自棄
「皇甫嵩様、飲みませんか?」
城壁で静かに泣いている皇甫嵩のところに、賈駆がウィスキー(と呼ばれているほぼ純アルコール)を持ってやってくる。
「賈駆か、そうだな」
皇甫嵩と賈駆は朝っぱらからウィスキーを飲み始める。
もう、明らかに自棄酒だ。
暫く飲み進めていって……
「いいかぁ、賈駆。
献様はあんな雑草のような男にくれてやっていいお方ではないのだ!
高貴で愛らしく、純粋なお方なのだ」
随分人間らしい感情を出すようになった皇甫嵩である。
「皇甫嵩様!分かります!
月も清らかな女性なのです!
あんな女誑しには相応しくなーい!」
って、自分もさんざんやっていたくせに……
「その通りだ!
献様~~!!あんな俗物に奪われてしまって……何と不憫な」
「月もあんな男に一生をささげてしまって……可哀想すぎる」
「一刀の馬鹿野郎!!」
「一刀のバカヤロー!!」
「一刀の馬鹿野郎!!」
「一刀のバカヤロー!!」
朝っぱらから二人揃って酔っ払って一刀を馬鹿呼ばわりし続けるのであった。
そして、真昼間から酔っ払って眠ってしまって、起きたのは次の日の朝だった。
一刀が袁紹に呼ばれている。
「一刀」
「はい、陛下」
「献様と董卓を側室にするとのことですが……」
「はあ、そうなってしまいました」
「今は何も身分のない人間ですが、元は一人は皇帝、一人は州牧。
菊香や清泉のような訳にはいきません。
あまり粗相のないようにすることですわ」
「はい…………え?州牧?華琳のことですか?」
「華琳?ああ、そういえば華琳も州牧でしたわね。
そうではありません。
悪の董卓なんて、いなかったのでしょう?」
「ご、ご存知だったのですか。
申し訳ありませんでした。
その通りです、今まで陛下をだましていました」
嘘がばれて平謝りの一刀。
「これでも、一刀の様子を見て、少しは我が身を反省して色々情報を聞くことにしていたのですわよ。
まあ、いいですわ。
今の私があるのも、一刀のおかげですから、私を騙したことは不問といたしますわ。
その代わり、私が呼んだらすぐくることですわ」
それって、どういうことですか?前後の脈絡がありませんが……とは怖くて聞けなかった一刀である。
内容が分からなくても、
「はい、畏まりました」
と、とりあえず答えておく。
ところで、袁紹、結構本当に名君っぽくなってきたようだ。
さて、その日のこと……
「月、お願いがある」
と、董卓に話しかけてきたのは呂布。
「何でしょうか?」
「その……私も一人で寝たいから、ご主人様の護衛を他の人に頼みたい」
そう、妊婦は一人で寝る習慣だから、呂布も一人で寝たいというのだ。
劉協や董卓もいることだし、他の人に頼んでもいいだろうと思う呂布である。
「一刀の護衛を他の人に頼みたい……のですね。
そうですね、恋さんも身重ですからね。
わかりました、何とかします」
今度は董卓が劉協に同じ事を頼んでいる。
その結果、
「いいか、一刀。
お前を守るわけではないからな。
献様をお守りするついでにお前も守るのだからな!」
ということで、皇甫嵩が一刀を守ることになったのだが……
「陽」
「はい、献様」
「朕も一刀も月も裸なのに、一人だけ寝巻きを着るのですか?」
「………」
その晩、皇甫嵩はおんなになった。
「一刀、殺す」
恥ずかしそうに泣きながらそういう皇甫嵩は、関羽に負けずとも劣らない綺麗な長い黒髪を閨に広げ、きつい目も恥ずかしさの所為か心持ち優しくなっていて、かなり可愛かった。
劉協がちょっと嫉妬していた。
「一刀のバカヤロー
皇甫嵩のバカヤロー」
翌日、賈駆が一人で自棄酒を飲んでいた。
「陛下!……ではなくて、献様!!」
「あら、菊香ではありませんか。
どうしたのですか?そんなに憤って」
田豊が劉協に食って掛かっている。
「どうしたのですか、ではありません!
献様が側室になるのは、百歩譲って認めることとしましょう。
ですが、何で皇甫嵩まで側室にしなくてはならないのですか!」
もう、皇甫嵩の呼称は"様"なしになってしまっている。
当の本人は、と言えば、一刀の背中に顔を埋めて隠れている(つもりになっている)。
少し歩き方がぎこちなく、改めて何があったか解説する必要は全くない。
「それは、朕たちはまだ経験が少ないので、菊香たちのように二人だけで一刀を喜ばせることが出来ないからです」
「え?!……そ、それは、誤解です。
とにかく、これ以上側室を増やすことのないようにしてくださいね!」
「はい、菊香たちのように一刀を喜ばせるように努力いたします」
「そういうことではなくてですね!!」
気弱とはいえ、宦官にもまれてきた劉協である。
比較的素直な田豊では相手にならなかった。
「一刀!一刀ったら!!聞いてるの?」
「う、うん……」
劉協の説得を諦めた田豊は、今度は一刀に話しかけるのだが、これまたどうもぼーーっとしていて、埒が明かない。
その話を影でしっかりと聞いていた荀諶、その日のうちに側室に納まってしまうことに成功する。
やっぱり軍師、そういう才覚は十分だ。
「一刀のバカヤロー
皇甫嵩のバカヤロー
柳花のバカヤロー」
またまた、賈駆が一人で自棄酒を飲んでいた。
「詠ちゃん」
「なによ、月!」
最近、妙にカリカリしている賈駆である。
「素直になっていいのよ」
「……」
その夜のこと……
「一刀の……ばか」
今度は賈駆が一刀の閨で、恥ずかしそうに一刀の非難をしていた。
それから数日後。
「ねえ、一刀!!」
「な、何?」
ようやくまともに話ができるようになってきた一刀を田豊は糾弾している。
「何であんなに側室増やしたのよ!」
「う、うん。増やす気はなかったんだけど、ほら、あのさ、菊香や清泉と初めてするときはお互い愛し合っていたから満足したんだけど……
献や月は、その……慕ってくれるのは嬉しいんだけど、愛し合ってるっていうより、脅されてって感じだったから、献の純潔を奪って『これでもう逃げられませんよ』と言われた瞬間に、何か原罪を犯したような罪悪感にとらわれて……
何か献の言うことは全て聞かなくちゃならない気になって…………
で、気がついたらこうなってた……。
昔の陽、本気で怖かったし。
ごめん」
「もう自重してよね!」
正室、かつ妊娠中だとかなり寛容になるようだ。
この一言で済んでしまった。
「うん、もう献や陽とも普通に接することが出来るようになったから大丈夫……だと思う」
やっぱり劉協、小悪魔か、さもなくば妖魔になったに違いない。
あとがき
これでR15は終わりです。
赤壁関係の描写が数回とその後の様子が1回で終わる予定です。