幕間その6 メイド達の憂鬱 後篇
私は姉さまが好き。
誰にも渡したくないし、できれば・・・、お嬢様にも渡したくない。
でも、この気持ち、姉さまは気付いてくれてるのかな?
姉さまは、いつも自由奔放に私を振り回す。
でも、できれば私は姉さまとずっと手を繋いで、一緒に歩きたいな。
「ステラちゃ~ん。
そろそろ引きずらないで~。」
暖かな手の温もりは、姉さまの声と共に手の内から消える。
その事に寂しさを感じながらも、姉さまの嫌がる事をしてはいけないと自分に言い聞かせる。
そんな事を考えていると、姉さまは私の前に回りこみ、上目遣いで無邪気に笑いながら、
「ポーランを何処に連れて行こうとしたの?」
そう話しかけてくる。
背の低い姉は、私に話しをするときは大抵こういう風になる。
そして、私はその仕儀差を数多く見ているけど、毎回のようにドキドキさせてくれる。
そんな姉さまのふわふわの金髪に手櫛を入れたくなるのは、きっと仕方のないことだと思う。
そう自分に言い聞かせながら手を伸ばそうとすると、姉さまはヒラリと私の手をかわし、
いたずらっ子がいたずらに成功したような顔で、
「ちゃんと答えない悪い子にはおあづけで~す。」
そう言いながらステラの前に回りこみ、彼女の顔を見ると本当に、
お預けされた犬のように、寂しそうな顔になっている。
彼女の気持ちに気付いたのは何時の頃だったか・・・?
生まれてすぐだったのか、それとも妹となってすぐだったか、
それとも、彼女の何気ないしぐさにその色を見つけたからか。
もっとも、今の彼女の顔が見れるなら私にとってまったく持って問題ない。
そう思いながら、トコトコと近寄っていき彼女の腰に飛び込むように抱きつく。
「もう、そんな寂しそうな顔しないの。
ポーランはここにいるよ?」
そう言いながら彼女の顔を見上げると、彼女はほのかに頬を染めながら、
恐る恐る私の頭に手を載せ、その白く細い指で私の髪を梳く。
それが気持ちよくて目を細めていると、
「調理場に連れて行こうかとしてました。
料理は下手でも、お姉さまは私のクッキーなら食べてくれるから。」
そうたどたどしく言葉を紡ぐステラは、子犬のようで可愛らしい。
初期ロットの仲間だと言うのに、この子はなんでこんなに純粋な目をするんだろう?
否、元々人見知りしやすく、態度を誤解されやすいこの子は、なるべくして純粋になったというようなものだろう。
だからこそ、私はこの子を手元においておきたくて、足りなく幼い姉をやっているのだから、これぐらいは役得役得。
もっとも、それはお嬢様には感付かれてるっぽいけど・・・。
「ポーランの為にクッキー作ってくれるの?」
「はい!」
そう、元気の言い返事をしたステラとともに調理場に行き、
私がテーブルに座ると、ステラがスッとミルクティーを出し、エプロンをつけてクッキーを作り出す。
その姿を見ながらミルクティーを一口、作る手順は間違っていない。
使っている茶葉や機材も、他の子達が使う物と一緒。
ただ、この子のお茶の感想はいつも一緒。
「うん、いつもどうり不味い。」
「お姉さま・・・、酷いです。」
そう言いながらも、ステラはカチャリカチャリと調理器具を動かす手を休めない。
出来れば、今のステラの表情が見たいけど、態々そのためにステラを振り向かせるのも、
なんだか私の心の内を読まれそうで憚られ、結果としてそのままステラの後姿を見る事になる。
でもまぁ、見えない彼女の表情を想像するのも楽しいかな?
そう思いながら、彼女の不味い紅茶を飲みながら、クッキーの出来上がりを待つと、
程なくして、綺麗に焼き色の付いたクッキーをステラが持ってくる。
そして、そのクッキーに私の好きなレーズンが入っているのを見ると、彼女の好意が伺えてくる。
「どうぞお姉さま、今日は腕によりをかけました。」
「ううん、それは間違いだよステラちゃん。
だって、ステラちゃんはポーランにクッキーを作ってくれる時、いつも腕によりをかけてくれるもん。
だから、今日"も"だよ。」
そう言いながら、姉さまはクッキーを一枚摘んで口に投げ入れて、熱いと言ってさっき不味いって言った私の入れた紅茶を飲む。
なんで、みんなと同じように入れてるのに、私のお茶は不味いんだろう?
出来れば、姉さまには美味しいお茶を飲んで欲しいし、
今、クッキーを食べてるみたいな笑顔になってほしい。
そう思いながら、笑顔の姉さまを見ていると、
「ステラちゃんも立ってないで座りなよ。」
そう促され、姉さまの対面の席に座る。
そして、自分で入れた紅茶をティーカップに注ぎ一口。
味は・・・、悪くないと思う。
香りも・・・、やっぱり悪くない。
温度は・・・、多少ぬるくなってるけど、姉さまに入れた時は適温だったと思う。
じゃあ、一体何が私のお茶を不味くするのかな?
そんな事を考えながら、ティーカップの中を覗き込んで考えていると、
「ステラちゃ~ん。」
そう姉さまに呼ばれて顔を上げると、
「むぐっ!」
口の中に広がるのは、姉さんの好みの甘めに味付けしたクッキーに、レーズンのほのかな酸味。
お姉さまは熱いっていってたけど、考え込んでいるうちに冷めたのかな?
今口に入ってるクッキーは熱くない。
でも、それよりも今笑顔でいる姉さまが、私の口に身を乗り出してクッキーを入れたほうに驚く。
毎度、姉さまの行動は唐突だけど、今までこんな風に食べさせてもらった事はない。
そう思いながら、姉さんが口に入れてくれたクッキーを噛み締めながら味わっていると、
「ステラちゃんのクッキーは美味しいね。」
「ん・・・、お姉さまはいつも唐突ですね。」
「そう?」
そう言って、姉さまは小首をかしげ、クッキーを口に放り込む。
時間は夜も遅く他の姉妹たちはもう、思い思いの場所で休息を取り、起きているのはきっと私たちだけ。
そんな静かな時間を、姉さまと2人で過ごせるのは、私にとって1日で1番のご褒美。
いつも姉さんについて回ってるけど、引っ込み思案な私は、他の人がいると中々口が開けないから、
こうやって夜にならないと、姉さんと2人で話せない。
「今日は何処で休みます?」
そう、クッキーを頬張っている私にステラが聞いてくる。
さて、今日は何処で休もうか・・・。
こんな日は2人で床を共にしたいけど、それはもうここ数日やっているので、今日は別の所で寝よう。
それに、今日はまだ仕事をしていないので、それをしないといけない。
まぁ、仕事といっても別に誰に言われたわけでもないし、私がやらなければならない事でもない。
ただ、それをしようと思ったのは時折、お嬢様がそんなしぐさをするから。
「今日はお仕事をするので、ステラちゃんは1人で休んでね。」
そう言うと、ステラは寂しそうな顔をしながらも、コクリと頷き食器を一緒に片付ける。
背の高い彼女の横で一緒に作業をすると、どうしても背の低い私は見劣りする。
でもまぁ、それでもこうして一緒に何か作業するのは楽しい。
そう思いながら、使ったカップを拭きながら口を開く。
「今日はいい日だね、新しい妹もできたし。」
「はい・・・。」
そう話すステラの顔は、何処か浮かない顔になっている。
この子の前で他の子の事を話すと、大体いつもこんな顔をするし、
こんな夜中にクッキーを作って食べるようになったのも、元はといえば、
私がアニエスの作ったタルトを食べようとしたからだ。
「ステラちゃんはあの子と仲良くなりたい?
ポーランは仲良くなりたいかな、アニエスちゃんはお菓子作るのが上手いから、もっと仲良くなりたいし。」
そう聞くと、ステラは視線を彷徨わせ、最終的には今ステラ自身が洗っている皿に納まった。
彼女が口を開かないのを皮切りに、私も口を閉ざして彼女の返答を待つ。
その返答を待っている間は、ステラには悪いが私としては楽しい時間だ。
なにせ、彼女の顔は憂いを帯びた顔や、困ったような顔、そして、時折花が開いたような顔など、
様々な表情をのぞかせて、そのたびに私の中に彼女の新しい表情が刻まれていく。
そして、そんな百面相をしているステラの口からもれた言葉は、
「・・・、私は・・・、解りません。」
その言葉が出たころには食器も洗い終わり、だいぶ遅い時間になっていて、
調理場の前でカンテラを取り出し、ステラが床に見送ろうとすると、
彼女が私に抱き着こうとしたので、それをヒラリと交わす。
ただ、それだけだと可哀相なので、人差し指を私の唇に当てた後、ステラの唇につけながら、
「今日はここまでで~す。
早く休んで、また明日ねステラちゃん。」
「あ・・・、う・・・、お姉さまは意地悪です。」
そう言って、ステラはおずおずと床に引き上げていく。
それを見送り、カンテラを片手に月と星の夜空の下を歩き、
他の場所に行く魔方陣の辺りを見回り、飼っている動物たちが、なんらかの異常で出てきていないかを確認し、
そして、そこを確認し終わった後に魔方陣と通り抜けて出るのは、管理者のいない羊達の楽園。
私がここを訪れるのは、ここに墓標が・・・、私達がまだできる前・・・、
試作品とも呼べない道具や、研究に使われた魔獣たちの亡骸が集められて埋められている場所。
お嬢様は時折ここで手を合わせて目をつぶり、なんと言っているか分からない異国の言葉で祈りを捧げる。
それを見て以来、何となくお嬢様がいないときは、気がついた時にここを訪れて手を合わせている。
ここで私が、こうしている事を知るものはいない。
もしかすれば、魔法球を管理しているお嬢様なら知っているかもしれないが、何も言ってこないのなら知らないのと一緒。
そして、ここでこうして手を合わせているのも、いずれ・・・、人よりも長く生きれるけど、
何かの拍子で壊れるかもしれない、私たちの誰かが寂しくないようにするため。
でも、願うならもし私が先に壊れたら、ステラにもこうして祈って欲しいかな。
そう思いながら、祈りを捧げ終え、また来た道をカンテラで照らしながら進む。
途中、浜辺でソニアに抱きつくィ・アリスを見て、なんだかいたずら心に火がつきかけたけど、
今あの2人に割って入ったらなんだか、ィ・アリスと無制限バトルロワイヤルをやるハメになりそうなので心に押しとどめる。
なにも、わざわざ自分から爆弾に火炎放射器で点火しなくてもいい。
そう思いながら、ィ・アリスとソニアが部屋に消えるのを見送り、
ちょっとしてから、私も床のある部屋に向かう。
床のある部屋では、それぞれの姉妹が思い思いに休み、
私もステラの寝ている床を探して、彼女の寝顔を覗き込む。
静かに閉じられた目は開く気配も無く、このまま朝まで見ていても飽きないだろう。
「まったく、可愛い寝顔しちゃって。」
「ん、ポーランかい?」
そう背後から声がすると思って振り返ると、そこには今日出来た妹のジリアンと、
寄り添うように休んでいたアニエスが、体を起こしてこちらを見ていた。
「ポーランだよ?」
「・・・、わざわざ私の前でまで猫を被らなくても、参謀件指揮官殿。」
「役職で呼ばないでくれ剣兵君。
私は謀るのが仕事だよ、人も自分も含めてね。」
そう、肩越しに振り返りながらアニエスを見ると、
彼女は、やれやれといった感じで私のことを見てくる。
初期ロットで5番目のアニエスは、唯一私の中身を知る人物。
だからこそ、私は彼女と話す時こそ更に別の仮面を何十にも用意する。
いくら、彼女が私の中身を知っていても、けしてその思考を読まれないように。
最初の5人しかいなかった頃に、私はお嬢様に命じられて作戦指揮と発案をしていた。
もっとも、発案と指揮といっても、共に前線に立っているので、あまり有用性はなかったように感じるし、
そして、メイド長としてのロベルタが現れてからは、私はお役ごめんに等しいが、それでもアニエスのようにそう呼ぶ者もいる。
そのアニエスは、ベッドに座り髪を書き上げた後、横に眠るジリアンの髪をなでながら、
「そういえば、ステラが寝ているソニアを突いてたィ・アリスに突っかかってたよ。
『起きてる時にそうすれば・・・。』とね。
最近彼女は何かあったのかい?」
そう、アニエスが私に聞いてくるが、私にも心当たりがない。
ただ、そう、ただ1つ心当たりがあるとすれば、
「まぁ、ステラは誤解を受けやすい子だから、
そうたいして気にしなくてもいいさ。
ただ、君と妹に焼いてるのかもね。」
そう言うと、アニエスは照れながらジリアンに優しいまなざしを向け、
ただ、一瞬その瞳に憂いを潜ませながら、
「私にとっては初めての妹だからね、この子への接し方がまだ、優しくする以外解らないのかもしれない。
でも、いずれは厳しくないといけない時期や、別れの季節が来るのだろうか?」
そう聞いてくるアニエスに、私も寝ているステラの頭をなでながら、
彼女の顔を見ないように、空を見ながら口を開く。
「来るさ。
私はステラが2人目の妹で、最後の妹だとお嬢様より仰せ付かった。
それに、1人目はもう立派に巣立ち、今は別の子の姉になっている。」
「・・・、ポーラン。」
そう、寂しげな声をかけるアニエスの言葉を、ステラの額への口付けで聞き流す。
きっと、アニエスも彼女との姉妹と言う繋がりをなくしたくないといい、そのなくさなくてもいい方法を聞こうとしているのだろう。
だが、私の取った方法はアニエスには使えない。
タヌキは生まれた時からタヌキであるように、彼女の茶目っ気を含んだ生真面目さは周知の事実。
だからこそ、私は彼女の問いに対する答えはない。
ただ、何か言葉をかけれるなら、
「ここにいる限り顔はいつでも合わせれる。
ただ、その子が私の事を『お姉さま』ではなく、『ポーランさん』と呼ぶようになるだけ。
でも・・・、そうなれたらきっと、互いに肩を並べられてるって事だよ。」
そう言葉を発して、私もステラの横の床に入る。
目が覚めればまた変わらない朝が始まり、ステラを振り回しながら仕事をする。
きっと、この子と私が離れるのは、ステラが私の元を離れたいと思ったとき。
そう思いながら、いくつもの夜と昼を越えたころ、お嬢様が老人を連れてきて魔法球を訪れ、
あの墓標のある草原をその老人・・・、ハスキンズさんに譲渡して幾日も過ぎた頃。
「ポーランお姉さま・・・、あの場所がハスキンズさんの手に渡って悲しいですか?」
そう私が姉さまに聞くと、姉さまは洗物の手を休める事無く、
ニコニコと笑いながら私の方を向き、
「ううん、ポーランは悲しくないよ?
あそこは羊さんしかいなかったけど、今は喋れる人がいるもん。」
そう喋る姉さまは、やはり何処か悲しそうで、
もしかすれば、あの草原は姉さまにとって何か特別な場所だったのかもしれない。
その事で、ハスキンズ氏への印象が悪くなるのはどうも否めないかな。
でも、それは決まってしまったことだから、どうすることも出来ない。
だから、私に出来ることは、姉さまを励ましてあげること。
「大丈夫です、お姉さま。
あそこへの出入りは禁じられていませんから。」
そう言いながら、洗物をしていた手をエプロンで拭いて、姉さまの頭をなでる。
でも、やっぱり姉さまは元気がないみたい。
いつもなら、私の出す手は一回避けられてしまうのに、今回は避けられない。
そのまま無言でなでていると、姉さまは私の腰に抱きつき、顔を胸に埋めながら、
「ステラちゃん、私が悲しくないのは本当だよ?
ただ、何となく寂しいだけ・・・、かな。」
そういう姉さまは、やっぱり悲しんでるんだと思う。
いつも幼い感じに喋る姉さまが、今日はよりいっそう幼く感じる。
「大丈夫ですお姉さま、私はあそこに何があるのかは知りません。
でも、いつか一緒に行きましょう・・・。
そして・・・、いつか見せてください、ポーランお姉さまがあの草原で見ていたものを。」
そう言うと、姉さまはハッとしたように顔を上げる。
そして、あの上げられた顔の瞳には一筋の涙・・・。
涙・・・?
「泣いているのですか姉さま?」
そう聞くと、顔を上げた姉さまは自身の頬に片手で触れながら、
私の頬にもう一方の手を這わせ、
「ステラちゃんも・・・、泣いてるの?」
作者より一言。
多忙により更新できない事を謝罪