粉塵
「一刀はん、一刀はん!」
と、一刀を呼び止めるのは李典。
「李典さんじゃないですか。何ですか?」
「一刀はんが考案したっちゅう精米精麦機とか、製粉機って、あれはすごい機械やな。
よう、あんな複雑なもん考えついたもんや。
感動したわ」
製粉は最初は石臼でやっていたが、どうにも処理能力がたりなくなり、鉄製の製粉機も作ってもらっていたりした。
「ああ、あれ?あれ、俺が考案したわけじゃないんだ。
俺のいた世界にあったのを真似して作ってもらっただけなんだ」
「俺のいた世界……ってなんやねん?」
「ああ、信じられないかもしれないけど、俺、こことはちょっと違う世界から来たんだ。
それで、その世界にはあんな機械以外にも、自動的に動く機械っていう、もっとすごい機械もあったんだけど、俺の力で再現してもらうことができたのは、あのくらいだったんだ」
「そうなんや。
それでもすごいわ」
「家はでかい農家だったんだけど、そこにあれと同じような機械があって、俺も子供の頃、李典さんみたいにやっぱりあの機械がすごいと思って、分解して壊したことがあったんだ。
思いっきり父親には怒られたけど。
それで、覚えてたんだ」
「へえ、一刀はんも少しはからくりに興味があるんや」
「まあね」
「それでやな、うちもあれみて真似して製粉機作ってみたんやけど、ちょっと見てもらえんか?
精米精麦機はもう少しかかりそうやねん」
「すごいですね。ええ、是非見せてください!」
そして、製粉機を見に行く一刀。
「うわー、これはすごいわ」
「そやろ、そやろ。で、どこがすごいんや?」
嬉しそうな李典。
「こんな細かい小麦粉、この世界で始めてみた」
そう、石臼も機械式製粉機もまだ加工精度が甘く、ちょっと粒子の粗い小麦粉しかできていなかったのだが、李典の作った製粉機は、どう改良したのか現代の小麦粉と遜色ない細かさの小麦粉が出来ていた。
「ま、うちにかかればこんなもんやな!」
ちょっと鼻高々の李典。
「うん、ほんとにすごい。
でも、気をつけないと爆発するから、それは注意してね」
「爆発?物騒やな。何が爆発するねん?」
「小麦粉」
「は?何言うてまんねん。
小麦粉が爆発するはずあらへんがな」
「それが爆発するんだって。
小麦粉作る工場で、死者がでたこともあるんだから」
「信じられへんなあ……」
だったら、ということで粉塵爆発の実験をしてみることにした一刀。
ちょっともったいないけど、布で一辺が10mくらいの立方体を作ってもらって実験開始。
一刀が面白そうなことをするというので、みんなぞろぞろやってくる。
破茂もやってくる。
「一刀はん、爆発するものがあるんやて?
そういうことは、教えてくれな困るがな!」
「ごめんなさい、破茂さん。忘れてました。
でも、李典さんが製粉機改良したから爆発するようになったんですよ」
「まあ、今日は本当に爆発するか見せてもらいますわ」
「ええ」
もってきた袋、というか布の立方体に李典製小麦粉を湿らないように入れる。
湿ると爆発しなくなるから。
それから、鞴(ふいご)で袋の中に風を送り込み………ってまるで一刀が作業をしているようだが、もちろん彼は口だけ。
そして、袋の中が小麦粉の粉塵で満たされたところで全員避難。
「夏侯淵さん、火矢であの袋を射てください」
「うむ」
夏侯淵は言われるままに火矢を放つ。
弓の名手、夏侯淵が落ち着いて射れば、そのような巨大な的を外すはずもなく、矢は約百m離れた袋に無事に到達する。
そして……
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
小麦粉の粉塵爆発の爆発条件は比較的広く、物理法則に従って粉塵爆発が生ずる。
全員、爆発を見て驚愕の表情に変わる。
「えー、このように―――」
小麦粉と言えども、粉塵が浮遊すると爆発することがありますから気をつけてくださいね、と全員の方に向き直り、説明し始める一刀にどんとぶつかる者がある。
「えーーーーーん、怖かったのです!怖かったのです!」
と、泣きながら一刀に抱きついてきたのは劉協。
爆発がよっぽど怖かったのだろう、一刀に抱きついてえんえんと泣いている。
だが、怖いのは劉協だけではない。
(ひひひ……皇甫嵩様が笑ってる……)
劉協に抱きつかれた一刀を見る皇甫嵩は、いつもの無表情でなくにっこりと微笑んでいる。
劉協が幸せになってよかった!という笑みでないのは明らかだ。
「震えが止まらないのです。
しっかり抱きしめてください!」
一刀の背中にいやな汗が流れる。
死に直面した恐怖を感じる。
劉協の恐怖は過去形だが、一刀の恐怖は現在進行形である。
それでも、一刀は決死の覚悟で劉協を軽く抱きしめる。
「もっとしっかり抱きしめてください!
それでは震えが止まりません」
劉協様、それは違います。
一刀が震えているのです。
「たーいへーんねーー」
言葉にはしていないが、そんな生暖かい雰囲気で、劉協、一刀、それに皇甫嵩と董卓を除く全員が、その場からぞろぞろと帰っていってしまった。
一刀に抱かれて暫くした後、劉協の恐怖も収まってきたようで、例によって
「一刀、部屋まで運んでください」
と、命ずる劉協。
「ええ、よろこんで!」
と、顔で笑い、
(陛下、俺を殺す気ですか?)
と、心で泣きながら劉協を抱き上げて城に向かう。
だが、劉協のことだ、絶対一刀が心で泣いていることを知っている。
結構、悪女だ。
一刀は例によって背中に皇甫嵩の刃を感じながら劉協を運び、部屋の前で彼女を下ろす。
すると、劉協は
「いつも献身的な行為に感謝します」
と、一刀に話しかけ、更に一刀の頬を両手で押さえ、口付けをする。
石像のように固まってしまう一刀。
……と皇甫嵩。
そして、数秒間の口付けの後、一旦唇を離して、
「これからもお願いしますね」
と言って、また数秒間の口づけ。
それも終わると、ちょっと思案して、最後に別れを惜しむ恋人のようにチュッと軽く口付けをしてから、少し顔を赤らめた董卓に開けてもらった扉から部屋に入っていく。
扉の外に残ったのは、一刀と皇甫嵩。
「フ……フフ……フフフフフフ」
皇甫嵩が笑っている。
皇甫嵩が声を出して笑っている。
一刀は体を石像状態から人間状態に戻し、必死で皇甫嵩から逃げ出すのであった。
最近逃げてばかりの一刀だった。
あとがき
昔の小麦粉が今の小麦粉に比べて粗いかどうかはよくわかりませんが、とりあえずそういうことにしておいてください。
小麦粉の爆発条件は最低は60g/m3だということが調べられたのですが、最高が分かりませんでした。
アルコールの爆発条件よりは広いでしょう、きっと。
2010.05.09
[1300]ナナシさん
ご指摘の通りです。
ありがとうございました。
直しておきました。
2010.05.09
[1305]誤字らさん
ご指摘の通りです。
ありがとうございました。
直しておきました。