「あら、冗談ですよ。本気にしました?」
「……」
「騎士と呼ばれる所以は剣のみではなくその精神があってこそ、昔私の友人がそういっていました。無駄な血など流せませんでしょう? そんな阿呆なことに剣は抜きませんよ」
こんなダークな冗談をいう人間も珍しい。
この人の『殺す』はほとんど本気みたいに見えるから滅茶苦茶怖いな。
「『騎士』って言ってたけど、それって西洋のあの騎士?」
疑問をそのまま口にしてみる。
すると、相手はちょっと考えて、腕を組んだまま口を開く。
「何を言っています、称号だけなら貴族の私がナイトとは……愚弄しているのですか?」
「違うって! 自分でさっき言ったことを忘れんのかよ、お前は!」
「冗談ですよ、一々怒らないでください。騎士とはですね……魔術の世界で云われる『五大元素』すなわち、エーテル、風、土、水、火それらのうちの一つ、土を極限まで使いこなし(当然、他も一流という条件です)、『賢者の石』を使って作り上げる武装を身に着けた魔術師の敬称です。事実上、魔術師同士の戦いで最強の攻撃力を誇るのがこの武装で、術者が用いた『石』にあった特質を発揮します。たまに防具を作り上げる術者もいますが、その手の防具は極大の魔術さえ弾くといわれていますから、局地戦で『騎士』は最強と呼ばれますね」
浅海もその話が出た瞬間、言いたいことでもあったのだろう、食いついてきた。
「そう、騎士は同時に吸血鬼殺しでは最高の術者っていうのも事実。私の足も切り飛ばしてくれたし……ただの人間相手にあんなに本気出す? ありえないわ、正気なの? 『サルヴェッツァ』っていえば、至高剣でしょう! 最強って名高い兵装で生身の人間を傷つけるなんて、頭がおかしいわよ!」
至高剣『サルヴェッツァ』、後に聞いた話によれば最強の吸血鬼を討ち滅ぼした無敵の幻想――錬金術師全ての理想の具現。
彼女に魔導師の称号を与えた原因の最大のものがこれだといわれる。
それを見た者はなく、見たものは即ち即死という反則武装。
世界に数多ある伝説の剣にさえ並ぶというのだから無茶苦茶だ。
それを人間相手に振れば、頭がおかしいと思われても仕方ないとは思うが__あれは人間相手、でいいのか?
それだけは俺もシュリンゲルを弁護する必要があると感じた。
「ええ。私たちが殺されそうなことを知っていてもすぐには助けなかった辺り、精神にも大きな障害があるのでしょうね――シュリンゲル卿?」
それについては弁護しない、俺が襲われるちょっと前に現場についていたくせに面白そうだから眺めていたというのだから、正義の味方失格だと思う。
しかし、彼女は悪びれもせずに綽綽とお答えになる。
「ふふっ、あれが本気といわれては困りますね。本気なら命はありませんし、軌道があと9つは増えます。それに私は人が死ぬような遊びはしませんよ……だって、玩具が壊れると困るでしょう?」
玩具、あの悪女のような顔でそういわれると、コイツ本当は悪い奴じゃないかと思えてくるのだから不思議だ。
若く、清楚、されど妖しく、艶かしい……そういった美貌が彼女にそういう二面性を与えるのだろうか?
「この――貴女は、とんでもない奴ね!」
浅海は食って掛からんばかりに、古いなじみの少女に文句を言った。
「まったくです……このサディスト!」
綾音も追撃に入る。
だが、どんなに言われても敵の壁は厚い。
涼しげな表情で受け流されるのだ。
「どうも、そういうのは褒め言葉として受け取っておきましょう、事実ですから。ですが、正直な話……人が死ぬようなことは要素としては面白くない、それは本気でそう思っていますよ。吸血鬼狩りという職業上、色々な惨禍を目の当たりにしましたから……それもわかって頂けるでしょう?」
一瞬、深く青い瞳に感じられる悲しみ、俺達は言葉もなくそれを見つめた。
申し訳なくなる雰囲気が場に形成される。
すぐに浅海も自らの非を認めた。
「――そう、悪かったわ。ごめん……アデット」
綾音も続く。
「私も……ごめんなさい」
「いいえ、死んだら死んだで時の魔法でも使えばすぐに元通り……と、いう予定ではあったのですけどね」
「?? そんなことが出来たの?」
「いいえ、成り行きで言ってみただけです。だってあれ、成功者はただ一人、生きているかどうかもわからない十七位魔導師その人だけですから私個人ではとてもとても。せいぜい骨を拾って小さなお墓を建ててあげるくらいでしたね。ですから、生きておられてちょっと安心しましたよ」
「貴女は駄目魔導師ですね、本当に!」
悲しそうな顔を見せながら、すぐにおどける相手に怒った綾音。
「なあ、『賢者の石』っていうのはよく映画や小説で出るアレの事だよな? 創れるのか、『星霜の錬金術師』?」
ちょっと面白がって聞いてみた。
『星霜の錬金術師』、学園の生徒会長で、素晴らしい錬金術つまりは金作りの天才は面白そうに話に乗ってくる。
「いいえ……作ったというのは嘘ですね。最初からあるものに手を加えるだけです。賢者の石とは全ての人間の中に存在しまして、我々錬金術師の言葉では超元素『スピリト』、魔術師たちは架空の『第六元素』と呼んでいますね。それを石と形容するのは儀礼的なものに過ぎません。それは本来形のないものとされていますから」
「心って事か?」
「いい線ですが、それとは少し違いますね。魂に付随する要素、と考えてくださればいいでしょう。かつては五大元素の一つ『エーテル』と同じに考えられていた時代もありますが、厳密な意味で違いがあります。これが錬金術師と魔術師の違いの一つと考えてもいいでしょう――あと、いい忘れでしたが『賢者の石』とは『スピリト』を使う技法自体の名称でもあります」
「なるほど」
「そして、公明さんたちがよく本などで知っているのは私たち錬金術師が『赤い石』と呼ぶ錬金触媒のことで――確かにこれを使えば、銅や鉄を金に変えることも可能です」
「……はい?」
「ですから、この『赤い石』が世に言う賢者の石のことです。私もこの前の生徒会費をこれで稼ぎましたし……おっと、失礼ですがみなさんは今日の学校を休まれるのですか?」
そういわれて、腕時計に眼を落とす。
その瞬間、なにが起こっているのかわからなくなった。
「? 何言って……あれ? 8時って……どうして、時間が戻ってる?」
そう、今は夜なのに8時……これは時間が戻ったとしか思えない。
しかし、この部屋の主は優しい顔のままそれを否定する。
「いいえ。皆さんがよく眠れるようにと……ちょっとそこのガラスに工夫がありまして」
窓を開けると――気持ちのいい風と共に朝日が……