アルビオンの玄関港にして、ペンヴィズ半島の中心都市であるプリマス。
荷物を満載した商船や、取引を行う商人が行き交う港湾は、ここ半年前から例年以上に活気で満ちている。老朽化や取扱量の増加などで、限界に近づいていた港湾施設を拡張する工事が行われているからだ。工事資材を積み込んだ船や、陸揚げされた石材、忙しく走り回る作業員や、それを指揮する現場監督の怒声・・・それらを避けるように、一隻の船が出港した。
軍艦「キング・ジョージ7世」。ブリミル暦2000年代のアルビオン国王・ジョージ7世(騎士王)の名にふさわしく、白で統一されたその船体は、軍艦には見えない優美な姿で知られる。船に乗るのは、デヴォンシャー伯爵率いるサヴォイア王国への使節団59名。本来、軍艦が単独行動することはありえないが、戦時状態が続くトリステイン領空を通過するとあって、単独航海を余儀なくされたのだ。
「トリステインの恩知らずどもめ・・・」
苦々しい顔をした伯爵を乗せた「キング・ジョージ7世」が出港したのと時を同じくして、ハノーヴァー国籍の船が、プリマスに入港した。
「セント・クリスチャン」-ハノーヴァー国王クリスチャン12世の名前を冠した、同国に本店を持つ大商会・シュバルト商会所属の商船である。全長80メイル、航続距離や積載量など、軍船を除くと、ハルケギニアでもこれほどの船を有している国や商会は数えるほどしか存在しない。商船にも関わらず、国王の名前がついているのは、商会が「この船はハルケギニア中に陛下の御威光を知らしめることになります」と、言葉巧みに王の虚栄心をくすぐったため。船名と引き換えに、莫大な建造費の大部分を国庫から引き出すことに成功した。
その離れ業を成し遂げた舌の持ち主である、シュバルト商会代表-アルベルト・シュバルトは、ここ数年、アルビオンへの視察出張が増えた。他の商会や、アルビオン政府の下級官僚などは、彼の商会が主導して始めた港湾整備事業を視察するためだと見ていた。シュバルト商会で一定以上の地位にある者は、商会が密かにアルビオン国内で建設中の、水力紡績工場を視察するためであると考えていた。
確かにそれらも重要ではある。だが、アルベルトには、本人とごく一部の側近しか知らない、ある人物との会談を行うという目的があった。
今頃、ロンディニウムの王宮で昼寝でもしているのだろう-世間の広さと、上には上が居るという事を、自分にまざまざと知らしめたその王族が、商会にもたらす莫大な利益と、法外な無理難題の両方を思い浮かべたのか、アルベルトは深いため息をついた。
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ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(往く者を見送り、来たる者を迎える)
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「やぁやぁ、よく来てくれたねアルベルト」
両手を広げて出迎えるのは、現アルビオン国王・ジェームズ1世の王弟であるヘンリー王子。王族でありながら、大商会の主とはいえ、商人に過ぎない自分に、まるで十数年来の友人であるかのように、なれなれしく・・・もとい、親しげに声をかけてくれる。これで自分がこの国の平民なら、感激のあまりに永遠の忠誠を誓うところであるが、残念ながら自分は商会の主。金ならともかく、国家や王族に、ましてや他国の王族に対して、忠誠どうこうという気持ちなど、さらさら存在しない。
ここはロンディニウムにあるシュバルト商会総支店の貴賓室。ハルケギニア全土に名をとどろかす大商会の貴賓室でありながら、まるで教会の待合室であるかのように飾り気がない。シュバルト商会クラスになると、貴賓室に装飾品や調度品などをこれ見よがしに並べてハッタリをかます必要がないからだ。だが、貴賓室に置かれている机にしても椅子にしても、その辺の商人が10年かかっても、買えるような代物ではない。
そんな椅子にどっかり腰を下ろして、親しげな笑みを浮かべるヘンリー。無性に腹が立つのは、自分だけだろうか?紅茶と一緒に塩を出すように命令しておくか・・・
アルベルトが、小学生の様な嫌がらせを思い浮かべていることなど知る由もないヘンリーは、必要最小限だけ付いてこさせた侍従を控えの間に下げ、自ら部屋全体に「サイレンス」を掛けた。アルベルトも秘書のサニーに命じて、人払いを命じているので、これでこの部屋の会話が洩れる心配はない。
机の上にアルビオンとハルケギニア北東地域の地図を広げながら、一見、親しみやすそうに見える笑みを浮かべた王弟は口を開く。
「ロサイス軍港の工事がおわったそうだね。僕も視察に行ったけど、まるで別の町かと思ったよ。さすがシュバルト商会だね」
「ありがとうございます。これもひとえに陛下の御威光あってのものです」
嫌味で答えるが、まったく気にする様子もない。むしろ楽しんでいる気配すらある。塩じゃなくて、明礬にするか・・・
さかのぼる事2年前、水力紡績機の情報独占と引き換えに、シュバルト商会とアルビオン政府-ヘンリーとアルベルトは、いくつかの契約(密約)を結んだ。そのうちの一つに、国家インフラの整備-港湾街道整備事業への出資が含まれていた。
街道整備に関しては、現在アルビオン財務省が主導して行っている領地再編がひと段落してからの話なので、現状の街道補修と整備にとどまっている。そこで、港湾整備を先攻して行うことになった。
空中国家アルビオンにとって、港の重要性は大陸諸国と比べ物にならないぐらい高い。港とはいっても、海の帆船のように、沿岸部にだけ存在するのではない。風石を使用した船が大型化するに従い、内陸部まで、一度に大量の物資を運搬出来るようになった。そのため、人口の多い内陸部の大都市にも、元々の湖や河川を利用するなどして、港湾が整備されるようになった。
翼をつけた空飛ぶ船という、魔法が存在するSF世界の中でも、飛び切りふざけた存在であるこの船(ニュートンが知ったら「引力なめんな」と激怒するだろう)は、「風石」という鉱物を原動力とする。
風の力の結晶とされる風石は、振動を与えられると、浮力を生じる。この空飛ぶ無限のエネルギーを秘めた鉱物のコントロール技術を、始祖はハルケギニアに伝えた。振れば飛ぶのだから、魔法の使えない平民であっても使用可能だ。もっとも、風石の鉱脈探しや、採掘・加工に関しては、風や土系統の魔法が必要であるため、完全に平民が自由に扱える代物ではない。そのため、この「魔法が仕えなくても空を飛べる」という風石は、軍事的観点や平民に必要以上に力を持たせることを警戒した貴族や各国政府によって、平民の利用に厳しく規制が設けられた。
状況が変わったのはブリミル暦4531年。四十年戦争と小麦飢饉によって疲弊したアルビオンを立て直すため、国王リチャード12世は、規制緩和を中心とした改革を断行したが、その経済再建策の一環として、平民への風石供給量を拡大させた。民間資本は競って船舶に風石を利用。爆発的な技術革新により、船舶の高速化と大型化が進んだ。いち早く民間資本への解禁を行ったことにより、アルビオンの船舶建造技術は、ハルケギニア一と呼ばれるまでに成長した。かつて船舶は、50メイル程度の規模が限界だとされていたのが、現在ロサイス工廠で建造中の「キング・ジョージ8世」は、全長150メイルにも達する。
船の高速化と大型化に成功した民間商船は、ハルケギニアに物流の革命をもたらした。以前とは比べ物にならない速さで情報や物が駆け巡り、それによって経済成長のスピードと規模も拡大した。経済成長は人口の増加につながる。ブリミル暦4000年初頭のハルケギニアの人口はおよそ3000万人だったが、5000年の初めには5000万人に、アルビオンも300万人から500万人に達したとされる。
しかし、人口の増加にともない、港湾施設の狭さと老朽化が問題となった。湖や河川を利用して建設された港湾だが、当初の取り扱い予想量を、経済発展と人口増が追い越してしまったのだ。夜間照明も満足にない状態では、港の使用時間は限られている。港湾職員が、朝から晩までフル稼働しても、都市で物資が足りなくなるという、信じられない事態も発生した。
いずれ陸上ドックの拡張など、港湾施設の設備を行わなければならないというのは、誰もが認めるところであったが、必要とされる莫大な資金に、港湾を保有する都市の大貴族は無論、アルビオン政府ですら、理由をつけて後伸ばしにしていた。出資を求められたアルベルトがしり込みしたのもむべなるかなである。
2年前発足した「アルビオン公共交通事業公団」は、そのアルビオン国内の街道・港湾整備事業への出資を目的としていた。ヘンリーのアドバイス(それが気に食わないのだが)によって、シュバルト商会が主導し、14の商会と、アルビオン国内の富裕貴族が出資した、この半官半民の会社は、出資額に基づいて利益を配分される共同出資の形をとっていた。うまみは減るが、リスクも分散できるというわけだ。
港湾整備の計画に関しては、スラックトン宰相を議長に、王立空軍司令官(空軍大将)、内務次官、内務省港湾局長、港湾設備を保有する大貴族に商会側責任者が参加した「港湾設備調整会議」が論議。結果、軍港であるロサイス・プリマスに始まり、人口5万人を抱える大都市のバーミンガム・マンチェスター・リヴァプールの、都市整備も含めた港湾拡張、そして東部のエディンバラ、ニューカッスルへの新港設置などが順次決定された。
都市整備に関しては、シュバルト商会が強く求めた。アルビオン総支店長のデヴィトは、港湾整備事業と同時に、秘密裏に水力紡績工場建設に奔走したが、河川沿いの工場用地の確保、工場作業員宿舎の確保と、事あるごとに用地問題に苦労させられた為である。中途半端な投資をするくらいなら、思い切って俺らの思う様にやらせてもらいたい商会側と、中長期的観点から見れば、願ったりかなったりのアルビオン側の思惑は一致した。
だが、総論賛成各論反対-経済的合理性で物を考える商会側と、行政官として現状から物を考える内務省官僚の隔たりは大きかった。両者は、喧々諤々、時につかみ合い、取っ組み合いの論争(?)を経て、後に「近代都市計画の原型」とされる、都市整備計画案をまとめた。
これまで「都市整備」という考え方は存在せず、教会を中心に、必要に応じて貴族屋敷地区・各職人街・宿屋街・下町などが次々にぶら下がる、いわゆる葡萄型であった。よく言えば猥雑で活気があり、悪く言えば無秩序。入り組んだ道路は、火災などの非常事態への対応を遅らせると同時に、平時では流通を妨げ、経済発展の障害となっていた。
作成された都市整備計画案では、まず中央街(教会や官庁街)を基点に、幅20メイルにも及ぶ中央通を通して、道路を張り巡らせる。道路の下には上下水道を整備して、衛生環境の改善を図り、公共交通機関として、誰もが利用できる駅馬車を通した。将来的な都市の拡張を見込んで、これまでのような無秩序な拡張ではなく、放射線状や碁盤目状に行われるように、先んじて道路で土地区画を区切ることになった。パリ大改造とまではいかないものの、ここまで出来ればたいしたものだと、計画書を見たヘンリーは唸ったものだ。
「バーミンガムでは、お宅のデヴィトと、うちのスタンリー男が、そうとう激しくやりあったそうだな」
人のよさそうな(蛙にそっくりの)デヴィトと、一見飄々としたスタンリー男爵。ああ見えて両方とも、そうとう強情者だからな・・・可哀相に、間で苦労したバーミンガム市長は、白髪としわが増えたそうだ。
アルベルトは、そんなことは知ったことではないと言わんばかりに、言い放つ。
「議論のないところに、発展はありえません」
どことなく棘のある対応に、ヘンリーは肩をすくめる。まったく、僕がいつ嫌われるようなことをしたかね?むしろ感謝して欲しいくらいだ。王立空軍の説得は大変だったんだぞ?
シュバルト商会の要請で、港湾の管理は、内務省港湾局に一元化することになった。港湾施設の管理権を持つ大貴族達は、港湾の維持管理費を政府に丸投げできると、同意したが、軍港に関しては、司令官のチャールズ・カニンガム空軍大将をはじめ、王立空軍が渋った。スラックトン宰相が粘り強く(しつこく)説得、最終的には、非常時の管轄権は軍を優先するという条件で、折り合いをつけた。
・・・あれ?俺何もしてない?
「んんッ・・・ところで・・・」
次にヘンリーが切り出す内容が予想できたアルベルトは、商売上の笑みを浮かべていた顔を不自然にゆがめた。自分にだって最低限の良心くらいはある。ましてや、自分がやっていることは、商人として失格といわざるを得ない。
顧客の情報を、特定の人物に洩らしているのだから・・・
・・・という具合に、自分で自分を罵倒することで、最低限の良心に言い訳をするアルベルト。とはいえ、いつもいつも、この糞が・・・王弟に先んじられるのは面白くない。
顧客の欲しいものを予想するのも、商人として必要な能力だ。
「ゲルマニアの何を、お聞きしたいのですか?」
一瞬、驚いた顔をしたヘンリーだが、すぐに笑みを浮かべる。
「勘が良くて助かるよ」
先の水力紡績機を巡る密約の一つ-シュバルト商会が、アルビオンの耳として(ヘンリー個人に)情報提供を行う。もしこれが第三者の耳に入れば、シュバルト商会は、ハルケギニアで、2度と商売が出来なくなる。築き上げた信用を全て失うかもしれないというリスクを犯してでも、水力紡績機の情報を独占することを、アルベルトは選択した。シュバルト商会は、旧東フランク諸国を中心に、ハルケギニア全土に支店を持つ。「エルフ以外となら、誰とでも商売をする」と陰口を叩かれる情報網は伊達ではない。ガリア国王ロペスピエール3世崩御の情報も、ヘンリーはシュバルト商会経由で得ることが出来た。
そのシュバルト商会をしても、先のガリアのトリステイン侵攻は予測できなかった。元々、ガリアを中心とした旧西フランク諸国は、ロマリアに本店を持つロンバルディア商会の勢力圏で、シュバルト商会は遅れをとっていた。折悪しく、その時アルベルトはロンディニウムに滞在していたため、否が応でもヘンリーと顔合わせをせざるを得なかった。
その時の、目の前の男の笑みときたら!
密約がなくとも、これだけの軍事作戦を、察知することが出来なかったのだ。情報こそ生命線である商会にとって、これは深刻な事態だ。もし戦争が長引けば、国境を越えて行う商取引や、金融業に与えた影響は計り知れなかったのだ。アルベルトは各支店に、情報収集機能の強化を命じていた。
同じ失敗は2度としない。簡単なようで難しいことだが、アルベルトはいつでもそれを成し遂げてきた。
さあ、どんな質問でも、ばっちこーい!
「・・・どういう意味だ?」
「・・・わかりません」
「まぁいい・・・ゲルマニアについてだが。近日中、もしくは半年以内に、軍事作戦を起こす兆候はあるかね?」
ヘンリーの言葉に、大商会の代表は首をかしげた。
ラグドリアン戦争終結の戦塵覚めやらぬ緊張状態の合間を縫って、トリステイン王国ヴィンドボナ総督のホーエンツオレルン家が独立を宣言したのが2ヶ月前のこと。
トリステインは、上は国王から、下はトリスタニアの平民にいたるまで、反ゲルマニア一色に染まった。アルベルトが付き合いのあるトリステイン貴族から集めた情報によると、王宮は、リシュリュー外務卿を初めとする外務省や文治官僚は強硬派、逆に軍部が慎重論を唱えて二分されている。「軍事介入も辞さず」という一部強硬派の意見を、宰相に返り咲いたエスターシュ大公が矢面に立って、不満を一身に引き受けながら、押させている状態だという。国王フィリップ3世も、軍の派兵には反対なのだろう。「ゲルマニア討つべし」一色の世論では、表立って反対意見を述べられないために、わざわざエスターシュ大公を再登板させるという、遠まわしなことを行ったのだ。
「・・・」
アルベルトの解説を聞くヘンリーの反応は思わしくない。腕組みをしながら、机に広げた地図に視線を落としたままだ。服の下にいやな汗をかきながら、話を続ける。
「国境を接するガリアは、国内の引き締めで手一杯です。イベリア半島のグラナダ王国、トリステインに続いて、3つ目の戦線を戦線を自分で築くとは思えません。王の称号を与えたロマリアにしても、わざわざ喧嘩を吹っかける理由が見当たりません。旧東フランク諸国にしても・・・」
ヘンリーが口を開いた。
「そんなことは、君に言われなくともわかっている」
アルベルトは心の中で舌打ちをした。
まただ。小麦の相場だの、次のロマリア教皇の予想に関しては自信がある。だが、この王弟の考えだけは、さっぱり解からない。暗闇の中で、鼻と耳をふさがれて歩かされているようだ。会話の主導権を握られっぱなしなのは、商人として情けないかぎりだが、事実だけに受け入れざるを得ない。
ワインでもがぶ飲みしたい気分だと思いながら、アルベルトは尋ねる。
「・・・殿下は、ゲルマニアが軍事行動を、軍事作戦を他国に起こすとお考えで?」
肯定だと頷くヘンリーに、アルベルトは肩をすくめた。
「ありえませんな。あのケチな金貸し-ゲオルグ1世ですぞ?現実主義者を絵に描いたような男が。独立できただけでも御の字なのですから・・・」
「国際情勢の講義を受けるつもりで、貴様に会いに来たわけではないぞ」
アルベルトはそれまでの商売上の笑みをやめて、まるで悪戯が見つかった子供のように頭を掻いた。ついつい先走るのは、自分の悪い癖だ。いつもならこんな失敗をしでかすことはないのだが、この王子相手では、どうも調子が狂う。貴賓室をごてごてと飾り付けないように、いまさらヘンリー相手に、見栄やハッタリをかましても仕方がない。
「失礼・・・私の考えはともかく、現状でゲルマニアには軍事作戦の兆候は見られません。食料や武器弾薬など、平時か、それ以下の注文しか受けておりません。他の商会も同様です」
ガリアやロマリアならともかく、旧東フランク諸国の中で、シュバルト商会を出し抜けるものなど存在しない。これは自信でもハッタリでもなく、事実である。
「市場はラグドリアン戦争から以降、下がりっぱなしで、買占めの兆候は見られません・・・それと、ゲルマニアは傭兵団に対して、雇用の延長契約を結ばないと通告しました。つい三日前の話です」
ガリアが常備軍を採用して以降、その有効性(1年中、軍を自由に動かすことができる)は、ハルケギニア諸国で広く理解されていた。だが、実際には財政的な面から、常備軍の導入を始めた国は少なかった。金のかかる常備軍より、問題行動があろうとも、短期の雇用ですむ傭兵のほうがいいと考えていたからだ。
「これから戦争しようという国が、そんなことをするでしょうか?」
「・・・わざと油断させるために、これ見よがしに解雇を行うという可能性は?」
アルベルトは胸の前で手を振った。
「ありえませんな。腹が減っては、戦はできんのです。武器も何もなしの、パンツ一丁のゴーレム軍団だけで作戦を行うというのなら話は別ですが」
何故かブリーフをはいたゴーレムが頭に浮かんで、ヘンリーは噴いた。アルベルトも、ようやく難関を乗り越えたかと、ほっとした表情で続ける。
「これは関係ないと思いますが、ゲルマニアが近隣諸国に関税同盟を呼びかけたそうです。これから戦争しようという国が、商売しようと呼びか「なんだと?」
ヘンリーの口調が厳しくなる。和らぎかけた空気は、一瞬で吹き飛んだ。
「間違いないか?ゲルマニアが、関税同盟を?」
「え、ええ。旧東フランク諸国に対して。私ども商会としては、願ったり叶ったりなのですが・・・」
すでにヘンリーの関心はこちらにはない。眉間に皺を寄せ、腕組みをしながら、考えに没頭している。いつものことだが、彼の考えていることが、さっぱりわからん。ゲルマニアが関税同盟を呼びかけたのが、そんなに重要な事態なのか?
机の上に広げた、旧東フランク地域の地図を見ながら、ヘンリーは呟いた。
「まったく、金貸しが嫌われるわけだよ」
(貴方にだけは、絶対言われたくない)と、金融業も営むアルベルトは思った。