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No.17077の一覧
[0] ハルケギニア~俺と嫁と、時々息子(転生・国家改造・オリジナル歴史設定)[ペーパーマウンテン](2013/04/14 12:46)
[1] 第1話「勝ち組か負け組か」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:40)
[2] 第2話「娘が欲しかったんです」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:46)
[3] 第3話「政治は金だよ兄貴!」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:55)
[4] 第4話「24時間働けますか!」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:46)
[5] 第5話「あせっちゃいかん」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:07)
[6] 第4・5話「外伝-宰相 スタンリー・スラックトン」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:11)
[7] 第6話「子の心、親知らず」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:15)
[8] 第7話「人生の墓場、再び」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:18)
[9] 第8話「ブリミルの馬鹿野郎」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:17)
[10] 第9話「馬鹿と天才は紙一重」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:22)
[11] 第10話「育ての親の顔が見てみたい」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:25)
[12] 第11話「蛙の子は蛙」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:31)
[13] 第12話「女の涙は反則だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:36)
[14] 第13話「男か女か、それが問題だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:42)
[15] 第14話「戦争と平和」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:07)
[16] 第15話「正々堂々と、表玄関から入ります」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:29)
[17] 第15.5話「外伝-悪い奴ら」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:07)
[18] 第16話「往く者を見送り、来たる者を迎える」[ペーパーマウンテン](2010/06/30 20:57)
[19] 第16.5話「外伝-老職人と最後の騎士」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[20] 第17話「御前会議は踊る」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:47)
[21] 第18話「老人と王弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:48)
[22] 第19話「漫遊記顛末録」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[23] 第20話「ホーキンスは大変なものを残していきました」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[24] 第21話「ある風見鶏の生き方」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[25] 第22話「神の国の外交官」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[26] 第23話「太陽王の後始末」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[27] 第24話「水の精霊の顔も三度まで」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[28] 第25話「酔って狂乱 醒めて後悔」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[29] 第26話「初恋は実らぬものというけれど」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[30] 第27話「交差する夕食会」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[31] 第28話「宴の後に」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[32] 第29話「正直者の枢機卿」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[33] 第30話「嫌われるわけだ」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[34] 第30・5話「外伝-ラグドリアンの湖畔から」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[35] 第31話「兄と弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[36] 第32話「加齢なる侯爵と伯爵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[37] 第33話「旧い貴族の知恵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[38] 第34話「烈風が去るとき」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[39] 第35話「風見鶏の面の皮」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[40] 第36話「お帰りくださいご主人様」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[41] 第37話「赤と紫」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[42] 第38話「義父と婿と嫌われ者」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[43] 第39話「不味い もう一杯」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[44] 第40話「二人の議長」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[45] 第41話「整理整頓の出来ない男」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[46] 第42話「空の防人」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[47] 第42.5話「外伝-ノルマンの王」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[48] 第43話「ヴィンドボナ交響曲 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[49] 第44話「ヴィンドボナ交響曲 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[50] 第45話「ウェストミンスター宮殿 6214」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 18:07)
[51] 第46話「奇貨おくべし」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:55)
[52] 第47話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[53] 第48話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[54] 第49話「結婚したまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[55] 第50話「結婚しないでいたまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:03)
[56] 第51話「主役のいない物語」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:54)
[57] 第52話「ヴィスポリ伯爵の日記」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:44)
[58] 第53話「外務長官の頭痛の種」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:39)
[59] 第54話「ブレーメン某重大事件-1」[ペーパーマウンテン](2010/08/28 07:12)
[60] 第55話「ブレーメン某重大事件-2」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:21)
[61] 第56話「ブレーメン某重大事件-3」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:24)
[62] 第57話「ブレーメン某重大事件-4」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:58)
[63] 第58話「発覚」[ペーパーマウンテン](2010/10/16 07:29)
[64] 第58.5話「外伝-ペンは杖よりも強し、されど持ち手による」[ペーパーマウンテン](2010/10/19 12:54)
[65] 第59話「政変、政変、それは政変」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:41)
[66] 第60話「百合の王冠を被るもの」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:45)
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[17077] 第15.5話「外伝-悪い奴ら」
Name: ペーパーマウンテン◆e244320e ID:b679932f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/06 19:07
トリステイン王国の王宮は、水の国という通称にふさわしく、中央の大噴水を中心に、四方に水路が巡り渡されている。流れてとどまる事のない水が、王宮という、息の詰まるような重苦しい空間に、開放感を与えている。

ただ一箇所、宰相執務室を除いては

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ハルケギニア~俺と嫁と、時々息子~(外伝 悪い奴ら)

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エスターシュ大公ジャン・ルネ6世-若い頃は、社交界の貴夫人達の羨望と嫉妬を集めた美しい長い黒髪は、白いものが増えて灰色になっている。黒い僧服と相まって、聖職者にしか見えない。唯一、腰に差しているメイジの象徴たる杖が、彼が貴族であることを表しているが、その杖ですら、細身の体にはつらそうだ。彼がまだ30代前半だと聞いたとして、誰が信じようか?

切れ長の目の目じりに刻まれた皺を、ますます深く刻み込むように、エスターシュ大公は、膨大な書類の詰まれた机を睨んでいた。その視線の先は、書類にではなく、どこか遠くに思いをはせているように見える。考えに没頭するため、人払いを行ったため、部屋には大公以外、誰も居ない。この重苦しい静寂の空気をさえぎる事が出来るのは、この国にはただ一人-トリステイン国王しか存在しない。

しかし、当の国王フィリップ3世が、この若い宰相の部屋を訪問することはないため、それはありえない。端的にいえば、彼を嫌ってるとまではいかなくても、敬遠していることは、トリステインに住む者であれば、3歳の童ですら知っている。国家の緊急事態-先のガリア侵攻などでも起らない限り、国王が彼を呼び出すことはない。


国王の個人的信認-より正確に言えば、トリステインに住む者のほとんど全てからの信頼を失ったのは、彼自身の招いた事態である。情けない自分への怒りはあっても、自分自身の現在の境遇や、向けられる視線に対して、不平不満を言うほど、彼は安いプライドの持ち主ではなかった。


「トリスタニアの変」

一昨年、権勢をほしいままにしていたエスターシュ宰相が突如解任。彼のユニコーン親衛隊が解散を命じられ、主だった者が閉門や国外追放の処分を受けた事件である。これという失政のない宰相の解任に、宮中は混乱状態に陥り、一大公家の親衛隊に、国王自らが処分を下すと言う異例の事態に、誰もが首をかしげた。

その後、しばらくして一つの噂が、市中で囁かれるようになった。曰く「大公が国王を追い落として、自ら王になろうとした」

噂の出所はどこかわからない。若干21歳の若さで宰相と言う、国政の重責を担う立場に就任した彼をねたむ貴族は多かった。男の嫉妬-それは出世が絡むだけに恐ろしく陰険である。大公の政策は、どんな無理難題の横車を押してみても、倒すことの出来ない完璧な理由が立てられていた。また、誰がどこらかどう見ても実績を重ねている状況が、ますます貴族達の気分を悪くさせた。正しいことは、正しいがゆえに憎まれる。手柄を立てれば、誰もが喜んでくれるわけではないのだ。

エスターシュ大公は、落ち度はなくとも、自身への反感に火をそそぐ言動を繰り返した。小さい頃から彼には周囲の全てが、頭の回転が遅く、気働きも出来ない愚か者に見えた。だからこそ、嫉妬を買わないようにと、できるだけ丁寧な言葉と態度を心がけていた-それが、慇懃無礼な態度だとは思いもせず。

(20そこらの若造に、馬鹿丁寧な言葉で話されたら、馬鹿にされたと思うよな・・・)

振り返ればエスターシュ自身、とてつもなく鼻持ちのならない人間であったと思う。それが如才のない態度だと思っていた自分は、愚か者としかいいようがない。確かに自分は一流の政策立案者ではあった。問題点を正確に把握し、解決策を示す-だがそれだけだ。官僚であっても、政治家ではない。政治とは、人が行うものだということを知らなかったのだ。政治家云々以前の問題だったのだ。

エスターシュは、その「人」に足元を掬われた。それも、自分自身が絶対のコントロールが出来ていると信じていたユニコーン親衛隊によって。裏仕事をまかせていた女僧侶-本当に僧侶だったかどうかはわからないが-が、自分の知らぬ間に、親衛隊を私兵にして、屍兵を使い、あまつさえ国王陛下の命を狙って、阻止せんとする魔法衛士隊と戦ったのだ。エスターシュ自身は全く関与していなかった。女僧侶に裏工作を任せていたが、「木偶」は、禁制の水の秘薬を使って、精神を支配しているのだろうとばかり思っていた。それがまさか、殺してからよみがえらせると言う、世にもおぞましい事だったとは、想像だにしなかった。いっぱしの政治家気取りだった当時の自分が恥ずかしい。

確かに彼は自身の親衛隊を、正式な近衛隊に昇格させようとしていた。それは魔法衛士隊の能力に疑問を持ったこともあるが、自身の権力基盤を固めようとしたためである。

貴族や宮中で自分が好かれていないという事はわかっていた。大公家といっても、エスターシュ大公家は3代前のルネ3世が領土経営に失敗して、王家に領地を返上。貴族年金をもらって、トリスタニアで暮らす一貴族でしかなかった。ジャン・ルネ6世は、その境遇から抜け出そうと、必死に努力を重ねた。結果、その能力を見込んだ財務卿ロタリンギア公爵の後押しを受けて、ついに宰相に上り詰めた。ところが宰相就任直後にロタリンギア公爵が病没。人望の篤い大政治家の死は、彼の権力基盤を危うくした。幸いにして、ロタリンギア公爵の「エスターシュは、お国のために必要です」という遺志を、国王フィリップ3世が了としたため、なんとか宰相の地位には居られたが、周囲のほとんどが敵と言う状況に変わりは無かった。エスターシュはその中で、必死に自身の立場を維持しながら、改革を続けてきた。

何とか自身の権力基盤を-彼が目をつけたのが、王の側近集団である魔法衛士隊であった。魔法衛士隊は、貴族の子弟達の志願制である。国王や王族と接することの多い彼らの中から、将来の王の側近が見出されることもある。宮廷政治家への近道として、ここに志願する者も多い。

(ここを押さえれば・・・)

評判の悪い自分が宰相で居られるのも、国王の支持があってのこと。宮中を押さえることが出来れば、将来の国王たる者の側近に、自分の息のかかった者をつけることが出来る。幸いと言うべきか、国政の責任を負う宰相としては腹立たしい限りだが-魔法衛士隊は、素行が悪いことで知られている。なら、自分の親衛隊を鍛え上げれば、衛士隊に取って代わることも不可能ではない。エスターシュは親衛隊の名前に、将来的には王の近衛隊にする意思も含めて、ユニコーン(一角獣)の名前を付けた。


ところが、その親衛隊がよりにもよって国王の暗殺を図った-反逆罪とみなされても不思議ではなかった。



自分を救ったのは、以外にも魔法衛士隊の面々だった。事件発覚後、衛兵によって謹慎させられていたため、詳細はわからないが-魔法衛士隊隊長のサンドリオンこと、ラ・ヴァリエール公爵家の三男ピエールと、マンティコア隊隊長の「烈風カリン」ことカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール(まさか女だったとは、ユニコーン隊の反乱を知らされた時より驚いた。あの胸で・・・不憫な・・・)が、国王陛下に取り成しをしたそうだ。

その理由がわからない。自分は彼らを排斥しようとしていた本人だ。何故その自分を助ける?謹慎中の身では、本人達に聞けるわけもない。食事を持ってきた家令のイワンに、何気なくその疑問をぶつけてみた。

元々、答えが聞きたくて尋ねたわけではない。この老家令は実直だけがとりえの様な、気の回らない男である。自分より歳は食っているが、それ以上でも以下でもない-その彼が、言い辛そうに話し出す。

「・・・私が、陛下にお仕えするのと、同じ理由だと思います」
「どういうことだ?」

首をかしげる自らの主人に、イワンは意を決して切り出した。

「・・・殿下は、数字や歴史についてはお詳しくても、人というものを知らなさ過ぎます。人とは、殿下のように合理的に、または感情的に・・・ましてや、自分の利益だけのために動くものではないのです」


後頭部を殴られたような衝撃をうけた。


老家令はおっかなびっくりに見返してくる。返事をしなかったことで、機嫌を損ねたと思ったのであろう。返事をしなかったのは意図的ではない。言葉を、返すことが出来なかったのだ。


「ふふふっ」

いきなり噴出した後、口を手のひらで押さえて笑い出した俺に、イワンが思わず後ずさる。若くして宮中の頂点に立ち、影の国王とまで言われた栄光から一転、謹慎を命じられたという衝撃で、おかしくなったと思ったんだろう。エスターシュはその誤解を解こうとしなかった。


「あははははは!」


こらえきれず、腹を抱えて、腰を折るように笑った。外にいた衛兵が何事かと駆け込んできて、笑い続ける俺を見て唖然としている。そんなこと、知ったことか!


こんなに笑ったのは、何年ぶりだろう?


愚か者と、それも一番使えないだろうと自分が思っていた連中に、当たり前のことを教わり、自分の命を救われたのだ。腹が立って、悲しく、情けない。だが、何と痛快なことか!あの馬鹿どもがこのわしの助命のために走り回った理由はもはやどうでもよかった。


なんと人間は奇妙な生きものか!木偶が勝てなかったはずだ!


エスターシュは監視役の騎士たちが奇異の視線を向ける中、一人笑い続けた。


***


事件は内密に処理された。宰相である大公の親衛隊の反乱を公表するなど、ガリアの「太陽王」が攻めてくる理由を与えるようなもの。事件解決の功労者であるサンドリオン達の訴えをいい事に、エスターシュが宰相を辞任することによって「トリスタニアの変」は解決した。

エスターシュ自身は、これまでの功績もあって、王都トリスタニアの屋敷に居住することを許された。体のいい軟禁だったが、彼に不満は無かった。自分に反感を持つ貴族達が流す、根も葉もない噂によって「英雄王を追い落とそうとした奸臣」という悪評が、市中で高まっていく状況にも、何もせずにいた。いまさら政界に復帰しようとは思わない。この事件を前後にして、フィリップ陛下も、政治を熱心に勉強されるようになったと聞く。元々聡明な方なのだ。やる気になれば後は早い。文武両道の名君になる日もそう遠くは無いだろう・・・


エスターシュは心置きなく、残る人生を読書三昧ですごそうと考えていた。


それが、だ


「ガリア軍、トリステインに侵攻!」


急報を聞いたエスターシュは、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。





戦争には勝った。セダン会戦でガリア軍を寡兵にて打ち破り、リール要塞に篭って、持久戦に持ち込んだことが幸いした。秘密裏に各国に仲介交渉を打診していた最中にもたらされたガリア国王ロペスピエール3世の死は、トリステイン国内を沸かせた。

「ガリアに死を!」「卑怯者を打ち破れ!」

この間、ずっと屋敷の自室にこもっていたエスターシュにも、興奮した市民の叫び声が聞こえてきた。


仮にもこの宰相だったエスターシュには、トリステインの現状は手に取るようにわかる。この勝利が「薄氷の勝利」に過ぎないことも。もしロペスピエール3世が死んでいなければどうなったか-考えるだに恐ろしい。

国内での持久戦-あの状況では、長引けば長引くほど、ガリアの優位は明らかであった。ガリアはその気になれば、あと5万の軍を動員出来るのに対して、トリステインはセダン会戦で動員した8千が、首都とその他の国境警備を考えると、動かす事が出来る事実上の総兵力であった。会戦で2千人余りの戦死者を出した上で、さらに兵力を動員しようとしても、人がいない。傭兵を雇おうにも、劣勢の軍に好んで付くような者は存在しない。おまけに、ここ数年の不作で、財政状況が思わしくなかった。リール要塞を維持できるか、補給物資が送れなくなるのが先かという状況だったのだ。もしロペスピエール3世の死が、一ヶ月でも遅れていたら、今、市民がデモを行っているブルドンネ街を闊歩していたのは、ガリア兵だったのかもしれないのだ。

憂鬱な気分に浸る彼の元に、王宮からの召集状が届いたのは、その直後であった。




セダン会戦がトリステインにもたらした影響は大きい。ガリア国境線の村々が踏み荒らされて荒廃したことは勿論、2千もの兵が永遠にトリステインから消えたのだ。

実際のところ、兵が2千いなくなろうと、平民や下級貴族が何人死のうと、トリステインの国体は微動だにしない。エスターシュは戦死者のリスト-中でも、仕官や将官クラスの戦死者を見て、思わず倒れそうになった。王太子フランソワをはじめ、軍司令官のヴァリエール公爵とその長子ジャンと次男マクシミリアン、自身の後任である宰相のブラバント侯爵・・・トリステインの中枢たる人物が、ことごとくヴァルハラ(天上)に召されたのだ。

中でも王太子フランソワの死が、トリステインに与えるであろう影響は計り知れない。彼の死は次の国王たる者が死んだという事だけにとどまらない。


フランソワは、フィリップ3世の子供ではない。その父はアンリ7世-フィリップの兄にして、先々代の国王である。フィリップはアンリ6世(豪胆王)の三男に生まれた。二人の兄、長兄のアンリと次兄のルイがいたため、まさか彼が王になると思う者は誰もいなかった。元々魔法の才があり、軍事教育を中心に受けて伸び伸びと育った彼は、よく言えば父王譲りの豪胆な、悪く言えば単純な性格に育った。政治的なことを考えず、職務に忠実で命令には絶対服従-王族出の軍人としてはこれ以上ふさわしい性格にはない。

父の死後、長兄のアンリが王位を継いだ(アンリ7世)が、その10年後、はやり病で崩御。残された子供が幼かったため、王弟のルイが急遽即位した(ルイ18世)。ところがその5年後、ルイ18世もまた突然に病死したのである。混乱する宮中に、ヴァリエール公爵家から、ヴィンドボナ総督領に属するツェルプストー侯爵家と交戦状態に陥ったという知らせがもたらされ、混乱は混沌になりかけた、その時

「何を迷うことがある!貴様らそれでも貴族か!俺は行くぞ!」

そう一喝して飛び出したのが、陸軍少将の地位にあったフィリップであった。下手をすればヴィンドボナ総督家が乗り出しかねないとして、必死にやめさせようとする外務次官の腕を振り払い、単陣出撃した王族のあとを、誰もが必死に追いかけた。

紛争の理由は、ツェルプストー侯爵家の分家である一子爵家の暴走がきっかけであり、軍勢の数も少なかった。それでも、分家を見捨てることが出来ないツェルプストー侯爵家は、しぶしぶながら出陣したというのが実情である。それでも、数少ないゲルマン人の血を直接引く「ゲルマン貴族」のツェルプストー侯爵家は精強で知られ、ヴァリエール公爵家側は苦戦していた。

そこに駆けつけたフィリップ率いる数百の兵が、奇襲を掛けて、散々に打ち破った。

王都に帰還したフィリップを待ち構えていたのは、市民からの熱狂的な歓迎と、王座であった。閣僚や高等法院も、戦功を立てたフィリップより、未だ8歳である先々代の一粒種フランソワを王位につけるのは、さすがにためらわれたのだ。

フランソワを次期国王とすることに、兄を敬愛していたフィリップ3世に異論はなく、フランソワは王太子となった。魔法の才こそ叔父ほどではなかったが、それでもトライアングルクラスと、人並み以上。また政治的手腕に恵まれた彼は、エスターシュ大公の急進的とも言える改革にも理解を示しており、大公が失脚した後も、大公派と貴族の間の仲介者として、国政安定の要であった。


その王太子フランソワの死がもたらすもの-大公でなくとも、少しは見識のあるものなら、暗澹たる気持ちになろうというものだ。また自身の後任宰相であるブラバント侯爵は、大公派と貴族の間で、巧みに自身の勢力を保ってきた中間派。その「バランス感覚」は、この難しい国際情勢では何物にも変え難い。


失われた人材を一人一人挙げていればきりが無い。それほど、多くの高官が失われたのだ。


そう、失脚した自分を、再度呼び戻さなければならないほどに・・・




久しぶりに会ったフィリップ陛下は、上奏にわかったふりをして厳かに首を振ったり、ダンスやカードで子供のように自分と張り合った彼とは、明らかに違った。丁寧にチック油で手入れされた顎鬚や、自分とは比べ物にならないがっちりした体格は変わっていなかったが、長かった髪は短く整えられ、その目の周りに、黒々とした隈をつくっていた。相変わらず豪華な服を身に纏っているが、憔悴した気配は隠しようも無い。

「貴様を呼んだのは他でもない。もう一度宰相をやれ」

回りくどい言い回しが嫌いなのは変わっていない。笑う気にはならなかったが、意図せずに、口元を皮肉気にゆがめていた。

「私は、一度失敗した身です。もう一度はこの世界にはありえません」
「それは貴様自身の事だろう。政策には何の関係も無い」

切り返しがうまくなられた。昔は自分の言うことに全く反論できなかった閣下が。思わず笑ったエスターシュを、にこりともせずにフィリップは見ている。その様子に、思った以上に成長されたと喜びながら、エスターシュは断ろうとした。

「お気持ちだけ「講和する」

その言葉に、エスターシュは初めて反応した。国政への復帰、ひいては宰相への再登板も、予想しなかったわけではない。この状況で王宮に呼ばれて、チェスの相手をして帰るだけだと思うのは、よほどの大器か、大馬鹿者のどちらかだ。

現在、トリスタニアでガリアとの講和を正面きって主張することは、自殺行為に等しい。王太子フランソワをはじめ、多くの犠牲を出した上、国境線が踏みにじられ、多くの難民が発生した。上は貴族から、下は平民まで、怒り狂っている。その怒り狂っている一員とばかり思っていたフィリップ陛下が・・・

こちらの思惑など知ったことではないといわんばかりに、フィリップ3世は告げる。

「貴様が悪役になれ。いまさら気にする名声もあるまい」


・・・どうやら、思っていた以上の悪人になられたようだ

エスターシュは、今度こそ口元を大きくゆがめた。それが喜びなのか、寂しさなのかはわからなかったが・・・





今現在、トリスタニアのみならず、トリステイン国内で「エスターシュ大公」の名は「売国奴」と同じ意味を持っているといってもいい。その名を聞くだけで、老人から赤ん坊までが、嫌悪感をあらわにする。その嫌悪感の対象たる大公自身は、最近、皮肉げな笑みがトレードマークになりつつある。

(陛下の思惑通りだな)

フィリップ3世の考えどおりに、ガリアとの講和は、国内の猛反発を引き起こした。そしてその不満は、フィリップではなく、宰相に再登板したエスターシュに向かっている。戦場で自ら杖を振るったフィリップの名声は、ボロカスに叩かれる宰相に反比例するように、うなぎ上りである。おそらく陛下はこの名声を武器に、国内改革にまい進するつもりなのであろう。表向きは自分を嫌っているような態度をとっておられるが、裏では使い魔を通じて、自分の意見を頻繁に聞いてこられる。もはや思いつきで増税や政策を行う、昔のフィリップ3世ではない。

(これも、あの2人の影響か)

モノクル(片眼鏡)の下から、昔の厭世的な眼差しではなく、強い意思と決意のこもった視線を放つ男と、顔の半分だけを仮面で覆った、胸の薄い-しかしその下に、誰にも負けない正義感と、本当の勇気を秘めている、姫騎士の顔を思い浮かべる。


洗濯板に耳を引っ張られるモノクル男の顔が浮かんで、また笑いそうになったが、それどころではないと気を取り直す。


ゲルマニア王国独立の知らせは、エスターシュに憤懣をぶつけることによって鎮静化しつつあった、トリステイン国民の感情に再び火をつけた。「これもエスターシュが宰相になったからだ!」「宰相はゲルマニアから金をもらっている!」「もう一度反乱をたくらんでいる」無人の屋敷にはデモ隊がなだれ込んだ。

ここに、エスターシュの評価は定まった。

確かに、いまさら気にするような名声も無いのだが、ここまで露骨にあしざまに言われると、さすがに気分が悪い。身の危険を感じたことも一度や二度ではない。なのに

(本当に成長なされた)

エスターシュ自身は気が付いていなかったが、それは昔の彼を知るものからすれば、本当に考えられない変化であった。




ゲルマニアへの警戒が必要であるという点で、フィリップとエスターシュの意見は一致する。軍部やリシュリュー外務卿は、ガリアとの国境警備を重視するという立場であったが、エスターシュは、新国王シャルル12世が、ガリア国内を掌握するまでには、まだ時間があると考えていた。

不気味なのは、ゲルマニアとゲオルグ1世-傭兵を見せ付けるように解雇したかと思えば、周辺各国に関税同盟を呼びかけたりと、意図がまるでわからない。平和共存?馬鹿は休み休み言え。トリステインを舐めているのか?いや、あの金貸しに限って、油断の2文字だけはありえない・・・


考えがループに陥りかけたので、気を紛らわせようと、報告書を手に取る。蛇蝎の如く嫌われていようと、宰相の仕事がなくなるわけではない。決済の必要な書類は山ほどあるのだ。

いくつかの書類に目を通してサインした後、外務省報告に目が留まった。

「・・・アルビオン使節団の領空通行を拒否か」

アルビオン王国がサヴォイア王国へ派遣する使節団の、帰りの領空交通を拒否したとの報告。行きは許可して、帰りは駄目・・・ちぐはぐな対応なのは、軍の横槍が入ったからだろう。ラグドリアン戦争で援軍を要請したのに、巡洋艦の一隻すら送ってこなかったと。

アルビオンの判断は責められるようなものではない。空軍力こそアルビオン有数のものであるが、貿易国家アルビオンによって、ハルケギニア1の大国であるガリアとの全面対決は、関連する貿易の断絶を意味する-そんな状況にありながら、むしろ、軍事物資の補給を支援するなど、中立条約違反の危険を冒しながら、最大限の後方支援活動をしてくれた。感謝こそすれ、恨む筋合いはない。だが、最前線に立っていた兵からすれば、戦場に出ずに、物資だけ売りつけに来た卑怯者と考えるのも無理はないのも事実。たとえ物資を破格の安値で提供していたとはいえ、流した血は、理屈で納得できるものではないのだ。


やれやれとため息をつきならが読み進めていくと、ある一文が目に留まった。


「・・・帰路はゲルマニアを通行する?」


条約違反を覚悟の上で補給活動を行ったのに、という意趣返しか?いや、そんな子供の様な真似を・・・



「そうか」



エスターシュは、口をゆがめて笑った。


まったく、どいつもこいつも、性格が悪いやつらばかりだ





半年後、アルビオンはヴィンドボナ領事館を再開した。エスターシュの黙認方針に、抗議を訴える軍や外務省からは猛反発が起ったが、彼は気にも留めなかった。

さらに半年後、エスターシュ大公は病気を理由に宰相を辞職、全ての公職から退いた。余生はヴァリエール公爵家領にある別荘で、晴耕雨読の日々を送り、悠々自適に過ごしたという。


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