・Seane 6-2・
「さて問題です。アマギリちゃんが聖地学院に通わなければいけない理由は何でしょう」
朝食が終わり、家族三人、揃って寒々しい事この上ない広大な空間の真ん中に置かれた長いテーブル―――これでも、会食用の大食堂のものよりは、小さく、狭い王室の私的な空間、らしい―――の上座から三席のみを用いて食後のティータイムとなったところで、上座に座るフローラが年始特番のクイズ番組でも演じるがごとく、笑顔で子供たちに尋ねた。
因みに食堂には王室の三人以外にも侍従たちが居るには居るのだが、その何れもが自らの職分を侵すことなく、そっと壁際に控えていた。
ユキネは近侍としてマリアの横で朝食を共にしている。朝食の開始前に改めてフローラから紹介があった時にしゃべったきり、その後は口を閉じたままだった。
つまるところ、主家に属する三名以外に、この場で自由に口を開く権利が無いのである。
アマギリがちらりとマリアに視線を送ると、マリアは母の言葉など聞こえなかったとばかりにティーカップをすまし顔で口に運んでいた。
ではフローラの方へと顔を動かしてみれば、質問をしたときの笑顔のまま、固まっていた。
アマギリは一つため息を吐いて、答える事にした。
どの道、この場でヒエラルキーの最下層に位置しているのは、自分なのだから。
「聖機師だからですよね」
「他にも単純に、王家の人間だからと言う物もありましてよ」
簡潔に答えたアマギリに、マリアがそっと口ぞえする。
母の言葉に返すのはためらわれても、兄の言葉を補足することに衒いは無いらしい。難しいお年頃だなとアマギリは思った。無論、口には出さないが。
「ご存知でしょうがあそこは、聖機師の養成というもの以外にも各国の王侯貴族の子女に教育を施すための場でもありますから。……表向きは花嫁修業。本当のところは、同年代、同世代を担うものたちを集めて、外交と権力の行使の真似事をする場とも言えるでしょうか」
「子供のうちに仲良くしておけば、戦争も起こりづらいだろうって事ですか」
「現実には、国家勢力の縮図を理解する事になるだけですけどね」
つまり、親世代が築き上げた勢力図がそのまま子供たちの交友関係にも適応されてしまう、と言う事だ。
「おかげで卒業間近になると悲恋ぶって盛り上がる男女が多いらしいですわよ」
「反対されると逆に燃え上がるらしいですからね、そう言うの」
「因みに、同盟諸国の子女と親しくする事で、間接的な見合いの場としてしまうと言う意味も存在します。互いが気に入り、両家の親が認めたのなら卒業と同時に正式な縁談としてしまうんだとか。……アマギリさんは、入学したら売り手市場になるでしょうね」
最後に棘を含ませながら告げるマリアに、アマギリは心底嫌そうな顔を浮かべた。
「継承権の低い王族の使い道って奴なんでしょうけど……あまり考えたくないですね、その辺の事は」
「諦めなさいな。婚姻相手を選べないのも王族の義務ですから。嫌でも、貴方には他国の女性たちと仲良くする義務があるのです。……それに、アマギリさんの場合はそれほど心配しなくても平気でしょう」
「何故」
何て事のない風に言うマリアに、アマギリは問いただすが、彼女の返答はあっさりしたものだった。
「だってお兄様。聖機師ではありませんか」
希少性の高い男性聖機師の婚姻は、所属する国家によって厳粛に管理されている。そして、聖機師の適正と言うものは遺伝的要素が大きい。
「……ですから、仮に一夜の夢とばかりに他国の姫に手を出したとしても、その親たちからすれば喜びこそすれ、うらむ事は無いでしょう。片親だけとは言え聖機師ですから、それなりの確立で聖機師が生まれてくる公算がたかいですから。そこで男子が誕生すれば万々歳と言ったところではないですか。むしろ、迂闊に手を出さないようにアマギリさんには自制を養ってもらう必要があると思います」
「ついでに認知されなくても、ハヴォニワ王室と通ずる事が出来るから損なんてかけらも無い……なんていうか、事実なんだろうけど朝の食卓で話す内容じゃないですよね」
庭園でユキネにこなをかけていたのがまだ納得が言っていなかったらしい棘のある妹の言葉に、アマギリは苦い顔で答えた。
これ以上兄妹の会話を続けるとさらに朝に相応しくない方向に飛びそうだったので、アマギリは母の方に視線を移すことにした。
「それで、僕が聖機師だということで、それが?」
「そう、ですわね。何か問題でもありましたっけ」
アマギリのあからさまな方向転換に、マリアも自分の話していた内容がおおっぴらに語るような事でもないと気づいたのだろう、頬を赤らめながら兄の言葉に追従する。
さて、母フローラはあけすけな会話を繰り広げていた子供たちの内心を知ってかどうか、笑顔からまったく表情を変えることも無く、自らの質問を繰り出してきた。
「では、次の問題。アマギリちゃんが聖地学院へ通ってはいけない理由はなんでしょう」
「は?」
「……通っては、いけないですか」
問いの意味が理解できないという風に問い返すマリア。アマギリはしかし、言われてどういうことかと考えていた。
王族で聖機師であるからこそ、聖地学院へは通うべきで―――しかしフローラがこういう言い回しをしているのだ、つまりはアマギリは聖地学院へ通ってはいけない、通えない理由が存在するのだろう。
「マリア様は、聖地学院へは入学しないんですか?」
自身の考察はさておき、情報を増やすと言う意味を込めて、アマギリはマリアに話を振った。
「もちろん、入学しますよ。……といっても、あそこは最低12歳からの年齢制限がありますから、私が入学するのは早くて二年後になります」
整った顔立ちと落ち着いた物言いから忘れがちだが、マリアはまだ10歳だった事を、アマギリは思い出した。
アマギリは現在14歳、年が明ければ15になっている筈―――彼には正確な誕生日が解らなかったから、新年を迎えたら年齢を一つ上げる事にしていた―――だから、入学資格年齢は満たしている。
アマギリはもう一つ参考にとばかりに、マリアの隣で静かにティーカップを傾けていた女性に尋ねた。
「因みにユキネさんは、何年生になるんでしょうか」
「……四年生。来年聖機師の資格を取って、再来年で卒業」
問われれば答えぬ理由もないと、じっと口を閉じていたユキネはアマギリの質問に答えた。
「あれ、じゃあマリア様が入学する頃にはもう卒業ってことですか」
「そう。……でも、専属聖機師としてお傍に居る必要があるから、その後も聖地学院内に居る事になると思う」
「あそこは、初等学部に居る間は長期休暇の間でも理由の無い外出は出来ませんからね」
従者の言葉に、マリアも然りと頷いた。
「なるほど、ねぇ」
紅茶で口を湿らせながら、アマギリは会話の内容を整理する。
全寮制で周りから隔離された空間。
「……言ってみれば、スケールの小さいアカデミーみたいなもんか」
「? あかでみい、ですか?」
考えていた事が無意識に口から漏れていたらしい。マリアがそれを聞きとがめて尋ねてくるが、アマギリ自身は自分が何と言ったか記憶していなかった。
首をかしげるマリアに曖昧に笑い返して、アマギリはわかりきった答えを母フローラに返す。
「聖機師だから、ですよね」
「はい、アマギリちゃん良く出来ました」
にこりと笑って、しかし解らなかったら許さなかったという体でフローラは息子をほめた。
「やっぱり、拙いですか」
「教会のお膝元に送り出す事になるんですもの。今のままでは流石に認めるわけにはいかないわ。……本当は、ユキネちゃんの三学期目にあわせてアマギリちゃんには編入してもらおうと思っていたんだけど、ちょっとアテがつかなくてねぇ」
困ったわと頬に手を当ててため息をついて見せる母に、アマギリも仕方ないですよと笑ってみせる。
しかし、中身を見せずに分かり合っているらしい母と兄の会話は、付いていけない妹にとって見ればはなはだ不服なものだった。
「どういうことですか。聖機師であるからこそ、聖地学院への入学は必須でしょう」
マリアの当然とも言うべき意見に、しかしフローラは薄く微笑んで答えようとしない。にらみつけても無駄だと解っていれば、マリアの取る行動は、気弱な兄にその視線を移すことだけだ。
それに気づいてアマギリは苦笑を浮かべたまま、口を開いた。
「正式に聖機師になるためには、聖地へ赴いて資格を取得しなければならない。そして資格を取得する方法は聖地学院に通学すると言う方法しかない。此処で問題なのが、聖地学院で取得された各種データは全て、聖地のデータバンクに記載されてしまう、と言う事です。つまり、聖機師になる、資格を得ると言う事は聖地に自身の詳細な情報を譲り渡すと同義なんですよね」
「……それの何が問題なのです。教会のデータ管理体制は非常に厳粛かつ堅牢で、他国に漏洩するような事態はまず訪れないでしょう?」
「ですから。つまりは発想の逆転です」
前もやりましたね、と言いながら、アマギリはマリアに向けて手のひらを返す仕草をした。
前、と言われてマリアは以前散々に言葉遊びでごまかされた事を気づかされ―――そう、その時のことを思い出せば、迂闊にアマギリの情報を外に出すわけにはいかなくなる。
「アマギリさんは、そう……そう、でしたね」
異世界人なのだからと、流石に声を出すのは憚られたが、マリアは納得した。
アマギリはマリアの思考を読んで、同意を示した。
「それも理由の一つです」
「はい?」
完全に納得の態度をしていたマリアは、兄の言葉に間抜けな声を出してしまった。
そんなマリアの態度に微苦笑を浮かべた後で、アマギリはフローラに視線を送った。
どうするのですかと言う視線を送られたフローラは、人差し指を立てて笑いながら言った。
「家族で隠し事をするのもよくないし、丁度ユキネちゃんも居る事だし、実際に見てみましょうか」
フローラの言葉に、マリアとユキネは顔を見合わせて首をひねった。
※ まぁ、天地三期の最終話のラスト10分くらいまで話が進まないとかに比べれば、どうって事無いよねと気付く今日この頃