蜂蜜
張勲と言えば、智謀に長けた将であるのだが、袁術の命乞いではその能力を全く発揮しなかったように見える。
だが、彼女は彼女なりの作戦を持っていた。
名付けて、袁術哀れみの術!
袁術と共に主従で死を覚悟して泣き叫べば、袁紹は何とかしてくれるだろう、というものだ。
まあ、そこまでしなくても助かった可能性は高そうだったが。
さて、命が助かった袁術、とりあえず普通に我侭も言わずに生活をしている。
だが、次第に禁断症状が現れてきた。
「七乃」
「何ですか、お嬢様?」
「なんというか、飲みたい飲み物があるのじゃ」
「そうですか、そうですよね。
あれですね?」
「そうなのじゃ、あれなのじゃ。
それが、一刀に止められていて飲むことが出来ないのじゃ。
どうにかならぬものか?」
「そうですねぇ……」
もう一度記そう。
張勲と言えば、智謀に長けた将である。
そして、その後どのような光景が業で見られるようになったか、というと……
「よし、今日も頑張って仕事!」
朝、自室を出てくる一刀の目に、大人と子供、女性二名の姿が飛び込んでくる。
女性二名とは、もちろん袁術と張勲。
二人揃って、一刀の部屋の前に正座して一刀の登場を待っていた。
「お嬢様、何か欲しいものがあるのですね?」
「そうなのじゃ!
口に出すわけにはいかんのじゃが、その、べたべたした感じの琥珀色の液体なのじゃ。
もう、何日も飲んでいないのじゃ」
「それは大変ですねぇ♪」
無視を決め込む一刀であるが、二人は一刀の後ろにぴったりと着いてくる。
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
一刀が仕事から帰ってくると、
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!
一刀さんに禁止されてますからねぇ」
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
「七乃、妾はあれが欲しいのじゃ」
「そうですよねえ、あれ、欲しいですよねえ!」
名付けて、袁術ストーカーの術!
さすが、張勲、人のいやがるところを的確に突いてくる。
だが、一刀だってその程度のことは了解している。
ちょっとのことでは一刀を落とすのは無理だろう。
一刀、ちょっといらついた振りをして二人に話しかける。
「袁術様、何か欲しいものがあるのですか?」
「そうなのじゃ。
妾はあれが欲しくてたまらないのじゃ」
「あれってなんですか?」
「あれとはな、はちんぐぐ……」
「駄目ですよ、お嬢様。
一刀さんの口車に乗って禁句を口にしては。
殺されてしまいますよ?」
張勲は、そう言ってにやりと嗤う。
一刀も、張勲ににやりと嗤い返す。
この日の勝負は引き分けだった。
だが、基本的に暇な袁術・張勲コンビ、ストーカー以外にすることがなにもない。
四六時中一刀に張り付いていてもぜ~んぜん平気。
おまけに、袁術の禁断症状が次第にひどくなり、袁術の表情は、いつも涙を流し、鼻水まで垂れ、ぐちゃぐちゃの顔になり………とにかく悲惨な表情をするようになってきた。
その表情で一刀に付き纏うのである。
「う~~、七乃。
妾はあれが欲しいのじゃ。ぐすぐす。
とても欲しいのじゃ。ずるずる」
「ああ、お嬢様。
あれが飲めないと辛いのでしょうね」
一刀の根負けだった。
やっぱり張勲、智謀に長けた将だった。
「蜂蜜が欲しいの?」
うんうん、と頷く袁術。
「どうしても欲しいの?」
うんうん、と頷く袁術。
「だったら、自分で頑張って集める?」
「妾にもできるのかや?」
「まあ、多分、何とかできると思うけど……」
「それなら、やるのじゃ。
あれを手に入れるためなら何でもするのじゃ!」
それだったら、ということで、かねてより温めていたプランを実行に移す一刀。
翌日、袁術、張勲、華雄を花畑に連れて行き、仰々しい服を着せ、養蜂の方法、蜂蜜の採り方などを説明する。
それ以来、袁術らは城には戻らず、蜜蜂の世話と、蜂蜜の採取に明け暮れる日々を送るようになった。
早い話が養蜂家になった。
蜂蜜の禁句は城を出た時点で解除された。
数ヵ月後……
「そういえば、一刀」
「はい、なんでしょうか?麗羽様」
「美羽はその後どうなったのですか?」
「さあ、蜜蜂の世話をしていると思うのですが、最近見に行っていませんね。
蜂蜜も市場に流れ始めているので、仕事はしていると思うのですが。
ご一緒に袁術様の様子を見に行きますか?」
「そうですわね。
美羽が働いている様子を見ると言うのも面白そうですからね」
そこで、袁紹、顔良、文醜と一刀が袁術の様子を見に行く。
花畑の傍に行くと、張勲の声が聞こえてくる。
「は~い、孫権隊は右翼を攻めてくださいねぇ。
周瑜隊は左翼を攻めてくだささいねぇ。
……ちょっと、孫策隊、しっかり働いてくれないと困りますねぇ」
華雄の声も聞こえてくる。
「劉備!働け!
張飛!働け!」
袁紹が一刀に尋ねる。
「何をしているのですか?」
だが、一刀だってさっぱりだ。
「さあ?とりあえず見に行ってみましょう」
全員で花畑に行ってみると、張勲、華雄が防護服も着けずに蜜蜂に指示を出していた。
驚くべきことに、蜜蜂は張勲や華雄の指示通りに動いているようだ。
実は天職だったのかも。
「孫策隊、聞いてますか?
ちゃんと仕事しないと巣箱焼いちゃいますよ」
その声に、ぶ~~~んと動き出した孫策隊と命名された蜜蜂の集団。
びっくり仰天の一刀。
命名は、各自酷使したい人間の名前としているのだろう。
「す、すごいですね、張勲さん。
蜜蜂が張勲さんの指示通りに動くんですね」
「ああ、一刀さん。
ええ、蜜蜂は人間よりよっぽどよく言うことを聞きますよ。
本当にいい仕事を紹介してくれました。
華雄は、まだちょっとのところがありますけど……」
一刀が華雄を見てみると……
「うわーー、つるぺた張飛!こっちに来るな!!」
蜜蜂から逃げ回っていた。
確かに。
「美羽はどこですの?」
尋ねる袁紹に、張勲は
「ああ、お嬢様なら向こうの小屋にいるはずです。
お嬢様に、余りたくさん食べては駄目ですよ、と伝えておいてください」
と答える。
言われた場所に行ってみると、袁術が動きやすそうな服を着て、ハンドルをぐるぐると回している。
蜜を集める機械だ。
もう、従業員が何人もいる会社組織になっているが、エクストラバージン蜂蜜(?)は自分で取り出したいのか、自分で率先して作業している袁術だ。
吐き出し口から、蜂蜜がどろ~~んと出てくる。
「おお!蓮華の蜜じゃ。
それでは早速……」
袁術は大きなスプーンで蜂蜜をぐいっと掬い取り、幸せそうにそれを口に運ぶ。
多少のごみを気にするよりも先に、とにかく食べてみたいという欲望が勝った(まさった)ようだ。
「うーーーーん、美味じゃ」
蜂蜜水、蜂蜜、両方好きな袁術であった。
例の一件以来、酒は嫌うようになった。
子供が酒を飲まないのはいいことだ。
「美羽、しっかり仕事をしているのですね」
「おお、麗羽ではないか。
そのとおりじゃ。
妾も日々蜂蜜集めに勤しんでおるのじゃぞ」
「それはよかったですわ。
あまり食べ過ぎてはいけないと張勲が言ってましたわ」
「心配するでない。
余り食すると太るから、節度を持って食しているのじゃ」
袁術が働いているとか、節度を持つとか、数ヶ月前では考えられない情景だった。
まあ、確かにこれ全部を食べるのはどう考えても無理だから。
「私も美羽が元気そうでうれしいですわ」
「うむ。まもなく、花を追って旅に出るのじゃ。
また、別の味の蜂蜜を食することが出来ると思うと、今から楽しみなのじゃ」
養蜂家、袁術はとても幸せそうだった。
袁術らを連れてきた趙雲は、蒸留したばかりのウィスキーを数樽もらって、また旅に出た。
暫く会えないと思うから、というのでたくさん持っていくのだそうだ。
何でも、今度はまだ行ったことがない涼州に向かうとか言っていた。
抱きついて、唇が接するほどに顔を近づけて、脚を一刀の脚に割り込ませながら代金を払うと言ったが、一刀は丁重にお断りした。
代金って、どう考えても趙雲の体だから。
趙雲はちょっと残念そうだった。
正妻たちは満足そうだった。
あとがき
感想をくっつけたらああなったんです。
わたしは悪くないんです。