やあ、みなさん。こんにちは・・・ごぶさたしています。アルビオン王弟のカンバーランド公爵、ヘンリーです。
突然ですが、妻が口をきいてくれません。
いいわけするんじゃないんですがね。だってさ。アルビオンのワインってさ、葡萄の種と皮だけ絞ったみたいに、渋くて苦いんですよ。それをね、この世界に生まれてこの方、ずっと飲まされてきたんですよ。ガリアやロマリアへ出かける用事が出来たときは、お小遣いをはたいて、ワインを買い集めるのが楽しみなんだ。高いんじゃなくていいの。安いワインで。それでもアルビオンのぶどうジュースの出来損ないみたいなやつよりは、ましだから・・・どうよ、この慎ましやかな贅沢?
そんな環境で育ってきてさ。常日頃から、美味い酒には飢えてるんですよ。
トリステインワインの中でも、高すぎず安すぎず、庶民が贅沢して手の届くぐらいの値段で知られるタルブ産のワインを出されて、ちょっと羽目を外して、かぱかぱ空けちゃったのは、そんなに責められる事じゃないと思うんですよ。
それで、キャサリンが悪酔いしやすいっていうことを、きれいさっぱり忘れちゃってたのも、無理ないと思うんですよ。その悪酔いに、乗っかっちゃったのも、そんなに悪くないと思うんですよ。だってさ、いつもツンケンした態度の目立つ彼女がさ「あ~な~た♪」とかいって、甘えてくるんですよ?据え膳食わぬは、アルビオン男児の名が泣きますよ。
そして、ラグドリアン湖畔で繰り広げた「きゃははは」「うふふ」(目撃者多数)
「・・・もう一度、生まれ変わりたい」
「いや、生まれ変わらなくていいから。ずっと墓の下にいていいから」
・・・泣いてもいいですか
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ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(酔って狂乱 醒めて後悔)
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後に「ラグドリアン会議」と呼ばれることになる、ガリアとトリステインの講和会議は、予定の5日をはるかにオーバーして、2週間にわたって続いた(そのため、トリステイン王国領の地元の領主は、水の精霊に平身低頭謝り続けたとされる)通常こうした国際会議では、事前に入念な調整が行われる。大筋で合意してあるので、会議自体は、どれだけ波乱があろうとも「出来レース」である場合が多い。しかしラグドリアン会議は、この「出来レース」はすぐに崩れ、ガリアとトリステインの「チキンレース」と化した。その理由は、両国ともに、国内世論の一本化に失敗したためである。
トリステインは国内の反講和派を睨みながら、最後までガリアとの条件闘争を続けた。
国王フィリップ3世、宰相エスターシュ大公を初め、主だった閣僚は、講和で一致していたが、細部の条件となると、閣僚間でも意見噴出でまとまらず、一応は首席全権のリッシュモン外務卿に一任された。だが、下手な条件で妥協すると、反対派の牙城である高等法院が、条約の受け入れを拒否しかねないという危険性があった。その場合、責任はエスターシュだけに止まらず、フィリップ3世の権威失墜に繋がりかねない。そうした微妙な国内の政治バランスに配慮しながら、ガリアと交渉するという綱渡りを、リッシュモンは強いられていた。
ガリアはガリアで、内憂外患の悩みを抱えていた。
「太陽王」の死後、ヴェルサイテル宮殿では、宰相のバンネヴィル侯爵を筆頭とした前国王派(宰相派)の閣僚と、現国王シャルル12世の側近集団が主導権争いを繰り広げていた。互いが互いを蹴落とそうと、講和条約に関しても「無条件賛成派」「条件付賛成派」「断固反対」と、トリステイン以上に方針が定まらず、仲介交渉にあたったロマリアのエルコール・コンサルヴィ枢機卿は「リュテイスは、頭が複数ある竜のように、意見が定まらない」と、一時交渉を諦めたほどだ。そんな不穏な空気の漂うガリアを見透かしたかのように、イベリア半島のグラナダ王国が蠢動しているという噂が流れた。先王の三度による遠征によって、服従を強いられたこの国は、虎視眈々と独立の機会を狙っていたのだ。そして、先の戦争を巧みに利用して独立を果たし、着々と基盤を固めつつある不気味な存在-ゲルマニア王国のこともある。
この状況を重く見たガリア国王シャルル12世は「講和条約の締結」でリュテイスの意見を統一し、会議の開催にこぎつけたという経緯がある。もしこの会議が失敗に終わると、就任してまだ2年目と権力基盤の弱いシャルル12世には、致命傷になりかねない。ガリア側の首席全権であるサン=マール侯爵は、宰相派とも、シャルル12世の側近集団とも距離があるという理由で選ばれた。中立派といえば聞こえはいいが、どこにも足場が無いということ。講和会議が失敗に終われば、自分に訪れるであろう「失脚」の2文字に、自然と厳しくなる顔で、サン=マール侯爵は会議に臨んだ。
どちらも折れる事は許されず、机の下で互いの足を蹴っ飛ばし、踏みつけながら、美辞麗句で着飾った「早よ譲らんか」「己が先に折れんかい」という言葉の応酬が続いた。もっとも、サン=マール侯爵も、リッシュモン伯爵も、悲観はしていなかった。共に最高意思決定者の「何が何でも講和条約を結んで来い」という意向を知っていたので、いざとなればトップ同士で何とかするだろうという安心感があったからだ。
奇妙な「チキンレース」が続く中、使節団を派遣した各国は、交渉の行方に気を揉みながら、それぞれが情報を交換し合い、会談や密談、時には商談を繰り広げていた。
言葉の応酬だけでは、余りにも殺伐としている。恋愛と交渉は同じ。雰囲気が大切なのだ。ぎすぎすした空気を緩和させるために、食事があり、ユーモアがあり、そして
「おや、ヘンリー殿下。トリステインのワインはお口に会いませんか?」
「い、いや・・・そういうわけでは・・・」
赤ら顔でグラスを持ち上げているのは、トリステイン王国内務卿のエギヨン侯爵。「ルネッサ~ンス」という言葉が実に似合いそうな髭と体格の持ち主だ。エギヨン卿はいかにも人のよさそうな顔を、酔いで赤く染めながら、ワインに手をつけないヘンリーを、いぶかしげな目で見ている。酔わせて口を滑らそうというのではなく、純粋に「これ旨いから飲んでみなさい」という、親戚のおじさんのノリだ。
下手に断れば角が立つと、苦笑いで誤魔化そうとしたヘンリーに代わって、彼の弟が答えた。
「兄上は一度痛い目にあってますからね」
「う、ウィリアム・・・」
アルビオン王ジェームズ1世の末弟、モード大公ウィリアム。彼は「王子様」っぽい、王子様だ。絵本の中にしか出てこないようなケバケバしい衣装でも、軍服でも、たとえ平民のボロ服であっても、彼が着れば、それらはウィリアムが着る為に作られたのかと思わせる気品が、彼にはある。何をしてもさまになるという、キザったらしいこの弟は、先ほどから何本瓶を空けたか解らないぐらい飲んでいるはずなのだが、一向に顔色も、飲むペースも変わらない。ハンサムなくせに酒にも強いという、本当に嫌な男だ。
エギヨン卿は、興味を引かれたのか、ウィリアムの話に食いついた。
「ほう、どのような話か、ぜひお聞かせいただきたい」
「それがですね・・・」
だから、やめいっちゅうに・・・こら!ウィリアム、たまにはこの兄の言うことを聞け!
「貸しにしておきます。いつか返してくださいね?」
そういって、ウインクするこの馬鹿の顔に、グーでパンチを入れたくなる気持ちを必死に抑えた俺はえらいと思います。公共の場所で王族同士が殴り合いの喧嘩をしたら、外聞が悪すぎる。何より「貸し」がどれほど膨らむかわかったものじゃない。
昔は「ヘンリーお兄様!」とか言いながら、三歳年上の俺にじゃれ付いていたこの弟は、いつの間にか、クソ憎たらしいガキに成長していた。ハンサムなだけなら許せるが、こいつは仕事も出来やがるんですよコンチクショウ・・・
聡明で知られた弟は、モード大公家の一人娘であるエリザちゃんと婚約して、大公家を相続することが早くから決まっていた。そのままいけば、順風満帆で御気楽な生活を送れたはずなのに、例の、アルバートが学長を務める官僚養成学校2期生の名簿に、こいつの名前を見つけたときは、椅子からひっくり返らんばかりに驚いた。なんでも「エリザにふさわしい男になるため」に入学を決意したとか。なんです、そのカッコいいお答え。性格までハンサムですかこの野郎。
海兵隊並みのド汚い言葉でのスパルタ教育がモットーのところで、王族がやっていけるのかという、兄らしい思いやりは「ウィリアム殿下が、校内の不良グループを纏め上げた」だの「知力体力ともに優秀で人望が厚い」だのという報告によって、一瞬でもそんな事を考えた俺を、猛烈に後悔させた。父親のエドワード12世や、兄のジェームズ皇太子(当時)から、猛烈なプレッシャーを与えられる俺の心痛など知るはずも無いウィリアムは、実にのびのびと学生生活を楽しみ、案の定というか、実力によって、養成学校を首席で卒業。そしてウィリアムは、先代大公の隠居に伴い、モード大公家の家督を相続。今では大公領の行政の傍ら、財務省官僚としても働いているというスーパーマンぶりだ。
一体いつ寝てるのか・・・とおもってたら、去年、エリザちゃんとの間に、男の子(チャールズ)が誕生した。
わーおめでとう(ぱちぱち)
・・・何故だろう。猛烈な嫉妬を覚えるよ?
ジョセフ、君の同士になりたいな
真面目な話で言うと、この弟と、どう向き合ったものか困っているのが現状だ。個人的には掛け値なしに気のいい男だから、酒を飲んだりして一緒に騒ぐ友達としては、これ以上魅力的な奴はいない。しかし彼が「胸革命」のパパだと知っている身からすれば、そうも言ってはいられないのだ。エリザちゃんっていう可愛い嫁さんがいるくせに、妾までこさえるとは。しかも胸革命のお母ちゃんってことは、相当の・・・げふん、がふん。
今なら「世界扉」開いて、異世界から死ね死ね団を呼べそうだぜ・・・
閑話休題
『レコン・キスタ』の3年前、原作開始の4年前にモード大公は、テファニアとその母の存在がばれて、ロンディニウムで自害。テファ母子を確保するために、アルビオン王政府は軍を派遣し、大公家やテファの匿いに加担したサウスゴータ家はお取りつぶしとなった。これを恨んだサウスゴータ太守の娘であるマチルダが、貴族専門の泥棒となって「忘却」で難を逃れたテファを、養うことになる。「土くれのフーケ」誕生というわけだが・・・そんなことはささいなことだ(あの胸は些細ではないが・・・)
問題は「モード大公お取りつぶし」の理由が、決して表ざたには出来ない理由だということにある。封建領主としての国王が、王たるものとして認められるには、何が必要か。この世界ではまず「魔法」を使えることだが、それは王以前に、貴族としての常識であるので、ここでは問題ではない。
それは「公正な裁判」を行うことだ。
鎌倉幕府初代将軍の源頼朝は、自身は一人の直轄兵が存在しないにもかかわらず、将軍として独裁的な権力を振るえた。それは、頼朝の下す判決が、筋の通ったものであり、例え親族といえども、法に背いたものには、厳しい処分を下したからだ。武士にとって、命よりも大事な私有地である領地に関わる紛争では、常に公正な判決を心がけた。誰もが納得する判決はありえないが、道理に通った判決を下すがゆえに、直属の兵が無いにもかかわらず、頼朝は将軍として振舞うことが出来、彼の裁定に誰もが従った。
彼の死後、将軍となった息子の源頼家は、この反対をやった。身びいきの判決に、妻の実家である比企氏の優遇。感情に任せての情実判決・・・結果的に頼家は強制的に隠居させられ、最後は暗殺されるという結末をたどった。
ジェームズ1世の下した「モード大公家お取りつぶし」を、真の理由を知らない貴族達が、どのように捉えたか、誰だって想像が付く。なりふり構わず、王権強化に邁進し始めた(様に見える)老王に「次は自分」との思いを深めた貴族の前に、刺青を入れた女秘書があらわれれば・・・水の秘薬を使う必要も無い。
逆に言えば、この「モード大公事件(仮称)」さえ防ぐことが出来たら、後はどうとにでもなるということだ。今、アルビオンでヘンリーが主導して進めている、地道な中央集権化を続ければ、表立って反抗しようという勢力は国内にはいなくなる。原作開始まであと30年、十分間に合う計算だ。
だが、テファの母ちゃんと、どこで出会ったんだろう・・・それがわからないと、手の打ち様が無い。今のウィリアムとエリザちゃんとの夫婦仲を見ていると-それにあいつの性格上、妾を作れるほど、器用でもないし、とてもじゃないが、想像できない。かといって「浮気するなよ」と、正面から言うわけにもいかない。(どんな嫌味で返されるか、わかったもんじゃないしな)弟の周りを監視させるか・・・ばれたら、言い訳の仕様が無いな。政治的に俺の立場が不味くなるわけだし。それこそ、下手に感情がこじれて「モード大公が謀反!」ともなりかねない。
個人的な関係だけで、どうこうなるほど、王族は気楽な家業ではないのだ。
さて、どうしたものかね・・・
突然黙り込んだ兄が、そんな事を考えていると走るはずも無いウィリアムは(どうせ、新しいメイド服のデザインでも考えているんだろうな)と思いながら、エギヨン卿と埒もない話を交わしていた。
日頃の言動は、やはり大切である。
「いやーっはっはは!ウィリアム殿下、それは面白いですな」
「いえいえ、エギヨン卿のお話も実に興味深いものがあります」
デキャンタを手づかみにして、手酌でワインを注ぐエギヨン卿。相当酔っている様に見受けられる。役目を取られたメイドが、所在なさげに佇んでいるのを、気の毒に思ったウィリアムは、手で下がってよいと命じた。
そして、部屋の空気が一変した。
「・・・そろそろ本題に入りましょうか」
それまで自分の斜め前の席で、馬鹿笑いをしていたはずのエギヨン卿の顔は、酔いが一気に抜けたかのように、一瞬で素面に戻った。とっさに、今まで飲んでいたものが、ただの水だったのではないかと、疑ったほどだ。侯爵の変わりように息を呑むウィリアムの前で、エギヨン卿は腰に指した杖を振るおうとしたが、ヘンリーがそれを止めさせた。
「『サイレント』を掛ければ、密談していますといわんばかりじゃないですか?」
「・・・それもそうですが」
「ご安心を、人払いはしてあります」
エギヨン卿の息は酒の臭いがしており、先ほどまで浴びるように飲んでいたのが水ではないということの、これ以上ない証明になっていた。ということは、先ほどまでの振る舞いは・・・
今まで経験したことのない感覚に、いい知れぬ感情を覚えるウィリアム。そして、横に座る兄が、平然とそれに対応しながら、かつ対等に会話をしていることに、畏敬の念と、かすかな嫉妬を覚えた。ウィリアム昔からこの三歳しか年の離れていない兄に勝てる気がしなかった。国王であるジェームズ兄さんのように、尊敬できる人格ならまだ許せるが、いつもの態度が態度なだけに尊敬できるはずがない。なのに、専売所や領地再編といった行政改革の影にはいつもこの兄の影があった。
自分と大して年齢の代わらない兄が、政治の中心にいることが悔しくて、なんとか追いつこうと、努力を重ねてきた。だが、その「努力」が、いかに子供じみたものであったのか、たった今、身をもって思い知らされた。
何も言うことが出来ず、黙り込むしかないウィリアムを横目に、ヘンリーが本題を切り出した。
「西沿岸部のアングル地方ですが、いまは誰が管理しておられるのですかな?」
「・・・なるほど、ジャコバイトですか」
「お分かりなら話が早い」
現在では同盟関係にあるトリステインとアルビオンも、かつて杖を交えたことがあった。ブリミル暦4544年、トリステイン国王アンリ4世が、アルビオンの王位継承権を主張したことに始まる四十年戦争(アルビオン継承戦争。4544-4580)である。
この時、アルビオンのスチュアート大公家は、大公ヘンリー・ストラスフォード3世の妻がアンリ4世の姪という関係から、アルビオン王家に反家を翻した。十数年にも及ぶ内乱の末、ヘンリー・ストラスフォーフォ3世は戦死。その子ジェームズは、トリステインに逃れた。ジェームズ・スチュアートは「アルビオン王ジェームズ3世」を名乗り(老僭王)と称された。トリステインもジェームズ3世を「正等なアルビオン国王」とみなしたが、敗戦国の主張はむなしく響くばかりであった。
このジェームズ三世とその子孫こそ、アルビオンの正当なる支配者だと訴えた人々を総称して「ジャコバイト」と呼ぶ。トリステインに亡命した大公派の貴族や家臣とその子孫が中心となり、長く反王家勢力の中核として、アルビオンを苦しめた。5900年のアバディーン騒乱で、スチュアート大公ジェームズ8世が戦死したことにより、大公家は絶えた。これをきっかけに、ジャコバイトを構成していた貴族や家臣の子孫達は、各地へ四散し、あるものはトリステインに仕え、あるものはアルビオンへと密かに帰還していった。
かわって「ジャコバイト」を自称するようになったのが、アルビオンの「新教徒」である。実践教義が唱えられるようになった頃のアルビオン王は、熱心なブリミル教徒が多く、新教徒を迫害していた。そんなアルビオン国内でも、スチュアート大公領では、迫害されることもなく、逆に庇護を受けた。
ヘンリー・ストラスフォード3世としては、反王家勢力として使えるものは何でも使う考えから行った行為だったとされるが、新教徒にとってはまさに唯一の希望で。こうした経緯から、四十年戦争の際、スチュアート大公を中心とする反王家勢力の中核として、新教徒が行動したのは、むしろ自然なことであった。ヘンリー・ストラスフォード3世死後、その子ジェームズと共に、多くの新教徒が、トリステインに逃れた。彼らは、大公家が絶えた後も「ジャコバイト」を名乗り続け、アルビオンの反政府勢力として活動を続けている。
アルビオンにとって、ジャコバイトは「うっとうしい」存在であった。すでに王家を打倒するほどの勢力は無いが、時折思い出したかのように引き起こす爆弾テロや、破壊活動は、アルビオンの威信を傷つけるには十分だった。このジャコバイトの大陸での拠点が、おそらくトリステイン国内にあるであろうことは、アルビオン側も把握していたが、それがどこにあるかまでは特定できていなかった。それが、新教徒駆除をアルビオンにしてもらおうという思惑から、ロマリア教皇大使ヌシャーテル伯爵がもたらした情報によって、アングル地方(ダングルテール)にある事を掴んだ。
ロマリアの手のひらで踊ることは気に食わないが、ジャコバイトを何とかしたいのは、アルビオンも同じ。こうして、奇妙な同盟関係が、2国間の間で成立した。
この情報をパーマストン外務卿から聞かされたヘンリーは、何もかも放り出して、修道院にでも籠もりたくなった。ヘンリーからすれば、この情報は「モード大公事件(仮称)」についで、一人で背負うには、あまりにも重過ぎる-ダングルテール虐殺事件へのフラグに他ならない。
かといって、何もしないというわけにもいかない。この地方にジャコバイトの拠点があることは、ヌシャーテル大使からの情報提供の後、アルビオンも独自に調査を行って、事実であることを確認している。手を打たずに、ずるずると破壊活動を継続されてはたまらない。なんとか、穏便な形でお引取り願いたいのだが・・・そう上手く行くかどうか。
パーマストン外務卿や、ロッキンガム宰相とも相談したヘンリーは、ともかく、当事者であり、全ての種をまいたともいえるトリステインに「われ、てめえの尻はてめえで拭きさらさんかい」とかましを入れることにした。同盟国相手に、余り強いことはいえないが、それでもこの件に関しては、完全にトリステインに原因があるため、強気に出ることが出来た。
「・・・ジャコバイトの存在は、我が国としても確認いたしております」
「地元の領主は何をしておられるのです?まさか、新教徒だとでも・・・」
その言葉に、苦々しげな表情になるエギヨン卿。トリステインとしても、ジャコバイトの扱いに頭を悩ませているのだろうということを窺わせた。
「あの地方は、実は王政府の直轄地でして・・・誤解しないでいただきたい。トリステインとして、あのもの達を支援しているわけではないのです」
「・・・にわかには信用しかねますな」
トリステインが四十年戦争後、長きにわかってジャコバイトを支援してきたことは、公然の事実である。エギヨン卿は、ヘンリーの言葉に慌てて否定するでもなく、疲れた顔で見返した。先ほどまでの馬鹿騒ぎは、むしろ疲れを誤魔化すための空騒ぎだったのかもしれないと、ウィリアムには思えた。
「我が国の貴重な同盟国であるアルビオンにとって、不利益なことは致しません。先の戦争でも、貴国の補給活動がなければ、どうなっていたか・・・」
「ハノーヴァーは日和見しましたからね」
「・・・否定は致しません」
ため息をつきながら、エギヨンは続ける。
「信じる、信じないはお任せしますが・・・アバディーン騒乱以降、我が国はジャコバイトを支援しておりません」
エギヨンの言葉に嘘は無い。トリステインとアルビオンの関係改善が進み、現在の様な同盟関係となるなかで、ジャコバイトはむしろ足手まといな存在となりつつあった。特に今回の戦争で、アルビオンとの同盟関係が、トリステインの生命線だということが明らかになった今、火遊びをしている余裕は無い。
ヘンリーはワイングラスに視線を落とした。
「アングル地方にジャコバイトを与えたのは・・・」
「与えたのではありません。勝手に住み着いたのです」
強い調子で、ヘンリーの言葉を否定するエギヨン。よほどジャコバイトが腹に据えかねているんだろう。こりゃ、よほど強く申し入れを行わないと、強制改宗とかいいかねないな・・・
ヘンリーが懸念を深める中、エギヨンが説明とも愚痴とも付かぬことをいい続ける。
「アバディーン騒乱で敗れた新教徒たちが『入植』と称して、あの地域に住み着いたのです。当時のアングル地方は水に乏しい荒地で、人より獣が多い土地でした。我が国といたしましても、荒地を開拓してくれるならという程度の気持ちで、追認したのですが・・・
それが間違いだったとエギヨンは言う。
独立独歩の姿勢を崩さない彼らは、実践教義を実践し、慎ましやかな生活を送っていた。まともな産業も無いため、税収を取り立てることは難しく、そのうえ、トリステインへの帰属意識が極めて薄いとあって、歴代の領主とはことごとく対立。そのため、名目上は王政府の直轄地ということにして、一種の「自治区」を形成することにした・・・
「・・・というわけです。歴史的経緯もありますし、無碍に扱うわけにもいきません」
ヘンリーは「虐殺フラグ」を避けるために、釘をさすことにした。
「あらかじめ言っておきますが、強制改宗はできれば避けていただきたい。無論、火あぶりだの、拷問での改宗を迫るのは論外です」
ジャコバイトに苦しめられているアルビオン王族とは思えない発言に、訝しがるエギヨン卿。アングル地方を管轄する内務省のトップであるエギヨンとしては、当事者の穏便な解決を望む発言はありがたいかぎりだが、ヘンリーの真意がわからない。
ヘンリーはワイングラスを手に取り、口をつけようとして・・・止めた。透き通った赤いワインの色が、一瞬、血の色に見たのだ。頭を振りかぶって、嫌な考えを追い出してから、ヘンリーは答える。
「強攻策ばかりでは芸がありません。押して駄目なら引いてみろ。それに・・・」
「それに?」
「・・・寝覚めが悪いのは嫌ですからね」
ヘンリーは最後まで、ワインに口をつけなかった。