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No.10137の一覧
[0] 【完結】 とある第八位の風紀委員(ジャッジメント) とある科学の超電磁砲[咲夜泪](2011/04/03 00:37)
[1] 七月十六日(2)[咲夜泪](2009/07/23 00:54)
[2] 七月十七日(1)[咲夜泪](2009/07/23 00:57)
[3] 七月十七日(2)[咲夜泪](2009/07/23 00:59)
[4] 七月十七日(3)[咲夜泪](2009/07/23 01:03)
[5] 七月十八日(1)[咲夜泪](2009/07/23 01:08)
[6] 七月十八日(2)[咲夜泪](2009/07/24 23:56)
[7] 七月十八日(3)[咲夜泪](2009/07/30 01:06)
[8] 七月十八日(4)[咲夜泪](2011/02/24 02:41)
[9] 七月十九日(1)[咲夜泪](2009/08/20 14:59)
[10] 七月十九日(2)[咲夜泪](2009/09/11 02:15)
[11] 七月十九日(3)[咲夜泪](2009/10/30 02:56)
[12] 七月十九日(4)[咲夜泪](2009/11/19 02:04)
[13] 七月十九日(5)[咲夜泪](2009/11/29 02:48)
[14] 七月十九日(6)[咲夜泪](2011/02/24 03:30)
[15] 七月二十日(1)[咲夜泪](2010/01/09 02:32)
[16] 七月二十日(2)[咲夜泪](2010/01/14 03:01)
[17] 七月二十日(3)[咲夜泪](2010/01/18 03:55)
[18] 七月二十日(4)[咲夜泪](2010/01/21 10:47)
[19] 七月二十日(5)[咲夜泪](2010/01/24 18:51)
[20] 七月二十日(6)[咲夜泪](2010/01/27 22:06)
[21] 七月二十日(7)[咲夜泪](2010/01/28 03:42)
[22] 七月二十日(8)[咲夜泪](2010/01/28 21:04)
[23] 七月三十日(1)[咲夜泪](2011/01/23 03:59)
[24] 七月三十日(2)[咲夜泪](2011/01/25 03:49)
[25] 八月一日(1)[咲夜泪](2011/02/03 03:10)
[26] 八月一日(2)[咲夜泪](2011/02/10 01:12)
[27] 八月一日(3)[咲夜泪](2011/02/16 15:18)
[28] 八月一日(4)[咲夜泪](2011/02/17 03:34)
[29] 八月一日(5)[咲夜泪](2011/02/22 04:58)
[30] 八月一日(6)[咲夜泪](2011/02/28 03:43)
[31] 八月一日(7)[咲夜泪](2011/03/03 04:04)
[32] 八月一日(8)[咲夜泪](2011/03/30 03:13)
[33] 八月一日(9)[咲夜泪](2011/03/30 03:11)
[34] 八月一日(10)[咲夜泪](2011/03/30 03:09)
[35] 八月一日(11)[咲夜泪](2011/03/30 03:07)
[36] 後日談[咲夜泪](2011/04/02 04:33)
[37]  7月16日[咲夜泪](2012/07/17 00:50)
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[10137] 七月十九日(4)
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/19 02:04




「すみません、遅くなりました。早く避難しますよ」

 何処と無くひょっこり現れた童顔の少年は、倒れて立ち上がれずにいる黒子に肩を貸す。
 言葉とは裏腹に焦る彼の目の前には、第七位の削板軍覇と第八位の赤坂悠樹が立っている。
 順位だけを見れば、超能力者(レベル5)の中では下位なれども、実際に彼等が力を振るう場面に立ち会えば、そんな的外れな思い違いなど二度と出なくなる。
 事実、今この場所は砲火に曝された戦場より危険なのである。

「……いえ。赤坂さんを、止めなく、ては――」
「無理言わないで下さい。超能力者同士の戦闘に巻き込まれたら簡単に死ねますよ? 彼、削板軍覇さんは第七位です」

 悠樹の目の前に立つ男が彼と同じく、御坂美琴と同じ超能力者である事を知って、黒子は余り驚かなかった。
 何となくそんな予感はしていた。大能力者さえ脅威としない赤坂悠樹が脇目振らず集中せざるを得ない相手は、先日の垣根帝督のような、彼と同じ超能力者しかいない。

「っ、それ、でも……!」
「でもじゃありません。貴女の怪我も結構酷いですよ?」

 童顔の少年は厳しい口調で眉を顰める。
 黒子自身も、今の自分が手酷くやられている事は自覚している。もしかしたら骨に罅が入っているかもしれない、と危惧するぐらいは。

「……解りました。見物出来る場所で絶対に安全な場所なんてありませんけど、とにかく離れますよ。軍覇さんが勝てば止める必要は無くなりますし」


 七月十九日(4)


「其処を退けろ、軍覇。ソイツ殺せないだろ?」

 仇敵を睨み殺すような、これ以上無く感情的になった悠樹の眼を軍覇は初めて見た。
 基本的に、赤坂悠樹は自身の手の内を曝さない。能力にしても、感情一つにしても、唯一つの真実を九の虚に混ぜて、巧妙に隠してしまう。
 そんな彼が、此処まで生の感情を剥き出しにしている。それだけで、今の事態の異常さは計り知れない。

「確かにコイツの仕出かした事と根性は最低だ。だが、それでも殺すのは些かやりすぎだぞ」
「――よりによって、その言葉をオレに言うか」

 口調だけは静かに、されども悠樹は顔を溢れんばかりの憎悪で歪ませる。
 窘めるつもりが、此処ぞとばかりに逆鱗に触れたようだ。相変わらず気難しい奴め、と軍覇は内心毒付く。

「もう一度だけ言う。今すぐ目の前から消えろ。オレが殺すと決めた以上、それの死は確定事項だ」
「断る。俺を退かせたければ気合と根性を見せてみろ!」

 普段とは違う悠樹の鬼迫を軍覇は真正面から跳ね除ける。
 悠樹は血塗れの右掌を握り締め、軍覇は腕を組んだまま仁王立ちして睨み合う。
 一触即発の緊張感が場を支配する中、赤坂悠樹は視線は軍覇一点に集中したままで、背後で戸惑っている配下達に指示を出した。

「転がっているの回収して撤収しろ。それとあれの応急手当もしてやれ、死んでいたら殺せないから」

 彼等は動揺しながらも、負傷者をテキパキ運んで何処かに去っていく。
 悠樹の言葉は直訳すると「殺意を抑えられている内に目の届く範囲から消えろ」であり、この場にいれば巻き込まれる事は疑いようの無い事実である。
 最後に、誰も怖くて近づけなかった――悠樹の殺害対象となっているリーダー格の男の下に、先程黒子を案内した筋肉質の男が近寄り、「失礼、コイツ回収しますねー?」と恐る恐る尋ね、削板軍覇は「ああ、任せた」と心地良く了承する。
 ――程無くして撤収作業が終わり、悠樹と軍覇だけが残った。
 邪魔者はいなくなった。軍覇は徐に鉢巻を外し、首から左腕に巻いてきつく固定する。さながら、左腕を負傷してギプスで固定している悠樹と同じように。

「……何のつもりだ?」
「これでイーブンだ!」

 軍覇からしてみれば対等の条件であっても、悠樹からしてみれば舐められた事に変わりない。「ふざけやがって」と悠樹の歯軋りが重く響く。

「お前のそういう処が大嫌いなんだよ……!」
「へっ。その腐りに腐った性根に歪みに歪んだ根性、今日こそ矯正してやるぜ!」

 研究者にもその原理を解き明かせなかった二人の超能力者が激突する。
 第七位の削板軍覇と第八位の赤坂悠樹、通算七十九回目の果し合いだった。




 ――見えなかった。ただ愚直なまでに踏み込み、頬目掛けて殴りつける単純な動作も音速の二倍という馬鹿げた速度で行われれば、常人では視認不可能にして不可避の魔技と化す。
 踏み込みだけで地が砕けに砕け、拳打一つで並みの風力使いを凌駕する衝撃波が巻き起こる。轟音は冗談みたく遅れて木霊する。
 そんな規格外の攻撃を繰り出したのに対し、赤坂悠樹は不可解な事に見える程度の速度で避けてのけた。
 右頬を捉えた右拳を頬の肉を抉られながらも直撃だけは避ける。
 悠樹は同時進行でその腕を掴みに行くが、途中で止める。
 軍覇は拳打から即座に首を薙ぎ払うような掌底を繰り出す。余りにも早すぎて首を両断されたと黒子は一瞬錯覚したが、悠樹にしゃがまれて空振りとなる。

「――!」

 そんな不恰好な体勢から、悠樹は下から軍覇の顎を狙ったアッパーカットが繰り出される。
 これまで黒子の眼でも視認出来た速度ではなく、腕が霞むぐらいの超速度で振るわれた必殺の一撃を、軍覇は咄嗟に退いて紙一重で避ける。
 後ろに飛び退く、その一足だけで削板軍覇は十数メートル余り後退していた。地を引き摺った足場は抉れ、一際さくれた処でやっと止まる。
 空間移動能力者の黒子にしても瞬間移動としか思えない反則的な身体能力であり、この出鱈目な加減は超能力者である事に他ならない。
 悠樹はポケットからいつもの鉄球――ではなく、短めのナイフを四本、手の間に挟み、大きく振り被って投擲する。まるで此方が本当の運用方法だと言わんばかりの鮮やかさで。

(……そんなっ! ナイフなんて鋭利なものをあの威力で撃ち放ったら――え?)

 頭部、右肩、心臓、腹部と、音を置き去りにして超加速した四本のナイフは確かに軍覇に直撃した。
 鋭利な刃物が突き刺さる心配より、貫通して余り余る威力を秘めていたそれは、如何なる原理が働いたのか、軍覇の皮膚に突き通る事無く地に落ちた。そればかりか、刀身の方が逆に砕けていた。

「すごいパーンチ!」

 お返しとばかりに軍覇はふざけた掛け声と共にその場で拳を振るう。
 そんな距離では素振りにしかならないだろうという黒子の思惑とは裏腹に、悠樹の姿はその場から跡形無く消失する。
 いつぞやの発火能力者の時に見せた、空間移動じみた離脱を何故今使うのか――黒子の疑問は刹那に粉砕された地面を持って解決される。

(――え?)

 不可解極まる一撃だった。不可視の力が突然爆発した、としか言い様が無い。
 パンチというからには何かを飛ばしたのだろうか。それにしては拳を振り抜いてからのタイムラグが余りにも感じられない。

「削板さんが言うには『身体の前に敢えて不安定な念動力の壁を作り、それを自らの拳で殴る事で壊し、爆発の余波を遠距離まで飛ばす必殺技』らしいですけど、言うまでもなく、普通の念動力ではそんなの出来ません。まさに『説明出来ない力』というのが一番しっくりくる表現ですね。研究者さえ匙投げてますし」

 頼まれもしないのに童顔の少年は丁寧に解説する。
 どうやら二人の戦闘は今が初めて、という事ではなく、何度か彼らの前で行われているらしい。

「二人の能力を、御存知で……?」
「余り参考になりませんが、削板さんが説明出来ない能力なら、赤坂さんは真実に辿り着けない能力という処ですかね。でも、この勝負の行く末は大体想像つきます」

 極めて険しい顔付きで、童顔の少年は重い口を開ける。

「――唯一度でも触れば赤坂さんの勝ち、唯一度でも直撃すれば削板さんの勝ちです。今回はやはり、腕一本の差が重いですね」

 童顔の少年の視線の後を追うと赤坂悠樹がビルを背に立っていた。
 すごいパンチもとい念動砲弾(アタッククラッシュ)が炸裂した地点から後方に十メートル、削板軍覇からは二十数メートル離れた場所だった。
 やはりあの空間移動じみたものは身体の負担が大きいのか、この距離でも見えるほど息切れしている。
 憤怒と憎悪で歪んだ顔に、苦痛の色が見え隠れする。一瞬だけ、悠樹の視線が下に向き、瞬時に軍覇に戻す。
 軍覇は意図的に見逃したが、同じ超能力者を相手にしているのに、あるまじき隙だった。

(あ――)

 その挙動で黒子は気づく。悠樹が奥歯を食い縛って漸く耐えられる激痛の出所が、自分を庇って負傷した左腕だった事に。
 昨日の今日であんな無理な動きをすれば、傷が開いたとしても不思議じゃない。あの傷は、一日や二日程度でどうにかなるものでは無かった。

「らしくないな。ああ、全然らしくないぜっ! あんな小物に執心なんて、今日のお前は何だか変だぞ!」
「赤の他人のテメェにオレの何が解るんだよ、知ったような口叩くな……!」

 二人は足を止めて力の限り叫び合う。
 赤坂悠樹は息を整えるまでの時間稼ぎという打算で話に乗る。
 自分では抑えられない幾多の感情の渦で頭が沸騰しそうだが、こと戦闘に関しては冷静そのもので、削板軍覇を出し抜く算段を無数に練っていた。

「オレらしさって何だよ、一体何がオレらしいんだよォッ!」

 悠樹は胸に蓄積した苛立ちを爆発させるが如く怒鳴り散らす。
 咽喉が痛くなるほど叫んだのは一体いつ以来か、など今は関係無い部分に意識が行ってしまい、悟られないように息を整えながら目の前の相手に集中する。
 ――質問は時間稼ぎの為に、その答えに価値など最初から置いていない。だから、他人の言葉なぞ心に響かないし、同時に揺らがない。

「極悪非道な上に理不尽なほど横暴で、暴力的なのに狡猾で抜け目無くて、胸焼けするほどチョコレート中毒で、常に無言実行で他人の言葉に耳を傾かない、唯我独尊で自分勝手な野郎だ!」

 少しだけ、カチンと来る。この場面で空気読まないシリアスブレイカーとか、一体何考えてやがるんだと。
 自分とは違い、本当に正体不明の能力といい、相変わらず訳解らない奴だと悠樹は内心毒付く。
 ――悠樹の誤算は一つ。削板軍覇が本当に打算無く、損得の勘定を一切無視して、本気で自分の愚挙を止めようとしていた事だった。


「――それでも自分の決めたルールを遵守して筋を通す。そういう筋金入りの根性を持つ男だぜ、赤坂悠樹という俺の親友は」


 ……だからこそ、赤坂悠樹は削板軍覇の事が大嫌いだった。
 どんなに突き放しても、どんなに打ちのめしても、どんなに言葉で拒絶しても、平然と立ち上がり、何事も無かったように接し、当然のように不可侵の領域に土足で踏み込んで来る。
 悠樹の脳裏に在り得ない選択肢が過ぎり、瞬時に振り払う。そんな惰弱な思考は、彼が彼とする全てが許さない。
 お喋りは終わりだと、悠樹は無言で前に歩む。

「……お前が何も言わないならそれで良い。一度決めた事は絶対に妥協しないし、他人の説得に応じない事も熟知している」

 軍覇は首から左腕に巻いた鉢巻を解き、また額に巻き付ける。
 漸く本気を出すか、と悠樹は口元を笑みで歪め――瞬時に疑問に変わる。目の前の根性馬鹿が、一度自分で決めた事を覆す訳が無い。
 軍覇は自由になった左拳を開き、両腕を広げて立ち塞がった。制止するように、十字架に磔になった聖人のように。

「その殺意の矛先、全部俺が根性で受け止めてやる。気が済むまで来いっ!」

 悠樹は軍覇の言葉を一字一句聞き逃さなかった。その上で疑った。まずは自分を聴覚を、手で何度か耳を叩いて正常に動作している事を確認する。
 続いて自身の眼を疑う。戦闘中にあるまじき事だが、擦り、何度か閉じ開きを繰り返し、今の光景が正常である事を信じられないと思いながら確認する。
 そして最後に疑ったのは軍覇の――


「――それ、正気?」


 悠樹の周囲が物理的に歪んだのは錯覚では無かった。
 彼は悪魔の如く嘲笑う。余りにも可笑しすぎて腹が捩れ切れそうだった。息が飛び出るような笑みが散発的に漏れた。

「幾らテメェの力が説明出来ないものでも、総量を越す力をぶつければ攻略出来る。それは過去の対戦から把握しているが?」

 悠樹は悠然と近寄っていき、軍覇は微動だにせず見据える。
 遂には一メートルもない距離に至り、漸く足を止める。棒切れの如く立ち塞がる軍覇の姿に、悠樹はくっと笑う。

「――殺せないと、本気で思ってんの?」

 大きく振り上げた悠樹の右拳は軍覇の腹部を抉り穿つ。――異変は殴った後からだった。
 奇妙な感覚が軍覇を襲った。殴られた直後、全ての光景が緩慢に見える。それ故に自身に起こった一部始終を客観的に眺める事が出来た。

(……いつもなら、悠樹に指一本でも触れられたら訳解らない内に負けていたな――)

 削板軍覇の身体は無意識の内に纏う念動力みたいなものに守られている。
 それがどういう原理かは本人にも解らないが、ナイフに突き刺されても銃で撃たれても痛い程度で済むほど堅牢な鉄壁である。
 その絶対の守護が今――遅くなった時間感覚だが――秒単位で軋みを上げている。
 取るに足らぬ打撃の力が、際限無く倍増し続けている。性質の悪い事に、それは薄皮一枚隔てた外側で行われており、解放の一瞬は未だ程遠い。

(あ、まずい。こりゃ死ぬかも――)

 自身の得体の知れぬ力を腹部に集中させようとした時、緩慢な意識と同じように能力発動も遅くて行き届かない。
 最終的には悠樹の拳を中心に際限無く吸い込む力場が生じ、その中心に収束する風の渦が形成され――解放と同時に世界が衝撃でブレた。




 世界が割れるような轟音が鳴り響く。衝撃だけで鼓膜を破き兼ねない音は遠く離れていた黒子達にも容赦無く襲い掛かり、暫し鈍い痛みと共に聴覚が麻痺してしまう。

(……っっ、一体、何が……!?)

 衝撃の中心点を見れば、右拳を振り抜いた悠樹が一人で立っており、軍覇は見当たらない。
 其処から一直線に、地面のコンクリートが左右に不自然なほど隆起している。意図せず出来た道を目で辿れば向かいの無人ビルに辿り着き、巨大な砲弾でも浴びたが如く半壊している。
 十二階建てのビルの壁面に罅割れしていない箇所は無く、一際大きい瓦礫が崩れ落ち、連鎖するように次々に倒壊していく。削板軍覇の姿は、未だに見当たらない。
 理性が理解を拒否するが――理屈など必要無く、生存は絶望的だろうと脳裏に刻み込まれる。
 ――こんな過剰殺傷を、あのリーダー格の男に喰らわせるつもりだったのかと、黒子は心の其処から恐怖し、身震いした。

「存外、悪運だけは良いな。今日限りで八人の超能力者が七人になると思ったが」

 赤坂悠樹は苛立ち気に舌打ち一つし、踵を返して背中を向ける。
 勝敗は決した。既に自身に立ち塞がる障害は無い。
 ――止めなくては。全身痛む身体を押して黒子が悠樹の前に立ち塞がろうとした時、悠樹の背後からかつんと、小さな靴音が聞こえた。

「……待てよ」

 振り向けば、満身創痍の削板軍覇が立っていた。
 額から右頬に掛けて流血し、腹部は血塗れで傷の状況すら掴めない。それでも五体満足なのは奇跡と言えた。
 悠樹の驚きの表情は一瞬で消える。
 完全な状態で放てば、反則的なベクトル操作を誇る『一方通行』と、トンデモ建造物として知られる、学園都市総括理事長アレイスター=クロウリーの住処『窓のないビル』を除いて、確実に過剰殺傷(オーバーキル)する事が出来ると自負するが、不完全な状態で放った不完全な一撃だ。削板軍覇なら――脱帽せざるを得ないが、根性で立ち上がったとしても不思議ではない。

「何処に、行くんだ……? 奴を殺しに行くのは、まだ早いぜ……!」

 だが、それだけだ。最早、今の削板軍覇に赤坂悠樹を止める力は無い。
 軍覇は選択を誤った。あの一般人の殺害を止めるには、悠樹を殺すか、完膚なきまで叩きのめせば良かったのだ。
 無抵抗の抑止など、意味を成さない。

「良く立ち上がれたものだ。それで、どうするんだ? そんな死に損ないの状態じゃ、根性云々ではどうにもならんぞ」
「……前にも言ったな。本物の根性ってのは、絶体絶命の窮地とか、絶望的だろうが、そんな程度で失われるもんじゃねぇんだよ……!」

 身体中に走る激痛が軍覇の精神を蝕み、血が止め処無く流れ出て、ただでさえ揺らいでいる意識を更に朦朧とさせていく。
 それでも、軍覇は折れない。既に限界を超えているのに、精神が肉体を凌駕して、悠樹の前に立ち塞がる。

「大それた理由なんぞいらねぇ。友が間違いを犯すのを黙って見てられるか……!」

 悠樹は眼を見開き、伏して瞑る。先程までの狂暴さはなりを潜め、儚げに移ろう。
 されども、次に開かれた眼には爛々と狂った憎悪が燃え滾っていた。


「さっき、殺すのはやりすぎだと言ったな。それはさ――実際に目の前で、殺された事のある奴にも同じ台詞を吐けるか?」


 絶対に言うつもりの無かった弱者の泣き言を吐露してしまい、悠樹は自己嫌悪で己を殺したくなった。
 否応無しに認める。削板軍覇は自身と同格の人間であると。好意の反対は嫌悪ではない。残酷なまでの無関心なのだ。
 赤坂悠樹はこの上無く嫌っているが、それでも軍覇の事を無視出来ない。それが何よりの証明であった。

「……っ! 殺された奴が、殺してくれと望むものか……!」
「虫唾が走るほど的外れな模範解答だな。……違うよ、軍覇。死者は何も望まない。何も望めないから死者なんだよ。――この答えを出すのは、いつだって生きている人間だ」

 その悠樹の眼には、燃えるような憎悪と深い苦悩が絶えず入り混じっていた。その貌は永遠に解けない命題を無為に問い続ける哲学者の如く、磨耗して擦り切れていた。

「逆恨みなのはオレが一番良く解ってる。けどな、もうこれは理屈じゃねぇんだよ。この学園都市の暗部でのた打ち回って、残ったのが憎悪(それ)だけだ」

 断言し、悠樹の眼は憎悪一色に染まる。燃え滾るように、されども凍えるほどの殺意が、ボロボロの軍覇目掛けて一身に注ぎ込まれた。

「話し過ぎたな。――こういうの、世間一般では冥土の土産って言うみたいだぜ?」

 再び右手を握り込み、大きく振り被る。今度こそ確実に殺す為に、はちきれんばかりの力で小刻みに震えるほど強く握り込んで。
 最早、赤坂悠樹の暴虐を止める者はいない。拳は振り下ろされ、今度こそ軍覇は死ぬ。彼が幾ら規格外だとしても、あの冗談が百個ぐらい重なった打撃からの、二度目の生存は絶望的だろう。
 また昨日の事のような悲劇が繰り返される――そう脳裏に過ぎった瞬間には、黒子は空間移動を行い、軍覇と悠樹の間に割って入った。

(駄目――!)

 止める手段など最初から思いつかない。元より大能力者(レベル4)と超能力者(レベル5)は一つしか強度が違えども、天と地ほどの差がある。
 庇った処で、自分も軍覇も助かる見込みなど抱けない。自身の死を代償にした程度で、この絶望は埋められるものでもない。
 其処に理屈や打算も無く、黒子は切迫する死の腕を目の当たりにしながら、緩やかに意識を失った。






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