「ブリジット、フルオートで五体の的を順に撃て。外すなよ」 アルフォドの指示を聞いて俺は支給されたMP5を構えた。安全装置も兼用している切り替えツマミをセミオート(単発)からフルオート(連射)に切り替える。弾丸のイラストで説明されたそれは高等教育を受けていない人間でも扱えるように。 武器とはそういうものだった。 サブマシンガンから目線を切り、20メートルほど離れたところを見やると人型の的が5体ある。それぞれ顔面の位置にマーキングがしてあり、そこを狙えば人体に致命的なダメージが与えられるということだった。 玩具みたいにキレの良い引き金を断続的に引き絞りながら、的を撃ち抜いていく。この体は中々ハイスペックで、かつ俺自身に才能でもあったのか射撃だけは得意中の得意だった。 発射音はサプレッサー(減音器)を取り付けてあるお陰か、それ程大きくない。「アルフォドさん。弾痕確認をお願いします」 俺は銃口を下げて安全装置をかける。これは公社で何度も教えられたことであり、銃器を扱う上でおろそかにしてはいけないことだ。 他にも装弾の仕方、メンテナンスの仕方など、覚えたくなくても覚えざるをえなかった事象が頭の中に書き込まれている。 アルフォドは軍用のオペラグラスを使って頭部から上を吹き飛ばされた的を確認していた。「あー、うん。全部当たっているな。しかも早い。よし、今日はどこかでジェラートでも食べさせてやるか」 社会福祉公社によって弄くられていた頭を悩んでいても、アルフォドに褒められて自然と頬が緩んでしまう。ここで言い訳染みたことを言わせて貰うなら、断じて俺が男色なのではなく、義体は洗脳によって担当官に愛情を持つように仕向けられているため、彼から言われる一言一言に喜びを感じる精神構造になってしまっているのだ。これは中身が確固たる意思を持っていても覆せるものではないらしい。 だから俺は早々に条件付け(洗脳のこと)に逆らうのを諦め、アルフォドの言葉に従うようになった。 後悔はしていない。 けれど、一抹のむなしさは感じていた。 転生した俺がまず考えたのは転生前のこの肉体の持ち主――つまりブリジットという少女についてだった。 原作では義体になる場合、殆ど過去の記憶は洗脳で消されていたから大して期待はしていなかったのだが、それでもここまで何も覚えていないとは思わなかった。 ただこの条件付けも寿命が迫ると徐々に解除されていくらしいので、何も覚えていないということは裏返しで言えば、このブリジットという少女の体がまだまだ義体としての使用に耐えうるということなのでそれ程悲観する事もなかった。 ここで俺はブリジットについて考えるのを止め、原作キャラ達がしっかりこの世界で生きていることを確かめることにした。 トリエラがいなければピーノと戦うのが自分になるかもしれないし、ビーチェがいなければ自分がミサイルを抱えて爆死することになる可能性があるから、これはかなり厳密に調査を進めた。もちろん公社に義体と担当官のことを嗅ぎ回っているとバレれば面倒くさいことになるので慎重に慎重を重ねたが。 結論から言ってしまえば、原作との相違点は自分がブリジットとしてこの世界に存在するということだけだった。まあそれによって生じるズレ――トリエラのルームメイトが自分になって、本来のルームメイトが別のところに行っていたり、そのトリエラと結構仲が良くなったという相違点があるがこれについては仕方がないと割り切るしかない。 大体、担当官の命令にそうそう背くことが出来ず、自らの意思で行動することが非常に難しい俺がこれからの未来を知っているのは大したアドバンテージにはならないのだ。 なら出来るだけ戦闘技術を磨いて生き残ることを考えるしかない。 幸い現代日本人としての思考は一部を除いて殆ど条件付に縛られているらしく、戦闘訓練も難なくこなせるし銃器の扱いもプロの軍人並みだ。初陣で人を撃った時もそれほど悩むことはなかったし、何より人を殺したという一種の興奮と、アルフォドに褒められた嬉しさが俺を支配していた。 これだけなら義体という少々不安な生活も順調そのものだった。「聞いたよ。射撃訓練でまた満点を貰ったんだってね」 部屋でジェラートをペロペロ舐めていたらトリエラから話しかけられた。「うん。あれ、とても簡単だから」 俺はトリエラのほうを見ずにジェラートを舐め続ける。トリエラはそんな俺に思うところがあったのか、ズカズカと大股でこちらにやって来るとそのまま正面に腰掛け、俺の持っているジェラートを反対から舐めた。「……間接キス」 せっかくのアルフォドからのご褒美を取られた俺はジト目でトリエラを睨み付けながらこう言った。だけど俺は知っている。この少女はそこらへんのケツの青いガキとは違ってそんなこと微塵も気にしないことを。「だからどうしたの? 女の子同士だから別にいいでしょう」 最初は俺のことを警戒して近寄りもしなかったくせに、今ではこうして人のジェラートを遠慮なしに舐めてくる仲になっている。まあ俺の中身は男だからこういった同性愛的な展開はバッチコーイなわけだけど。 話題は自然と訓練の話になる。 俺はジェラートを舐めるのを止め、改めてトリエラに向かい合った。「トリエラは銃の取り回しがへたくそ。でも格闘は私よりも強い」 まあ、別に下手糞というほどでもないが、確かに互いの得手不得手ははっきりとしていた。射撃なら俺、格闘はトリエラという風に。「でもやっぱりブリジットは凄いよ。格闘での差なんてホント微々たるものじゃない。この前もGISを圧倒していたし」「まぐれだよ。あの人たちが弱かっただけ。本番なら多分トリエラのほうが上手くやる」 この話はもう終わりだ、という風に俺はジェラーとをそのまま口に詰め込んだ。トリエラが抗議の声を挙げるが俺は無視する。「私、もう行くね。アルフォドさんに呼ばれているから。クリスマスのプレゼントを選びに行くんだって」 原作を知っている俺からしてみれば、トリエラの藪を突っつく少々危険な発言なのだが、それは自然と口から出ていた。「ふーん。ブリジットはナターレのプレゼントを自分で選べるんだぁ」 不機嫌さを隠そうともしないトリエラの台詞に俺は苦笑するしかなかった。まさかこれ程までに予想通りとは。「トリエラは自分で選べないの?」「全然。ヒルシャーが勝手に熊のぬいぐるみを送ってくるだけ。あの人は適当に贈り物をして私の機嫌を取りたいだけなの」 本当、後のベタ惚れぶりが嘘のようなドライな反応だ。これでトリエラが将来惚気たりでもしたら散々からかってやろうと思う。因みにヒルシャーというのはドイツ人でトリエラの担当官だ。「でも、貰えるのはそれだけで幸せだと思う。だって、生きていないとそれは貰えないものだから」 トリエラからの返事は無かった。俺は背後からの無言の意味を噛みしめて部屋を後にした。 私とブリジットは五共和国派のアジトと思われるアパートの裏で突入の準備に備えていた。 MP5にサプレッサーを取り付け、サイドアームズのシグを腰のホルスターに収める彼女を私は眺める。 彼女は不思議な子だ。今まで見てきた義体の子とは全然違う。こう義体ぽくないというか、人間ぽいというか上手く言葉には出来ないけれども、私を含めてそのほかの義体とは何処か違うのだ。何よりも大人びているし、その実力も折り紙つきだ。「ねえトリエラ」 そんなことを考えていたから、彼女から話しかけられた時、思わず心臓が跳ねた。「な、なに? ブリジット」 準備を終え、MP5の安全装置を外した彼女は一拍置くとこう言った。「トリエラは自分のこと、何か覚えている?」 彼女の問いは、私の跳ねあがった心臓を凍りつかせ、自分の頭の中がかき回されているような感触を得た。「どうしてそんなこと聞くの?」 だから私の返答が少し威圧するような感じだったのは仕方が無いことだと思う。「私はね、何も覚えていないから。どうして自分が義体になったのかも、自分がどこで何をしていたのかも全然思いだせない」 それは義体の少女が共通して抱える悩みだ。かく言う私も曖昧な雰囲気でしか自分の記憶を思い浮かべるしかない。 突入前にそういった士気の下がる話をするのは如何なものだろうか、と私は苦言を呈しようとした。だがそれも彼女の次の台詞によって打ち消されてしまう。「でもね、きっと何も覚えていないから私は戦えるの。もし義体になる前が今より幸せだったとか考えると私は戦えない。今はアルフォドさんがいて、トリエラがいて皆がいて幸せだから戦っていられるの」 突入の合図が鳴った。私はブリジットの声に耳を傾けながら、扉の蝶番をショットガンで吹き飛ばす。「私は記憶が戻らなくていいと思う。このまま人を殺し続けて生きていても良いと思う。だって私たちが大人から貰ったのは大きな銃と小さな幸せだけだから」 ブリジットが中に飛び込んだ。断続的な銃声と叫び声が上がる。全義体中でもトップクラスの射撃技術を持つ彼女のことだ。決して外しはしないだろう。「トリエラも多分同じ」 ウィンチェスター(ショットガン)で二階から降りてきた男どもを吹き飛ばす。絶えずブリジットとの位置取りを変えることで的になることを避けていた。 私はブリジットの小さいけど何処か大きく見える背中を見て言った。「だから私は大人が大嫌いなのさ」 そうだ、クリスマスの日はヒルシャーとアルフォドさん、それにブリジットを読んでパーティをしよう。 彼女の大好きな甘いメープルのケーキを焼いて、喉の焼けるようなシャンパンを飲み干して――。 今の小さな幸せを噛みしめている彼女ならとても喜ぶに違いない。 銃弾飛び交う戦場の中で、私はそんなことを考えていた。 少しだけ、ブリジットという同室の少女のことが理解できた日だったと思う。