして憂えるだけだった。ここにいるデルカッセもその一人である。そして彼も多くの記者と同様、現状との妥協を重ねるようになった。それが恥だとは思わない。記者とて人間である。ほとんど世論に影響のない壁新聞よりも、多少自分の主義主張を曲げようとも、多くの読者を相手に筆を振るいたいと思うのが人情と言うものだ。何より、今の自分には養うべき、守るべき家族がいる。身一つであちこち飛び回れた若い頃とは違うのだと、そう言い聞かせていた。

「・・・デルカッセさん。貴方の中ではすでに答えが出ているのではありませんか?」

修道士の言葉に、デルカッセは答えなかった。答えられなかったのだ。

「私は修道士です。妥協をせず、世俗のしがらみから自由な立場で信仰にのみ生きることが出来ます。同時に、世間というものが私のように好き勝手なことをして通ることが出来ない場所だということも十分に承知しております」

修道士は言葉を選びながら、年端も行かない子供に教えを説くような調子で語る。しかしこの説教は迷える信者に進むべき道を指し示すためのものなどではない。むしろそれとは正反対のものだ。全ては自分達の目的を達成するため、自分達の利益を得るためのものである。無論デルカッセはそのことを十分に理解している。

そう、理解している-ならば何故、自分は今ここにいるのだ?

「・・・確かに情報を頂いたことに関しては感謝しています。ですがこれを記事に出来るだけのものにしたのは私です。これは誇張でもハッタリでもありません。事実です。つまりですな、これを・・・つまり、これを記事にするのもしないも・・・」

「そう、貴方次第です。決断するのは私ではありません」

間髪入れずに挟まれた言葉に、デルカッセは思わず怯んだ。修道士はとっくの昔に空になっていたコップを置くと鋭い視線を投げかける。

「テオフィル・デルカッセ-貴方です。私共は-いえ、私は貴方に食事代のお礼に話を聞かせただけ。それを記事にしたのは記者である貴方の尽力の賜物。私は何もしていません」
「・・・何がおっしゃりたいので?」
「わかっていることを尋ねるのは、よろしくありませんぞ」

修道士は再び人懐っこそうな笑みを見せた。話は終わったといわんばかりに、懐から自分の分の料金だけを取り出すと席を立った。離れていく修道士の背中を見ながら、デルカッセはふと思い出した。

-そういえば名前を聞いていなかったな。

デルカッセは眼鏡のチェーンを弄るのを止め、ポケットに突っ込む。そして取り出した自分の右手をじっと見つめた。ペンタコが硬くなって小さな瘤のようになっており、手に複雑な起伏を形作っている。インクが染み付いたその手を、妻は綺麗な手と褒めてくれた。思えばあれが馴れ初めだった気がする。

「そうか、まだあったのだな」

デルカッセは唐突に気がついた。新聞記者になることを目指し、ダッソーの門を潜り抜けたときに確かに燃え盛っていたそれは、妥協と言う名の言い訳を覚えることで消えたものだとばかり考えていた。しかしそうではなかったのだ。勢いは衰え、圧倒的な現実を前に今にも消えそうになりながらも、確かにそれは自分の中にあり続け、長く燻り続けていたのだ。勇気と言ってもいい。それはまだ自分の中に確かにあったのだ。消えてしまえばそれっきりのその炎は。あの修道士はきっかけでしかない。なぜなら火種は元々自分の中にあったのだから。もはやそれに気がつかないふりをしていた頃には戻れない。

ゲフンッとわざとらしく店主が咳き込む。柱にかかった時計を見ると既に3時間近くが経過していた。

「店主、勘定を。それとカンテラを借りられるかね」
「えぇ、構いませんが・・・失礼ですが」
「ダッソーの受付でデルカッセと言ってもらえばわかる」
「あ、ダッソーの、それはそれは!」

ダッソーの名前を聞いた瞬間、店主の態度は露骨に変わった。揉み手をせんばかりの主人の見送りを受けて、デルカッセは店を出た。手に持ったカンテラから漏れる灯りが石畳を照らす。揺らぐ蝋燭の光をぼんやりと眺めながら、デルカッセは考え続けていた。

記事を載せれば、自分は間違いなく今の職を失うだろう。だがそれでもいいではないか。人生とは燃やし尽くすためにあるのではないのか?不完全燃焼でぶすぶす燻り続けるより、一気に燃え上がり、そして灰になる。あの修道士や、その後ろにいる人物は自分を馬鹿だと笑うだろう。だが道化でも構わない。笑いたい人間には笑わせておけばいい。誰に言われたから、修道士にたきつけられたからそうするのではない。自分の意志でそうするのだ。

デルカッセはポケットに入れたままであった眼鏡を取り出して掛けた。視界が明瞭になり、腹が決まったような気がする。デルカッセはもう一度自分の手を見た。この手で、この手が持つ筆で、会社を、社会を、国家を、そして文字通り世界を震撼させることが出来るのだ。今自分は、その機会とチャンスを得た。材料もある。間抜けな上司を誤魔化すことさえできれば、事後検閲の内務省など恐れるに足らない。印刷さえしてしまえばもうこちらのものだ。

知らず、顔に笑みが浮かんでいた。なんともいい気分である。こんな愉快な気分になったのは何年ぶりか。

「・・・やるか」

一瞬、デルカッセの脳裏に妻と子の顔が頭に浮かんだ。だがそれは直ぐに消え去っていた。


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