ブリジットは男共を全て始末した後、ヒルダが死ぬ間際に見上げていた空の下、二つの足でしっかりと立っていた。 石造りの通りから見上げる空は朝焼け独特の紫色が映えていてとても美しい。 人通りは皆無で誰も居ない世界。静かに吹く風だけがブリジットの髪を揺らす。「お疲れ様、ブリジット」 振り返る。背後にはヒルダが立っていた。赤毛で、ブリジットより少し身長が高いヒルダ。 彼女は今までに見たことのない、とても穏やかな笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。「おめでとう。あの身体は君のものだ」 ヒルダがブリジットの手を取る。見れば、彼女の身体は薄く透けている。「ヒルダ?」「あなたはブリジットであることを選んだ。それが正解。それが答え。あなたは、もうそれ以上でも以下でもない」 ヒルダの身体が消えていく。否、それはブリジットに吸い込まれていくと言えば正しいのだろうか。 彼女もまた、ブリジットのように一つの選択をしたのだ。「私もブリジットとして生きていく。あなたとして生きていく。さあ生きましょう。もう一人の私。いえ、これからの私」 ヒルダが笑った。ブリジットも笑った。「そしてありがとう。もう悪夢はないよ、ブリジット。君のことが、やっと好きになれた」 ヒルダが消える。さよならは言わずに消える。ブリジットは空を見上げた。緋色と紫色が混じった大きな大きな空。 これから先、この身体はもう一つの魂しか居ない。 もう、一人しか居ない。 彼女は瞳を閉じた。 意識が暗転する。 でも知っている。 この先、瞳が開いた先にあるのは絶望なんかじゃない。 希望でもない。 瞳の先にあるのはただそこに横たわる現実だけ。 だからこそ生きていこうと思う。愛しい人の為に、なにより自分の為に。 ブリジットの身体が通りから遠くへ離れていく。もう二度と戻ることのない場所。背後で誰かが手を振った気がした。 少し気になって振り返ってみる。瞳を開いた先では、ヒルダとユーリが並んで手を振っていた。 でもそれは多分幻で、多分現実。 ブリジットの意識が目覚める。 「ああ、おはようございます。アルフォドさん」 目の前の男は狐に摘まれたような顔をしていた。少し頭が痛く、ぽやっと眠い。暫く自分の意思で動かしていなかった所為か、少し身体が重い。 それでもやっと自分の身体に戻ってきたと実感することが出来た。 辺りを見回すと、穏やかな笑みを浮かべながらこちらを見ている女がいる。どこかで見たことのある顔だが、きっと碌なものじゃあないだろう。 それよりも、信じられない物を見たように、目を見開いたまま動かない担当官に笑いかけてみる。「……お腹がすきました。ピッツァないですか?」 これが新たな始まり。ブリジットとしての始まりだ。 もう戻ることは出来ないけれど、後は前に進むだけだから楽なものだ。 だって私は一人じゃないのだから。