借用
「一体どういうつもりなのだ、桃香!」
公孫讃軍に戻るなり、公孫讃は劉備をどなりつけている。
「え?何が?」
「我々が先陣を務める件だ」
「え?だって名誉なことだよ」
「それはそうだが、先陣を務めるにはそれ相応の軍事力が必要になる」
「大丈夫だよ。
愛紗ちゃんも鈴々ちゃんもと~っても強いから!」
「鈴々は無敵なのだぁ!」
「桃香様」
諸葛亮が呆れた様子で劉備に状況の説明を始める。
「まず、相手が篭城している場合、攻撃側の勢力は守備側の3倍が必要とされています。
これについては、相手を城の外におびき出す方法を考えることにしましょう。
そうすると、関を守っているのは華雄将軍、張遼将軍になりますが、兵の数は聞くところによれば10万人。
それに対し、公孫讃様の兵力は2万人。
いくら愛紗さんや鈴々さんが強いといっても、一人で相手に出来るのは10人、20人がいいところでしょう。
この狭い場所から考えて、敵の全軍が同時に攻めてくるとは思えませんが、3万の兵がくることは考えられます。
とても、1万人の戦力差を埋められるものではありません」
「でも、でも、桃香ちゃん達は連合軍なんだよ。
白蓮ちゃんや桃香ちゃんの軍だけで間に合わなかったらみんな助けてくれるよ」
「桃香、確かにそれは理想だ。
だが、実際には諸侯は自分の勢力をできるだけ減らさず、戦果だけを得るように働くものだ。
だから、自軍に被害が及ぶようであれば参戦するだろうが、協同して先陣を務めるような軍はいないだろう。
まず、我々に戦わせるだけ戦わせておいて、我々が優勢で参戦したら楽勝という状況になったり、負けて自軍のところに敵が来たら参戦するというのが関の山だ」
「ふーん、ずるいんだね、みんな。
でもさ、でもさ、袁紹ちゃんだったら手伝ってくれるんじゃない?
みんなに呼びかけたのも袁紹ちゃんだし、それに総大将だもん」
「袁紹様が最初から自軍を動かすなら、先陣を桃香に頼まないだろう?」
「それはそうだけど……うーーん、やっぱり袁紹ちゃん、何とかしてくれると思うんだけどなぁ。
先陣が破れたら、袁紹ちゃんだって困るでしょ?」
「まあ、それはそうだが。
でも、兵を貸してくれるくらいが精一杯じゃないかな?」
「ふーん。……でも、兵隊さんを貸してくれるだけでも嬉しいんだよね、朱里ちゃん」
「はい、そうですが」
「何人くらいいればいいの?」
「そうですねえ、1万人くらいでしょうか?」
「朱里殿、1万人と言ったら、我々が率いてきた軍の半分の規模ではないか」
「はい、白蓮様。
そうすれば兵力が3万人になりますから、相手と対等に戦えます。
仮に敵がそれ以上来たとしても、先陣として充分な働きをすることができるでしょう。
それだけいれば愛紗さんや鈴々さんの武芸も重要な意味を持ってきます。
本当はもう少し欲しいところですが、さすがに自軍に匹敵する応援を要求するというのも……」
「じゃあ、袁紹ちゃんのところに言って兵隊さん借りてくるね。
愛紗ちゃん、一緒に行こう!」
「え?わ、私ですか?」
「うん。愛紗ちゃんがいれば絶対うまくいくから!」
「はあ……?」
劉備は関羽を伴って袁紹の許に向かう。
残ったのは劉備の純真さというか、おおらかさというか、なんというか劉備の劉備らしいところに唖然としている公孫讃と諸葛亮であった。
しばらくして……
「兵隊さん1万人貸してくれるって!」
「え?」
「本当ですか?」
あまりに意外な展開に目が点になった公孫讃と諸葛亮。
「うん。快く貸してくれたよ」
「どのように頼んだんだ?」
公孫讃の質問に、劉備は袁紹の所であったことを話し始める。
「袁紹ちゃん、おねがいがあるんだけど……」
「なんですか?劉備さん」
業には来るなと言ったが、顔を見せるなとは言わなかったので、ここにくることは約束違反ではなく、仕方無しに劉備の相手をする袁紹である。
「あのね、あのね、兵隊さん貸してくれないかなぁ」
「へ?何で兵隊を貸さなくてはならないのですか?」
「うーんとね、桃香ちゃんたち、ちょっと兵隊さんが少なくて、敵と互角に戦えないんだって。
でも、氾水関が落ちないと困るでしょ?
だから、桃香ちゃんたち頑張るから、ちょっと少ない分、兵隊さん貸して欲しいなぁって。
それにね、それにね、愛紗ちゃんもいるし」
「はぁ?関羽さんとこれとどう関係があるのですか?」
「だって、愛紗ちゃん、とっても一刀ちゃんのこと愛してるんだよ。
さっきもいっぱいいっぱい愛し合っていたんだよ」
一体、いつそんな情報を仕入れたのか、関羽と一刀の関係を今日の出来事まで既に知っている劉備。
袁紹のところに泊まった時、既にばれていたのだろうけど、ここまで顔に出さないというのも、劉備、なかなかである。
袁紹は一刀を見る。
顔が真っ赤になっている。
ついでに、関羽も真っ赤になっている。
真偽は尋ねなくても明らかだ。
「麗羽様」
袁紹が口を開くより前に沮授が袁紹に進言する。
「兵隊でも何でも貸してあげればよろしいと思います。
ついでに、この一刀も関羽さんのいる劉備軍に貸してあげればよろしいと思います。
一刀は返していただかなくて結構です!」
怒りのオーラをまとっている沮授に、誰も何も言い返せない。
特に一刀。
こうして、兵隊1万人と一刀が貸し出されることになった。
「―――というわけなんだよ」
劉備の話が終わる。
全員の視線が関羽に注がれる。
もう、穴があったらはいりたいという表現がぴったりな様子の関羽である。
真っ赤になって、大きな体を小さくしようと苦労している。
「ほう、愛紗殿が……」
公孫讃は何となく嬉しそうだ。
「愛紗、よかったのだ!」
何がよかったかよくわからないが、張飛が関羽を激励している。
諸葛亮は真っ赤になって、何も言えない。
きっと、そのシーンを想像しているのだろう。
「兵隊さんも集まったし、白蓮ちゃん、朱里ちゃん、作戦を考えよう!」
「そうだな」
「……はい」
それから、作戦会議が始まった。
決まった作戦は、敵を挑発して野戦に持ち込み、弓で射つつ敵勢力がある程度少なくなったところで本体を投入するというものである。
篭城されると攻めるのが困難だし、本体が押し込まれても周りには他の諸侯がいるから、いざとなったら逃げ出すと言う手もある、というようなことで、先陣としてはそれだけの働きがあれば十分だろうと言う公孫讃、諸葛亮の判断だ。
と、そこに来客がある。
「すみません……」
「あー!一刀ちゃんだー!
愛紗ちゃんに会いに来たんでしょう!
愛紗ちゃん、よかったね!」
一刀であった。
「いえ、そうではありません」
「えー?ちがうのー?じゃあ、どうして来たの?」
「実は…………家を追い出されてしまいまして」
一瞬の沈黙の後、関羽以外全員が大笑いする。
「アハハ。それで愛紗ちゃんのところでも行きなさい!って言われたんだ」
「まあ、そういうことです。
袁紹軍のところでは誰も泊めてもらえなかったので、仕方なくこちらに氾水関との戦いが終わるまでお世話になりたいと……」
「いいよねえ、愛紗ちゃん。
一刀ちゃんをしばらく泊めてあげても。
ずーっと一緒でもいいよね!」
「お、お願いです。
愛紗さんの天幕は勘弁してください。
これ以上何かあったら、本当に戻れなくなってしまいます」
「えー?でも、愛紗ちゃんの天幕しか開いている場所がないよ。
ねえ、みんな?」
劉備がいたずらっぽくみんなに同意を求める。
「そうなのだあ!
鈴々の天幕は小さくておにいちゃんは入れないのだあ」
「そうだな。私の天幕も男子禁制で」
「はわわ、私もまだ貞操を失いたくないので……」
「桃香ちゃんも愛紗ちゃんに恨まれたくないから」
「あの、普通の兵士と一緒でいいんですけど」
「一刀殿、それはだめだ。
一刀殿は良いかも知れぬが、兵士が袁紹軍の大将と一緒では気兼ねしてしまう。
それにそんなことは公孫讃軍の面目が許さない」
「決まりだね!」
前途多難な一刀であった。