刑罰
「ねえ、一刀。本当にうまくいくの?」
「うまくいったら画期的だとは思うのですけど……」
部屋に戻った一刀に早速田豊と沮授が心配そうに声をかける。
「だ、大丈夫だよ。……多分」
「短い付合いだったわねー」
感慨深そうに遠くを見つめてつぶやく田豊。
「まだ死んでないだろ!」
「ええ、"まだ"」
大きく落ち込む一刀。
と同時に、最近菊香雰囲気変わった、と思うのである。
「それで、実際にどうするのですか?」
沮授のほうが親身だ。
清泉のほうが昔の雰囲気を保っている。
……ちょっと陰湿になったきもするが、やっぱりやさしい。
「うん、やっぱり麗羽様じゃないから、こっちも心から訴えれば通じるんじゃないかと思うんだけど」
「それでは、それは一刀に任せるとして……彼等の犯した罪はどうするのですか?」
「罪?」
「ええ。兵士達を殺していますし、略奪もしているでしょ?
それはどうするのですか?」
「うーーんと……不問というのは駄目なのかなぁ?」
「それは駄目ね!」
田豊の駄目出しが入ってしまった。
「どんな理由があっても、罪は罪。許されるものではないわ。
それに、民も自分のした罪は知っているから、それを訳も無く不問に処されたら却って疑問に思ってしまうもの。
それ相応の罪は償ってもらわなくては」
「じゃあ、どうすればいいのさ?」
「まず、略奪したもの。これは速やかに返せば不問にする。
逆に後で略奪したものを持っていることがあきらかになったら、これは厳罰ね。
そうでもしないと、たくさん略奪した人だけが利益を得てしまって、民の間に不公平が生じてしまう。
そういう状況を放置すると利益を得ない人たちから不満が起きてしまう」
「うん」
「それから、破壊した城の修復費などは、支払ってもらう」
「それが払えるくらいなら反乱は起きなかったろうに」
「もちろん、すぐにとはいわないわ。
税率を通常の3割から4~5割に数年間上げる。
それで賄ってもらう。4~5割でも何進時代の8割に比べれば格安だし、他国と比べても遜色ないから文句は出ないと思うわ」
「なるほど」
「犯されて傷ついている女性達や、孤児になってしまった子供達も、そのお金で何らかの補償をするといいでしょう」
「うんうん」
「この問題は、全員からあまねく税を取り立てるという点」
「それって問題なの?」
「ええ。全員が黄巾党で破壊活動をしたというわけではないでしょ?」
「ああ、そうか」
「でも、これは略奪の対策のようにやった人は税を重く、そうでない人は軽くというわけにはいかないの」
「どうして?」
「そうすると、暴動には参加したがほとんど破壊はしていないという人や、暴動はしていないけど呼びかけはやっていた人がいた、というようにいろいろな人が出てきてしまって収拾が付かなくなってしまうから」
「なるほど」
「だから、これは暴動に参加していない人には悪いけど、自分達の街をすみやすくするための税だと割り切ってもらうしかないわけ。
不満を言う人がいるかもしれないけど、何とかして。
一刀が農業の収量を増やすといえば納得するでしょう」
「わかった」
「最後が人殺し」
「……」
「これは重罪だけど、牢に入れるとか死罪にしたら、絶対に投降しないから、それはできない。
だから、自分達の手で殺した人を弔ってもらう。
自分達で墓を建て、死んだ人を埋葬してもらう。
もちろん、一人一人丁寧に埋葬してもらう。
そうすることで、死者を供養すると共に、自分達の犯した罪を心に刻んでもらう。
弔いには、同時に昂奮した気持ちを抑える働きもあるから」
田豊の意見を感心して聞いている一刀。
「ふーん。やっぱり菊香ってすごいんだな」
「何よ、そのやっぱりっていうのは?」
「最初ここに来たときは、窓辺で黄昏れているだけの美少女だったのに、こうして作戦を聞いてみると、俺なんかまるで足許にも及ばない有能な参謀なんだなって、改めて認識を新たにするんだ」
「当然でしょ」
何気に美少女も有能な参謀も肯定する田豊。
「でも、苦手な分野もあるから、それは一刀、お願いね」
「うん、わかった」
田豊の苦手な分野、それが何を意味するかは袁紹以外全員知っている内容である。
それから、説得するための文案も考えて、方針を顔良にも見てもらう。
顔良も、それなら、ということで計画を軍議にかける。
「悪くはない。いや、うまくいけば画期的だろう。
試すだけのことはある」
皇甫嵩も満足そうだ。
「オーッホッホッホ。華麗なこの私に出来ないことなどございませんわ」
「まあ、その台詞はうまくいってから聞くことにしよう」
「それでは、斗詩、一刀。早速や~っておしまいなさい!」
「は~い、わかりました~」
「はい!」
で、軍議が解散になると思いきや、袁紹が顔良に向かって、
「ところで、斗詩」
質問を始める。
「はい、なんでしょう?麗羽様」
「この間、斗詩は一刀がいつも説得するのが難しい人と交渉していると言ってましたけど、それって誰ですの?」
顔面蒼白になる一同(除皇甫嵩)。
「そ、それは……」
もちろん、顔良、即答できない。
「やはり、一刀さんの口から。ね?」
と、冷や汗を垂らしながら一刀に微笑みかける。
(あーー!斗詩さん、逃げたー!!)
と、一刀がいくら心の中で叫んでも、投げつけられてしまったボールは返せない。
「えーーっとーーーー…………それはですねぇ」
一刀、必死で対応を考える。
「あの、軍師の人たちって、自分の意見をなかなか曲げないから、麗羽様にお伝えする前に行っている軍議は、いつも紛糾しているんです。
確かに、軍師の人は、その人達の考えで作戦を決めているので、他の人の意見に流されるのは問題だと思いますが、どの案が一番よいかを全員で決めるのがなかなか大変なのです」
「そうですか。どの軍師も優秀ですから大変でしょうね。
一刀、しっかりまとめるのですよ。オーッホッホッホッホ」
麗羽様、それ、あなたの仕事ですから!!と口から出かかったのを必死で止める一刀である。
軍議のあとで……
「ごめんねー、一刀さん」
「ひどいですよ、斗詩さん。いきなり振るなんて」
「だぁ~って、麗羽様といえば一刀さんでしょ?」
「ちがいます!勝手に決め付けないでください」
「お詫びに許してあげちゃうから」
「何をですか?」
「その……肥料のこと」
ちょっと溜息でもつきたくなる一刀。
「………あの、いつも思うんですけど、肥料って許すとかそういう問題なんですか?」
「え?」
顔良にしては珍しく、きょとんという表情に変わる。
そして、なんでそんなことをわざわざ聞くの?という雰囲気で、こう続けるのだ。
「当然、そうだと思うんだけど?」
「そ、そうだったんですか……」
一刀はそれを聞いて、本当にはぁーと深い溜息をつくのである。