ぱらぱらと雨が降っていた。 その雨の中を、一つの傘の中に寄り添うようにして男女が歩いている。 男はやや長身で、細身の顔には無精髭が生えていた。傍らを歩く少女が濡れないよう傘を差しているため、彼の肩口は濡れていた。 少女のほうは黒い髪をやや背中に掛かるぐらいに切り揃え、黒いセーターにプリッツスカートの組み合わせだ。 これだけなら、普通の年頃の少女にしか見えないのだが、彼女の特異性を表現するのは頬に張られた大きな絆創膏と左手に巻かれた白い包帯だ。 また立ち振る舞いに関しても歩き方は大変ぎこちなく、時折男に支えられながら前に進んでいる。「……俺の部屋で寝ていても良かったんだぞ。ブリジット」 俺はアルフォドと共に、町外れの教会から墓地へと続く雑木林の中を歩いていた。ぱらぱらと降る雨の所為で気温は低く、吐いた息が白くなって霧散していく。 じくじくと左腕の傷口が痛んだ。「待つのが、怖いですから」 アルフォドの気遣いに返答し、そっと彼に肩を寄せて俺は霊園の中を進んでいく。 今日はアルフォドが家族にドタキャンした父親の墓参りだそうで、ピノッキオとクリスティアーノの件が一応の解決をした今、有給を使ってここまで来たのだ。 もちろんその話が昨日の夕食の席で聞かされたとき、俺は即座に着いていってもいいか? と問うていた。 アルフォドは快諾も断りもしなかった。 ただ、それなら今日は早く寝ろと告げただけだった。 トリエラとはあの事件からもう一度も会っていない。 公社の中で何度か互いに姿を見つけたことはあるけれど、話をするなんて到底出来なかったし、したくも無かった。 あんなにトリエラを傷つけてしまったのに、今更どんな面を下げて彼女の顔を見ればいいのだろう。 互いにもう、どうしようもないくらい離れてしまったから俺は彼女に触れることも出来ない。 この世界で本当に一人ぼっちになってしまったのだ。 だからこの瞬間、条件付けで刷り込まれた盲愛に俺は縋り付き、アルフォドに泣きついている。 今だけは、この甘美な地獄の中で溺れ死んでしまいたかった。 墓に花を供え、しばしの黙祷を捧げる。 父の墓には妹と母親が置いていったのか、枯れかけの花束が既にあった。 色々と忙しかった俺の為に、ほんの一週間前まで墓参りの日程を延ばしてくれたが、結局間に合うことは無かった。 自分でも親不孝で、駄目な兄だと思う。 だが今は家族に会えずとも、死んだ父に不義理をはたらこうとも、守ってやらねばならない存在が俺の隣に立っていた。 帰りみち。 ブリジットの包帯に巻かれていない手をアルフォドがそっと握った。 ブリジットは一瞬驚いたようにアルフォドを見上げるが、直ぐにその手を握り返す。 ただし表情に笑顔は無い。 彼女はアルフォドの無骨な手を精一杯握り締めていた。 もう、その手が決してここからは行けないところへ行ってしまわないように。 隣に立つ、偽りの愛の人が、あの悲しき青年と同じにならないように。 ブリジットは悲しき青年に思う。 彼は頑張れと言った。 ブリジットは何も返せなかった。 でも彼の言うとおり、もう少しだけ生きてみようと思う。 彼が虚構と悲観し、けれど最後には悪くはなかったと呟いたこの世界を。 傍らに立つ、愛しい人と共に。 ブリジットという名の少女 了 ◆◆◆ 本来あとがきは劇場のほうに書くのですが、今回はタイミング的にこちらに書かせていただきます。 まずはじめに、連載当初に考えたエンディングですがピノッキオ編でこの話は完結させるつもりでした。 しかしながら、読者の皆様の暖かいご感想を受けジャコモ編まで連載することを何処かのあとがきで告げました。 一応、本来の【ブリジットという名の少女】はここで完結を迎えます。 何とも宙ぶらりんになってしまったブリジットですが、彼女の物語はここで一度終わってしまうのです。 ですが、一度ジャコモ編まで行くとした以上その言葉を反故にする訳にはいきません。 そのため第二期としてこちらのスレッドに近いうちに投稿させて頂こうと思います。 これからもよろしくお願いします。 PS 今まで稚拙な文章にご指摘、またはご感想を頂いた全ての方に最上の感謝を。 皆様のお陰でここまで来れました。 本当にありがとう御座います。 それではこれからもブリジットをよろしくお願いします。 さらにPS もしかしたら、スト魔女ものの頭の悪いSSを投稿するかもしれない……。 それが無理なら、担当官に憑依した人の話をかもしれない……。