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No.17077の一覧
[0] ハルケギニア~俺と嫁と、時々息子(転生・国家改造・オリジナル歴史設定)[ペーパーマウンテン](2013/04/14 12:46)
[1] 第1話「勝ち組か負け組か」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:40)
[2] 第2話「娘が欲しかったんです」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:46)
[3] 第3話「政治は金だよ兄貴!」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:55)
[4] 第4話「24時間働けますか!」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:46)
[5] 第5話「あせっちゃいかん」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:07)
[6] 第4・5話「外伝-宰相 スタンリー・スラックトン」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:11)
[7] 第6話「子の心、親知らず」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:15)
[8] 第7話「人生の墓場、再び」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:18)
[9] 第8話「ブリミルの馬鹿野郎」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:17)
[10] 第9話「馬鹿と天才は紙一重」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:22)
[11] 第10話「育ての親の顔が見てみたい」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:25)
[12] 第11話「蛙の子は蛙」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:31)
[13] 第12話「女の涙は反則だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:36)
[14] 第13話「男か女か、それが問題だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:42)
[15] 第14話「戦争と平和」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:07)
[16] 第15話「正々堂々と、表玄関から入ります」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:29)
[17] 第15.5話「外伝-悪い奴ら」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:07)
[18] 第16話「往く者を見送り、来たる者を迎える」[ペーパーマウンテン](2010/06/30 20:57)
[19] 第16.5話「外伝-老職人と最後の騎士」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[20] 第17話「御前会議は踊る」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:47)
[21] 第18話「老人と王弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:48)
[22] 第19話「漫遊記顛末録」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[23] 第20話「ホーキンスは大変なものを残していきました」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[24] 第21話「ある風見鶏の生き方」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[25] 第22話「神の国の外交官」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[26] 第23話「太陽王の後始末」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[27] 第24話「水の精霊の顔も三度まで」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[28] 第25話「酔って狂乱 醒めて後悔」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[29] 第26話「初恋は実らぬものというけれど」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[30] 第27話「交差する夕食会」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[31] 第28話「宴の後に」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[32] 第29話「正直者の枢機卿」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[33] 第30話「嫌われるわけだ」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[34] 第30・5話「外伝-ラグドリアンの湖畔から」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[35] 第31話「兄と弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[36] 第32話「加齢なる侯爵と伯爵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[37] 第33話「旧い貴族の知恵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[38] 第34話「烈風が去るとき」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[39] 第35話「風見鶏の面の皮」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[40] 第36話「お帰りくださいご主人様」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[41] 第37話「赤と紫」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[42] 第38話「義父と婿と嫌われ者」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[43] 第39話「不味い もう一杯」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[44] 第40話「二人の議長」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[45] 第41話「整理整頓の出来ない男」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[46] 第42話「空の防人」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[47] 第42.5話「外伝-ノルマンの王」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[48] 第43話「ヴィンドボナ交響曲 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[49] 第44話「ヴィンドボナ交響曲 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[50] 第45話「ウェストミンスター宮殿 6214」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 18:07)
[51] 第46話「奇貨おくべし」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:55)
[52] 第47話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[53] 第48話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[54] 第49話「結婚したまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[55] 第50話「結婚しないでいたまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:03)
[56] 第51話「主役のいない物語」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:54)
[57] 第52話「ヴィスポリ伯爵の日記」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:44)
[58] 第53話「外務長官の頭痛の種」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:39)
[59] 第54話「ブレーメン某重大事件-1」[ペーパーマウンテン](2010/08/28 07:12)
[60] 第55話「ブレーメン某重大事件-2」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:21)
[61] 第56話「ブレーメン某重大事件-3」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:24)
[62] 第57話「ブレーメン某重大事件-4」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:58)
[63] 第58話「発覚」[ペーパーマウンテン](2010/10/16 07:29)
[64] 第58.5話「外伝-ペンは杖よりも強し、されど持ち手による」[ペーパーマウンテン](2010/10/19 12:54)
[65] 第59話「政変、政変、それは政変」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:41)
[66] 第60話「百合の王冠を被るもの」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:45)
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[17077] 第23話「太陽王の後始末」
Name: ペーパーマウンテン◆e244320e ID:b679932f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/06 18:51
―――ロペスピエール3世陛下の下、わが王国は歴史上最大の国土を獲得し、イベリア半島のグラナダ王国をも屈服させるという偉業を達成した。『太陽王』の名は、ハルケギニアに鳴り響いたが、万事の例に漏れず、陛下の御武威に屈しない、唯一の例外が存在した。

北に国境を接するトリステイン王国-『英雄王』フィリップ3世である。ロペスピエール3世陛下は、4度にわたり英雄王と杖を交えられたが、陛下の御采配をもってしても、決定的な勝利を得た事はなかった。

ブリミル暦6212年初頭-陛下は英雄王と雌雄を決すべく、ラグドリアン湖畔へ電撃的に軍を進めた

「ラグドリアン戦争」である


(シャルル・モーラス著『太陽王ロペスピエール3世』より)

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ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(太陽王の後始末)

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トリステイン王国王都トリスタニアは、その中心を流れるアムステル川によって、東西に分断されている。「東には貴族が 西には平民が」と言われるように、東側は王城やサン・レミ寺院を中心に、官庁街や貴族屋敷が、西側には商会や職人街、共同住宅や市場が立ち並んでいる。「住み分け」の理由は土地の高低差にある。高い東側に貴族が集住しているのは、表向きは「国家の中枢を、水害の危険性にさらせない」という危機管理上の理由だとされたが「水捌けの悪い土地を、平民に押し付けたのだ」というのが、チクトンネ街でのもっぱらの噂であった。

アムステル川東側の川沿いに、赤レンガを漆喰で固めた外観の、ひときわ目立つ建造物が、トリステイン王国外務省庁舎である。その建物の主である外務卿アルチュール・ド・リッシュモン伯爵は、最上階の執務室の窓から、西側の平民街と、アムステル川に掛かるタニア橋を見下ろしていた。

リッシュモンは、ここから見える景色を気に入っていた。王国一の劇場と名高いタニアリージュ・ロワイヤル座で上映されるどのような歌劇よりも、面白いものが見れるからだ。

かつて、川は平民と貴族の越えられない壁そのものであった。平民が東側に居住する事はありえず、貴族が西側に赴くことはない-それがいつしか、両者の境があいまいになった。ここ最近では、裕福な商人が東に住居を構え、没落した貴族が西側に住居を移すことも珍しくなくなったと聞く。

その原因はただひとつ-金だ

金がないゆえに、何代も続く名門貴族はその身を落とし、金を稼いだ結果、ぽっとわいて出たような平民の商人が、大邸宅を東側に構える。あのいまいましいゲルマニアでは、平民でも貴族の戸籍を買うことができるように、戸籍法の改正を検討しているという。メイジ=貴族という、ハルケギニアの秩序を否定しかねない行為に、トリスタニアの貴族たちは「やはり伝統も知らぬ田舎者よ」と失笑したものだが、リッシュモンは「悪くはない買い物だ」と関心さえしていた。爵位は、王がその気になればいくらでも与えることができる、元手がかからない「商品」。こんなにぼろい商売はないだろう。そして、財力と才覚のある平民を国家体制に組み込み、国力を充実させるために働かせる-

失笑した貴族どもとて、本当は解っているのだ。自分たちがやせ衰えていく一方、平民たちが力をつけていることに。自分たちを「古き伝統と知性の守護者」と称し、平民を「下賎な成り上がり」と見下して溜飲は下げたところで、所詮はやせ我慢。いくら否定してみたところで、平民が発言力を増して行く傾向は止められるものではない。

それは、タニア橋を往来する人の流れを見ていればわかる。

街の東側と西側を繋ぐタニア橋は、一日中、人の流れが途切れることがない。そして、人の流れは、金と同じく、高きから低きに流れる。東から西へ、貴族から平民へ。土地の高低と同じなのは、皮肉としか言いようがない。

こんなに面白い「劇」が、他にあるか?


「外務卿、お時間です」

とりとめもないリッシュモンの思考は、面会予定を知らせる秘書官の声によって遮られた。

(やれやれ・・・ゆっくり考えることもできんのかね)


***

「ジェリオ・チェザーレと、ロペスピエール3世には、共通点があるんですが・・・おわかりになりますかな?」

年長者であるリッシュモンの投げかけた質問に、内務省行政管理局長のアンドレ・ヴジェーヌ・ド・マルシャル公爵は、はてと首をひねる。

「-強欲ですか?」
「この世に強欲でない人間がいますか」
「そう言われると・・・」

マルシャル公爵は、30の半ばと「青年」と呼ぶには年を食い過ぎているが、どう控えめに見えても20代にしか見えないその童顔と、卵のようなつるんとした肌が合わさって「青年貴族」と呼んでもおかしくない雰囲気を漂わせている。その丸みを帯びた顎に手をやりながら、考え込むマルシャル。

ロマリア大王も『太陽王』も、毀誉褒貶はあるが、外征で領土を拡大して、それぞれの祖国とハルケギニアに一時代を築いたことに間違いはない。両者の共通点か・・・ふむ・・・

「戦上手・・・というのはどうです?」
「うむ、半分は当たっています」
「では、もう半分とは?」

リッシュモンは、マルシャルの横で不機嫌そうな顔をして立っている秘書官に(貴様は分かるか?)とからかう視線を向ける。

「『戦(いくさ)』は得意でも、『戦争』下手だということです。何事も始めるのは簡単ですが、終わらせるのは難しいものです」

「大王」ジェリオ・チェザーレのもと、ロマリアはガリア南西部まで領土を広げたが、急速に拡大した領土を十分に統治することが出来ず、大王の死後は、アウソーニャ半島へと押し戻された。「戦い」に勝っても、後始末が悪いために、結局は国の衰退を招いたいい例である。なるほど、現在のガリアも「太陽王」の死後、空白となった権力の座をめぐり、新国王派と前国王派が派閥争いを続け、屈服させたはずのグラナダ王国も離反の動きを見せるなど、当てはまる点は多い。

「子供が玩具の片づけが出来ないのと同じ事ですな。食い散らかして、あとは知らんふり。大人はいつも、子供に振り回されるものです」

感心したように頷くマルシャル公爵とは対照的に、秘書官―アルマン・ド・リッシュモンは「父」の言葉に噛み付いた。

「お言葉ですが、子供でなかった大人がいるんですか」
「そう、今の貴様のようにな」
「なッ!!こっ・・・」

「えっふん・・・んん!」

わざとらしく咳き込むマルシャル。ここで新しい「戦線」を開かれては叶わない。

「それで、条約案に関して、エギヨン卿は何と?」
「クルデンホルフ条項を除いて、外務卿の案に同意されるそうです」
「うん、まぁ・・・そうでしょうな」

行政を管轄する内務省の反対は、ある程度予想はしていたが、こうもピンポイントで反対されると、さすがにやりにくい。ここはまた宰相閣下に泥をかぶってもらうか・・・



「ラグドリアン戦争の勝者は誰か」-後年、戦史研究家達の間で長く論争となったこの問いに答えることは難しい。

先手を打ったのはガリアだ。ロペスピエール3世は、アルビオン王エドワード12世の崩御を聞くと同時に、密かにオルレアン大公領への軍の集結を命じた。トリステインの同盟国たるアルビオンが、軽々に軍を動かせない状況を見越して、即位式の当日、駐トリステイン大使パレオログは、宣戦布告を通知した。

ガリアはトリステイン国内の侵攻拠点として、ハルケギニア有数の景勝地-ラグドリアン湖畔を選んだ。モンモランシ伯爵を初めとするこの地方の領主は、戦わずにラグドリアン湖畔を明け渡したが、トリスタニアで、その判断を批判するものは誰もいなかった。水の精が何よりも嫌う「戦の流血」-水の精の怒りを買う事は、たとえ国境を明け渡してでも、避けるべきだという共通認識があったからだ。神話としてしか残されていない、水の精の怒り-すべての生命を飲み込み、無へといざなうとされるそれは、トリステインにとっては伝説ではなく、疑いようも無い脅威その物であった。何より、王家自身が、水の精についての恐ろしさを知っていたからである。

戦いは仕掛けるほうが有利である。時と場所を選べるからだ。一見奇抜に思えるが、ロペスピエール3世は、戦の常道を踏み外してはいなかった。さすがに長年に渡って自ら軍を率いてきた「太陽王」といったところである。

トリステインも、ただやられるに任せていたわけではない。ラグドリアンを経由して、グリフォン街道に兵を進めたガリア軍に対して、国王フィリップ3世は、王都トリスタニアから20リーグにまで防衛線を下げ、戦力をリール要塞に集中させた。リール要塞は、数百年前に立てられた古い石造りの城で、すでに放棄されて数十年が経過していたが、フィリップ3世は土メイジを総動員して、要塞の強化にかかった。

斥候に出した竜騎士隊からの情報により、ガリア軍司令官のベル=イル公爵は、トリステイン側はリール要塞での籠城を選んだと考え、進軍を停止。機動力の劣る砲亀兵を前線に集め、要塞攻略のための部隊再編を開始した。

フィリップ3世はその時を待っていた。

坂道を転げ落ちる巨石のように、勢いのついた大軍を止めることは難しい。しかし、大軍というものは、いったん止まってしまうと、再度動きだすまでには、最初以上に労力を要することを、英雄王は知っていた。おまけに、ガリア軍は「篭城するだろう」という思い込みから、敵の眼前で野営の準備まで始めている。


トリステイン軍は、弛緩したガリア軍に襲い掛かった-「セダン会戦」である。


ガリア軍2万は不意を突かれ、8千のトリステイン軍に散々に破られて敗走。勝利したトリステインだが、それは王太子フランソワを含めた2000余りの将兵の犠牲の上に成り立っていた。フィリップ3世は、満身創痍の軍を率いて、再びリール要塞に入場。すぐに軍勢を立て直して、リール要塞を包囲したベル=イル公爵は顔を曇らせた。手負いの虎を無視して、トリスタニアへ進軍することも可能だが、背後を突かれては、いかに数が多いガリア軍といえども苦戦は必至である。

元々、大義名分のない戦争の上に、敗戦も重なって士気が下がる一方のガリア軍は、やる気のない言葉合戦をずるずると続けた。篭城戦は3ヵ月続き―「太陽王」の崩御と、ガリアの新国王シャルル12世が、軍の引き上げを命じたことによって、アルビオンやロマリアの仲介のもと、停戦条約が成立した。


―――以上が「ラグドリアン戦争」の顛末である。



先手を取って戦略的に優位な立場のガリアを、セダン会戦の戦術的勝利で痛みわけに持ち込んだ-トリステイン贔屓の歴史学者の主張を、多くの学者は否定した。ガリアのロペスピエール3世が、何故トリステイン侵攻を考えたのかは、当人以外の誰もわからない。それまでの彼は「太陽王」らしく、一応「大義名分」を掲げて、正々堂々とした戦を好んでいた。すでにトリステイン侵攻時に「太陽王」の体を病魔が蝕んでいたことは周知の事実。あるトリステイン貴族が「あの子供は、英雄王と、最後の決着をつけたかっただけだ」と吐き捨てたのが、事の真相なのかもしれない。

そんな理由で、血を流させられた将兵はたまったものではないが。


理由がどうであれ、国と国の喧嘩は、国力の差がものをいう。確かにトリステインは豊かな国だが、自国の10倍の領土を持つ国と、単独で戦うだけの国力は存在しなかった。ガリアがこの戦争で動員したのは、予備兵力や輜重隊も含めて4万に上る。一方で、トリステインが動員できたのは僅かに8千。セダン会戦をもう一度行う兵力は存在しなかった。

そして国内での防衛線-このままジリジリとにらみ合いを続けていれば、根を上げるのはどちらかは、火を見るより明らかだった。おまけに、ここ数年、トリステインを含めたハルケギニア北西部は天候不順により、収穫が思わしくなく、お世辞にも財政状況が良いとはいえなかった。リール要塞が攻略されるか、兵糧切れで降伏するのが先かという状況だったのだ。「ロペスピエール3世があと一月生きていれば、トリステインという国は、地図から消えていただろう」といわれる所以だ。

「本当に、よく死んでくれたよ」

『太陽王』崩御の知らせに、ハノーヴァー王国へと援軍要請に赴いていたリッシュモン外務卿が漏らしたとされるその言葉は、多かれ少なかれ、トリステインに属するものが共通して持った感情だった。


その停戦から、1年が経過しようとしていた。ブリミル暦6213年の今になっても、ガリアとトリステインの「戦争状態」は終わっていない。互いの国境警備隊は増強され、民間人の通行も厳しく制限されるという、準戦時体制が続いていたのだ。

だが、次第に準戦時体制に対する不満の声が、主にトリステイン側から上がり始めた。平民-中でも商人たちが、戦争を忘れるのは早かった。いくら嘆いて怨んだところで、死んだ人間は戻ってこないということを、民草は知っていた。死者とは違い、自分達は生きていかなければならない。そのためには、好き嫌いを言ってはいられないのだ。

平民や商人たちに言われるまでも無く、トリスタニアの王宮も、平時への復帰-ガリアとの和平条約調印と国交回復をしなければならないことは理解していた。戦時体制の維持のための軍事費や、交易途絶による税収減は、両国の財政を-特にトリステイン側を確実に圧迫していた。そのため、戦場となった国内の復興事業は思うように進んでおらず、この状況が続けば、国内の治安の悪化は避けられない。

必要性は理解していたが、軍部や貴族を中心とした反ガリア派の存在が、それを妨げた。殴った方はすぐにその事実を忘れるが、殴られたほうは忘れるはずがない。大国の余裕か、傲慢か、ハッタリか、そのいずれかは分からないが「講和してもいいぞ」という姿勢を崩さないガリアと、王太子まで骸をさらして「何が何でも、最低限でも謝罪が無ければ」というトリステインではかみ合うはずがなかった。

誰もが必要を認めながら、ある者はプライドや感情が邪魔をし、ある者は批判を恐れ、またあるものは復讐のための強攻策を唱え-1年間はそうして無為に費やされた。別の言い方をすれば、それだけの冷却期間が必要だったということでもある。


そんな中、トリステイン王国宰相-エスターシュ大公ジャン・ルネ6世だけは違った。

「1に講和、2に講和。3・4が講和で、5に講和」

どこぞの国営放送の探偵アニメに出てきた変態忍者のような事を呟きながら、エスターシュ大公は、王宮内を講和で意思統一するため、着々と根回しを続けていた。かつて20代の若さで、一国の内政・外交・経済を一手に担った弁論さわやかな青年宰相は、失脚を経て、政治的老練さを増していた。名誉や冨、そのうえ宰相という地位にも頓着しないと来ている大公に、「講和反対」と唱えて、弁論で勝つことの出来るものは、トリスタニアの王宮には存在しなかった。

やり場のない感情が、宰相への不満となり充満しつつあった空気の中、エスターシュ大公は御前閣議で「ガリアとの和平条約の締結」を提案。閣僚の多くは、消極的ながら賛成意見であり、少数の強硬な反対派閣僚も、国王の前とあっては、露骨な反対意見を述べることが出来なかった。内心は講和に大賛成のフィリップ3世は(表向きは渋い顔をしながら)裁可を与えた。エスターシュ大公は、反対派の牙城である高等法院の法務貴族を説得するため、和平条約会議の開催地と、条約案のたたき台作成は、自ら推薦した全権首席に丸投げしたのだが、『全権団首席-アルチュール・ド・リッシュモン外務卿』という人事を、誰もが驚きを持って受け止めた。

外交使節団の全権に、外交の責任者である外務卿を充てること自体は自然であったが、リッシュモン外務卿は、元々講和条約どころか、停戦条約にも反対の「対ガリア強硬派」とみなされていたし、一貫して主張していた。彼の息子であるアルマンも、講和賛成派のエギヨン財務卿らと、どうやって父を説得するかで頭を悩ませていたのだ。


そのリッシュモンが、何の反論も無く講和条約に賛成した挙句、まとめあげた条約のたたき台に、トリスタニアの王宮は、まずその目を疑った。

その内容を要約すると

①国交の回復と同時に、国境線を開戦前の実効支配地によって決定する。
②開戦前に結んでいた通商条約を再度締結(通商の再開)
③謝罪を要求するが賠償も要求しない。
④両国共に軍備制限は設けない。
⑤両国の緩衝地帯として、クルデンホルフ大公家を「大公国」として独立させる。

①や②はトリステインにとって願ったり叶ったりである。国境線の画定は、両国にとっての長年の懸案。確かに厳しい交渉となるだろうが、初めに殴ったガリアからすれば、トリステイン側の要求は断りにくい。真摯な「話し合い」で、両者が合意できる線引きが出来れば、交易の拡大にも繋がる。④は、互いの国家主権を制限しないという意味では当然である(軍縮という概念は、ハルケギニアには存在しない)として、問題は③と⑤である。

ガリアが謝罪などするはずがない。③の条文が、完全にはったり-真剣に要求するつもりでないことは、誰でもわかる。本気で「謝罪」を要求するつもりなら、賠償とセットで要求しているはずだ。セダン会戦で戦死者を出した貴族を中心に「最低限でも謝罪と賠償」という空気は根強いものがあっただけに、対ガリア強硬派は激昂した。特にリッシュモンは、開戦から一貫して、対ガリアへの強硬意見を唱えていただけに、外務卿の「変節」に対して、困惑をもって受け止めた。

そして⑤-「クルデンホルフ条項」に関しては

「何言ってんのあんた?」

息子であるアルマンですら、父の正気を疑ったほどだ。わざわざ、領土を分割して、独立させてやるなど・・・外務卿は何を考えているのか?正気を疑う声は出ても、まともに検討するものはいなかった。トリスタニアの反応は、エギヨン財務卿の「わけがわからない」という一言に尽きた。


無論、アルマンもそれは変わらない。立ち上がって、応接室の窓から外を眺める父の背中を、息子は、じれったそうに見ていた。飄々としているようで、リッシュモンは肝心な点に関しては口が堅い。

「アルマン-貴様、わしが本気で、あの大国意識の塊の様なガリアに、賠償金や謝罪を求めていたと思っていたのか?」

リッシュモンの口調は、出来の悪い生徒の質問に答える教師のような調子で-アルマンは悔しさで顔を赤くしながら、反論する。完全に蚊帳の外に置かれたマルシャルは、苦笑しながら、この親子のやり取りを見物することにした。

「し、しかし、父・・・外務卿は、宣戦布告以来、一貫して『非はガリアにある』と・・・」

その言葉に、初めてリッシュモンが息子のほうを見やる。ほとほと呆れたような父の視線に、アルモンは、今度は顔が青ざめた。血の気が引くとはこの事だ。怒るのは相手に期待するから。自分には怒る価値も無いというのか―――

肩をすくませながら、顔面蒼白の秘書官を気の毒に思ったマルシャル公爵は、口を開こうとして、振り返ったリッシュモンと目が合った。目の奥に、微かな怒りの感情が-ふがいない息子への怒りが見え、マルシャルは言葉を発する変わりに、小さく息を吐いた。それに気がついたのか、リッシュモンはいたずらっぽく目だけでマルシャルに笑いかけながら、あくまで言葉は厳粛に続ける。

「アルマン。わしは外務卿だ。トリステインの外交の全責任を負う閣僚だ。そのわしがだ、少しでも弱気な事を言ってみろ-それが出発点となってしまうではないか」
「・・・はったりだったと、そうおっしゃるので」

リッシュモンは再び窓に視線を向けた。顔を上げた息子に、自分の表情を見られたくなかったのだろう。

ちょうどタニア橋を、樽を積んだ馬車が何台も通過しようとしているところであった。橋の上で、布を敷いただけの粗末な店を広げていた商人たちが、慌てて商品を片付けている。「規制とは破るためにある」とは誰が言ったのか知らないが、完璧な規制などありえない。現にタニア橋の上では、薬だの両替商だの、一番規制が厳しいはずの商売が行われている。ブリミル教で言う「自制の美」が、いかに現実離れした馬鹿げたものか-目の前の光景が証明しているではないか。

「父上、それでは国内を、陛下を謀っていたと、そうおっしゃるのですか?」
「必要とあらば、陛下だろうと始祖だろうと嘘をつくのが、この仕事だからな」
「なっ・・・」

言葉にならないアルマンに、リッシュモンは、今度は笑いながら答えた。息子の、経験不足ゆえの裏表のない考え方を笑ったのだ。

「言葉のたとえだ。手札は多ければ多いほうがよく、それを知っているものが少なければ少ないほうがいい。そして、札を切るのは私の仕事ではない。私の仕事はプレーヤーの望む環境を準備することだ」

興奮しやすい性質ではあるが、馬鹿ではないアルマンは、父の言葉の真意をすぐに悟った。

「・・・陛下も講和をお考えでしたか」

フィリップ3世は、この件に関しては意向を示さず、沈黙を守っていた。それをいいことに、講和派も反対派も、王を味方につけようと、引っ切り無しに上奏に訪れ、フィリップ3世の片言節句をとらえて、王の真意はこちら側にあると主張していた。

「まぁ、そういう事だ。陛下の意図的に意見を表明しないという態度が賢い選択だろう。下手に言うと、無用な政争に巻き込まれかねないからな」
「・・・『御進講』の面々を見ることで、王宮内の空気も分かるというわけですか」

リッシュモンは、息子の答えに満足そうに頷きながら、一応は自分の主君を褒めたたえた。

「そうだ。そしてやってくる連中のおかげで、否が応でも王座の権威が上がる・・・たいしたものだ」

再び二人の正面の椅子に腰掛けたリッシュモンに、アルマンはまだ何か言いたそうだったが、それまで黙って聞いていたマルシャル公爵が、先に口を開いた。

「うち(内務省)には話を通して欲しかったというのが、正直なところですがね」
「エギヨン卿がどうこうという問題ではないんですが、陛下のお考えですからね。悪く思わんでください・・・それとおわかりでしょうが、陛下の意向は、どうぞ御内密に」

最初から伝える気などなかったくせに・・・大体、それが陛下の御意向だという確証はどこにあるというのか。腹の中で悪態をつきながら、水掛け論をするつもりも、時間も無いマルシャルは、本題を切り出した。

「・・・内務省としましては、このクルデンホルフ条項は、受け入れることが出来ません」
「それは、エギヨン卿のご意見ですか?それとも『行政管理局長』としての、貴方の個人的ご意見ですかな?」

マルシャルはその質問には答えない。

「クルデンホルフ条項に関しましては、閣下が主張された内容とお聞きしました」
「ははは。耳が早いですな、公爵」

リッシュモンは足を組み替えながら、内心で舌打ちをしていた。

「クルデンホルフ条項」の内容に関しては、講和派・反対派を問わず、大規模な反対が予想された。エスターシュ大公には、発案者を秘密にするよう頼んでおいたのだが、目の前の童顔公爵はどこから聞きつけてきたのか、自分がこの条項の発案者だということを知っていた。これについても大公に泥をかぶってもらうつもりだったのだが、いったいどこから聞きつけたのか。さすがに、この年齢で局長に就任しただけの事はある。油断したわけではないが、どうにも、この・・・公爵の、卵顔を見ているとな。これが素だから、余計にたちが悪い。

そのマルシャルは、先ほどからハンカチを取り出して、しきりに汗をぬぐっていた。視線だけはしっかりとこちらを見据えており、説明するまでは、梃子でも動きそうにない。


「裏も表もありません。実際に、先の戦争でのクルデンホルフ大公の働きに報いるというのが、唯一の理由です」
「ラグドリアン戦争で、それほどクルデンホルフ家が働いたとは思えませんが」
「そうです。それに軍の間では、大して働きもしなかった大公家だけを特別扱いするなという声、が・・・」

口を挟んだアルマンを、リッシュモンはじろりと睨んで黙らせる。

「杖働きも満足に出来ない貴族の言うことを真に受けてどうする」

再び言葉に詰まるアルマンに、内心ウンザリしながら、マルシャルは話を円滑に進めるために、親子の間をとりなして、話を本筋に引き戻した。

「評価は人それぞれですが、クルデンホルフ大公家というのが話をややこしくしているのは事実です」


クルデンホルフ大公家―――トリステイン王国の大公家の一つで、ガリアとトリステイン国境の最南部に領地を保有している。この大公家は、現在のトリステイン王家とは何の血縁関係もない。現在の当主はハインリヒ・ゲルリッツ・フォン・クルデンホルフ大公-名前にフォンが入っていることからも分かるが、元は旧東フランク王国の貴族。しかもただの貴族ではなく、さかのぼれば東フランク国王カール12世の王弟であるマクシミリアン宰相を先祖とし、東フランクの宰相を何人も輩出したクルデンホルフ大公家という、ハルケギニアの貴族の中でも指折りの名門である

東フランク滅亡後、ザクセン王国の首都ドレスデンに逃れたこの家は、ブリミル暦3500年代に断絶。ザクセン王家のヴエッテイン家が名跡を継ぎ、ザクセンの1大公家となった。それがブリミル暦3910年、政争によってザクセンを追われて、トリステインに亡命してきた。当時トリステインは、ハノーヴァー王国と連合を組んで、ザクセンと対立しており、国王フィリップ2世は、クルデンホルフ大公家に、対ザクセン戦の切り札と、その貴種-旧王家に繋がる大公家を東フランク地域進出の際の旗頭として利用する-という価値を見出し、大公一家を喜んで受け入れた。

そうした家柄や歴史もあって、クルデンホルフ家は「大公」として、それなりに敬意を払われてきた。トリステインが完全に旧東フランクの進出を諦めた後も、ガリアとの南部の最前線である領地を堅守してきた戦上手の家でもある。

その大公家を、何故「大公国」として独立させなければならないのか?

「それは、そうでしょうなぁ。あの程度の戦いぶりだけなら、私だってそう思いますよ」
「それならば!」

父の言葉に食い下がろうとするアルマンの膝頭に手を置いて押さえながら、マルシャルは、リッシュモンのもったいぶった言い回しの裏に、どのような思惑が隠されているのかを、何となく察した。


リッシュモンの言うとおり、クルデンホルフ大公家は、ラグドリアン戦争で、際立った功績や、目立った戦果を上げたというわけではない。確かに、ハインリヒ大公は大公軍を率いてガリア領内への逆侵攻や、補給路を分断するなどして、ガリア軍の背後からプレッシャーを掛け、撤退に一役買った。だからといって、それが「大公国」として独立させてやるほどの、飛びぬけた功績だとは、誰も納得しない。

つまり「ラグドリアン戦争での働き」云々は、あくまで表向きの理由で、クルデンホルフ大公を「大公国」として独立させる、表ざたに出来ない理由があるはずなのだ。

「違いますか?」
「はははッ、公爵は想像力が豊かなお方の様だ」

特に気分を害した様子もなく、マルシャルは「それはどうも」と答える。リッシュモンは、断りを入れてから、巻き煙草に火を付けた。100年ほど前、東方から伝わってきたという煙草は、新しい物好きだったロペスピエール3世や、変わり者で知られるアルビオン王弟(何故か涙を流して喜んだとされる)が愛好していることで、一躍有名となった。ただ、煙を吸うという行為に、眉をひそめる向きも多い。何より、その常習性を酒と同じようなものだとして(間違っているようで、間違ってもいない)ロマリア宗教庁は何度も禁煙令を出しているが、何度も出している時点で、殆ど効果が無いということを証明していた。

煙を燻らせながら、リッシュモンは、ハインリヒ大公の「働き」について、何故か口をゆがめながら話し出す。

「クルデンホルフ大公家は、金融業者に顔が利きますからね。停戦に合意するよう、ガリアにプレッシャーを掛けさせたというわけですよ」

その言葉を聞いた瞬間、マルシャルの顔が、リッシュモンと同じように曇った。リッシュモンが口をゆがめた原因にすぐに思い至ったからだ。アルマンに至っては、露骨に顔を顰めている。


元々、金融業者は「労働なき冨」と教会に批判されることから、領主や国王から厳しい規制と、不定期に莫大な税を課せられるのが常だった。クルデンホルフ大公家は、その金融業を積極的に保護した。税制度を簡素化して、一定レベルの税率を維持することで、業者を誘致。同時に、金融業に関する法律を決め細やかに整備。領土が狭いという欠点を「監督しやすい」という長所にして、悪質な業者を速やかに排除し、真面目な銀行家を育成した。そうした地道な努力が実を結び、クルデンホルフ大公領に本拠地を持つ金融業者は、その機密性の高さと、冒険はしない堅実な融資姿勢が評価されるようになり、いつしか「クルデンホルフ銀行」と呼ばれるようになった。大公家の庇護と保障もあって「クルデンホルフ銀行」は、ハルケギニア全土に展開。大公領の中心都市リュクサンブールには、各国の銀行が軒を連ねるようになった。

リッシュモンの言う「顔が利く」とは、決して大げさな表現ではない。クルデンホルフ大公家が制定した「銀行法」は、ハルケギニアの金融業に関する法律の基本となっており、各国の金融行政に与える影響力は、ロマリア教皇など足元にも及ばない。当然、各国の銀行協会や、金融業を商う大商会は、リュクサンブール大公宮の一挙手一投足に注目している。

ハインリヒ大公は、そうしたつてを使って、ガリアに撤退するよう働きかけた。大国ガリアの貴族といえども、左団扇の家は数えるほどしか存在しない。多くの貴族は、金融業者から借財をしている。ロペスピエール3世死後、リュテイスで急速に撤退論が高まったのは、そうした背景があった。

多くのトリステイン貴族は、そんな大公家を苦々しい思いで見ていた。「労働なき冨」云々はともかく、自分達は領地経営に四苦八苦しているのに、手品の様な手段で金を稼ぐ銀行家と宜しくしながら、一人だけ儲けているように見える大公家。そんな大公家の働きによって、停戦が成立したからといって、諸手をあげて喜べるはずがない。


アルマンは、怒りで顔を赤く染めながら、憤りを口にする。

「それは、確かに表ざたに出来ませんね・・・セダンで死んだ彼らに、一体どんな顔で報告すればいいのか。彼らの犠牲は、無駄だったと、そういうことですか」
「さあな。軍人ではないから、よくわからんよ。だが、ハインリヒ大公の功績は評価されてしかるべきだということだな」

父の言葉に、息子は嫌悪と侮蔑を含んだ声で、掃き捨てた。

「結局は『金』ですか」

リッシュモンは煙草の火を灰皿でもみ消しながら、何も答えず立ち上がった。

「古きよき伝統」が、金という新しい秩序に蹂躙されている現状が、我慢ならないのだろう。現実を直視した上で、自分の力ではどうすることも出来ないとわかっている。わかっているがゆえに、何も出来ない自分の力のなさが歯がゆいのだ。


リッシュモンはそんな息子の態度を見ながら古い友人を思い出していた。

誰よりも貴族足らんとした彼は、領民から過度の取立てを行わず、飢饉のときは年貢を免除し、結果、積み重なった借金で首が回らなくなった。彼こそが、将来のトリステインには必要な男だと、貴族が商人に負けてはいけないという思いから、彼を救おうと、貴族の論理で、正々堂々と戦った。

だが「貴族の論理」は、一枚の契約書によって、あっけなく敗れ去る。貴族としての誇り以外の全てを失った彼は、何も言わずに、何処へとなく去っていった。

今、彼がどこでどうしているのか――生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。今や習慣ともなった、執務室の窓からタニア橋を眺めるのは、雑踏の中に、彼の姿が見えないかを探しているからだと、最近ようやく気がついた。


「納得しなくてもいい。ただ現実は現実として受け入れなければならん。目を背けても、何も変わらん・・・そうでなければ、この国は生きていくことが出来ないのだ」
「トリステインといえども、ですか」

マルシャル公爵の呟きにうなずきながら、再びリッシュモンは窓からタニア橋を見下ろした。


雑踏の中に、友人の姿を見たような気がした。



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