奉先
時は若干前後して、結婚式がまだとりおこなわれない時の様子。
呂布は日中は訓練に参加することになった。
呂布隊 vs. 袁紹軍。
袁紹軍は歩兵のみでなく、対騎馬の模擬戦もさんざん行ってきたから、最強といわれる呂布軍でも、そう簡単には勝てないと思うのだが……
「恋殿は最強です!
敵が1000人だろうと10000人だろうと負けることはないのですよ!」
と、やたら強気の陳宮だが、
「陳宮、いくらなんでもそれはいいすぎ!
倍か三倍の敵がいいところ」
と、賈駆が嗜める。
そう、呂布軍約100名の軍師は賈駆が務めている。
陳宮は軍師か?と問われると、違う!と答えざるをえない。
武将か?と問われると、もっと違う。
史実では陳宮は曹操のところにいた勇敢な武将で、後に曹操に叛逆するほどの人物だったそうだが、恋姫の陳宮は……子供だし。
軍師気分の子供、と言うのが正解だろう。
賈駆には、呂布にべったりな口やかましい子供にしか見えない。
「そんなことはありません!
虎牢関を飛び出すときも敵の武将を何名も同時に相手にして互角以上に戦いました」
「それは、敵の得物が同じだったから。
そして、敵の動きも予測できたから。
袁紹軍は歩兵とはいえ、呂布戦を想定して準備してくるから、弓を使ってくることは容易に想像できるし、その他ボク達の考えていない武器を使ってこないとも限らない。
だから、虎牢関の時の様に簡単にいくとは思わないほうがいい」
「それでも恋殿が負けることはありません!!」
軍師でも将でもないのだから、口を出さなきゃいいのに、と思う賈駆である。
「わかった。じゃあ、とりあえず1000人を相手に戦ってもらう」
一度痛い目を見れば、あまり無理はいわなくなるに違いない、と思った賈駆は、恐らくは負けるだろうと思いつつも10倍の敵を相手にすることを顔良、田豊らに申し出る。
そして、決戦当日。
「恋殿。あんな相手、こてんぱにやっつけちゃってください!」
呂布隊は、陳宮一人がヒートアップしている。
「恋。今回は相手の様子を見るだけだから特に作戦はなし。
これがいくら無謀な戦いでも、模擬戦だから死ぬことはないだろうけど、怪我はしないように無理はしないで」
呂布はコクリと頷いて訓練場に赴く。
一方こちらは対する袁紹軍。
顔良、田豊らが陳宮に負けないくらいヒートアップしている。
何といっても相手はあの呂布。
まず第一に最強と名高い呂布と戦うことができるという、純粋に武の高揚感。
そして、何より一刀の閨に居座っている呂布をやっつけるという女の意地。
顔良が全員に檄を飛ばしている。
「みんな、相手が呂布でも何でもいつもの通りやれば絶対勝てるんだから。
こっちは呂布軍の10倍もいるんだから。
がんばろーー!!」
「「「おおおーーー!!!」」」
そして、決戦の火蓋が切られる。
呂布軍はその突進力を生かして、いつものように袁紹軍に突っ込んでいく。
袁紹軍はまずそれに対して弓矢で対抗する。
呂布軍、最強ではあるが、接近戦で最強なのであって、敵と接触しないとその強さが発揮できない。
抜群の突進力と言っても、馬と矢を比べたら、流石に矢のほうが速い。
いくら呂布が最強と言っても、万事に最強なわけでもない。
勝つためには相手の弱いところを突く。これが鉄則だ。
呂布の場合、強いのが接近戦と突進力。
これを封じる方法があれば、呂布とて普通の武将と何も変わらない。
顔良隊は、その方法の第一弾として弓を使い、突進力を削ぐことと接近戦に持ち込まれないことを図った。
そして、今のところそれがうまく機能している。
呂布隊も、流石に最強といわれる軍である。
驚くべきことに戟で矢を叩き落している。
だが、戟で矢を防ぐといっても限度がある。
敵は10倍の人数が、呂布がくることがわかって万全の準備をしている。
飛んでくるのは訓練用の矢で、当たっても死ぬことはないが、それなりの速さ、重さがあるので、当たれば痛い。
目に当たれば失明する可能性もある。
呂布とて少女である。
当然、当たれば痛い。
馬に当たれば馬も痛がる。
突進力が次第に落ちてくる。
「退却」
呂布が全軍に指示を出す。
呂布軍、敵と剣を交えることもなく退却していった。
完敗であった。
「れんどの~~~」
顔良隊が大喜びで勝鬨の声をあげているのを聞きながら、陳宮が涙でくしゃくしゃになった顔で呂布を迎える。
「袁紹軍、強い」
陳宮を妹か娘のように抱きながら、呂布が袁紹軍の感想を話している。
「陳宮、わかった?
恋もどんな状態でも最強というわけではない。
同じ得物同士で戦えば最強でも、戟が使えないと意味がない。
そのように相手の弱いところを突く作戦を考えるのがボク達軍師の仕事。
だから、これからはボクに作戦を任せて。
いいわね!」
陳宮、肯定するしかできないのであった。
それにしても……
賈駆は袁紹軍の戦いを振り返る。
思った以上に強い。
まず、あの弓をどうにかしないと。
賈駆は作戦を考える。考える。考える………。
うあーーー!まず敵をもっとよく知りたい。
誰か、袁紹軍の動きをよく知っている仲間が欲しい!!
ということで、応援を要請した賈駆。
何と、沮授が賈駆と共に呂布隊の作戦を考えることになった。
単純に勝つだけなら、二級の軍師を宛がえばいいのだろうが、こちらの手の内を曝して、それでも勝てる作戦を考えられれば袁紹軍全体としてはメリットが大きいので、第一級の軍師を応援として派遣したのだ。
こうして、呂布隊がさらに強くなる素地が出来たのである。
その呂布は、というと……
「どうしたんだよ、恋?
体中痣だらけじゃんか!」
夜になって時間がたったので、痣がくっきりとしてきている。
一刀はそれを自分の閨で丸くなっている呂布に見て、非常に驚いている。
「……痛い」
呂布、強いだけでなく、苦痛も静かに耐えるスーパーガールだった。
「そりゃそうだろう。薬、塗ってやるから」
一刀は薬をもらってきて、呂布に塗り始める。
が、そのうちにちょっと後悔を始めた。
体中痣だらけということは、体中に塗らないといけないから。
一刀が膏薬をもらってくると、呂布は先ほどの通り裸で閨に寝て待っている。
その体に一刀が薬を塗っていくのだ。
最初はよかった。
塗る場所が腕や肩だから、それほど欲情しない。
だが、塗る場所が胸や太腿となってくると……
そのうえ、呂布が「あふ…」とうっとりした表情で喘ぎ声をだすと……
ちょっと……かなり欲情してしまう。
それでも何とか理性を保って薬を塗り終えるが、今度は傷ついた子犬が母犬にぴったり寄り添って寝るように、一刀にぴったりとくっついて眠りにつく。
痛みの所為か、ほろりと流す一筋の涙が一刀を決壊寸前まで追い詰める。
顔良、田豊の気合は悪いほうに働いてしまったようだった。
話は再び賈駆の様子。
沮授に袁紹軍の様子を聞いている。
「っていうことは、あの矢を過ぎると、今度は縄や網で騎馬隊に対抗しようとしていたっていうこと?」
「そうです。網で絡め取られると、例え呂布でも逃げ出すことができないでしょう。
真剣の戟であれば、網を破ってということもあるかもしれませんが、模擬戟ではそれも叶わないでしょう。
それに、本当の戦いであれば、縄や網だけでなく、先を尖らせた杭を並べた楯を用意したり、弩を雨霰のように撃つという、本当に相手を殺傷する作戦もとれます。
ですから、戟や刀だけで戦うような騎馬隊が正面から臨むのであれば、今の袁紹軍歩兵隊は3倍の人数がいれば必ず勝てます」
騎兵一人は歩兵3人と大体攻撃力が同じと言われているから、普通は同等のはずなのだが、必ず勝てると言うことは余程自信があるのだろう。
「いやらしい軍ね」
「それが軍師の役目ですから。
あなたもそうなのでしょ?」
「まあそうなんだけど。
詠って呼んで。
これから呂布隊を強くしていく仲間になるのだから、ボクの真名を預ける」
「それなら、私も真名を預けなくてはなりませんね。
清泉と呼んでください」
それから二人で対袁紹軍歩兵部隊の戦術を練り始める。
呂布隊vs.袁紹軍、第二戦。
今度は呂布軍100に対し、袁紹軍300が対するという構成をとっている。
この間のように圧倒的に袁紹軍が勝つということはないだろう。
「突撃」
呂布の静かな掛け声で呂布隊が突進を始める。
だが、今回は矢の射程圏内に入る前に大きくその進行方向を右にずらす。
沮授、賈駆の考えた作戦は極めて単純だった。
正面突破が無理なら、隅から順番に切り崩していけばよい。
とはいうものの、袁紹軍とてそのくらいのことは想定している。
だから、呂布隊が揺さぶりをかけても、隊形を臨機応変に変化させ、呂布隊に対峙している。
だが、相手は最高の機動力を擁する呂布隊であった。
左右に揺さぶりをかけると同時に、隊をいくつかに分け、袁紹軍の対応を困難にする。
そして一瞬、分裂した呂布隊に対峙しようとして隊の中央にほころびが見えたところに、呂布が単騎で突進する。
その速度で突入されることは想定外であった。
流石は名馬赤兎馬。
袁紹軍の近接戦の対応が遅れる。
しかも、突入してきたのが近接戦最強の呂布。
関羽、張飛、趙雲というスーパー豪傑数名を一度に相手にして勝てる呂布である。
一般兵では話にならなかった。
呂布隊が完勝した。
「恋殿~~!!やっぱり恋殿は最強なのですよ!!」
陳宮がそれはそれは嬉しそうに呂布を出迎える。
その後も訓練は続けられ、袁紹軍は例え呂布隊が相手であっても5倍の勢力であれば常に勝てるようになっていった。
呂布隊も、恐らくこれだけ訓練を積んだ袁紹軍が相手でなければ、隅を崩すだけという作戦を用いて、例え相手が何十倍もいても対処できるという感触を得ていた。
今回の訓練は袁紹軍よりも呂布隊に効果が大きかった。