苦労
再び時は遡って、関羽のその後の様子。
「かーんうーー!!!」
関羽は睡眠を夏侯惇の怒鳴り声で妨げられた。
昨晩は曹操に散々甚振られて、挙句の果てに裸で部屋から追い出されてしまった悲惨な夜であった。
そして、自分の部屋に戻り、服を着ることもなく、閨で泣いていて、そのうちに眠ってしまったようだ。
なので、今は裸。
「きゃっ!」
かわいらしい声をあげて、体を掛け布団で隠す関羽。
「ん?何、今更裸を見られて恥ずかしがっているのだ。
昨晩は散々甚振られているところを見せ付けていた癖に!」
「べ、別に見せ付けていたわけではない!」
「そうか?それならそれでよいのだが……とにかく早く服を着ろ!
私と勝負だ!!」
「どうしてそうなるのだ!」
「どうもこうもないだろう!
華琳様を賭けた戦いだ!」
「別に曹操様のことは何とも……」
「何ーー?!
華琳様の寵愛を受けられぬと言うのか!!」
「言っていることがめちゃくちゃではないか……」
「いいから早く試合の準備をしろっ!!」
結局夏侯惇と朝飯前に試合をすることになってしまった関羽である。
夏侯惇は朝食をとったのだろうか?
いや、彼女のことだから起きて一番にここに来たのだろう。
城の庭に連れ出されてしまった関羽、青龍偃月刀を携えて同じく七星餓狼を携える夏侯惇に対峙する。
「いくぞ、関羽!!」
「うむ……」
やるき満々の夏侯惇と、今ひとつ興が乗らない関羽である。
「華琳様は渡さぬ!!」
「だから、曹操様とはそういう関係では……」
「昨晩はさんざん華琳様に愛されていたではないか!」
「べ、別に好きでやったわけでは……」
「華琳様のご寵愛を断るとは何たる不届き!」
「だから、そういう趣味は……」
「なにーー!!だったらどういう趣味なのだ!!」
「いや、その、普通の……」
「ん?普通とは男のことか?」
「まあ、そういう……ことかな?」
「それでは、好きな男でもいるのか?」
「まあ、いると言えない事もないようなあるような……」
「ほう、それは興味深いな。
その男とはもうしたのか?」
二人は、いつの間にやら剣を収め、並んで座って話を始めている。
「いや、その……」
真っ赤になって口ごもる関羽。
ほとんど、やったと公言しているようなものだが、それを明確にしてくれる親切な(おせっかいな)人がいた。
夏侯淵である。
「何だ、姉者、知らなかったのか?
氾水関で関羽殿と一刀殿がそれはそれは仲睦まじく愛し合っていたということを」
「なななな何で知っている!」
「それは、氾水関の渓谷に響き渡る声で関羽殿が喘いでいたら、何だろうと思うのが自然と言うものだ。
それで、その声の源を辿っていった結果が関羽殿と一刀殿の情事だったというわけだ。
あそこにいた者は全員知っていると思っていたが」
絶句し、顔を真っ赤にする関羽。
全員って何十万人もの人々が二人の関係を知っていると言うことか?
実は、夏侯淵、かなり誇張して話しているが、そんなことは分からない。
いくらなんでも関羽の喘ぎ声はそこまで大きくない。
3つ隣の天幕に聞こえる程度だ。
でも、汜水関に行った兵たちの間に、二人は出来ているという話が伝わっていたのは事実である。
他に娯楽がないから、そんな話でもして楽しまなくてはやってられなかったのか、尾ひれがついて次第に大掛かりな話になっていたのも事実である。
「ねえねえ、どんなかんじだったのー?
気持ちよかったのー?」
「おうおう、姉ちゃん。
隠さず吐いちまいな!」
「確かに興味あるなぁ。
知りたいなぁ」
「わたしも知りたーい」
「ちいも知りたいの」
「少しは……興味があります」
いつの間にやら、恋姫キャラが関羽を取り囲むように集まっている。
「う、うるさいうるさい!
わ、わたしはそんなことはしていない!!」
と、言って逃げ出す関羽。
「あ!逃げたなの!」
「追いかけろ!」
関羽は昼も夜とは別の苦労が絶えないのであった。
まあ、昼間の苦労は、ちょっとほのぼのした感じの苦労なのであるが。
昼間の苦労と言えばこんなこともあった。
関羽は城の庭を歩いていて、そのうちぴたっと足を止め溜め息をつくのであった。
そこに曹操がやってくる。
「あら、関羽じゃないの」
「あ、曹操様。
それ以上こちらに近づかないでください」
それを聞いた曹操は、それまでのほのぼのとしていた雰囲気から怒りの形相に変わる。
「あなた、自分の立場がわかっていないようね」「そうではなくて」
「関羽が望まなくても関羽の体は私の」「そこに落とし穴が」
「きゃーー!!」「ありますから」
「華琳様ー!
どうして!関羽を落とすために作っておいた落とし穴に落ちてしまわれたのですか?!」
突如現れる荀彧。
どう考えても関羽が落とし穴に落ちるのを今か今かと影から見張っていたに違いない。
「桂花!この落とし穴を作ったのはあなたね!」
「え?!いえ、これは関羽のための落とし穴です。
決して華琳様を貶めるために作った穴ではありません」
「作ったのではないの!」
「違います!関羽のための穴です」
「いいから、早く助けなさい!!」
「は、はい。申し訳…きゃーー!!」
「桂花まで落っこちて何をしているの!!」
言い争いをしている二人をとりあえず放置して、梯子を取りに行く関羽。
「曹操様、どうぞ、これをお使いください」
「関羽、遅いわよ!!」
いえ、精一杯早く来たのですが……とは言わない関羽である。
そして、二人とも梯子を登ってきて……
「関羽!あなたが落とし穴に落ちないから悪いのよ!
華琳様が落ちてしまったではないの!」
関羽に八つ当たりする荀彧であるのだが、
「桂花が穴を作ったのが悪いのよ!」
曹操に怒られてしまう。
「あ~ん、違います。
関羽が穴に落ちないのが悪いのです」
「こんな穴に落ちる馬鹿がいるわけないでしょ!」
いや、曹操さん、あなた落ちてますから。
関羽は言い争いをしている二人を後にして、一人庭を離れ、静かに梯子を返しに行くのであった。
というように、昼間は比較的ほのぼのしているのだが、夜は夜な夜な、というほど毎晩でもないが、そこそこ頻繁に曹操に呼ばれては体を弄られるのである。
そして、その度に枕を涙で濡らす関羽なのだ。
だが、そんな比較的ほのぼのとした雰囲気は長くは続かなかった。
「華琳様、わかりました、袁紹軍が戻った訳が。
蝗が発生しそうとのことでその駆除のために兵が呼び戻されたとのことです」
荀彧が緊張した様子で曹操に報告にあがる。
「蝗ですって?!」
これには曹操も慌ててしまう。
今、蝗害があったら、もう曹操領は壊滅的な被害を受けてしまう。
蝗は袁紹と違って武器も効かないし交渉も無理だ。
降伏することすらできない。
「それで、蝗の様子は?」
「まだ、発生しそうな予兆と言うだけで、実際に被害は起こっていないようですが、大規模に草原を燃やしているそうです」
「そう。こちらに被害が及ばなければいいのだけど……」
もう、あとは神に頼るしかない曹操である。
だが、物事悪いほうに傾くものだ。
袁紹領から焼け出された何百億、何千億匹もの蝗は河水を超え、曹操領に入ってから猛威を振るうこととなる。
兌州、豫州の畑は壊滅的な被害を受けた。
そして、徐州に入ったあたりで蝗の群れは消滅した。
史実の蝗害は、曹操と呂布の戦いの最中に発生し、事実上曹操に味方したようだが、此度の蝗害は曹操側に仇なした。
「壊滅…………」
収穫間際の畑に蝗害は決定的だった。
その年の曹操領の収穫は、前年比8割減という悲惨なものだった。
しかも、冀州は収量4割でも自国民を養うことが出来るほどに母数が大きいが、曹操領は収量が上がりつつあるといっても収量9割でぎりぎりの状態、8割減になると間違いなく飢饉が発生する。
蝗害を受けて、「うーーーん、やっぱり自然の力はすげーな!」なんてのんきなことを言っていられるのは、中国の歴史上、一刀が初めてなのであって、普通の人間は再起不能か、それに近いレベルまで叩きのめされるのだ。
さすがの曹操も、収量激減の報を聞いて、しばし覇気が失われてしまったのだった。