ラグドリアン湖-トリステインとガリアの国境に位置する、ハルケギニア有数の景勝地。広さは六百平方キロメイル。水の精が住まう湖は、いつも満々と水をたたえており、訪れる者に何らかの感慨を抱かせずにはいられない。
ド・モンモランシ伯爵家は、ブリミル暦3000年代からこの地を治め、代々トリステイン王家と、湖の主である水の精霊との盟約の交渉役を務めてきた。
交渉役とはいうものの、その実情は、「呼び出し係」に過ぎない。水の精を呼び出した後は、王族が水の精と一対一で交渉・契約するのを見守る。そして万が一の時には、自らの身を投げ出して王族を守る-とされていたが、実際には水の精が、古き盟約の盟主たるトリステイン王家の者に危害を与えることはありえない。
それなら交渉役など必要ないように思えるが、そうではない。
いくら「彼女」の時間の概念が、人間からすれば、気の遠くなるようなゆっくりとしたものとはいえ、用のある時だけ訪れて「後は知らん」といわんばかりの態度をとれば、誇り高き精霊でなくとも、気分を害する。
つまり交渉役とは、水の精霊の「ご機嫌伺い」なのだ。
モンモランシ伯爵家の前の交渉役は、この「ご機嫌伺い」を何年かサボった。そのため、就任したばかりのトリステイン国王ルイ8世が、水の精霊と契約を行うためにラグドリアン湖畔を訪れた際、交渉役は、自身の使い魔を、精霊の元に送った。
だが
「そなたの血に覚えはあるが、そなたは誰だ?」
モンモランシ伯爵家の家祖であるユーグリッド・ド・モンモランシは、ルイ8世の侍従として、契約の場に立ち会っており、呆然としてなすすべを知らない交渉役に痺れを切らした国王から「ユーグ!貴様が何とかしろ!」というムチャぶりを受けて、三日間かけて、水の精霊の機嫌を取り戻し、契約にこぎつけた。
そのとき、家祖ユーグリッドが、水の精霊の関心を引こうと、使い魔であるカエルと漫才をしたり(一瞬たりともウケなかったが)、腹踊り(同前)した事は、モンモランシ伯爵家の触れてはいけない歴史である。
そんなわけで、モンモランシ伯爵家の若き当主であるロラン・ラ・フェール・ド・モンモランシも、腹踊りこそしないものの、三日に一度は湖を訪れて、トリスタニアを離れられない国王フィリップ3世やマリアンヌ王女に代わり、精霊のご機嫌を伺う日々を送っていた(そのため、代々モンモランシ伯爵家は、トリスタニア務めや、軍役の一部を免除されている)。
そして、現在、水の精霊はというと―――若き当主がご機嫌伺いをするまでもなく、不機嫌の極みにあった。
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ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(水の精霊の顔も三度まで)
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明鏡止水-波風の立たない水面のように、心を平穏に保てば、あるがままの物事を感じ取れる・・・という、異世界の言葉を、モンモランシ伯爵は知らない。もっとも、知っていたところで、目の前の、波一つ立たない湖面に、心穏やかでいられるわけがないが。風が無いわけではない。先ほどから春の香りを伴う涼風が、周囲の木々の枝葉を揺らし、自分の頬を撫でている。
では何故、湖面が揺らいでいないのか?
(怒ってる・・・)
そう、ラグドリアン湖の主である「彼女」が怒っているのだ。
水の精霊が感情を表す手段は、そう多くない。水害をわざと引き起こすことは、多くの生命(人間ではない)を危機にさらすので、彼女の好む手段ではない。もっとも、あくまで「好まない」だけで「やらない」わけではない。容易に行動へ移れないとあれば、言葉で表現するしかないが、人間ごときにむかってわざわざ「あれこれが気に食わない」と伝えることは、そのプライドが許さない。数えるほども馬鹿らしい年月を存在し続けた精霊のプライドは、下手な貴族よりも高いのだ。
不機嫌な彼女が、まず行う「表現」は、自らの分身である湖を満たす「水」総てに、意識を集中させること。これでも気が付かなければ、今度は自分の存在をじわじわと増加させて、水位を上昇させる。それでも気が付かなければ、最終手段の「水害」で主張する。構って欲しいけど、素直に伝えることはプライドが許さない―残念ながら「ツンデレ」という言葉を、モンモランシ伯爵は知らない。自分を振り回す、プライドの高い精霊にため息をつくだけだ。
そんな彼の心痛の種を増やすように「どうだ?『お姫様』のご機嫌は」という言葉が投げかけられ、湖面を厳しい顔で見つめていたモンモランシ伯爵は慌てた。水の精に聞かれたら、体の膨張という「第2段階」に進みかねない。
慌てて「素人は引っ込んでいろ」と怒鳴りつけてやろうと振り返ったのだが、モンモランシは自分の考えを実行に移さなかったことに、安堵すると同時に、面倒な奴がやってきたと、軽い頭痛を覚えた。
「ら、ラ・ヴァリエール公・・・」
ピエール・ジャン・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵。トリステイン南西部ブロワ地方を治める、国内有数の大貴族にして、王家の庶子を祖とする名門ラ・ヴァリエール公爵家の現当主。モンモランシと同じ26歳の若さでありながら、魔法衛士隊隊長として数々の戦功を上げており、その名は各国に知れ渡っている。その上、人格高潔にして、読書家であるという、まるで物語に登場する「騎士」を絵に描いたような貴族だ。
国王フィリップ3世の信任篤い側近中の側近に向かって「素人が!」と怒鳴ろうとしていたことに、今更ながら顔が青ざめるモンモランシ伯。そんな彼の肩を、人懐っこい笑みを浮かべながら叩くヴァリエール公爵。
「ロラン。堅苦しいのは勘弁してくれ。王宮ではないんだから」
「そ、そうは言うがな、ピエー・・・あ」
思わず学生時代のように呼んでしまい、再び顔を強張らせるモンモランシに、若き公爵は、モノクル(片眼鏡)のチェーンを揺らしながら笑った。
二人は、トリステイン魔法学院で机を並べた同級生である。勉強家だが、意外といたずら好きなピエールに、ナルシス・ド・グラモンやバッカスらの悪友(まとめて3馬鹿と呼ばれていた)らと共に、チクトンネ街の酒場や悪所を連れ回されたものだ。水の精霊に、お気に入りの酒場の女の子と同じ格好をさせようとして、危うく廃嫡させられかけたのも、今となっては、いい思い出である(ピエールやナルシスはとっくに逃げ出していたが。最後まで残ったバッカスも「水の精霊に可愛い格好をさせたい」という、かなり不純な動機だったが)
元々真面目にお勉強する気のない3馬鹿は、放校処分となったのを幸いとして、彼ら曰く「馬鹿を生産する監獄」の様な学院を飛び出したが、良くも悪くも真面目な(この頃になると3バカの影響でエロ博士の異名を持つまでになっていたが)ロランは、無事学院を卒業して、家督を相続する。
魔法衛士隊に入隊した3馬鹿の軌跡はここに触れるまでもない。ラグドリアン湖畔で、水の精のご機嫌を伺う毎日を送っていたモンモランシにも、彼らの活躍は耳に入ってきた。旧友の出世を喜びながらも、雲上人となった彼らと、モンモランシは自然と距離をとるようになった。自分が王宮に赴くと、彼らは昔のように話しかけてくれたが、それがかえって辛く感じるようになったのだ。
いつまでも、学生気分ではいられない。日のあたる場所を歩く彼らとは違い、水の精霊のご機嫌を取る為だけに一生を送る自分。やっかみだとはわかっている。彼らが、日のあたる場所を歩くまでに、どれほどの地獄を見てきたのかは、ここで湖面を見続けただけの自分には想像も出来ないものだった事は想像が付く。そして今も、華やかなライトを浴びながら、茨の道を歩いていることも。
ピエールの人懐っこい笑みは、バッカスの馬鹿話は、ナルシスの妄想話は、ロランのつまらない葛藤を、いつも綺麗に吹き飛ばしてくれた。学生時代に彼らが見せてくれた世界は、ラグドリアンの湖畔にいては、気付く事が出来なかったものばかりだ。彼らは自分に「可能性」を示してくれた。決められた道以外にも、自分さえ踏み出せば、いくらでも世界が広がっていることを、ラグドリアンの湖畔しか知らなかった自分に教えてくれた。
そしてロランは、水の精霊との交渉役となることを選んだ。
踏み出せなかった自分に、心のどこかで安堵しながらも、ロランは、彼らがうらやましかった。まばゆいばかりの広い世界を、自由に歩ける彼らが。
(あの時・・・)
3馬鹿が、オスマン学院長の寝顔に落書きをして放校された日。彼らに付いて行けば、今の自分は、どこで何をしていただろう?
「何だロラン?あまり悩んでいると禿げるぞ」
「余計なお世話だ!」
過去を振り返っていても仕方が無い。今、こうしてピエールと笑い会える事こそが、大切なのだ。
「・・・良く生きて帰ってきたな」
「あぁ・・・」
ピエールの顔に影が差す。責任感の強い彼のことだ。実際に救えたはずの命も、どう足掻いでも救えなかった命も-背負わなくてもいいものまで背負い込んで、全てを自分の責任のように感じているのだろう。そして、そんな彼に、慰めの言葉を掛けるほど、ロランは空気の読めない人間ではなかった。黙って自分の横に立った、若き魔法衛士隊長の顔を見ることなく、視線は、波一つ立たない湖面に向いていた。
同じく湖面に目をやったラ・ヴァリエール公爵が、水の交渉役であるモンモランシ伯爵に尋ねた。すでに、学生時代を懐かしむ雰囲気は、そこには存在しなかった。
「やはり怒ってるか?」
「そりゃ、な。精霊にトリステインもガリアも関係ないさ」
ラグドリアン湖畔に軍を進めたガリアに対して、モンモランシ伯爵家を初めとするこの地の領主は、戦わずしてこの地を明け渡した。流血は、水の精霊がもっとも嫌うことであるからだ。いち早く常備軍を導入したとはいえ、ガリアの輜重部隊はお粗末なもので、食料以外の飲料水や薪などは、現地調達が基本であった。よそ者が断りもなく、自分のシマで好き勝手に水を組んだり、薪を伐採したのだから、不機嫌にならないほうがおかしい。
停戦条約が成立し、ガリア軍が撤退した後、モンモランシは毎日のようにラグドリアンの湖畔で、彼女のご機嫌を伺おうとしたが、1年ぐらいは返事すら返してもらえなかった。
「ようやく言葉を交わしてくれるようになったんだぞ?それが今回のことで全てパーだ。パーチクリンだ」
「ぱ、ぱーちくりん?」
「リッシュモンのくそ爺が・・・一度、彼女と交渉してみればいいんだ。褒めたら『追従は嫌いだ』、何も言わなければ『お前の気持ちはその程度なのか』。してもしなくてもふて腐れるし・・・」
喋っているうちに、段々モンモランシは腹が立ってきた。
「『私なんかどうでもいいのね』って、いいわけないから、来てるんだっての!どれだけ彼女のご機嫌をとるのがどれだけ大変か、分かるか、ピエール!」
「・・・水の精霊の話だよな」
何故だろう。惚気られているような気がする。
「?当たり前だろう」
何を言っているんだという友人の顔に、軽い自己嫌悪に陥るピエール。モンモランシはそんな魔法衛士隊長の態度を訝しがりながら、今度はリッシュモン外務卿への不満を口にした。
「大体、なんで会議の場所がここなんだ?」
「・・・『大人の事情』ってやつだな」
苦し紛れのピエールの言葉に、聞き飽きたといわんばかりにうんざりした表情をするモンモランシ伯爵。その後ろでは急ピッチで会場の設営が進んでいた。
ガリアとトリステインの講和会議の会場として選ばれたのは、ガリアが土足で踏みにじった場所であるここ-ラグドリアン湖畔であった。この講和は、あくまで「対等の講和」であるため、リュテイスやトリスタニアといった当事者の王都は最初から検討されなかった。仲介交渉をしたアルビオン王国の王都ロンディニウムや、ロマリア連合皇国の首都ロマリアなども候補に挙がったが、前者はトリステインの同盟国でもあることから、ガリアが難色を示し、後者は、いまさら教会に大きな面をしてほしくないないという思惑でガリア・トリステイン両国が一致したため却下された。それでも、この仲介交渉で影響力を見せ付けたいというロマリアは、アウソーニャ半島のアクレイア市や、ジェノヴァなどを提示して「交渉の足を引っ張るな」と批判された。
ラグドリアン湖畔は、北がトリステインのモンモランシ伯爵領、南がガリアのオルレアン大公領となっている。湖という天然の国境によって、漁業権を巡る争いこそ絶えなかったが、「水の精霊」の存在もあり、この地は平和を謳歌してきた。「ラグドリアン戦争」は、例外中の例外であり、今後、この地を軍靴が踏み荒らすことはないと思われていた。
「両国の国境境でもあるラグドリアンの地で、水の精を立会人に両国の永遠の平和を誓う」
―――ありきたりのつまらない脚本だが、演じる役者によっては、カーテンコールの鳴り止まない歌劇にもなりえる。
貧乏くじを引かされたのが「交渉役」のモンモランシだ。
「何故あやつらが再びやって来るのだ」と、珍しく怒りをあらわにした水の精霊相手を、どうにかこうにか宥めすかして、黙認してもらうことで折り合いをつけたのが、つい昨日のこと。
それが、会場の設営が始まって以降、『あること』に気がついた彼女が怒ったため、再び返事を返してくれなくなったのだ。モンモランシは、両手のひらを上に向けて「お手上げ」のポーズをした。
「精霊様に、そんなこと言えるわけないよ」
「そう言ってくれるな。生きている人間の相手もなかなか大変なんだから」
「大体、ガリアも何を考えているんだ?水の精を怒らせたら、困るのはお互い様だろう」
モンモランシは、視線を対岸のガリア領-オルレアン大公領に向けた。湖畔で、なにやら設営工事をしているのか、船が行き来しているのが、微かに見える。
「オルレアン大公は反対だったと聞いたが。『太陽王』を止められなかったんだろう」
「止められなきゃ意味がない。国王が暴走したときに、親族が止めなくて、誰が止められるというんだ」
「ははは、手厳しいな、君は」
ピエールはモノクルのチェーンを、指で遊びながら続ける。
「ガリアは先々代のシャルル11世陛下の時代から、王権の強化を進めてきたからな。一大公家が反対しようと、国政の意思決定には影響しないのさ。実際に、オルレアン大公軍は、先陣を切って攻め込んできたからね」
「要するに、王をいさめるだけの根性もない腰抜けぞろいというわけか。王権が強いのも考えものだな。失敗を人の所為には出来ないからな」
おいおいと、ピエールはロランの肩を叩きながら「不敬だぞ」と冗談めかした口調でとがめる。ガリアの人間が聞けば、条約会議に水を差しかねない。それでも、ピエールの顔が笑っているのは、多かれ少なかれ、その意見にうなずく所があるからだ。
「その辺にしておけよ。どこにガリアの者がいるか、わからないからな」
「到着は三日後だろ?今ここにいるとすれば、そいつらのほうが咎めがあってしかるべきだ。なんせ、一応はまだ『戦争中』だしな」
不穏当なことを言いたてる友人に、ピエールは苦笑するしかなかった。
一通り、ガリアをけなし続けた後、「それにしても」とモンモランシは、疑問を口にする。
「仲介交渉役のアルビオンやロマリアが使節団を派遣するのは分かるが、なんでハノーヴァーやザクセンが使節団を派遣して来るんだ?」
「あーそれはな、大人の事情・・・聞きたいか?」
「けっこうだ」
「まぁ、そういうな。実はな・・・」
「聞きたくないと言ってるだろうが」
今回の会議には、当事者である2国以外に、仲介交渉に当たったロマリアやアルビオンが出席することが決まっていた。それが、トリステインが、ハノーヴァー王国の使節団を受け入れることを表明した途端、関を切ったように、ザクセン・バイエルン・ベーメンなどの、主要な旧東フランク諸国が、我も我もと使節団派遣を打診してきた。ハノーヴァーだけ受け入れて、他を断るのは都合が悪く、断る理由もないトリステインはそれを受け入れた。新興のゲルマニアは、一応、使節団の派遣を打診したのだが、トリステインが黙殺した。
「要するに顔を繋ぎたいんだろう。ガリアやロマリア、おまけにアルビオンまで首脳クラスの人員を含んだ使節団を派遣して来るんだ。諸国会議でもないのに、これだけのメンバーが集まるのは、ここ数年でも珍しいんじゃないか?」
ピエールがあげた国の中に、自らが属する祖国の名前が入っていなかったことに、モンモランシは顔を顰める。
「トリステインは入っていないわけか。水の国もなめられたものだ・・・というか、聞きたくないといってるんだがな」
「何、それもガリアとトリステインの講和会議だからだよ。そうでなければ、ロマリアやアルビオンも顔を出さないと考えれば・・・」
「おまけ扱いに納得しろと?ステーキの付け合せみたいな扱いだな・・・ところでさっきから、聞きたくないといっているだろう。聞けよ人の話を」
ピエールは肩をすくめた。
「酷く気が立ってるね」
(そりゃ、君の解説に長々と付き合わされたからだ)と呟くモンモランシ。
モンモランシ伯爵が不機嫌なのは、何も水の精霊との交渉がうまくいっていないというだけではない。会場設営の役目を担わされるのは、誰あろうこの地の領主であるモンモランシだ。何百人もの人員を宿泊させるだけの施設が、「のどか」という言葉が、これ以上似合う田舎に存在するわけもない。領民は臨時収入に喜んでいるが、金を出させられる方はたまったものではない。
「何も全て自腹というわけではあるまい。外務省から幾らかは出るだろう?」
「人員を出すのはうちだぞ?それに、水の精になんと言い訳したらいいんだ・・・」
結局はそこに行き着く。洗面で使う水、料理で使う水、飲料水・・・これらに関しては、まだ水の精霊に対して、説得のし様がある。
問題は下水の処理だ。水メイジを使って、浄化することは可能だが、その役目は地元領主-モンモランシ家に回される。それだけでもうんざりなのに、浄化した後の水をどうするか-ラグドリアン湖に戻すにしても、また水の精霊に許可を得なければならない。黙ってそんな水を流し込んだら、どんな事になるか・・・考えるだに恐ろしい。
彼女はそれに気がついて、口を利いてくれなくなった。
「どうすりゃいいんだ・・・」
頭を抱える友人に同情したピエールに、部下の衛士隊員が駆け寄った。
「隊長。アルビオン王国の使節団が到着されました」
「何?到着予定時刻まで、あと2時間近くはあるぞ」
「それが、予定より早く到着されたようで・・・カンバーランド公爵ヘンリー殿下夫妻が、あちらに」
部下の指した方向に、視線を向けるピエールとロラン。そこには
「さすがラグドリアン。綺麗なものだ。こういうところで余生を過ごしたいね」
「何を年寄りくさいこといってるのよ・・・でもその意見には同意するわ。着ているものを脱いで、泳ぎたくなるわね」
「ははは、君の美しさを晒したくないから、遠慮して欲しいね」
「やだ、もう!恥ずかしいこと言わないで」
あれ、おかしいな。空気が、ピンク色に見えるよ?
「ははは!本当のことじゃないか」
「もうッ貴方ったら、知らない!」
「待ってくれよ、マイハニ~なんちゃって♪」
恥ずかしげもなくいちゃつくアルビオンの王弟夫妻。そのそばを通る人足たちは、あさっての方向を向き、わざとらしく咳払いをしたり、口笛を吹いたりしている。自分に報告に来た騎士など、恥ずかしさの余り、顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。
(・・・俺とカリンも、ああいう感じに見えるのかな)
見えるも何も、毎回それ以上のことをしでかしてくれているのだが・・・人のことはともかく、自分の事は案外見えないものだ。2人の世界にいたたまれなくなったピエールは、視線をそらした。
そして「悪魔」を見た
ド・モンモランシ伯爵家-水の精霊との交渉役という役目上、この地を離れることが出来ない。社交界からも自然と遠ざかるため、出会いの機会が少なく、歴代当主は嫁探しに苦労したとされる。
そして、現当主ロラン・ラ・フェール・ド・モンモランシも、同じ悩みを抱えていた。
「・・・湖の底に沈んじまえ」
全身から嫉妬と怒りのオーラを撒き散らす友人に、ピエールは(結婚の報告はしばらくしないでおこう)と、心に誓った。