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No.17077の一覧
[0] ハルケギニア~俺と嫁と、時々息子(転生・国家改造・オリジナル歴史設定)[ペーパーマウンテン](2013/04/14 12:46)
[1] 第1話「勝ち組か負け組か」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:40)
[2] 第2話「娘が欲しかったんです」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:46)
[3] 第3話「政治は金だよ兄貴!」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:55)
[4] 第4話「24時間働けますか!」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:46)
[5] 第5話「あせっちゃいかん」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:07)
[6] 第4・5話「外伝-宰相 スタンリー・スラックトン」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:11)
[7] 第6話「子の心、親知らず」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:15)
[8] 第7話「人生の墓場、再び」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:18)
[9] 第8話「ブリミルの馬鹿野郎」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:17)
[10] 第9話「馬鹿と天才は紙一重」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:22)
[11] 第10話「育ての親の顔が見てみたい」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:25)
[12] 第11話「蛙の子は蛙」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:31)
[13] 第12話「女の涙は反則だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:36)
[14] 第13話「男か女か、それが問題だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:42)
[15] 第14話「戦争と平和」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:07)
[16] 第15話「正々堂々と、表玄関から入ります」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:29)
[17] 第15.5話「外伝-悪い奴ら」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:07)
[18] 第16話「往く者を見送り、来たる者を迎える」[ペーパーマウンテン](2010/06/30 20:57)
[19] 第16.5話「外伝-老職人と最後の騎士」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[20] 第17話「御前会議は踊る」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:47)
[21] 第18話「老人と王弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:48)
[22] 第19話「漫遊記顛末録」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[23] 第20話「ホーキンスは大変なものを残していきました」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[24] 第21話「ある風見鶏の生き方」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[25] 第22話「神の国の外交官」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[26] 第23話「太陽王の後始末」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[27] 第24話「水の精霊の顔も三度まで」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[28] 第25話「酔って狂乱 醒めて後悔」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[29] 第26話「初恋は実らぬものというけれど」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[30] 第27話「交差する夕食会」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[31] 第28話「宴の後に」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[32] 第29話「正直者の枢機卿」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[33] 第30話「嫌われるわけだ」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[34] 第30・5話「外伝-ラグドリアンの湖畔から」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[35] 第31話「兄と弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[36] 第32話「加齢なる侯爵と伯爵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[37] 第33話「旧い貴族の知恵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[38] 第34話「烈風が去るとき」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[39] 第35話「風見鶏の面の皮」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[40] 第36話「お帰りくださいご主人様」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[41] 第37話「赤と紫」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[42] 第38話「義父と婿と嫌われ者」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[43] 第39話「不味い もう一杯」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[44] 第40話「二人の議長」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[45] 第41話「整理整頓の出来ない男」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[46] 第42話「空の防人」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[47] 第42.5話「外伝-ノルマンの王」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[48] 第43話「ヴィンドボナ交響曲 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[49] 第44話「ヴィンドボナ交響曲 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[50] 第45話「ウェストミンスター宮殿 6214」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 18:07)
[51] 第46話「奇貨おくべし」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:55)
[52] 第47話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[53] 第48話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[54] 第49話「結婚したまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[55] 第50話「結婚しないでいたまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:03)
[56] 第51話「主役のいない物語」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:54)
[57] 第52話「ヴィスポリ伯爵の日記」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:44)
[58] 第53話「外務長官の頭痛の種」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:39)
[59] 第54話「ブレーメン某重大事件-1」[ペーパーマウンテン](2010/08/28 07:12)
[60] 第55話「ブレーメン某重大事件-2」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:21)
[61] 第56話「ブレーメン某重大事件-3」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:24)
[62] 第57話「ブレーメン某重大事件-4」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:58)
[63] 第58話「発覚」[ペーパーマウンテン](2010/10/16 07:29)
[64] 第58.5話「外伝-ペンは杖よりも強し、されど持ち手による」[ペーパーマウンテン](2010/10/19 12:54)
[65] 第59話「政変、政変、それは政変」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:41)
[66] 第60話「百合の王冠を被るもの」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:45)
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[17077] 第39話「不味い もう一杯」
Name: ペーパーマウンテン◆e244320e ID:b679932f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/06 18:57
ロバート・エセックス男爵。齢64になるこの老男爵は、アルビオン王弟カンバーランド公爵ヘンリー王子付きの侍従である。ヘンリーとは、病気により陸軍を退役し、彼の家庭教師に指名されて以来、十数年の付き合いだ。不本意な形で軍を退役せざるを得なかった彼の第2の人生が、思った以上に悪くはなく、むしろ波乱に富んだものになったのは、この王子に感謝するべきなのか、どうなのか。少なくとも「退屈」という2字からは、最も程遠い日々であったことは間違いない。

今やエセックス男爵の代名詞となった「塩爺」というあだ名だが、これは岩塩専売所設立の際、責任者としてエセックスを指名したヘンリーが、そう呼んでいたのが、いつの間にか定着したものである(「だってそっくりなんだもん」と、わけのわからない事をのたまうヘンリーに、老男爵がこめかみに青筋を立てたのは言うまでもない)。よく言えば柔軟性があり、悪く言えば落ち着きがない。何事も楽観的に受け止める、そのプラス思考は、一つの才能といえるのかもしれない。個人的には嫌いではないが、元家庭教師としての頭痛と心配の種であることに変わりはない。


そのエセックスは今、自らが使える主人の部屋の前で腕を組み、文字通り手をこまねいていた。


教皇御召艦の聖下の部屋から出てきた王子は顔面蒼白、長年近侍してきたエセックスですら見たことがないような厳しい顔をしていた。部屋の前で待っていたエセックスに目もくれず、与えられた自室に飛び込むように入っていった。聖下と王子の間に、どのような会話が交わされたのかは解らないが、相当厳しいやり取りがあったであろう事は想像がつく。

若いときの挫折は、受け止め方次第では血肉となり、貴重な経験となる。馬鹿な言動には事欠かないが、馬鹿ではない王子なら、それがわかるはずだ。それは、十数年以上近侍してきたこの自分が一番よくわかっている。しばらくそっとしておいてやりたいのは山々だが、そうもいかない。ヘンリーがどうであろうと、相手は待ってくれないのだ。


エセックスは心を鬼にして、艦のロンディニウム到着を知らせるために、ヘンリーのいる部屋の戸をノックした。


*************************************

ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(不味い もう一杯)

*************************************

老人の言葉に、ハヴィランド宮殿の晩餐会会場は凍りついた。

「うん、不味い」

ハルケギニア各地から集められた高級食材を使い、宮廷料理人が腕によりを掛け、時間と手間隙を惜しまずに作り上げた料理を口にした、ロマリア教皇聖エイジス19世の感想である。

確かに、昔からアルビオンの料理は不味いと有名である。「始祖がアルビオンからハルケギニア大陸に降りたのは、その料理に耐え切れなくなったからだ」とか「ガリアやトリステインがアルビオン占領を諦めたのは、その(以下同文)」とか、アルビオン料理に関する小話は尽きないが、あながちジョークとして笑えないあたりにアルビオン料理の真髄が現れている。お世辞にも豊かとはいえない国土では、食材など限られているのは当然だが・・・その、なんと言っていいのか。味オンチというわけではない。アルビオン人も、自分達の食べているものが不味いということは解っている。解ってはいるが、どうしようもないのだ。残念ながら、神はアルビオン人を、他ならぬアルビオン人としてつくりたもうた。何たる悲劇!

ブリミル暦4500年頃、風石を使用した船が民間でも使用されるようになり、大陸との往来が増加すると、多少はその状況は改善された。 自分達でも不味いことは解ってはいたが、観光客に「不味い」「人間の食うもんじゃねえぞ・・・」「おでれえた!」と面白半分に公言されると、アルビオン人のプライドは大きく傷ついた。多くの料理人が、ガリアやトリステインに料理留学に出かけ、空中国土の食環境は劇的に改善された。


それでも、美食大国ガリアに生まれ、料理と恋愛に命を燃やすというアウソーニャ半島で長年過ごした老教皇にとっては、アルビオンの宮廷料理は、到底その舌を満足させるものではなかった。不味い、不味いといいながら、料理を食べ進めるヨハネス19世。この場にヘンリーがいれば「大滝○冶か!青汁か!」と突っ込みを入れるところだが、残念ながらこの場に彼はいない(いても、いつものことだと無視されただろうが)。

カザリン王妃はフォークとナイフを持ったまま固まっており、デヴォンシャー侍従長は頬をひくつかせている。ロマリア連合皇国駐アルビオン大使のグアスタッラ伯爵など、可哀相に、産まれて間もない子牛のように震えて、今にも卒倒しそうだ。

そんな中、ただ一人だけ教皇と同じように食べ進めているのは、アルビオン国王ジェームズ1世。相変わらず感情を顔に表さず、もくもくとナイフとフォークを動かしている様は、悠然として王者の風格が現れている。しかしさすがに、料理人を侮辱されて黙っているわけにも行かず、王はワインで口を潤してから、口を開いた。


「人の家に上がりこんで、金も払わずに飯を食べて『不味い』という人間を、なんと言えばいいのでしょう」
「不味いものは不味い。しかし、不味いなりに食える。だから食べておる」

噛み合っているようで、噛み合っていない会話にも、ジェームズ1世は顔色を変えない。この程度でうろたえていては、ヘンリーのあしらいなど出来るものではない。

「正直は美徳だそうですが、それは諸刃の刃だと愚考いたします。鋭い言葉は人を切りますが、同じく持ち主である自分も傷つける」

ふんッと鼻を鳴らすヨハネス19世。

「若いのに、ずいぶん回りくどい事を言う。あと人生で何回、料理が食べれるかわからないこのわしが、奇特にもアルビオン料理を食べているのだ。それだけでも感謝して欲しいものじゃ・・・もっとも、わしに早く死んで欲しい人間はその例にあらずだが・・・のう、グアスタッラ伯爵?」

強烈な皮肉に、おもわず机に肘を付くグアスッタラ伯爵。顔を引きつらせるこの大使が、非主流派のフランチェスコ会系勢力に擦り寄っていることなど、老教皇には百も承知だ。一体誰のおかげで大使になれたのだと詰め寄ることはしない。それはあまりにも無粋というものである。


「・・・なんとかなりませんか?」

ジェームズがやんわりと取り成すように言う。ある意味、アルビオン人よりあけっぴろなロマリア人は、ヨハネス19世の様な性格を最も嫌う。この、誰彼構わずにぶつける皮肉さえなければ、老教皇も「ネズミ並み」に、ロマリア市民に嫌われることはなかっただろう。

余計なお世話だといわんばかりに、老教皇はそっけなく答える。

「こうみえましても、わしは陛下の倍は生きておりましてな。これまで言いたい事を我慢していたので、今のうちに言っておかないと、すぐにお迎えが来てしまいます。墓の下から叫ばれては、こやつらもたまりますまい」
「長生きしたものが、必ずしも賢明とはいえないと思いますが?」


ハラハラしながら見守るカザリン王妃とは対照的に、ジェームズは、この気難しい老教皇との言葉の掛け合いを楽しんでいた。身内であるヘンリーやカザリンとですら、お付の侍従やメイドの目があり、気軽に話すことがはばかられる王にとって、言いたい事をいい、振る舞いたい様に振舞うヨハネス19世が羨ましかった。いつかは自分も自由気ままな立場になりたいものだと思いながら、置かれた立場と自分の性格が、それが叶わぬ、許さぬことだと自覚している最高権力者のジェームズ1世にとって、それは久しぶりの経験であった。

そんな若き王の心中を見透かしたかのように、ヨハネス19世は手を止めてから口を開く。


「何、王も何れは自由に振舞えるようになるわ。性格など、時間がたてば変わる。変わらずにはいられないというのが人間じゃ。それに」

自嘲気味に呟きながら照れ隠しなのか、軽く鼻の下をこするヨハネス19世

「それに権力は移り気なもの。自分ではしっかりと握っているつもりでも、いつしか離れていくものだ。かつてのロマリアの大王然り、ロペスピエール3世然り・・・そしてわし然り」

「ちょうど女心のようだ」と老教皇が言い、ガザリン王妃が笑ったことで、ようやく会場の空気が緩んだ。この老人の口から「女心」という単語が出ること自体が、あまりにも不似合いであり、それだけで笑いを誘った。


ただ、グアスッタラ伯爵だけが、笑おうとして笑いきれずに、先ほどより盛大に顔を引きつらせていたが。


***


「辛気臭い顔してるわね」


チャールストン離宮でヘンリーを出迎えたキャサリンの第一声である。気が立っていたため、とっさに(いきなり何を言うか)と反感を覚えたが、すぐにキャサリンの言うとおりだと思い直した。実際、今の自分の顔は、とても見れたものではないだろう。

ソファーに身を投げ出すようにすわり、服のボタンを緩めようとして、それすら面倒になり止めた。メイド長のミリーを初めとした使用人たちには「今日はもういい」と下がらせている。他人の顔を見たくはないし、自分の惨めな顔を見られたくなかった。本音を言えば、キャサリンにも今すぐ出て行って欲しいのだが、対面のソファーに座って、出て行く様子はまるでない。


「・・・そんなに、酷い顔をしているか?」
「えぇ、それはもう。カメラがあれば記録しておきたいぐらい。ねぇ、デッサンしていい?」
「・・・君は」

反論しようとしたが、喋るのすら億劫になり止めた。いつもは多弁にして空疎な事を聞いてもいないのに喋りまくる夫の、余りにも異なる態度に、眉をひそめるキャサリン。

「何があったの?」
「・・・」

何も答えずに机の上のシガーケースに手を伸ばし、煙草を取り出す。杖を振ろうとしたところで、再びキャサリンが尋ねてきた。


「・・・ダングルテールかしら?」

「なッ!」


ヘンリーの口から、くわえた巻きタバコが床に落ちた。慌ててもみ消そうとするが、火をつけていないことを確認するとほっと胸を下ろす。自分でもよくわからない焦燥感と苛立ちをくすぶらせながら、ヘンリーはキャサリンを睨む。キャサリンは「なんでもないことよ」と呟いてから続ける。

「教皇のお出迎えをした後の、貴方のその落ち込みよう・・・釘でも刺された?『手遅れになる前に、何とかしろ』って」
「・・・そんなに俺って、わかりやすいか?」

ヘンリーがうな垂れながら言うと、キャサリンは呆れたような視線を向けてきた。

「あのね、貴方と何年付き合ってると思ってるのよ。オムツの取れた頃からの付き合いの私に、隠し事が出来ると思って?」

そういいながらも、こちらを心配しているのが丸解りで、思わずヘンリーの頬が緩む。それを見咎めたキャサリンが、再び眉をひそめながら言う。


「何笑ってるのよ」

「いえ、何も。わが姫様」


おどけた様に膝を突き、女王に杖の忠誠を誓う騎士のように振舞うヘンリー。女王のキャサリンも、当然のように手を差し出す。手の甲にキスをするヘンリーからは、重苦しいものは吹き飛んでいて、いつもの馬鹿なヘンリーに戻っていた。


***


晩餐会の後、ジェームズ1世は執務室にヨハネス19世を招いていた。


「私はこういう時に、始祖の恩寵に感謝いたします」
「たしかに。『固定化』がなければ、2000年以上も前のワインなど、飲めたものではないですからな」

ヴェネト産4330年物のワインボトル片手に不敵な笑みを浮かべる始祖の子孫と、グラス片手にいい笑みを浮かべるブリミル教の最高権力者である老人。コルク片が入らないように慎重に栓を抜き、デキャンタに移すジェームズ。音と香りを楽しんでいたヨハネス19世だが、ふと思い出したように口を開く。

「中々、面白い弟御をお持ちですな」
「えぇ、変わっているという点では、間違いなく面白いですよ」
「仕込めば、そこそこ使える神官になるでしょうな。王族でなければ、スカウトしたいところです」
「・・・あれが、使い物になりますか?」

それまで苦笑していたジェームズが、真顔で尋ね返す。ジェームズは、ヘンリーの楽観的で柔軟な思考をかっていたが、同時に、何事も自分に都合のいいように解し、悪い情報を無意識に過小評価する傾向があり、それは為政者としては重大な欠陥になると理解していた。慎重にして小心であるのに、脇の甘いところがある弟が、教皇の目にはどう見えたのか、それを聞いてみたくなったのだ。

デキャンタの中で揺らぐワインに目をやりながら、ヨハネス19世は答える。

「腐っても聖職者です。多少甘ちゃんでも、理想論者でないと。金儲けが目的の奴や、貴族のボンボン聖職者などが多いのも事実ですが、そんな輩は、途中でふてくされるか何かで、使い物になりません」
「そんなものですか?」
「理想論でコチコチに固まったのも困りますがね。要するに、陛下の弟君ぐらいのが丁度いいぐらいですな。どんな困難でも、笑って吹き飛ばす図太い神経の持ち主であり、なおかつ青臭い理想論者であることが」

怪訝そうに見返すジェームズ1世に、老教皇はいつもの不機嫌そうな表情を浮かべた。

「意外ですかな?この爺にも若い頃はあったのですよ」
「いえ、そういうわけでは」

そういいながら、含み笑いをする白の国の主に、光の国の主はますます顔を顰めた。いつもなら席を立つところだが、目の前のワインを飲まずに帰るのは如何にも惜しいという一念だけが、この老人をとどまらせている。年齢を重ね、老人は堪え性が無くなったが、同時に欲求にも忠実になった。


「・・・ヘンリー殿下は随分と大見得を切ったものですな。陛下も同じお考えと受け取ってよろしいのですな?」

その言葉に、静かに首を横に振るジェームズ1世。

「ジャコバイトに関しては、あれの判断です。許可したのは私ですがね。ヌーシャテル大使からの情報を得た後、『自分に任せろ』と珍しく言ってきたもので」
「そうですか」

おそらく事前に調査済みだったのにもかかわらず、初めて聞いたかのように惚けるヨハネス19世。エセックス男爵からの報告で、ヘンリーと目の前の老人が会談している事実を把握しているジェームズ1世にとっては、白々しいことこの上ない。そうでなければ、ヘンリーを呼び出して詰問するはずがない。


ロマリアからの情報で、ジャコバイト(アルビオン反王家勢力。元来スチュアート大公家こそ正等なアルビオン王と主張する勢力だったが、大公家断絶後、アルビオン新教徒の俗称となった)の拠点が、トリステインのアングル地方(ダングルテール)にある事を掴んだアルビオンだが、その対応策に頭を抱えた。

元々、ジャコバイトを支援していた経緯があるトリステインだが、ジャコバイトがアルビオンを実効支配する事が不可能になると、彼らは次第に煙たい存在となり「アルビオン・トリステイン協商」が成立すると、名実共にお荷物となった。とはいえ、経緯が経緯だけに切り捨てるわけにも行かず、アングル地方に住まわせている。ジャコバイトは自分達を「アルビオン人」だと主張するため、何かと地元領主との諍いが絶えず、手に余ったトリスタニアは、アングル地方一帯を「自治区」とすることで、お茶を濁した。

トリステインにとっては「お荷物」のジャコバイトだが、アルビオンにとってはお荷物どころではない。反アルビオン王家を掲げる彼らの過激派の中には、時折爆弾テロなどの破壊工作を行うものもあり、頭痛の種であった。国家を転覆させるほどの力が無いとは言え、テロを定期的に行われては、国家の威信などあったものではない。

「アルビオン・トリステイン協商」が、ラグドリアン戦争を契機に同盟関係として深化しつつある中、このジャコバイト問題だけが両国間に残された。


「たしかに殿下の言葉にも一理あります。下手に強攻策にでれば、反発は必死ですからな」


ヨハネス19世の言うとおり、この問題は「アルビオンの内政問題」であり「トリステインの内政問題」であり「両国の外交問題」でもあるところに、解決の難しさがある。

ロマリアからの情報で、アングル地方にジャコバイトの拠点が掴んだことを確認したアルビオンだが、だからと言ってどうすることも出来ない。同盟国とはいえ、他国の領土に軍を送って、掃討作戦など行えるはずが無いし、そんなことをすれば、同盟関係など一夜にして崩れ去る。かといって、なにも行動しないということはありえない・・・

トリステインとしても実に悩ましい。が強攻策に出れば「アルビオンからの外圧に屈した」という批判がトリステイン国内に出ることは避けられないし、新教徒の多い旧東フランク地域諸国との関係悪化は必須だ。とはいえ同盟国の申し出をむげには出来るはずもない・・・


アルビオンは「ダングルテール虐殺だけは勘弁」というヘンリーにより、トリステインに「テロの取り締まりを申し入れる」(正式な外交ルート)と「穏便な対応を求める」(私的な外交ルート)の2本立てでいくことに決定した。ラグドリアン講和会議で、ヘンリーがトリステイン内務卿のエギヨン侯爵に申し入れたのは、そういう経緯がある。


~~~


兄と教皇が自分達と同じ話をしていると知るはずもないヘンリーは、キャサリンに今までの経緯を話し終えていた。

「何重にもほぐれて縺れた糸みたいだよ。結び目がいくつもこんがらがって、互いに互いを引っ張り合っている」
「だけど、貴方はハサミでちょん切ったり、火を付けたりはしたくないのでしょう?」
「当たり前だ!」

拳で殴るように机を叩くヘンリー。

「俺の関係するところで、感知するところで、そんなことをさせてたまるか!」
「貴方!」

珍しく興奮し、感情をあらわにしたヘンリーだが、気まずそうに頭をかきながら「悪い」と謝る。

「それで、何か考えているの?」

目をそむけるヘンリー。答えたくないのか、答えが無いのか。キャサリンは身を乗り出して、もう一度尋ねた。

「貴方?」
「・・・正直、現状維持が一番いいと思う」

ヘンリーの言葉に、キャサリンは苛立ち混じりの声で詰問する。

「何よそれ。何も考えてないって事?貴方は、代打策も示さずに一人前のことを言っていたの?言うだけなら、子供にだって出来るわよ」

あえて挑発するように言ったキャサリンだが、ヘンリーは静かに首を横に振った。その仕草は、まさに兄であるジェームズ1世と瓜二つであった。


「・・・まぁ聞いてくれ。アルビオンとしては、トリステイン政府に期待するしかない。トリステインも、安易な強攻策は取れない中で、出切る事は限られている」

キャサリンが頷くのを確認してから、ヘンリーは続ける。

「この問題の根っこは、ジャコバイトの反アルビオン姿勢が軟化する可能性が、すぐには望めないことだ。アルビオン王家は代々、新教徒を弾圧してきたからな。加害者であるこちらが許してくれといっても、被害者の子孫が許すわけ無いさ。特に、未だに『アルビオン人』の意識が強い彼らは」
「・・・相容れない存在ってわけね」

目を伏せるキャサリン。先祖の功績も罪悪も背負い続けるのが、王族の宿命だ。たとえそれが、自分があずかり知らないことであっても、逃げることは許されない。

ヘンリーも硬い表情を崩さずに続ける。

「それに強制追放したとしても、根本的な解決にはならない。むしろ、各国にテロの温床を散らばらせるようなものだ」

そこまで言うと、キャサリンはようやくうなずいた。


~~~

「トリステインに監視させるわけです」

ジェームズ1世は、弟の言葉をそのままヨハネス19世に語っていた。

「一箇所に集まってくれているのです。逆に言えば、監視がしやすいということ。武器弾薬などの流入だけを厳に取り締まってもらえば、わが国としても結構です」
「元々はトリステインがまいた種じゃからな。収穫までは面倒を見てもらおうということか?」
「いかにも」

うなずいてから、デキャンタを持ち上げるジェームズ1世。軽くグラスに注ぎ、口に含む。うむ、程よい頃合だ。

「わしの派閥の選挙には、役に立ちそうには無いが、まぁいいだろう」

元々、ロマリアがジャコバイトの情報をアルビオンに伝えたのは、新教徒対策で点数稼ぎをして、次の教皇選挙を有利に進めたいという思惑があった。ヨハネス19世としてはどちらでも良かったのだが、支持勢力のイオニア会やガリア派に突き上げをくらい、何らかのアクションを起こさざるを得なかったのだ。ヘンリーの対応は、ヨハネス19世にとって望ましいものであった。

「大人の解決」を示した、見た目とは裏腹に慎重なヘンリーの対応に満足するヨハネス19世。しかしこの老人は、どんな事にも何か小言を言う性格。やはり今回の対応にも、一言注文をつけた。


「問題の先送りにならなければいいがな。たとえ一時は批判されようと、やらなければいけない時にやらなければ、後の人間が苦労するからの」
「それは、後のことはどうでもいいとお思いだからではないですか?」
「・・・何じゃと?」
「もうすぐ召される聖下だから、そう思えるのではないですかといっているのです」


グラスにワインを注ぎながら平然とした顔で毒を吐く、自分の半分しか生きていない国王に、ヨハネス19世は一瞬あっけにとられた後、大きく笑い声を上げた。


「かーっはっはっはっはっっはっはっは!!・・・き、貴様、中々言うではないか!」


笑いが収まらないのか、肩を震わせるヨハネス19世に、ジェームズ1世はグラスを持ち上げながら答える。


「問題の先送りになるかどうかは解りませんが、私も、今はこれが次善の策だと考えます。最善でなくてもよいかと」

ようやく笑いが収まった老教皇は、いつもの不機嫌そうな顔で言う。

「貴様の弟は耐えられるのか?アレは優しい小心者だ」
「存じております」


何せアレの兄ですからというジェームズは、珍しく口元を緩めながら答えた。



~~~


「根本的な解決にはならんことはわかっているさ」

苦しげな顔で、ヘンリーは言う。

「何でもかんでも、一気に片付けようというほうが間違っている。数百年掛けて積もった恨みは、最低でも同じ数百年掛けなければ収まるはずが無いんだ。テロだけは断固として取り締まりながら、ジャコバイトが「トリステイン国民」になるのを待つ。これしかないだろう」

ヘンリーはキャサリンと向き合うように座り直した。両手を組んで机の上に置き、誰に問うとでもないのだろうが、呟いた。


「キャサリン・・・俺のは問題の先送りか?現状の問題に目を瞑り、見えない、聞こえない振りをして、ダングルテール虐殺を子孫に・・・アンドリューたちの世代に先送りしているだけなのか?」


キャサリンは何も言わず、ヘンリーの両手の上から、自分の手を重ねあわせた。



~~~



「あれには、共に立つ者がいますから」


その言葉に、面白くもなさそうに鼻を鳴らすヨハネス19世。愛だの恋だのといったこととは全く無縁だった自分へのあてつけにしか聞こえない。


「・・・まぁいい。この話は終わりだ。で、何に乾杯する?」


同じくグラスを掲げた老教皇に、ジェームズ1世は答えた。



「そうですね・・・『未来に』というのはどうです?」



「・・・貴様、言っていて恥ずかしくないのか」

「・・・多少」


頬をうっすらと染めた若き王を、楽しげに眺めながら、ヨハネス19世はグラスを掲げた。





「「未来に」」







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