出張
肥料が足りない!
洛陽から大量の人間がやってきた結果、耕作面積も大量に増えたのだが、そこにばらまく肥料がどうにも不足してしまったのだ。
だって、漢全土にビールを出荷できるほどの麦が取れるのだから、麦の生産量も半端でなく、当然使用する肥料の量も半端でない。
過剰に与えて、河川が汚染され、というのは、現代のように腐るほど肥料がある時代の話であって、この時代は必要な肥料を確保するだけで大変。
黄土高原からの肥沃な土壌が、という話もあるが程度問題だ。
もう、肥料がなくてはならないフェーズになっている。
使える物は何でも使ったのに足らないので、もう領内には肥料はない。
油粕?とっくに使いました。
鶏糞、牛糞、豚糞?もうありません。
輪作で対応?限度があります。
化成肥料?あるわけがありません。
このままでは収量が労働の割りに上がらなくなってしまう!
それはまずい。
豊かな生活は、少ない労働で多くの収穫を得ることで達成できるから。
というわけで、新たな肥料を考えなくてはならない。
とはいうものの、そんな適当なものは、領内探してもどこにもない。
領外にあるかというと、やっぱりない。
肥料の元になるもの自体、袁紹領以外ではあまりないから。
ということで、目をつけたのが海と河。
早い話が魚肥を使おうというものだ。
ついでにグアノ(主に海鳥の糞や死体等の堆積物)も、探してみる。
魚肥は魚や、魚の皮などを干して固め粉砕したもので、日本では江戸時代になってようやく使われるようになった比較的新しい肥料である。
漢の時代には……少なくとも恋姫漢には無いようだ。
グアノを使ったという歴史も聞いたことがない。
何れも今までは見向きもされなかったか、捨てられていたものなので、使えるようになれば万々歳!
「漁村に行きたいの?」
「うん、新たに肥料を確保しないと収量が落ちる」
「それで、漁村に肥料があるの?」
「多分。雑魚を乾燥させて粉々にしたら、それが肥料になる。
それから海鳥の営巣地に糞が堆積していたら、それも肥料になる」
「そう。実際に行って見てみたいわけね?」
「そういうこと。今、俺がする仕事は他にないから、ちょっと業を離れても大丈夫だろうし」
「わかったわ。
じゃあ、…………柳花にでも案内させましょうか」
「了解」
そして、漁村に向かう一刀達一行。
一行の中身は、というと……
荀諶……これは行くはずだったので当然。
呂布……いつも一刀と一緒なので、これも半ば当然。
陳宮……呂布といつも行動を共にしたいので、戦争で無いから今回は同行を許された。
賈駆……農業の活動を見てみたいと言うので、同行を申し出た。
音呂……陳宮と一緒に犬も同行。
それに、荷物運搬や炊事を担当する兵士達。
戦に行くのでなく自衛隊のようなものと考えればいいだろう。
それから、交渉を行う文官数名。
というわけで、案外大人数の出張となってしまった。
出張の前に、呂布は一人田豊に呼ばれている。
「いい、恋?
夜、一刀に敵が近づかないようにするのよ!
側室は要らないの。
分かった?」
呂布は、首をかしげながらも
「わかった」
と答えているのだが…………本当に分かったのだろうか?
本当は、田豊は自分や沮授がいない状態で一刀と荀諶を二人にしたくはなかったのだ。
荀諶、前科一犯だし。
でも、田豊は今、業都を離れることもできず、苦渋の提案であった。
だから、心配で心配で仕方がないので呂布に護衛を依頼したのが背景である。
呂布はほとんど毎日裸で同じ閨に寝ているというのに、未だかつて一刀に迫ったことが一度もないので、田豊からその方面の信用を得ていた。
そして、一刀等一行の旅行が始まる。
その荀諶。
「いいこと?別にあんたと一緒に行きたいわけじゃないんだからね。
菊香に頼まれて仕方なく行くんだからね」
と、例によってツン態度を貫いている。
「はいはい、分かってます。
俺も柳花さんに迫ったりしないから安心してください」
「べ、別に迫るのが悪いってわけじゃないのよ……」
時々デレ態度が出てくる。
そんな荀諶の様子を見ていた賈駆。
「ふーん」
「な、なによ?」
「荀諶って一刀が好きなんだ」
「ち、違うわよ。
自分が一刀を好きだからって、人も一緒にしないでよ!」
「なななにを言っているのか分からない。
ボボボボクはそんな気は全然ない。
だだだいたい、荀諶、もうしたことがあるんでしょう?」
「あああああれは、……治療よ。
かかか体が一刀を必要としたから、仕方なく一刀と交わってあげただけよ」
そ、そうだったのか…………?
「も、ものは言い様ね。
結局そう言って今度もするんでしょ!」
「あああああなたこそ、何そんなに真剣につっかかっているのよ!
あなたこそやりたいんでしょ!」
「ななななに訳のわからないことを言っているの。
ボボボクは月が襲われない様にこの男を監視しているだけだから」
「も、ものは言い様ね」
業都をでて、ほんの数分は平和で静かな旅の始まりだったのだが、それ以降、馬で揺られている間、常にこうだ。
そんな二人を冷ややかに見ているのは陳宮である。
「全く盛りのついた牝には困ったものです。
恋殿はこの狼に関わることなく、いつまでも綺麗な体でいてくださいなのです」
呂布は、分かっているのかいないのか、コクリと頷いて肯定の返事とする。
「なによ、それは?」
「陳宮の癖に生意気」
陳宮の言葉に、荀諶と賈駆が食って掛かる。
「盛りのついた牝に盛りのついた牝と言って何が悪いのですか」
「誰が盛りのついた牝なのよ!」
「陳宮だって何を考えているかわかったものじゃない」
「なんですってー!!」
一刀は次第に頭が痛くなってきた。
別に、荀諶や賈駆に対して、そんな感情は持っていないというのに。
陳宮は論外。
犯罪者にはなりたくないから。
だというのに、三人とも本人に関係なくぎゃーぎゃー騒いでいる。
よくもまあ、ここまで延々と口げんかをできるものだ。
女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。
かといって、下手に介入するとどんなとばっちりが返ってくるかわからないので、ひたすら沈黙を続ける。
出張の一行なので、離れるわけにもいかず、ただひたすらそれを聞き続けなくてはならない。
なかなか苦痛だ。
いや、もはや苦行だ。
呂布は一人馬耳東風という感じで、涼しい表情をしている。
「天の御遣い様も、これじゃあ体がいくつあっても足りませんなあ」
同行する兵士にも同情される始末である。
いや、物笑いの種になっているだけか?
ここで、沈黙を続ければよかったのだろうけど……
「いや、みんな俺のこと誤解してるから。
俺が愛しているのは菊香と清泉の二人だけだから」
と月並みな答えを返してしまう。
それを聞いた荀諶、
「そう、それじゃ私の体は遊びで弄んだのね?」
「いや……その……」
「太夫も遊びだったのね?」
「あの……ね?」
「関羽も遊びなのね?
趙雲も遊びなのね?
関羽とは汜水関に行ってまで遊びたいのね?
猪々子も遊びなのね?
斗詩も遊びなのね?
愛しているのが二人だけにしては遊びもお盛んね?」
「お願いだぁ、もう勘弁してくれ~~」
業都を出て早々、先行きの思いやられる出張であった。
どうして正室でも側室でもない荀諶にそこまで言われなくてはならないのか?
だいたい、この時代6人くらい遊んだっていいではないか!と思わないこともないが(やっぱり少し多いか?)、こういう問題は男が弱いと思う一刀なので、ひたすら謝るのである。
それから目的地につくまで、一刀はずっと3人に攻め続けられるか、3人の口げんかに付き合うかしなくてはならなかった。
地獄だった。
無関係な兵士や文官達だけが楽しそうに笑っていた。